インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、お久しぶりです
書いては直し、書いては直しを繰り返してたんだぜ……推敲は大切ダ!
視点:アスナ(ぶっちゃけ誰でも)
字数:約一万一千
ではどうぞ
八月二日、土曜日、午後。
中には休日を、中には休日だからこそ仕事がある人など種々様々だろうその日、私は一世一代の告白をした。添い遂げたいと勘違いのしようがない程のそれをハッキリと伝えたのだ。
様々な事情故に返事は保留となっているが、将来的に重婚認可法が日本で認められると半ば確信している私は、ここ暫くの情緒不安定な様など嘘だったかのように楽観的な心持ちになっていた。正に不安の原因そのものだった事が解消されたのだからそれも当然である。
一先ず、今後は家族――主に父兄――を巻き込む形で縁談を断っていく方針で固めるつもりだ。無論それをするのも国会の様子を鑑みつつになる。
さて、これで私の用事は済んだ事になるが、彼の用事はまだ残っている。
メッセージを送ってから数時間でそれを済ませに来てくれた彼は、元々何か仮想世界側に用事があった事を口にしていた。その詳細は濁されてしまったので何も聞けていない。
「そういえばさ、キリト君の用事って何なの?」
告白を終えた私は、落ち着くのを待ってから彼の用事について問い掛けた。
「ん……皆を集めて話す。現実側でメールを送るから、それに添付された接続用クライアントにログインしてきて欲しい」
「えっ、ちょ……」
呼び止めようとするが、一手遅かった。
早口に言った彼は、じゃ、と有無を言わさぬスピードでログアウトしてしまっていた。
先の告白の羞恥心故か、説明が長くなって面倒だからか。昔からそうだが、すぐに分かるからと説明をおざなりにするクセはどうにかした方がいいと思う。まぁ、大抵そういう時は他の人に話す際に二度手間を嫌う場合だから、気持ちは分からなくもないのだが……
「まったくもう……」
はぁ、と息を吐く。仕方ないなぁ、という心境な私は、彼に惚れてしまった時点で負けているのだろう。
そこで、ぴろん、とメッセージ着信の通知が鳴った。ゲーム内ではなく、《アミュスフィア》と繋いでいる携帯端末の着信通知だ。
一旦ログアウトした後、間を置かず、再度フルダイブする。
通常、フルダイブした時は挿入しているゲームカートリッジを読み込んで自動的にそのゲームにログインする仕組みになっているが、文字入力専用アプリなどのフルダイブハード向けのアプリを幾つかダウンロードするようになったここ最近は設定を弄り、自動ログインをオフにしている。PCで例えるなら、OSが立ち上がった時に検索ブラウザも同時に立ち上げるようにするか、しないかの設定のようなものだ。
自動ログインを切ったのは、【森羅の守護者】のアバターを扱うアプリを選べるようにするためだ。ちなみにそのアプリは篠ノ之束博士謹製のものである。
一先ず今はそのアプリには用は無い。
半径二メートルのニュートラル・フィールドを囲うように浮かぶアプリアイコンの内、メッセージアプリを起動。ケーブルで連結している携帯端末のデータと同期させ、直近で受信したメッセージを確認する。
中には彼が言ったように接続用クライアントが同梱されていた。これを私の《アミュスフィア》にダウンロードし、起動する事で、彼が言っていたVRワールドにログイン出来るのだろう。
まさかウィルスとかないよね、と若干ドキドキしながらダウンロードを指示。ファイアウォール関連のアプリが一斉に作動するも、特に問題なくオールクリアの判定が出て、取り込みは正常に終了。
ニュートラルに戻ると、覚えのないアプリアイコンが出現していた。
アイコンの下部には『K.K.world』という名前がある。『桐ヶ谷和人のワールド』と考えるのが妥当だろうが、随分と捻りのない名前だと思った。分かりやすい辺りは彼らしいのだが。
そのアプリをタップし、起動すると、アルヴヘイムにログインする時のように色とりどりの光が後ろへと流れていく。慣れた光景だが、流石にじっと見ていられるほど優しい刺激ではない。演出なのだろうが地味に不評だったりする。
その演出が終わった時、私が立っていたのは常緑樹の森林の中だった。
厳密に言えば、ただ森の真っ只中という訳ではない。正面には土が見える道があり、果てには綺麗な湖面を添うように添えられた組木の橋も見える。人通りがある森の道中という風情だ。
その光景に、思わず硬直する。
凄まじく見覚えがあったからだ。
「ここって、二十二層の……?」
「そのとおり」
合いの手を打つように、背後から肯定の声。
ゆっくり向き直れば、さっき別れた少年が立っている。彼の背後には一軒のログハウス。その形もまた、非常に覚えのあるものだった。
「ね、ねぇ、まさかここ、アインクラッドじゃ……」
「いやいや、流石に違うって。遠くの方に支柱は見えないし、天蓋も無いだろう」
「……あ、ホントだ」
嫌な予想が過ぎったものの、それはすぐに否定された。天蓋は階層によっては現実の天気を反映して隠される事もあったが、支柱は外周部に沿って等間隔に屹立していた。それが無いという事は、ここは浮遊城ではないと言える。
なら今度は《SA:O》か、とも考えたが、それはお互いのアバターが否定した。
仮想世界に於いては銀髪金瞳のキャラで通すと決めた彼は、《ALO》と《SA:O》での容姿の変化は乏しく、服装を除けば耳が尖っているか丸いかの違いしかない。《SA:O》にALOのアバターデータをコンバートしたのだからそれは当然だった。
しかし、私は違う。
多くのSAO組は、SAOのプレイヤーデータをALOにコンバートしていた。その際に髪や目、肌などに種族特徴が付随し、特にフィリアなどは一層異なる容姿を見せている。だがALOからSA:Oへコンバートした時、SAOデータの移植ゲームだからか殆どの容姿はかつてとほぼ同一のものになった。
つまりSA:Oに於いて、私の髪色は現実と同じ栗色なのである。
しかし、彼が送ってきたクライアントでログインしたこのワールドでの私の髪色は水色。更に言えば装備類もそのままALO準拠になっている。
「……ここってALOのテストエリアだったりする?」
「いや、ここは具象化世界だよ」
具象化。
その単語を聞くと、因縁浅からぬ男の非道な実験を思い出す。親友となった少女はかつてそれによって無限の悪夢に陥りかけたのだ。また、彼が自身の裡に在った廃棄孔と対峙した場所を作った技術だ。
けど、少し引っ掛かる。
須郷の実験データや研究資料は全て政府に押収されたと聞いているが……
そこで、政府というワードで気付く。
彼が交渉し、傭兵紛いの事をしている時のクライアントには、大抵政府の役人・菊岡誠二郎がいる。《SAO事件対策チーム》のリーダーを務めていた男ならそういった資料も一度は持っていた筈だ。
加えて彼は今や政府も認める要人。VR業界には無くてはならない存在になっている。
あの二人の間に何らかの取引があったと見ると不自然さは無くなる。
「キリト君、このワールドを用意するために次はどんな契約を菊岡さんと交わしたの?」
「契約を交わしたのは天才三人組とだ。サーバーとかグラフィックとか、その辺はあっちの領分だから」
ふふ、と微笑みながらキリトが言う。
……どことなくその表情から哀愁が漂ってくるのは気のせいだろうか。団長が《SA:O》製作に乗り気になっているというし、きっと無茶ぶりみたいな事を頼まれたんだろうなぁと予想し、苦笑する。
「大変だね……ちなみに、どんな内容か聞いても大丈夫?」
「ああ、それは元々話すつもりだったからな。詳細は後で話すけど……そうだな、端的に言うなら……」
そこで、彼は空を振り仰ぎ、考え込む。数拍開けて、こちらに視線が戻った。
「安住の地、かな」
にこりと笑いながら意味深にそう言った。
その後、仲間達が集まり始め、【
面子から鑑みるに、余人に聞かれるとマズい”裏”の話だろう。
ヴァベルの話を聞いた後、この場にいる面々は未来の話だけでなく、”織斑秋十”の素性に関しても緘口令を敷きつつ周知されている。義母・翠と義父・峰孝も事の事情を知った上で静観しているのだ。
おそらく今回もそれに類する話なのだろうと、私を含め、この場に集った皆は考えていた。
そして、それは当たっていた。
人が集まった後、彼は急な呼び出しに対する謝罪を挟み、すぐさま本題に入った。
まず彼は、悪い報告から入った。それは二つあった。
一つ目は、今日の午前中、IS委員会本部ビル内部に襲撃があった事を報告された。ただすぐに鎮圧されたため緘口令を敷かれており、数日はネットで話題になる事はないだろうとの事。
襲撃手段は内部に潜入した主犯が遠隔操作する機械人形を用いた方法だった。【森羅の守護者】のアバターと同じ技術を用い、コア・ネットワーク上のVTシステムと、【暮桜】の搭乗者データを反映させた偽物の織斑千冬が活動していたという。それを更識楯無が、会話の中で違和感に気付き、コア人格の指摘で【暮桜】のコア反応が無い事を決め手に看破。逃走しようとする偽物を和人と各国代表候補達が対応し、破壊。
その偽千冬を遠隔操作していた主犯は、電波から逆探知したクロエにより取り押さえられた。
その後の尋問により、その主犯はやはり《亡国機業》の手の者だと判明したらしい。
二つ目は、暫く彼が忙しくなるという事。
具象化技術から《亡国機業》のアジトの一つを把握できて、今の内に攻勢に乗り出そうと各国の上層部が息巻き始めたかららしい。
IS学園襲撃事件の折、三人の捕虜を得たのに動かなかったのは当時の各国が《亡国機業》という存在の危険性を正確に理解していなかったからだが、《亡国事変》のバイオハザード、セフィロト計画に伴うメテオなど世界的な脅威が露わになった事で、決着を急かすようになった。これはその変化なのだと彼は語った。
本来なら第三回モンド・グロッソ開催中、水面下で動く予定だったがそれが繰り上がったのだという。
謂わば《BIA》の初陣にもなるので、その最前線に立つべく彼は暫く手が外せない。
その間、《SA:O》の方は任せたと伝えるつもりで私達を呼んだらしかった。
「ねぇ、ボク達は手伝えないの?」
そこで、ユウキが尤もな意見を言った。何のための【森羅の守護者】だと不満げな面持ちの少女に同調し、何人も頷く。
しかし、彼は首を横に振った。
「今回は事が大きくならないよう少数精鋭の速攻が求められている。ジャミング・ミストだけでなく、電波で逆探知される問題も今回の襲撃で懸念事項になった。奇襲する以上、悟られる可能性は最低限にする必要があるから、今回みんなを頼る事は難しい」
「ふーん……その言い方、やっぱりアバターじゃなくて
「む……」
彼はホワイトハッカーチームとしてアバターを用いた作戦行動も行うとされるが、素の身体能力も図抜けたものがある。だからどちらになるかとは思ったが、彼を心配する傍ら、カマを掛けたらしい。
ジト目を向けるユウキの指摘に、彼は短く唸った。
「それで、他に誰が同行するの?」
そこで、壁に背を預けて話を聞いていたシノンが表面上は冷静に、しかしジト目で水を向けた。
「楯無と織斑千冬、マドカ、俺とヴァフス、ヴァフス〔オルタ〕の六人一チームだ。他にもいるとは思うが、それ以外はまだ聞けてない」
その構成を聞き、眉を寄せる。
同じアバター勢になる筈のヴァフス達は何故同行を許されているのだ、と。
それともう一点。おずおずと手を上げる。
「あの……マドカって、誰?」
「マドカは俺と織斑秋十の実の姉、織斑千冬の実の妹だな」
『だれっ?!』
周囲で怪訝な顔をした人が多かったからか、彼が補足するも、余計困惑が大きくなった。そんな人物がいたなんて私達は聞いていなかったのだ。
だが、桐ヶ谷家の面々やユイ、ストレア達は冷静だった。家族には先んじて話していた事らしい。
「あの、そのマドカさんって、もしかして学園襲撃事件の時にブリュンヒルデと対峙してた人……?」
おずおずと、シリカが問いを投げる。
そういえば、と私は当時の事を振り返る。今でこそ埋もれているが当時はブリュンヒルデそっくりという事でにわかに話題になったと聞いた事がある。私もブリュンヒルデと対話している少女を見て、あまりに似ていると感じた事を記憶している。
キリトは特に気負う事もなく頷いてみせた。
「ああ、そうだ。あの事件で捕虜になった後、《亡国機業》の情報を流してもらっていた。とは言えその辺は徹底されていたのか参加する任務以外の事はあまり知ってなかったようだけど……」
「ふぅん……でもそいつ、ホントに信用出来るの? テロ組織にいたんでしょ? 騙し打ちとかあり得るんじゃないの?」
それに声を上げたのは、シリカの隣に立つベビーピンクの鍛冶妖精リズベットだ。元々彼女も疑り深い性格だが、圏内事件に際して《
とは言え、今の彼女が抱いているのは、マドカに対する疑心よりはキリトを案じる思いである事は表情から分かった。
それを知ってか知らずか、キリトは笑みを浮かべた。
「それは無い。秋十が誘拐される時の映像を記録したのは、マドカだ。仮に裏切る気満々だったとすれば、ダリルが秋十を連れ去る時に脱走しただろう」
「あっ、アレってその人が撮った映像だったの?!」
知らなかった、とリズが呟く。
IS委員会経由で各メディアに報じられダリル・ケイシー捕縛劇に発展した大本の映像は、いったい誰が撮影したものかは未だ明らかにされていない。しかし現在、それを追及する人はいない。誰もが勝手に、篠ノ之束なら可能だろうと納得していたからだ。
しかしまさか、庇護下にあるとは言え以前襲撃した仕掛け人そのものが協力していたとは知らなかった。
「……ねぇ、おかしくない? あの映像、学園の敷地内にしても明らかに拘置所の外だったよね? なんで今も拘束中って報じられてる人がカメラ持って外に出てたの?」
そこで、フィリアが訝しげに疑問を口にした。
言われて気付く。確かに、彼はいま私達に対し、あの時脱走しなかったからと言った。つまり彼はマドカのその行動があったから信用したと言ったようなものだ。
そうなると辻褄は合わない。
拘置所の外に出ている時点で脱走しているようなものだ。そこから挽回の機会を得たにしても、信用出来るかは依然怪しい筈。
だからさっきの彼の言葉は不確実性を孕んだものとなる。フィリアは、そこが引っ掛かったのだ。
「うーん……つまりあの映像を撮る時点で、彼女を信用する何かがキリトにはあったって事かな……」
そう推論を言ったのはサチだった。柔和な顔立ちを思案顔にしながら、彼女は続ける。
「そのマドカさんってアキトより年上みたいだし、小さい頃に面倒見てもらってた……って、両親が蒸発したのって一歳の時だっけ?」
「そうだな」
サチの独り言に応じたのは、キリカの方だった。精神、記憶面もデータ化された事で『朧気』という曖昧な状態が無い彼の断言は途轍もなく強い説得力がある。
「じゃあ、ヴァベルさんが教えた並行世界の情報で、マドカさんが味方だったとか?」
「…………」
「あ、当たってるみたいですね」
キリトは無言を貫いている。
だが、瞳や表情の僅かな変化からランが動揺を読み取ってみせた。どうやらサチの読みが当たったらしい。
「そうなの?」
「……ああ、そうだ」
サチの含みのない問いに、キリトはあっさりと折れた。
「並行世界でもマドカは《亡国機業》の戦闘員だった。大抵途中から味方になってくれていたし、俺の事を案じてくれていた。ただ並行世界は、織斑秋十が存在しない世界だ。加えてそれは俺とヴァベルだけが知る話だし、こっちの世界でも同じとは断言できない」
「あー……つまりアレか、あの撮影はソイツを試したって事だな?」
クラインの纏めに、そうだと彼は頷く。
それでと私は納得した。
彼が最初から信じていたから博士も信じ、おそらく更識楯無も信用し、カメラを渡していたのだろう。拘置所から出ていたのは裏で仕組んでいたものだったのだ。そして彼女を試した。秋十誘拐の件は、思った以上に早い行動だっただけで元から予想していた事だとは聞いている。つまりあの誘拐現場の証拠映像は周囲に示す踏み絵だった訳だ。
世間一般には伏せられているが、彼と繋がりのある人々には既に知らされているに違いない。
「じゃあ今回のそのチームって、本格的に周囲に向けてマドカさんの翻意を伝えるため?」
「それもある」
「それも? 他には?」
「今回捕らえた仕掛け人から聞きだした拠点がマドカが知る拠点と合致したから、案内人も兼ねてる」
「へぇ……」
そんな事もあるんだなぁ、と思った。オレンジギルドなら拠点を知るプレイヤーが捕まった場合、すぐに拠点を移すだろうに、一か月以上経過した今でも同じ拠点を使っているのは予想外だったのだ。
すぐに移せない拠点なのか。
あるいは本命を移し終えた抜け殻、つまり囮か。
マドカを連れていくのは、その辺を見定めるためもあるのかもしれない。
「――ああ、そうだ。言い忘れている事があった」
そこで、ふと何かを思い出したのか、キリトが話を切った。
「《SA:O》なんだが、みんなに気に掛けて欲しいNPCが居るんだ」
そう切り出した彼が言うには、名前も表示されない奇妙なNPCが存在するのだという。更にそのNPCが出すクエストは、NPCを護衛するそこそこ苦労するクエストなのに報酬が一コル。名前に関する手掛かりになる情報もいっさい無し。
「カーディナル・システムのバグと言うには妙な感じでなぁ。《SA:O》は稼働初日だし、茅場達にサーバーを見てもらったが特に問題は見られなかったらしい」
「ほぉ……まぁ、バグだとしても不思議じゃねぇけどな、オンラインゲームのサービス開始直後はそんなもんだし……」
「そうそう。サービス開始から数時間以内に緊急メンテとか、昔はザラだったんだぜ? イベント配信直後とかでも多かったしよ」
「そういえば昔はそうだったわね……」
「……私は知らんがな」
エギル、クライン、
「キー、そのNPCってどんな容姿なんですか?」
「女性NPCだ。体格はシリカ、髪型はサチに近いな。白と水色を基調にしたワンピースみたいな服を着てて、一目見て高レアと分かるものだった」
「……あー」
特徴を聞き出した大人姿のユイが胡乱な声を上げた。
「なんだその反応」
「いえ……クエストとか、表示されない名前で察してはいましたが、これで確定したなと……プレミアさんですね」
「プレミア? 名前あったのか」
「違うよー! アタシとユイとキリカで相談して、名前を付けてあげたの! ずっと名無しじゃ可哀想だからね!」
首を傾げたキリトの前に、ストレアが躍り出た。傍らにはキリカをしっかり捕まえている。
話を聞けば、プレミアと名付けられたそのNPCと知り合ったのは、ベンチに座っているキリカに近付いてきたかららしい。場所についての質問に反応し、一通りクエストを追えた後にAI姉妹と遭遇。そこで状況の異常さが発覚したのだという。
NPCの初期設定が全て『null』。ゼロ番のダミークエスト。
それがそのNPCの異常さの原因だった。
「なるほど。でもこれで余計おかしな話になったな。カーディナル・システムは何故そんなNPCの稼働を看過して……いや、むしろ逆か? 設定白紙のNPCで何かをしようと……だが何を……」
暫くぶつぶつと呟きながら考え込んでいた彼は、はぁ、と大きく息を吐き、頭を振った。
「ダメだな。推論は浮かぶが、突拍子が無さ過ぎる……ともあれ妙なNPCである事は確かだ。二十四時間傍に居られるキリカ達が率先して気に掛けてくれ」
「元からそのつもりだが……」
黒ずくめの少年キリカは、そこで言葉を詰まらせた。なにか言いたい事があるが、どうしたものか、と悩むような素振りを見せる。
キリトが首を傾げる。
「だが……なんだ?」
「……もし不具合が発覚したら、そのNPC……プレミアは消されるんじゃないか」
眉を寄せながら、苦渋の面持ちで問いかけるキリカ。反対方向に首を傾げつつも、だろうな、とキリトは応じた。
「《ユーミル》は運営を任されてるだけで、開発の主導は政府だ。SAO、ALOと何かと問題が起き続けてるし、SAOのデータを流用している関係で政府の監視もある。問題の芽は早めに摘み取ろうとするだろう。そもそもの話、初期設定が無いNPCが動いている状況は異常な訳だし、それを放置したところで良い事はない」
「……だよな」
キリトが言っている事は正論だ。企業や政府も慈善事業で《SA:O》を開発・運営している訳ではない。不利益になり得る問題があれば、それに対処するのが当然である。気に掛けて欲しいと彼が言っていたのは問題点が分からなかったからで、今は異常な状態をユイ達によって知らされている。本来居てはならない状態のNPCがいる、その事実は運営が動いて然るべき事案だ。
それを聞いたキリカの表情は、僅かに、しかし確実に沈んだ。
彼の表情を見て、ぴんと来るものがあった。
「ねぇ、キリト君。そのプレミアっていう女の子の事、暫く様子見でいいんじゃないかな」
「アスナ……?」
訝しげに、キリカが見てくる。
私は彼に笑いかけてから、視線を銀髪金瞳の少年に戻した。
「今すぐに消すのは……なんだか、可哀想な気がするから」
合理的な理由は無い。完全な感情ありきの訴えだ。
だが、これこそが大事なのではないかと私は思う。キリカが言葉を濁らせていたのは合理的でなかったからに違いない。そう私は確信していた。
「あの……私からも、お願いします。運営に彼女の状態を知らせるのは待って欲しいです」
同じ事を考えていたのか、すかさず同調したのはユイだった。件のNPCの名付け親のような立場になった彼女も感じるものはあったのだろう。あるいはかつての自身の境遇と重ねたのか……
「――悪いが、それは出来ない」
しかし、周囲の擁護する雰囲気に反し、彼は拒否を示した。
「ど、どうして?!」
「俺は通常のテスターと異なる形で契約しているデバッカーでもある、問題があれば開発元にも報告する義務を背負ってる。報告すべきかどうかは俺の裁量に委ねられてない。ただでさえ曰く付きのVRワールドなのに看過する事は猶更出来ない。クラウド・ブレイン事変みたいな事になっても困るしな」
「う……!」
おそらく最もあの事変の真相に気付いていた少年にそう言われると、ただ巻き込まれ、助けられただけの私は何も言えなかった。
彼はああ言っているが、問題を報告して対処しようとする意思の裏には私達を案じる気持ちが存在する。AI関連、VRワールド関連であればユイ達がその影響をダイレクトに受ける訳で、やはり真剣に取り組んでいる筈だ。彼にとっての”みんな”ではないNPCの少女より、その”みんな”を優先しようとするのは当然の事なのかもしれない。
「……一応言っておくが、俺自身はNPCの消去に反対だぞ」
「なに?」
「……本当ですか?」
「個人的にはユイ姉達がいるから。立場的に言えば、すぐにプレミアと名付けられたNPCを消去したところで根本的な解決になってないからだな」
彼は言う。如何なる経緯であれ、カーディナルが統括する世界に生きるNPCは確実にその支配を受けている、と。
「本来であればエラー修正機能が働く。その例外がユイ姉だった訳だが、当時は負の感情ログや須郷の干渉などでそれどころじゃなかったからこその例外。《SA:O》はまだそこまでタスクを割かれる事が起きてない。それにも関わらずそのNPCは動き始め、クエストまで発生させている。俺のホロウの時のように、カーディナルが自ら作り出し、動かしていると取れなくもない」
「……え? キリト君のホロウって、カーディナルが自分で作り出したものだったの……?」
彼の言葉に引っ掛かりを覚えたので、そう問いかける。
ホロウ・エリアにいたホロウは確かにカーディナル・システムが自ら作り出したNPC達だ。プレイヤーに代わり、自作したクエストやアイテムのテストをするためのNPC達。しかしキリトの言い方では、まるで彼のホロウだけ意図的に作られたものだと取れる。
すると彼は、一瞬だけストレアを、次いでキリカを見た。二人が頷く。
それからキリトは話し始めた。ホロウ・キリトがどういった存在だったのか。なぜ、他のホロウと違って自我や記憶を持っていたのか。
カーディナルは、デスゲームを終わらせられるプレイヤーとしてキリトを見初め、彼が死んだ時の代役としてホロウを生み出した。彼の性格、行動などのデータ採取のためにストレアが派遣されたらしい。
MHCPだったストレアにはプレイヤーとの接触禁止が出されていたが、プレイヤーアカウントを利用する抜け道を使ってやり過ごしていた。しかしそのプレイヤーネームが生命の碑に存在しない事を知っていたキリトは、アカウントの差異以外は共通点ばかりのユイと絡め、その素性を悟っていたのだという。
正確に把握したのは須郷を捕らえた後だったらしい。
リーファや両親達一家は聞き知っていたようだが、私達は初耳である。
なんだか今日はこれまで知らなかった事実をたくさん知るなぁ、と遠くを思わず眺めてしまった。
しかし、これを知った私は、彼がプレミアに関係する問題として語った推論を否定出来ないと思った。既にホロウという前例がいるのだ。
「うーん……でも、カーディナルが関与していると言うには、彼女はちょっと無垢過ぎますよね……」
「バグってた頃のユイ姉よりも無垢だったな」
「キー、それはちょっと言い方酷くないですか?」
「ちなみにそのプレミアちゃんって、どんな感じの子なの?」
気になったので質問すると、物静か、とキリトが返答。続けて口を開いたのはキリカだった。
「表情も乏しいし、言葉数も少ないな。クエスト中は俺の後を静かに付いて来てた」
「あー……たしかにユイちゃんより無垢って感じだね」
「アスナさんまでそう言いますか?!」
裏切られたっ?! と瞠目し、こちらを見詰めてくる大人姿のユイ。
「いやぁ……だって地下迷宮に潜る時に私とユウキが呼び出されたのって、一緒に行くって言って聞かないユイちゃんの護衛のためだったから……」
「はぐぁッ!!!」
痛いトコを突かれたとばかりに彼女は胸を押さえ、がっくりと肩を沈め、俯いた。ユウキはと言えば、あーそうだったねぇ、と懐かしんでいる。
わなわなと震えている彼女には悪いが、私は地下迷宮に挑んでいる時の少女ユイのはしゃぎようはしっかり記憶しているのだ。仮にも義姉の安全のために気を張り詰めさせていた少年からすれば、彼女の様子から『無垢』とは到底言えまい。言えたとしても、現状プレミアという少女の方が軍配が上だ。
それはつまり、プレミアが今後どう成長していくかによっては無垢でなくなるという訳だが……
「まぁ、そういう訳だ。そのプレミアがどういう経緯で動き出したかも不明だから、俺は暫く運営と開発元には様子見を提案しておく。茅場と菊岡なら話は聞いてくれるだろう」
「逆に聞かなかったら問題な気がするけどね……」
苦笑気味にリーファが呟く。
今ではIS、VR双方で一家言あると言われる立場になっている少年の提案だ、よっぽど的外れでない限り聞く耳持たれないという事は無いだろう。実際根本的な解決にならないという理論武装がある訳だし、その情報を提供したユイ達も公に知られている存在だ。政府が信じなくても、運営側が働きかけるのは確実である。
――本当に立派になったなぁ、キリト君……
・共有した情報
IS委員会ビル襲撃事件
《亡国機業》アジト襲撃計画
マドカの素性、扱いなど
名無しのNPCの問題
ストレアの出現経緯
ホロウ、キリカの製造経緯
・共有してない情報
良い報告二つ
"C"からのメッセージ(キリカ)
共有されてない情報が致命的過ぎるんだよなぁ?!