インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 今話は新キャラ? です。新キャラだけど新キャラじゃない……なんて言えばいいんだコレ

視点:キリト

字数:約一万一千

 ではどうぞ




第二十三章 ~近衛騎士リーフェ~

 

 

 背の低い灌木が揺れ、木の葉の擦れる音が響く。ガサガサと不規則なそれは動的物体が灌木を揺らしている証拠だ。それが複数聞こえる。

 その内、一つが眼前から聞こえてきた。

 

「フッ……!」

 

 息を吸いこみ、一瞬止める。同時に剣を突き出す。モーションを検知して発動した初期剣技の一つ《レイジスパイク》はダッシュの加速と合わさり、神速で空気もろとも灌木を貫いた。

 ズパァンッ! と乾いた音が響くと共に、確かな手応えが返ってくる。

 途端、灌木の影に隠れていた敵――一人の男が姿を晒した。

 

「クソがっ!」

 

 口汚い罵声を放ち、応戦してくる男性。

 頭上に表示されたカーソルは、NPCのイエローではなく、プレイヤーを示す色を放っていた。闇を思わせる、黒交じりの青いカーソル。ブルーカーソルだ。

 イベントで戦闘になるNPCを除く原則非戦闘NPCへ危害を加えた場合になるペナルティ・カラー。オレンジのそれより重い制裁を喰らう色になっているのは、彼が圏外に出てまでNPCを傷つけた確たる証拠。非戦闘系NPCを連れ出すクエストでフレンドリーファイアをしてしまったという事も無くはないだろう――実際SAO時代のオレンジも少なからず意図せずなる人が居た――が、その可能性は男の態度と、周囲の灌木に潜んでいるプレイヤーが否定している。《隠蔽》スキル値は高くないらしく、姿はともかくゲージとカーソルが隠れていない。そして見えているカーソルは全てブルー。

 ブルーカーソルが一人ならまだしも、複数人いて、更に固まって動いているのは偶然ではあり得ない。

 

 ――――つまり、容赦する必要は無いという事。

 

 そして、たったいま、俺の前に立ちはだかっている敵であるという事実。それだけ分かれば十分だ。

 俺がここにいる理由は、この先に確かに在る。

 

「――急がないとな」

 

 眼前の男を斬り捨てる。急所の首を飛ばし、二撃目で全損させる事が出来た。

 それを見て、この辺は弱めか、と分析する。

 俺がオルドローブを出発し、大森林を北に進み始めて三十分。この先にプレミアのそっくりなNPCがいる事はヴァベルに調べてもらって判明している。おそらく(フォレスト)エルフの砦があるだろう地点に近付いてきた辺りで、先の男達と遭遇した。

 この男達はあのNPCのキルを狙っているのだろう。そして、それが組織だって行われている事であり、この男達は先回りなりしていたが逃してしまい、ここに置いて行かれた組織の末端。

 そう予想したが、おそらく大きく外れていまい。SAO時代にも獲物のパーティーを嵌める部隊、邪魔を入れないための壁部隊などいくつかに分かれ、取り分のメイン――つまりPK時の経験値など――は組織の中枢が行っていた。必然的に裏方のレベルは組織中枢の者より低くなる。

 長らくレベリングを怠っていた俺のレベルは7。正直適正レベルより低く、PKや狩場の占領に手を出している連中と相対するには、些か不安がある数値だ。

 末端の男を二撃でキル出来たのも、急所を狙えた事と、防具の性能があまり高くないこと、そしてレベル差が大きくなかった点だろう。ブルーになったら補給が厳しくなるからレベリングも辛い事になるのは目に見えている。

 過去、オレンジになった経験がある俺には、その補給の厳しさがよく分かる。《料理》、《鍛冶》、《裁縫》、《調薬》など自給自足が出来たからマシだったが、普通それを取らない攻略プレイヤーがオレンジになれば、補給の面で苦しい思いをする。圏外村ではロクなポーション類の補給が特に難しい。それに加え、常に非アクティブモンスターや圏外村の衛兵NPCにも追われるとなれば、真っ当な補給は不可能とみるべきだ。

 そのペナルティをどこまで理解しているかは分からないが……

 

 ――この男達のリーダーは、いったい何が目的で……?

 

 仲間をキルされ、苛立ち混じりに灌木から襲い掛かってきた三人のブループレイヤーを相手取りつつ、思考も回す。

 件のNPC、そしてプレミアを狙うプレイヤー達の存在はキリカ達から聞いていた。”過激派”とキリカを筆頭に呼ばれる者達は、執拗にプレミアの身柄を狙い、圏外で勝負を仕掛けてきたという。とは言えほぼ初期の頃に諸々を危惧したキリカがプレミアを圏外に連れ出さなくなり、ほぼキリカ対過激派の様相だったようだ。

 その過激派が件のNPCを発見し、これ幸いと狙い始めたのだろう。

 そこまでは、まだ分かる。

 だが――なぜ、そこまで拘るのか。

 たった一人のNPCを突け狙い、ドロップ関係ならキルした一人にしか恩恵が無いだろうに、なぜ組織だって動けているのか。

 得も言われぬ違和感と気持ち悪さが胸中に浮かんで止まない。

 無論、情報が足りなさ過ぎてこれ以上の思考は無駄なのだが。

 

「死ねやオラァッ!」

「喰らえッ!」

 

 左右から声。

 更に、ちりっ、と疼く(うなじ)

 前進しながら剣を右に薙ぐと、背中を狙って振り下ろされた直剣の腹を叩いた。バックアタックを狙わていたようだ。

 

「ふっ――!」

 

 本来なら構わす先を進むが、前後で挟まれる危険性とレベリングをする必要性があるため、敢えて三人と対峙を続行。それでも手早く戦闘を終える。

 三人を斬り捨てたのは、それから十五秒後だった。

 獲得した経験値でレベルが10まで一気に上がる。スキルポイント、パラメータポイントを割り振り、ドロップした片手剣もオブジェクト化し、腰から吊るす。

 

「――昔を思い出すな」

 

 そこでふと、苦笑が漏れた。

 脳裏に浮かぶのは、オレンジ・レッドプレイヤーとして活動していた2024年初頭だ。あの頃は街に戻るのも惜しみ、ドロップしたオレンジ達の武器をそのまま使い、殲滅を続ける日々だった。もちろん使えるものであれば攻略にも使ったし、インゴットに戻してから別の武器に鍛え直しもした。

 いまはその焼き直しをしているかのようだ。

 助ける対象がNPCに変わっただけ。

 ――そして、プレイヤーに付け狙われているそのNPCだけが命を賭している。

 NPCにとってこの世界は現実(デスゲーム)そのもの。

 俺がこうも真剣になっているのも、件のNPCがSA:Oの問題と関わりがあるからだけでなく、その認識が出来たからでもあるだろう。

 

「まったく……菊岡さん、アンタが持ってくる《依頼》は厄ネタばっかりだな」

 

 そう、ここに居ない男へ愚痴をこぼす。

 思い返せば、俺が現実であの男と出会ってからもう半年が過ぎた。その間に様々な契約を交わしたが、ALOでのセブン観察然り、STLテスト然り、そしてこのSA:O然り、厄介事しか遭遇していない。特にSA:Oは政府が率先して制作を進行したから余計そう思う。

 多分契約がなくても俺かキリカ、あるいはSAO攻略組の誰かがログインした時点で今の状況に陥っていた気はするが、それらは一旦無視である。

 

「明日……いや、もう今日か。時間が出来たらぜったい苦情を入れてやる……」

 

 そのついでと言ってはなんだが、ブルーカーソルと、同個体のNPCリスポーン禁止がどういう経緯でなったかも聞こうと心に決めた。

 

 

『止まれ人族っ! これ以上この森での狼藉は許さんぞ!』

 

 更に森の奥へ進んでいくと、頭上に赤いカーソルを付けた人型――森エルフと遭遇した。二人一組で弓を番え、こちらを制止するこの状況は、キリカから黒エルフとのクエストについて教えてもらった内容とほぼ一致している。

 おそらく森エルフ側の《妖魔王の侵攻》クエストが起動したのだ。

 出会うかどうか分からなかったのであまり考えないようにしていたが、出会ったなら仕方がない。()()()()()

 足を止めた俺は、まっすぐ森エルフを見返した。

 

「無断で踏み入った無礼を謝罪する! だが聞いてほしい、この森に《聖大樹の巫女》が(のが)れ、いま尚我が同胞に狙われていると聞いた! 俺はかの巫女を守るために馳せ参じた次第! 今回はどうか大目に見て頂きたい!」

 

 仮に森エルフと会った時のために予め考えておいたセリフを、なんとか詰まる事無く言い切る。

 

『なに……?』

『聖大樹の巫女様が、この森に……?』

 

 俺の発言を聞いた森エルフ達が困惑の様相を見せた。

 その様子に、俺は内心で会心の笑みを浮かべる。

 ――本来であれば、関係ない発言を聞いてもNPC達は反応しない。

 今の状況ではキリカがしたように抵抗するか、あるいは降伏するかで変わるのだと思うが、俺は敢えて第三の選択を取った。

 すなわち、エルフ族に深く関わる話題――《聖大樹》に関するワードを出し、味方に付けようという作戦である。

 クエストに絡めるように《聖大樹の巫女》というワードが黒エルフ側で出たなら、森エルフ側でも同じような反応が出てくるのは予想できる。それぞれが信奉する聖大樹を奉じる巫女を守るため――そう言えば、ともすれば森エルフと争うことなく、スムーズに森の中を散策できるようになるのではと踏んでいた。あわよくば森エルフの騎士を仲間にしたり、件のNPCを助け出した後に森エルフの砦へ逃げ込んだりも出来ないかと考えている。

 結果的にはキリカと同じ過程を辿る訳だが、それは森エルフのエリート騎士や妖魔との戦闘に時間を割くのを惜しんだためである。ショートカットが出来ないかと思い、この第三の選択を考え出したのだ。

 まあこんなことが出来るのも個々のNPCがAI化し、クエストや種族設定に深く関与する内容をカーディナルが故意に弄っているためなのだが。プレミア達に《聖大樹の巫女》という属性を付与されていなければこんな荒業は出来なかった。

 さてどうなるか、と固唾を飲んで森エルフ達の反応を待つ。

 

『――嘘を吐くな! 巫女様がこの森に着ていれば、我々が先に気付いておるわっ!』

 

 そうして返されたのは、多分”危害を加えるつもりは無い”など森エルフに非敵対的な発言をした時のテンプレワードに、俺の話題が組み込まれたものだった。まあ現状森エルフへの俺の信用度(ファンクション)が足りないからそうなるのも仕方ない。

 あまり期待してはなかったが、出来ればなってほしかったなぁと残念に思いながら、腰の剣に手を掛ける。

 それを見て、森エルフの二人も弓に矢を番え直した。

 

『――待ちなさい』

 

 一触即発の空気が漂うこの場に、女性の声が上がる。

 ――息が詰まった。

 その声に、聞き覚えがあったから。

 

『あ、あなたはリーフェ殿?! なぜここに?!』

『伝承にある巫女の服を纏った人族が森に入ったと報告を受けたからよ。つまり、その人族の言葉は真実』

『なんですと……?!』

 

 状況的に、森エルフのエリートクラスMobが来たのだとは分かった。戦う様子でないのはさっき俺が口にした言葉にカーディナルが整合性を合わせに来たからだろう。プレミア達を無理矢理動かそうとするくらいだから、喪う訳にはいかないと動くと踏んでの行動は無駄ではなかったらしい。

 ――そう、どこか他人事のように考える間、俺の意識は眼前の人影に集中していた。

 ガサガサと灌木をかき分けながら姿を現したのは一人の女性騎士だった。リーフェと言うらしい騎士は、金色と緑色に飾られた胸部を守るブレストプレート、籠手、脛当てなどを纏っているが、全体的に軽装だ。速さを重視している事がよく分かる。

 その腰には緩く反り返った長刀が剣帯で吊るされている。見るからに業物と分かるそれは、このSA:Oで現状一、二を争うほどのオブジェクト・レアリティだろう。戦えばこちらの剣を折られかねない。

 だが――それらは全て、俺にとっては些末事だった。

 ”リーフェ”と呼ばれた女性騎士が、一つに括った金髪を揺らし、緑の瞳をこちらに向ける。

 

 その容姿は、どこからどう見ても義姉のアバター・リーファのそれだった――――

 

 

 驚愕に呑まれそうになりながらも簡単な自己紹介を終えた俺は、妖魔とも、そして新たに表れた森エルフのエリート騎士・リーフェと戦う事なく、森の中を進んでいた。

 その俺の傍らを進むのは、リーファと瓜二つのエリート騎士一人。

 てっきり妖魔により石化される運命から外れた男騎士二人も来るかと思ったが、意外な事にリーフェは二人を砦へ帰してしまった。何故かと聞けば、”巫女を迎え入れる準備のため”という答えが返ってくる。こちらから提案しようと思っていた事を先に取られた形になった。

 ともあれリーフェをパーティーに加えた俺は、警邏の報告で人族が多くいると聞いた場所に案内してもらう道中、なぜ俺が此処にいるかも含めて情報共有を行った。代わりに森エルフが《妖魔》によって窮地に立たされている現状も教えてもらう。ほとんどはキリカから教えてもらった情報と合致していたから、再確認という形になる。違いがあるとすれば、《妖魔》と森エルフは敵対関係にあるという事実だった。

 ちなみに件のNPCとそれを狙うプレイヤー達の事は、『記憶を失ってる聖大樹の巫女』と『聖大樹の恩恵を欲する人族』という体で話をした。

 

『成程……人族の間でも、色々と(いさか)いや(わだかま)りがあるのね』

 

 その話を聞いたリーフェが淡々と所感を述べた。他種族の問題故か関心は薄いらしい。

 森エルフ騎士の様子に、静かに俺は落胆した。

 俺はキャンペーン・クエストをβ時代、そしてデスゲーム時代で一度ずつしか挑戦していない。パーティーメンバーの一人になれば複数回受けられるが、俺はβテストに於いてもソロを貫いたため、結局黒エルフ側のストーリーしか知らない。アルゴやアスナ、クライン達から森エルフ側の概要は聞いているが、《秘鍵》の入手や野営地の指令所の守護、あるいは奪取などで争うくらいで大きな違いが無かったと記憶している。

 最大の違いは最初に味方するNPCが生存するか否かなのだろうが、俺を除いてみんな死亡させてしまったルートだったので、その差異はあまりアテにならない。キズメルの人間関係が関与した辺りは、誰に聞いても聞き覚えの無い展開になっていたからだ。

 ともあれ、エリートクラスの騎士となるとキャンペーン・クエスト最初に出会う二人――黒エルフと森エルフの騎士が思い浮かぶのだが、実は森エルフ側の騎士は常に男性だったりする。黒エルフ側は最初は女性だったが、俺がキズメルを生存させたせいか以降は男性しかポップしなかったらしい。

 そういう訳で今回、SA:Oの森エルフ側のエリート騎士も男が出てくるのかと思っていたが、その予想を裏切る形でリーファそっくりの女性騎士が登場してきた。

 

 ――カーディナルめ、アジな真似をしてくれる

 

 その原因も、既に見当がついている。

 森エルフの騎士リーフェのアバターは、おそらく俺がSAOで一人残った時の第三試練の最後に立ちはだかった《ホロウ・リーファ》のデータが流用されている。元から耳が尖り、金と緑の髪、衣装が森エルフの特徴に合致する事、そしてこの地に来た俺のプレイヤー名が《Kirito》である事が原因だと思う。

 おそらくキリカとの会話を通し、SA:O版カーディナルはアカウントIDが異なる俺がSAO時代の《Kirito》と同一人物であると把握した。そしてキズメルと同じ立場の存在として、森エルフ騎士にリーファの姿で採用した。

 名前が違うのは、既に《Leafa》というプレイヤーが居るからだけではない。俺へのメッセージなのだ。

 この女性騎士の大本は《ホロウ・リーファ》である事。

 そして、このSA:OとSAOは非常に関わりの深い世界である事。

 それらをより確信しろという、カーディナルからのメッセージ。

 だからこそ、落胆を抱く。

 

 ――もしかしたら、と思ったんだけどな……

 

 胸中で砕け散った淡い期待。

 それはキズメルがβテスト時代の事を夢として見ていたように、あるいはヴァフスが世界の時を巻き戻しても覚えていたように、リーフェもまた、リーファ時代の事を覚えているのではないかという期待だ。

 義姉・リーファは、義弟を異性としても愛してくれていた。

 それを知った上で受け取れないと、キリカも一度は絶望し、無気力になっていた事がある。同時に義姉本人も、それを察してかSAO時代ほど直接的な愛情表現をしてこなくなった。

 それを解消できるのではないかと俺は考えてしまった。

 本来それは俺が抱くべきではないのだろう。

 実際に考えて、人であった記憶を持つのにAIになるというのは地獄に等しい。それまで築き上げた全てが他人のものになるのと同義だからだ。キリカも幸せになれる、抑えている義姉も臆面なく発言できる――そのためとは言え、義姉のAIも居たらと考えるのは残酷である。

 AIになった義姉にとってすれば、キリトとキリカは別人なのだから。

 キリカは俺と過去を同じにするけど、もう一年も時間を重ねている。それだけ別々の生き方をすれば別人に等しい。キリカ自身がそう決断したのだと俺は知っている。

 ただ――――それでも、と思ってしまう。

 そんな葛藤を抱く故に、リーファとしての記憶が無いらしい様子に落胆を抱いたのだ。

 

『――ところで、キリト。気になった事があるのだけど』

 

 そう一人で消沈していると、リーフェが声を掛けてきた。なんだろうと思って隣を見上げる。

 緑の瞳が横目に向けられてきていた。

 

「なんだ?」

『その巫女は記憶喪失と言っていたけど、あなたはその人族が巫女であるとどうやって知ったの? そもそも聖大樹の巫女の伝承は人族からは失伝している筈なのだけど』

「ああ……」

 

 人族、つまりプレイヤーが集う街の人々からその話は聞けないという事らしい。元々《聖石の女神》として人々から崇められる前提だった訳だし、その設定がほぼ意味を為していない今、街で聞ける伝承の類はまずない。エルフ関係もカーディナルが無理矢理書き換え、実装したものだろうから街で聞けないというのはその辻褄合わせだ。

 だからこそ、妙なところで穴が出て、そこをAI化したNPCが突いてきてしまう。

 面倒な事になったなぁと思いながら、俺は正直に話すことにした。下手に嘘を吐く方が却ってマズい――そんな直感が閃いたからだ。具体的には義姉に対する直感関係が。

 

「聖大樹の巫女は双子だろう? 俺も双子でな、双子の弟が巫女の片割れを保護してたんだ」

『へぇ……それで?』

「今日用事があって森の南に向かった弟と巫女が黒エルフと出会った時、妖魔と遭遇して共闘したらしい。それから黒エルフの砦に向かう道中で教えてもらった事を、俺も教えてもらったんだ」

『黒エルフも妖魔に……そう……』

 

 小さい声で何事かを呟くリーフェ。数秒外れた視線が、再びこちらに戻ってくる。

 

『それで、人族は黒エルフ側って事になるのかしら』

「どうだろうな。俺も弟も、別に積極的に戦いたいわけじゃないし……出来ればエルフ二種族の争いも無くなって欲しいと思ってるよ」

『……は?』

 

 キョトンとした顔で、リーフェが声を上げた。思わず足を止めたリーフェに遅れて俺も足を止める。

 

『……黒エルフに味方するなら、まだ分かる。けれどなぜ森エルフにも肩入れを? 私達とそこまで交流が無いのに』

「それは……」

 

 改めて聞かれると、答えにくいものだ。答えを探しているのではなく羞恥という面で。

 ただ、既に世界に知られているほどの事だから、もう今更かとすぐ開き直る。

 

「――死んで欲しくないから」

 

 端的な願い。

 それを聞いたリーフェが訝しげに見てくる。それを分かった上で、更に続ける。

 

「弟が世話になってる黒エルフ。そして今日出会ったリーフェ。どちらも俺達にとっては同族じゃないし、両エルフ族は争ってるけど、俺達とは敵対関係じゃない。それで死んで欲しくないと思うのは別におかしくないだろう? だからこそ、争って欲しくないと思ってる」

 

 そもそも、と言葉を続ける。

 

「黒エルフと森エルフはどうして争ってるんだ?」

 

 この世界にもエルフ族が居て、互いに争っているという事実を聞いて浮かんだのはそれだった。

 SAO時代では、森エルフ側はアインクラッド創成後に喪われた魔法を取り戻すべく、地上へと帰還するのに必要な《秘鍵》を集めようとしており、逆に集め切ると世界滅亡と伝承で伝え聞いた黒エルフがそれを妨害に動き、結果争うという構図になっていた。プレイヤーはどちらかに加担し、《秘鍵》を集めていく流れになる。

 対して、SA:Oに於いては、そもそも魔法が現存しているので争う理由そのものが無くなってしまっている。

 それなのに争っているなら他に何か原因があるのではと、そこが気になって質問を投げた。

 

『――遥か昔から争う理由なんて、知らないわ』

 

 その問いにリーフェはそう答える。視線を俺から外しての返答は、どこか後ろめたさのようなものを感じている素振りだ。

 ――酷な事をしていると思う。

 AIには過去が無い。厳密に言えば、時間で積み重ねた過去が無い。あるのはテキストで綴られ、作られた実体のない過去であり、経験である。

 普通なら穴は無いのだが――これは、SAOから設定を引っ張ってきたカーディナルが原因だ。争う理由の原典がないまま秘鍵と聖石、巫女と女神などの符合で無理矢理継ぎはぎしたせいで、この辺のリカバリーが間に合っていない。なまじNPCがAI化しているせいで間に合わなくなったと言うべきか。

 

 だからこそ、そこが突破口になる。

 

 忘れそうになるが、《大地切断》をはじめとするSAOの世界設定は、キズメルを生存させた俺しか当時知り得なかった世界設定だ。構想としては茅場の頭の中で次回作の題材として浮かんでいた筈だが、アインクラッドそのものには世界の背景がほとんど無かった。そもそもキャンペーン・クエストをβテスト時代にクリアした時は、黒エルフと森エルフが《聖堂》なる後になっても詳細不明な場所を巡って争う内容で、アインクラッドの起源に関する話は一切絡んでこなかったと記憶している。他のクエストも、全てそれぞれの街の生活に基づいたものばかりだった。

 そうしてやがてデスゲームが開始され、長い時を経て階層を進んでいき、茅場と交流を深めるうちに、俺は自然とバックグラウンド設定が希薄な理由が浮かんできていた。

 アキトに素性を暴露された時の弁明として、茅場は自ら、プレイヤーの意見を求めていた旨を口にした。自身一人で夢想した世界を、多くの人からの意見を取り込みより完成度の高いものへとしたかったからMMORPGにしたのだと。

 開発者から与えられるクエストごとのストーリーの欠如はその現れだ。

 最終的に現実へ創造するつもりだった茅場は、敢えてストーリーを省き、人々が自ら生活し、物語を紡ぐ事を願った。グランド・クエスト――階層攻略がほぼNPCの関与しないものであったのは、そういう願いが作用した結果なのだと思う。

 ……まぁ、ごく稀にその願いに反し、NPCが階層攻略に参加する事もあったのだが。

 ともあれリーフェに関してはSAOの時と事情が異なる。AI化した個体故、カーディナルの直接的な干渉があまり無い。『過去の欠如』という欠陥を抱えたまま――つまり、プレミアのような記憶喪失状態のようなものなのだ。街の役割を持ったNPCならともかく、SAOからのデータ移植感が強いエルフ族はその名残が強い。なにせ魔法が現存するせいで争う理由が流用出来ないのだ。

 そこで引っ掛かり、『知らない』、『分からない』というエラーを引き出す。

 

 ――試す価値はあるだろう。

 

 本来ならガチガチに思想、過去を固められているため、立場を翻させる事は不可能だ。だがいま、リーフェは揺らいでいる。曖昧な過去を朧気ながら自覚して、歩む方向を見失っている。

 騙すようで気が引けるが、純粋に俺は、リーフェと敵対したくないと思っている。同時にキズメルとも。

 だから、残された道は一つだけ。

 

「争う理由を忘れたなら、融和の道もあるんじゃないか? まずは一時休戦からでもいいだろう」

 

 それは融和の道。

 ただ人族が仲介に入ったとしても成功率は高くないだろう。だが今回は可能だと踏んでいる。共通の敵がいれば案外仲良くなるものなのだ。

 加えて、彼らの聖大樹を奉る巫女もいる。

 

「弟といっしょにいる巫女は、戦う事は出来るが、あまりそういうのは好まないからな。いがみ合うなら人死にの無い代理試合の方が平和的だと思うけどな」

 

 カードを切り続けた俺の発言に、呆気に取られていたリーフェがふっと苦笑を漏らした。

 

『融和……一時休戦、ね……簡単に言ってくれるけど、”上”は結構な黒エルフ嫌いよ。家族を殺された怨みはそう簡単に消えないからね』

「……復讐、か」

 

 ふと、彼方を見やる。背丈の高い樹木に遮られて夜空は見えない。

 

「それは、たしかに難しそうだ」

 

 その答えた直後、へぇ、とリーフェが感心したような声を上げた。

 

『意外ね。てっきり「復讐なんて何も生まない」とか、そう言うのかと思った』

「言えないよ。怨みっていうのも、案外生きる理由や原動力になったりするからな。まあ……その復讐を他人任せにしてたら世話無いが」

『……言えない、ね。そう言うって事は、あなた、復讐に走った事があるの?』

「ああ」

 

 素直に頷く。

 驚いたように瞠目するのを見て、あっさりと肯定すると思っていなかったらしいと察する。まあ普通こうも簡単に頷けるような話でもないから仕方ない。

 ……というか本当に感情豊かだなこの世界のAI、と一瞬思考が逸れた。

 

「殺したい人が二人いた。途中は、和解を試みてたんだけどな……」

『……和解? 復讐しようと考えるほど、怨んでいたのに? なぜ……』

「大切な人達の事を優先しただけだ」

 

 最終的に秋十は殺したが、それはクリーチャー化から脱する方法が本当に無かったからだ。

 だから処分指示が出て、それに従う形で、俺は秋十を殺した。

 IS学園から誘拐される事を前提にしていたのは《亡国機業》のアジトを突き止め、破壊するためだ。つまり生還させるつもりでいたが、その計画が狂い、殺す事になった。

 悔いはない。未だ兄殺しを密かに叩かれているが、理解はそれ以上に得られている。

 そして織斑千冬とは事実上の絶縁状態。必要であれば会話もするが、世間話はほとんどない。ISの訓練にも付き合っているがそこまでだ。

 殺そうと思えば、確かに殺せる。

 そして秋十の真実を知った千冬本人も、俺が復讐に動き出した時、その凶刃を受け入れるだろう。

 やろうと思えば成し遂げられる復讐。それを為さないのは、親しい人達との幸せが失われるから。

 

「怨みは時に死地に於ける活力を齎す強い感情だ。だが負に傾き過ぎている故に、平和な世界では毒でしかない。その発露は劇薬そのもの。復讐が生むのは、次の復讐()なんだ。俺は毒をまき散らしたくないんだよ」

 

 自分で言いながら、”毒”とは言い得て妙だなと思った。

 かつて日本には水産物を介して人体に毒が蓄積し、病を発症する公害があった。生まれる子供の先天的異常――つまり染色体異常――をはじめ、骨が異常に脆くなるなどの日常生活に支障を来す重大な病だ。それらは毒だから、病原菌などと違って体内から除去する手段がほとんど無い。

 復讐心や怨みは正にそれだ。

 俺はただみんなを優先しているだけ。怨みも、復讐への衝動も依然として存在する。

 だが、俺の”毒”は心を蝕むもの。俺が自制さえすれば他者に移ることは無い。

 だから留まる事が出来た。

 

「まぁ……他種族の俺が、首を突っ込んでどうこう言うのはおこがましいだろうけどさ。一意見として留めてくれれば幸いだよ」

 

 そう締め括り、先に進むことを促す。俺が歩き出したのを見てゆっくりとリーフェも後を追ってきた。それを確認し、少しずつスピードを上げる。

 思った以上に話し込んでしまったが、仕方ないと割り切り、集中力を研ぎ澄ませていった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか

 黒エルフにキリカに協力するキャラがいるなら、キリトにも欲しいなぁ、でも種族間抗争の理由がないし融和させたいなぁ、巫女をダシにするとして森エルフ側のコネクションも欲しいなぁ、出来ればネームドで……という考えから出てきたのが新キャラです

 既存キャラ・リーファの使い回しに近いのは
「キズメルポジの森エルフ騎士がいないと展開キツい」(コネクション的な意味で)
「これなら実質キャラ増えない」(ここでオリ新キャラは出す意味がほぼ無い)
「キリカはリーフェ、キリトはリーファと棲み分け出来そう」(リーファの心情描写が凄い楽&男女の絡みさせやすくなる)

 新キャラ出したい理由が、「このキャラ出したい!」じゃなくて「必要だから出したい」という……役目がハッキリしてるからいいよね!

 キリカは色々苦労してるから報われてもいいと思うんだ……

 尚、元のリーファのメンタルは『強くなる』『義弟守る』の二つに集約されてるので案外大丈夫だったりします(シリアスになりにくい)


・《妖魔王の侵攻》
 黒エルフと同じく、妖魔に狙われていた
 キリカとフィリアの予想は外れた事になる
 フォールン・エルフと妖魔の関係性は不明


・ブルーカーソル・プレイヤー
 集団でオルドローブ大森林北にいる
 実質プレイ続行不可の状態。それで群れるのはかなり無理がある状態だが、実際群れを作っているので、キリトは件のNPC、ブルーカーソル、そしてこの集団の頭目に何らかの因果関係があるのではと睨んでいる


・アインクラッドの背景の薄さ
 原作ではプレイヤーが自らの箱庭でどう生きるかを見るため、敢えてストーリーや設定を薄くされていた
 本作では現実に創造する浮遊城をより完璧なものに近付けるべく、他者の意見も必要と考えていた茅場により、意図的にストーリーなどが薄くされていた。現実ではクエストは無いからである
 本作キリトはほぼ後者の考えだったが、自身は持っていなかった。茅場の浮遊城リアル創造の野望を知ってようやく確信出来たくらいである


・リーフェ
 森エルフのエリートクラスの近衛騎士
 キズメルポジの新キャラ
 大本はSAOに一人残ったキリトが第三の試練の最後の最後に倒したホロウ・リーファ。ホロウはカーディナルが完全監修し、作成した個体のため、カーディナルにそのログが残ってしまっていた
 今回それが出てきたのは《Kirito》とホロウ・リーファのログに影響されたせい
 口調はオリジナル・リーファとほぼ同じだが、一人称が「あたし」から『私』に変化している。ややお姉さん口調のセイバー・アルトリアのイメージ
 武器は長刀だが、使うスキルは片手剣

 キリトに関しては、この歳で復讐とか親か兄弟でも殺されたか、と微妙な感想を抱いている


・キリト
 カーディナルに目を付けられているプレイヤー
 起こしているのは別の人なのに、その別の人は自分達がいるからと厄介事を起こしており、結果事件の渦中に立たされている苦労人。今更ながらSAOデータやカーディナル・コピーをした製作陣にやや恨みを向けている
 リーフェ=ホロウ・リーファとの対面で若干古傷を抉られている
 純粋にキリカも幸せになって欲しい、リーファもキリカに気を遣い過ぎなくていいようになって欲しいと思い、リーフェが記憶を引き継いでいる事を願っていた。そうならなくて残念だが、徐々に思い出すかもとまだ希望は捨てていない


 では、次話にてお会いしましょう

【参考】SA:O編ラスボスの難易度あんけーと 気軽に答えてネ! 難易度上昇でボスが増えるよ! 1.さくさく敵が倒れます。原典仕様のいーじーもーど 2.仲間と一緒に協力プレイ。コミックス仕様ののーまるもーど 3.形態変化にボス追加。改変仕様のはーどもーど 4.思い出補整で狂化します。極悪仕様のかおすもーど 5.ぷれいやー・ますと・だい(がち)

  • 1.かんたん
  • 2.ふつう
  • 3.むずかしい
  • 4.ごくあく
  • 5.ですげーむ

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