インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

視点:ジェネシス

字数:約六千

 ではどうぞ




第二十六章 ~似て異なる剣士達~

 

 

 大剣を振り下ろす。

 筋力値をフルに活かした一撃は、しかしあっさりと往なされ、空を切った。切っ先が大地にめり込む。

 その反動で振り上げるが、これも読まれていたのか躱される。

 そして、その隙を突くように二刀が俺を切り裂いていく。

 

「クソがッ!」

 

 口汚く罵り、払いのけるように大剣を振るう。するとヤツはあっさりと距離を離した。

 一度目の交錯が終わり、改めて見合う中で、俺は疼く脳髄を無理矢理働かせた。

 俺が相手にしている敵は一筋縄で倒せるほどヤワではない。仮想世界に来るならその名を知らないヤツはいないほど、ヤツは有名だ。あのデスゲームで数百人を一手に相手取って尚死ななかった――そんな噂があるほどのヤツだと俺は知っている。真実かどうかはともかく、その可能性があると思わせるだけの実力とネームバリューがヤツにはあるのだ。

 デジタルドラッグ――《クリムゾン・ハイ》を二度使用し、脳の機能を引き出している俺の反応速度は、間違いなく全てのプレイヤーを超越している。SAOプレイヤーで最速の反応速度を持つというヤツの剣が見えているのはその証拠の筈だ。

 だが――それでも被弾を許すのは、俺のアバターを動かすための運動シナプス回路が順応出来ていないから。

 反面、反応速度で劣るヤツは、俺と同等の速度に対応できる回路を形成しているらしい。

 速さだけは俺の方が上だが、精確性はヤツの方が上。

 どれだけ速かろうと、その一撃が強かろうと、当てられなければ意味がない。

 怒り、焦りに身を任せているだけでは決して届かない――そう確信させるだけのヤツが、今の相手なのだ。

 そう認識せざるを得ない応酬だった。

 ”英雄(ヒーロー)ごっこ”は見ていて腹が立つが、その実力は本物だ。

 

「――オルアアアアアアアッ!!!」

 

 だからと言って、今更それらしい剣技なんて使える訳がない。両手剣の威力を、《クリムゾン・ハイ》で底上げした反応速度で振るい、相手をねじ伏せてきた俺に細やかな剣技なぞ使える道理はないのだ。

 だから、俺が三度目を決意するのは早かった。

 右の米神に指を当てる動作をトリガーにプログラムを起動した途端、脳の奥から一気に熱量がこみ上げ、全身に全能感が迸るのを感じ取る。その勢いに乗って、俺は剣を振るった。

 その一撃も躱され、大剣は地面を強かに打った。ドズンッ! と重い響きを上げたそこには半径一メートルほどのクレーターが生まれていた。

 

「……地形を変える一撃とは、流石に凄まじいな」

 

 圏外マップオブジェクトであれば変化させられるとは言え、並大抵の威力では不可能だ。逆説的に俺の一撃にはそれを可能とする威力があり、プレイヤーが直撃を貰えば即死級ダメージが出る事は必至だと理解したようで、ヤツの表情はやや引き攣っていた。

 地面から剣を抜いた俺は、それを無視して一気に攻め立てた。

 

 ――轟く怒号。

 

 ――響く剣音。

 

 ――続く応酬。

 

「クソが……クソがクソがクソがッ!」

 

 大剣を神速で振るう。傍から見れば剣戟の嵐にも思えるだろう、その一方的な光景は俺を優位に見せているかもしれない。

 だが、その実、優位に立てていない事を俺は理解していた。

 どれだけ剣を振るおうと、その一撃が華奢な体を切り裂けていないからだ。

 三度の電子ドラッグの使用。それは確実に俺の脳を限界に追い込んでいて、代わりに脳の機能を引き出し、俺に絶大な力を発揮させている筈だ。ステータス値の変化は無いが、アバターそのものの動きが速くなったことで威力が高くなったのは大地を抉った事からも判明している。

 つまり、それだけ俺は速い筈なのだ。

 だが――結果は、二度目の時と変わらない。

 

「キリト――テメェ……ッ!!!」

 

 ギリィッ、と歯軋りする。全身に満ちる力の代わりに徐々に浮上してきた激痛、熱感が俺の意識を苛むが、それを無理矢理ねじ伏せてでも、俺は問わずにはいられなかった。

 《クリムゾン・ハイ》をはじめ、あらゆる電子ドラッグが違法である事は俺とて理解している。

 ましてやフルダイブハードの改造は、商標登録されているものである以上、電子ドラッグが絡まなくても違法なのは知っていた。

 それでも、俺はそれをした。

 

 ――そうして得た力が”まやかし”である事は、自分が一番知っている。

 

 だが、そうして得た全能感は本物である事も、俺はよく知っていた。

 

 

 俺がチート行為に手を染めたのは、ナーヴギアが発売されるよりも更に前。据え置き型のコンシューマーゲームや、ネットにさえ繋がればアカウントの共有で遊べるクラウドゲーム、更には携帯性の高いソーシャルゲームなど、数々の機種で覇権を争っていた頃だった。

 ちょうど、《インフィニット・ストラトス》――女尊男卑風潮を作り出す原因になった、クソったれな欠陥機が発表された頃だ。

 当時、俺は小学校高学年だった。関東地方のある地区に居を構えていた俺は、少子化と過疎化の影響で在籍生徒が少なく、また家庭ごとの関係――つまり親の人間関係――が子供のそれにも響くという田舎特有の寂れた小学校に通っていた。”閉じたコミュニティ”の代名詞ともなる小学校での人間関係は、親に半ば支配されているも同然だったのだ。

 それ故、女尊男卑風潮に感化された母親の影響を受けた女子生徒が威張り散らし始めたのは、半ば自然な出来事と言える。

 後に、IS発表から全国的にそういう話は枚挙に暇が無い事を知った。

 その威張り散らす女子に、多くの男子は閉口し、従い、嵐が過ぎ去るのを待つ事を選んだ。中には反抗したヤツもいたが――その末に、その一家は姿を消した。それが決め手だったのは間違いない。

 俺は、最初は反抗した。女子のクセに生意気だ――そう言って反抗する程度には、昔から粗暴と言われる性格をしていた。

 それを常日頃からいけ好かなく感じていた女子が俺を威張る相手として選んだのも自然と言えば自然な流れだ。他の可もなく不可もなしな男子よりは、明らかに反感を抱かれる行いをしていたのだから。

 それから俺は集団でいじめを受ける事になった。

 相手は同い年の子供だ。だが、その子供達には入れ知恵をする大人――女尊男卑の親がいた。自分の娘にイヤな思いをさせた俺への復讐のつもりか、その入れ知恵はかなり悪辣だったように思う。

 

 気付けば、俺の一家はその地区で村八分にあっていた。

 

 反抗しようにも、相手は徒党を組み、学校の教師たちまで権力で抱き込んでいた。勝ち目はなく、泣き寝入りするしかなかった俺の一家は、別の地方への引っ越しを余儀なくされた。

 そうして別の学校に通い始める事になった俺は、転校先でも集団いじめを受けた。

 余所者で、付き合いが短いからいじめやすかったのだろう。女尊男卑を謳うヤツ、それに迎合するヤツは、どこにでもいた。

 

 結果、俺は小学五年生にして家に引き籠った。

 

 ゲームに手を出し始めたのはその頃からだ。それまでは外に出て遊び、友人と思っていた連中とつるんでいた俺は、引きこもってからあらゆるジャンルのゲームに手を出した。

 そして、とあるMMOをプレイしている最中に出会ったのが、チーターだった。

 真っ当にプレイを重ね、レベリングを行い、装備を整えていた俺のキャラクターは、チートを使っていたヤツに一撃でキルされた。それだけに留まらず、俺をいいカモと見たか煽りや粘着行為が続き、気付けば俺のキャラクターが持っていたレアアイテムを根こそぎ奪われる結果になった。

 それから俺はデータ改造に手を染めるようになった。

 

 最初は自衛のためだった。

 

 普段は通常プレイを重ね、チーターと遭遇した時だけ同じようにチートで対抗する。そうして自身が育てていた(投影していた)キャラクターを守る。ひいては、現実から逃避していた自分の心を守っていたのだ。

 だが、それが次第に面倒くさくなった。

 真っ当にプレイを重ね、攻略板に載っているような武具を集め、最強ランキングに掲載される装備構成を完成させる。そこまでの膨大な時間を費やしていた俺は、超高難易度クエストを自力で突破する程度には、そこそこプレイングスキルも上手かったと自負している。そんな俺が、なぜチートに頼らなければ碌にプレイ出来ないヤツに奪われる恐怖を抱かなければならないのか。

 通常、プレイヤーに出来る自衛はブロックや通報など、原則として運営任せであり、チーターから被害を受けた場合は泣き寝入りするしかない。

 その状況が、俺は癇に障った。

 まるでリアルの自分そのものではないか、と。

 俺を集団でいじめ、嗤っていた連中と、チーターが重なって見えてから、俺は自衛手段にしていたチート行為を積極的に使い始めた。コンシューマーのデータ改竄をはじめ、PCを改造したり、アプリを組んだりなど、運営に修正されにくい手段で色々とした結果、ナーヴギアが発表されるまでの数年でランカーを競う大抵のタイトルのトップを総なめする程度にはなっていた。

 そんな俺だからこそ、アミュスフィアのセーフティ機構(”ファームウェア”)を無効化する細工を施せたし、自力でプレイする時間も取っていたから電子ドラッグ無しでも《SA:O》のトップ層に食い込めていた。

 素の実力に、《クリムゾン・ハイ》を半永久的に使用できる状態が合わされば、俺は無敵だと確信していたのだ。

 もうこれで誰にも奪われない。いや、むしろこれまでの負債を返すかのように、今度は俺が奪う側なのだと。

 

 ――だが、そこに”英雄(ヒーロー)”が現れた。

 

 なぜお前なんだ、と言いたかった。

 リアルで人から迫害され、奪われ続けた俺と”英雄”には、そこまで大差はない筈だ。どちらも女尊男卑の被害者。ゲームで力を得た者同士。

 競うなら、まだよかった。俺が持つ力でヤツを下す――そうすれば、リアルの俺も、少しは前に踏み出せると思えたから。

 だが、今のヤツは、その一歩すら踏ませまいと立ちはだかっている。

 俺が得た力――《クリムゾン・ハイ》も、そしてプログラミングも、ヤツは否定する。

 違法だから。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ビキ、と額に青筋が浮かぶ。

 

「――ざっけんなぁぁぁあああああッ!!!」

 

 湧き上がる怒り、苛立ち――憎しみに任せて咆える。

 

()()は俺の力だ、俺のモンだッ! 誰にも奪わせやしねェッ!!!」

 

 心からの叫び。

 それが指すのは、俺にとっての全て。《ジェネシス》というアバターやアカウント。《クリムゾン・ハイ》や、それを可能にする技術。ここで敗北すれば、その全てを法や政府に奪われる未来が見えている俺には、その未来を拒絶する道しか残されていなかった。

 リアルに生き場が無い俺にとっては、この仮想世界こそが唯一の生きる場所。

 

「死にやがれェッ!!!」

 

 奪われてなるものかと、俺は全力で大剣を振り下ろした。

 

 ――硬い反動が腕を痺れさせる。

 

 赤黒い俺の大剣は、交差した二刀に真っ向から止められていた。

 

「チィッ……! オラァッ!!!」

 

 何度目か分からない舌打ちを激しく打った俺は、再度剣を振り上げ、そして振り下ろす。

 二度、二刀に止められた。

 ヤツの小さな体は、たじろぎもしていない。

 

「クソが、クソがクソがクソがァァァアアアアアアアッ!!!」

 

 俺の苛立ちは、憎しみは、一気にボルテージを上げた。今や脳髄や全身に走る激痛を遠ざけるほどの感情に任せて大剣を振り回す。無秩序に描かれ剣戟を、ヤツは防ぎ、躱し、往なし続ける。

 まだ、ヤツから余裕は消えていない。

 紙一重で直撃を避けるヤツの顔は真剣だ。だが、各事件を解決する最中に見せた、あの切羽詰まった顔ではない。

 今の俺では、まだヤツの全力に届いていない――

 

「なら、これで……ッ!」

 

 俺は、四度目の使用を行った。

 途端、脳髄をまっすぐ貫くかのように鋭い激痛が走る。俺の体はビキリとイヤな感じに固まった。ぐらりと視界が揺らぐ。

 

「グ、ァガ……ハァッ……!」

 

 どうにか踏み留まった俺は、顔を上げ、ヤツを睨み付けた。キリトは眉根を寄せ、何かを喋ろうと口を開いている。

 それをスローモーションで知覚した俺は、無理矢理に体を動かした。地を蹴り、剣を振り上げる。ダッシュの慣性を足した全力の上段斬り。四度のドラッグ使用で限界まで脳を覚醒させた俺の速さだ、回避なぞ許すほど生半なものではない。

 出来るのは直撃か、防御のみ。

 深く、息を吸い。

 全力で振り下ろした。

 

 

 耳朶を打ったのは、金属同士が衝突した時に奏でる剣音。

 眼前には、正真正銘俺の全力を出した上段斬りを、交差した二刀で受け止める光景が広がっていた。

 

「――――」

 

 俺は、何も言葉を発せなかった。

 そうするだけの余力も残っていなかった。

 ――大剣が弾かれる。

 隙だらけの俺に、容赦ない連撃が襲った。交互に繰り出される片手剣の剣技。その締めに選ばれたのは、最初に覚える水平斬りだった。

 ズバンッ! と程よい斬撃音が響く。

 俺の視線は、徐々に減り行く緑のゲージに固定されていた。それが黄色になり、赤色になり、空白になり――

 

「ふざ、けんな……」

 

 そこで、ようやく俺は声を発した。

 敗北したのだと自覚した俺は、自分でもわからない心境で喋っていた。

 

「なんで……テメェの、方が……」

 

 アバターが爆散する兆候と共に徐々に遠のく五感。胸中はぐちゃぐちゃに掻き回され、思考は千々に乱れている。

 そんな俺が発した言葉は、あるいは俺の本心か。

 その言葉が問いかけか、ただの悪態かも俺には解らない。ただ一つ確かなのは――この敗北を、俺は納得出来ていないという事。

 強く奥歯を噛み締める中、視界が光に包まれ始める。

 ――そこで、背後からの声を拾った。

 

「俺にも、譲れないものがある」

 

 固く、真剣な声音。

 それに、知るかよ、と返そうとした瞬間――俺の体は光に散った。

 

 






 敵にもそれなりのバックボーンがあって欲しい病が発病しちゃったゼ☆

 あのPoHことヴァサゴにすらバックボーンあるから一般人のジェネシスにあってもおかしくないと思う所存。公式でも『いじめられっ子の引きこもり』としか明かされてなくて想像の余地しかないし、IS設定と親和性あり過ぎるんだよなぁ……


Q:キリトより上の反応速度になった筈のジェネシスがなぜ負けたのか
A:持続性に欠けたから
 アミュスフィアのリミッターの関係上、キリトはジェネシスと同等の速度を常には出せないが、脳のリミッターを自力で外せる関係で一瞬だけであれば同等になれた。常時フルパワーを保てないジェネシスが持続性に長けたキリトと勝負して、短期決着が出来なかった時点で勝敗は決まっていた
 ナメック星の超サイヤ人悟空とフルパワーフリーザの関係性


・ジェネシス
 トランスプレイヤー
 虐げられ、人を拒絶した果てに仮想世界に流れ着いた者
 自信を持つために仮想世界に来た点でシノン、現実世界と仮想世界を逆転させるかのような思考はシュピーゲルに近い
 ゲームキャラクターに自己投影を重ね、自信を取り戻そうとしていたところでチーターに遭遇し、自衛のためにチートを身に着けた。女尊男卑の者達のIS=力という理論で考えているため、力に固執しており、そのせいで自衛手段のチートを普通に使うようになった
 ナーヴギア発売頃には各MMOのトップ総なめという所業を達成
 チート無しのプレイもしていたので平均以上の強さはあり、電子ドラッグを使うと他を寄せ付けない強さを発揮した――が、脳の負荷の問題で持続性という弱点を突かれ、キリトの前に敗北を喫した
 ちなみにAI組が相手だった場合、キリトよりも早く敗北を喫していた

 力を求めるあまり、手にした力に溺れた男
 キリトを”英雄(ヒーロー)”と呼称していたのは、似た立場からゲームで復権したキリトに少なからず憬れを抱いていたから――という裏話
 怒りを露わにしているのは、憬れの存在に真っ向から己の全てを否定されたからでもある


・キリト
 自力でトランス状態になれるプレイヤー
 脳の負荷をはじめ、長続きしないのは知っていたので防御に徹し、弱ったところで一気に勝負を決めた。ジェネシスの力を求める心境には理解を示しているが、違法を許さないスタンスなので策を講じた
 仮にフェアな状態だったら真っ向から剣技勝負を展開していた

【参考】SA:O編ラスボスの難易度あんけーと 気軽に答えてネ! 難易度上昇でボスが増えるよ! 1.さくさく敵が倒れます。原典仕様のいーじーもーど 2.仲間と一緒に協力プレイ。コミックス仕様ののーまるもーど 3.形態変化にボス追加。改変仕様のはーどもーど 4.思い出補整で狂化します。極悪仕様のかおすもーど 5.ぷれいやー・ますと・だい(がち)

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