インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは。
視点:クロエ
字数:約五千
ではどうぞ。
マップ上で指定された位置に付いてからおよそ三十分余りが経過した。
あのメテオ出現の暴風とあらゆる建造物が吸い上げられたためか、周囲はほぼ更地になっていて、荒涼とした大地へと変貌していた。数時間前の光景とは打って変わって見るも無残な状態だ。
更にクリーチャーは一体も存在していない。
二次感染により”奴ら”と化した人々や獰猛な犬などがいないのは、おそらくあの風に攫われたからだろう。
海や感染が起きていない市街地に落下してアメリカ全土にウィルスが広がらないか心配ではあったが、私にはどうしようもない。ここを動いてしまえば上空に展開されている不可視のバリアが消失してメテオが落下し、世界が滅んでしまう。
だから私に出来る事は限られていた。
交代の者が来るまでネット配信されている和人の戦闘中継映像を見て戦況、相手の戦力の把握に務める事と、更にカメラで中継を続ける二人の相手だ。
メテオが作られてからの暴風でホテルが崩壊する中で命からがら脱出する時でさえカメラマンは肩に担ぐほどのカメラを手放さなかった。どうやらIS技術を用いて製造された性能、頑丈さどれを取ってもピカ一のカメラで、それを失った場合の損害賠償について恐怖しているらしい。
こんな緊急事態でも心配しなければならないほど借金とは恐ろしいものらしい。
見たくない社会の闇を見た気がした。
――閑話休題。
ある程度質問に答えればアナウンサーが勝手に喋り、スマホの動画を見始めるので、その間に自分もISを介して戦闘中継に意識を向ける。
戦闘開始から三十分は和人一人の状態でかなりハラハラさせる場面が多かったが、セフィロトの斬撃自体は全て防いでいる。その変わりのように建物に直撃するなど割と看過し切れないダメージの負い方をしているが。
「……良くて罅ですね、これ……」
小さく所感を漏らす。
良くて罅。一応医学上、骨に罅が入るのも『骨折』の判定内ではある。しかし罅では留まらないのは戦闘の様子を見れば明らかだ。脊椎圧迫骨折や脳挫傷を起こしてもおかしくない衝突ぶりには毎回血の気が引く思いだ。
それに反し、コメントを打っていく者達の気楽さには苛立ちが募る。
――それが意味のない事だとは分かっている。
IS操縦者でもない限りこの戦いには割って入れない。力が無ければ見ている事しか出来ない事を、私はよく知っている。視聴者のほぼ全てがこの戦いには入れない。
アメリカはそもそもそれどころではない。
かと言って太平洋、大西洋を超えた国々では来るのに時間が掛かる。
彼の義姉が到着したのも、おそらくアメリカの北に位置するカナダなど、かなり近い位置にある国の代表候補生が来たからだ。私やラウラ、楯無など生身の三人と交代する人が来るのは――十七の国が増援を送るとすれば――あと一時間は要すると見ていい。
流石にそれまでには決着がついているだろう。
――そうでないと、彼の体の方が保ちそうにない。
【無銘】により無毒化されているとは言え、確かに彼の体にはウィルスが存在しているのだろう。短期間での治癒や筋力アップなどはその発露と見ていい。ISを使えない今も瓦礫を飛び回りながら戦えているのは素地として遺伝子・細胞の変異があったからに違いない。
それでも、超えてはならないラインというのはどうしても存在する。
それを伝えるのが痛覚や息切れだったりのバイタル変動。義姉が到着した時点で既に体力が限界にあった彼は、しかし奮起一つでそれを乗り越えた。医学的に言えば、ノルアドレナリンなどが大量分泌され、一時的に痛覚や疲労を忘れた興奮状態に入った訳だ。
私が観た限り、既に二度それを起こしている。
一度目は、自身を顕す詠を唱えた時。
二度目は、義姉と肩を並べた時。
精神が肉体を凌駕したその状態は、決して喜べるものではない。寿命を削っていくようなものだ。
『はっ……はっ……!』
現に、義姉との共闘からものの数分で動きが鈍った。
いや、更に数分も全力で動いたと言うのが正しいか。
『苦しいか、キリト。ならばいま楽にしてやろう』
薄く微笑んだセフィロトが悪魔のように囁き、長刀を振るう。一度、二度、そして三度と繰り返される振り上げ。その度に白い三日月が飛んでいく。
そこに、翠が割り込んだ。
三つの斬撃を全て翡翠色の刀で相殺する。
その瞬間、セフィロトが肉薄した。
『邪魔だ』
『ぐっ……!』
バキッ、と鈍い音が響く。
妖精の腹に拳が入った音だ。彼女は衝撃に逆らえず、後方に仰け反った。
セフィロトがその横を通り過ぎる。
『――逃げなさい!!!』
振り向いた妖精が、叫びを上げる。
急速にセフィロトが迫る。膝をついて休んでいた和人が立ち上がり、長刀を構えた。立ち向かうつもりだ。
迫る男の笑みが深くなる。長刀が大きく振りかぶられた。
――縦一線に光が閃く。
ガァンッ! と甲高い音と共に長大な刀身が遠ざかる。刀で防御して吹っ飛ばされたようだ。結果的に距離は開く。
数秒宙を飛んだあと、廃墟ビルの屋上に落下する。そのまま屋上に突き刺さった巨大な鉄骨に背中を打ち付けた。
『がッ……』
呻きを漏らした少年がズルズルと座り込む。
錆び付いた鉄骨には真新しい赤が塗りたくられていた。
『和人、無事?!』
『ァ……う、あが……!』
すぐさま飛んできた妖精の声に、彼は呻きしか返さない。
それもその筈だ。白髪は血の色に染まり、ダラダラと顔を伝っていっている。頭部を強く揺らされた事で脳震盪を起こしている。あの勢いだ、脳挫傷すら起きていてもおかしくない。
だが――彼の意識は、未だ保たれている。
呻きを上げながらも彼の眼は死んでいない。闘志を宿した光が、天に浮く男を見据えていた。
『どうした、キリト。再生しないのか』
闘志の籠った視線を涼風であるかのように受け流す男が同じ大地に降り立った後、そう言った。
それが何を指しているのかはすぐに分かった。この場合の再生は【無銘】によるものを指しているのではない。
『お前の体内にも【
『……なんですって?』
セフィロトの言葉に、リーファが反応を示した。
愕然と目を見張った妖精の視線が少年に向けられる。
『和人、本当なの?』
『……確証はない』
『否定はしないのね……』
『……』
彼女の問いに、和人はとうとう答えなくなった。沈黙は肯定も同然だった。どちらの面持ちも沈痛なものになった。
そこに、男がまた言葉を投げる。
『疑う余地はない。キリトの体は既にウィルスに冒され切っている。それを強靭な意思で中途半端に止め、人間体と異形体とで分けているに過ぎない。癌と同じだ。末期まで進行すればどれだけ投薬を続け、治療に専念しようが根本的な解決は不可能。薬だった【無銘】を使えない今、創世記ウィルスは徐々に活性化している』
男が、そして、と言葉を続ける。
『既にその兆候は表れている』
そう言って、男が右手の指で指し示す。その先には和人の手があった。
煤と埃、乾いた血で汚れた手が、肌色から白色へと変わっていた。義姉が息を呑む音も聞こえた。
異形体への変化がとうとう訪れた。
「和人……っ」
ぎり、と歯噛みする。
胸中には、筆舌に尽くしがたい感情が渦巻いていた。
『和人……? うそ、でしょ。いやよ、待って……!』
それは、間近で見ている人物の方が大きいようだった。
彼女が慌てふためいている姿を見た覚えはない。それくらい冷静――同時にどこか冷淡――で、泰然とした人物だった義姉・桐ヶ谷直葉が、狼狽えていた。敵を前にしていながら、意識のすべてを少年に向けている。
当の少年は頭部や背中からジュクジュクと音を立てつつ、徐々に肌の色を異形の白へと変えていっている。
俯いていて、前髪で隠れてもいるせいで表情はわからない。
――少年が、幽鬼の如く立ち上がった。
無言で、ただならぬ雰囲気を感じさせる。今から何をしようというのか多分誰にも分からない。けれど、なにか良くない事が起きようとしているのは感じ取っていた。
セフィロトは様子を見守っている。彼がどうするか、その選択に興味があるらしい。とても余裕な態度だ。
『――
『……なに』
嫌な予感をヒシヒシと感じる中、リーファが問い返した。敢えて本名で呼ばれた事が和人の真剣みを助長している。
一言一句聞き逃すまいと、傍観者の一人の私は意識を集中させた。
「……ん?」
そして、彼の口から出た言葉に、思わず首を傾げてしまう事になった。
てっきり『化け物になったらトドメを』とか、そういう事を口にすると思っていただけに疑問が浮かんだ。なぜそんな当たり前のことをわざわざ頼むのかという怪訝な気持ちもある。
『……何をするつもり?』
『ウィルスが活発化している今、このままだとセフィロトみたいな状態か、本当に暴走状態になってしまいかねない。でも……それを止める手段が一つだけある』
言いながら、和人は首元に手をやった。
チャラ、と貴金属の微かな音の後に手の上に現れたのは、一つのネックレス。涙の雫を模したトップを付けた細いチェーンネックレスだった。
『それは【黒椿】の……――――まさか』
また愕然と目を見張った妖精に、少年が笑みを浮かべる。
『前門のセフィロト化、後門の暴走。どうせ化け物になるしかないのなら、俺は、
強気で不敵なそれに、ほんの少しの怯えと不安がない交ぜになっている。それでもやる気なのは目を見ればわかる。
なんて事を、と止めたい気持ちに駆られた。
――同時に、そうするだろうな、と納得もした。
取れる手段があるのなら、彼はあらゆる手を講じるタイプだ。そうしなければならないなら躊躇わない。より人を辞める事になろうと、目的のためならなんでもする狂気を彼は孕んでいる。
――彼は、二つ目のコアをその身に宿すつもりだ。
コアを一つ宿す事すら成功例は二例だけ。二つに挑めた人間は存在しない。
現行の機体で言うならデュアルコア。
それが実現した前例はない。構想段階ではあると聞いた事はある、だがどの国も――主である博士すらも、成し遂げたことはない。
二つのコアから流れるエネルギーに耐えられる機体が出来ていない。
二つのコアの命令系統を調整するプログラムが上手く組めない。
まるで二つの頭部を持つ一人の人間のような状態を人為的に作り出すような事は、あまりにも困難を極め、構想段階で天災も匙を投げたものなのだ。
ISについて学ぶ間に彼もそれを知っている筈。
それを人体で、なんの準備もなしにしようという。
『和人……』
『もう、これしか無いんだ』
『……ッ』
痛ましげに見る妖精に、彼は懇願した。
――俺は、”人”で在りたい。
彼の想いがヒシヒシと伝わってきた。
『――分かった』
僅かな躊躇いの後、決然とした面持ちで妖精が頷いた。
彼女は和人とセフィロトの間に割って入り、両刃剣を構える。
『あなたを守り通すわ。だから、生きる覚悟を捨てないで』
『……ああ』
ゆっくりと、噛み締めるように少年が頷いた。
妖精が肩を揺らす。歓喜の震えだ。
『美しい姉弟愛だ』
そこで、セフィロトが声を発した。
ゆっくりと浮き上がり始める。右手を天に翳し、巨大な岩塊を作り始めた。
『それを失えばどんな声で泣くのだろうな、キリト』
『和人は泣かせない。あたしが守るわ』
強い啖呵に、セフィロトが笑みを零した。それは嘲弄にも似たもの。
『なら、守ってみせろ』
その言葉と共に右手が振り下ろされる。同期して、巨大な岩塊が動き始めた。
リーファはすぐに反転し、和人を抱き抱える。退避を優先したようだ。
――しかし、岩塊は二人を襲わなかった。
一条の閃光が瞬き、岩塊に着弾した途端、爆発して軌道が逸れたからだ。
そう言って現れたのは、弓道の胸鎧に似た青い装甲を纏い、白の長弓を携えた青髪の少女シノンだった。岩塊に放たれたのは彼女が持つ《アニヒニート・レイ》のエネルギーの矢だったらしい。
彼女は二人の傍に降り立った。
『シノン!』
『話は中継で把握してるわ。言いたい事も、聞きたい事も山ほどあるけど――まずは、この場を切り抜けるのが先決。そうでしょ?』
『――頼む』
『ええ、任せなさい』
お互い言いたい事を飲み込み、三人が同じ方を向く。和人は下がり、シノンがその隣に立った。リーファは少し前のところで構えを取る。
『リーファ、SAO以来のタッグだけどいける?』
『シノンさんこそ、誤射しないで下さいよ』
二人が軽口を交わす。
その直後、和人が【黒椿】の移植を強行したのを契機に、二人も行動を始めた。
『クーちゃん、いま良いかな』
「束様?」
ほぼ同時に、天災から通信が入った。
Q:つまり和人はどうするっていうの?
A:アバターをフルで維持しても無毒化は【無銘】もできていたので、【黒椿】も移植してアバター維持&無毒化をしようとしているのです
なお成功率や諸々の弊害は考慮外とする()
後付けで心臓をもう一つ移植するものなので成功するとは思えませんが、”人”として生き、”人”として死にたいと願っているので、和人はこれで死ぬ=獣にならないならむしろ本望と考えています。【無銘】コアが無事で、リーファが両刃剣を持っているのでバリアも維持されますし
――それを察されて釘を刺されたからやや反応が遅かった裏話
身体的に弱ってると心も弱るけど、そこで奮起させられる関係って大切です。それをセフィロトが『美しい姉弟愛』と言った訳ですね
Q:【黒椿】は束製だけど、人体修復や無毒化は可能なの?
A:原子操作が可能なのでどっちもできます
なんなら原作【白式】のコア(=白騎士のコア)を使っているので、デフォルトで身体修復も可能だったりします
移植に成功すると束製コア・ネットワークとネオ・コア・ネットワークの両方からデータを得られるようになります(=獲得経験値2倍)
・桐ヶ谷和人
頭オカシイ主人公。
生身デュアルコアをぶっつけ強行。ある程度はウィルスの活性化を予測していたので表面上落ち着いている。
実はこれを予期して両刃剣をリーファに渡していたという裏話。
・
超絶ブラコン剣狂い。
獣に堕ちれば引導を渡す覚悟はしているが、流石に『復讐鬼になってないのに化け物暴走化』という状態は予想外だったので動揺した。和人に『お願い』されれば諸々を飲み込んで介錯を手伝っていただろう。
――しかし、そうはならなかった。
己がかつて行った粛清は、決して無駄ではなかった。
改めて実感し、歓喜に震えた。
・
広範囲殲滅弓使い。
アリシゼーション編の《太陽神ソルス》と同じ武器を持っているが、これは対IS戦闘の場合、銃器にトラウマを持つシノンのために散弾にもなる機能を持った弓を求めた結果だったりする裏話。
今回はそれが役立って岩塊を爆砕した。
『FF7R』のエアリスの魔法のような扱い。
――かつて、浮遊城では守られるばかりだった。
最も記憶に残るのは連れ去られ、身代わりに少年が落ちたあの記憶。
『力』を求めたその果てに、シノンは今、求めた目的を果たせ始めている。