インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは
(´;ω;`)<最近リアルの面から文字数も執筆速度も激落ち……ユルシテ……
視点:キリカ
字数:約四千
ではどうぞ
オリジン最初のエリア【リューストリア大草原】が突破されて三日が経過した。
プレミアと師弟関係を結んだあの日にボスへ挑んだレイドはどうやらその勢いのまま撃破までこなしたらしく、第二エリアの攻略も最前線は幾らか押し進められている状況にある。仲間達もあのレイドとは別に、個々のクエストを進める過程で攻略を進めていた。
かく言う俺も幾らかは参加しているが、あまり積極的とは言えない。
その主な要因はプレミアと一緒に行動しているからだ。未だ戦闘経験の少ない彼女に危険な最前線は速過ぎると判断していた。厄介な事に幾らかの攻撃的なプレイヤーに目を付けられてしまっているから下手に圏外に出難いせいでもある。
「……いい加減、出るかもな……」
転移門付近のベンチに座りながら、俺はそう呟いた。
考えていたのはオレンジプレイヤーの出現に関してだ。
現状ではまだその出現の話は出ていない。だが武具屋の店主《ユズハ》を囮に使おうとした男のように、マナーレス行為を犯す輩はいずれ必ず現れる。その確信が俺にはあった。ブルーカーソルは、プレイヤーに侵害行為を行った時のオレンジカーソルの条件が、NPCに対するものに変更されたものでしかない。NPCに対して行えるなら、遠からずプレイヤーに対しても行えると考える方が自然だ。オレンジカーソルからグリーンに戻る救済手段は未だ発見されていないが、正式サービス開始時に合わせてステータスも戻ると考えれば――実際そうなるかは不明だが――オレンジへの忌避感は薄くなる筈だ。『ベータテスト中はオレンジプレイヤーとして活動する』と開き直るキッカケにすらなり得る。その筆頭がジェネシスだ。
むしろサービス開始から十日が経過する現在に至るまでジェネシスがグリーンである事を俺は意外だとすら思う。
翻って、ブルーカーソルの話はチラホラと掲示板などで話題になっている。SAO、ALOには見られなかった新ルールによるペナルティがキツ過ぎるため注目され始めたのだ。
なぜそこまでのキツいペナルティを課すのか、という疑問。ブルーカーソルというペナルティの存在理由が不明のため、それに納得がいかないという不満。救済手段が無い故の怒り。それらが書き込みの大半だ。
このルールを制定したのが果たして運営を委託された《ユーミル》なのか、あるいは政府直轄の開発元なのか、俺もそこまでは知らない。
だが、俺はなぜそのシステムが追加されたのかを、なんとなく察している。
βテスト開始初日に届いた送信者”C”のメッセージがその理由。
『私はアインクラッドに帰ってきた』。その意味――”
それらが指す事柄と、これに関与しているだろうプレミアの事柄を結び付けた時、ある一つの推論が浮かび上がった。
無論、明確な根拠はない。未だ確証もない。
しかし、もしも俺の推論が正しいとすれば、むしろ確証は得るべきではないだろう。なぜならあのメッセージが指す意味はおそらく……
「――考え事ですか?」
そこで、思考の海に没していた俺の意識は引き戻された。
いつの間にか地面に落としていた顔を上げれば、目の前には弟子三日目のNPCプレミアが俺を見下ろし、透き通った青い瞳でまっすぐに俺を見据えていた。
目が合った刹那の間、俺はその瞳に過去を重ねる。
重ねるのは過去出会ってきたNPC達の瞳だ。過去のそれらは無機質なものが殆どだったが――しかし、ごく稀に、ダークエルフの女騎士やユイのように色味のある瞳を持つ存在とも出会った。ただプログラミングされただけの存在でなく、人と同等の”知性”を宿した存在と。
そんな存在と、プレミアの瞳はとてもよく似ている。
「じっと見てきて、どうかしましたか?」
「……考え事をしていた」
「そうですか。何を考えていたのでしょうか」
「過去の事だ」
「そうですか」
俺の曖昧な返答にこくりと頷いた後、彼女は軽く首を傾げた。
「キリカにも、思い出せない過去があるのですか?」
「え?」
唐突な問いに、俺は疑問の声を上げる。なぜいきなりそうなったのか。
「私は過去をなにも思い出せないですから……」
「……そうだったな」
僅かに悄然としながらの言葉に、プレミアはそうだったと思い出す。初期設定が無いという事実は覚えているのだが、それがイコール『過去を思い出せない』と変換するのにまだ違和感があった。
一つ間違えれば俺もそうなっていたと考えると恐ろしく感じる。
可能性としては今もある事だ。《キリカ》というAIの根幹を為すパーソナルデータを破壊されれば。あるいは、記憶領野に相当するログデータを書き換えられれば。いま思考している俺の意識は崩れ、同じ名前の別人に作り変えられる。
それはいまの俺の死を意味する。
――だからこそ、俺は、プレミアを消させたくないのかもしれない
俺は過去を覚えている。だが、それは別人としての過去になってしまった。『キリカの過去』とは言えないものなのだ。
プレミアも本来想定されていた役割から外れてゼロの状態から今を生きている。
そんな彼女に、俺は自分を重ねているのかもしれない。
なら、俺が掛けられる言葉は……
「俺は思い出せない訳じゃないけど……俺にとっての”過去”が俺のものでなくなってしまった事はある」
「……?」
曖昧で、ひどく抽象的な言い方になってしまったせいだろう、理解が追い付かないプレミアが首を傾げた。
そうもなるだろうと俺は苦笑する。
俺が言っている事は、俺の来歴を知らない者では理解し難い。プレミアが困惑するのも当然だ。
だがそれでもよかった。
重要なのは、そこではない。
「どんな生き方をしていたか、どんな人と接していたか。全てを覚えているのに自分の事として話せない。俺は名を変え、別人として生きる事を求められた……まるで、それまでの俺の全てを否定されているようにも感じた。それでも、そうしないといけなかった。だから俺はいま《キリカ》と名乗っている。ゼロにされた自分の全てを、またイチから積み上げ始めた。最初は思うところもあった。今も無いと言えばウソになるが……まぁ、悪くないと思えてきたよ……」
青い瞳を見ながら言葉を紡ぐ。
プレミアは、じっと見返してきている。
「……なぁ、プレミア」
名前を呼ぶ。
特別な、という意味を持つ名前。
――幕開け、という意味で付けられた少女の名前を。
なんでしょうか、と端的に返された。
「――新しい名前が付いた”今”は、楽しいか?」
「充実している事は確かです」
ハッキリとした即答。プレミアの顔は悄然とした表情から打って変わって柔和な笑みが浮かんでいた。
その笑みを見た事がある。ピクニックに行った時、水浴びをした時、剣の稽古で褒めた時に浮かべる表情だ。出会った頃には無かった”プレミア”が積み重ねた証。
「なら、”
――これはかつて、自分に言い聞かせ続けた言葉だ
別人となり、過去を喪ったも同然になった俺が、仲間達の日常を崩さないようにと己を戒め続けた暗示。二人目の義弟《キリカ》として生きていく事を自身に呑み込ませるための言葉だった。
しかし今、かつての仄暗い暗示は、プレミアへの贈り物となっている。
彼女にとって『過去を喪った』という事実がショックに相当するかは分からない。少なくとも過去を知りたい、取り戻したいという執着はあまり見せていなかった。それだけ意識が現在に向けられているのだとすれば――俺は、少しでも前向きになって欲しいと思い、その言葉を贈った。
仄暗い自己暗示が、まさかそんな思いで伝える事になるとは思わなかったなと、俺は皮肉を感じた。
「――では、そうします」
内心で苦笑していると、ひとつ頷いたプレミアが俺の手を取った。そのまま引かれたので立ち上がると、ずんずんと迷いのない足取りでどこかへ進み始める。
その進む先を見て、次に嗅覚が捉えた匂いで、どこに向かっているかを察する。
「キリカ、こちらからとても美味しそうな匂いがします。一緒に回りましょう」
全てがゼロだったNPCは、すっかり食いしん坊な少女へと成長していた。
分かったよと返しながら、俺はさっきとは別の意味の苦笑を浮かべた。
・第二エリア主街区《オルドローブ》
本作オリジナル
『MMOなら新エリア解放で新しい街に行くのは楽しみの一つでしょ』という作者の見解によって追加された街
原典ゲーム内の描写では他にも様々な村、街がある事は確定しているが、作中でははじまりの街以外は歩き回れないし、地名も出ない
・オレンジプレイヤー
未だ出た話がない
オリジン内でも一週間前後経過してやっと出るくらい遅かったが、それはカルマ回復クエストなどの救済手段がないため
ブルーカーソルはチュートリアルを見てない人が知らずに手を出した場合の事故のようなパターンが多い
・キリカ
かつて全てを
穿った見方をすればある意味プレミアの先輩。別人として生きる事を強要された点から思考・言動がネガティブ寄り
過去を忘れていればまだ救われていたかもしれない
――それ故、プレミアの意識を”今”に向けさせた
その方がより救われ、幸せだろうと想い、言葉を贈った
・プレミア
キリカに連れ歩かれるようになってから様々な事を知り、学んでいるため、独自の”知性”を宿し始めた
すなわち
では、次話にてお会いしましょう