インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 《亡国事変》からリアル側はどうなっていたのか、というお話

視点:鳳鈴音

字数:約八千

 ではどうぞ




幕間之物語:中華編 ~候補生ノ今~

 

 

日本標準時《2025年8月2日(土) AM6:30》

国際IS委員会本部ビル

《BIA》:『SOU』区画

 

 

「んーっ、よく寝たー!」

 

 朝方、パチリと目が覚めたあたしはベッドから起きると、全身をぐっと伸ばした。続けて体操で全身の筋肉を起こしていく。しっかり休めた筋肉が稼働し、どんどん血液が送られていくのを感じた。

 顔を洗い、ささっと寝巻から着替えた後、眠気覚ましに生まれ故郷特産のお茶を淹れつつ、朝のメールチェック、およびニュースチェックを行う。

 

「……うん、特に変わりなしっと」

 

 煩わしいルーチンを手早く終えたあたしは、まだ熱々のお茶を一気に飲み干した。空になった湯呑は部屋に備え付けのミニキッチン横のシンクに置く。

 手鏡で最低限の身だしなみをチェックしながら、今日の予定も確認していく。

 とは言え、確認が必要になるほど日々が多忙な訳ではない。

 生まれ故郷・中国に居た頃はそれなりに多忙だった。休日は訓練漬け、平日は学業との両立を高い水準で保たなければならず、それなりに苦労していたのだ。時間の節約と効率的な使い方は必須であり、そのために綿密なスケジューリングを常に心掛けていた。今はと言えば、依然として学業との両立は忙しいのだが、通信教育制度を一時的に利用し始めた事で移動時間の節約が実現した事でかなり余裕が出来た。なにしろ訓練施設までに要した片道一時間が無くなったのだから。

 しかも、現在自分がいるのは日本である。

 福利厚生が行き届いており、食事も美味く、また出会う人間は基本的に慎み深い。公共交通機関を駆使すれば多少の遠出も身一つで行けるのも未成年としては助かるところ。

 

「今日は午後からフリーか……久々にショッピングにでも行こうかしら」

 

 日本に滞在する事になった原因を考えれば気は抜けない。だがしかし、実質軍人とは言え、まだうら若い乙女であるのもまた事実。

 フリーの時間に予定を組み込みながら、あたしはあてがわれている部屋を後にした。

 

 

 中国代表候補生筆頭《凰鈴音》が日本に滞在しているのには、当然ながら、それなりの理由が存在する。

 

 七月十日に《製薬会社スペクトル》を隠れ蓑とする《亡国機業》首領によって勃発したバイオハザードと、あわや世界滅亡の寸前まで迫ったメテオスォームを纏めて指す《亡国事変》。

 あの日、各国の専用機を持つ各国代表候補生は国際IS委員会会長・篠ノ之束博士の指示の下、アメリカを目指して数時間に渡って空路を渡った。その時点では隕石が現れるなどまったくの想定外で、以降も超広域バリアを展開するための武具を保持するなど予想外の事もあったが、それは現地にいた”少年”の尽力によって解決した。

 元々候補生達が招集されたのも、バイオハザードによって危険地帯と化したサクラメントの現地民の避難・救助活動の要請があったから。黒幕の対応に関しては成り行きだったが、救助活動のためには原因の排除も必要だったから仕方ないだろう。

 

 そうして《亡国事変》にある程度の区切りが付いた後、援軍に赴いた候補生達は母国ではなく、委員会本部がある日本へと向かった。

 

 理由は三つある。

 一つ目は、未だ禍根を断ち切れていないため設立された《バイオテロ迎撃連盟(BIA)》に各国の顔として名を連ねるため。『事が起きた時すぐ駆け付ける』という対外的意思表示だ。

 二つ目は、第三回モンド・グロッソの警備のため。厳密に言えば、当日前後に出場選手の国家代表達と入れ替わりに本国に帰国するから、あたし達の役目は『露払い』や『虫よけ』のようなものだ。妙な輩が会場に近づかないようにする抑止力と言ってもいい。

 不可解な事に、先月のオリンピックは延期を即断したにも関わらずモンド・グロッソは無観客試合ででも開催するつもりで各国はいるという。生身ではないから、バイオハザードが起きたアメリカとは状況が違うからとは言え、延期の話がすぐ取り下げられたという話も妙と言えば妙である。《スペクトル》の調査が全ては終わってないから判断が性急というのが一般的な世論なので、どうにもきな臭い。

 国に従うしか無い以上考えたところで何が変わるわけでもないのだが。

 

 最後の理由は、かの”少年”こと桐ヶ谷和人との関係構築。

 

 単純な話、正真正銘唯一となった男性操縦者、かつ《英雄》と呼ばれる彼に取り入ろうと各国首脳陣が必死になっているのだ。なにしろ味方にすれば間違いなく敵無し。米国からは『戦術核と同等以上の抑止力』とまで言われている。その気になれば隕石で地球を破壊できるのだから、核兵器より直接的な破壊力は上と考えれば妥当な意見と言えよう。

 彼を敵に回せば国が亡ぶ――などと、割と洒落になっていない話まで飛び交ってすらいる。

 各国はその力を向けられたくない反面、それを他国との交渉カードに使いたいと考え、おそらく様々な手法で勧誘を行っているだろう。

 

 その狙いが現実のものになるとあたしは微塵も思っていないのだが。

 

 第一、数年前まで彼は《出来損ない》と貶められていた。そうしていたのは世界であり人である。一般市民はもちろん、モンド・グロッソの観戦に赴いた時――当時、代表候補だった山田真耶との邂逅時――にそれなりの地位の人間からも軽んじられていた筈。そんな事をしてきたところを誰が信じるというのか。

 だからあの少年は基本的に他者を信じない。

 それは《クラウド・ブレイン事変》と呼ばれる時のホロウの存在から理解出来る事だ。どれだけ今が穏やかだろうが、ホロウの存在を受け容れていた以上根っこの部分に大差はない筈である。今だって【森羅の守護者(カウンター・カウンター・ガーディアン)】として駆け付けていた仲間達の存在あってこそ。

 つまりあの少年を日本から引き剥がす事はまず不可能に近い。

 せいぜい友好を示す為に来訪するまでがいいところだろう。

 

「――それを分かった上でやらないといけないんだから難儀なモノよねぇ」

 

 廊下を進みながら、はーやれやれ、と頭を振る。

 各国の上もただ莫迦ばかりではない。候補生達がこちらに残っているのも同じ建物の中で生活している少年と繋がりを持つ事を期待しているからだ。その繋がりから自国との友好的な関係を築こうと、どこも躍起になっている。

 個人的には《BIA》としての活動と彼と関係を構築する事のどちらに主軸を置いているのかと思わないでもないが……

 

「あら、そこを行くのは鳳さんではありませんか」

「んあ?」

 

 廊下を歩いていると、別の通路から合流して来た人物が声を掛けて来た。

 金髪をクルクルに巻いた碧眼の少女だ。まるで漫画から出て来たかのようなテンプレの高飛車お嬢さま感がある彼女は、英国の代表候補生である。

 

「えーっと……あんた、確かオルコット、だっけ?」

「ええ、イギリス代表候補筆頭、セシリア・オルコットですわ。覚えていて下さいましたのね」

「あー、まぁね……」

 

 中国で訓練を始めてから半年が経っていない今、専用機の武装や特徴、開発経緯を覚えるのを優先していたせいで正直他国の代表候補生の顔と名前は一致し辛い状況にあるあたしだが、この人物を覚えるのはそう苦労しなかった。直に会って分かったが、個性が強すぎるせいである。

 無論、サクラメントで実戦で肩を並べた事で、記憶に強く刻んだからでもある。

 

「こちらに滞在し始めて三週間は経ちますが、こうして面と向かって話す機会はありませんでしたわね」

「そーね。ま、あたし達の間で共通の話題が無い訳だし、それも当然でしょ」

 

 立場は同じなれど、国が非常に遠い上に国交関係も決して良好とは言い難い。滅多な事を口にする訳にもいかないため率先して会話しに行く気にはどうしてもなれなかった。

 それはあちらもそうだったようで、そうですわね、と腕を組みながら頷いている。

 

「……あ、そうですわ」

「なによ?」

「鳳さん、今から朝食を摂られるのでしょう? こうして会ったのも何かの縁ですしご一緒させて頂けませんか?」

「席が空いてたらね」

 

 その場では返事をせず、食堂に向けて歩みを再開する。後を追うようにオルコットも歩きはじめた。

 

「そういえば、一つ気になった事があるのですが」

「今度はなに?」

「鳳さんって、随分日本語がお上手ですのね。習得にどれくらい費やしましたの?」

 

 左隣まで来た英国淑女に、いきなりなんだ、と怪訝な視線を向ける。

 

「そうね……半年くらいよ」

 

 日本で生活すると知ってから我流で学び、こちらに来てからあの少年や悪友達に教わった。その期間が半年。

 少し経歴を洗えば、あたしが四年前から数ヵ月前まで日本で生活していた事はすぐ判明する。隠し通すよう指示も受けていないが、敢えて言う事でもないと、元々こちらで生活していた事は言わなかった。

 

「まぁ! 半年でそこまで流暢に話せるんですの?!」

「流暢って、あんたも使いこなしてるじゃない」

(わたくし)の場合は家庭教師や指導官方による教授があってで、それでも一年以上は掛かりましたの。ですが鳳さんは四ヵ月前から候補生訓練を受け始めたのでしょう? なのに既にそこまで……なにかコツでもあるんですの?」

 

 一瞬、訓練開始時期まで知られていてヒヤリとしたが、彼女は驚きの方が勝っているのか、あるいは訓練申し出を出した時が二月からだと思っているのか、あたしが日本で生活していた事に気付いた節は無い。

 内心の動揺をおくびにも出さず、あたしは答えを返した。

 

「特にないわよ、コツなんて」

「そんなはずありませんわ!」

 

 語調も荒く迫って来る英国候補生を、近寄んなと肩を押して距離を保つ。

 迫られたところでコツなんて本当に無いのだから答えようがない。

 強いて言えば、日常生活で必須だったからこそそれだけの短期間で習得出来たのだろう。必要に迫られれば大抵の事は出来るようになるものだ。しかしそれが彼女の求めるコツかと言えば、まず違う。

 あとオルコット嬢の場合は妙な貴族子女口調を習得しようとしたせいでもあると思う。

 いったい彼女に日本語を教えたのは誰なのか。英国子女のイメージに合致しているから、多分誰も指摘しないのだろうが。

 

「その話、僕も興味があるなぁ」

 

 そこで、背後から声を掛けられる。

 振り向けば金髪を後ろで結わえた紫眼の少女がいつの間にか立っていて、柔和に笑っていた。

 

「あんたは……」

「デュノアさん、いつの間に……」

「おはよう、鳳さんにオルコットさん。僕は丁度いま来たばかりだよ。興味深い話をしてたから声を掛けたんだ」

 

 シャルロット・デュノア。

 彼女はフランス代表候補生にして、世界で第三位のシェアを誇る第二世代型汎用機【ラファール・リヴァイブ】を開発したデュノア社の社長の娘である。

 彼女の専用機もその機体をフルカスタムしたもの。出力そのものは第三世代型のテスト機体に劣るのだが、あの《亡国事変》では建材を破壊して避難ルートの確保、銃火器をとっかえひっかえしてタイラントやハンター種の殲滅などをやってのけるなど、様々な方面で成果を上げたのは彼女の器用さあってこそ。

 流石のあたしもこの人物の顔と名前はすぐに覚えたものである。

 彼女も加え、あたし達は三人で食堂へ向かう事にした。あたしを挟んで左にオルコット、右にデュノアの並びである。

 

「興味深いって、あんたも相当日本語にこなれてるじゃない」

「日本語を使わないといけないってなってからは、日記を書くのも日本語を使ってたからね。指令は日本語で来るし」

「そうですわね。(わたくし)、流石に最初の頃は挫けそうになってしまいました。特に日本はひらがな、かたかなに漢字など文字の種類が多くて……今も話すのならともかく、読み書きになると、ちょっと……」

 

 ほぅ、と頬に手を当てて溜息を吐く英国子女。脳裏にはかつての苦労がリフレインしている事だろう。

 

「あはは、分かるなぁ、それ。でもそうなると、元々漢字を使ってた国出身だからこそ鳳さんが日本語を習得するのも速かったのかもね」

「と言っても中国と日本とじゃ意味はともかく発音が違うけどね。ひらがななんかは日本特有の文字だし」

 

 字義は殆どそのままだが発音ばかりはどうにもならない。そして読み書きは勿論、会話は発音に依存している。そこがネックだから古来より中国人の日本語はカタコトで表現されるのだ。

 

「もう、いいでしょ。コツなんて無いわ。練習あるのみよ」

 

 このまま話しているとイヤな事まで思い出してしまいそうになるので、あたしは無理矢理話を切り上げた。

 

 

 国際IS委員会本部のビルの前身は、上流階級御用達のリゾートホテルだったという。すぐ横には広大な遊園地が広がり、反対側には屋内プールや競技のためのコートを階層別で詰め込んだ体育館などがあった。各施設は三角を描く形で通路で結ばれており、中央にはちょっとした庭園が存在する。

 しかしISの発明と女尊男卑風潮の蔓延により、それらは一変した。

 リゾートホテルは委員会本部にされた。遊園地と体育館は来場者数減少を理由に土地ごと買い取られ、IS試合用アリーナに纏めて替えられた。つまり現在は三角形から台形へと敷地の形を変えている。

 これも当時女尊男卑思想だった前会長達の指示でされたというのだから思うところも無くはないが、その辺は“上”がどう考えるかである。

 それこそ、この施設を利用するあたし達が知った事ではないというのが実情だった。

 元リゾートホテルを転用しているからか、食堂は複数存在している。その中で本部に滞在している者が基本的に利用するのはビル一階の大食堂だった。

 元はバイキング形式だったというが、現在は管理体制がIS委員会に移行しているからかそのシステムはIS学園のそれとほぼ同じらしい。入り口で食券を購入し、それを食堂のおばちゃん達に渡して料理を貰うという、いわゆる『学食システム』だ。

 バイキングだと作る手間も廃棄処分になる料理も少なくないからだろう。

 そんな事を考えながら、券売機の列に並ぶ。密かに麺類料理の制覇を目論んでいるあたしは、『野菜大盛りちゃんぽん』のボタンを押した。

 カウンターで職員に食券を渡し、代わりにちゃんぽんを受け取る。

 

「……あによ」

 

 そこで二人から微妙な視線を向けられている事に気付き、むっとしながら言葉を発する。

 

「いえ、その……朝からそんなものを食べて、胃もたれしませんの?」

「ウチは元々中華料理屋だからラーメンなんて食べ慣れてるわよ。てかあんたらこそ、それで体が持つの?」

 

 後ろに並んでいるオルコットは『ハム卵サンドイッチ』と『ポタージュスープ』、デュノアは『フルーツサンドイッチ』と『ミニサラダ』をお盆に載せている。どちらも量そのものは控えめで、消化にもいい。

 しかしあたしが同じ物を食べてもまだ空腹に違いない。

 

「ほ、ほほほ……(わたくし)にはこれくらいが適量でして……」

「うん、僕もなんだ」

「……ふぅん。ま、あんた達が何を食べようとあたしの知った事じゃないけどね」

 

 微妙に歯切れの悪い所を見るに、恐らくダイエットなのだろうと当たりを付ける。

 だがこの二人、そんな必要はないと思えるほどスタイルが良い。一部は妬ましいほどの成長を見せている。その体系を維持するためと考えれば、まあダイエットをするのも納得はいく。

 それから適当な席に座って食事を済ませる。話しながらとは言え、軍人扱いを受けるIS操縦者の食事速度はかなり早く、十分ほどで終わってしまった。

 ちなみにあたしはラーメンのスープも呑み干すタイプだが、ここではそれをしないようにしている。

 

「それではお二人とも、またお会いしましょう」

「うん、またねオルコットさん。鳳さんもまた一緒に食べよう?」

「機会があったらね」

 

 食堂を出たところで二人と別れる。デュノアは日用品の買い出し、オルコットは自室で課題の消化に時間を費やすらしい。

 あたしは午前中を訓練に費やすと決めていたので、アリーナの方に足を向ける。

 三者三様に別れ、その場を後にした。

 

 

 特設アリーナに着いたあたしは、まず格納庫のハンガーに【甲龍】を展開し、固定する。何本ものケーブルを繋いだ後、その先の端末の前に座った。

 端末の画面にはズラリと【甲龍】の各種パラメータが表示されている。シールドバリアに使うSEの他にスラスター、バーニアなどの推進剤代わりのエネルギー、兵装に用いるエネルギーなどから始まり、種々様々なデータが表示されていた。

 【甲龍】の製作コンセプトは『燃費』に据えられている。

 兵装で用いるエネルギー、被弾時のSE消費はもちろん、あらゆる機動で用いるエネルギー効率をこそ中国は力を入れていた。この機体の第三世代兵装【龍咆】が大気を圧縮して砲弾にするのも、昨今主流となっているレーザー兵装などよりは燃費が良いからに他ならない。

 とは言え――

 レーザー兵装に比べて大気状態に大きく左右されるため、兵装としての安定性はあまり良くないのは難点だ。安定させるためにより稼働させるとなると本末転倒にもなる。

 その辺の調整を丸投げされているから面倒くさい。

 

「たっく、こーゆーのは専門の技師がするもんでしょうに。こちとらISに触れ始めて四ヵ月の素人よ……」

 

 ブツブツと文句を言いつつセットアップを進めていく。

 素人、とは言うが他の候補生に較べれば操縦時間などは圧倒している。あたしが言っているのは専門的な知識、技術方面だ。流石にそればかりは機体を製作するチームの所属員に大きく劣る。

 とは言え急場を凌ぐ時に技師がいつも居るとも限らない。こういうのも経験だ、とは上司の談。

 言いたい事は分かる反面、面倒くさいと思うのは人情だった。

 

「――む、お前は……」

「んあ?」

 

 今度は誰だ、と後ろに視線を向ける。

 そこには左目に眼帯を巻いた銀髪赤眼の少女が一人。

 

「あんたは確か……」

「ん、ラウラ・クロニクルだ。クロエ・クロニクルの妹にあたる」

「そうそう、そうだったわ。あたしは鳳鈴音よ、よろしく」

「ああ、よろしく頼む」

 

 《BIA》の中でもやや特殊な立ち位置の人間、ラウラ・クロニクル。

 彼女は特別顧問・桐ヶ谷和人の護衛兼監視役だったクロエ・クロニクルの代役を勤め、《BIA》設立後もクロエと共に継続している人間だ。だから彼女は和人と同じ枠組で動く存在になる。

 専用機は【シュヴァルツェア・リッター】。直訳すれば、黒騎士だ。

 

「それにしても早いな。朝食を済ませてすぐここに来たのか」

「それを言うならあんたもでしょ? ていうか、護衛はいいの?」

「今は我が姉が受け持っているのでな」

「そ」

 

 短く返し、あたしは端末に向き直った。

 これ以上会話をするつもりは無いという意思表示。単純な話、集中しないと機体の調整は難しいのである。

 

「うーん……スラスターに回し過ぎると、逆に制動時の消費が大きくなるしなぁ……かと言って遅いと被弾するし……」

 

 スラスターなどは大気中のエネルギーを再度取り込む機構があるため、本当に最低限の消費で構わない。しかしあまりに少な過ぎると加速や最大速度が遅くなる。

 専用機持ちは『アリーナでの試合用』、『高速機動レース(キャノン・ボール・ファスト)用』、『《BIA》活動用』の最低三種類は機体調整セットを構築していなければならない。前者二つは本国である程度済んでいるが、三つ目のガチ戦闘用の調整が未だ完成していなかった。

 

「鳳鈴音、さっきから何に悩んでいるのだ」

 

 うんうん唸りながらポチポチと調整していると、隣からラウラが問うてきた。

 隣で同じように専用機【シュヴァルツェア・リッター】をハンガーに掛け、端末と繋いで調整していたが、悩んでいるのを見て気になったらしい。

 

「戦闘時の燃費をどうするかってね。試合の時と違って、どれくらい動き回らないといけないか分からないじゃない?」

「ああ……なるほどな」

 

 元ドイツ軍人であったためか、言わんとする事を察したラウラが納得顔で頷いた。

 

「私もレーゲンを使っていた時は同じ悩みを持ったものだ」

「あら。差し支えなければ助言頂けるかしら」

「いや……悪いが、それは出来そうにない」

 

 そう返され、まあ当然か、とあたしは肩を竦めた。

 局所的に見れば個人間の付き合いになるが、下手すれば外交問題に発展しかねないのが専用機持ち、ひいては代表候補生や代表生という立場だ。特に和人の周囲がピリピリしている今、個人的且つそういう含みがなくとも下手に交流を持つのは拙い。

 

「む……念のため言っておくが、今のは私個人の問題に起因するものだぞ」

「え?」

 

 どういう事だ、と再度視線を向ける。

 

「私が昔いたドイツの《黒ウサギ部隊》は軍事作戦を主とした組織でな、主に国防に力を入れていたんだ。だから常に戦闘仕様だった。訓練仕様との差が分からない私では、上手く助言も出来ないだろう……という意味だ」

「ああ、そういう……」

 

 その説明で納得する。

 同じ機体を使っていたならまだしも、ドイツのレーゲン(タイプ)と中国の(ロン)型とではコンセプトも性能も大きく違う。それでは助言が上手く働くとは言い難い。

 参考書などで取り上げられているのも試合用ばかり。

 

「ままならないわねぇ……」

 

 はぁ、と息を吐きながら、一先ず納得がいくまで調整を続けていった。

 

 






・候補生達の今
 候補生、というよりは《亡国事変》で援軍として向かった者達
 《BIA》設立の立会人、各国の代表代理(バイオハザードを警戒した首相達の名代)として滞在している。要は国交で言う『駐日大使』
 また8月に開催予定の第三回モンド・グロッソで変な奴が来ないための抑止力


・鳳鈴音
 中国代表候補
 2025年4月に中国へ戻り、そこから訓練開始。そして7月頭(《亡国事変》時)には専用機を掴み取っていた。まだ粗磨きではあるが、他の候補生達を圧倒して専用機を貸与されているのでその腕は確か
 《亡国事変》時のクリーチャー排除に参戦済み
 原作よりクレバーな気質


・セシリア・オルコット
 英国代表候補
 漫画から出て来たような高飛車お嬢さま口調の英国淑女。鈴からは『オルコット』『オルコット嬢』などと呼ばれている。また自身も相手を鈴の事はフルネームで呼んでいる
 大抵はフルネームか苗字にさん付け


・シャルロット・デュノア
 仏国代表候補
 男装経験なしで僕ッ娘な少女。第二世代機をフルカスタムして使っており、世代差をものともしない器用さを鈴に恐れられている
 本人は至って柔和な気質だが……


・ラウラ・クロニクル
 和人の護衛兼監視役その2
 既にISへの偏見、織斑への執着などが無いため、基本的に物腰は柔らかい。しかし性格故かやや威圧的な口調は中々直っていない
 内心で朝早くから機体調整に精を出す鈴の事を高く買っている



 ――あれれー? おかしいぞぉー?
 どうして日本人が一人もいないのかなぁー?



 では、次話にてお会いしましょう


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