インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 今話はちょこっとだけ黒幕も出るヨ!

視点:シギル、キリト

字数:約一万一千

 ではどうぞ




第二十五話 ~デジタルドラッグ~

 

 

 怒号が耳朶を叩く。

 夜の帳に包まれた森の奥地で繰り広げられる人同士の戦い。それは一人の少年対五十を超える集団によって展開されている。

 たった一人で抗っている少年からすれば不条理な戦力差。夜闇に紛れようにも、月光を跳ね返す銀髪と金の瞳は《隠蔽率(ハイドレート)》の低下を齎し、困難を極めた。

 残された道は撤退しかない。

 そして、それを許すほど集団側――オレンジ・ブループレイヤーの連合は甘くない。何時間も掛けて追い詰めて、ようやく捕らえられるというタイミングで目の前で掻っ攫われたのだ、平時だとしても問答無用でキルしていたのは想像に難くない。それで怖気づく者は犯罪者カラーにならないからだ。

 それに加え、今は更に狂暴性を増している。

 本来、人間の脳はある種のリミッターが掛けられている。普段からフル稼働していては疲労が速く、最悪不可逆的なダメージを負いかねないためだ。そのリミッターを彼らは意図的に外している。

 有体に言えば彼らはいま『覚醒状態』にあるのだ。

 激痛に苛まれた時、あるいは激情に駆られた時に脳が放出する神経伝達物質(ノルアドレナリン)を、意図的に分泌させるトリガーを彼らは引いたからだ。

 そのトリガーの名は、《クリムゾン・ハイ》。

 世間では電子的なドラッグとして『デジタルドラッグ』と言われているものの一つ。

 そして、この連合を集める際に報酬として提示したものでもあった。

 

 ――もう気付かれたと言うべきか、よく保ったと言うべきか迷いますね……

 

 件のNPCを狙ってもらうよう働き掛けたものの、中々思うようにいかず、焦れたオレンジやブルー達を焚き付けるために古参には既に配ってしまっている。その者達には上位互換のデジタルドラッグを渡す事で動いてもらっていた。

 そのやり取りはアシが付かないよう徹底して行っていたのだが……

 

 ――流石、”英雄”と言われるだけあります。

 

 気を取り直すようにメガネの位置を調整する。

 デジタルドラッグ使用者――所謂《トランスプレイヤー》――が多くなればその違法プログラムの存在に気付かれる事も想定済み。リアル側のやり取りもしているが、そちらも対策を立てているから問題ない。

 ただ一つ問題があるとすれば、現在進行形でログインしている状況で勘付かれた事だ。流石にログイン場所までは隠蔽工作が出来ない。

 そもそもこの時点で気付かれる事自体が想定外だ。

 行動原理の面から考慮すれば、”英雄”が語ったようにオレンジ・ブループレイヤー達が集団を保てている時点で違和感しかないのは当然だ。そこでリアル側の報酬を考慮出来たのは、偏にデジタル側の報酬しか無かったSAOでの経験があったからだろう。

 侮っていたつもりはないが、”英雄”と呼ばれる由縁たる能力を見誤っていたらしい。

 更に間の悪い事に、《クリムゾン・ハイ》を配られていないプレイヤーの数人がライブ配信をしているせいで、自分のプレイヤーネームも知られる事になる。

 色々と踏んだり蹴ったりだ。

 

 ――それもこれも連中が余計な事をするから……!

 

 閉じた口の奥で歯を食いしばる。抑えた激情が、ふとした瞬間に漏れ出てしまいそうだ。

 その矛先が向くのは、”英雄”ではない。《ブルーカーソル》などというつまらないペナルティを作った《SA:O》の製作陣達だ。

 自分もその製作陣の一人だったが、NPCに関する方針で袂を別つ結果になった。

 彼らは安穏とした世界を望んだ。

 しかし、自分はデスゲームに囚われた人のように、AI達が死に怯え、必死に生きようとするリアルな世界を求めた。

 そういう意味では、件のNPCを助け出そうと躍起になる”英雄”達とはAIに対する考え方が近いと言える。ただし彼らはAIと対等な人として接するのに対し、自分はあくまで研究対象としか見ないという大きな違いがある。その違いが、彼らと自分の立場の差を生んでいるのは明白だ。自分はAI達に死の危険を呼び込んで成長を促そうとしているのだから。

 無論、”英雄”のコピーが保護したNPCのように、安穏とした生き方で成長させるのもいいだろう。一種のモデルケースとして参考に出来るから、あの個体だけを狙うような指示は出さなかった。

 だが、それはそれである。

 

 多くの人を畏怖させ、その歴史に名を遺した生と死が交錯する城、アインクラッド。

 

 あの世界観の再現こそ、《SA:O》製作当初のコンセプトだった。自分はそのチーフディレクターとして携わっていたが、先のNPCの方針を境に解雇処分を受けた。あまりに嗜虐的過ぎる、殺しをはじめとした犯罪も好きに出来る、そんな世界観ではプレイヤーはAI達にとって悪だから、と。

 プロジェクトが始まってから膨大な時間を費やした私の世界(アイングラウンド)は、愚か者の手によって見るも無残なものになり果ててしまった。

 

 なら、自らの手で再び目指すだけだ。

 

 その方法が理性のタガを外させ、ブルーカーソルすら気にしない暴力的なプレイヤーの増加。生温いリアルでは起き得ない生死が隣り合わせの世界観へ、人間の意識を変えてしまえばいいと考えた。

 それは言わば、SAOで”英雄”が行った事とは真逆の行為。

 気付くはずだ。結果が違うだけで、思考過程がここまで似ているのだから。

 

 ――だからきっと、”アレ”にも気付いているでしょう。

 

 製作陣から身を引く前、最後に残した置き土産。その一端を”英雄”達も手に入れている。あの世界をよく知るのであれば既に勘付いているに違いない。

 出来る事なら最後までそれを導きたかったが――

 

 ――この辺が潮時ですかね。

 

 ふぅ、と息を吐く。

 既にサーバー三つ分のデータは取れている。データ量としては既に十分だ。

 ただ、出来る事ならこのサーバーの行く末は自分の目で最後まで見届けたかったが、粘り過ぎて自分が捕まってしまっては意味がない。

 数で押し切ろうと突き進む集団を遠くに見ながら、私はひとり、夜闇に紛れながらこの世界から立ち去った。

 

***

 

 土を踏みしめ、草葉を揺らし、得物を振るう風が耳朶を叩く中、殊更澄んだ音が紛れた事に俺は気付いた。アバターが転移する音に近いが、何千回と聞いたその音ではないのは明白だった。

 今のはあまり聞きなれないタイプの転移音――ログアウト時の音だ。

 あの世界から帰還してちょうど半年。普通のゲームのプレイを初めておよそ四か月弱が経つが、未だにログアウト音に馴染みがないのは、おそらく戦闘にほぼ関係ない類のサウンドエフェクトだからに違いない。しかし今回はその馴染みの無さが助けになった。

 周囲をざっと見回したところで誰がどの名前で、いま誰が離脱したのかなんて分かる筈がないが、直感的にあのメガネ白衣の男が居なくなったのだという予想が浮かんだ。俺に襲い来る面々にも、そしてそれに指示を出す面子にも見当たらなかったからだ。

 明らかに非戦闘系ビルドっぽい男だったからせめて指示系統に回るかと思っていたが、そこにも居ないとなれば、あの男は既に離脱した後という考えが浮かんでくる。

 まぁ、後退する俺を追ってきていないだけなのかもしれないが。

 

「死ねやオラァッ!」

「おおぉぉぉッ!!!」

 

 口汚く罵りながら斬りかかってくるオレンジ、あるいはブループレイヤー達。その攻撃を道中で拾った武器の数々で捌きながら、俺はふと懐かしさを感じていた。

 夜闇、森の中、殺意を露わに集団で攻め立てられるこの状況は、あの世界で幾度となく経験したシチュエーションだ。

 

「――はっ」

 

 まったくもって嬉しくない懐古を抱きながらステップを踏み、上段から振り下ろされた大剣を躱す。一拍の後、前に踏み込みながら袈裟掛けに斬り付ける。

 その時、背面二方向からスキルを立ち上げる音が聞こえた。

 俺はぐるりと時計回りに回りながら右手の剣を水平に寝かせ、瞬時にスキルを立ち上げた。単発水平斬り《ホリゾンタル》が発動し、システムの後押しを受けて一気に加速。勢いそのまま真一文字の回転斬りで全方位を斬り飛ばした。

 

「ぐあ……っ」

「クソが……っ」

 

 後方でスキルが発動寸前だったカタナ使いと両手斧使いの罵声を聞き流しつつ、俺はふわりと着地した。

 四方を見れば、先の二人が倒れて空いた穴を埋めて尚余るくらいのオレンジ・ブループレイヤー達が壁を作っている。層の数は三から四。一方向を突破するのに最低でも十人近くは倒さなければならない計算だ。

 SAOであればこの数を前に立ち向かえた。なぜならあの世界には根源的に死の恐怖が潜在しており、超高レベルの俺を前に戦意を保てたのはごく一握りだったからだ。戦意が揺らいで生まれた隙を突き、武器を破壊してしまえばそれで終わりだった。

 だが、この世界では同じ事は出来ない。

 あの世界のオレンジ達にしたようにHPを減らしても、《魔法》ポジションのバトルスキルですぐ回復されてしまうし、死の恐怖が無いから退く事はない。俺の方がレベルも装備のランクも低いから武器破壊に必要な威力も出しにくいだろう。

 いや、そもそも――――

 

 ――リーダー格が”これ”じゃあな……

 

 俺は、リーダー格の男・ジェネシスを見た。両手剣を持つ赤毛の男の様子は尋常ではなく、目を血走らせ、犬歯を剥き出しにこちらを睨み付けている。

 隙を伺う判断は出来るようだが、ほぼ本能的なものだろう。

 少なくとも理性的な判断を期待できる状態でない事は確かだ。

 

「ちょこまかと逃げやがって……テメェ、やる気あんのかァ?!」

 

 そう怒鳴り、ジェネシスは斬りかかってきた。担いでいた剣で右に弾く。

 

「真っ向からやり合う気はハナから無いよ」

「時間稼ぎって訳か……これが”英雄(ヒーロー)”ってワケかよ、聞いて呆れるぜ」

「そんな俺に時間を稼がれてるヤツに言われてもな」

「――ぶっ殺すッ!!!」

 

 挑発し返した途端、一気に怒りのボルテージが跳ね上がったらしく、怒気を更に噴出させながら斬りかかってきた。息もつかぬ勢いは正に暴風。質量からして暴力的な大剣の連撃を捌くか躱すかで対応していく俺は、内心で冷や汗を流すのを禁じ得なかった。

 両手剣を扱うにしては、あまりに速過ぎるのだ。

 

 ――”これ”が他サーバー崩壊の遠因か。

 

 そして、おそらくはオレンジ・ブループレイヤーが集団を保てている理由。元から犯罪者カラーになる事を厭わない連中だ、分かりやすい”力”をエサにされれば食いつかない訳がない。

 この強さのロジックはおそらくプレイヤー自身に働き掛けたものだ。最近巷で騒がれている《デジタルドラッグ》というものを使っているのだろう。思い返せばこの戦いが始まる時、ジェネシス達は一様に一定のモーションを取っていた。アレが発動トリガーなのだ。

 そうして脳の機能を引き出されたプレイヤーの能力は全て高水準となる。

 有体に言えば、速くなる。

 速さは力だ。攻撃が速いほど威力が高くなるこの世界に於いて、純粋に反応速度が高まるのは攻防いずれにおいても強力な手札である。

 かつて、死に瀕した俺を守るように表に出たシロが敵を圧倒してきたように。

 脳の機能が解放されるという事は、プレイヤー自身が単純に強くなるのと同義なのだ。

 

 とは言え――そんな事を、延々と続けられるわけがない。

 

 《アミュスフィア》は人体に直接ダメージを与えられるほどの出力機構を持たないが、脳内麻薬の異常分泌はバイタルに変調を来す。それを危険信号と判断し、セーフティ機構が作動する場合は十分ある。かくいう俺も低血糖症状で強制ログアウトさせられたのだ。

 覚醒状態――それが過剰になれば、幻聴・幻覚をはじめ、頻脈、高血圧など数値上でも異常なラインに達するのは目に見えている。

 《デジタルドラッグ》がニュースになっているのは、強制ログアウトの回数が異様に多いプレイヤー達を検挙した時に発見されるからだ。

 それを知らないとは思えないが……

 

 ――あるいは、セーフティを無効化したか。

 

 ニュースになるほど知られ、長時間の使用が出来ない事も分かった上で手に入れたのだとすれば、その欠点を克服した可能性もある。

 元来、セーフティ機構は《ナーヴギア》にも存在していた。それはハードの発売当初から発表されていた事だ。

 しかし俺やシロをはじめ《SAO事件》の最中に極度のバイタル異常を呈してもログアウトが起きなかったのは、須郷が偲ばせた不正プログラムによりその機構が無力化されていたからだという。異常を検知しても、そこから強制ログアウト・シークエンスに繋がらないよう細工をされていたのだ。

 流石にそのセーフティ機構をはじめ安全性を謳った《アミュスフィア》では無効化されていないが、バッテリーセル以外の構造がほぼ同一であるため、須郷という前例から不正プログラムによる無効化は十分可能とみていい。須郷はSAOのゲームデータそのものに細工をしたが、このトランスプレイヤー達は、アミュスフィア自体に細工をしたという訳だ。

 

 ――そうなると、流石にマズいな……

 

 攻撃を捌きながら、内心で歯噛みする。

 ジェネシスをはじめ暫定トランスプレイヤー達の反応速度は極めて速い。その速さに、今の俺は付いて行けない。付いて行こうと本気を出せば、俺もまた脳のリミッターを外す事になるが、それによりバイタル異常が検知されて強制ログアウトになる憂き目に遭うからだ。

 俺がSAO時代と同等になるにはセーフティを無効化出来るハードが必要になる。それは俺の場合、《STL》だ。アレは加速機能という新たな技術を内蔵しているが、アーキテクチャ自体は医療用のメディキュボイドを原型としているので、通常のポリゴンデータ・ワールドにもダイブ出来る。《クラウド・ブレイン事変》の頃は菊岡を頼り、点滴を繋いだ上で《STL》からダイブしていた。だから《ⅩⅢ》をはじめ瞋恚を十全に操る事が出来ていた。あの時の俺が、所謂《全力モード》だったのは明白だ。

 しかし、今は普通にアミュスフィアを使ったダイブだ。脳のリミッターと同様に、俺はハード面でも制限を掛けられている事になる。

 別にここで負けても特に問題は無いのだが――

 やられてやる理由も無い。

 ――回避から一転、ひときわ強く踏み込み、敵を斬り付ける。

 

「うお……っ?」

 

 攻撃を受けたオレンジが軽くよろける。そこで更に距離を詰め、鳩尾に蹴撃を突き込み、吹っ飛ばす。

 流れが変わったのを察してか、連合の男達の攻撃が止まった。

 

「シィ――ッ!」

 

 鋭い呼気と共に、俺は動きを止めた手近な男達に斬りかかった。攻勢に出た俺を前に狼狽える男達をバッサバッサと斬り付け、時に首を斬り飛ばして即死させていくと、流石に対応する者も出てきた。味方もろともを厭わない攻撃は、連合が仲間意識を抱いていない証拠だ。

 こちらも男達を心配する義理はないため、肉壁として利用する。

 オレンジの攻撃が男を切り裂くのを横目に、その手に握られたそれなりのレアリティの直剣を拝借。すぐさま反転し、背後から近寄ってきていたダガー使いの男の攻撃を防ぐ。

 

「チッ……!」

 

 金属音に舌打ちを紛れさせる男は、すぐさま身を引いた。鍔迫り合いをしてもいいコトは無いと分かっているのだ。その場に留まれば、自分諸共キルされるのだと。

 それはとても賢い選択だ。

 

「――逃がすかよ」

 

 だからこそ、刈り取る。

 損得勘定が出来る人間はとても厄介だ。敵の頭数を減らすためにも、そういう人間から削っていく方がいい。

 そういう人は強引な手段に弱いと知っているからこそ、俺は前に踏み込んだ。

 

「な……?!」

 

 周囲を包囲され、攻撃が迫ってきているのも分かった上で踏み込む――そうしてくると思わなかったのだろう。ダガー使いの男が瞠目し、驚きを露わにした。

 その反応に笑みが零れる。

 これだけで驚くとは、そこまで対人戦を経験していないと分かり、微笑ましかった。

 

「あはっ」

 

 同時に、付け入るいい隙だと嗤った。

 男が最後に見た笑みは、きっと邪悪なものだっただろう。

 

 

 どれだけの時間、戦ったか。

 全神経を戦闘だけに費やしていた俺は、視界右上を見ればすぐにわかる時間の確認すら煩わしく感じていた。いまは余計な情報を認識したくなかった。

 倒れたプレイヤーの数も十を越えた辺りから数えていない。

 いや、数えるだけ無駄だ。減ったプレイヤーを補填するように人影が増えていて、結局俺の視界は人垣で埋め尽くされている。

 頭上のカーソルは赤というか、最早真っ黒に近いダーククリムゾン色のそれは、敵対NPCやMobのもの。

 その者達の名前は《フォールンエルフ・ロイヤルガード》。階級で考えればキズメルやリーフェと同格のフォールンエルフ騎士が二十人以上もここに集っていた。

 

「ハーッ、ハーッ……これは、流石に予想外だな……」

 

 そう言って、嘆息を漏らす。

 プレイヤーが減ったのは俺が倒しただけでなく、トランスプレイヤーという予想通り、一定時間が経過して強制ログアウトしていった者達が居たためだ。それを見越し、敢えて損得勘定が出来るプレイヤー――つまり、非トランスプレイヤー――を優先的に倒していた。

 しかし、フォールンエルフのクエストを受けたと予想はしていたが、まさか近衛騎士が何十人も来るとは思っていなかった。

 この戦闘で幾らか倒したおかげでレベルも25に上がったが、カーソルの色は変わらず赤黒い。一体倒すのに数十分も掛かる手合いを何十体も相手取るのは流石に現実的ではなかった。

 普通に逃走を図りたい。

 

「SAOで100人は相手取ったとか聞いてたが、”英雄(ヒーロー)”サマも思ったより大した事無ぇなぁ?」

 

 徐々に追い詰められ始めた俺を、ジェネシスがあげつらい、嗤う。両手剣を担いだ男は既に勝利を確信しているようで、さっきまでの狂暴さは鳴りを潜めていた。

 その男に、俺もまた皮肉の笑みを返す。

 

「俺ひとりをまだキル出来てない時点で遠吠えにしか聞こえないぞ」

「言ってろ、もうテメーの時代は終わりなんだよ」

「……時代、ね」

 

 引っ掛かりを覚えた単語を、オウム返しのように呟く。

 VRMMORPG――それは、仮想大規模オンラインロールプレイングゲームの略称。あらゆるプレイヤーが主役になり得るが、逆に多くのプレイヤーが存在しなければ成り立たないものでもあるという、矛盾を孕んだコンテンツだ。

 つまり全てのプレイヤーが主役であり、同時に脇役である。

 レイドボスを倒したメンバーのように時と場合によって《主役》というのは変動する。それに、時代なんてものは無いと俺は思う。

 あるとすれば、それは――

 それは、この仮想世界そのものを最初に創造した男にこそ相応しい。

 

「それを背負うのは、俺には荷が勝ち過ぎてる。俺はただ茅場の後追いをしてるだけだから」

 

 そう――俺は、彼の後を追っている。《夢》を実現させてみせた男の道程を追っている。俺もまた、自身の《夢》である世界を作りたいから。

 幸せな未来を手に入れたいから。

 

「ハッ! なら、テメーのストーキングのために俺らにはやられろってか? ざっけんじゃねぇよ! テメーが良くてなんで俺らが悪いんだ?!」

「――少なくとも、真っ当なプレイングをしていない輩は茅場も許さんよ」

 

 激昂するジェネシスに臆することなく返す。

 システムの穴を突いた技術(システム外スキル)を体系化してきた事、数多のユニークスキルを得るという贔屓に見える状態、更に優遇されていると思われかねない現状の立場――それらをジェネシスは言いたいのだろうが、それは的外れであると言わざるを得ない。

 システムの穴を突く行為も望ましくないと言えば確かにそうだが、俺の場合はほぼ人力で出来得る範囲である。

 反面、ジェネシス達は明らかにシステム的にも、そして法的にもアウトなラインでプレイをしているのは明白。明らかなアウトラインの行為と俺のグレーゾーンな行為を一緒にされては困る――と言っては、流石に詭弁が過ぎるか。ともあれ俺は状況が切迫した場合にしかシステム外スキル(グレーゾーンの行い)をしないよう心掛けている。

 そして、それが今だ。

 俺は異常事態に対する《抑止力(カウンター・ガーディアン)》。課された役目は、果たさなければならない。

 茅場と俺(おれたち)の夢の実現のために――

 

「だからこそ、俺はこうして此処にいる」

「運営側の人間がプレイヤーの行動に口出しすんじゃねーよ」

「なら、せめて口出しせざるを得ない事は控えるんだな。件のNPCに関してもだが……」

 

 ちら、と周囲を見回す。俺とジェネシスのやり取りを見守る者達――その、残り少なくなったプレイヤー達へ視線を向けてから、目の前の赤髪の男へ戻す。

 

「妙に数が減ったプレイヤーに関しても聞きたい事があるからな」

「……何が言いたい?」

「――単刀直入に言って、アンタ達には《デジタルドラッグ》使用の疑いが出来たってハナシだ。異様な興奮状態、一定の挙動、そして強制ログアウト。状況証拠は揃い過ぎてる。ただのゲームプレイの範囲ならともかく、それを逸脱した違法行為の可能性を看過出来る立場じゃないんでね」

 

 特に、と続けながら右手の剣をジェネシスに突き付ける。

 

「異様な興奮状態になったプレイヤー最後のアンタに限っては、まだ疑ってる事がある」

「あぁ? ンだそりゃ……」

 

 荒っぽく投げやりな対応をするジェネシス。だがその眼は、態度に反して真剣で、こちらをじっと見据えていた。

 その眼を見返しながら俺は言葉を続ける。

 この際、邪魔されるまで言える事は言ってしまおうと決めたのだ。ライブ中継しているプレイヤーがまだ残っているから、状況証拠として有用だと判断したためである。アーカイブから消される可能性はあるが、その辺はヴァベルがバックアップしてくれているだろうという希望的観測もある。

 

「通常、《デジタルドラッグ》を使えばバイタルに変調を来し、それを認識したアミュスフィアが強制ログアウトさせる。つまり《デジタルドラッグ》を使った上でのプレイ続行は理論上不可能だ」

「だから何だよ。俺はログインしたままだぜ?」

「だから俺は使っていない、と? 苦しい言い訳だな。他の強制ログアウトした面子と同じ挙動を取り、一気に興奮状態になったのは見た。強制ログアウトだけがまだだが……そこは抜け道がある。セーフティ・プログラムに細工をして作動しなくしたんだろう? SAOでバイタル異常を来しても作動しないようにした、あの須郷のように」

「――――」

 

 その瞬間、ジェネシスの瞳の奥で何かが蠢いた。

 だが、それが何かを理解するよりも前に、それは奥深くに隠れてしまった。ハッ! と吐き捨てるように男は鼻を鳴らす。

 

「とんだ妄想だぜ。証拠もなしに、よくそんな疑いを掛けられたモンだなぁ?」

「まぁ……確かに、今すぐに拘束する事は出来ないよ。けど後からアンタのプレイヤーログを確かめてもらえば答えは出る。アンタが《デジタルドラッグ》を使っていれば、明らかに異常なバイタルが計測されている筈だからな、《ユーミル》の法務部や総務省仮想課も本格的に動く事になる」

「ッ……」

 

 そこで、とうとう反論が出来なくなったのか、歯噛みして俺を睨むだけになってしまった。

 

「沈黙は、肯定と同じだぞ」

 

 後ろめたい事が無ければここでも反論出来たはずだ。しかし沈黙したという事は――つまり、そういう事である。

 《SAO事件》以来、VRMMOは否定的な意見が多く飛び交っており、法規制する動きも多数見られているが、それに反対する意見――――あまり雁字搦めにするのもどうか、と言う者もいる。しかし、その二勢力が共に賛同した規制が一つある。それが『フルダイブハードの私的改造』だ。SAO事件からアーガスは倒産し、ナーヴギアも『悪魔の機械』というレッテルを張られた今、現役を張っているのはアミュスフィアのみ。それを製作・生産している《レクト》を除いたいかなる企業が改良・研究する事は特許的に認められていない。

 なぜなら、第二、第三の須郷を生み出しかねないからだ。

 そしてジェネシスがしたと思われるフェーフティ機構”ファームウェア”の無効化は、正に須郷がした事と同じもの。ゲームサーバー全体に対してか自身のアミュスフィアに対してかの違いこそあるが、明確な違法行為なのだ。

 それを一度でも看過すれば、またあの事件が再来する恐れがある。

 それは俺も――そして、おそらくは茅場晶彦こそが一番恐れている未来。

 その温床になり得ることをしでかしたなら決して許すべきではない。可能性が僅かでもあるなら、本当にしていないかどうかまで調べる立場に俺はいるのだ。

 黙り込んだジェネシスから視線を外し、俺は周囲の男達にまた視線を投げた。

 

「この連合で残っているアンタ達はおそらくまだ手を出していない人達だろう。今ならリアル側の制裁は受けなくて済むラインだ。投降するなら、これが最後のチャンスだ」

 

 暗に、これでまだ俺と戦うなら協力者としてジェネシスと同様に裁く対象になる――そう脅しを掛ける。実際のところ、罰の要不要を判断するのは司法の人間であり、俺ではないのだが、脅し文句としては十分だろう。

 その見通しの通り、脅しに怯んだ男達が次々と表情を困惑に染め、武器を収めたり、その場に落として降参のポーズを取り始める。これが通用したという事は、やはりリアル側の報酬として提示されていたのは《デジタルドラッグ》だったらしい。

 フォールンエルフ達は下手に高性能なAIを積んでいるせいか、こちらの会話に気を取られているようで、攻撃してくる素振りが無い。

 つまり、この場で戦うとすればジェネシス一人だ。

 俺は目の前の男に三度視線を戻し、突き付けていた剣の切っ先を更に前に出す。

 

「さぁ、ジェネシス、この場で洗いざらい吐くか否か。答えを聞こう」

 

 そう言い放ち、口を閉じた後、夜の森に沈黙が訪れた。

 緊迫感のある沈黙が数秒続いたところで、ジェネシスが大きく、そして深い溜息を吐いて顔を俯ける。

 

「……たっくよォ。リアルだの何だのゴチャゴチャと、クソが。一番クソつまんねー萎え方させんじゃねぇよ」

 

 そう静かに吐き捨てた男は、次の瞬間、勢いよく顔を上げてこちらを見据えた。苛立ち、怒り――それを越え、濃縮された《憎悪》をひしひしと感じる。

 

「それで、なんだ、テメーは俺を消すつもりか? このゲームからBANするってか? ――ざっけんじゃねぇよ! 消えるのはテメェの方だ!!!」

 

 そして、そう怒号を上げると同時、右手の指を右の米神に当てがった。おそらくは《デジタルドラッグ》のトリガーとなる挙動。

 

「よせ! 一度ですら体に害なんだ、後遺症が出るぞ!」

 

 咄嗟に俺は制止を叫んでいた。

 《デジタルドラッグ》は一度の使用で強制ログアウトするほど強烈な代物。常習性、依存性もあるというそれを短時間かつ連続使用するとなれば、脳に掛かる負担は甚大なものの筈だ。

 だが――俺の心配に、更に怒りを募らせるようにジェネシスの目が更に血走った。

 

「知った事か……! こんなとこで、引き下がってらんねーんだよ! 弱い奴は淘汰される!!! だから!!! 強くなけりゃ、いけねーんだろうがァッ!!!」

 

 そう怒鳴ると同時、ジェネシスが一歩踏み込んだ。

 

 ――直後、眼前に大剣が現れる。

 

「ぐ……ッ?!」

 

 突き付けていた剣を立てて、咄嗟に防ぐが、あまりの威力を抑えきれずに吹っ飛ばされる。殺し切れなかった威力に俺のHPも幾らか削れていた。

 二度目の使用をしただけあり、ジェネシスは更に脳の機能を引き出し、更に速くなった。

 それはアミュスフィアが許容するバイタルラインを優に超えた状態でもある。

 

 ――戦うか、逃げるか。

 

 後退しながら、瞬時に思考を回し、決断する。

 俺は戦う事を選んだ。逃げようにもフォールンエルフ達のステータスから鑑みて成功率が低い事、更にここで逃げ出すといま投降している者達への脅しの効果が薄くなる事など、理由は色々ある。

 ただ――個人的な理由があった。

 強くなければいけない。ジェネシスは、確かにそう叫んだ。

 立場的にも、そして心情的にも追い詰められたジェネシスの心からの叫び――それは、力への強い渇望だ。この男にどんな過去があるのか、どんな思いがあるのかは知らない。どんな理由があっても違法を許さない考えも変わっていない。

 だが、どんな手段を取ろうとしていても、その渇望だけは真実に違いない。

 その気持ちは痛いくらい理解できた俺には、『逃走』の選択なんて最初から無かったのかもしれない。

 

「――なら、お前の全て(強さ)を証明してみせろ」

「舐めんじゃねぇぞごらああああああッ!!!」

「舐めてなんかないよ――――剣士キリト、いざ参るッ!!!」

 

 制動を掛けた足で大地を蹴る。

 互いに距離を詰めた瞬間、俺達は同時に剣を振り下ろした。

 

 






 普通ここまで憶測ありきな理論だと立件も出来なさそうですが、本作キリトには公表してる立場と公的な後ろ盾があるので、強制ログアウト込みの前例を引き合いに出せば捜査は可能でしょう。元帥、菊岡、束、茅場らが結託してるし、ユイ達もいてログが取れるので証拠は後からでも揃う――という無茶理論

 ホロリアしてて思ったけど、ドラッグ使用疑いのプレイヤー見つけたら即GMコールでいいのでは?(;´・ω・)


【原作との相違】
・《ナーヴギア》のセーフティについて
 本来、原作小説&ゲームシリーズでは茅場がデスゲーム化の黒幕なので、茅場が設計したナーヴギアにはセーフティが存在していない。そのためアミュスフィアのセーフティ”ファームウェア”は後付けであり、それ故の脆さを原典ジェネシスは突き、無効化していた
 本作に於いてはナーヴギアにもセーフティはあったが、須郷がSAOサーバーにセーフティ・シークエンス部分のプログラムを仕込み、発動しないようにしていた
 この理論によりキリトはSAO時代は脳を酷使するレベルの全力戦闘が出来たが、アミュスフィアを使い始めてからは全力を出せなくなっている


・ジェネシスのハッキングについて
 原典に於いては上述の”ファームウェア”の脆さを突き、セーフティが起動しないようにしていた
 本作に於いては茅場が構築した”ファームウェア”をも貫通するハッキングを行い、セーフティを起動しないようにしている。ただしサーバー=カーディナル・システムをハッキング出来るレベルではないので、須郷と同じ事までは出来ない

 地味に須郷の天才性が窺える事案である


・シギル
 黒幕(直球)
 《デジタルドラッグ》をエサにオレンジ・ブルー連合を結成させた張本人。ジェネシス達が使っていたものの上位互換を報酬に用意していたらしい
 元々はSA:O製作陣の一人(コミックス準拠) デスゲームとして恐れられたアインクラッドの生死観に魅入られ、ユニーク設定されたNPC達が生き死にをリアルに表現出来る世界を目指していたが、あまりに嗜虐的過ぎるとの事で修正が入り、《ブルーカーソル》が実装された経緯がある
 シギル本人はその事を疎ましく思っており、電子ドラッグをばら撒き、自らモラルハザードを引き起こそうと画策この点に於いて、モラルハザードの抑止で動いていたキリトと思考回路がかなり似通っている事を自覚している
 AIを成長させる事にも理解を示しており、自身はそうではないが人として接する態度にも一定の理解がある
 製作陣を解雇された時、なにやら『置き土産』を残したらしい

 個人的に悪いのはNPCユニーク設定をごり押しした政府が悪いと思います
 つまり何もかも菊岡達が悪い(極論)


・キリト
 政府公認の仮想世界捜査官
 デバッカー兼テスターながら、必要に応じて政府の犬にもなる便利屋だが、割と自分の信条で動くので従順な犬ではない。が、犬のように鼻が利く。事件の匂いを嗅ぎ付ければ一番に突っ込んでいく突撃兵
 自分よりレベルが上のプレイヤー&エルフ兵を数十人相手にし、最後は脅し文句で戦意を折り、ジェネシス一人にするという奮戦を見せた
 格上を何十人も相手にする状況はALO以来だが、あの時より攻撃・回復手段に乏しいため、かなりの苦戦を強いられた模様
 最後は剣士としての矜持、力への渇望を理解し、本来必要ないジェネシスとの真っ向勝負に応じている

 地味に《クラウド・ブレイン事変》ではSTLを使っていた事が明かされた


・ジェネシス
 ほぼ確実な暫定電子ドラッグ使用者
 強さを渇望する余り手段を誤った男。支離滅裂な事を言っているが、本心は割と一貫している節がある。原典で《黒の剣士》を自称する素振りがあったのはキリトに憬れがあったのかもしれない
 ちなみに本作だとキリカがいるせいで《黒の剣士》とは呼ばれていなかったりする


 では、次話にてお会いしましょう

【参考】SA:O編ラスボスの難易度あんけーと 気軽に答えてネ! 難易度上昇でボスが増えるよ! 1.さくさく敵が倒れます。原典仕様のいーじーもーど 2.仲間と一緒に協力プレイ。コミックス仕様ののーまるもーど 3.形態変化にボス追加。改変仕様のはーどもーど 4.思い出補整で狂化します。極悪仕様のかおすもーど 5.ぷれいやー・ますと・だい(がち)

  • 1.かんたん
  • 2.ふつう
  • 3.むずかしい
  • 4.ごくあく
  • 5.ですげーむ

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