インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

339 / 446


 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 執筆中にディスプレイが暗転するのを繰り返したせいで遅くなった(怒) 執筆するだけならやっぱ一体型のノーパソが圧勝ですね。

 くどいかもですが、ヴァサゴは和人の事になると基本ハイテンションです。

視点:ヴァサゴ

字数:約一万一千

 ではどうぞ。




Chapter2:天獄の狂演 3

 

 

 協定世界時、カリフォルニア州サクラメント時間《二〇二五年 七月九日 二十二時三十分》

 米国カリフォルニア州サクラメント市《製薬会社スペクトル》本社ビル地下研究所、地下三階。

 

 

 二階ではチームの遺体としか遭遇しないまま、俺達は三階へ通じる階段を下りた。

 何かは絶対いる。だが、その姿は見えない。一撃でこちらの命を奪いに来る姿の見えない敵を警戒し続ける俺達の緊張はかなりのものだっただろう。嫌な予感というものが止まらない。ほぼ黙ったまま進むから余計に考え事をしてしまう。負のスパイラルだ。

 ……とは言え。

 その緊張感を楽しんでいるのも確かだ。疲労はあるが、それは気持ちのいいものである。

 この感性はきっと異常なんだろうと、ピリリとする緊張感を愉しむ。相手の姿が見えないからこそこちらも出来るだけ静かにする、いわゆるスニーキングは、この緊張感こそが醍醐味だ。舌の上でキャンディのように転がしながら、どこからでも来いと念じた。

 

「さて……地下三階ではなにか出てくるかねェ」

「何も出ないで欲しいがな。出来れば、帰りも」

「そーいう事言うと、出てくるぜぇ? フラグってな」

 

 俺と兄弟(ブロ)の二人で左右と背後を、和人が正面と左右を警戒しつつ、三階も同じように進む。やはり三階もジャミング・ミストが立ち込めていて十メートルから先の視界は不明瞭だ。

 デスゲーム時代だと、こういう霧は樹海だとか墓地だとかで発生するのが定番だったから隠れられる遮蔽物が多かったのだが、ここは研究施設のため、廊下に関してはかなり小綺麗になっている。せめて運搬中のダンボールくらい置いていてもいいと思うがそれすらない。

 まぁ、敵は銃器を使う訳じゃないから、遮蔽物を使う機会はおそらく少ないだろう。

 そう考えると障害物が無いという事だから動きやすいし、敵が隠れにくいという利点が見えてくる。カメレオンみたいに姿が見えない状態になるとどうしようもないが。

 

「ま、なにか出てきても和人はISを持ってんだ、どうにかなんじゃねぇか?」

「生憎だが、あまり期待に沿えないと思うぞ。【森羅の守護者(カウンター・カウンター・ガーディアン)】とのやり取りでコアの演算領域をかなり食ってるからな。【無銘】は使用不可、【黒椿】も単一仕様能力を一つ使える程度だ」

「……や、十分じゃねぇか、それ」

 

 まさか使えないのかとも思ったが、ぜんぜん戦力になるレベルで拍子抜けした。

 単一仕様能力は操縦者とコアの相性が最高の状態になり、更に形態移行(フォーム・シフト)を経る事で発現する事がある唯一無二の機能だと聞く。むしろそれを三つも保有し且つ併用できる時点で尋常ではないのだ。一つ使える程度とは言うが、本来はそれが十全レベルなのである。

 『全力とは程遠い』という意味なのかもしれないが、平均的な戦力と比べた方がいいと俺は思う。

 ……まぁ、妥協しない辺りが【黒の剣士】、ひいては【解放の英雄】と謳われるに至った秘訣だから、とやかく言うつもりはない。相手によっては噛みつきかねないが、そこは俺の知った事ではない。

 

「まあいい。で、どれが使えて、どれが使えない?」

「ん? ……ああ、三つのうちどれか一つを任意で選べる、という意味だ。ちなみに使うつもりなのはSE増幅機能だ」

「増幅……《戦闘時自動回復(バトルヒールング)》スキルのリジェネか。てことはお前、バリアを破られる事はないんじゃねぇか?」

 

 アバターのHPをISのSEと考えれば、それが永遠に尽きないイコール死なないという意味になる。ある意味の不死身だ。HPが尽きないビルドを組んで相手が倒れるまで攻撃し続けるスタイルを、《笑う棺桶》の連中はゾンビアタックとか言っていた気がする。

 ウィルスを考えると流石に危険ではあるが、万が一を考えれば心強い保険だ。

 羨ましいと素直に思った。

 だが和人は、やや難しい表情になった。

 

「どうだろうな。あっちが《零落白夜》みたいにSEそのものを攻撃エネルギーに転換していたら無意味だから、どこまで効果があるか不明瞭だ。それに巨大なものに踏み潰されたら回復が間に合わないだろうし」

「あー、そうか……」

 

 言わんとする事を察し、俺は納得の声を上げた。

 和人が心配しているのは、SAO風に言えば『防御無効』と『継続ダメージ』だ。シールドバリアの防御を無効化する攻撃、更に回復力を上回る継続ダメージをこそ恐れている。焦土攻撃と槍、短剣といった貫通属性継続ダメージでボスを一方的に倒していた事から得た着眼点だろう。体格に関しては昔から小柄なままだから気になるのか。

 

「その回復力は秒間どれほどだ?」

 

 警戒しながら、ガブリエルが静かに問い掛けた。

 

「マックス1000で、秒間回復量は100だ。ただし防御装甲が薄いからSEを膨大に消費する絶対防御が発生しやすい」

「なるほど。つまりお前は巨大生物に潰されない事と、《零落白夜》の兵器にだけ集中すればいい訳だ。ならば我々に比べれば随分と気が楽だぞ。なにせ頭や腰を撃たれればそのまま体にダメージが来るからな」

「言ってくれる」

 

 ほんの僅かに冷笑を湛え、皮肉げに兄弟が視線を送る。当の少年は皮肉げな笑みを返し、フン、と鼻を鳴らし、警戒に戻った。

 随分と楽しそうだな、兄弟は、と俺は内心で二人のやり取りからそう思った。

 分かりにくいが、アレは兄弟なりのフォローだ。それだけ気にすればいいのだと緊張を解そうとしていた。ただ言い方が『自分達の方が危ないから文句を言うな』という形になっているから解り辛い。そしてそれを丁寧に説明する気もない冷笑と視線。

 大抵の傭兵ならイヤミと捉えつつ、しかし事実だから反論を飲み込むか、頭の血が上って言い合いに発展しそうなものだが、ガブリエルの場合は有能なリーダーだから大抵の事は問題にならない。

 そして今回は相手も良かった。和人の思考ではおそらく二通りの予想が浮かんだ筈だが、ガブリエルの視線に侮蔑を読み取らなかった事から、同じように皮肉だけを返してみせた。

 急造ではあるが、俺達は存外いいチームなのかもしれない。

 そんな事を言った途端二人同時に否定ないし疑問の声を返されそうだが、俺は本当にそう思っていた。

 

      *

 

 地下研究所のフロアは極めて単調なブロック分割になっている。廊下の左右に部屋の入口があり、偶に十字路になって別区画に移動する盤の目のような規則的な配列だ。

 俺達は廊下を進み、部屋の出入り口や角にあたる度に状況確認を行っていた。

 

 ――そしてついに、地下二階から突入して以降初めて敵と遭遇した。

 

 一階でチームを作った時に和人が挙げた四つの目標ではなかったが、万が一ウィルスやワクチンサンプルが無かった場合を想定し、関連する資料集めもまた俺達の目標に数えられている。そのため地図で資料室や研究室などそれらしい部屋だけは資料漁りも最低限は行っていた。

 そうして踏み込んだのは、三階になって初めて現れた『実験体培養室』。

 流石にこれはなにかあるだろうと思い向かった先は、ビンゴだった。中には大人ならスッポリと収まる大きさのカプセルが並んでいた。カプセルの一つは内側から破られ、粘性の液体が床に飛び散っていた。そしてその中身らしき物体も床にいたのである。

 部屋に入った途端、這い蹲っていた物体が顔を上げた。

 巨大な口から覗く鋭い歯に、垂れ下がる極太の舌。真っ白な体表は頭にも及んでおり、目すら無かった。変異の過程か肥大した脳が外部へ剥き出しとなり、四肢の剥離した皮膚からは新たに形成された筋肉組織が露出している。細長くなった四肢はしっかりと床を掴んでいた。四足歩行の化け物だ。

 俺は、その化け物を知っている。

 なぜなら映画サイトの一つで見た事があるからだ。実写映画の一作目でラスボス的立ち位置のB.O.W――――

 

「『舐める者(リッカー)』かよ……!」

 

 歯噛みしながら、FNスカーを構える。

 リッカー。

 それはゲームシリーズで何度か出てきている敵の名前だ。見た目も同じとくれば、退化した眼の代わりに、おそらく聴覚が発達している。銃撃すれば即座に遠くから寄ってくる程のそれに、途轍もない運動能力も有しているとなるとまず逃げられない。

 極めつけはその舌だ。

 見た目からは考えられないほど伸縮するその舌は、数メートルの間合いなど関係なく伸び、命を刈り取ってくる。十メートルという距離などリッカーにとっては無いも同然の筈だ。足りなければ跳べばいいのだから。

 

『ジャアアアアアアッ!!!』

「チィッ!」

 

 部屋に入った時点でこちらに気付いていたリッカーが雄叫びを上げる。

 俺は舌打ちと共に引き金を引いた。ババババ、と断続的に発砲音が上がる。可能な限り狙いを付けて撃つ――が、リッカーに怯んだ様子はない。顔面に当てているが堪えた様子が見られない。

 フィクションでは大きく仰け反るのだが、やはりリアルは違うらしい。

 そう思った直後、カキン、と弾切れの音。

 待ってましたと言わんばかりにリッカーが舌を大きく引き絞った。

 

 ――こりゃ死んだか。

 

 俺は一瞬で悟った。

 脳裏にハエを捕まえるカエルのワンシーンが浮かぶ。途轍もなくどうでもいいコミカルな絵面だが、いまの俺はカエルに獲られるハエも同然だ。逃げようとしても間に合わないだろう。

 このまま肉を抉られ、死ぬ未来が見える。

 一瞬後、分厚い舌が煙った。

 

 

 

「させるかァッ!!!」

 

 

 

 そこに割り込んだのは和人だ。

 見覚えのある十字盾を取り出し、舌を防いだ和人が衝撃で吹っ飛び、俺にぶつかってきた。受け身も取れず俺は尻もちをつく。

 まさか庇われるとはと、和人の行動に驚きながらも手は素早くスカーのリロードを行っている。

 目は、リッカーに接近戦を挑む和人の姿を捉えていた。

 

「ふ――――ッ!」

 

 息を止めた和人が、一歩強く踏み込む。換装された深紅の槍が大きく突き込まれた。長い体長を誇る生物兵器が串焼きにされるかのように貫かれ、びくんと痙攣する。

 リッカーを串刺しにした和人はすぐに後退した。

 その手に光が集まり、一本の剣へと収斂される。機能性だけ重視された無骨な直剣(アニールブレード)を大きく引き絞った直後、ゴウッ、と一瞬だけ爆風が吹き荒れる。真後ろにいた俺の黒髪がバサバサと波打った。

 風に押される形で和人は突進し、強烈な刺突を放った。

 血色の光も、外燃機関めいた爆音もないが、それが《ヴォーパル・ストライク》の動きだと瞬時に理解出来た。【黒椿】に搭載されているというソードスキル・アシスト・システムが動きを再現したそれは、途轍もない一撃だった。突き刺さった衝撃でリッカーの頭部が砕け散ったほどだ。

 いまの一撃は間違いなくハンドキャノンやショットガンを超えた威力を誇っていたに違いない。

 その威力を出せて、且つ反動に耐え得るほど肉体を鍛え上げている証左でもある。

 

「はっ……すげぇな」

 

 その賞賛が何に対してのものか、それは俺自身にも分からなかった。

 

      *

 

 《実験体培養室》での襲撃は、リッカー一匹では終わらなかった。

 リッカーは聴覚が異常発達した個体。培養カプセルに封印されているとはいえ、そのすぐ近くで発砲や絶叫などが上がれば覚醒するのは必然だった。一匹、また一匹と内側からカプセルのガラスを破り、はいずり出てくる奴らの姿は戦慄を誘う。

 新しいマガジンを突っ込んだ俺は、ガブリエルと一緒になって弾をばら撒いていく。

 だが、俺達の弾丸は豆鉄砲のようにリッカーの表皮に弾かれ、大したダメージになっていない。その隙間を縫うようにして走る『黒』こそが連中を屠る主力だ。アサルトライフルの弾を通さないほど頑丈な表皮や筋肉を、黒と白のレーザーブレードが容易く切り裂いていく。

 決定打となるのはアイツだけだ。

 しかし数で劣る分、どうしても打ち漏らしが出てくる。より大きな音に反応するリッカー共の狙いは銃火器を使う俺達に向きやすいせいでもあった。

 

「チッ、埒が明かねェな!」

 

 一匹のリッカーが素早い動きで天井を這ってくるのを見た俺は、温存しても意味は無いと判断し、肩に掛けていた銃と装備を交換。すぐに銃口を向ける。

 構えた銃は途中で死んだ連中の装備の一つ。珍しいフルオート射撃を可能とした軍用散弾銃【Auto Assault-12】だ。引き金を引いた途端マズルフラッシュが連続する。アサルトライフル以上の轟音が幾度も上がり、他のリッカー共の狙いがこちらに向くが、近付いてきたところに銃口を向けてやれば片は付いた。12ゲージショットシェルがそれぞれの頭部を穴ぼこだらけにしていったのだ。

 32発装填可能なドラムマガジンに残っていた弾を撃ち切った時には、生き残ってるリッカーは和人が相手している個体だけになっていた。

 

「へっ、ザマァ見ろってんだ!」

 

 ショットガンの散弾はかなり危ないので、人が前にいるときに撃つとほぼ確実に巻き込んでしまうが、和人の場合はシールドバリアがあったからフレンドリーファイアを気にしなくていいのが非常に楽である。

 

「……俺ごと撃つなよ」

「ンな事言って、後ろも見ねぇでキッチリ避けてんじゃねぇか」

 

 当の本人からはジト目で抗議されるが、効率を考えればいい手段の筈だ。

 

「それにこの程度の攻撃、当たったとしても碌にSE削れねぇだろ?」

「そういう問題じゃない!」

 

 空になったドラムマガジンに弾を詰め直しながら笑えば強い語調で文句が返ってくる。

 それと同時に最後のリッカーが首を刎ねられ、絶命した。

 

      *

 

 最終的に培養室内のカプセルにいた十数体のリッカーを全滅した俺達は奴らの血だまりを踏みながら室内を散策した。お目当ての物は一つも無かったが、リッカーに関するいくつかの研究資料は回収できた。

 英語で書かれたそれを読んだ限りでは、個体名『リッカー』は意図的に作られた生物兵器らしい。

 俺が知っているゾンビパニック物のリッカーは、二次感染したゾンビがウィルスに汚染された人肉を喰らい続けた果ての突然変異タイプと、人体に直接ウィルスを打ち込んで出来上がったB.O.Wタイプの二種類存在する。俺がよく知る映画版は後者のものだ。そしてこの両者に共通するのは、ウィルスの変異に任せた結果という点にある。ウィルスを打ち込む後者のタイプも、感染後に関しては経過観察しかされていなかった設定なのだ。

 だが、リアルで殺し合ったリッカー達は、【K-Virus】による細胞変異に介入し、敢えて退化する機能と進化する機能を操作した個体例らしい。一度完成したものを量産したのがこの部屋にあった個体のようだった。

 

「なるほどなぁ……」

 

 内容を理解した俺は顎を撫でながら思考を回す。

 おそらくだが、この研究に携わっているヤツは外国で人気のゾンビパニック物を参考にしていて、まずはそれを作り出す事を目標にしたのだ。だからリッカーやハンターが存在した。そうして素地となる技術を育て、基となるウィルスを作った後、そこから独自のものを作り上げていく計画なのだろう。

 下手をするとフィクション以上の惨劇がリアルでも起こりかねないという訳だ。

 どこまで研究が進み、また例のウィルスがどんな変異・特徴を齎すものかはイマイチ不鮮明だが、確かな事は、フィクション作品のクリーチャー共が再現されている事だ。突然変異のものも意図的に作り出している以上もっと多くのB.O.Wが作り出されているとみて間違いない。

 

「ガブリエル、ヴァサゴ、二人はどれくらい(くだん)の作品について知ってるんだ?」

「私は名前を聞いた事がある程度だ。あとは隊員が呟いていた程度だから、ほぼ知らないに等しい」

「俺は映画くらいなら知ってるが、そこまでB.O.Wって出てきてないんだよなぁ……」

 

 ジャンルの代名詞になるくらい『ゾンビ』が出て来る作品ではあるが、実のところそいつらは二次感染したもので作品の根幹を為すウィスルで目指している生物兵器そのものではない。だからこそ『B.O.W』と呼称が区別されたリッカーがラスボス的立ち位置に据えられていた。ゲームでは道中の雑魚Mobとして多数配置され、中には亜種も存在したというが、映画だとそんなに出て来ないのが常なのだ。

 だから俺自身、そこまでB.O.Wシリーズについて深く知っている訳ではなかった。

 

「有名どころだとハンターにケルベロス、あとタイラントとか言うヤツも居たっけか」

「……タイラントだけ初耳だな。まだ会ってないよな?」

「ああ。つーか会いたくねぇよ、タイラントまで現実に居たらと考えるだけでイヤになるぜ」

 

 『タイラント』はシリーズの発端となったウィルスの頭文字に因んで名づけられており、英語やギリシャ語で『暴虐』という意味を関している。名は体を表すように圧倒的な戦闘能力と生命能力を併せ持ち、兵士として任務を遂行するだけの知能を有するため度々キャラクターに襲い掛かる強敵として語り継がれていた。

 元は成人男性にウィルスを投与、更に人体改造を施して作り上げられているらしい。

 そして映画に出て来た個体はロケットランチャーやガトリングガンなど超重量火器を難なく使いこなしていた記憶がある。更に追い詰められるとリミッターが外れる暴走形態も有しており、異常な回復力と合わさり、どんどん異形化していった。異形化に関してはウィルスの細胞変異を伴っての回復だからだろうが、実際に相手をするとなればかなり絶望的だ。なまじ映画で見ているせいかフルオートショットガンすらチャチな玩具に感じてしまう。

 訥々と映画の所感を交えつつ『タイラント』に関する情報を伝えると、和人もガブリエルも腕を組み、難しい顔になった。

 

「……実際問題、倒せるのか、それは。幾度となく復活するとなるとこちらが先に弾切れになるぞ」

「一体ならまだしも、複数出て来られると流石に苦しいな」

「俺もそう思うぜ」

 

 一体だけならまだ何とかできるだろう。

 だが他にも化け物が居て、視界不明瞭な中、限られた武装で倒せるかと言われると首を傾げざるを得ない。タイラントに集中する余り天井や背後から奇襲を受け、そのままデッドエンドを迎える未来がありありと予想出来てしまう。

 とは言え気を揉むばかりでは仕方ないので出て来ない事をカミサマに祈りつつ、俺達は《実験体培養室》を後にした。

 

       *

 

 培養室を後にした俺達は、地下四階への階段に向かう道中で熱烈な歓迎を受けた。

 相手はハンター、リッカーばかりだが、その数は計り知れない。さっきまでどこに隠れていたのかと思うほどの数は、培養室での轟音を契機に各ブロックから集まって来たからだろう。種類は単調だがどちらも跳躍力、攻撃力は極めて驚異的で、しかも並みの銃弾では貫通すらしないため、俺とガブリエルはほぼ抵抗の手段を喪っていた。

 それでもみすみす死ぬつもりはないので、次々に虐殺していく和人の後を追いながら、俺とガブリエルは天上と左右目掛けてショットガンの弾を惜しみなく叩き込んでいった。

 どっちも使っているのはフルオートショットガン【AA-12】、つまり一発につき12個の小型鉄球が飛ぶ散弾だ。散弾銃はとにかく敵を怯ませる力が強い。近距離で撃ち込めば狭い範囲に集中的に鉄球が叩き込まれる事になるので、ハンターの固い表皮も問題無く抉れた。致命傷ではないが戦闘力を削ぐだけでも今は有難い限りで、リローディングを【黒椿】が自動でしてくれるのを良い事に矢鱈滅多に散弾をばら撒いて行く。

 そのまま走り抜け、滑り込むように地下四階に下りる階段へ突入。

 背後で多数の化け物が追い掛けて来るが、再度構築された隔壁により進入が阻まれたため、ここで逃走劇は一旦終了となった。

 

「ふぃ~……今のをマトモに相手してたら命が幾つあっても足りねぇぜ……」

 

 一息入れられると分かり、俺は壁に寄り掛かりながら大きく呼吸を繰り返す。

 血路を開く役割は実質無敵の和人がしているから最初に襲われた時に較べれば遥かにマシだ。しかし不意打ちでリッカーの分厚い舌が飛んで来たり、開いた距離を一気に詰める跳躍でハンターが迫って来るのを見ると、流石に冷や汗も流れる。

 命のやり取りを愉しいとは思うが、流石に帰途でもう一戦交えたいとは思わない。

 映画よろしく秘密の通路やエレベーターで一気にショートカットして帰りたいものである。

 

「……アキト・オリムラを伴って来た道を戻るのは、流石に困難な気がするな」

「まったくだ。そいつ、そこまで戦闘能力高くねぇだろ。【白式】があったところでここじゃ狭くて却って邪魔になるしよ」

 

 そう、そうなのだ。

 ウィルスやワクチンの事も気になるが、一番問題なのは護衛対象になる織斑秋十である。アイツを守りながら帰路を進むのはかなり厳しい。射線を遮られ、死角も増えるISを使われた場合、リッカー達相手に不利どころの騒ぎではない。

 

「和人、そいつ見捨てた方がいいんじゃねぇか? お前も憎んでんだろ? そもそも助ける義理も無いだろ。三年前、お前を見捨てて逃げた奴なんだからよ」

 

 ここぞとばかりに俺は(まく)し立てた。

 ロクに抵抗できないままISを奪われ、拉致されたアイツは、三年前の時の焼き直しのようだ。なにせ誘拐を指示した組織も同じだ。

 違いと言えば、アイツを助け出す側に弟が来ている点だ。

 どうやってか拘束から抜け出したアイツは、その気になれば弟を助け出せた筈だ。それでも目の前で見捨てて一人で逃げた。誘拐犯を恐れて逃げただけでなく、明確に弟が死ぬと考えた上で見捨てたのはかなり意味が違う。

 そんな奴を救い、護ろうとして、それでこちらが死ぬのは堪ったものではない。

 

「前に言った筈だぜ。無能な味方ほど、邪魔なモンはねぇ」

 

 学園を襲撃した時と同じ台詞。

 あの時は当時ドイツ代表候補だった女について言及した。いまは神童と謳われた織斑秋十を指して言っている。

 

 ――なんという皮肉だろうか。

 

 俺は自分が言っている事を振り返りながら、ふと僅かなアイロニーを感じた。

 天才と謳われた実の兄。

 無能と蔑まれた実の弟。

 かつては天才(あに)無能(おとうと)を見捨てた訳だが、今回はその逆が起きている。いや、ある意味ではそのままだ。天才が有能という表現になっただけ。

 それはコイツの復讐心に報いる選択だ。同時に最大の意趣返しでもあるだろう。ここで見捨てれば、秋十は自身が無能と見下していた相手から、無能だと叩き返された事になるのだから。そしてその選択の果てにヤツが命を落とせば、復讐は実を結び、究極の甘露となって和人の意識を支配する。

 

「なぁ、和人。見捨てちまえよ。かつてされた事をするチャンスだぜ? やり返しちまえば面倒事ともオサラバ出来るだろ? 憎い相手を守るってのはイヤだろ?」

 

 囁くように紡ぐ俺の言葉に、和人はなにも返さない。ただ黙って見上げて来るだけだ。

 薄暗い闇の中でも見える金の瞳に、果たしてどんな感情が渦巻いているのかは分からなかった。

 ただ分かるのは、いま和人は確かに葛藤しているという事だ。

 俺はその葛藤に、ほんの少し誘惑を混ぜるだけでいい。なぜなら行動を起こすだけの起爆剤は和人自身が既に構築しているからだ。世界から集めた憎しみは既に芽吹き、あとは蕾が花開く時を待つばかり。それが花開けば敵意が敵意を呼び、憎しみを産み、復讐となって、最後は滅びを齎すだろう。

 人がフィクションに求める愛憎劇のワンシーンが世界全土に広がるのだ。たった一人の意志が、世界を滅ぼす核となる。

 きっとその姿は、世界に絶望し、生に諦めた廃棄孔(オリムライチカ)やホロウ達以上の悍ましいものだろう。

 

 ――だが。

 

 誘惑し、悍ましい地獄絵図を夢想する傍ら、俺は半ば確信を抱いていた。

 コイツは、俺の誘いには乗らないと。

 

「変わらないな、お前は」

 

 その証拠に、和人は皮肉たっぷりな笑みを浮かべた。

 表情、目、笑み、どれをとっても憎しみは滲んでいない。諦めて自棄になった訳でも無い。未来があると、ここを生き延びられると希望を抱き、進もうとしている者の目だ。

 

「たしかに、ここで見捨てれば意趣返しにも、復讐にもなるだろう。それをまったく考えなかった訳じゃない。むしろ俺自身の事を考えて跡形もなく粉々に潰した方がいいとすら思ってもいる」

「お、おぉ……」

 

 結構容赦がない考えに若干引きつつ、まあその方がいいだろうと納得する。

 和人は見捨てられた後、研究所で人体実験を受け、今に至る身だ。復讐される事を考えれば自身の手で殺した方が確実性は高い。《亡国機業》に悪用される事を考えれば消した方がマシなのは同意見だった。

 おそらく秋十が逆の立場なら、真っ先にその選択を取っていたに違いない。

 

「だが、俺には優先すべき事がある。あまりこの手を穢す訳にもいかないんだ」

「ほぉ……つまりお前は、織斑秋十の事は自分の手を汚してまで殺す価値も無いって言いたい訳か?」

「まあそうだ」

 

 俺の解釈にアッサリと頷いた後、それに、と和人は言葉を続けた。

 

「昔と同じ状況で自分がした事をされずのうのうと生かされている方が、秋十のプライドにはキツいと思わないか?」

 

 満面の笑みで、そう和人は続けた。

 

「クッ……ハハハッ! いいねェ、そいつは! それなら殺さないのも当然だ!」

 

 和人の返しに、俺は本心で爆笑した。腹を抱え、壁を叩く。「静かにしろ」とガブリエルに注意されるのもお構いなしだ。

 つまり和人は、生き恥を晒せと言っているのだ。

 それもまた意趣返しだ。他の奴なら小物かとも思うが、コイツに限ってそんな事は無い。他に方法がないからではなく、いまこの状況で敢えて殺さず秋十が苦しむ方法を取らないという和人の方が上位に立っている構図を考えるほど、秋十が慈悲を受けているようで面白い。

 さんざん理不尽に虐げていた奴が、立場が逆転してもそれをされない。

 だが、周囲はどうだろうか。

 和人と秋十を比較したところで結果は見えている。なぜなら、和人が出来ていた事が出来なかったから秋十はいま拉致されているからだ。それでアイツを持ち上げる奴は首に乗っている容れ物にオートミールしか詰まっていないに違いない。

 結局のところ和人からすればどちらに転んでもいいだろう

 自身が持ち上げられれば、それまで和人を虐げていた秋十は惨めな思いをする。逆に秋十を持ち上げられても客観的に和人に出来た事が出来ていない事実が足を引っ張る。どちらにせよ、秋十は今後一生生き恥を晒す。屈辱的な人生に違いない。

 既にネットに拡散されている七十五層での失態で名声は地に堕ちているが、人格だけでなく能力的にも劣っていると証明された訳だ。ここから巻き返すには相当な大事件が必要となるが、和人が国境を超えて活動できる以上、確実性を求めて秋十に仕事が回って来る事はほぼ確実に無いと見て良い。

 いい気味だ、と俺は笑った。

 

 ――そして、一番笑えたのは和人自身に対してだ。

 

 歓喜と言ってもいいかもしれない。期待を裏切られなかった事に、俺は喜んでいた。

 この世界はクソッたれな事ばっかりだ。両親に愛された事もなく、女尊男卑風潮に虐げられた事もある俺は、基本的に東欧人全般に憎しみを抱いている。殺し合いをして馬鹿にする事に悦を覚える程だ。

 そんな中で唯一、コイツだけは無条件に信じられた。

 死と狂気に満ちた研究所で、惰性ながら生に足掻き、最後まで生き抜いた人間。

 光ではあるが、闇でもある。

 そんな中途半端な存在の筈が、両方に振り切れた面白い人間はコイツだけだ。ある意味で裏にいるのに、どこか純粋な人間性は、俺がどれだけ苦しめても壊れず、どんなに誘いかけても汚れなかった。他人に主体を委ねているクセして何故か自分を曲げようとしない。

 

 ――たっく、羨ましいぜ、ホントによ

 

 和人が人を斬る時、自分の意思を曲げない時、必ずその理由にいる連中の事が羨ましく思えてならない。アイツらが居る限り殺意や復讐心に呑まれる事はないだろう。

 出来る事なら、殺意100%の和人と殺し合ってみたい気持ちもあったが……

 それならそれでいいだろう。復讐心を超克し、心に磨きを掛けた剣士と殺し合うのもまた一興。

 問題は現実側だとまともに勝負にならない事と、勝負の舞台に和人自身が出て来る機会が減る可能性か。

 

 どこかに現実みたいに痛みがあって、血を流れる、リアル版SAOのようなVRMMOはないだろうかと、俺は無いものねだりに考えながら先に進んだ。

 

 






・リッカー
 舐める者、という意味を持つ。
 ゾンビ化した人間が更にt-ウィルスに汚染されて突然変異を起こした結果、誕生したクリーチャー。実写版ではt-ウィルスを体組織へ直接注入された人間が変貌したB.O.W.として登場する。
 獲物を見つけると長い舌を槍のように硬く伸ばして相手の急所を貫いて仕留める攻撃方法を持つ。
 今話でヴァサゴに死を悟らせた。


・タイラント
 狂気の研究を象徴するクリーチャー。
 人間の成人男性をベースにウィルスを投与し、様々な肉体強化を施して製造された究極のB.O.W.。圧倒的な戦闘能力と生命力に加え、任務を遂行する兵士としての行動が可能な知能をも有する。
 生命の危機に瀕すると暴走したり、それによって身体そのものをも変化させ得る特徴を持つ。そういった強靭な生命力を持つため、大抵の個体は特殊な手段を用いない限り、止めを刺せない。
 初期タイプは皮膚の腐食が進んでおり、心臓や脊椎なども露出していた。
 それから改良されたものが正式な『タイラント』。片腕の爪が肥大化した化け物タイプから、コートなど人間に擬態したタイプなど亜種が多い。

 本作では未登場だが……


・ヴァサゴ・カザルス
 和人大好き人間。
 本作では三年前からずっと目に掛けていたので、地味に原作より好感度が高かったりする。
 和人が剣を執る理由として『誰かのため』が最優先になっている事を理解し、復讐心や殺意を二の次にしている点から、善性と悪性の両方を高く評価している。悪性に振り切った《獣》として戦うか、善性に振り切った《英雄》として戦うか、そのどちらであってもヴァサゴは悦ぶ。
 誘いを掛けたのは悪性に振り切らせたい欲求と、穢れないところを見たい欲求を同時に叶える行動だったため。
 今の和人を支える少女達に嫉妬にも似た羨望を抱いている。
 ――が、仮にヴァサゴを心の支えにした場合、和人に対して興味を喪うのでこの対応がベターだったりする。
 ちなみにベストは『問答無用で殺す』事。ユウキ達も安全になるからネ。

 最後に願った世界とは……


・桐ヶ谷和人
 復讐心は超克済みの主人公。
 葛藤や思い悩む事はあるので完全に吹っ切れた訳ではないが、悪魔(ヴァサゴ)の甘言を笑って跳ね除けるくらいは心が強い。それを支えているユウキ達の存在は正しく楔。
 ヴァサゴに『核』扱いされているが、あながち間違いでもなかったりする。

 リッカー、ハンターなど固い敵にも通じるレーザーブレードによる即死攻撃を持っており、更にシールドバリアがあるので、基本前でバッサバッサと虐殺していっている。血は風で防いでいる。
 後ろを見ないでヴァサゴのショットガンを躱せていたのは着弾地点の移動、敵の位置から推測して動いていたから。




 察されてるかもですが、和人と殺し合えるとなった場合、ヴァサゴはスーパーハイテンションモードに移行します()

 原作でも『憎んでる……? 俺がどれだけコイツの事を愛してるか、アンタ(アスナ)なら解ってくれると思ったがな』とか言ってるからね。ヴァサゴもある意味原作キリトの人格に惹かれてたんだなって……

 では、次話にてお会いしましょう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。