インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 やっと《SA:O》の方ダヨ!(白目)

視点:フィリア

字数:約九千

 ではどうぞ




第十七話 ~大樹への祈り~

 

 

二〇二五年八月十五日、金曜日、午後九時

SA:O 第二エリア主街区《オルドローブ》

 

 

 現実側が夜の(とばり)に包まれた頃。

 《ALO》と同じく1日が20時間の《SA:O》内の時間は真昼を指しており、周囲のNPC達は思い思いのベンチに腰掛け、昼食を摂る様子が広がっていた。

 その光景で食欲を刺激されたか、資金に余裕のあるプレイヤーは露天やレストランに足を運んでもいる。それに反し、街の外――厳密には転移門の中――へと歩を進める者達も少なくない。

 そんな中、私は転移門の近くに立ち続けていた。人の往来から避けるように立って動こうとしない私に訝し気な視線を向ける者も少なくなく、それらを意識の外に追い出すように、手元の情報誌へと視線を落とし続ける。

 空腹を誘うかぐわしい匂いに抗いながら情報を洗い直すことおよそ二十分。

 幾度目かもわからない転移門に発生する青い光――転移光。それに横目を向けていた私は、光から現れた二つの人影を認識し、ようやく待ち人が現れた事を理解する。

 

「もう、遅いよキリカ。待ちくたびれちゃったじゃん」

 

 その相手とは、最近【鏡剣】だとか【虚剣】だとかで呼ばれているAIの少年キリカと、彼に懐いているらしき謎のAI少女プレミアの二人。

 私の文句を受け、プレミアを連れる少年が苦笑を浮かべる。

 

「悪い。プレミアの防具を見繕ってたら思ったより時間が掛かった」

「あの武具屋の店員さんは、拘りがとても強かったです……」

 

 いつもよりも瞼を伏せ、全身からダウナーな気配を滲ませるプレミア。どうやらキリカの弁明は避け得ぬ事態だったらしい。

 聞くところによると、キリカは圏内にいる間は第一エリアの主街区《はじまりの街》の武具屋に入り浸っているらしい。そこの店員NPCと話しているところをよく見かける――というのは情報通の間では専らの話題だ。そこにプレミアが加わってより多くに広まっている。

 『あのキリカが入り浸っているなら特殊なクエストがあるのでは』と考える人もいるが、受けられるクエストは一般的な素材収集系でしかなく、それが判明してからも足繁く通っているのはごく一部に限られる。すなわち、キリカかプレミアのどちらかが目的の人物だ。

 ここ数日はやや過激なプレイヤーも増えてきており、それを警戒しているのか、プレミアを連れて圏外に出る事はかなり少ないように感じる。

 無論、プレミアに残された謎、セブンから齎された《グラウンドクエスト》の不完全な起動なども警戒しての事だろうが……

 

「あはは、プレミアは災難だったね。でもキチンとした防具を貰えてよかったね」

「はい。キリカが買ってくれました、キリカは太っ腹です」

 

 にこりと笑い、頷く少女。

 その隣をちらりと見やれば、キリカは苦笑の色を深くしていた。肩を竦め、口を開く。

 

「本当は不要なくらいプレミアが元から着ていた服は高性能だったけどな」

「そうなの?」

「ああ。耐久値自動回復、防御力も最前線ドロップ品の五倍くらいあるぞ」

「ご……っ?!」

 

 予想以上の数値を聞き、言葉に詰まった。大声が出そうになるのを無理矢理抑え込んだ結果だ。

 現在の最前線で叫んだ日には、彼女の服のドロップを狙い、数多のプレイヤーがブルーカーソルになる事は明白。そんな事はぜったいに避けなければならない。

 とは言え、叫びたくなるほど驚きの情報である事も確か。

 一瞬だったが、あたしの反応から思考と感情を読み取ったらしきキリカがまた苦笑を深める。その気持ちはよく分かる、という無言の理解が彼の目から感じられた。能力値の差が1や2でも時に一喜一憂するラインを生きていた彼は、その現状最強ドロップ品の数倍強い装備なんてものを見て、得も言われぬ脱力感に襲われたに違いない。

 

「どうかしましたか?」

 

 それを知る由もないAI少女の純真な質問。私達はそれに、なんでもない、と声を揃えて首を横に振った。

 

 

 アイングラウンド第二エリア。

 そのエリアのテーマはズバリ《森》だ。第一エリアにも森はあったが、《草原》をテーマにしたリューストリアと違い、オルドローブはエリア全てが深い樹海に埋め尽くされている。これまでとは規模も迫力も桁違いという事だ。なにせ一番小さな樹でも幹の直径は一メートル、高さは二十メートルを優に超えている。

 枝葉に遮られるせいで森の中はやはり薄暗い。気象設定も運の悪いことに曇天模様。薄暗さに拍車が掛かり、視界が悪いことこの上ない。

 更にこのエリアで恐ろしいのは、そこかしこに点在する沼。これに脚を取られると物理的な移動低下デバフを喰らう上に、感触がリアルなせいで悍ましさすら感じると専らの噂だ。中には底なし沼まであるとかないとか、まことしやかに噂される森。それが最前線のエリア《オルドローブ大森林》である。

 そんなエリアに何故キリカとプレミアを呼び出したのか。

 それは、プレミアの謎に関わる事柄――【聖石】を第二エリアで発見したからだった。

 セブン曰く、《グラウンドクエスト》で集める事になる六つの石であり、未実装クエストだから本来ならある筈のないキーアイテム。

 一個目を手に入れたという洞窟は私も見ていたため、同じ構造のものを見てすぐ分かった。だから二つ目が祀られていると判断した私はすぐにキリカへメッセージを飛ばし、街へ取って返し、二人を連れて洞窟へとんぼ返りしているという訳である。

 中々の強行軍だとは思うが、これくらいはトレジャーハンターとしてそこまで苦ではない。価値のあるお宝を探す喜びがその疲弊を打ち消してくれるからだ。

 それに私は決してお宝探しのついでで協力している訳ではない。

 プレミアに関する謎は元を辿れば間違いなく【カーディナル・システム】へ行きつく。それはつまり、間接的にはあの世界――《ソードアート・オンライン》と関わっているという事。そもそもこの《SA:O》そのものが密接に関与しているから必然とも言える。

 それを知り、尚見ぬ振りが出来るほど自分は器用ではなかった。

 無論、理由はまだある。

 かつては(レイン)と一緒にみんなを見送っていた。最前線で戦える力があっても、そこに加わる気概が無かった。

 

 だが――いま、(レイン)はそこにいる。

 

 サクラメントでの一件、私は指を銜えて見ているだけだった。

 だが彼女は空へと羽ばたき、戦った。

 遠いな、と。

 そう思った事を鮮明に覚えている。第一層の教会で年下の子達の面倒を見ながら気儘に散策していた頃から、彼我の間に小さくない距離が開いていた。

 それが件の少年への恋慕によるものだとは理解している。少年に惹かれた彼女は強くなる事を強く切望した。命を賭した戦いに身を投じるほど、彼女の想いは強い事を知った。

 そして、私に彼女のような理由はない。

 あるのは友愛。

 友を想い、助けになりたいという願い。

 私に彼女のような剣の才はない。だが物探しなら、足を武器とする分野だから自信があった。そうしてキリトやキリカに手を貸す事が引いてはレインの助けになると判断したのだ。

 もちろん、キリカ達の事は個人的に信頼している。

 

「結構奥に来たが、目的地までまだ掛かりそうだな……」

 

 オルドローブ大森林の端の転移石に飛び、そこから更に歩き続けること数十分。道中でモンスターとの戦闘やアイテム採取を挟みながらの行軍のためそれだけの時間を掛けて尚、目的地からは遠かった。共有したマップ情報を確認した少年がそれをボヤく。

 長時間の探索に慣れている自分とキリカはいいが、プレミアの体力は気掛かりだった私は後ろから付いてくる少女を見た。

 水色と白のクロークの上から白い肩当、胸当てを装備したプレミアが小首を傾げる。

 

「どうかしましたか?」

「休憩必要そうかなと思って。大丈夫そう?」

「はい、私はまだ大丈夫です。寝る時以外はずっと歩いてますからこれくらい慣れっこです」

「そっか」

 

 この世界を生きる人間――NPCの彼女に疲労のステータスがあるかは分からないが、彼女の言い方からするに、概念としては理解しているようだ。

 ふんす、とやや誇らしげに言う少女にほっこりとしつつ前に向き直る。

 そこでふと、ん? と疑問が浮かんだ。

 

「寝る時って……そう言えばプレミアって、どこで寝泊まりしてるの?」

「キリカの部屋で寝ていますが」

「えっ」

 

 まさかの返答にギョッとしてキリカを見やる。

 

「キリカ、まさか……」

「待て、色々と話が省かれ過ぎてる」

 

 額を抑えながらキリカが待ったを掛けてくる。疑いの目を向けながら話を聞いていく。

 キリカ曰く、プレミアには寝泊まりする家は無いらしい。通常NPCに設定されている項目が全て空白だから、当然ながらバックボーンの一つとして存在する家屋もないのだという。

 そのため誰かの宿部屋に寝泊まりする事となる。

 そこで想定外だったのは、プレミアがキリカの近くにいる事に固執した事だという。当初はユイやストレアが借りている宿部屋に泊める方向で話が進んでいたが、プレミアが離れたがらず、結局その要望を受け入れる事になった。現在は宿のベッドをプレミア、ソファをキリカが使って寝ているらしい。

 

「ふぅん、なるほど。苦労してるんだね」

「ぜんっぜんそう思ってないだろ」

「あ、わかった?」

「そりゃあな」

 

 呆れたようにキリカが言う。

 男の子なら可愛い少女に慕われている状況はそこそこ喜ぶものだと思うのだが、どうやらそうでもないらしい。特にキリカはAIになったので、AIの少女、しかも義姉でもない相手は絶好の交際相手の筈だ。

 まぁ、保護対象はそういう目で見ないのだろう。

 そもそもそんな単純な精神構造をしていればレイン達があれほどキリトへのアプローチに苦労する筈もない。諸々の事情が複雑で、その辺の塩梅が難しい――という点はどちらにも共通しているのだ。それにはもちろん、精神面も含まれている。

 

「――そういえば、話は変わるんだけどさ。キリカはこの子の謎についてどう考えてるの?」

 

 そこで私は話題を変える。あまり長々と触れていいものでもなかったし、その話――プレミアの謎についても、今回の行動の目的なのだから重要だったからだ。

 プレミアの謎。

 つまるところ、なぜカーディナル・システムは彼女を半端な状態でも稼働させたのか。

 彼女が本来なら正式サービスで実装される《グラウンドクエスト》の主役のNPC《聖石の女神》であるとは仲間内で共有済み。解らないのは、未実装クエストのNPCが稼働させられた要因について。

 人力によるものでないならこの世界のカーディナルの手によるのだろうが、なら何のために稼働させたのか。

 キリトはそこについて特に言及していない。ただ、まったく何もないとは思えないとは一般人にも発信しているし、だからこそ不用意にプレミアのクエストを受けないようにとも注意喚起をしている。確証も無い事を発信する訳にはいかない立場だからそこまでに留めたのは仕方ないと言えた。あるいは本当に分かっていないだけかもしれない。

 翻ってキリカは、そんな忙しいキリトからプレミアの保護・観察を引き継いだ身だ。

 ほぼ常に一緒にいる彼ならわかる事もあるだろうと私は予想していた。

 

「確証はないけど、こうだろうな、と予想してる事はあるよ」

 

 私の問いに、彼は簡潔に答える。

 その声音からはやや確信めいたものを感じ取れた。当たって欲しくないが、おそらくそうなのだろう……という、否定的な願望交じりな推測。

 《あの世界》でよく人が見せた表情だった。

 

「その予想って?」

「人力で作ってる《グラウンドクエスト》を、カーディナルがクエスト自動生成機能を使って再編してるんじゃないかと」

「あー……」

 

 それはあり得る、と私も思わず納得した。なにせエクスキャリバーを手に入れなければ央都アルンが崩壊するというシナリオは、SAOをそっくりコピーしたシステムが作り出したクエストだったのだ。しかもそれはセブンが暴走する以前には登場しなかった《女神フレイヤ》――後に《雷神トール》と判明した美女――が追加されるなど、まったく同じ展開にはならなかったくらい、オリジナリティに溢れるクエスト生成機能を有している。

 おそらくこの世界のカーディナルも同じ完全コピーだから全く同じ事が起きても不思議ではない。

 ならば未実装の筈のクエストがβテストに存在し、半端ながら主要人物たるNPCが稼働していてもおかしくはない。

 

「だが引っ掛かるのは……元のクエストだと、プレミアの役回りは《女神》だ。服装もトーガ的なものだったという。なのになぜあのクロークを選択されているが分からない」

「それは、確かにそうだね」

 

 確かに、本来の役回りそのままの稼働でない点も謎と言えば謎だ。《女神》として不可欠な要素を欠いた状態でのクエスト実装だったから服装を変えたのかもしれないが、その程度の予想なら、彼とてしているに違いない。

 正に謎が謎を呼ぶ状態だ。

 うぅん、と二人して腕組みしながら歩き続ける。ガサガサ、と()()()の足音が耳朶を打つ。

 そこでふと、違和感を覚えた。

 足音が一つ少なくないか?

 

「プレミア?」

 

 まさか付いてきてない? と思い、振り返る。

 件の少女は十メートルほど離れた位置で立ち止まり、あらぬ方向を向いていた。更にその頭上にはクエストNPCに表示される黄色のサジェスチョンマークが明滅している。

 どうやら何かクエストのフラグを踏んだらしい。

 だが、それは些かおかしい話だ。彼女に設定されているクエストはダミーのそれで、指定エリアも第一エリア《リューストリア大草原》。クエストの発生フラグも『どこに行きたい?』という質問と聞いている。第二エリアのこの場所でフラグが発生するような事はない筈なのだ。よしんば目的地の聖石でフラグが立ったのだとしても、彼女が向いている先に目的地は無い。

 

「プレミア、どうした? そっちに何かあるのか?」

「――――」

 

 訝しく思ったキリカが問いかけるも、プレミアはそれに答えず、見ている先へと歩き始める。これは追いかけるしかないな、と視線を交わした私達も後を追う。

 途中でモンスターと遭遇してもズンズンと前へ進み続けるプレミアを守りつつ進むこと約十分。

 彼女が漸く足を止めた場所は、薄暗い樹海の中とは思えない明るさの開けた場所だった。森の中にぽっかり開いた円形の空き地は、差し渡し三十メートルほどもあるだろう。地面は瑞々しい青草に覆われているが、これまで歩いてきた森と違うのは()()やつる草、背の低い灌木の類がまったく存在しない事だ。

 そして空き地の真ん中には、陽光を浴びてキラキラと光る巨大な樹。

 幹の直径は目算でも四メートル以下という事はない。オルドローブ大森林で見てきた樹木の殆どがごつごつと幹を波立たせた広葉樹だったのに対し、この大樹は垂直に伸び上がる針葉樹だ。皮の色も、大森林では珍しい明るい色をしている。

 明らかにこの大樹だけ存在感が段違いである。これを見た殆どのプレイヤーが、何らかのクエストに関係しているだろうと考えるに違いない。

 そして今、プレミアがそのクエストを発生させている訳だ。

 

「この樹……プレミアは、この樹に用があったの……?」

「そうらしいな。クエストログも更新されてる」

 

 誰かに向けたものではない独り言にキリカが応じた。彼を見れば、手元に開いたメニューを見ている。隣から覗き込むと、ウィンドウを可視化してくれて、私も見れるようになった。

 クエストログを見ると、『大樹に祈りを捧げよ』という記述があった。

 内容からしていま発生しているクエストである事は間違いない。

 

「これ、前からそうだったの?」

 

 その問いに、彼は頭を振った。どうやら違うらしい。

 

「履歴を見れば分かるが、プレミアから受けていたクエストはエスコート系、聖石収集系の二つだ。さっきは聖石のクエストだけ受けていた。1個目は手に入れてたから、『進行中』のタブだと2ページ目が進んでた事になる……が」

 

 言いながら、彼はクエストログの下部を指し示す。後で流れを見返せるよう連続クエストやストーリー系クエストだと進行に合わせてページが増えていくのがSAOから連綿と受け継がれたシステムだ。

 また、収集系は『クエストを受けてからアイテムを探す』タイプと、『キーアイテムをトリガーにクエストを受け、残りを探す』タイプの2パータンが存在する。半端な実装のされ方をしているせいか聖石系は後者に該当するらしく、クエスト欄が更新されるのは聖石を彼女に渡した時らしい。そうして全部で6個存在し、残りを集めろという情報が開示されるのだ。

 つまり聖石収集クエストはおそらく6ページまで続く。

 その2ページ目が今から取りに行く聖石のページになる。

 だが、開かれているウィンドウの2ページ目は、『大樹に祈りを捧げよ』という文言に書き換えられていた。別クエストのページかとも思ったが、1ページ目は『聖石を入手せよ』だったから同じクエストであるのは間違いない。

 

「つまりさっきプレミアにフラグが立った時、カーディナルがページを書き換えた……?」

「多分な」

「でも、なんで……ううん、そもそも聖石とこの大樹に、何の関係が……」

「《グラウンドクエスト》という括りと考えれば辻褄は合わなくもない」

「ナルホド……でも元々プレミアって《女神》っていう役回りだったんだよね? 女神が大樹に祈りを捧げるって、なんだかおかしい気もするけど……」

 

 《グラウンドクエスト》の全容を知らない以上全てが推測になってしまうのが厄介だが、多くのプレイヤーに受け入れられる設定にしていく以上、やはり違和感があった。主神を敬う、という形ならまだ分かるが、大樹に祈るという役回りは女神には相応しくない気がする。

 そもそもこの大樹もいきなり登場してきた。これが聖石やプレミアとどう関係するか、そこすらも不透明である。

 謎が謎を呼ぶ中、頭上にサジェスチョンマークを明滅させるプレミアは大樹の前で手を合わせ、祈りを捧げている。それ以外は特に何もない。陽光に照らされて神秘的に感じはするが、特殊なエフェクトや演出が発生する事も無く、ただ風が木の葉を揺らす音が聞こえるだけだ。

 クエストマークが無ければ傍からは何の意味のない行動にしか見えないだろう。

 そうこうしている内にクエストが完了したらしく、キリカの眼前にクリア表示とリザルトが表示された。

 

「これで終わりか……謎が一つ増えたな」

「だね。どうする? セブンに連絡しとく?」

「後でするよ。確かこの時間、セブンはALOで配信中の筈だし」

「あー……」

 

 アレか、と件の告知を思い出す。

 ゲスト出演者の件でそこそこ炎上していたので《ユーミル》や《セブン》などのアカウントをフォローしている人の殆どが知っている事だ。水着で出演するという事前情報も相俟って、キリトとスメラギという男性が共演する事に反感が殺到していた。

 《クラウド・ブレイン事変》というトンデモ事件があったのに、未だにセブンガチ恋勢は多いんだなぁと、アイドルへの熱意を露わにする者達への称賛とも呆れともつかぬ思いを抱いた。

 ちなみに、企業勢になった彼女らがそれを強行出来たのは、V-tuberとしての活動が《ユーミル》の経営に与える打撃が相対的に大きくないという点にある。

 かつてはALOの維持・運営のみ行っていた《ユーミル》だが、ここ数か月の激動の最中、キリト――桐ヶ谷和人の正式な所属を皮切りに、IS業界やフルダイブ技術の新分野開拓など、幅広く事業を展開している。それを為せたのもトップが天災・篠ノ之束、天才・茅場晶彦のIS、VRの権威であるからだ。実績として、既に完全リモートの機械躯体を開発し、災害時の活動のため試験導入を開始されている。

 加えて、亡国事変に於いてメテオを消したり、サクラメント復興に従事する際、キリトが行ったコアの力による原子操作を利用し、全国各地のごみ処理事業にも手を出し始めたのは記憶に新しい。従来なら国内外での埋め立てに終わる大量のごみを原子レベルで分解し、それを新たな素材へと再構築するという、まったく新しいリサイクル事業が展開されたのだ。これにより、国外から大量のごみが流れつく地域への国家支援金が軽減され始めたというニュースも報道されている。

 それにより《ユーミル》の株価は上昇し、経営も好転。その余裕がセブン、レイン、ユイらの配信者デビューへと繋がった。彼女らが炎上し株価が下がったとしても、まだまだ上場企業として新しい《ユーミル》にとって痛手は少ない。企業として大きくなる前に炎上した方が火消しも楽――そんな背景があるのだという。

 ともあれ、炎上前提の配信を途中で辞めさせるのもそれはそれでマズいので、私達は『大樹に祈りを捧げよ』というクエストイベントに関する連絡はもう少し後にする事にした。

 元々私達の目的は、第二の聖石があるだろう洞窟なのだ。

 

「――お待たせしました」

 

 話し合いが終わったのと同時にタイミング良くプレミアも祈りを捧げ終えたらしく、こちらに歩いてきた。彼女の頭上からもクエストマークは消失している。

 

「用事は済んだか?」

「はい、ありがとうございます」

「ああ。よし、じゃあ本来の目的地に向かおう」

「わかりました」

 

 素直に頷いたプレミアがキリカの後を追っていく。一先ず、先の現象については言及しないようにしたらしかった。

 徐々に増え、深まる謎を一先ず思考の隅へ追いやり、私も後を追った。

 

 






 はい、如何だったでしょうか

 ホロウ・エリア編ぶりのフィリア視点でした。原典だと割とストレートなキリト好きな彼女は、本作ではレイン(友達)好きな方向にシフトしていましたとさ


 ・プレミア
 本来は《聖石の女神》のNPC
 装備はレジェンダリィクラスのクローク+胸当て+肩当て+細剣
 今回で『大樹に祈りを捧げる』という新たなイベント、役回りが発見され、更に謎が深まった


竹宮琴音(フィリア)
 自称トレジャーハンターの短剣使い
 SAO時代ではレインの相棒にして第一層教会の子供達の面倒を見ていたプレイヤー。攻略後期ではリズベット武具店の店子にして攻略組の罠解除役
 実力はシリカ、リズベット以上、レイン、クライン、アスナ未満。
 一応ソロで最前線付近の迷宮区を探索していた時期もある
 キリト達の事も信用しているが、レインへの信頼の方が強い。これは同性の方が落ち着くという心象が強いため


・キリカ
 プレミアの保護者兼観察者
 過激派プレイヤーを警戒してプレミアと圏外に出る事を控えていたが、自身は偶に圏外で活動していた模様。その間はプレミアを、以前助け出した武具屋に預けている
 未だに”C”からのメッセージを誰にも伝えていない


 では、次話にてお会いしましょう


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