インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 前話に続き、今話も簪視点

視点:簪

字数:約九千

 ではどうぞ




幕間之物語:髪飾編 ~チラツク亡霊~

 

 

 IS委員会本部ビルに戻るまでの道中、手を繋いでいられたのは私の羞恥心が勝るまでだった。顔を赤くして手を放すこちらを揶揄うように姉が笑う。

 そんなやり取りですら、一昔前までは無かった。

 そう考えるとあの少年の存在はやはり不思議だ。

 私達の不仲の原因は姉にある。しかしそれは”楯無”の重責や『裏』の危うさを重く捉えるあまり私への想いを強めていた事に起因する。完璧に見えていた彼女は、その実かなり不器用な人間だったのだ。私に対する本音のように、姉も本音の姉・虚から助言を受けていた筈だが、それでも動かなかった辺りが彼女の不器用さ――意固地とも言う――を物語っている。

 姉は私を守ろうとムキになり、私は(理想)を超えようとムキになった。

 数年に渡るその関係は例の誘拐騒動の時に氷解した訳だが、それは姉の方がこちらに向き合ってくれたから。そして姉にそう動く決意を抱かせたのはあの少年だと姉自身が語った。

 デスゲーム生還直後、覚醒したての彼は《政府》と《更識》にコンタクトを取り、それぞれと取引を交わし、更識家に場所を移した。彼が求めたのは政府上層部との交渉機会。つまり5月頃の鷹崎元帥との会談。

 翻って、前者は歌姫セブンの監視を依頼した。菊岡誠二郎を仲介人としてVR技術業界に将来を掛けたが故。真っ当な人生設計の第一歩だった事になる。

 であれば当主が代表候補生である後者はIS関係を持ち掛けたのかと言えば、そうではない。彼女が彼を庇護し、且つ上層部に掛け合う為に彼に求めたのはただ一つ――――『妹を守る事に協力する』事だった。当時の時点で私を彼のサポート役に宛がうつもりだった姉は、だからこそ私も守るよう依頼したというのだ。

 

 そして、それはあの誘拐事件の時に順守された。

 

 IS四機を前に生身という絶体絶命の状況で尚、『お姉ちゃんだろう』と背中を押されたのだと。ネットに残っている動画でも携帯端末に向けて話しかける彼の姿は映っていたから事実だ。

 姉妹揃って彼に救われていたのだ。

 私は命を。

 姉は心を。

 今でも記憶に残っている。彼にお礼を言った時の、彼の言葉と表情を。

 

 

 ――更識姉妹(あんた達)織斑姉弟(俺達)ほど()()()ってない、ただすれ違ってるだけだから……少しずつでも、仲良くな

 

 

 どこか寂しそうに、眩しそうに目を眇めながら微笑む少年の言葉が蘇る。

 彼の言葉は、秋十との関係をもう取り返しのつかないところまで進んだものだと認めた上で、私達はまだ間に合うと諭すもの。

 それを言われた私は、内心では仲良くしたかったという羨望も含んでいるように感じた。

 真実は定かではない。

 秋十はもう死んだ。どれだけ望もうと、彼ら姉弟が揃う機会は永遠に失われたのだ。

 

 ――人は本当にアッサリと死んでしまう

 

 サクラメント市を中心に襲ったバイオハザードの影響で数十万単位の死者がアメリカから出たという。そこまで数字が大きくなると実感が湧き辛いが、スケールを小さくすると、『死』というものが具体性を増すように感じる。

 誘拐事件で一度は身近に感じたからか。映像で中継された青年の死は、とても他人事とは思えないリアリティを私に伝えてきた。

 

 ――その予感を、彼はずっと抱えているのだ

 

 デスゲーム事件から始まり、生還してからもずっとその予感を現実のものにしないよう手を尽くしている。

 彼が抱える”負”を制御出来ているのは、死を予感し、恐怖しているからこそ。他者を傷つける”()”を守るために使えている最大の要因。

 

 ――君は、やっぱり(ヒー)(ロー)

 

 改めて、私は思う。

 幾度かは恐れもした。彼が持つ力が何なのか、力を振るう理由や彼の在り方を真に理解できていなかったからだ。

 だが、今の私に恐怖はない。

 だって、どれだけ恐ろしい力を持っていても、彼がただ誰かを傷つけるためだけに振るう訳がないと確信しているからだ。姉の心を解す事も全幅の信頼を勝ち得る事もどちらも並大抵の事ではない。それが出来た彼に信頼を寄せる事は、逆説的に間違っていないと言える。数多くの女性を射止めているのも伊達ではない。

 童話や英雄譚に出てくる主人公(ヒーロー)のようだ、と思う。

 その根底にある想い。未来への、いじらしく思えるほどの願いが、心打たせるのだろう。

 なればこそ、あまりに英雄的な彼を想い始めた事も、きっとおかしな事ではないのだ……

 

 

 そんな英雄的な彼だからこそ【白式】を持っていても秋十と異なる心情になる私だが、なにも英雄的であれば全てを許すほど妄信している訳ではない。むしろ表面上の肩書きや言動は疑って掛かる面倒くさいタイプだと自負している。和人だってSAO時代のボス戦放映である程度の人柄を知れたから早々に距離を縮められたのだ。

 昔から更識家の本家、分家筋の大人から色々言われていたせいで人間不信気味になってしまっていた。

 

 そんな私は、《亡国事変》以降に《英雄》と称されるようになった織斑千冬の事が苦手だ。

 

 IS業界で《ブリュンヒルデ》と持て囃される彼女は『高潔』や『孤高』といったイメージで伝えられる事が多い。事実一匹狼のような性格ではあったようで、何事も簡潔に済ませる事を良しとするとは聞いていた。女尊男卑派でない女子も、彼女を指して『格好いい』と褒めていた程だ。

 男子は世界大会で優勝する実力と機体のメカメカしさを、女子はルックスや孤高のイメージを称賛する事が多かった。実際に会った事が無ければメディアの情報しか分からないからそうなるのは仕方ない。

 無論、候補生のように会った事がある人間も尊敬する――一部はやや過激に慕う――者は一定数存在した。

 つまり私は、その一定数から外れた”例外”に位置する事になる。

 その理由だが、同じように彼女にあまり好意的でない人々の大半とは異なるだろう。候補生訓練で顔を合わせた時の威圧感から朧げな苦手意識はあったが、それが明確になったのは和人の事情を知り、重ねて見るようになってから。当時は楯無の事を疎んじていたので、彼女に重ねて見た千冬の事も同じように苦手意識を形勢した事になる。

 とは言え、楯無との関係が修復傾向にある今も、その苦手意識は依然変わっていない。鋭い切れ目と女性にしては低めな声が醸し出す威圧的な雰囲気が性格的に合っていないせいだろう。

 人によっては彼女への尊敬で乗り越えるのだろうが、それを彼女に――少なくとも性格・人格的に――向けていない私には出来ない芸当。

 彼女の姿を認めた瞬間、歩く足を止めてしまったのもある意味必然だった。

 

「あ、織斑先生!」

 

 しかし姉は暗部当主としての経験か、彼女が自然に振りまく威圧を物ともせず、むしろ声を掛けていく積極性すら見せた。

 まあ廊下のど真ん中、それも進行方向に見知った人が立っていれば声を掛けない方がむしろ失礼になるからかもだが。

 

「む……更識楯無と、更識簪か。此処で何をしている?」

「私は仕事とかんちゃんの労いに。今日はかんちゃんが専用機を受領する日ですからね」

「ほう……そうか」

 

 姉に向いていた鋭い視線が、ふと隣の私に向けられた。興味深げな表情をしている。

 ――ふと、引っ掛かりを覚える。

 それが何なのか自覚するのは、半ば無自覚に口を開いた後だった。

 

「あの……織斑先生にも、話は伝わってる筈じゃ……?」

 

 そう言って、その筈だ、と自問自答する。

 私は今でこそ代表候補次席。しかし次のモンド・グロッソでほぼ確実に優勝するだろう彼女は殿堂入りし、第四回の大会には出られないようになる。そうなると代表は姉が継ぎ、繰り上がりで候補筆頭に私がなる。その流れを彼女が知らない筈がない。

 それに彼女は、鷹崎元帥と和人の間で交わされた取引について既に知っている”こちら側”の人間。彼女の引退諸々も込みの計画を知っていて、その一環に【打鉄弐式】も関わっていた以上、今日が受領の日だと聞いていない方がおかしい。私は彼の護衛兼支援役としての任務を負っているのだから、秋十の死もあって弟の事を尚の事気に掛けているだろう彼女がその周辺に気を配らないというのは不自然だ。

 まぁ、彼女には和人という前科の象徴的存在がいる訳だから、無いと言い切れないのだが……

 

「言われてみればそうね。確か私、伝えた覚えがあるんですけど」

 

 同じ引っ掛かりを姉も覚えたようで、訝しげに世界最強を見て首を傾げる。

 そんな姉の姿を見て、更にふと思い至った事があった。

 

「というか、IS学園って土曜日は午前授業があるんじゃ……」

 

 一般的な高等教育機関にIS関係の専門授業を含んでいるため、通常の高校と同じカリキュラムでは授業数が足りないからと土曜も午前中だけ授業があると聞いた事がある。それは生還者学校も似たような事情だと聞かされ、印象に残っていた。余程の事が無い限り基本的に授業は無くならないらしい。

 姉が居るのはまだ分かる。”楯無”としての仕事やまた候補生筆頭という立場により授業を公欠する事は珍しくないからだ。かく言う自分も候補生訓練で学校を公欠した事はある。

 だが、教師がそれをするのは厳しいところがある。ましてや学園に襲撃があって以降、彼女はあまり学園から離れないよう厳命されていた筈だ。

 

「ああ、そうなんだが呼ばれてしまってな。授業は山田先生に任せている」

 

 そう言われればそれ以上は言えない。

 まあ彼女も国家代表なので、近付くモンド・グロッソに向けて企業に呼ばれた関係で外出したのかもしれない。

 とは言え、それはそれで此処にいるのは猶更おかしい。

 《ユーミル》に所有権が移り、篠ノ之博士が手掛けている【黒椿】や【打鉄弐式】と違い、彼女の【暮桜】は未だ倉持技研保有の代物。機体関係で呼ばれるなら倉持へ行くはずだ。

 《BIA》関係で出動要請があったなら私達にも無いとおかしい。特に姉は”楯無”として裏で活動する関係上、和人と話し合う機会は少なくないという。そんな彼女よりも千冬を優先するメリットが思い浮かばないため、裏関係の仕事でもないと判断できる。

 それ以外だと、篠ノ之博士や和人などが個人的に彼女を呼んだくらいだろうか……

 

「そうですか……それで、どんな用事ですか? もし桐ヶ谷君の事であれば私も……」

 

 一緒に、と言おうとしたが、それは出来なかった。いきなり姉に腕を引かれたからだ。

 彼女は私と千冬の間に立ち、まるで私を守るかのように左腕を広げ、警戒心を露にしていた。右手はいつも持っている鉄扇を構えている。

 突然の出来事に困惑する。

 

「お、お姉ちゃん? いったい何を……」

「偽物ね、あなた」

 

 詰問するような険しい声音。

 その内容を理解した私は、思わず愕然として目の前に立つ女性を見る。鋭い双眸や硬い表情、女性用の黒のビジネススーツに包んだその体は記憶と同一にしか見えない。

 だが姉がここまで断言するなら、何か根拠があるのだろう。

 

「お姉ちゃん、その根拠は?」

「エーギルが教えてくれたのよ。【暮桜】を持ってる織斑先生は学園で授業中だって」

 

 姉の専用機【海神の淑女(エーギル・レイディ)】にはハッキリとした自我があり、操縦者と思念による会話を可能とするとは、二次移行を果たしてメディアに取材を受けた時の返答で周知の事実となっている。それまで疑惑的だった『ISに意思がある』という説の後押しとなった証言として今も時たま取り沙汰にされる程だ。

 そのエーギルが言ったのなら、事実そうなのだろう。

 いや、そうでなければ違和感の正体が分からないままだ。

 

「――ほう」

 

 果たして、眼前の織斑千冬? は是とも否とも言わなかった。ただ一つ、感心したように笑みを浮かべ、声を発しただけ。

 その反応が答えを如実に表していた。

 遅まきながら、私も無手で構えを取る。姉には劣るが更識流の武術をある程度修めているためそこらの一般人よりは腕が立つ、それは次席の成績からも分かっている事。

 だが、それで安心できるほど平和ボケはしていられなかった。

 

「その反応は肯定も同然よ。いったい、何が目的かしら」

「ふっ」

 

 姉の問いかけを鼻で笑った偽千冬は、次の瞬間、(きびす)を返して脱兎の如く走り始めた。えっ、と呆気に取られる間に廊下を走る後姿がみるみる小さくなっていく。

 それを見て、しかし姉は追い掛ける素振りを見せなかった。

 

「お、追い掛けないの?」

「あっちは和人君が対応するわ、他も連絡は済んでる。()()は別の事をしましょう」

 

 そう言った姉は有無を言わさぬとばかりに強引に私の手を引いて走り出した。やっぱり追い掛けるのかとも思ったが、偽千冬が走り去った通路から逸れるように角を曲がる。

 全力で走った先には《監視室》のプレートがある部外者立ち入り禁止の区画だった。

 扉は電子ロックが掛かっていて、特定以上の権限を付与されたカードキーをリーダーに読み込ませる事で開くタイプ。そこに姉が懐から取り出した銀のプレートに黒いカラーリングがされたカードを滑らせる。ピー、と高い電子音と共に扉がサッと開いた。

 中に入ると、昼の勤務だったらしい警備員の壮年男性がいた。業務用の古いキャスターの椅子に腰掛け、十を超える監視カメラの前でコーヒーを飲んでいた。

 その男性が驚いたようにこちらを見る。

 

「あ、あなたは更識の……」

「緊急事態よ、織斑千冬の偽物が現れたわ!」

「なんですって?!」

「十中八九《亡国機業》よ! 今すぐビルの出入口を全て封鎖して!」

「わ、分かりました!」

 

 聞きたい事はあるだろうが、当主という立場で磨いたカリスマに充てられてか男性は素早く立ち上がり、機材を操作し始めた。

 

「かんちゃん、貴女は監視カメラで怪しい動きをしてる人がいないか見ていって。偽物が一人だけとは限らないわ。何より目的が不明過ぎる」

「わかった」

 

 一も二もなく頷いた私は警備員の男性の邪魔にならず、且つカメラ全てを俯瞰できる位置に陣取って監視を始めた。

 その間に姉はビル内にいる候補生に向けた援軍要請や館内放送を矢継ぎ早に指示していっている。警備員の男性は職員の避難誘導のために警備室を後にした。

 そこで姉も隣でカメラの確認作業に参加した。

 

「行かなくていいの?」

「他に怪しい奴が居たら私が向かわないとだもの。念には念をってやつよ」

 

 口調こそ普段通りだが、声音は固く、表情も険しい。相手の目的がイマイチ掴めないから見逃しのないよう気を張っているのだ。

 私も確認するが、人間、変化の激しい方に意識が向くものである。

 火災用の防火シャッターで閉じられたエントランスが最も変化が激しかった。ISの通信で和人がそこに駆け付け、偽千冬の逃走を全力で妨害していたのだ。偽千冬は【暮桜】を黒くした機体を駆っており、それに対して和人は漆黒剣(エリュシデータ)翡翠剣(ダークリパルサー)を持って《覇導絶封》まで発動している。

 それを遠巻きに眺めつつ、逃げられないよう囲んでいる候補生達の姿もあった。その中には少し前に見た赤黒い機体【甲龍】の姿もある。

 どう足掻いても勝ちがない偽千冬のジリ貧状態が既に成立していた。

 

「……エントランス、思ったよりボロボロになってない……?」

 

 結果の見えた戦いだと分かった途端、私の意識が横に逸れた。

 和人と偽千冬が戦いの場としたエントランスに大きな傷が出来たようには見えなかったのが気になったのだ。普通スラスターを吹かしただけで床が焦げるくらいはすると思うのだが。

 横で姉が、気にするとこそこなの……? とやや困惑した風に言ってきた。

 

「多分だけど、窒素とか原子を固めてコーティングみたいにしてるんじゃないかしら。ビルが倒壊したらコトだし」

「あー」

 

 コーティング、と言われて凄く納得した。メッキや漆なども突き詰めればもろい物質を別の原子構成物で覆い、保護するもの。不可視とは言えやっている事が同じならコーティングというのは言い得て妙だ。

 【無銘】か【白式】でコーティングを行い、【黒椿】で戦闘行動を取っているのだ。

 そうこうしている間に趨勢が動き始める。

 原子を固めて不可視の罠でも仕掛けたのか、明らかに不自然なタイミングで偽千冬のバランスが崩れた。そこで狙い澄ましたように二刀が叩き付けられ、壁へ吹っ飛ぶ。背中から衝突した黒い機体は背面の装甲やスラスターをひしゃげさせた。あれでは飛ぶことはおろか姿勢制御もままなるまい。

 その隙を逃さず、和人が距離を詰める。二刀を床に突き刺しながら詰めた彼の手には、一本の黒刀が握られていた。刀身からは闇の奔流がある。

 それは《万象絶解》発動の現れ。

 

 闇の斬撃は容赦なく黒い【暮桜】を、そして操縦者をも斬り裂いた。

 

「……え」

 

 あわや殺人か、とも思ったが、斬り裂かれた偽千冬の体から出たのは赤い血や臓物ではなく、黒く濁った粘性の液体と大小無数の機械部品。

 

「アンドロイド……?」

「みたいね」

 

 呆気に取られる私の隣で、姉は特に驚いた風もなく同意した。カメラに映る候補生達も驚いているが斬った本人である和人は動揺した様子がない。

 多分だが、この二人はアレがアンドロイドだと分かっていたのだ。

 

「お姉ちゃん、アレがアンドロイドだって知ってたの?」

「和人君は気付いてたかもね。私は知らなかったけど、でもガーディアンの例があるから予想はしてた。元々ガーディアンもヴァサゴが操ってたっていう無人機から着想を得たものだったし」

「なるほど……」

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 あちらが真似したのではなく、むしろこちらが真似をしたに等しい訳だから亡国機業でも出来ない方がおかしい。

 随分精巧な見た目をしていたが、それも【森羅の守護者】と同じ原理だろう。人型の機械体を用意し、最低限の触り心地を再現すれば、残る見た目の問題もAR技術を流用してしまえば済んでしまう。

 アレが無人機だとすれば人格データの方はどうなのかと思うが、そこはVTシステムの件がある。【暮桜】のコアがコア・ネットワークに繋がった時に織斑千冬のデータを収集し、人格プログラムの糧となっていたと考えれば、織斑千冬を精巧に真似たAIが出来たとしてもおかしくない。戦闘データと一緒に収集されていたとすればありえない話でもないのだ。

 そういう存在が一人、既にいるのだから。

 

「――――」

 

 一瞬、違和感が脳裏を掠めたが、ハッキリとした形にならなかったので一旦横に置き、他のカメラを見ていく。

 

『楯無、簪、聞こえるか』

 

 そこで通信が入る。私が専用機を受領した時に交わした個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を使った連絡だった。和人の言葉から察するに、どうやら姉妹同時に回線を繋いだらしい。

 

『ええ、聞こえるわ』

『バッチリだよ』

 

 肉声でなく、思考によって発せられた電気信号から音声を構成、出力し、会話していく。原理そのものは仮想世界で会話する事、つまりアミュスフィアと同じだ。

 

『ブリュンヒルデ・コピーは無力化した。二人とも、今どこにいる』

『ビル一階の監視室でカメラ映像を確認してるわ』

『三階廊下の映像はあるか?』

『え? え、ええ、一応あるけど……』

 

 いきなり何だろう、と姉と顔を見合わせる。ただ彼の事だ、その質問に意味がないとは全く思っていない。

 

『コピーの電波から位置を逆探知した、コレを遠隔操作してたヤツはこのビルの3階にいるようだ』

 

 その言葉の後、【打鉄弐式】にデータファイルが一つ飛んできた。姉にも送られたらしく、ほぼ同時にファイルを開けば、このビルの立体的な地図が表示される。

 その中で赤い輝点が一つ、三階で明滅を繰り返していた。

 これが逆探知で判明した座標らしい。

 

『位置的に倉庫ね。確かA4用紙とか事務仕事に必要な物品保管庫だった筈で、重要なものは無かったような……』

『そこのカメラ映像はあるか』

『……近くの非常階段口のトコしか映らない。倉庫入り口はギリギリ足元が見えるくらいだよ』

『なら、3階の他のカメラは?』

『エレベーター前の広場だけね』

 

 端的に返答していくと、そうか、と短い応答。

 そこで、館内放送が掛かる。声の主は篠ノ之博士だ。候補生達は警戒を維持し、ビル内の安全確認と不審人物の捜索指示が出される。

 

『丁度いい。楯無、簪、二人はそのままそこで3階から誰か移動しないかを見張ってくれ。その間に俺が3階に向かう』

『え……でも、危険じゃ……』

『誰が行っても同じ――――ん、クロエ?』

 

 アニメでもよくある『危険では』『だけど』という押し問答が始まろうとした時、和人の意識が外れるのを感じる。どうやらクロエから通信が入ったようだ。

 

 ――そういえば彼女、彼の護衛なのに今どこに……?

 

 ふと、名前を聞いて浮かんだ疑問。さっきの偽千冬戦闘時もカメラに映っていなかったが、どういう事だろうか。

 

『……あー、二人とも、さっきの話はスルーでいい。クロエが捕まえた』

「「えっ」」

 

 気を張りなおしたところで思わぬ方向に事態が転がり、私達は驚きを肉声に出してしまった。

 ――後にクロエから聞いた話だが。

 偽千冬の報を楯無から知らされた時、彼女は和人と、その時一緒にいた凰鈴音と共に現場に急行。相手の機体を解析する過程で、相手が機械体(アバター)であると気付いた和人がクロエに通信で知らせた後、現場にラウラが居た事で護衛兼監視任務に支障はないと判断した彼女は別行動を取ったのだという。【森羅の守護者】と同じ原理ならコピー体を操作する本体が存在する筈で、そちらを叩く必要があると。

 そしてクロエは【黒騎士】の他に強力な迷彩効果を発揮するISも所有しており、それを使ってコピー体の電波から逆探知した座標へ急行。遠隔から指示を出していた主犯を一撃でダウンさせ、捕縛したのだという。カメラに映っていなかったのは迷彩によるものらしい。

 それらを一通り聞いた和人は、せめて一言言ってから動いてほしかった、と愚痴を零した。

 

「束さんとしては和君の影響を多大に受けた結果だと思うんだよねぇ……」

 

 義理の娘の行動を聞いた母代わりのその言葉に、彼は押し黙るばかりだった。

 

 






 キャラが優秀だと幕引きも呆気ないんですよねぇ……()


・更識楯無
 日本代表候補筆頭
 人間関係ポンコツだったりシスコンだったりするが、締める時は締める人。今回はエーギルのサポートが光って非常に優秀
 状況に応じて最適な行動を取り、サクラメントでの遅れを取り戻した


・更識簪
 主人公(ヒーロー)大好き人間
 色々と良くしてくれる和人の人柄に惹かれ、戦う理由諸々を知って恐れを無くし、好感だけ増して好意を抱いたスタンダードなタイプ
 なんだかんだ原作と同じ堕ち方をしている辺り、やはり姉妹である


・桐ヶ谷和人
 本日のMVP
 鈴と昔話に興じていたところから駆け付けた
 自身の指揮系統を楯無が握っている体で動いているが、信頼関係を築いているため楯無に指示できたりする


・クロエ・クロニクル
 和人に影響受けまくりな少女
 良くも悪くも和人を真似している


・偽千冬
 アンドロイド
 無人機のガワを千冬に似せただけ。ただしVTシステムのデータを流用されているようで、技量は本人と同レベル。つまり並みの候補生では死人が出ていた
 一度逃走したのは楯無の機体とは相性最悪のため
 仮に簪一人で出会っていたら戦闘になっていた


 では、次話にてお会いしましょう

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