インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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(゚Д゚;)<お久しぶりデス

(゚Д゚;)<前回投稿から一ヵ月も空いて申し訳ありません……

(゚Д゚;)<次々回でSA:O(キリカ)側に戻るのでユルシテ……ユルシテ……

視点:セブン

字数:約一万二千

 ではどうぞ




幕間之物語:歌姫編 ~神殿ノ宝物~

 

 

 海底神殿の探索はおおむね順調に進んだ。それは、攻略開始から一時間足らずで最深部に到達できたほど。

 この進行速度はレイドメンバーが揃いも揃って最高難易度ダンジョンに挑めるレベルだからだけではない。ダンジョンに付きものなトラップ、攻略に必要なギミック関連がほぼ皆無だったからだ。足止めを喰らう事が無かったからこそ速かったと言えよう。

 そして、円柱の立ち並ぶ荘厳な回廊の更に先。淡い輝きに照らされた水中に薄暗さが追加され、やや不気味な様相を呈したその更に奥に、その石扉はあった。華麗な彫刻が施されているそれは、セオリーに従うならボス部屋に違いない。

 

「とうとう着いたわ! ふふっ、あたしいっちばーん!」

 

 確信を抱いてすぐ、あたしは知識で知っているかけっこのように駆け出す。水中だから思ったよりスピードが出ない事にもどかしさを覚えつつ前進を続ける。

 そして、と扉まであと十メートルというところで変化が起きた。

 足元の床がゴゴンッ、と重い響きを上げて動いたのだ。自動ドアのように開いたそこは明らかな落とし穴になる。そして、それはちょうどあたしの真下の出来事だった。

 一瞬焦るも、すぐに落ち着きを取り戻す。地上であればすぐ穴に落ちてしまうが、水中は慣性に従って暫く滑空するように前進するため落ちる心配はないと判断したからだ。

 ――その安堵を、ごうっ、という唸りが掻き消した。

 正体は渦。大穴へ吸い込むように逆巻く渦が発生した音だった。

 

「わっ、わわっ?!」

 

 その渦にあたしの体は絡め取られた。

 『水』という網に掛かっているも同然のあたしは、水の流れに逆らう事は出来ない。水中で風魔法を使えない理由がこれだ。

 渦に絡め取られれば最後、他者に助けてもらわない限り脱することは出来ないのだ。

 

「セブン――!」

 

 仲間達が見上げ、あたしを呼んでいるのが見えるが、彼女らもこの渦に流されないよう踏ん張っているのがやっとの様子だった。

 このままだと落とし穴に吸い込まれるのも時間の問題だろう。

 グルグルと空間を廻る。

 

「――絡め取れ!」

 

 そう思った時、最後尾から少年の声がした。

 流れに逆らいながら目を向ければ、途中から装備していた杖を腰に差し戻した彼は、左手をあたしに向けて来ていた。間を置かず、掌から白と黒色の茨のようなオーラがこちら目掛けて飛んでくる。

 えっ、と声を上げたのも束の間、二色の茨はあたしの体に絡みついた。

 それからぐんっ、と引き寄せられる感覚がした。

 ぐんぐんと体を引かれ、すぐに渦潮トラップから引き出され、気付けば銀髪のレプラコーンの腕に抱かれていた。

 

「大丈夫か」

「え、ええ……ありがと」

 

 急に落とし穴が現れ、あわや自分だけ脱落かというところからの急展開に付いて行けず、あたしは生返事を返すのがやっとだった。

 そんな混乱を見て取ったか、キリトの表情が苦笑に変わる。

 恥ずかしくなったあたしは、ぷいと顔を反らした。

 

「そ、それよりこれ、早く(ほど)いてくれない? 動けないんだけど……って、解けたわ」

 

 気恥ずかしさを誤魔化すように言うも、その途中で白黒の茨が水に溶けるように消えていき、拍子抜けを喰らう。

 そんなあたしに、キリトが口を開いた。

 

「さっきの魔術は遠くにいる味方を引き寄せるためのものだから、バインドの状態異常時間は短めにしてる」

「そういうのも作ってたのね……」

「味方に回避指示を出そうとしても間に合わないとか、もどかしい時が何度もあったからな」

 

 へぇ、と感心する。一連の流れを見ていた仲間達やコメント欄も似たり寄ったりの反応だった。

 キリトはそれらに反応を返さず、視線を彼方――――大穴へと向ける。釣られて視線を向ければ、何時の間にか止まっていた渦が再び発生するところだった。

 しかし丸見えのトラップに嵌る人はいない。だからそこには、誰もいない。それでトラップが起動するのは不自然だ。

 

「ねぇ、何でまた……」

 

 渦が、と言おうとした時、ジャァァァッ! という咆哮が穴から響いた。間を置かず、骨のカブトを付けたサメ《エーギル・オブ・シャーク》が一体、八本もの剣を携えたタコ型剣士《オクトパス・ナイツ》が二体、計三体が大穴から飛び出してくる。

 大穴はそこで重い響きと共に閉じられた。

 

「どうやらトラップと門番の両方だったみたいだね」

 

 深紅の魔槍を構えながら、サチが言う。

 その隣にユウキが立った。

 

「ボス部屋直前の中ボス戦って、なんだか新鮮じゃない? ボクは初めて見るパターンな気がするよ」

 

 そう言う彼女の視線は、モンスター達の頭上に表示された三本ずつ存在するHPバーに向けられていた。彼女の言う通りただのザコではないらしい。

 

「うーん……モンスターの名前、なにか引っ掛かるなぁ」

「私もです。ボス部屋の前に中ボスっていうより、むしろ……」

「……何かを守ってる……?」

 

 それを他所に、後方支援を担当するウンディーネの少女達が難しい顔をしていた。

 

「考えるのは後だ! 中ボス三体を相手にするんだ、気張っていくぞ!」

 

 ぴしっと引き締める声が上がった。直後、思い思いにしていた面々が動き始める。あたしも気を引き締め、魔法の詠唱を始めた。

 オクトパス・ナイツをユウキとサチ、リーファが止めに動く。アスナは彼女らの回復・支援のために後衛に回っていた。

 その間を縫ってエーギル・オブ・シャークが突進してきた。ターゲットはあたしに向いているらしく、突進の軌道上に置かれる。

 

「させん!」

 

 そこに、ウンディーネの剣士スメラギが割って入った。分厚い刀の刀身で真っ向から突進を止めてかかる。

 

「わたしも行くよー!」

 

 そこに赤髪のレプラコーン、レインが加わる。種族補正でやや筋力値が高めな彼女の双剣が叩きつけられた。二人は僅かに後退させられたが、なんとか突進を押しとどめる事に成功。

 そこで横から踊り掛かる影が二つ。ケットシーのシノン、ウンディーネのランだった。

 

「いきます!」

 

 まずランが攻撃を仕掛けた。サメの横腹を数度、鋭い刺突が穿つ。

 グシャァッ、と悲鳴を上げたところで上からシノンが襲い掛かった。水中戦では短剣を二本使っていた彼女はなぜか長弓を携えており、猫もかくやの素早さでサメの頭上に駆け上った後、シノンは足元に向けて矢を番える。キィィン、と甲高い音と共に青白く発光した矢が放たれ、サメの頭部に着弾。すると顎まで貫く形で氷柱が発生した。

 

『シギャァァアッ!!!』

 

 一部を氷漬けにされたサメは、それでも賢明に尾ビレを動かし、再度突進するべく距離を取ろうと動き始めた。

 ――そこで、スメラギが攻め込む

 

「おおおおおおおおッ!!!」

 

 本来両手持ちでこそスキルを扱える刀を片手で持った彼は、その場で大きく回転した。すると彼の背後に大きな刀のオーラが出現する。

 アレこそ、ユージーン将軍を倒す一手となった彼のOSS、《テュールの隻腕》。北欧神話に於ける片腕の軍神にあやかったそれは彼を最強の座へと押し上げた。かつては自分がそれを熟練度ごと貰い受けたので消滅したが、データが巻き戻った事で彼に戻った技だ。

 その技は突進したサメに直撃した。直径四メートルはあるだろう巨大な刀のオーラがサメを斬り裂き、大きく吹っ飛ばす。氷結状態のダメージボーナスがあっても中ボスなので即死とはいかなかったが、HPゲージを残り一本にするほどの大ダメージは与えていた。

 

「ディスチャージ!」

 

 その一本も、キリトの魔術により数瞬で消し飛ぶ事になったが。

 その威力にスメラギが苦笑を向ける。

 

「相変わらず、とんでもない魔術だな」

「それはこっちの台詞だ。なんだ、いまの技」

「む……知らなかったか。俺のOSSだ。《テュールの隻腕》と言う」

「テュール?」

「北欧神話に於ける軍神の名前よ。隻腕ながら、その強さは群を抜いていたというわ」

「へぇ」

 

 小首を傾げて疑問を呈した少年にシノンが補足を入れた。彼女は図書室のヌシと揶揄されるほど入り浸っていた事があり、それで神話関係の知識が豊富だと聞いた。テュールは調べなければあまり聞かない神の名前なのだが、それを知っている辺り彼女の知識量は半端ではないらしい。

 

「ちょっと、終わったなら手伝ってよ! これ結構ギリギリなんだからね?!」

『キューキュッキュッ!』

 

 そこでユウキの責め立てる声が上がった。同時に聞こえた奇声はタコ剣士ボスのものらしい。

 

「うわお」

 

 彼女たちの方を見たあたしは、無自覚にそんな声を上げた。

 回廊の手前と奥の二手に別れ、タコ剣士と戦いを繰り広げている光景は、まるで演劇の()()のようだった。複雑怪奇な軌道を描く8本もの剣戟を、彼女らは互いに協力して捌いている。断続的な金属音も、まるで音楽のように規則正しく聞こえてきそうだ。

 単独で相手しているリーファの方がより凄まじいの一言に尽きる。

 しかし、いかに実力派な彼女らでも、流石に無傷では凌げないようだった。片手剣よりも水の影響を受ける長槍使いのサチはやや防戦気味で、片割れのユウキも反撃はかなり少なく感じる。ボスのHPもあまり削れていないのが確たる証拠だ。今はアスナの支援のお陰で戦線を維持できているが、遠からず瓦解するのは必定と言えよう。

 さりとて、あそこに割って入るのは至難の業だと素人目でも理解できる。

 ならば自分に出来る事は一つ――音楽妖精プーカ族の特技、《歌》しかない。

 

「歌ってバフを掛けるから、頑張って!」

 

 そう言ってからあたしは特定の高さの音を繋げ、完成となる《歌》スキルを使っていった。

 《歌》スキルは魔法とは別枠の判定を受けるので、アスナやキリトが掛けるバフとは重複する。《戦いの唄》で攻撃力、《護りの唄》で防御力、《神速の唄》で敏捷力、《癒しの唄》で自然治癒力のバフを掛けていく。

 あたしが複数の音を連ねていく間にも戦況には変化があった。

 まず後衛を務めるアスナの隣にランが立ち、同じく魔法職として動き始めた。次にユウキ、サチのペアの方にレインとスメラギ、リーファの方にキリトとシノンが参戦した。

 この中では新規アカウント組のキリトだけ種族熟練度が低いが、どうしてか武器の関係で防戦一方のサチが最弱と感じるほど、彼はタコ剣士を圧倒し始める。

 クネクネと蠢く多腕から繰り出される剣戟を防ぐリーファの隣に二人が立った直後、反撃を繰り出したのはキリトだ。持ち前の反応速度を駆使し、水の影響を無視したかのような神速の剣戟が叩き込まれる。

 思わぬ一撃を受けたタコ剣士が一瞬、動きを止めた。

 

「――はぁっ!!!」

 

 その隙をリーファが突いた。気迫の籠った声と共に、一瞬で大上段に構えた長刀が振り下ろされる。綺麗に唐竹割りが決まった。

 タコ剣士が被っていた兜に当たり、ゴガンッ、と重い響きが回廊に響いた。

 

「隙あり」

 

 更に大きくよろめいたタコ剣士の背後をシノンが取った。暗殺者もかくやの位置取りにいる彼女は、両手の短剣をタコ剣士の頭部と首元に突き立て、素早く離脱する。

 これで彼女は武器を二つ喪った――が、何事も無かったかのように新たな短剣を二本取り出した。

 タコ剣士に刺さったままの短剣は一定間隔で赤いダメージ痕を散らしていく。どうやら定期的にダメージを与える《貫通属性》があの短剣には付与されているようだ。

 

「散れッ! ――ウィンド・カッター!」

 

 続けてキリトが距離を詰める。くるりと回転して剣を床に叩き付け、茶色の衝撃波が立ち上った。間を置かず()(たび)剣を振るって緑色の刃が飛び、よろめいたタコ剣士を追撃する。

 

「ディスチャージ!」

 

 間髪入れず、叫びとともに彼が左手を突き出す。いつの間にか掌中に溜められていた闇の珠から漆黒の光線が迸る。ガリガリとHPが削れ、数瞬後にはサメの後を追って砕け散った。

 

「ジェネレート・サーマル・エレメント! エンチャント・オール・ターゲット、ディスチャージ!」

 

 爆散していくポリゴン片から視線を切り、彼はもう一体のタコ剣士に向き直る。その口からは素早い英単語の詠唱が紡がれていた。起句から後の単語を読み説いていくに、それはこれまでの極悪威力のものではなく、支援魔術らしい。対象を味方全体、効果を炎属性付与、攻撃力増加にしたOSSのようだ。

 程なくディスチャージと紡がれ、タコ剣士と斬り結ぶ四人を筆頭にあたし達の体を真紅の光が包み込み、バフアイコンも追加される。

 水中では炎を生み出す魔法は使えない。しかし、ソードスキルの炎属性は、武器から生じるものに限っては発動していた。属性付与バフも例外ではないらしく、タコ剣士に振るわれた剣閃が緋色を帯びていた。

 

「ありがとキリト! よーし、一気に行くぞー!」

 

 想い人の発破にやる気を出したらしい紫紺の剣士は、右腰に佩いたままだった白銀剣も抜いて二刀流になった。それから防御を捨てた猛攻を仕掛け始める。

 

「せあああッ!!!」

『キュポォ?!』

 

 一転して攻勢に出たユウキに対し、タコ剣士が驚いたような声を上げる。それでも負けじと剣を乱れ振るうが、加勢したスメラギ達が四方を囲んで足を抑え込み、ユウキに向かう剣が二、三本程度になる。それくらいはどうもないかのようにユウキは片方の剣で攻撃を防ぎ、もう片方の剣で本体を攻撃する。

 攻略難易度の低さからあまり高レベルではない筈だが、中ボスとしての耐久性故かHPゲージは中々減らない。

 

「|我、三つの光槍を放つ《エック・リオス・スリール・ゲイール・メラース》!」

「|五つの白き風で彼らを断ち切れ《セアー・スリータ・フィム・フウィートゥル・ヴィンド》!」

「ジェネレート・ガイア・エレメント、フォーム・エレメント・スピア・シェイプ、フライ・ストレート――」

 

 アスナ、ラン、キリトの詠唱が重なり、ほぼ同時に完結する。

 アスナが持つ短杖(ワンド)を中心に闇色の長槍が出現し、タコ剣士に狙いをつけ始めた。キリトは杖を持つ手と逆の左手を突き出し、手のひらの先に大きな岩槍を作りだす。

 ランは両手に握る(スタ)(ッフ)をタコに突きつけ、その先端からまばゆい三日月の刃を五つ飛ばした。彼女の魔法攻撃がタコの頭部に当たり、僅かに動きを阻害する。

 

「セィッ!」

 

 そこで大きな一撃が放たれる。長槍使いのサチが強く踏み込み、オクトパス・ナイトの背中に強烈な一刺しを見舞ったのだ。スパァンッ! と子気味良い音が響く。

 ギュポォッ! と悲鳴が上がり、タコ剣士の動きが止まった。

 

「そこ!」

「ディスチャージ!」

 

 畳みかけるように闇槍、岩槍の狙いを付けていたアスナとキリトが魔法を放つ。

 

「|我は投げる、1つの悪魔の如き闇《エック・バルパ・エイン・ブランドー・デックア》、(深淵の死を呼び《カッラ・アヴィス・バーニ)かの集団を倒す(ステイパ・ドロート)!」

 

 あたしも負けじと上位魔法を詠唱する。

 魔法のいいところは、魔法毎にダメージの最低保証が存在する点にある。種族熟練度やステータス、装備補整で増減はあるが、強力な魔法は誰が使ってもある程度は強いということだ。

 更に効果範囲が狭ければ狭いほど反比例して威力は高くなる傾向にある。

 あたしが使った闇属性上位魔法は深淵の極点(イクストリーム・アビス)。視線に追従して動くポインターで定めていたタコの頭部を覆うように暗闇が生じ、継続的にダメージを与えていく。更に視界を遮っているためタコの剣の狙いは出鱈目になった。

 

『ギュポオオオ!!!』

「こ、これじゃ近づけないよ!」

「わわわっ、ごめん!」

 

 しかし、それが却って裏目に出てしまったようで、タコが矢鱈滅多に剣を振り回し始めた。前衛は不規則な攻撃で逆に攻めにくくなり、距離を取り始める。

そんな状態になると露とも思っていなかったあたしは前衛の面々に謝罪を投げる。

 そんな中、キリトが飛び上がった。水中でふわふわと浮きながら彼は詠唱を口ずさむ。

 

「ジェネレート・ルミナス・アンド・サーマル・エレメント、フォーム・エレメント・アロー・シェイプ、カウンター・アンブラ・エレメント、ディスチャージ!」

 

 聞き慣れた単語で締め括られた魔術は、一本の赤熱する光の矢として射出された。簡素な見た目でもその威力は折り紙付きだろうコトは今までの魔術から予想できる。

 しかし……と、あたしは首を傾げた。

 いまのタコ剣士は半狂乱状態になっており、八本の触腕だけでなく、頭部を覆う闇から僅かでも逃げようと動き回っている。単焦点魔法のホーミング性能はそこまで高くないため外れる公算が大きい。

 ――その予想を裏切り、光の矢はタコ剣士の頭部に吸い込まれるように突き刺さった

 激しく振り回される頭部目掛け、すぅっ、とカーブを描いて的中。赤光(しゃっこう)の矢はそのまま残留し、中ボスのHPをみるみる削り始める。

 

「うーわ……キリト君の魔術ってほんとエグいね……」

 

 それを見たアスナが呆れにも近い苦笑を浮かべて言った。

 彼の魔術はシステム的な毒を用いた魔法属性ダメージであるとは、先刻彼自身が話した事だ。恐ろしいのはそれが体にヒットしている間はダメージが発生するという事。武器で言うなら《貫通属性》に当たるそれだが、いまタコ剣士を苦しめているのは魔術――魔法属性であるため、素手で抜くという事は出来ない。

 つまりあの矢は予想以上の追尾性能を誇り、更に素手で抜く事も出来ず、刺さっている間は強烈な毒属性ダメージが発生する魔術という事になる。

 アレを相殺するには瞬時に水・闇属性の魔法属性攻撃をドット単位の攻撃判定に与えるしか方法は無い。

 射出速度を鑑みるに、相殺はまず不可能。防御は刺さった時点で無意味。

 追尾性能を上回る旋回性能で回避するしか方法は無いという事だ。

 ただ、『カウンター・アンブラ・エレメント』という式句が追加されていた辺り、回避すら困難にされているだろう。単語一つにつきオプションを一つ追加できるシステム、それが《オリジナル・スペルスキル》であり、彼の作る魔術なのだから。

 アスナはそれらを瞬時に理解し、先ほどの言葉を口にしたのだ。

 遅れて大まかに理解したあたしも似たような心境になった。

 

「まーたエゲつないOSSをポンポンと……いったいどこからそんな案が出てくるのやら」

 

 頭上からふわふわと降りてくる少年に言うと、彼は不敵に笑った。

 

「矢こそ突き刺さるものだから貫通属性があってもおかしくないと前々から思ってたんだ。さっき話した代償魔法が完成した時、この考えと合わさった結果だよ、今の魔術は」

「……なるほどね」

 

 確かに、《貫通属性》は短剣や長槍などの《刺突属性》を有する武器に付随される事が多いので、同じ物理属性を有する弓矢にも《貫通属性》があってもおかしくない。

 しかしALOに現存する弓矢はほぼ全て単発物理威力に極振りされた性能で、与ダメージを上げるなら(いしゆみ)――所謂バリスタ――などに大型化させていったり、属性バフや状態異常などのデバフを付与するより他はない。

 しかし、実際に鍛冶でバフ・デバフを付与すると武器性能が下がり、耐久値の最大値も低くなりやすい。そのデメリットを負ってまで古代級(エンシェント)武器(ウェポン)に付与する必要性は低い。

 その点、彼の魔術は無属性の矢に毒属性を付与する過程を全て取っ払い、且つ扱う武器の強度やランクに左右されない利点を最大限に得るためのものだ。MPさえあれば使える――つまり他の代償が無い――とすれば、たとえ低レベルになろうとも、ジャイアントキリングを成し遂げる可能性は非常に高くなる。

 ……まぁ、例の毒属性を鑑みるに色々と代償がある気はするが。

 そんな思考を安穏と浮かべながら、あたしはHPを全損し、断末魔を上げながら爆散する最後の中ボスを見届けた。

 

《center》*《/center》

 

 回廊で三体の中ボスを倒した後、体勢を立て直し、もうトラップは無いかと慎重に石造りの二枚扉を開いたあたし達を出迎えたのは、例の老人から宝物を盗んだ盗賊団の首領ボス――ではなかった。

 部屋の中央にあったのは奪われたと聞いた巨大な真珠だった。祭壇の上に藁が敷かれ、そこに安置されたそれを守るガーディアンもおらず、部屋の中は伽藍としていた。

 

「拍子抜けねぇ。てっきりボスがいるかと思ったのに、もぬけの殻だったなんて」

 

 あたしの肩幅ほどもある巨大な真珠を抱えながら来た道を取って返し、入口まで戻ってきたあたしはそう言った。

 しばらく放置していた視聴者達のコメントも同意するようなものが多い。

 

「時間を掛け過ぎると増援が来る設定だったのかもしれんな」

「あー、そういうセンもあり得るのかー」

 

 スメラギの予想に首肯する。初めて来る海底神殿だったが、道中のモンスターに手間取らず、ギミックなどもほぼ無かったから攻略速度が速かった。だから盗賊団が戻ってくるまでに出てこられたという事だろう。

 

「ま、今日は敢えてあっさりクリア出来るものを選んだんだし、これでよかったんだけどね」

 

 撮れ高的にはボスも居てくれた方が盛り上がっただろうが、元々はキリトの慰労のためのクエストである。なにかをしていなければ碌に休まない彼のためにあえて簡単なクエストを選んだのだからこれ以上負担を掛けたくはない。

 

「はー……ボクももうちょっと魔法スキル鍛えようかなぁ……」

「私もそうしようかしら。弓を使えない状況も想定して準備しないといけないって、今回の水中戦で理解させられたわ。短剣だけじゃどうしても決定打を与えられないから」

 

 後ろから聞こえてくる反省の声。キリトの慰安のつもりが、道中の戦闘で彼の魔法に頼る場面が多かった点から自省しているらしい。

 

「そもそもみんなの戦闘スタイルは地上を前提にしたものだから仕方ないと思うんだが」

「でもそれはキリト君もだよね?」

「俺は【無銘】を埋め込まれて以降、陸空海全域で戦えるスタイルの構築が頭にあったからな。俺の方に分があって当然だ……すぐ抜かれそうな気もするが」

 

 レインの問いに答えるキリトの視線は、隣を歩く彼の義姉リーファに向けられていた。

 彼女は短時間ではあるが、単独で八刀流の中ボス剣士を抑え込んでみせた。しかも動きが鈍くなる水中でだ。防戦一方だったとは言え、より慣れていけば圧倒したかもしれない……という考えが浮かんでしまう。彼もそれは同じなのだろう。

 その視線に気づいたリーファが見返し、くすりと微笑む。

 

「いつまでも負けてられないもの。あなたを守る一人として、ね」

「ん……」

 

 直截的に愛を囁かれた当の少年は、頬を少し赤くし、視線を反らした。

 

「……俺、リー姉に勝った事無いんだけど」

 

 ボソッと照れ隠しに言うが、リーファは意味深に笑みを深めるだけだった。

 

「忘れたとは言わせないわよ? スヴァルトエリア攻略当時、魔術で二回も一掃してくれたコト」

「あ、あれは魔術を使ってたんだからノーカンじゃ……」

「仮想世界での師弟関係だとあたしはあなたの弟子よ。弟子が師匠を上回ろうとしなくてどうするの」

「それ、SAO限りの話じゃなかったのか……」

「あら、あたしは一度も『破門にする』って言われてないわよ? 勝手に終わった事にしないでよね、師匠」

「師匠って呼ばれるのは居心地が悪いな……」

 

 むずがゆそうに更に視線を反らすキリト。

 その後ろから、彼の両肩に手を置く人物が現れる。水色の猫妖精シノンだった。

 

「私の事も忘れないでよ、師匠?」

「悪乗りはやめてもらえるかな……?」

 

 悪戯めいた笑みとシノンが言うと、キリトの顔が更に赤らむ。

 

「そもそも、シノンは俺より射撃(しゃげき)が上手いだろう。俺じゃもう敵いっこないぞ」

「総合力ではまだまだよ」

「……向上心の塊だな」

「あなたにだけは言われたくないわ」

 

 強くシノンが断言すると、話を聞いていた面々がうんうんと深く頷く。あのスメラギまでも頷いているあたり本当に筋金入りだ。

 ――そこでふと、アスナとランに意識が逸れる

 二人は会話の輪から外れ、難しい顔でうんうんと唸っている様子だった。その視線は時々あたしが抱える巨大な真珠に向けられる。

 

「ねぇ、アスナちゃん、ランちゃん、なにか気になる事でもあるの? この真珠がどうかした?」

 

 話を振ると、みんなの意識が二人に向く。注目を浴びた二人はおずおずと口を開いた。

 

「さっきの中ボスって、本当に盗賊団の一員だったのかなって気になっていまして。エーギルは北欧神話における海神の名前ですし、タコ剣士の方には《騎士》を意味する名前がありましたし……盗賊団を名乗るにはちょっと似つかわしくないと言うか……」

「むしろ、その真珠を守るような配置だった気がするんだよね」

「うーん……?」

 

 二人の話を聞くに、あの中ボスはこの真珠を守っていたのではないか、と言いたいらしい。

 しかしそうなると妙な話になる。

 

「それだとおかしくないかしら? 実際あそこにこの真珠はあったのよ?」

 

 あの老人が真珠を奪われたという設定が前提なのだから、盗賊団はいる訳なのだ。その盗賊が真珠を盗み、その部屋を守るように居たのだから、あの中ボスたちは盗賊団の一員であるとしか考えられない。

 まさか何か見落としている? と、一度思考を止める。

 あたし達は海底神殿の全てを見て回った訳ではない。だから拾えていないヒントがあって、それらを集めて初めて真実を知る事が出来る可能性もある訳だ。

 

「――引っ掛かると言えば、俺も一つある。それって本当に真珠なのか?」

 

 うんうんと悩み始めた一同の中で、キリトが口火を切った。みんなの視線が集まる中、彼はあたしが抱える真珠を見ながら言った。

 

「どういう意味?」

「それって藁の上に置かれていただろう? 俺、最初は何かの卵なのかなって思ったんだ」

『あー……』

 

 そう思った理由を聞き、なるほどとあたし達は揃って声を上げた。

 言われてみれば藁の上に置かれた球体が卵に見えてもおかしくない。真珠にしては大きいのもそれに拍車を掛ける。

 ただそこまでいくと、次はクエストの受注元である老人《Nerakk》の話――真珠を奪われた――が嘘であり、何を信じていいのかわからなくなってしまう。

 

「それだとあの老人が嘘を吐いたってコトにならない?」

「まぁ、そうなるな。でも俺はそこそこあり得る話だと思うぞ」

 

 そうしてキリトは、なぜ少し自信ありげなのかを語り出した。

 仮に神殿の最奥に安置されていたものが『真珠』でなかったとしよう。その場合、老人の話は嘘であり、盗賊団の存在も真偽不明となる。釣られて最奥で現れた中ボス達が、何かを守るために配置されたのではないか、というアスナ達の引っ掛かりにも信憑性を帯びてくる。

 この場合、クエスト名でもある《深海の略奪者》は自分達になるのではないか、と彼は言う。

 

「じゃああの老人は、あたし達にコレを奪ってきてもらうよう嘘を吐いたってコトに……?」

「うん、だから渡しちゃダメなんじゃないかなと俺は思う。どうするかはセブンに任せるけど」

「う~ん……うぅ~~~~ん!」

 

 あたしは暫定・真珠を抱えながら大きく唸った。まさかゴール間際になって、目的の品が真珠かどうか、このクエストはそもそも成功させていいのかどうかを悩む事になろうとは予想外である。

 事前に調べたところ、普通に物探し系クエストで、受注者にアイテムを渡せば終わりという事が解っていた。それを敢えてみんなに話さず、ただ難易度の低いクエストとしか言っていなかったのが今になって裏目に出ている印象だ。

 しかし、あのキリトの言葉である。更にSAOメンバーの中でも聡明な方のアスナ、ランの言もある。いたずらに無視していいとは思えず、あたしは思考を高速回転させた。

 受注したクエストの達成条件は『受注者の《Nerakk》に神殿の最奥で手に入れた宝物を渡す』となっている。

 

「手に入れた宝物……ねぇ」

 

 達成条件の文言には『真珠』と一度も書かれていない。安置されていた場所が合致しているだけで、それ以外の情報は読み取れないようになっている。

 だが、そんな曖昧な書き方をするだろうか、と思わなくもない。普段なら気にも留めない曖昧な書き方だ。しかし疑念を抱いて見た今は、まるでこちらの思考をミスリードさせる意図を感じずにはいられなかった。無論、確証は得られないでいるのだが。

 疑問は解消されないが、いずれにせよクエストは終わらせなければならない。あたしは歩を進め、深海の老人《Nerakk》へと近づいた。

 

『おぉ……それこそ、正しく奪われた真珠じゃ。ありがとうよ、妖精達よ』

 

 真珠を持ったあたしが一定範囲内に入ったためか、定められているだろうセリフを言って来る老人。閉じられているようにしか見えない双眸の先には、あたしが抱える巨大な球体がある。

 

『さぁ、それをこちらに……』

 

 す、と老人が両手を差し出してくる。受け渡してもらう体勢を取ったのだ。

 あたしは選択を迫られた。

 

 

 ――あたしは、どちらを選ぶべき?

 

 

 ぐん、と思考が加速する。

 渡して終わりなら気のせいだったで終わりになる。

 渡さなければ、また何かが続く可能性はある。

 元々キリトが休む監視目的に選んだクエストだ。早々に終わるなら、それに越した事は無い。

 

 

 ――――だが。

 

 

 それに反対する思考と感情があった。

 ここでやめたくない、という思考があった。

 未知を(つまび)らかにしたいという好奇心があった。

 そこで終わりなら、それでいい。それを知れただけでもいい。だが、未知を残したままにするのは――多分、プレイヤーとして失格だ。

 ――(おもむろ)に、背後を振り返る

 視線の先には、赤髪のレプラコーン。

 かつて、彼女は言った。この世界はあたし達に用意された遊び場なのだ、と。研究者としてプレイしていた自分に対する、プレイヤーとしての怒りの言葉だ。

 今なら、あの時の心情を理解できる。この未知へ挑むワクワク感を邪魔されれば苛立つのは当然だ。

 それはきっと、この場にいる全員がそう。

 だから――――

 

「――ごめんなさい、お爺さん。あなたにコレは渡せないわ」

 

 ――あたしは、プレイヤーとしての欲を優先した。

 

 






・エーギル・オブ・シャーク
 《エクストラ・エディション》に登場したサメ
 ただし名前は本作オリジナル
 《エーギル》は北欧神話における海神の名前


・オクトパス・ナイト
 タコ剣士の中ボス
 8本の触腕すべてで剣を持つ八刀流の使い手。本文では二体登場したが、片割れはリーファに一人で暫く押し留められた
 イメージはワンピースのタコ八刀流の使い手『ヒョウゾウ』


・セブン
 一プレイヤーとしての欲が先行した少女
 真っ当なゲームプレイを出来るようになった(レインガチギレ時のセリフから)
 戦闘時は魔法補整の高い槍を手に魔法で攻撃、歌で支援する


・キリト
 万年一人遊撃手
 集まった面子で最低の種族熟練度だが、代償魔術と魔技を絡めた豊富な戦闘スタイルで敵を翻弄する。後衛支援の火力も担当
 慰安を兼ねたクエストの筈が神殿攻略の要としてよく働く少年
 尚、本人は精神的に満ち足りている模様


【魔技】(ALO編で既出)
・アースノッカー
式句:『散れ』
動作:一回転し、剣を地面に叩き付ける
 地属性の衝撃波が吹き上がり、敵を攻撃する


・ウィンドカッター
式句:『ウィンド』『カッター』
動作:手にしている武器で左右薙ぎ払い
 風属性の刃を飛ばす。刃は前方五メートルほど飛翔する


【新OSS】
・《テュールの隻腕》
作成者:スメラギ
 両手武器の刀を片手で大振りに振るう。使用時はオーラによる巨刀(BLEACHの天譴)が具現化し、リーチが伸びる
 一撃の威力が高い
 ――片手武器としての使い勝手は獲得していない気がするが、そこは気にしてはいけない()
 地味にALO編では一度も出ていなかった。キリトと一騎打ちしてないから仕方ないネ


【新魔術】
・矢の魔術
式句:『アロー・シェイプ』
備考:毒属性レベル1
   与ダメージ1%HP吸収
   与ダメージ1%MP吸収
 ターゲットした敵に矢を突き立てる魔術
 敵にヒットしても数十秒残留し、その間フレーム単位のダメージを付与する。ヒット面積で考えると微量でしかないが、ダメージ発生毎に毒付与の判定が発生し、かつ物理的に外せない。状態異常でもないため解除呪文もない
 文中にある通り無力化するなら回避しかない


・カウンター魔術
式句:『カウンター・○○〇・エレメント』
 指定した属性に向かってホーミングする設定の魔術攻撃
 ただ式句を足しただけのようだが、実際は属性の数だけ同じような詠唱でOSSを新規作成しているだけである
(一応原作アリシゼーション編にて、エルドリエというキャラが使っていた)


・《トワイライトソーン》
式句:『絡め取れ』
属性:光五割、闇五割
条件:両手が無手である事
備考:ディティール・フォーカシング・システムによるターゲット
   複数ターゲット可能
   バインド付与(5秒)
   与ダメージ0
 前衛への回避指示が間に合わない時、無理矢理後ろへ引っ張るために構築された魔術。逃げようとする敵や遠くにいて厄介な的に対する妨害行為にも使える
 参考元は《キングダムハーツⅡ》のゼムナス


 では、次話にてお会いしましょう


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