インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

401 / 446


 どうも、おはこんばんにちは

 サブタイは花にするか者にするかで迷ったんだゼ(どうでもいいコト)

 後書きがちょっと長いですが、ご容赦ください

視点:シノン

字数:約九千

 ではどうぞ




第三十章 ~異界より来たりし花~

 

 

 

二〇二五年八月十六日、土曜日、午後四時半

”安住の地” ログハウス一階リビング

 

 

 プレイヤー三百人、エルフNPC四百人からなる連合軍は、妖魔王とそれを蘇らせたフォールン・エルフを統べる王の両者を討ち滅ぼし、見事勝利を収めた。

 総大将であるキリト、また巫女の信を得ているもう一人の剣士キリカは、森エルフの王と黒エルフの女王からそれぞれ、伝承で語られていた聖石と、本来近衛騎士にのみ下賜される騎士剣、そして莫大な報酬金を支払われた。またこの戦いに参加していた他のプレイヤーにもそれぞれが騎士を通じて多大な報酬を与えられた。

 また、両エルフ族は未だいがみ合うところはあれ、ひとまずの講和を結んだ。それを取りなしたのは巫女から信用されていたキリト、キリカの二人だ。巫女二人をダシに結ばせたのが実情だが、プレミアらもキズメル、リーフェを筆頭に仲良くなった騎士達が死ぬ状況を是としなかったので、彼女らの意見もしっかり入っている。そうなるよう誘導したのだ――というのは、流石に邪推が過ぎるだろう。

 ともあれ、これにより、エルフクエスト――『妖魔王撃滅戦争』は終了となる。

 元来の目的である元無名NPCの保護、異常のキーアイテムだろう聖石の確保は成った。エルフ族の争いも収まり、彼らにとってなじみ深い黒エルフ騎士キズメルを喪わずに済む事となり、結果を見れば正に『大団円』である。

 これでSA:Oカーディナルの異常、プレミア達が起動した要因だろう《浮遊城創世の伝承》なども解決していれば、言う事無しだった。

 

 ――しかし、そうもいかないのが世の常だ。

 

 プレイヤーもNPCも大勢巻き込んだこの戦争で、新たな問題が一つ生まれたのだ。

 妖魔王の下に突撃し、その討伐を目的に組まれた突撃組の前に現れ、総大将キリトを襲った黄金の女性騎士。

 種族は人族。だが、プレイヤーやNPC、Mobなどには必ずあるカーソル、HPバーを持たない異常を引っ提げ、彼らの前に立ちはだかった。剣身を無数の小片へと変じさせ、金色の風として振るっていたのは魔法のそれを思わせたという。

 世界観から誰にも許されていない攻撃的魔法の行使。

 更に、あり得べからざるシステム表示の消失。

 彼を取り巻く状況を知っていれば、それだけでかの騎士の境遇にあたりを付けられる。

 すなわち、異界の者だ、と。

 《ペルソナ・ヴァベル》という前例もあり、私達はその事実をすんなりと受け入れられた。

 世間的には、その騎士の存在はそこまで取り沙汰されていない。ヴァベルというカーソルもゲージも無かった存在がSAOではキリト達を支援していた――その事実は、既に大衆の知る所。異常に違いはないので話題性はあるが、敢えて取り沙汰にする必要性は低かった。

 無論、その騎士に遭遇した面々に『事の経緯が発覚するまで他言無用』と、緘口令をキリトが敷いたから大問題になっていないだけ。

 内通を危惧し予め配信禁止を言い渡していたお陰で広く知れ渡らなかったのは、開発陣にとっても幸いだっただろう。

 

 その騎士はヴァベルに足止めされた後、無力化され、今はアイングラウンド以外の場所で拘束されていた。

 

 その場所とは”安住の地”。プライベートでみんなに会えるようにと、キリトが苦心して作ったワールドだった。

 本来他ゲームのアカウント、アバターを持ってくる事は出来ない。だがヴァベルと黄金騎士はその仕様を突破して現れた『例外』だ。ましてヴァベルは、幾度となく時の壁をも越えた魔女。時を越えない他ワールドへの移動は、彼女にとって児戯に等しかったようだ。

 ”安住の地”はキリトにとって文字通り心休まる地なのだが、そんな場所に問題を持ち込んだのは、黄金騎士を余人の目に触れないようにというヴァベルの気遣いの顕れである。

 未だ私達とロクに会話しない未来のユイは、それでも義弟にだけは殊更優しかった。

 そして、現在。

 再現されたログハウスの一室にヴァベルを伴ったキリトは籠り、黄金騎士から話を聞いている。

 かれこれ一時間は経っているが、それだけ長いのは、やはり異界の話も聞かなければならないからだろう。特に今回の相手はキリトに対して異様に敵愾心を持っていたという。

 本当は仲間全員で件の騎士に詰め寄りたいところだが、『収拾がつかなくなる』の一言でキリトに却下されていた。

 結果、他に用事の無い面々は”安住の地”にダイブし、騎士との話が終わるのを今か今かと待っていた。

 

「それにしても……話に聞いただけでも分かってたけど、本当に戦国時代の合戦みたいな事をしてたのね」

「おうよ! あんときゃ夢でも見てんじゃねぇかってくらいテンション上がったな! VR技術なんてモンが出来た時も、俺は戦国シミュレーションの作品が出ないかって考えたモンだしよぉ」

 

 流石に待ち続けるのも退屈だった私は、その大戦クエストに参加していた面々から事情を聴く過程で、現場がどんな状態だったかを聞く事で暇を潰していた。

 実は、弓使いで有名な私は、そのクエストに参加していなかった。

 今はお盆。そのため、実家に戻って父の墓掃除をしたり、祖父母の家事を手伝ったりと日中――特に午前中――は忙しくしていたのだ。そのため今日の午前中にゲリラ開催されたクエストに参加できなかったのである。

 せめて夜に始まっていれば参加し、遠くから敵を射抜くスタイルで貢献できたものを……と、昨夜の深海クエストでの振るわなさも合わさり、歯痒い気持ちになった。

 それを知らないだろうクラインは、興奮冷めやらぬ……いや、むしろぶり返してきたと言わんばかりの勢いで、戦いがどんなものだったかを語り続ける。『孫子』の兵法を軍旗に掲げたかの武将を思わせる赤備えの和装から類推していたが、かなりの戦国好きだったようだ。大好きな趣味を早口で語る同級生の男子のように、彼の舌鋒は留まるところを知らなかった。

 

「俺はあのときAIの可能性を感じたぜ。SA:OレベルのAIなら、マジで戦国シミュレーションゲームをフルダイブ作品として出せるってよ」

「いやぁ、それは難しいんじゃないか」

 

 その日が待ち遠しいとワクワクしているクライン。その彼に、キリカが冷や水を浴びせるように反論した。

 

「えぇっ? なんでそう思うんだよ?」

「もちろん将来的には出るだろうけど、かなり賛否が分かれると思う。将棋みたいな盤上ゲームならともかく、フルダイブみたいにリアルさのあるゲームとなると、そんな高性能なAIは積められない筈だ。SA:Oもそこがネックになってブルーカーソルの案が出されたらしいし」

「あー……」

 

 SA:Oで電子ドラッグの売人をしていた男は、元SA:O開発陣のチーフディレクターで、当初考案されていた世界観が残虐性のあるものとして政府からストップが掛かり、リーダーである彼が解雇されたという経緯がある。その中で生み出された《ブルーカーソル》は、NPCを故意に傷付ける行い全般への抑止力として急遽実装されたシステムであるのは、裏事情として私達は話を聞いている。

 それほどNPCやAIでも『生死』に関する事に厳しいとなれば、正にそれを取り扱うシミュレーション作品では更なる制限が掛かるのは目に見えた事。

 つまり、クラインが求めるような作品が出来上がる事は、まず無いと思っていいという事だった。

 言わんとする事を理解したらしいクラインは胡乱な声を発していた。

 

「出たとしても内政特化で、合戦は盤上戦とかになるだろうね。あるいは武将一騎打ちなどの代理戦争染みた展開になるか……」

「そうかぁ……茅場よぅ、戦国シミュレーションゲーム、作れねぇか?」

「流石の私でも難しいと言わざるを得ないな。なにせ今の私の立場は、キリト君ありきのようなものだ。彼にこれ以上迷惑を掛ける訳にはいかんよ」

「現在進行形で迷惑掛けてるもんねー」

「……否定できんな」

 

 ジト目のユウキの口撃に、ヒースクリフは苦い表情で応じた。

 SA:OはSAOのデータを下地にしている。だが、SAOサーバーは《クラウド・ブレイン事変》の後に完全初期化されて消えている筈で、本当は流用する事は出来ない。それを可能にしたのが茅場晶彦であり、彼はSAOのバックアップデータを提供したと聞く。

 結果、そのせいでSA:Oで色々と問題が起き、キリトがそれに対処する羽目になっている訳で、これはもう言い訳のしようがないくらいヒースクリフに非がありまくりだ。

 無論、茅場もこの事態を想定していたわけではない。警戒してキリトにデバッカーの依頼をしていただけで、本当にここまで彼を出動させる事態になるとは思っていなかった筈だ。

 そこを考慮すると、一番非のある人物はキリトの苦言に取り合わず、電子ドラッグの売人捕縛とSA:O運営維持の両方を閉口させた彼のクライアントという事になる。

 キリトによれば、そのクライアントも上から指示されている事なので、結果板挟みになって苦しんでいるとの事だが……

 キリトの健康を優先する私達からすればそんな中間管理職にありがちな悩みは知った事ではなかった。

 

「――それでよぉ、あの金色の騎士って、どんな世界(ゲーム)から来たと思う?」

 

 そこで、それまでの戦国好きな男の雰囲気が真剣なものへと一変した。悲しさを全面に押し出していた情けない顔は、冷静な男のそれへと変わる。

 その変化に対し、ヒースクリフやユウキをはじめ、この場にいる面々の表情もまた真剣なものになった。

 まるで、浮遊城での攻略会議の時のような……

 そんな空気の中、最初に喋り出したのはやはり《攻略組》を引っ張っていた騎士の男だった。彼は冷静な面持ちで、推測を口にしていく。

 

「東進している最中の一度しか会っていないし、刃も我々は交えていないが……仮にカーディナル・システムの系譜のワールドなら、恐らくキリト君が使っていた瞋恚を誰でも使えるワールドだと私は思うよ」

 

 その推測に、「そりゃあ何故?」とクラインが更に問う。

 鎧を脱ぎ、深紅のローブを纏う賢者然とした男は答えた。

 

「あの剣の攻撃だよ。厳密に言えば、金の風とも言うべきものか」

「アレか……あれが、キリトの瞋恚と同じ攻撃って事か?」

「少なくともそれに近いものだとは思うよ。あの攻撃が彼を襲う前、詠唱らしき声も無かった。剣に戻す時も刃の無い柄を翳しただけ。《ⅩⅢ》のような思考で操作する類にしては極めて細かな操作を求められるから、恐らくそれも無いだろう。他に可能性があるとすればキリト君の《魔術》のように、モーション式を取った魔法の可能性だが……」

 

 僅かに言い淀んだ深紅の賢者は、それはないだろう、と続けた。まるで自分に言い聞かせるかのような言い方だ。

 無論、何の手掛かりもない予想だから、当たっていなくとも不思議ではないのだが。

 ただ、なんとなく彼にはそれなりの根拠があるように思えた。

 

「どうしてそう思うのかしら」

「フェアさに欠ける。ゲームで言う魔法は、遠距離攻撃手段であると同時に、誰もが同じ条件で使えるものという前提がある。しかし彼女の場合、アレは剣に依存するものだった」

「剣のエクストラ効果の可能性は? ユージーン将軍の持つ魔剣みたいな」

 

 言いながら、紅の将軍が持つ魔剣を思い浮かべる。彼が持つ魔剣グラムは伝説級(レジェンダリィ)武器(ウェポン)としてALOのユニーク武器として存在する。アレのように、その刃を散りばめさせる能力もエクストラ効果という可能性はないのかと思った。

 しかし、それでもヒースクリフは首を横に振る。

 

「彼の魔剣はキリト君が破った時のように欠点がある。相手の防御を無効にするのと同時に、自身も防げないという弱点がね。しかし……彼女の剣に、それは無いように見えた」

 

 ヒースクリフは言う。強力な武器は、同時に何かを代償にしている事が多いと。

 魔剣グラムは、自身が防御不可になる代わりに、相手に防御を許さないエクストラ効果がある。他の伝説級武器も何かしらの欠点は存在するとされるが、それを引き換えにしても、超強力と判断できるほどのポテンシャルがある。

 だが、あの剣に欠点はないと彼は言う。

 詳細なパラメータが不明だが、キリトが為す術もなくなぎ倒されたのを見るに、その攻撃の重さは尋常ではない。それが黄金騎士の意志に応じ、数百にも及ぶ小片となった襲い来る。それらすべてを剣で弾くのは不可能だし、かといって空中を高速かつ自在に移動する嵐を回避するのもまた至難。

 つまり騎士のあの技は、あり得ないほどに完全、そして万能なのだ――と、賢者は語った。

 それに、私は思わず唸りを上げる。

 世界を見ればそれほどの反則級武器は幾らでも見つかるのでは……と思うが、確かにと納得出来る部分も大いにある話だ。

 現にALO最強として名高い伝説級武器の聖剣は、あらゆる状態異常を無効化し、相手のバフも貫通する性能を持っている。攻撃力も高いので極めて強いのは確か。しかし同じ金色の武器でも、話に聞く騎士の剣と比べれば、間合いの関係で劣勢になるのは容易に想像が付いた。

 

「元々剣の能力としては付与されているのだろう。だが、それを発動するのは例の瞋恚ではないかと、私は思う。ユージーン将軍の魔剣と違い、任意で発動しているように見えたしね」

 

 私はその戦いの現場を見ていないので何とも言えないが、その場にいたユウキ達を横目で見れば、難しい表情をしているもののこれといった反感は見られない。彼女らも馴染み深い伝説級武器より強過ぎる力だと感じているのだ。

 その原因が、キリトが幾度も見せてきた瞋恚なのだとすれば……

 まぁ、納得いかなくもない。

 しかし――

 

「だけど……彼女って、多分AIよね? キリトレベルの強い意志を、自力で作り上げたって事?」

 

 そこで、引っ掛かる点があった。

 時を越えた第一人者であるヴァベルは、周知の通りユイの未来の姿であり、リアルで肉体を持たないが故に時を越えても生存できている。忘れそうになるが、あくまで人間は脳の信号を延髄部分でキャッチしているからアバターを動かせているだけだ。その信号を超える速度は勿論、過去に飛んでも動き続ける事はあり得ないと言っていい。

 であれば、リアルに肉体を持たないAIや、プレミア達のようなNPCという事になるのだが、AIの中で瞋恚相当の力を発露したのはキリトのホロウのみ。必然的にキリカも同様に可能なのだろうが――逆に言えば、リアルの人間と同じ積み重ねをしたAIでなければ不可能なほど、瞋恚という力は特殊である。

 キリトも、瞋恚を使うにはナーヴギア以上の出力を持つハードが必要らしく、アミュスフィアを使っている間は瞋恚を使えない。

 キリカに関しては、本人曰く『そこまでの勢いになれてないだけ』との事。ホロウの例があるので追い詰められれば使えるだろうが、意図して使えはしないと言っていた。

 ユイ達に関しては分からない。かつてエラーを蓄積したユイは、カーディナルの制限を無視して現界し、キリトに会いに来るという荒業をやってのけた。それを瞋恚と解釈するか、須郷の干渉にタスクを割かれた隙を突いただけと解釈するかで結論が変わる。ストレアも同じだ。

 そこまで考えた私の問いに、うむ……と一つ頷いたヒースクリフは、やや眉根を寄せ、腕を組み、顎に手を当てた。

 

「これはユイから聞いた話だが、カーディナル・システムはプレイヤーの感情データの観測のために、圧倒的に欠如していた幸福や喜びといったものはマップデータやオブジェクトに付随させる形で保存していたという。セブン君が暴走した時、キリト君は『生への執着』をサーバーデータから呼び起こして勝利を収めた。我々はそれを指して瞋恚と呼んでいる。同じように、キリト君のホロウはサーバーの負の感情……ユイを苦しめたエラーを帯び、負の瞋恚で以て牙を剥いた。この二点に共通しているのは、使役者と感情データに共鳴があった事だ」

「共鳴……キリトやホロウ自身が、同じ感情を抱いていたって事よね」

「そうだ。つまり瞋恚というのは、ただ使役者が強い感情を放つだけでは完成しない。使役者の感情に呼応し、力を貸す存在が不可欠なのだ」

 

 ヒースクリフの話に、私は黙って頷いた。

 言われてみれば、思い当たる節はあった。例えば昨夜の深海クエストでは、正に暴走セブンを倒す一手となった技の再現を見たが、アレでもクラーケンを倒すには至らなかった。しかし、暴走セブンはあのクラーケンのデータも取り込んでいた筈で、本来の《フォース・デス》なら倒せていたのは間違いない。

 なら、その差は何なのかと言えば――それは、瞋恚の有無だ。

 《クラウド・ブレイン事変》に於いては、SAOサーバーにあったあらゆる『生への執着』という感情を励起し、自らの力へと変え、それを放った。《フォース・デス》の本質は彼の力ではなく、彼が励起した想いなのだ。

 

「つまりAIというデータに何らかの感情が蓄積された場合、それに呼応するものがあれば、AIであっても瞋恚を可能とする訳だ。それはホロウという存在が証明している。彼自身が感情を生み出したか、彼を蝕んで蓄積させたかはともかく、そのどちらかでAIも可能になると見ていいと私は考えているよ」

「なるほどね……」

 

 私はそう返し、頷いた。

 正直彼の話を全て理解できたわけではないが、理論上は筋が取っている事は分かった。

 あとは実際どうなのかを、金の騎士や彼女と話をしているキリトに聞けば解決する話だ。なにせこれらは全て、私達の世界で起きた事を踏まえた推測でしかない。異界で私達の尺度の話が全て通用すると思う程、楽観視はしていなかった。

 そうして推測を交わして時間を潰していった。

 

 

 彼が一階リビングに姿を見せたのは、午後五時を丁度過ぎた頃だった。後ろには相変わらずフードを目深に被ったままのヴァベルと、帯剣を許されたらしい黄金の騎士が並んでいた。

 

「とりあえず、アリスは空いているところに座ってくれ」

 

 空いている席に座るよう騎士に勧める。この時、その騎士の名がアリスである事が分かった。金髪の少女騎士が素直に座ったのを見るに、彼女の敵愾心も多少は解けたらしかった。

 ヴァベルは、それが当然と言わんばかりに揺り椅子の斜め後ろに陣取った。一瞬微妙な表情をキリトが向けたが、すぐ気を取り直し、暖炉の前に立った彼が口を開く。

 

「分かった事を手短に話していこうと思う。まず、騎士の名前は《アリス・シンセシス・サーティ》。整合騎士団という集団の三十番目の騎士だ。整合騎士団というのは、こちらで言うところの警察のような組織だな。俺を攻撃してきたのは、元の世界の《キリト》が人を殺す罪を犯し、捕らえられたけど脱獄し、戦っていた直後だったかららしい」

「その点については謝罪します。同じ名、容姿とは言え、まったくの別人を襲った事は私に非があります……この者があの者と別人というのが今だ信じ難くはありますが……」

 

 そう言って、微妙な表情をキリトに向ける騎士アリス。

 彼女の話を聞く限り、同名異人にも程があるほど瓜二つらしいし、その顔になる気持ちもよく分かる。なにせSAOではキリト、キリカ、ホロウという見た目も中身もほぼ同じ人間が存在したのだ。多分その事実を知った時の私達と近い心境だろう。

 

「で、そっちの《キリト》に短剣を突き立てられ、光に包まれたと思った後にはあの森に居た。数時間散策して、妖魔王討伐に向けた部隊を率いる俺を見つけた……と、そういう訳らしいな。ちなみにキリカをはじめ、俺以外は全員初めて見るらしい」

「え、そうなの? アリス、本当にボク達と会った事ないの?」

「ええ、ありません。そもそも整合騎士は市井の者との関わりを禁じられています」

「……じゃあ、平行世界じゃなくて、本当に本当の異世界って事……?」

 

 アリスの惑い無き返事に、ユウキが難しい顔になる。彼がいるところにはどこまでも付いて行く――その覚悟をしている私達を一切見た事がないとなると、彼女の世界はこの世界とまったく違う歴史を歩んでいるという考えが浮かぶ。

 

「いや、それはちょっと微妙なんだよな」

「……どういう事?」

「アリスと戦った《キリト》は、戦う前の名乗りで『アインクラッド流の剣士』って言ったらしいんだ。そんな流派の名前、あの城を知ってないと出ないだろう。浮遊城についてはアリスも知らなかったらしいし」

「そういう事か……でも、じゃあなんでボク達が居ないんだろう……」

「ヴァベルとも話したけどそこは分からなかった。市井に関わらなかったからアリスが見ていないだけか、みんなを護れなかった歴史なのか、そもそも元から居ない世界なのか……」

 

 多分《SAO事件》があった世界ではある。その世界で作られた仮想世界に、彼しかログインしていないだけか、インしているけどアリスが見ていないのか、それとも既に死んでしまっているか元々居ないのか……

 どれか答えは出ない話に、いずれにせよ、とキリトが締め括るに掛かった。

 

「こっちの俺達がどれだけ考えても進展は無いと俺は判断した。しばらくはSA:Oと並行して、アリスが元の世界に帰る方法とか、同じように異世界から誰か来てないか探していくつもりだ。みんなも気にしておいてほしい」

「うん、分かったよ。それにしてもこの状況って、なんだかシノン達と出会った頃みたいだね」

「本当の異世界から巻き込まれたとか、ちょっとスケールが違うけどね」

「比喩抜きはちょっと洒落になりませんよ」

 

 笑みを零すアスナに、私はリーファと一緒になって苦笑した。

 確かに似たような状況だが、文字通りの異世界から迷い込んでしまうのは大問題である。あの時と違って解決方法も定かではないのだ。

 ただ、似たような経験を持つ身としては、多少なりとも親近感が湧くもので。

 

「……ま、そういう訳だから。これからよろしく、アリスさん。私はシノン、弓使いと短剣使いよ」

 

 そう言って、私は手を差し出していた。

 ……人間不信に苛まれ、出来るだけ距離を置こうとしていた過去を思えば、随分進歩したものである。

 

「――ええ、面倒を掛けますが、よろしくお願いします」

 

 それに、黄金の騎士は小さく微笑み、籠手に包まれた右手で握手を交わした。

 ここに奇妙な友誼(ゆうぎ)が結ばれたのだった。

 

 






・瞋恚/心意
 原作では『心より出ずる意志』であり、強い想起によって現象を上書きし、使役者の想像を押し付ける超技術
 完全武装支配術など武器を基点としたものは、ヒースクリフが語った『感情の共鳴』を基準としたもの。剣が記憶を伝える場合は相手の理解・共鳴が不可欠なので実は何も知らない筈のヒースクリフの考察は的を射ている。実はホロウが負の瞋恚を使えていたのも、SAOサーバーに溜まっていた負の感情データに蝕まれ、共鳴条件を満たしたからだったりする(短いながらホロウ視点で侵蝕過程があるのはそういう理由)
 ただし『心意の腕』や『心意の小太刀』などは現象の上書き、押し付けであり、無から生み出されているので非該当。記憶解放術を使える原作アリスが腕や小太刀を使えないのは、こちらの方が高等技術だからである――
 ――という独自解釈(暴論)

 実際小太刀などは、ライトキューブ・クラスターのメインフレーム(システム)に深く直結している者であるほど使えるようになるもので、そもそも誰もが使えるものではないという原作の隠し設定がある
 原作18巻キリトは、心神喪失から回復する際に深く繋がったので、この力に開花したとされる
 つまりこれを鍛錬のみで使える騎士長ベルクーリは『かなりヤベェ人』という結論
 本作キリトも共鳴瞋恚が主軸なので、実はまだベルクーリレベルではなかったりする。瞋恚/心意の行使はアリスと同等以上ではある


・ヒースクリフ
 言わずと知れた仮想世界の創造主
 今回は甲冑ではなく、賢者然としたローブ姿
 瞋恚の本質がなんであるかを考察し、それを持論として今回展開した。アリスがAIである事を前提に考えているが、ユイ達のような被造物よりは、キリカのような極めて人間的な生まれ方だと推察している。キリカがトップダウン型とボトムアップ型のハーフみたいなものなので、アリスもそんな感じかという思考
 SA:O開発協力の真意(リアル浮遊城)経緯(その実験)共にキリトに迷惑を掛けているので、かなり負い目がある。あるが、それを返さず我が道を突き進むあたりが天才たる由縁
 まあ彼も【黒椿】などIS方面で助力しているから……全然足りないですが(無情)


・クライン
 戦国大好き侍
 ギルド名に《風林火山》、恰好は赤備えで固めている辺りにかなりのリスペクトがあると見られる。フルダイブの戦国シミュレーションや合戦ゲームが出ればいいなと妄想しているが、SA:Oの事情・前例から、難しいかとやや諦め気味
 そういう観点からではあるが、SA:OのAIの高性能さを評価している一人
 キリトが総大将になるほど成長した事に密かに感動していたりする


・シノン(16)
 キリト大好き弓使い
 父親の墓参り、掃除なども兼ねて短期間ながら帰省していたので、夜ならともかく、朝っぱらからログインする事は出来なかった。力になれなかった事を歯痒く思っている
 過去、SAOに巻き込まれた経験から、異世界から迷い込んだアリスに多少なりとも親近感を抱いている
 アリスは同い年だと思っていたので、後で年上と知ってびっくりする


・アリス・シンセシス・サーティ(19歳)
 金木犀の剣を振るう女性騎士
 ヴァベルによって無力化され、拘束された状態でキリトと対談。最初は敵愾心しか無かったが状況を理解し、別人である事も分かったので、敵愾心は少なくなった。ただあまりに同一人物としか思えず中々割り切れないでいる
 キリカに対しては『似ている』と思っているが、それだけ
 帰る手段が見つかるまでの間、暫くキリト勢の世話になる事が決まった。一年ほど早いリアルワールドデビューである(爆)
 実は現時点で女性陣でサチと並ぶ最年長
 地味に原作ではアスナと同年齢だったりする

 原作ではボトムアップ型AIの完成型とされているが、本作ではまだ封印を破ってないので頑迷な一面が強い


・キリト(あと三ヵ月で12歳)
 アリスから情報を集めていた
 一時間以上話し込んだが、その成果はあまり無かった。というのもアリスがあまりにも《キリト》について知らなかったためである
 仕方なしにヴァベルと話し合うが、結局この世界との繋がりがあるかも不明のため、時間を掛けた割に成果は上がっていない。むしろ問題が増えた分マイナスになったまである

 人を殺めた経歴に事欠かないのでアリス(封印破る前)との相性はすこぶる悪く、忙しさを理由に仲間に放り投げている。とは言え帰る手段の模索はするので放任している訳ではない


・異世界のキリト
 禁忌目録違反の罪人
 人を斬って捕まったが、脱獄し、並み居る強敵の整合騎士達を打ち倒し、アリスの下まで辿り着いた剛の者。戦いの最中に隙を突いて短剣を刺し、アリスを転移させた
 自らを『アインクラッド流の剣士』と称した事からこの世界と何らかの繋がりはあると思われるが、詳細は不明



 ――キリトの仲間内で唯一殺人経験があるシノンが一番にアリスと友誼を結びました



 ここからはシノンのターンです


 では、次話にてお会いしましょう

【参考】SA:O編ラスボスの難易度あんけーと 気軽に答えてネ! 難易度上昇でボスが増えるよ! 1.さくさく敵が倒れます。原典仕様のいーじーもーど 2.仲間と一緒に協力プレイ。コミックス仕様ののーまるもーど 3.形態変化にボス追加。改変仕様のはーどもーど 4.思い出補整で狂化します。極悪仕様のかおすもーど 5.ぷれいやー・ますと・だい(がち)

  • 1.かんたん
  • 2.ふつう
  • 3.むずかしい
  • 4.ごくあく
  • 5.ですげーむ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。