インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

視点:ヴァサゴ、楯無

字数:約一万二千

 ではどうぞ。




Chapter2:天獄の狂演 4

 

 

 協定世界時、カリフォルニア州サクラメント時間《二〇二五年 七月九日 二十三時三十分》

 米国カリフォルニア州サクラメント市《製薬会社スペクトル》本社ビル地下研究所、地下四階。

 

 

「眠い」

 

 秋十救出に変更なしと決まり、まず【白式】のコア回収に向けて探索を開始した俺達は、反応の先にある部屋を虱潰しに探し始めた。ハンターやリッカーが潜んでいないか確認しながらなので進軍速度はかなり遅く、気付けば日を跨ぎそうな時間になっていた。

 そこで小休止を取った時、和人が呟いたのがその一言だった。

 顔を顰めている様子から察するに、本気で眠いらしい。

 

「オイオイ、こんな時に眠いとかマジかよ」

「うー……時差ボケがあるんだよ……」

「《事変》の時には四日四晩戦い続けてただろうがよ」

「あの時は脳だけ動かせばよかったからだ。肉体的疲労まであると流石にキツい」

 

 くぁ、と欠伸をし、涙を滲ませる和人は、目をくしくしと擦った。

 

「まぁ、どれだけ大人びていようと、和人は肉体的に子供だからな。体の方が睡眠を欲しているんだろう。どれだけ鍛えようと生物としての欲求には逆らえんという事だな」

「だからってこの状況で眠気が来るとか信じられねぇんだが……」

 

 ガブリエルが言わんとする事は分からんでもない。ガキは元気の塊と揶揄されるが、体を動かした分だけ一気に睡眠を欲するのは理解出来る。

 だが流石にこの状況で眠気が来るとかどんだけ肝が据わってるのかと思ってしまう。

 ついさっきまで命懸けの戦いをしたばかりだろうに、オンオフの差が激し過ぎるだろう。

 

「SEバリアがあると気が緩むってか? それで死なれたら俺らもアイツらも困るぜ」

「うー……すまない……」

 

 皮肉交じりに苦言を呈するが、反応はかなり芳しくない。俺相手に謝罪とかかなりキているようだ。

 ガブリエルと顔を見合わせる。コレはダメだ、という俺の意思を汲み取ったか、彼もこくりと頷いた。

 

「効率を考え、ここで二十分ほど休憩しよう。幸いここは何かの資料室のようだからな。我々が漁っている間に休んでおけ」

「悪い……」

 

 ガブリエルがそう提案すると、一も二も無く和人は壁に寄り掛かり、座り込んだ。レーザーブレードを消した筒は持ったままで俯く。

 それから数秒も経たず穏やかな呼吸が規則的に立ち始めた。

 

「……寝付き良いな、オイ」

 

 まさか一分どこか十秒と経たず眠りに落ちるとは思わず、俺は突っ込みを入れた。

 

「どこでも眠れるよう訓練しているのかもな。お前が指導したのか?」

「いや、俺は武器の扱いとか、戦い方の基本くらいしかしてないぜ」

 

 種類そのものは多岐に渡るが、どれも戦闘に関する基礎部分ばかり。いつどこでも眠れるのは傭兵として不可欠な特技と言えるが、それを教えた覚えは無かった。

 

「となれば、他に誰かが教えたかだが……まあ、一般人ばかりだから無いだろうな。自己流で身に着けたのが妥当な線だろう」

「だよなぁ……」

 

 前々から思っていたが、本当に和人は傭兵向きだ。だから本気で誘いを掛けてしまうのだが、一度も乗ってくれた事が無い。それもまた嬉しいが、少し残念にも思う。

 我ながら矛盾しているなぁと思う。

 獣として、あるいは英雄として己を超克したアイツと殺し合いたい欲求がある。だがそれと同時に、アイツと同じ傭兵として仕事をしたいとう気持ちもあるのだ。

 その両方を叶えるリアル版SAOがあってくれると嬉しいのだが、恐らく作られないだろう。

 ファンタジー感溢れるALOしかマトモなVRMMORPGが無いと言うのに、それでもゲームの問題を現実に引っ張って来て問題を起こす輩が多いのだ。海外ゲームで首が飛ぶ死亡エンドなどかなり暴力的なシーンは少なくないが、流石に痛みまで再現する作品は出ないだろう。娯楽なのに痛い思いをするものを好き好んでする奴は少数派の筈だ。それで運営が成り立つわけがない。

 世の中そう都合よくはいかない。

 

 だからこそクソッタレなのだ。

 

      *

 

 二十分の小休止を挟み、探索を再開した俺達は、日を跨いだ頃に一つの大きな部屋に辿り着いた。その中に【白式】のコアの反応があった。

 金属の扉には格子戸が付いていて、中を覗き見れた。

 コアの反応は部屋の奥の方を指し示しているらしい。しかし、【白式】の待機形態だという白いガントレットは見えない。代わりに見えたのは背凭れ付きの椅子に縛り付けられた一人の人影だった。

 

「……秋十?」

 

 後ろ姿だから正確には分かり辛いが、仇敵だからか、和人には分かったらしい。どこにいるかと思っていたがどうやらここに監禁されていたようだ。

 気になるのは、なぜ【白式】と同じ場所に監禁されているかだ。

 まさか待機形態のISを、いくら手足を拘束しているとは言え返す訳が無いと思うが……

 

「オイ、ホントにここにコアの反応があんのか?」

「ああ、かなり近いからこの部屋で合ってる筈だ……なんで秋十と同じ部屋に保管してるんだろう」

「鍵付きのトランクに入れているだけかもしれんがな」

「「あー」」

 

 ガブリエルの予想に、二人揃って納得の声を上げる。ジャミング・ミストが格子戸を通って監禁部屋に入っているせいで奥が見えないだけで、そこに机やトランクがある可能性は十分ある。

 椅子が固定されているようにも見えないし、根性で取れそうな場所に保管はしていないだろう。

 

「しかし、今の時点で助けるのか? 護衛対象が出来ると探索は厳しくなると思うが」

「一回出て、また戻ってくるのも手間だしなぁ。俺としても勘弁願いたいぜ」

 

 地下3階でやり過ごしたクリーチャー共の事もそうだが、いつどこから不意打ちを受けるか分からない状況はそう何度も味わいたいものではない。

 和人もそこは理解しているのか、そうだなぁ、と悩む素振りを見せる。

 

 ――ドスンッ

 

 そこで、背後から異音。

 その瞬間、俺達は揃って背後を振り返って各々の武器を構えた。俺とガブリエルはフルオートショットガンAA-12を突き付け、和人は両手に黒と白のエネルギーブレードを構える。

 白い霧の向こうに影は無い。だが、ドスン、ドスン、と規則的な音――――何かが近寄って来る足音だけは、しっかりと聞こえる。徐々に、少しずつ近付いて来て、音も大きくなっていく。

 ごくりと唾を飲み下す。

 そして数秒後、角から影が出て来た。

 体長三メートルにもなる巨漢。影だけでも分かる筋肉質な四肢、体幹だが、そのカタチは極めてアンバランスだ。全体的に右半身のところどころが(いびつ)に隆起している。なにより右腕は()()()のような形状で、先端は曲刀のように緩く湾曲した形状を描いていた。

 

「オイオイ……さっきの会話は、フラグだったかァ?」

 

 頬が引き攣るのを感じる。

 初めて見るタイプの化け物だ。

 だが、俺はそれを知っていた。映画の元ネタを調べる過程で知ったものとそれは酷似していた。

 アレは『タイラント』だ。それも、完成系になる前の『プロト・タイラント』と呼ばれるタイプ。皮膚の腐敗などで既に限界まで生命機能が削れているためほぼ常に暴走状態という危険な存在。

 完成系と違い、知性も外見も失敗とされるが、純粋な身体能力面に関しては完成系と変わらないとされるもの。

 ――だがそれは、あくまでフィクションの話だ。

 弱点までまるっきり再現するとは思えない。よしんば最初は失敗したとしても、そこから改良した個体が存在する筈だ。

 

 

 

『ゴアアアッ!!!』

 

 

 

 こちらを見つけたプロト・タイラントが雄叫びを上げる。間を置かず、右腕を振りかぶって突っ込んできた。どすんどすんと重い響きを立てながら突っ込んでくる。

 

「おらァッ!!!」

 

 先手必勝とばかりに俺は引き金を引いた。

 距離を詰められる前にある程度ダメージを与え、運が良ければ怯んで突進の勢いを弱める狙いだ。だが三メートル且つ筋肉質な物体を止めるほどのストッピングパワーは得られなかった。通用しているようにも見えない。

 散弾をばら撒いていた俺とガブリエルは、突進が止まらないと悟った直後、左右に跳び退いた。

 中央に留まるのは和人一人。

 プロト・タイラントが間合いに入った瞬間、二色の斬閃が薄闇を照らした。敵の腕、胴、足などに斬撃が閃く。

 だが、重量級の突進がそれで止まる筈もなく、むしろ片足や腕を喪って制動が利かなくなったプロト・タイラントは勢いそのままに監禁部屋の扉に衝突。かなり大きな音と共に扉はひしゃげ、そのまま中に入っていってしまった。

 あの扉、鋼鉄製とは言え生半な力でひしゃげるとは思えないのだが……

 

「このパワーで直撃を貰ったら一撃で全損しかねないな……」

 

 ゴアアッ! と叫びながらジタバタと動き回るプロトの首を刎ね、絶命させながら和人が呟く。念には念を入れるためか四肢、胴体をぶつ切りに斬り裂いていく徹底ぶりだ。事前に生命力について言及していたからか首を刎ねただけでは安心できないらしい。

 それを過剰と思えないのがゾンビパニック物で登場するウィルスの恐ろしいところだ。なんならバラバラにされてもそこからくっつき、再生、そして復活するB.O.W.も存在するのだから。

 

「……コイツも再生したりしてな……」

 

 現実に出て来たプロト・タイラントが、俺の知るフィクションのそれと完全同一とは限らない訳で、そう考えると絶命したとしても一抹の不安が残る。

 死ぬなら蘇る事なくキッチリ死んで欲しい。

 ……なんとなく蘇りそうな予感があるが。

 

「すると思うぞ、確実に」

 

 そんな俺の思考を読んだようなタイミングで和人が言った。

 だよなぁ、と俺も諦め気味に同意する。こういう時の予想は大抵悪い方が現実になると相場が決まっているのだ。ただ流石に映画よろしくゾンビ共を相手にするのは勘弁願いたかった。

 

「ともあれ、流石に長居は無用だな。回収するものをさっさと集め終えてここから出よう」

「となると……この少年を先に助け出すのか」

「ああ。【白式】がここにあるから、それで自衛は出来るだろう」

「……ま、そうなるわな」

 

 予想した通りやはり秋十を助けてからワクチンなどの回収に向かうつもりらしい。

 個人的には反対だが、タイラントのように鋼鉄製の扉すら破壊するクリーチャーがいる以上、救出を優先した方がいいと判断したのだろう。

 俺達としては別に秋十がクリーチャーになっても問題無いし、和人も憎い相手だから本音は同じの筈だ。

 だが事実として先に見つけ、且つ扉が破壊された以上、立場的に救出を優先した方がいいのだろう。【無銘】と【黒椿】のログを見れば見捨てたかどうかは一発で、それは和人の立場を一気に悪くするからだ。

 しかし本心から助けたいと思っている訳で無い事はさっきのやり取りからも分かっている。救出しようとしたが、感染してクリーチャーになり、『処理』せざるを得なかった……というシナリオが和人にとって望ましい展開だろう事は想像に難くない。

 護衛する必要性が無くなる点から俺もそちらの方が望ましい。

 

 ――可能性は半々ってトコかねぇ……

 

 ウィルスを投与する生体実験が横行する研究所に拉致されて数日間となると、既に投与された後か、まだされていないかは正直分からない。拘束されている事も単に逃げられないためか、クリーチャーとして覚醒後に暴れないための抑止力としてか定かでないため判断材料になり得ない。

 時期、状況的に可能性が半々の中で、果たして避難所まで連れて行っていいものか。

 他の誰が死のうが構わないが、自分が感染する最期は流石にイヤなので警戒する必要があるだろう。

 

 ――直後、幾つもの作動音と共に部屋の明かりが一気に点いた。

 

「いきなりなんだ……?!」

 

 薄暗い環境に慣れ切った目が痛くなるほどの光量。ぐっと眉根を寄せながら、周囲を警戒する。

 数秒してハッキリと見えた室内は、酷く殺風景な場所だった。牢屋や牢獄の方がまだマシなレベルで家具が無い。机もタンスも、便所すらもなく、ただ無味乾燥な白い長方形型の部屋が広がるばかりだ。ガブリエルが予想したコアを入れたトランクや机なども全くない。

 あるのはただ椅子に拘束された意識なき秋十だけだった。

 

「……まさか」

 

 その時、畏怖を覚えたかのように声を震わせて、和人が呟く。気付きたくない事実に勘付いたような様子。

 

 

 

『我が研究所にようこそ』

 

 

 

 そこで、館内全体に声が響いた。

 一拍遅れる形で部屋の壁にブゥン、とホログラムが映し出される。

 映ったのは一人の男だった。背後には製薬会社スペクトルの社章である『鷹のシンボル』が浮かんでいて、明らかに関係者と見て取れる。

 だが奇妙な事に、俺はその男を見た事が無かった。代表者の顔と名前は事前に資料を渡され、移動中に確認していたのにである。

 必然的に表には出ない完全な裏方か、完全な《亡国機業》側の人間のどちらかと判断する。

 男の容姿はガブリエルに近い。金髪、白人でガタイが良く、血の繋がりは感じないが典型的な支配階層の者のそれだった。トップに立つ者と言わんばかりに革張りの椅子に座り、組んだ脚の上に手を組み、こちらを睥睨している。

 

『私からの歓迎、如何だったかな。それなりに楽しんでいただけたと思うが』

「……その口ぶりから察するに、サクラメントで起きてるバイオハザードの主犯はアンタか」

『いかにも。この騒動は、この私が引き起こした事だ』

 

 殺気立った少年の問いを鷹揚な動きで男が肯定する。

 つまり職員の事故でバイオハザードが起きたのではなかったのだ。秋十が拉致され和人が来たタイミングや俺達《グロージェンDS》の下に依頼が来たタイミングとあまりに都合よく合致していたから偶然ではないと予想していたから驚きは少なかった。

 

『そして《亡国機業》の総帥でもある』

 

 しかし続く言葉で、俺達は揃って驚愕した。

 あまりにアッサリと、それも顔出ししてまでネタバレされたのだ。意図が分かりかねた俺達は怪訝な視線を送る。

 

『ああ、先に言っておくが、この映像はVRMMOを使ったアバターだ。私本来の容姿ではない。姿で探そうとするのは勿論、ネット回線から身元を特定しようとしても無駄だと先に忠告しておこう』

 

 そこで追加で明かされた事実を聞き、男の余裕ぶりに納得を抱いた。作られたアバターだからそれだけの余裕があるのだ。回線に関しても、恐らく男がダイブしているのはこの研究所のどこかだからだ。自宅で無いなら確かに逆探知したところで意味は薄い。

 その辺はしっかりとしているらしい。

 逆に言えば、それほどの対策を取れるくらいの立場はあったという事か。

 

『名前は……そうだな、オズウェルとでも名乗らせてもらおう。このアバターの、更なる偽名としてね』

 

 余裕な態度を崩さず、偽名を告げる男。

 俺にはなんとなくその偽名の由来に察しが付いた。世界的に有名なゾンビ作品に於いて暗躍する製薬企業、その総帥にしてある意味で全ての元凶の名前が、全く同じだと知っていたからだ。このバイオハザードに於ける黒幕にして世界を股に掛けるテロ組織の総帥という男にはこれ以上なくピッタリな名前だろう。とても皮肉が効いている。

 

「それで、オズウェルとやら、単刀直入にいこうか。このタイミングで顔を出してきた目的はなんだ」

『なに、簡単な話だ。君達には私の研究に協力してもらう事を告げるためさ』

 

 そう言って、男は愉快げに口の端を釣り上げた。

 

      ***

 

 米国カリフォルニア州サクラメント市のとあるホテル最上階。

 

 

『ちなみに、いま世界中のあらゆるメディアをジャックし、君達がいる部屋を配信させてもらっているよ』

 

 

「……なによ、コレ……」

 

 震えた声が自分のものだと気付くのに数秒の時間が掛かるほど、私は驚愕に晒されていた。

 テレビ中継で位置を知られ、避難者が危険に晒される事を厭って単独行動を取った和人と別れた後、私はクロエ、ラウラの二人と協力し、まず桐ヶ谷峰孝が軟禁生活を送るホテルを目指した。彼の義父を助けつつ、仮の避難所にするためだ。

 ISを使え、更に元々軍人として訓練を受けている二人の協力もあり、ホテル内外のゾンビや犬の排除は極めてスムーズに行えた。ハイパーセンサーが使えるなら廊下の角に潜んでいたりするゾンビにも気付けて、先手を打てるからだ。死んだふりしている個体は流石に分からないが、取り敢えず頭部を潰せば問題無いと分かってからは極めて機械的に作業を進めた。

 正直気分は最悪で、吐きたくもあった。

 だが民間人を前に不安にさせてはリーダーとして不信感を抱かれる。それは今後に差し支えるため、出来るだけ気丈に、そして非情に思われないよう処理を進めていくこと一時間以上の後、私達はホテル最上階に辿り着いた。

 彼の義父・峰孝氏はまったく無事だった。

 日本政府とアメリカ政府それぞれに救助コールをして、指示された通りにスイートルームでじっと息を潜めていたらしい。

 人がいると悟られないよう灯りも消し、闇の中で何時間も耐えるという徹底振りは中々肝が据わっている。中継はその時に役立ったようで、私達が救助に向かう事も把握していたためそこまで不安は無かったようだ。

 そうしてスイートルームを確保後、ホテル内で襲われないよう全ての出口、窓にバリケードを作り、出入りは裏口一つに絞った。この時点でアバターを介して来たユウキ達と合流し、状況を把握。それからホテルの全ての階、室内を回ってゾンビを処理し、一先ずの安全確認を終える。

 安全地帯を手に入れた私は、和人の応援に向かう前にふと気になってテレビを付けた。あらゆるニュース番組で世界がどういう状況になっているか、数時間ぶりに情報収集をしたくなったからだ。

 幸いな事に、バイオハザードが起きているのはこのアメリカ・サクラメント市だけだった。

 感染がこれ以上広まらないよう市外への移動ルートは閉ざされ、完全に隔離されてしまっているらしく、徒歩での避難は物理的に不可能な状況になっている。恐らく近付いた時点で射殺されるだろう。

 しかし悪いニュースだけではなかった。避難に関しては日本・アメリカ両政府が指定の場所に救助ヘリを飛ばす事が決まっているらしいし、救出作業のために各国のIS操縦者や軍部、日本からは自衛隊も派遣されるという話だ。IS操縦者が救出作業とゾンビの駆除、歩兵の軍部、自衛隊は移動ルート断絶の方に主に駆り出されるらしい。

 ネットの方では、ゾンビになった者も殺すのは非道だとか騒ぐ人もいるが、死にたくないならやるしかないのが現実だ。フィクション作品ではウィルスに感染し、理性が無くなった獣のような状態なだけと語る者もいるようだが、その殆どが叩かれている。少なくとも世論的に人命救助のためにゾンビを処理する事に対する反感は薄いようだ。

 フィクションのような事が起きているが、それを題材にしたアクションゲームが豊富だからか、『ゾンビ』という存在への混乱はそこまで大きくない。

 無論、流石に困惑は大きいようだ。今後を不安視する声はとても大きい。

 鷹崎元帥を始め、政府高官たちは頭を痛めている事だろう。この分ではオリンピック以前に今月末に控えている《モンド・グロッソ》の開催すら反対の意見が大きくなる事間違いなしだからだ。そうなると《モンド・グロッソ》の優勝で一時を凌ごうとしていた元帥達の考えが丸潰れになる。

 今頃彼が出場する年までどうやって凌ぐかも考えなければならない上に軍事費が嵩む状況に呪詛を唱えている事だろう。

 

 ――そうやって情報収集のためにチャンネルを回した時、異変が起きた。

 

 ニュースを伝えるアナウンサーが映っていた画面が、突如一人の男に切り替わったからだ。

 更に男の背後には、恐らく男が見ているのだろう別のカメラ映像が映っていた。一人の白髪金瞳の少年と、二人の武装した男、そして数日前に拉致された二人目の男性IS操縦者・織斑秋十の姿が映像内に映っていた。

 奥側には首を刎ねられ絶命している明らかに自然なものではない人型の死骸が転がっているのが見える。

 男の背後にあるエンブレムは《製薬会社スペクトル》のもの。カメラ越しに映っているのは和人が潜入している場所だ。このバイオハザードの主犯であると肯定し、偽名ながら“オズウェル”と名乗った男は、おそらくスペクトル社の研究員かなにかなのだろう。

 そして、世界中のすべてのメディア回線を同時にジャックするだけの技術力も持っている。

 《亡国機業》の総帥というのもあながち嘘ではないようだ。

 部屋にいる全員が固唾を呑み、スイートルームの壁に埋め込まれた85インチテレビが映し出す映像に集中する。

 

『アンタ、そんな技術力もあるのか……ともあれ、協力なんてまっぴらごめんだ』

 

 画面越しに和人の声が聞こえる。

 カメラは彼から見れば斜め上から映しているので彼の表情は朧気だが、声音から相当苛立っている事が分かった。長居は無用と判断したか、会話の意思が無いという意思表示か、椅子に拘束されている青年へと近付いた。

 

『ああ、言い忘れたが既に実験は始まっている。協力したくないなら彼に近付くのは()した方がいい』

 

 そこでストップが掛かった。鷹のエンブレムを背負うアメリカンアバターの男は、厭味ったらしく微笑んでいる。何かを含ませているものだと敢えて伝えていた。

 彼の足が止まる。

 

『……お前、秋十に何かしたな。何をした?』

『君に過去施したものと同じものだよ。彼には以前逃げられてしまったからね』

 

 そう、男はアッサリと打ち明けた。

 

 

 

『――ところで、君は自分に施されたものについて、どこまで知っているのかな?』

 

 

 

 悠然と男が問う。全ては知らないだろうと、彼の反応を窺い、楽しんでいるような口調だ。

 彼はそれで考え込む素振りを見せた。

 

『ISコアの移植……だけじゃないな、その言い方』

 

 確信を含んだ問い掛け。男は、その通りだ、と頷いた。

 

『本来ISコアを人体に埋め込めば、人体は拒絶反応を起こして即座に絶命する。コアが生産する通称・シールドエネルギーは謂わば超強力な電気エネルギーのようなもの。そんなものを流せば脳も心臓も麻痺を起こすからだ。だから我々はこう考えた。人体がエネルギーに耐えられるよう強化すればいいと』

 

 教師のように、順を追って男が語る。

 発想としては分かる。

 

『そのために出来る事はなにか。人体移植ともなれば内側だからそう簡単な事じゃあない。投薬でも限度がある。遺伝子配列を弄っても成功例は中々無かった。だからこそ、我々は遺伝子変異を引き起こすモノ、すなわちウィルスに着目した』

 

 けれど――その過程は、決して常人のそれではない悪魔のものだった。

 先天的な遺伝子操作では無理だったから、健康な躰を後天的に変異させるウィルス投与をしたのだと男は言った。どれも人道から外れた事なのに、淡々と――しかも、成功したと言いたげに嬉しげな表情で――語っている。

 

『君にはISコア移植に耐えるべく、そのウィルスを投与した。サクラメントのバイオハザードを引き起こしているものの元となったものだ。我々はそれを、とあるフィクションから引用し『創世期(ジェネシス)ウィルス』と名付けている。そして君は、コア移植にも、創世期ウィルス投与にも耐えた唯一の例だ』

『お、おいおい、マジかよ?! お前そんなもの投与されてたのか?!』

 

 オズウェルの曝露に、ヒスパニック系の黒髪の男――ヴァサゴと言うらしい――が驚愕を見せる。彼は和人を攫い、研究所では戦闘訓練も施していた者らしいが、どうやら教官役をしていた男も知らない事だったようだ。

 

『……俺だって初耳だ。でも、これで分かった事がある。移植されれば死ぬと言われたのに俺が何故耐えられたかって』

『そりゃあお前、お前がISを扱える男だから……』

 

 ヴァサゴが何を言ってるんだ、とばかりに問う。

 和人はすぐに首を振った。

 

『俺も最初はそう思ってた。でもシールドエネルギーは電気エネルギーのようなものだとするなら、それに素で耐えられる事がISを扱える事の条件じゃないだろう。その二つは別個の要素。だからコア移植に耐えられるようなにか手を加えられたとは考えてた。人体改造だと思ってただけに、まさかバイオハザードを引き起こすウィルスの基となったものとは予想外だったが』

 

 和人の予想は、自分はそんな特別な存在ではないと考えるからこそのものだ。多くの人はきっと『ISを扱えるから』と流したに違いない。ISを扱えると判明した後の投与なら彼にそう思ったかもだが、逆だったからこそ引っ掛かっていたのだ。

 

『オズウェル。さっきの口ぶりからするに、そのジェネシスウィルスとやらも適合しないと死ぬのか』

『そうだ。大抵はウィルスの変異に耐えられず、クリーチャーへと変貌する』

『……なるほど。ウィルスの変異でコア移植に耐えるようにしつつ、一方でコアの機能で抗体を作り、無毒化した訳だ』

『ほう……?』

 

 納得した風に言った和人に、オズウェルが反応を示した。興味深いと言わんばかりの表情を見せる。

 

『抗体に無毒化。なぜそう思ったのかな?』

『仮にウィルスが無毒化されていなければ、三年前の時点や学園襲撃時、俺の血を浴びた明日奈や治療を施した人達にも感染し、クリーチャーとなっている筈だ』

「あ……そっか、あのとき、私……」

 

 明日奈が自分の頬に手を当てる。

 オータムの攻撃から庇われた時、彼女は和人の腹から出た血を顔や服に浴びたという。襲撃が終わるまでシェルターに避難していたため、本当に無毒化されていなければそこに居た人達を含めて全員がクリーチャーと化していた事は想像に難くない。そうでなくとも三年前の時点で埼玉県を中心にバイオハザードが起きていただろう。

 彼が平穏に暮らせていた時点で、彼に投与されたウィルスというのは無毒化されていると言える確かな証拠だ。

 同時に、ISコアを埋め込んだまま装備を展開し、シールドエネルギーを私との摸擬戦時に迸らせても弊害が無かった事から、ウィルスによる遺伝子・細胞変異はそのままではないだろうか。

 ウィルスによる影響が残ったまま、ウィルスそのものは無毒化されている。

 これは少しおかしいと私は思った。

 ウィルスによる影響は何らかの形で現れる。インフルに掛かった時の発熱や数年前に大流行した肺炎ウィルスによる肺炎症状、レントゲンの肺炎像などがその一例。

 つまり彼の肉体がコアに耐え続けている以上、ウィルスは活性化を続けている筈なのだ。

 簡単に言えば、これまで何度か行ったであろう採血時、正体不明のウィルスとして検出されている筈なのである。無毒化されていようと不活性化ウィルスとして検出している筈で、それが無かった時点で矛盾している。

 

『それにウィルスと聞いてやっと分かった。【無銘】の暴走形態は、そのウィルスでクリーチャー化した俺の姿なんだろう。VTシステムの暴走と較べて俺のは矢鱈生物的でISらしくなかったから疑問だったんだ。さしずめ、人間体の今が無毒化状態で、【無銘】の暴走形態がクリーチャーと化した俺か』

 

 その予測は、目から鱗の発想だった。

 隣で聞いていたラウラが目を見開くが、たしかに、と小さく呟くくらい辻褄が合うものだ。

 言われてみれば彼の『負の二次形態』はISの二次形態と言うにはあまりに生物的過ぎる。篠ノ之博士が『そういうものだ』と言っていたからそうなんだと流していたが、他の暴走形態を見たから、彼は気になっていたのだ。

 コア移植に耐えた要因として人体改造を考え、そこで更に負の二次形態が引っ掛かったのが予想の流れだろう。

 

『学園襲撃事件で篠ノ之博士のコアを無効化したり、遠隔操作で無人機を操作する技術を使っていた辺り、大方移植したコアを介して生物兵器となった俺を操作しようとしていた……とか、そんな筋書きじゃないか。既に俺は対策済みだから、次は同じ血と遺伝子を持つ俺の実兄を狙ったか』

 

 そして和人は、秋十を拉致した目的と経緯にも言及した。ISの力を使う生物兵器(クリーチャー)を意図的に操る存在にするつもりだろうと。

 それに対し、オズウェルは――――

 

『素晴らしい』

 

 満面の笑みで拍手していた。

 

『そう、その通りだ。本来なら以前の学園襲撃に際し【無銘】を介して君を操る気でいた。だが、何故か出来なかったから攫うよう指示したが、それも叶わなかったからね。だから彼を攫わせてもらったのさ。素体は君より優秀だという青年だ。例のクリーチャーと化してISの力を振るえば、いかに英雄と呼ばれる君であろうと圧倒されるだろう』

『……そうまでして、ウィルスをばら撒いて、生物兵器を造り出して……いったい、お前の目的は何だ? 《亡国機業》の目的は何なんだ?』

 

 彼は、あくまで冷静に、静かに幾度目かの問いを投げた。

 男が顔を出した時、敢えて投げなかっただろう問い。彼はこの時点で巨悪の目的を知るべきだと判断したのだ。

 

 

 

『新世界の創造とその支配』

 

 

 

 男は、いたって真面目な表情でそう告げた後、苦虫を噛み潰したような表情になった。

 そして吐き捨てる。

 今の人類はあまりに弱い、と。

 

『私が作る世界に、惰弱な存在は必要ないのだよ。“ジェネシス”を弱めた【K-Virus】にも耐えられないようでは生きる価値もない。しかし、ただ殺すのでは労力に見合わないのでね。生物兵器として使わせてもらう事にした。クリーチャーは生きた者を襲い、肉を喰らう獣だ。私が動く事無く勝手に始末してくれる』

 

 いい道具だよ、彼らは、と邪悪にオズウェルが笑う。

 とんでもない悪人だ。

 異常性では秋十がダントツだったが、このオズウェルと名乗った男はそれ以上だ。人を人とも思わない精神性は共通していた。だが有害さ、邪悪さでは圧倒的に勝っている。

 生きていてはいけない存在とは、きっとこの男の事を言うのだろう。

 

『しかし君は別だ。適合するだろう兄ともども、あらゆるウィルスに対する抗体を持っている。特別に神が築く新世界への移住を許してあげよう』

 

 悠然とそう男は宣った。

 ――瞬間、少年の姿が変貌する。

 白髪はそのままに、肌は白く、目が黒目金瞳に変化した。その手には何時ぞや見た黒刀が握られている。

 するとこちら側にいた【森羅の守護者】が数名倒れ込んだ。【無銘】の演算領域は全て使っていると聞いたが、いま使った事で、【黒椿】の分しか維持できない。足りなくなった分、回線が途切れたのだ。

 そうまでするほど、彼は怒りを発露させた。

 

『この世に神が居るかは知らないが。少なくとも貴様ではないし、貴様には《神》という言葉を口にする資格は無い』

 

 そう迂遠的な拒絶の意思を示し、彼は黒刀を振るった。

 画面は闇に覆われた。

 

 

 

 ――遠くから、地を震わせる轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 それは、怒り狂う獣の咆哮のように闇夜に響き渡っていた。

 

 

 

Chapter2

天獄の狂演

 

END

 

 

 






・要約
 《亡国機業》は世界的テロリスト。
 和人は厳密にはコアにもウィルスにも適合してないけど、両方が欠点を補って出来上がった、謂わば『偶然の産物』(束はそれが目的と見ていたが実は違っていた)
 オズウェルはその『偶然の産物』から兵器化の可能性を見出し、秋十を使った量産化に踏み出した。

 そしてウィルスによる強化に適合しない人間は不要と宣ったオズウェルに和人ブチ切れた(今ココ)

 オズウェルが投与した力を自分の意思で使って拒絶する辺りがオズウェルに対する皮肉です。



・タイラント
 ヴァサゴのフラグ回収に一役担った存在。
 原作では『t-Virus』の呼び名から付けられたB.O.Wの一種で、原作バイオのB.O.Wを象徴する存在でもある。今話に出て来たのは厳密にはプロト・タイラントと呼ばれる個体なので未完成品だが、身体能力に関しては完成型と同等とされる。
 きわめて高い生命力を誇る――が、レーザーブレードにはそんな事は関係無く、首を刎ねられて絶命した。
 まあ首を跳ねられれば絶命するのは殆どの生物で共通するからネ()


創世記(ジェネシス)ウィルス
 和人に投与されたウィルス。
 本作に於いては【K-Virus】の改良元になったものであり、原作バイオハザードシリーズに於いても各ウィルスの改良元となった代物。
 原作文書では『始祖ウィルス』と書かれるが、劇中では創世記ウィルスと言われていた。ウィルスと適合する遺伝子を持つ生物は遺伝子構造を劇的に変化させ、優れた身体構造に作り替えるが、非常に毒性が強く、適合しない生物はたちまち死亡する。
 つまり和人はクリーチャー化こそしたが、絶命していない点から他の被験者となった子供達より適合している。

 秋十にも投与され、間違いなく【白式】も移植されているが……


・【K-Virus】
 本作サクラメントで猛威を振るっている本作オリジナルのウィルス。
 上記の創世記ウィルスの毒性を弱めたが、それでも適合しない生物は肉体が劣化、変異し、理性を失ってクリーチャーと化している。
 オズウェルは適合しない存在を『惰弱』と言っており、自らが作り出す新世界には不要と判断していた。


・桐ヶ谷和人
 割と世界に放映されがちな主人公。
 コア移植、ウィルス投与で耐え抜けたのは相互干渉によるものだった。原作バイオでも意志が強い宿主は感染後も自我を保つケースがあったので和人もその可能性が高い。
 自分が特別な存在とは微塵も思っていないのでコア移植に耐えられた理由として人体改造を考えていたが、まさかウィルスとは思っていなかった。
 世界的にウィルス感染者と知られたが、同時に無毒化している事実も報じられたので、結果として風評はイーヴン状態。ウィルス感染で突き上げられるだろうが映像付きで明日奈などに血が掛かっている事など物証が存在するので、無毒化に関する証拠は揃っていたりする(突き上げられないとは言ってない)
 ちなみに毒性の強い上位のものに抗体を持つと下位のものには感染し得ない共通点があり、そのため和人は創世記ウィルスに由来する全ての改良型ウィルスを全て無毒化する抗体を有している(和人は知らない)
 仮に持ってなくても【無銘】が無理矢理抗体を造り出す。
 今後はバイオ2に於いてG-Virusに感染後ワクチンで復活した『シェリー・バーキン』と同じ扱いを受けるだろう(政府エージェントなど首輪付きになる)

 ――爆弾を抱えたくない他国とむしろ抱えないとまずい日本政府の理解が一致して、日本政府が公的に後ろ盾になる言い分が出来たよ! やったネ!
(《モンド・グロッソ》中止の可能性から全力でメソラシ)


・織斑秋十
 和人が先に狙われたが全て自力で撃退したので代替案として拉致された神童()
 精神的には対暗部用暗部当主にも危険視されており、オズウェルからも優秀さ云々で褒められているが、代替案で選ばれている辺り皮肉でしかない。

 創世記ウィルスの投与、【白式】コアの移植と和人と同じ事をされたが……


・オズウェル(偽名)
 《亡国機業》総帥。
 《製薬会社スペクトル》の関係者でもある。
 ヴァサゴが気付いた由来は、”バイオハザード”シリーズに於いて《製薬会社アンブレラ》の総帥として始祖ウィルスを研究した登場人物《オズウェル・E・スペンサー》の事。
 オズウェル自身も現状をその作品と並べ、敢えてこの偽名を名乗っている。
 夢は『新世界の神になる』こと。


 では、次話にてお会いしましょう。


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