インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です

視点:千冬、万華、和人

字数:約八千

 今話は初期も初期の頃の伏線を回収していきますゾ!

 ではどうぞ。




Chapter3:怨嗟の魔獣 2

 

 

 二〇二五年七月十日金曜日、十七時十分。

 IS学園地下、秘匿エリア。

 

 

 一通りの授業を終えた私は、教員室でのデスクワークを後回しにして地下秘匿エリアに足を運んでいた。そこでなら余人に聞かれない話が出来るからだ。

 指紋、音声認証諸々を済ませ、開いたゲートを潜った私は、認証の間に取り出していた端末である人物をコールした。数回のコールの後、通話が始まる。

 途端、私は声を張り上げた。

 

「束、アレはどういう事だ?!」

 

 その相手は、今やNGO団体《国際IS委員会》の会長を務める腐れ縁の女だった。

 彼女との付き合いは広く知られているし、コアの生産こそしていないが全国家に対する協力を始めた事で指名手配も下ろされた今、束との通話に気を遣う必要は無い。しかし私がしようとしている話は一般生徒に聞かせられるものではなかった。だから人気のない場所を選んだ。

 

『ちーちゃんが言ってるのは、秋十の事だよね?』

 

 淡々とした口調。

 それは一種の冷静さなのだろうが、今の私には火に油を注ぐようなものだった。

 

「そうだ。国連はおろかIS委員会も秋十の抹消を許可したとは、一体どういう事だッ!」

『どうも何も、ウィルスの感染、移植された【白式】コアの暴走のリスクがあるからだよ。それを抜きにしても秋十は危険なんだ』

 

 バッサリと冷淡に束が言う。コイツが冷淡な態度を取る事は昔は普通だったが、ここ最近では珍しくも思う。それだけ束は秋十の事を嫌っている証拠だ。

 

「だが……私に、なんの連絡もなかったぞ!」

『仮に連絡したとして、ちーちゃん、即決出来た?』

 

 私の激昂に、束は小動ぎもせずそう返して来た。

 ぐっと、言葉に詰まる。

 

『ほらね。ちーちゃん、切り捨てられないでしょ?』

「……だが! それは当然だろう! 家族なんだぞ?! あいつの、あいつらのために働いて来た私が、切り捨てられる訳がないだろう!」

 

 図星だった私は、だからこそ怒鳴り返していた。

 あの二人を守り、育てる事が私の生きて来た意味だった。親が蒸発してから大変だった日々の支えだったのだ。一夏(かずと)が攫われた後は秋十がそうだった。

 弟達が私の生き甲斐()

 なのに私がその生き甲斐を、家族を切り捨てる事など、私には出来ない。

 仮令、秋十が一夏(かずと)を見捨てたのだとしても。

 仮令、秋十が悪行を働いたのだとしても。

 仮令、秋十が『転生者』なのだとしても。

 私が知る『織斑秋十』も、確かに四人姉弟の一人である事に違いはないのだから。

 

『――うん。ちーちゃんは、それでいいんだよ』

 

 葛藤を抱えた怒号に、束は気分を害した風もなく穏やかにそう言った。

 

『ちーちゃんも、流石に秋十が転生者っていう異常者って知って悩んで、結局弟として見続けてる。それでもいいと思うよ。正解なんて無いんだもの。その人をどう見るかなんて人それぞれの主観でしかないんだ、束さんや和君の視方じゃないから間違いだなんて言うつもりは無いよ』

 

 ここ最近、聞く頻度が増えたように思う柔らかい声音で言った束が、でもね、と真剣みを含ませる。

 

『他の人からすれば織斑秋十は所詮『赤の他人』。ちーちゃんと違って、自分の人生に少しのリスクを負う事になってもいいって思える相手じゃないんだよ』

「……例のウィルスとか、か」

『うん』

「どうにかならないのか。一夏(かずと)は無毒化出来ているんだろう」

 

 縋るように、私は聞いた。自分でもとても弱々しく聞こえるそれに、束はすぐには答えを返さなかった。

 

『……正直言うと、分からない』

「わからない? お前がか?」

『ふふ、天災って言われてる束さんにも分からない事はあるんだよ。悔しい事にね』

 

 どこか寂寥を滲ませた自嘲を零した後、あくまで考察段階だけど、と前置きして束は続けた。

 

『和君の無毒化は彼が《負の第二形態》って称してたものが関わってると思う。【無銘】が人間体と異形体のトリガーの役割を果たしている以上、人間体として固定するなら無毒化は必須だから』

「……つまり、それを秋十が出来るかどうかか」

 

 秋十が処理されないためには、和人のように《負の第二形態》へと【白式】コアを覚醒させ、人間体と異形体の変化形態を持たなければならないという事。一夏(かずと)はそれを一人で為したようだから、絶対不可能という訳ではないだろうが……

 

『でもね、難しいと思うよ。ちーちゃんも分かってる筈だけどISコアっていうのは人の意思に強く反応する。和君の場合《負》って付いてるけど、根幹はそうじゃない事は知ってるでしょ?』

「ああ……」

 

 思い返されるのは対廃棄孔、および対ホロウ戦に於ける超克の姿。復讐心を認め、憎悪と絶望よりも未来の幸福を求めた彼には、確かに生きる意志があった。

 いや、そもそもその意志が無ければ、過酷なデスゲームを生き抜く事すら不可能だっただろう。

 つまり問題は、秋十がそれだけ強固な生存欲求を持っているか。更に言うなら未来を求めるだけの具体的な理由があるかどうか。

 ともすれば命を懸けるとしても、その選択を貫き、生き抜く決意があるか。

 それを試されている。

 

「しかし……それは……」

『うん。無理だね。堕落したまま転生して、大人の智慧と能力で子供相手にイキってた奴がそんな強い意志、持てる訳ないよ』

 

 躊躇した私の言葉の先を、束が引き継ぎ、バッサリと言い捨てた。

 私はそれに何も言えない。

 ――秋十に抱いていた想像がただの理想だった事は既に知っている。

 秋十が転生者だとログを見せられた時。束は己と同じ天才かと興味を持った頃の監視映像――勿論無許可――を見せて来て、如何に自堕落、かつ一夏(かずと)を虐げていたかを教えて来た。その過程で一夏(和人)の努力の才能を見出したというが、慰めにもならない。

 勉強も、剣道も、同い年の子たちより遥かに好成績を収めていた。

 その謎が解けたからこそ、束のあんまりな喩えを否定出来なかった。

 自堕落な生活を送り、遂には『実の弟』に殺された前世を持っていた秋十は、大人としての記憶と智慧を以て子供相手に悦に浸っていた。過去の貯金を切り崩して豪遊するかのような有り様だ。

 少なくとも、今世に於いて秋十が積み上げたものを挙げろと言われても、私にも分からない。

 強いて言えば、死なない為に弟を殺めようとする努力くらいだろう。

 

一夏(かずと)……秋十……」

 

 ぎゅっと、携帯端末を握り締める。

 ――秘匿エリアのホログラムに、一つの映像が映されている。

 黒刀を正眼に構える白髪の少年と徐々に四肢を異形化させていく青年の二人が映っている。

 

 それを止める事が出来ない。

 

 止めるだけの力があるのに。

 私はただ、見ているだけしか出来ない。力を縛る立場があの場所に向かわせてくれない。

 

「あァ……あぁぁぁ……!」

 

 頬が、耳が、首が、脳が、全身を巡る血が沸騰しそうなほど熱い。

 

 

 

 けれど、首に掛けた桜のネックレスだけが氷のように冷たいままだった。

 

 

 

      ***

 

 

 同日、同時刻。

 IS学園地下、円華居室用拘置所。

 

 

 IS学園襲撃時に囚われた後、《亡国機業》に関する情報の提供や有事に於ける参戦の条件を呑み、監視付きで学園地下の拘置所に寝泊まりする空間を得た私は、食事や裏の仕事を除くほとんどの時間をこの部屋で過ごしている。定期的に食材を届けられるので自炊さえすれば、仕事以外で外出する事はほぼ無いと言っていい。

 飼い殺しのような状態だが、なまじ世界的犯罪組織の構成員として動いていた身だ。まともな衣食住が確約されているだけ恵まれている。

 そんな私が日中出来る事と言えば筋トレかネットサーフィンくらいなもの。VRMMOに興味が無い訳ではないが、ハードがまだ届いていないため、備え付けのデスクトップPCを使って情報収集に専念していた。清潔感はあれど上下白のジャージで日中からネットサーフィンをしている図を想像すると相当なダメ人間になったような気がしてくる。

 ……一応私の扱いは捕虜の筈なのだが、普通に外部と連絡が取れる機材を置いている辺りおかしくないかと思わなくもない。

 和人が便宜を図ってくれたのだろうが、あの子はもう少し疑う心を持った方がいいと思った。

 ――そんな、姉としての平穏な気分に浸っていた私だが。

 いま世間を賑わせている映像が現実へと引き戻して来た。

 それは最も下の弟(和人)私より一つ下の弟(秋十)を手に掛けようとする中継映像だ。

 《亡国機業》総帥の計画により《創世記(ジェネシス)ウィルス》とISコアを埋め込まれた秋十が暴走すれば、感染と暴走のリスクから処理する事を国連とIS委員会が決定し、それを実行しようとしている場面だった。

 

 《亡国機業(ファントム・タスク)》。

 

 私が六歳の時に連れて行かれた場所。監視用ナノマシンを注入され生きる為に言う事を聞かざるを得ない日々を送った忌々しい組織。

 古巣とも言えるそこが今、アメリカで牙を剥いている。

 偶然ではない筈だ。秋十の身柄、【白式】コアの奪還を目標にした組織を使い、何らかの実験を行おうと画策し、それを発動したのだと確信している。

 そしてその首謀者が本当に総帥である事も、私は気付いていた。

 “オズウェル”。

 それは確かに総帥が使うコードネームだ。本名、性別含め、個人を特定できるプロフィールの一切が不詳の『そこに居ない首領(ノーバディ・リーダー)』。中継に映っていた男の容姿もありきたりなアメリカンのもの。流暢な日本語は、まるで元から日本人であるかのよう。そんなちぐはぐさが余計に正体を霧のように霞ませ、そこに居ないように錯覚させる。

 残念ながら私は“オズウェル”と会話した事がなく、あるのは部隊の中でもスコールだけだった。

 だが、頭目の気質は組織全体に波及するせいか、大まかな印象を抱いていた。そしてそれは当たっていた。あの総帥は人を人と思っていない狂人なのだ。目的の為なら何だってする。仮令それが如何に非人道的で、生命を冒涜する所業であろうと躊躇しないだろう。弟達に投与したという【創世記ウィルス】、それを弱めたバイオハザードの原因【K-Virus】やそれを使った生物兵器など氷山の一角に過ぎない。

 

 故に、総帥に人の感情も、愛情も眼中の外だ。

 

 だから血の繋がった兄弟を殺し合わせる事が出来る。

 

『――――あー、あー、聞こえるかね?』

 

 場違いな程に柔らかな男の声がした。静かになったとは思っていたが、回線が繋がったか確認している様子から察するに、どうやら和人の虚月閃により一時的に途絶していたようだ。

 カメラに映る和人の顔が少し歪んだのが見えた。

 

『いやはや、いきなり攻撃するとは驚きだ』

『俺はまだ逃げてない事に驚きだがな』

『逃げる? まさか! こんな実験、もう一回出来るか分からないのにどうして逃げないといけないのか、理解しかねるよ』

 

 そんな狂人の模範解答のような事を言ってのけた“オズウェル”の言葉には、どこか歓喜が滲んでいるように感じられた。その場に居ない私ですら不快感を抱く。

 その場で直接聞いている和人の内心は如何ほどか。

 実験対象にされている秋十の内心も、私には分からない。

 

『そこに残っているという事は、君は研究に協力してくれるようだ。結構。協力に感謝する。ああ、君の意思は関係ないよ。ただ彼と戦ってくれればそれだけで協力に値する』

 

 秋十の四肢、体幹の筋肉が変異を起こしている最中で、和人はそれを警戒しているようだが、『暴走』と判断するにはまだ大人しい。暴走か抑制か判断尽きかねる現状のため彼は総帥の話を聞かざるを得ない状態だった。

 それを分かった上でだろう。総帥は、秋十に施した内容を語った。

 既に判明しているのは創世記ウィルスの投与、ISコアの移植の二つ。

 しかしまだ他にもあった。

 まず移植されたコアは、【白式】コアではなく、和人の【無銘】のように《亡国機業》側が製作した暫定呼称“ネコ・コア”だった。【白式】は待機状態のまま本人の服に戻されているらしい。

 もう一つが、【白式】にインストールされたシステム。学園襲撃事件でラウラの機体を暴走させた禁忌のプログラム【VTシステム】だった。

 元々【VTシステム】が禁忌とされた理由としては、スポーツマンシップの理由以上に、歴代ヴァルキリー受賞者の動作を再現するにあたり操縦者の耐久性諸々を考慮しない危険な側面があったからだ。その道のプロの動きを素人がそのまま再現すれば体を壊す結果になる。

 逆に言えば、それに耐えられる体を作れば、【VTシステム】は真価を発揮する。

 経験が無い新人だろうがブリュンヒルデと同等の戦力を有する戦士として仕立て上げられるのだ。

 

『本来なら君にするつもりだったんだが、さっき言ったように操れなかったからね。だから代わりに秋十君を使わせてもらう事になった』

『――おい、ふざけんなよ……?! 俺が一夏の代わり、だと……ッ?!』

 

 そこで、体の変容に蹲り、苦しんでいる秋十が怒りの声を上げた。

 

『俺にこんな事、しやがって……! ぜってぇ、許さねぇからな……!』

『ふむ……ジェネシスもKも意志が強固な人間ほど自我が残りやすいというが、桐ヶ谷和人のように君も可能とは――――』

『舐めんな! 一夏に出来て、俺に出来ない訳がないだろうがァァアアアッ?!』

 

 秋十がそう怒号を挙げた瞬間その体を更なる変容が襲った。

 どこからともなく白い流動性の物質が噴き出し、秋十の体を覆い始めたのだ。ジタバタともがく秋十の体が徐々に白く覆われていく。上がる悲鳴は断末魔のようだ。

 その様に総帥が、実に結構、と満足気に呟く。

 

『元となったVTシステムは織斑千冬への強い憧憬・願望がトリガーだったが、秋十君のそれは桐ヶ谷和人への強い対抗心をトリガーとして発動するよう設定している。計画通りという訳だ。礼を言おう、桐ヶ谷和人。君がその場にいる事でより容易くステップを一つ進める事が出来た。そして誇るがいい、秋十君、君のその対抗心は私の研究の礎になってくれる。もっとも、秋十君はそれどころではないだろうがね』

 

 皮肉タップリの慇懃無礼な言葉が殷々と響く。

 ――叫びは、もう止まっていた。

 最早秋十の姿は無い。繭のように固まった白い流動体に取り込まれてしまっていた。

 

『さぁ、歴史的瞬間を見るがいい。ブリュンヒルデの技術と、それに耐え得るタイラント級の肉体、そしてネオ・コアによる無限再生を備えた事実上頂点に君臨する新人類の誕生だ』

 

 見たまえ、和人君、と総帥が言った瞬間、繭にぴしりと罅が入る。それは放射状に広がっていった。

 そして、割れた。

 

 ――ぶわっ、と黒いものが舞い散る。

 

 それは羽だった。烏のように黒く、しかしそれよりもきめ細やかな羽が繭の中から一気に噴き出していた。

 それに紛れ、繭から飛び出し、部屋の空中に浮く影が一つ。

 カメラでは詳細に見えないが、それが長身の男である事は分かった。腰までなびくのは髪で、僅かな光を反射する事から金、銀、白いずれかの色をしている。全身を包むのは細めの革コートか。

 なにより目に付くのは、カメラの影でも分かるほど長大な武器だ。

 その男が左手に握っている武器は緩やかな湾曲を持つ日本刀。その刀身の長さは、明らかに男のそれを超えている。平均的な長さの二倍はあるだろう。

 

『……お前は……?!』

 

 秋十が変貌した姿を見て、和人が驚愕の声を上げる。

 

『――久し振りだな、()()()。いや、今は和人だったか』

 

 ゆっくりと降り立った秋十? が、落ち着いた低音で穏やかに語り掛けた。

 その内容に首を傾げる。いまの発言から察するに、秋十の意識と記憶ではなく、別の何かが表に出ている印象があった。

 

『うん? ……ああ、【無銘】にインストールしていた新人類プログラムのデータを反映しているから、移植直後しかプログラムが保たなかったとは言え、君達が知り合いなのも当然か』

 

 それに総帥が言及したが、すぐ自問自答で解決した。

 私もそれで顔見知りのような両者の反応に納得した――――が、一つだけ、引っ掛かる事があった。

 【無銘】の中枢を担うAIが《ペルソナ・ヴァベル》というユイの別バージョンのAIであるとは聞いている。元々の【無銘】の意識は、コアを移植された時、和人の負の想念によって押し潰されてしまった――AI的にはバグった――らしい。

 恐らく秋十から変容した姿は、そのAIに設定されていたアバタープログラムの容姿なのだろう。

 だが、ここで一つ、疑問がある。

 

 

 

 あの男、なぜ和人の事を当時の名前ではなく、キリトと呼んだ……?

 

 

 

 なにか大きな見過ごしをしているような不安に駆られる中、和人と秋十? が刃を交え、光が散った。

 

       ***

 

 

 同日、同刻。

 米国カリフォルニア州サクラメント市《製薬会社スペクトル》本社ビル地下研究所地下四階、実験体実験室。

 

 

 『新人類プログラム』。

 かつては【無銘】にあり、俺の負の想念で押し潰した意志の本体を、計画の推進者らしい“オズウェル”はそう称した。コアを介して全身を作り替える際に参考とする『人体設計書』のようなものだろう。仮に【無銘】にまだその意志が残っていれば俺の異形体の容姿はあの『新人類』になった秋十の姿になっていた訳だ。

 そして、『人類』とカテゴライズされているように、同じものを施された者達全員が――少なくとも男性は――あの姿になっていく。

 創世記ウィルスで肉体を常時強化・修復し、ブリュンヒルデの技術を振るうIS操縦者。

 それがウィルス投与とコア移植の二つをすれば勝手に増えていく訳だ。体を完全にプログラム通りに作り替え、技術もVTシステムを基に画一化するため、一切個人差は生じない。

 本人の意識も無いから忠実な兵士が出来上がる事になる。

 

「っ……冗談キツいぞ……!」

 

 歯噛みしながら黒刀を構える。

 見据える先にはさらに長い長刀を提げた男が立っている。

 後ろ腰よりも長い銀髪、右の肩甲骨辺りから見える堕天使を思わせる大きな漆黒の翼、体を覆うピッタリとした黒いロングコート。二メートル近い長刀は左手で握っている。

 

 ――その男を、俺は三度見た事があった。

 

 一度目は【無銘】のデータの中。

 二度目と三度目は七十五層闘技場の《個人戦》と《団体戦》。

 もう会う事は無いだろうと思っていた。なぜなら、【無銘】のデータは壊れ、SAOのデータはサーバーごと今度こそ初期化されているからだ。

 だが、仮想世界ではなく、まさか現実で会う事になろうとは。

 なにより――――

 

 

 

「覚えているか、あの時の痛みを」

 

 

 

 歌うように、片翼の堕天使が囁く。

 

 

 

「楽しかったか、痛みを忘れられて」

 

 

 

 再会を言祝ぐように、笑みを象る。

 

 

 

「嬉しかったか、痛みを受けなくなって」

 

 

 

 それは、望郷を示す(うた)

 

 

 

「喜んだか、痛みを気にする必要が無くなって」

 

 

 

 男の詠が、置いて来た過去(絶望)を呼ぶ。

 

 

 

「今までを忘れるくらい幸せだっただろう」

 

 

 

 ――スゥ、と男の蒼の目が細まった。

 

 

 

「ならば、今再び

 忘れられない痛みを刻もうか」

 

 

 

 一層冷然と笑んだ堕天使はそう言って、黒衣を翻し、飛び立った。

 

『む? 《セフィロト・マルクト》?! どこに行く?! 命令違反だぞ?!』

 

 慌てたように“オズウェル”が怒鳴り声を上げるが、個体名《セフィロト・マルクト》と言うらしい片翼の堕天使は聞く耳を持たず、俺が開けた天井の穴から外へと飛んで行った。

 地上に繋がる一番上の地盤は俺が戻していたが、一拍遅れる形で轟音が響き、大量の土砂と瓦礫が落ちて来る。

 退避しながら俺は、奴がなぜ斬り結んでいた俺から狙いを外し、外へ飛んで行ったかを考えた。

 

「――まさか」

 

 そして気付く。

 朗々と詠っていた堕天使の台詞に、聞き覚えがあった事に。

 闘技場の戦いで串刺しにされた時の事だ。あの時、あの台詞の後は――――

 

 

 

『お前の最も大切な“モノ”は何だ……?』

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 大切なモノ。

 それを、奪う。

 

「――――」

 

 一瞬の、思考の空白。

 ガチリと体も凍る。

 

 

 

「――待てぇぇええええええッ!!!!!!」

 

 

 

 一拍の後、俺は全力で地上へと飛んだ。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 最初期に出て来た『One Winged fallen Angel』さんは、実はただのクロスオーバーではなく、本作の根幹を為すキャラクターだったというオチ。

 SAO編二十二章の時に出て来た台詞が伏線だった訳ですね。


・新人類計画
 オズウェルが企てる計画。
 様々な経由で創世記ウィルスの改良したウィルスを渡して各々に投与させて超人化させ、あらたな現世人類と新たな世界を作り出し、自らはその頂点に立とうとするもの。生物兵器化は二次的産物扱いとなる。
 この過程で『ウィルスの制御』のためにISコアを埋め込んだ事で、理論上最高となる『人間設計書』の肉体の再構築を施す事が可能となった。
 『生命の編纂』とも言うべき計画を『生命の樹』になぞらえ、設計書に《セフィロト》シリーズと名を付けている。

 ぶっちゃければ『バイオシリーズのウィルス研究の目的』と『FFⅦのソルジャー』の要素が合わさってカオスになった計画である()


・織斑秋十
 織斑家長男にして三番目の子供。
 オズウェルの『新人類計画』の礎として第一号被験者に選ばれたある意味栄誉な人物。その結果、最早完全な別人として生まれ変わった上に、意識すらもプログラムに乗っ取られ、秋十としての意識が残っているかも定かではない状態。
 和人と違い『絶大な負の想念』でISコアの意志を潰していなかったから乗っ取られた。


・セフィロト・マルクト
 厳密には《セフィロト》シリーズ、個体名《マルクト》。
 元ネタは『FFⅦ セフィロス』。腰まで伸びた銀髪、青い瞳、長身痩躯で黒革コートに身を包む長刀使い。
 本作に於ける『人間設計書・マルクト・男性ver.』。
 VTシステムに人格(AI)持たせた(積んだ)もの。
 今話では特に秋十の異形体、更に『SAO時代のキリト』の事も知っている特異なケースを指している。
 創世記ウィルスによる強化、VTシステムによるブリュンヒルデの技術のインストール、【白式】の性能に加え、【無銘】とSAO時代のデータも何故か併せ持った状態のデータ。

 ――そういえば和人の負の瞋恚でデータがバグを起こす事件がありましたね?(AI組を見つつ)

 本作では『クラウド(キリト)クラウド(キリト)』と幾度となく囁くキリト限定のストーカーと化す事でしょう。
 和人はAIに好かれるなぁ()


・セフィロトとは
 生命の樹とも。
 セフィロトの樹は、神秘思想のカバラにおいてさまざまな解釈がなされ、近代以降の西洋魔術、特に黄金の夜明け団などでは生命の樹をタロットカードと結びつけての研究が行われていたことでも有名である。10個のセフィラと22個の小径(パス)を体系化した図も同じく「生命の樹」と呼ばれる。

・マルクトとは
 セフィロト第10のセフィラ。
 秋十=10=マルクト。
 物質的世界を表す。数字は10、色はレモン色・オリーブ色・小豆色・黒の四色、宝石は水晶、惑星は地球を象徴する。王座に座った若い女性で表される。神名はアドナイ・メレク。
 アドナイ=主(ヤハウェ、エホバなどの訳がある)
  メレク=王

・物質界
 第7、第10、第8セフィラによって主に構成される世界。
 通称:アッシャー
 魂だけだった存在が肉体と感情を持つ、いわゆる「人間」の世界。さらに「悪魔」も同時に存在し、人々と共存している領域とされる。
 これを最下段に置き、セフィロトの樹を上に行く事で『意識の拡大』を図るとされるが、人間である限り理解不能且つ表現不能な領域とされるため、原則として人間が物質界以上の世界に到達する事は不可能とされる。

 ――が、秋十は一度、魂だけの存在になって物質界から上に逝った事がある。


・桐ヶ谷和人
 ■■■。
 コア移植時のとんでもない負の想念がコアの意志を潰していたため新人類計画のキーパーソンにならなかったという神回避をしていた。
 復讐する気満々だったのに目の前で別人に取って代わられてしまったが、それを気にしていられる精神状態ではない。

 ――慌てて飛んだ理由を考えれば、楔がある限り彼の根幹はどうあっても復讐者にはなり得ない。


・織斑千冬
 VTシステムの再登場と秋十の最期に絶望中。
 秋十の本質を知っても『だが……!』とこれまでの情を捨て切れないのは、自分自身が秋十から実害を受けていないため。
 弟達を養い、守るためにISを使っているのに、それを振るう事は出来ず、それどころか自分の技術が弟達を危ぶめてる事実に絶望している。


・織斑万華
 元《亡国機業》所属戦闘員。
 総帥”オズウェル”と会った事も話した事も無かったが組織の気質を何となく感じ取っていた模様。
 オズウェルの発言とセフィロト・マルクトの発言から、何やら見過ごしがあるような不安を覚えている。


 では、次話にてお会いしましょう。








 やっぱりね、FFⅦと言えばビル斬りだと思うんですよ(満面の笑み)








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