インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 ここで重大な報告をば。

 実は現在、ネット環境の無い実家に帰って、スマホのデザリングで投稿をしていたのですが……データ容量が限界来ててヤバいんで、来月の九日になるまで投稿が出来ない、あるいは出来ても一、二度になるのです。

 非常に申し訳ないですが、御了承頂きたく存じます。

 さて、それでは今話についてです。

 最早サブタイトルでお察しですが、男性最強キリトと女性最強ユウキが正面衝突します。ちょっと最初にシリアス、最後にほのぼの挟まりますが、後は全部戦闘シーンです。多分一万文字ちょっとが戦闘シーン。故に殆どキャラが喋らないし描写もない。

 キリトは一刀縛り、ユニークスキルと《ⅩⅢ》使用不可。共通ルールで回復不可、《体術》あり。制限時間無し。《半減決着》です。純粋な一刀の片手剣使いの勝負という訳ですね。

 ちょっと原作七巻とアリシゼーション編の戦闘シーンを混ぜてます、分かったら凄い。

 視点はオールユウキ。最初にちょっとだけ間話が挟まって、一気にデュエルです。

 あと本作のユウキ、SAO攻略組なんて原作と違って対人戦メチャ強いです、普通に原作アスナ超えます。

 ではどうぞ。




第三十八章 ~【黒の剣士】対【絶剣】~

 

 

 キリトに手を引かれ、背中にリーファの恐ろしい視線と生暖かいシノンとエギルの視線を受けながらアシュレイさんを追ったボク達が案内されたのは、第一層《始まりの街》だった。

 

「……?」

 

 第五十層《アルゲード》から第一層《始まりの街》の転移門へ移動したボクは、転移してすぐ耳にした喧噪に眉根を寄せ、僅かに首を傾げた。約一週間前に来た時は街全体が死んだかのよに静まり返っていたのに、今は矢鱈活気に溢れていたからだ。

 《始まりの街》の転移門は、あのデスゲーム開始宣告をされた鐘楼塔の前、街の中心部だ。南に向かえば《黒鉄宮》があり、北に向かえば大通りと大門を潜って草原フィールドが広がっている。東西にはそれぞれ商店街区域となっており、東西南北の間にある四本の道は細く、謂わば裏通りのようなものになっている。

 以前は閑散としていて、プレイヤーの影なんて殆ど無かったのだが、今はそこら中に多くのプレイヤーがいる。軍所属であるギルドタグと鎧姿の者もいれば、その近くには普通に剣士職や商人らしきプレイヤーが商談をしている姿も見える。革鎧や素朴な見た目の片手剣から見るに、攻略組や《アインクラッド解放軍》の者では無く、中層下位レベルだろう。

 以前来た時はキバオウ一派の急先鋒である《徴税部隊》が我が物顔で――結局ボクは遭遇していないが――歩いていたから、誰もが建物の中に避難していたと聞いている。首魁であるキバオウこそ行方不明だが、統率者を失った為に彼らが捕らえられ出歩けるようになったから、それを堪能しているのだと思う。

 

「何だか、活気があるね」

「そりゃあそうよ。行方不明だったシンカーが救出された上に、《徴税部隊》なんて連中がディアベルによって一掃されて、久しぶりに平穏が訪れたんだもの……まぁ、シンカーを救出したメンバーを知って、凄く複雑そうではあるけどね」

 

 アシュレイさんがそう言いながらチラリと転移門広場の隅へ視線を向け、そちらをボクも見れば、その先には何とも言えない表情でこちらを……正確にはキリトを見ている男性プレイヤー達が何人か屯していた。軍の装備では無く、ギルドタグの有無もバラバラなので知り合いで固まっているようだった。

 恐らく彼らはシンカー派のプレイヤーで、反キリト派でもあるのだろう。彼らにとってはキリトは《ビーター》であり、憎き敵であるものの、自らがリーダーと仰ぐ人を助け出した人物でもあるから何も言えない状態なのだ。

 《アインクラッド》に於いて、事情を知らない者から見れば《ビーター》とは絶対悪だが、事情を知る者から見れば必要悪だ。これらは字面こそ似ているが、その意味するところは全く似ていない。

 絶対悪とはすなわち、何に於いても必ず悪と判断されたものだ。意味も無い殺戮、快楽を求めた殺人など、どこをどう切り取っても悪としか判断できない、そういうものを絶対悪という。

 対して必要悪とは、文字通り必要であるから存在する悪だ。

 人間は善と悪の両方を有し、存在している刹那的な生き物だ。意見の対立も極論で言えば互いの立場に立った主張の善と反対意見の悪のぶつけ合い、これを繰り返す事で人間は国家を築き上げてきた、コミュニティを大きくしてきた。善だけでは成長し得ない、対抗立場たる悪も存在しなければ、善もまた存在し得ないのだ。

 秩序もまた同じだ。

 現在、この《アインクラッド》は比較的落ち着いているとは言え、かつては何かが崩れた拍子に自殺者が、あるいは自ら殺人に走るほどに追い詰められたプレイヤーが多く存在した。憤怒を、憎悪を向ける存在はゲームマスターで目の前にいないし、自分から戦いに行って死んでしまう事を考えて臆してしまう事から、どうしても決断出来ないで蹲る、そんな者達が大勢いた。

 そこにビギナーと元ベータテスターの差は無かったが、後者はそれでもベータで経験したこの世界の事前知識と経験というものがあった。故に差別意識が生まれようとしていた訳だが、それに先んじてキリトが自ら悪の《ビーター》を名乗り出た事で、その差別意識による秩序の崩壊も、攻略隊に属する者たちの間で疑心暗鬼が渦巻く事無く、今日まで攻略組は存続している。

 また、殺しを率先して行う者達の始末、犯罪者達を捕まえ、あるいは始末する汚れ役も彼は裏で、あるいは堂々と行っている。自身が悪なのだと見せるパフォーマンスも兼ねて殺る時は堂々と、そうでない時は一瞬にしてアッサリと殺る。

 故に、必要悪とは別の見解で、正義とも解釈される。やっている事は現代日本では確実に犯罪だが、誰かがやらなければ秩序が崩壊するのも事実、だからこそ、この悪は存在しなければならない。裏で汚い仕事を生業にしている傭兵稼業などが存在しているのも、史実の暴君などが暗殺されているのも同様の理由だ。

 そこまで彼らは理解している訳では無いだろう。だが、一概に《ビーター》だからと批判出来なくなっているのは事実だ、何せシンカーさんを助け出したの最大功績者は紛れもないキリトだ。彼一人では無理だっただろうが、彼が居なければ確実に出来なかったのだから。

 まぁ、ユイちゃんが葬ったのが真実で、その後に彼女は居なくなってしまったから、キリトにとってすれば複雑だろうが。

 

「んで、アシュレイよ。お前さんは何でまたこんなとこに? ここにデュエル出来る場所なんてあったか? 軍の施設を使うのも出来なくはないだろうが、人目があるだろ」

「そこは気にしなくていいわ。まぁ、ちょっと注目はされるかもだけど……付いて来なさいな」

 

 腕を組んで訝しげな表情を浮かべながら発したエギルの問いに、アシュレイは自信満々そうに強く頷いて歩き出した。方角は東だった。

 

 *

 

「「……」」

 

 視線の先にあるのは、黒と白。

 剣、瞳、髪、纏う外套、上下の服全てが黒く、唯一肌だけ健康的な白さを保っている肌色。華奢で、少女のようにしか見えないが、れっきとした男子であり、見た目の華奢さに反してこの世界を一人で戦い抜いてきた豪傑の剣士。

 【黒の剣士】キリト。

 それが今、ボクが対峙している剣士の名前。

 

「いっけー! 頑張れー!」

「ユウキさん、負けるなぁ!」

「【黒の剣士】も負けるなぁ!」

 

 デュエルを受諾し、剣を構えながら待機時間の六十秒が過ぎるのを待っていると、離れたところから男女関係なく子供達の声援が届いてきた。

 現在、ボク達が居る場所は第一層主街区《始まりの街》東七区にある教会、つまりは孤児院だ。正確にはその孤児院の外に広がっている草原である。草原と言えどここは《始まりの街》の外周を覆う壁の内側なので、れっきとした《圏内》にある。

 広さもあり、訪れる人も限られる事から、アシュレイさんはここにボク達を案内した。

 本来ならデュエルする必要性は無い筈なのだが、シノンが受けたクエストの納入品としてアシュレイさんが求めていた超級レア素材《大蜘蛛の粘糸》が必要であったため、譲る条件としてボクとキリトがデュエルする事になってしまった。もう一つ、キリトは一日だけ闘技場《レイド戦》を終えた後に服飾のモデルにならなければならなくなっている。

 デュエルの勝敗は関係なく、ただアシュレイさんが満足いく戦いになれば良いだけだ、それをキリトは知らないが。

 デュエルは少々危険が伴うもののHPゲージ半分を切ると終了する《半減決着》。設定として《戦闘時自動回復》スキルなどでの回復不可、アイテム使用不可、キリトには《ⅩⅢ》の特性である武器の呼び出しと換装、ユニークスキル無しの純粋な片手剣使いとして戦うよう言っている。《体術》はありだ。

 ちなみに、アシュレイさんとレインは《裁縫》スキルを鍛えていた者として顔見知りであったらしく、子供達に服を作ってプレゼントする事もあったとか。故に彼も孤児院メンバーに信頼されているようだった。そのため、こうして孤児院の外でデュエルが行える。

 ピッ、ピッ、と如何にもな電子音が一秒に一回響く。ボクと彼が空けている距離は約十メートル、その中間地点の空中では《Kirito VS Yuuki》と刻まれたパネルと真下に刻一刻と減っていく数字が刻まれた丸いパネルが浮かんでいる。音はそこから響いてくるのだ。

 細剣を想起する程に細身ながら肉厚な刃を持つ黒剣ルナティークを右手で正眼に、右半身を前に、左手を胸鎧の前で水平に寝かして構える。

 対する彼は、左半身を前に、左手を体の前に寝かせて置いて、右手で持つ特徴的な鍔の黒剣エリュシデータは切っ先が地面を擦れるギリギリまで下げて後ろ手に構えていた。

 アレが、一刀のキリト、その全力の構え。一切手を抜いていないと分かる構えだ。何せこちらを軽んじていれば、そもそも構えなど取らないのだから。それだけの実力と反応速度を彼は持っている。

 ちら、と数字を見やれば、残り十秒まで減っていた。やっと、と言うべきか、あるいはもう、と言うべきか。それから視線を対峙する黒尽くめの剣士へと戻す。彼の黒い瞳はしっかりこちらを捉え続けていて、その瞳を見つめていると引き込まれる錯覚を覚えた。

 その錯覚を覚えている最中、じり、と彼の左足に僅かだが荷重が更に掛かったのを見た。いよいよなのだと理解し、気持ちを切り替えて僅かに膝を折る。

 そして、デュエル開始のブザーが鳴り響き……

 

 

 

 瞬間、眼前に迫り来る黒刃を視認した

 

 

 

「くッ?!」

 

 ギリギリで正眼に構えている黒剣を押し出す事で、その刃を止める事に成功する。

 十メートルの距離を文字通り一瞬で詰めてくる速度は流石に想像を絶していた、あんなのはスピードタイプの剣士であるアスナや敏捷値極振りのアルゴですら出せない筈だ、明らかにソードスキルの突進スピードを超えていた。コマ送りでしか視認不可能な速度を誰が予想出来るか。

 その思考を浮かべつつ押しも押されぬ鍔迫り合いに移行した。力押ししようとしても剣を引かれて勢い余って隙を晒す事になるし、かと言って無暗にこちらが引いても同じこと。この応酬は見た目に反して酷く神経質に行わなければならない。

 

「くぅぅぅ……ッ!」

「おぉぉぉ……ッ!」

 

 互いに黒い刃を交錯させ、低く唸りながら負けじと力を込める。鍔元で交わる刃からギギギ、と鈍い金属質な音が上がり、ぶるぶると震える切っ先が込められた力の大きさを表す。

 彼より二十センチほど背が高い事もあってこちらに上背があり、体重を掛けながらの鍔迫り合いだが、そもそもボクと彼とではレベルに絶対的な開きがある。ボクは漸く90の大台に上がったばかりだが、彼は件のレベル150だった死神ボスを単独撃破したのだ、まず間違いなく同レベル以上ではあっただろう。

 故に、徐々に、だが確実に青草を踏むこちらのブーツが後退させられている事も必然だった。

 

「ぐ……ッ!」

 

 この世界は、レベルが一つ違うだけでかなりの差が出るようになっている。レベル一つ上がっただけで、モンスターの頭上にあるカーソルが黒に近い赤から赤に格が下がる程に、それは顕著だ。

 加えてボクと彼のパラメータ配分も関わっている。ボクは筋力3敏捷7の割合で振っているが、彼はその逆で筋力7敏捷3の割合で振っているのだ。よってレベルに大きな開きがある筋力のため、ボクはシステム的に絶対押し勝てない。先ほどの突進速度も、割合で言えばボクの方がスピードで優っているのだが、そこは圧倒的なレベル差によって実現していた。

 力押しがシステム的に絶対出来ない鍔迫り合いを制するなら、引くのが常道。だがそれはキリトも理解している筈だ、引けば思う壺なのだからそれを取る事が出来ない。

 ならば、別の手を使うしかない。

 そうと決まれば即実行。鍔迫り合いで押し切られまいと黒剣ルナティークの柄を持っている両手の内、左手を柄から離し、腰溜めに握り込む。その握り拳から、直後蒼い光が迸った。

 

「セィッ!」

「かは……ッ?!」

 

 筋力値で負けているのは事実だが、上背で体重を掛けて抑え込めたから片手でも一瞬は持ち堪えられた。そして、一瞬さえあれば超至近距離でスキルを放つには十分で、《体術》スキルの初歩《閃打》を彼の鳩尾に叩き込む。

 その衝撃で、彼は苦悶の声を上げながら体をくの字に折り、体が軽く浮いた。

 それは決定的な隙だった。それを逃す手は無く、押される圧力が無くなった剣を体の右に持ってきて、袈裟掛けに振り下ろす構えを取る。

 蒼い光を放つそれは、四連撃《ホリゾンタル・スクエア》だ。

 

「この……ッ!」

「アガッ?!」

 

 しかし、そのソードスキルを放つ事は出来なかった。

 袈裟掛けに振り下ろそうとした正にその瞬間、真下から黄色の光を纏った黒いブーツが、こちらの顎を真上に蹴り上げてきからだ。

 体が浮き、後方へ僅かに動いた勢いを利用して、どうやら『足の蹴り上げ』をキーとする《体術》ソードスキル《弦月》を放ったらしい。

 そういえば忘れていたが、彼は腕輪装備の影響で一切の仰け反り無効状態になっているのだった。それがあるのに体がくの字に曲がったり、体が浮いた辺りは少々解せないが、スキルがクリーンヒットしていながら即座に動けたのは、恐らくそのバフによるものなのだろうと察しがついた。

 顎を蹴り上げられ、スキルもキャンセルされて硬直を課されたボクは空を仰ぎながら宙に体を晒し、一、二秒の後に地面に落下する。

 

「く……!」

 

 落下してすぐ、横へ体を転がし、その勢いで地面に着いた手を起点に起き上がった。

 それからキリトを探す為に視線を周囲へサッと巡らせ、すぐに発見した。

 キリトは殆ど移動していなかった。少し表情が険しくなっているものの、後ろ手に剣を構え、こちらの出方を見ていた。どうやら鍔迫り合いの最中、一瞬でスキルを叩き込んだのが余程警戒されているようだった。

 その警戒度合いは凄まじい闘気となって体に圧し掛かっている。

 ここは全てがゼロと一、二つの数字によって構成されている仮想世界。この世界に起こる現象は全てシステムによって引き起こされており、そのロジックに科学的でないものは一切関与していない。

 故に、闘気なんてものを感じる筈が無いとする説を信じる者は、プレイヤーに多くいる。攻略組にも居るくらいだ。

 だがボクは、闘気の存在を信じる。現実的ではなく、凡そ科学的でないにせよ、人の感情や視線から殺気や悪意、闘気などを感じ取る事は出来ると直感的に思っている。そうでなければ今、自分が感じている重苦しく恐ろしいとも思える《何か》の正体を説明出来ないのだから。

 机上の空論に振り回されるくらいなら、今は謎でもいい、未来でも解明出来なくてもいい、強者の剣に翻弄されたい。

 ただ……

 

 

 

 ――――翻弄されるばかりじゃ、ないけれど

 

 

 

 胸中で呟く。その呟きに込められたものは、諦めの悪さを内包したもので、どこから愉しさを感じているものだ。自然と口元に笑みが浮かぶのが分かる。

 

「……?」

 

 恐らく、こちらの顔に浮かんでいる笑みを見てだろう、キリトは油断なく構えながらも訝しげな眼を向けて来た。ほぼ痛み分けという状態、いや、ステータスや手札の数で言えば圧倒的にボクが不利なのに、何故か愉しそうに笑みを浮かべたのが分からないのだろう。

 チラリと視界左上に表示されている自分のHPゲージは、先ほど顎へもろにサマーソルトキックである《弦月》を受けた影響で一割弱減少していた。これが普通の武器攻撃なら三割は減っていただろうが、《体術》スキルは総じて与ダメージ倍率他より低い。それでも一割弱減らしているのは彼のステータスの高さと、クリティカルポイントに当てて来たからだろう。

 次にキリトの頭上に表示されているゲージを見れば、レベルと装備の影響で全ステータスが圧倒的に高いせいか、一割も削れていなかった。ぱっと見で五%――一割の半分――といったところか。

 《体術》スキルは基本的に拳撃タイプと蹴撃タイプに分けられており、《閃打》は前者、《弦月》は後者に入る。

 拳撃タイプはスピードと隙の無さが利点で威力が低め、蹴撃タイプは高威力が利点で発動前後に隙が大きいという、双方真反対の特徴がある。《弦月》はサマーソルトキックなので、発動には蹴り上げなければならないし、外れれば空振りで、しかもバク転の要領で着地しなければならないから元々バク転が出来ない人には隙が大き過ぎる、そんな感じだ。

 あちらは蹴撃タイプの《弦月》でクリティカルポイントである頭部を蹴り上げて来た、こちらは拳撃タイプで腹部を殴って怯ませた。

 何故か剣では無く拳と脚をそれぞれ交えてしまっているが、それは置いておくとして。これらを考えると、レベルとステータスの差が圧倒的過ぎて絶対不利かと思っていたものの、割とそうではないかも知れない。

 確かに彼は反則的な反応速度を持っているので、ソードスキルなんて簡単に破る。だがそれはこちらとて同じだ。勿論集中力の長さで言えば彼の方が圧倒的だろうが、デュエルという短い時間に限定すればこちらとて負けはしない。しかも今は互いに純粋な片手剣使い、一年半もの間ずっとボスレイドに参加し続けて来た間柄なのだから、ある意味双方の手の内は割れていると言って良い。

 もしこれがユニークスキル有り、あるいは《ⅩⅢ》解禁であったなら負けていた。前者はシステム的なのでまだいいが、後者は彼の発想次第で文字通り千変万化の万能武具、戦いの中で進化し続ける彼とはとても相性が良すぎて、戦うこちらからすれば最悪の敵になる。本当に禁止にしておいてよかった。

 ちなみに、この戦闘で彼はエリュシデータを使っている訳だが、現在の装備欄から《ⅩⅢ》は外して直に装備しているらしい。慣れてしまうと自然に想起してしまいかねないからだとか……下手すると暴走すると言っていたが、詳しくは教えてもらっていない。

 閑話休題。

 いい加減戦闘に意識を戻さなければならない。いや、先ほどの速度を見せ付けられてからは一瞬たりとも気を抜いていないのだが……如何せん、前述の通り互いの手の内が分かってしまっているので動くに動けない。

 もしかすると彼は最初の一撃で決めに来たのかもしれない。確かにあの初撃であれば、目が慣れる前だから決まる可能性は高い、事実ボクも反応はギリギリだったのだから。

 彼の誤算は、ボクの反応速度だろう。常時動体視力や身のこなしに脳が追い付いているのがボクで、彼は瞬間的に爆発的な反応速度を得るタイプだと、ヒースクリフさんから聞いた事があるし、姉ちゃんも似たような事を言っていた。

 あの初撃が彼の最高速だとは思わないが、ここ最近二刀や《ⅩⅢ》で戦い続けていた弊害で、一刀で攻め切るやり方を忘れてしまっているのかも知れない。

 となれば……さっきの彼では無いが、一刀に慣れるより前に勝負を掛けるべきだろう。反応されるかもしれないが、一刀の年季はベータを入れると負けてしまうものの、正式版で限定すればこちらが上回った。更にはここ数日の間、彼はまともに激戦を経ていない。

 ボクの勝利に求められる事は、正に短期決戦。それを、短期決戦型の剣士に対してこなさなければならない。

 何ともまた困難な試練だ……気が昂ってくる。

 

「すぅ…………はぁ……」

 

 しかし、躍動し、戦いに燃え滾る心が強さの根源になるのは確かではあるものの、それで勝ちを急いでは敗北も必至だ。一度昂った心を鎮める為に、剣を構えたまま静かに、深く、草原の澄んだ空気を仮想の肺に満たすべく深呼吸する。

 それから前に出していた右足を後ろに引いて左半身を前にし、右手の剣を持ち上げる。構えだけを見れば《ヴォーパル・ストライク》の、あるいは《ハウリング・オクターブ》のそれに近い。

 近いが、どちらでも無い為にスキルの立ち上げを示す煌々は発生しない。

 これは、確かに刺突に特化した構えではあるものの、実際にソードスキルを放つ訳では無い。そも、彼ほどの実力者に対し、仕切り直し直後の初撃で放つのは愚の骨頂。自ら無様に死に体を――実際に死ぬ訳では勿論無いが――晒すも同義だ。

 刺突は、それすなわち殺意の現れだ。よく『刃を向けられているかのような』とか、似たようなもので『切っ先が向けられている』表現を比喩するが、正にそれは殺意を向けている事になる。武器とは、刃とはすなわち殺人の道具、だから切っ先を向ける事はイコール殺意を向ける事になる。

 それすなわち、全力で相手を倒す――――殺す意思の表れに他ならない。

 

「……!」

 

 それを鋭く察したのだろう、こちらの一挙手一投足を注視していたキリトがピクリと片眉を上げ、すぐに戻し、目を眇めた。互いに相手の出方を探り合っていた静けさの中に、ピリッとした緊張感が漂うのを確かに感じた。

 それから一秒、二秒、三秒経って……ボク達は同時に動き出した。

 身長が低い為にどうしても腕の長さは劣るものの、彼はそれを一瞬の速度で補い、先の先――相手より先に初撃を見舞う事――を取って斬り掛かって来た。その斬撃は、こちらから見て左斜め上から右下へ振り下ろす軌道を描く。

 しかしそれは読めていた。地面擦れ擦れまで下げている彼の剣は、必ず後ろ手だ。故に放ってくるのは、回転無しなら唐竹、袈裟、左薙ぎ、左斬り上げ、刺突の四つしかない。これが正眼なら全て警戒しなければならないが、一方に構えているのなら、そちらからの攻撃を警戒すればいい。回転を入れれば反対側からも攻撃可能だが、背中を見せる事は隙を見せる事と同義なので、滅多にしないとして度外視した。

 真上に斬り上げる逆風は、左に剣を構えていなければ碌にダメージを与えられないし防がれやすいから、これも度外視だ。

 彼が剣を袈裟掛けに構えた瞬間、引き絞っていた黒剣を僅かに突き出し、彼の右胸を穿つ。

 直後、剣を引きながら即座に右薙ぎへ振るい、袈裟掛けに振り下ろされようとしていたエリュシデータの刃にぶつける。キンッ、と甲高い音と共に衝突し、彼の剣はこちらの体に掠る事無くボクから見て右へと逸れた。

 

 

 

 ――――好機だ

 

 

 

「ハ……ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

 ここで決めに行くつもりで、あるいは大きな差を付けるつもりでソードスキルを放つ事を決めた。

 まず、左拳を握り込んでコンマ数秒で、スキル《閃打》を立ち上げてから叩き込むまで終える。

 

「ぐ、ぉおお……ッ!」

 

 その一撃は先ほど放ったからか、ギリギリで必死さを思わせる声を上げるキリトの左手が見事に掴んで、鳩尾に叩き込まれるのを直前で阻止していた。阻止はしていたが、彼の体は見るからに軽量アバターであるため、スキルの攻撃速度とアシストパワーも合わさって僅かながら後方へ押していた。

 本来ならここでこちらは硬直を課され、キリトが攻撃に転じるのであるが、勿論攻撃がこれで終わりな筈が無い。むしろ《閃打》を防ぐ事は想定済みだ。

 引っ掛かったなと胸中で呟くと同時、拳を叩き込んでスキルが終了し、ほんの数瞬の硬直が課されるまでにあるコンマレベルのラグの間に、フリーだった右手に意識を移す。最早体の一部と言って良いほどに重さを感じない愛剣から今日一番の蒼い輝きが迸り、見えない手に動かされる感覚が来た。それに合わせるように、外れない範囲で自分でも体を動かす。

 袈裟に斬り下ろし、反転して右薙ぎ、手首を返して左斬り上げ、更に返して逆袈裟に振るう。そこで一度剣を引き、即座に突き出す。ドスッと鈍い音と共に、キリトの華奢な体の中心を貫いた。

 

「ぐ、ぅ……!」

「ッ……!」

 

 小さく漏れる呻き。彼の顔には、苦痛を耐える為の険しさが浮かんでいた。

 それを聞いて、見て、湧き上がってくる刃を止めたい衝動を、奥歯を食い縛る事で無理矢理押し殺し、続く動きに意識を移す。

 六撃目は彼の体に突き立てた剣そのまま抉って回し、刃を横に寝かせてからの右薙ぎ。ズバッ、と軽快な斬撃音に隠れて一際押し殺した苦悶が聞こえて来た。

 七撃目は右に振り抜いた剣の手首を返し、左肩から右腰に掛けて斬り裂くように袈裟掛けに振り下ろす。こちらの左腰に擬すように振り抜いた後、地に足を半ば踏み抜くかのようにしっかり付けて八撃目となる渾身の右薙ぎ。

 九撃目は右薙ぎの勢いを止めるのではなくそれに乗って、ぐるりと体ごと一回転し、遠心力と捻転力とを合わせた渾身の回転斬り。先の右薙ぎより数段上の威力と勢いがあり、これに彼は思い切り後ろへ仰け反り、よろけた。

 そして回転斬りの勢いを、後ろへ引いた右足で止め、その反動で引き絞った煌々と蒼い鮮烈な輝きを放つ黒剣ルナティークを、全力を込めて突き出す。正真正銘、全身全霊を込めた強烈な蒼光の刺突はキリトの胸中央に吸い込まれるかのように突き立てられ――――ライトエフェクトとソードスキルの余波である衝撃波が炸裂、大爆発したかのような轟音と極光が迸った。スキル使用者である自分は後ろへ僅かによろけ、諸に受けたキリトは思い切り吹っ飛ぶ。

 今放ったのは、《片手剣》スキルの最上位剣技の片割れ、一撃の威力と速度を兼ね備えた十連撃からなる《ノヴァ・アセンション》。強力な反面、技後硬直が二秒と長めなのがネックな上に大振りなのでボス戦では使い辛いが、一対一で局面を誤らなければ、強力な一手となり得る大技だ。

 最初に《閃打》を放ったのは、それを防ぐ事を見越した上での事だ。彼の姿勢では放つための構えを取れなかったため、相殺はあり得ず、それなら拳を手で止めるしかない。

 だが、止める事は出来ても《閃打》はれっきとした攻撃ソードスキルだ。ソードスキルは通常攻撃で逸らす事は出来ても……原則、相殺は不可能だ。

 基本的に、キリトに同じ手は通用しないし、そもそも初見で見破るのが常。初見で当たるのは、半ば奇跡と言っても過言では無く、二度目以降は必ず防御か回避で確実に対処する。今回は回避が絶対出来ないため防御するしか直撃を避ける手段が無い、そんな状況に誘導した。

 故に彼は表面上は防いでいたように見えるが、しっかり《閃打》を手で受けた判定でダメージは受けていたし、その衝撃もしっかり伝わっていた。だからこちらにソードスキルを放つ隙を与えてしまった。そして見事最上位剣技を全撃当てる事が出来た。

 そしてもう二度と同じ手は通用しない。出来る事なら、この一手で決まって欲しい。

 そう願いながら、技後硬直を課されて刺突の姿勢で固まっている間も吹っ飛んでいくキリトを見ていた自分は、特に彼のHPを注視していた。最大連撃にして最上位剣技を、自分と違って胸鎧なども着けていないのに直撃を受けたのだ、半分を割り込んでいたとしてもおかしくは無い。

 空を仰ぎながら凄まじい勢いで吹っ飛んで遠ざかっていく彼のHPゲージは、遠目だがしっかり見えていた。

 この世界のゲージの減り方は大ダメージであっても一定速度で減っていくので、少し待たなければ結果が分からない。

 キリトのHPゲージは、僅かに減っていたところからぐんぐん減っていた。九割を切り、八割、七割、六割を切り――――ギリギリ、五割を切った注意域のイエローにはならず、直前で踏み止まる。

 あと一撃当てれば、掠らせるなら二、三撃くらいでこちらの勝利になる、そんなもごかしいくらいギリギリのところで彼は持ち堪えた。

 レベル差は圧倒的で、それに比例して彼のHP量とVIT値はかなりのものの筈だが、防御力は然程高くないのだな……そう考えて、そういえば彼の腕輪装備は、全ステータスが大幅強化されたり、仰け反り無効になったりなど様々な恩恵がソロである限り齎される反面、装備している限り常に防御力三割低下のマイナス効果があるのだった。

 彼は見ての通り黒い革のコートやシャツ姿だから、スピード型の剣士であるアスナやボクですら身に着けている鎧防具を装備していない、故にダメージカット率が低いのだ。まぁ、そこは我が姉も同じだが。

 スピードタイプが鎧をあまり着けないのは自らの長所を殺さないためだ。そしてキリトはパワー寄りのステータス配分なのだから、最低限胸鎧や着けても良いのだが、パワーを絶対的な高レベルによるスピードで活かそうとしているが故にスタイルなのだと思うと、言い出しにくい気もする。

 そんな彼が最上位剣技をあれだけ至近距離で諸に喰らったのに、倒れていないのだから、マイナス効果を含めて考えてもやはりHP量は膨大なようだ。

 あと少しなのだから、堅実に、気を引き締めなければと気持ちを改める。

 

「つ、ぅ……ッ!」

 

 遠くまで吹っ飛ばされ、ギリギリで剣を突き立てて制動を掛けたキリトは、すぐには立ち上がらず剣を杖代わりに悶えていた。

 《ノヴァ・アセンション》を自分が喰らった事は無いので分からないが、どうやら最上位剣技を諸に全撃喰らうと相当苦しみ悶える違和感が体を襲うらしい……

 

「……ん……?」

 

 そこまで考えて、ふと小さな囁きが口から洩れてしまう程、唐突に疑問が芽生えた。

 このデュエル、実際はどこもおかしいところは無い筈なのだが、キリトに限って言えばこの展開はおかしいし、幾つか不自然な点がある。

 そもそもの話、キリトは装備の影響で吹っ飛ばない筈だ。なぜなら腕輪防具《狂戦士の腕輪》がマイナス効果を付与する代わりに、仰け反り無効の効果を恩恵の一つとして与えているのだから。

 加えて言えば、最初に《閃打》を叩き込んだ時のあの反応。体をくの字に曲げていたが、アレもおかしい。

 仰け反り無効というのは、《殺戮の狂戦士》が二〇回――攻撃力上昇防御力低下効果を及ぼす落雷を呼んでからは四〇回――分あった、あの間の状態だ。通常攻撃はおろか、ソードスキルでも一切怯まない、それが仰け反り無効というバフの筈。その恩恵は腕輪をしているのだから健在だろうし、事実即座の反撃はそのバフが無ければ不可能なタイミングだった。

 であれば、矛盾が生じる。

 何故怯み、仰け反り、吹っ飛ぶのか。そしてこちらが《ノヴァ・アセンション》を放っている間、何故反撃をしてこなかったのか。

 

「ッ……ホント、強いな……ッ!」

 

 何故、何故と思考している時、息も絶え絶えという風情で聞こえたキリトの声にハッとして意識を彼に戻す。彼は丁度、剣を地面から抜いて構え直すところだった。僅かに動きがぎこちないのは……痛みの代わりに受けるようになっている衝撃波のせいか……

 いや、考えるのは後でも出来る。ここで考え事に没頭して負けては【絶剣】の名折れだ。

 胸中でそう呟き、軽く息を吸って、吐いて、また気持ちを切り替える。その時にはキリトの方も仕切り直し終えたようで、再び闘気を纏ってこちらを見据えていた。その強い眼を見ただけで、ニヤ、と口角が吊り上がってしまう。

 きっと今の自分は、女らしくない獰猛な笑みを浮かべているのだろう……そう何とはなしに考えながら、また同時に駆け出した。

 心で獣のように昂る咆哮を上げ、躍動し、流れていない血がまるであるかのように体全体に熱を帯びながら。目の前に立ちはだかったこれまでで一番の強敵を斬るべく思考を回転させ空白で塗り潰しを繰り返しながら。

 

「ハァァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

「オォォォォォオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」

 

 超神速で距離を詰め、互いに全力を込めた一太刀を振り下ろした。その刃は相手の刃に衝突して止まり、せめぎ合いが始まる。

 眼前で獰猛に笑う大好きな剣士のように、こちらも笑みを浮かべながら、荒々しくも繊細な読み合いを始めた。

 

 *

 

 幾度も幾度も、互いに細身と肉厚の黒い刃をぶつけ、距離を開け、また詰めて交錯を繰り返す。デュエルを始める時に設けられる制限時間も今回は無しなので、それを何分繰り返したかも分からない。

 映画で見たガトリングガンを想起させる速度で剣を振るい、あるいは突き出し、刃を交え、あるいは躱し、金属音と空気を斬り裂く音を響かせる中、追い詰めているのはボク……では無かった。

 その逆、追い詰められているのがこちらだった。

 キリトのHPは、《ノヴァ・アセンション》から一ドットたりとも動いていない、攻撃が掠りもしていないから減っていないのだ。神懸かりと言いたくなるくらい的確にこちらの剣戟をパリィ、あるいは半歩動いて躱し、反撃を入れてくる。

 反面、こちらのHPは剣劇の応酬を続ける中で体の末端部にエリュシデータの剣尖が幾度も掠り、ジワジワとゲージが減っていっている。今はすでに六割を切り、殆どキリトと変わらない程だ。隙なんて見つからないから作らないといけない、その行動の反撃を躱し切れずにジワジワと追い詰められている。

 ……だが。

 

「……ハハッ!」

 

 普通なら有利に立っていたのに不利になりかけているのだから焦ったり、怒ったり、悔しがったりするのかも知れない……しかし、少なくとも今のボクにそんな感情は微塵たりとも無かった。

 あるのはもうすぐ終わってしまうのかという残念な気持ち、虚無感。そしてもっと続けたいという興奮と躍動感、快楽にも似た、しかし愉悦ではない確かな高揚感。

 もっと、もっと続けばいいのに、もっと戦いたい、もっとキリトの全力と戦いたい、まだ終わりにしたくない。そんな想いが溢れ出て止まない。

 ああ、そういう意味では、ある意味で悔しいと言えるのかも知れない。キリトと互角に戦えず一方的に斬り刻まれている剣腕の無さが悔しい、自分自身の弱さがとても悔しい。

 そして、自分より四つも年下なのに、ここまで卓越した剣を人に師事したと言えど自力で作り上げたキリトに、心の底から尊敬の念を抱く。ステータスだけでなく、実力をも併せ持った最強の剣士の異名がとてもしっくり来る強さだ。

 キリトの大振りな逆袈裟の剣戟を半歩分後退して掠らない程度の紙一重で躱し、反撃とばかりに袈裟掛けにルナティークを振るう。キリトはこちらの袈裟斬りを同じように後退して躱し……それを契機にしたのか、キリトは更に一度大きく跳び退いた。

 その姿を見て、もうそろそろ終わりなのかと落胆を抱いてしまう。自然、僅かに正眼に構えていたルナティークの剣尖が下がる。

 それを見てか、彼も僅かに名残惜しげな色を持った微笑を浮かべた。

 

「どちらも、多分あと一撃掠っただけで勝負がつく……でも、ただ剣劇の応酬による掠りダメージで決着っていうのも味気無いからな。俺の全力を込めた一撃で決めさせてもらう……どうだ?」

「つまり、渾身の一撃でトドメ、か…………うん、いいね」

 

 彼の提案は、とても心躍るものだった。確かに決着は名残惜しいが……それでも全力を出し切っての戦いだったのもまた事実だ。その最後を、全てを出し尽くした一撃で締め括るというのは確かに良い案だ。

 それに笑みを浮かべて頷けば、彼もまた笑みを浮かべ……それを一瞬で消して表情を改め、凄まじい気迫を纏ったのが分かった。こちらもまた同様に、表情を真剣なものへと変え、せめてとばかりに出せるだけ闘気を出す。出せているかは分からないが、多分出せているだろう事を信じる。

 彼我の距離は十二、三メートル程度。同時に走り出せば、すぐに間合いに入ってゼロ距離に到達する短さだ。

 故に、一瞬でトップスピードになり、更に一撃で勝負を決めるのが最適解だろう。

 そう判断した後、剣を構える。右半身を前にし、剣を左腰に擬すのではなく、僅かに肩辺りまで持ち上げて逆袈裟に斬り掛かる構え。それは突進系ソードスキル、《ソニックリープ》の構えだ。キリトも全く同じ構えを同時に取り、同時に翡翠色の光が刀身から迸る。

 ここで何故ソードスキルを選んだかと言えば、まず第一にキリトとの絶対的なレベルとステータスの差、第二に武器の重量はあちらが上であるから。

 第三に、通常攻撃ではどうしても威力もスピードも乗り切らない為である。また、次で決めると宣言した以上次で決めなければ締まらないし、同じ事をするのは気迫が乗らないから却下。それに単発ソードスキルであれば勝敗が分からない部分もある。動きは決まっているが……ある程度なら自分の意思で動かせる以上は読み合いだ。

 武具とステータス差があるからソードスキルの勝負もこちらが不利ではあるが、ソードスキル同士であれば、押し切られない限りはアシストは働いたまま、つまり押されはしても押し切られはしない。故に一縷の望みがある。

 ……と、理屈を並べてみたが、要はこれが良いと思っただけだ。先に述べている通り、一瞬でトップスピードになる上に一撃で勝負を決めるとなれば、ソードスキルが一番だ。

 SAOの必殺技であり、根幹を為すと言っていいソードスキル。これがデュエルを締め括るに、ある意味で相応しいと言えるだろう。自分で作った技が一番いいのだが無いものねだりは無意味。

 勿論、ソードスキルがマズいところに直撃すれば、彼もボクも死ぬ可能性はある、何せHPがギリギリなのだから。プレイヤーのHPは結構な量を誇るが、モンスターに比べて防御力そのものは低いから一撃のダメージが結構出る。防具をしている自分、レベルは高いが防具無しな上に防御力低下状態のキリトは、両方ともリスクを孕んでいる。

 だが、したいと思ったからする、それだけだ。それに、死なないという確信が自分にも……恐らくキリトにもあった。

 だから、ソードスキルを選ぶ事にも、放つ事にも、躊躇いは無かった。

 蒼く晴れ渡った晴天の下に広がる草原。近くに教会と樹木が屹立し、離れたところには多くの男女も年齢もバラバラなプレイヤー達が観戦している中、ボクとキリトは互いにスキルを発動する一歩手前のところで構えを保ち続ける。

 ざあ、穏やかな風が吹き、樹木の枝から散った仮想の緑葉が互いの中間地点に割り込んできた。

 

 

 

「「……ッ!!!!!!」」

 

 

 

 その瞬間、同時にスキルを完全に立ち上げ、見えざる手に動かされるのに合わせて自らの意思で体を動かし、ソードスキルの速度を上げ、威力をブーストさせる。システム外スキル《剣技増幅》だ。

 翡翠の光を爆発させ、一瞬でトップスピードに入って距離を一気に詰め、袈裟掛けに黒剣を振り下ろす。ギャァンッ!!! と開放的な世界に響き渡る程の金属質の轟音が上がり、こちらの翡翠とあちらの翡翠が鬩ぎ合う。

 割り込んでいた葉は、二剣の交錯によって丁度真っ二つに両断されていた。

 

「くぅぅぅ……ぅぅぅぅぅぅおおおおおおおああああああああああああああああああッ!!!!!!」

「ぐぅぅぅ……ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 両断された緑葉が小さな結晶片へと散る中、翡翠の極光が迸る剣を交え、互いに押し切られまいと咆哮を腹の底から轟かせて対峙する。地面を踏みしめて踏ん張っている左足がザリ、と僅かに後方へ圧力に負けて押されるも、それはキリトも同じで、同じように地面を踏みしめて踏ん張っている彼の左足も下がっていた。

 二剣から迸っている翡翠の極光は、まるで雷光とも言うべき閃光へと変貌し、刃と刃の間に斥力を発生させているようにも見えた。

 ガチガチ、と交錯している二剣が小刻みに震え……

 

 

 

 直後、ガァァァァァアアアアアアアアアンッ!!!!!! と鼓膜を破らんばかりの爆雷が発生した。

 

 

 

 爆雷と、その轟音に見合うだけの凄まじい閃光が発生し、発生した圧力によって堪らず後方へ吹っ飛ばされた。

 

「な……何、が……?!」

 

 吹っ飛ばされ、唐突過ぎる事に対応出来ず草原の上に尻餅をつき、ずざざ、と音を立てて止まってすぐに斬り結んでいた場所へ目を向ける。そこからちょっと離れた所に自分が振るっていたルナティークと、彼が振るっていたエリュシデータが突き立っていた。

更にその先にはキリトがいた。片膝立ちで地面に手を突き、最低限尻餅をつく事だけは避けているようだった。

 それを見た直後、視界のすぐ横に一枚のパネルが出現する。見ればデュエルの結果が表記されており、キリトを見れば同じようなパネルが出現していた。どうやら十メートル以上吹っ飛んでしまっていたらしい。

 

 

 

 表示されたパネルに視線を移せば、『Draw』と表示されていた。

 

 

 

「「……ドローッ?!」」

 

 キリトも驚いたように、同時に声を上げた。そんな中、何故こうなったのかを推察していた。

 削りダメージ、というものがある。相手の筋力値以下の防御値であった場合に起こるもので、盾で敵を防いだ時に発生するものがそれに当たる。本来受けるダメージでは無いが、それでも防御を抜けて受けてしまう最低限ダメージ、それが削りダメージだ。

 が、今回ドロー判定になった原因は別だ。削りダメージであればこちらが負けている筈だから。

 原因は恐らく、ソードスキルの暴発。正確には、暴発によって互いの剣が手元から吹っ飛び、互いの体に傷を付けて同時にHPが減った為にドローになったのだ。まぁ、あくまで推測でしか無いが、削りダメージではない事は確定的だからこれが当たりだと思う。

 

「はぁ……ドロー、か。何とも微妙な結果だねぇ」

 

 立ち上がって歩き、剣を地面から抜きつつ、同じようにエリュシデータを回収しに近付いて来ていたキリトに苦笑しながら言えば、彼も微苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、確かに。まさかソードスキルの衝突で暴発が起こるとは思わなかった」

「極限まで競り合ってるとあそこまで行くっていうのは発見だね……しかし、ボクのステータスでよく鍔迫り合いを耐えられたな……」

 

 今思い返してみれば、さっきのアレは明らかにステータスの差を超越した状態だった。絶対鍔迫り合いでは勝てない筈なのに、勝ってこそいないものの負けてもいない引き分けなのだから、これがどれだけ常識的に考えて異常な事か。

 

「まぁ、ユウキはステータスに現れない強さを持ってるって事で良いんじゃないか?」

「……それもそうだね」

 

 ユニークスキルを使われたり、《ⅩⅢ》を使われたら絶対負けるのだけど、ドローという事はつまりキリトと対等という事でもあるから、素直に嬉しい。

 

「キリト、ありがとう。ずっとキミとデュエルをしたかったんだ……成り行きとは言え、凄く楽しかった」

 

 その嬉しい気持ちを、ちょっと違うとは言え言葉にしてみた。元はと言えばボクがアシュレイさんに言った事が、このデュエルの遠因でもあるのだ、でも謝罪はちょっと違う。だからお礼だ。

 ボクのお礼を唐突に受けたキリトは意表を突かれたように目を見張ったが、すぐににこりと微笑み、頷いた。

 

「満足してくれたなら嬉しいよ。俺も楽しかった、ありがとう……偶にするのもいいかも知れないな」

「何時かユニークスキルと《ⅩⅢ》を全開にしたキリトも超えてみたいな」

「なら、その前に闘技場《個人戦》を突破しないとな」

「あー……アレかー……」

 

 アレは嫌だなぁ……そう苦笑と共に口にし、キリトと笑い合いながら、観戦していた皆の所へとボクは歩いて戻った。

 未だ冷めぬ昂りと、戦いの最中に覚えていたものと似ているようで異なる火照りを自覚し、その正体が何かハッキリと自覚しながら。キリトの笑顔を見て、癒される心とは別にときめくものを噛み締めて理解しながら。

 何て単純で、けれど暖かくて良いものなのだろうと思いながら、ボクは晴れやかな笑みを浮かべた。

 最早、気持ちに一片の迷いは無かった。何時になるかは分からないが、それでも何れきっと明かそう。

 そして、この剣と心に誓おう。

 

「ユウキ? じっと見てきて、どうしたんだ?」

「……んーん、何でもないよ」

 

 明るく笑うキミを護る事を、剣と心に、ボクは誓おう。

 胸中で、強く、強く紡ぎながら、笑ってキリトの頭を優しく撫でた。最初はくすぐったそうに、けれどすぐに嬉しげに笑う彼の笑顔は、とても眩く輝いていた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 割と、いやかなり頑張りました。地の分で解説やらユウキの思考やらを羅列しておりますが、そこも楽しんで頂けていれば幸いです。まぁ、地の文が長いのは本作では今更だし、原作も中々ですが。

 ちなみに、キリトが戦闘中色々と不自然だったのは既に答えが出てます。なので実質『仰け反り無効』が役に立ってないという……哀れキリト、SAO中はずっとその呪いがあるから、耐えろ。知らないとは言え容赦なく腹パンと最上位剣技叩き込んだユウキはちょっと絵面的にヤバい。

 デュエルの決着は相当迷いました。ユウキの勝ち……にするとキリトが崩れるし、かと言ってキリトの勝ちも書いてるとユウキがマジ強くて違和感あるし……という訳で、予期せぬソードスキル暴発という事でドロー判定に。

 キリトはステータスと技量が半端無い。ユウキは反応速度と戦略が半端ない。ぶつかって引き分け。そんな感じですね。

 最後の《ソニックリープ》は……うん、多分原作読んでる人には分かったと思います(笑)

 また長く空いてしまいますが、気長に御待ち下さればと思います。

 では、次話にてお会いしましょう。


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