インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

視点:ユウキ、アスナ

字数:一万一千

 ではどうぞ。


※無間とは
 無間地獄のこと。
(1)仏教において地獄の世界観として提示される「八大地獄」のうち、最も大きく恐ろしい地獄のこと。阿鼻地獄ともいう。「無間」の語は間断なく事が続くさまを表現する語であり、無間地獄は他の7地獄が生ぬるく感じられるほどの責め苦を受け続ける地獄であるとされる。
(2)ひっきりなしに苦難に苛まれるさまを仏教的地獄になぞらえて表現する言い方。





Chapter1:無間の剣士 1

 

 

 拝啓、天国にいるお父さん、お母さんへ。

 デスゲームに囚われてしまって、すごく不安にさせてしまったこと、今でも申し訳なく思っています。

 それに加えてあと二つ、ボクには謝らなければならない事があります。

 ボクはイエス様も、マリア様も、神の事を、もう信仰できません。二人を救わなかった神を、この世界を救わない神を、もう信じ続けられません。ボクが信じられるのは、そこに生きる人の愛だけです。愛する人を救わない神を信じる事は出来ません。

 そして。

 

 ボク、紺野木綿季はいま――――

 

 

 

 

殺し合いをしています。

 

 

 

 

Chapter1

無間の剣士

 

Activated

 

 

 

 

      *

 

 《製薬会社スペクトル》。

 その企業は世界を股にかけ、数多の国々に支社を置くアメリカ合衆国が本部の製薬会社だ。厳密には薬品製造だけを生業としている訳ではなく、その部門を持つガリバー企業――小さな市場を殆ど占有している企業――にして、多国籍企業というのが実態である。つまり医療・薬品業界に於いて、《製薬会社スペクトル》を上回る企業は存在しないと言ってもいい。

 支社は日本にも存在しており、自分と姉が受けた骨髄移植の提供元『日本骨髄バンク』に最も支援しているのはその企業だと聞いた事もある。

 あの治療で救われたからこそ支援している企業にも感謝し、名前を憶えていたのだが。

 

「まさか、テロ組織が本当の顔だったなんてねぇ……」

 

 まるで上げて落とされたかのような気分で呟く。

 見方によっては自分達もテロリストっぽい事をしているとも思うが、まぁ、非常事態だから大目に見てもらいたい。

 現在は本社ビルの一階を散策し、地下へ通じる通路を探しているところだが、今のところ手掛かりになりそうなものは見つかっていない。バリバリ不法侵入しているが警報すら鳴っていないが、ところどころに血の跡がこべりついているのを見るに理由はお察しだ。

 普段なら同情するところだが、原因となったのが此処だと知った今、ボクの内心はかなり冷ややかだった。

 

「ユウキ。その顔、戻るまでに戻しとかないとだよ?」

 

 家探ししているとツーマンセルを組んだ相方のアスナが苦笑顔で忠告してきた。フルダイブ中のアバターは表情をダイレクトに表現してしまって隠せないから、そのせいで表情に出てしまっていたらしい。

 

「……ごめん」

「いや、謝らなくっていいよ。気分が悪いのは私だって同じだしね」

 

 柔和に笑いながら、アスナは机上に散らばっている資料に目を通していく。

 

「……全然そうは見えないけど」

「うーん、あまり考えないようにしてるし、いまは和人君の助けにならなきゃって思ってるからかな?」

「ああ、なるほど……」

 

 返答を聞いて、納得した。

 彼女はIS学園襲撃事件で、和人に庇われる形で彼が大怪我した瞬間を間近で見た人物だ。悪く言えば彼女を庇ったから彼が大怪我をしたと言える。そのことで彼女は己の無力を悔いている事をボクは知っている。

 だからこそ、今回の事にも率先して志願してここに来ているのだ。

 あの時の無力感を繰り返さないために。和人の犠牲を許さないために。

 それは、その気持ちは――――

 

「アスナも……和人の事、好きなんだね」

「うん」

 

 静かに問えば、間髪を入れず強い肯定を返される。

 

「私ね、和人君には三回も救われてるの。ログアウト・スポットのデマに引っかかった時。クラディールに襲われた時。そして少し前の、学園襲撃事件の時……いつもね、和人君が助けに来てくれた。一回目で彼が助けてくれた人だって気付いたのは、《クラウド・ブレイン事変》のログを見た時だったけどね」

 

 資料を集めながら、アスナは真剣に語っていく。ボクも手伝いつつ意識は彼女へ向けられていた。

 

「ホントはSAOに居た頃からずっと惹かれてた。だけど燻ってた。ただ私は両親に言われるがままに育ってきて、自分がどうしたいのかよく分からなかったから先延ばしにしてたんだよ。私は両親から逃げてたの」

「……でも、もう決めたんだね?」

 

 確信を持った問い。

 彼女はまた、うん、と肯定を頷いた。

 

「未来の事なんて分からない。キャリアとか成績とかで可能性を広げる事を母さんは重視してて、それも大事だとは思ってる。でも、その広げた可能性で、したい事が解らなかった。だけど今は違う」

 

 そこで、アスナがボクの方を見た。

 まっすぐと、綺麗な眼差しだ。(はしばみ)色の瞳には強い輝きがある。薄暗い部屋の中でも光るそれは、まるで夜空の星のよう。

 【閃光】の異名の所以がそこにはあった。

 人は彼女の速さを指して言う。けれど、本当は違う。人々を率い、指揮するカリスマ――彼女の魂の輝きこそを、【閃光】と誰かが喩えたのだ。

 燻っていたと本人が言ったのは事実なのだろう。

 なにせ彼女の瞳の輝きは、いままでのどんな時よりも、はるかに強いのだから。

 

「私、和人君を支えたい。彼を助けたい。出来る限り傍にいて、彼の力になりたい。彼に救われたこの命を、彼のために使いたいの」

「……そっか」

 

 ともすれば狂っていると言われかねない発言に、しかしボクは頷くしかなかった。

 彼女は本気だ。本気で命を懸けて、彼のために尽くそうと考えている。そうなったらもう止められない事をボクはよく知っている。アスナが意外に頑固だからではない。同じ気持ちをボクも抱いているからだ。

 

「じゃあ、これからはアスナも仲間で、ライバルだ」

「ふふ……そうね。でも私は、みんなと喧嘩なんてしたくないよ。和人君を助けるならみんな一緒の方がいいもん」

 

 むぅ、と不満げに言うアスナは、年上なのにどこか可愛らしい印象を与えてくる。恋のライバルだというのに気が抜けるのは、彼女が本気でそう思っているからに他ならない。そして、やはりボクも同じ考えなのだ。

 彼の一番を、と。かつて考えた事もある。

 ――でも、そんな事を言ってられる時ではない。

 確かに一番になれたなら嬉しい。けれど彼の性格を考えればそれが実現しない夢物語に過ぎない事は火を見るより明らかだ。加えてそれに固執する必要もない。最も固執すべき事は、彼が生還し、平和に、幸せに生きる事。それさえ満たせれば構わない。誰が彼の一番になろうと頓着しない。

 愛のカタチは、結婚というもの一つではないのだから。

 

 言うなれば、そう――『無言の献身』か。

 

 二年以上の歳月が掛かったのはかつてとは状況が一変したからもあるから、一概に遅いとも言えないだろうが、想いを自覚してすぐその答えに至ったアスナは、やはり聡明なのだろう。

 その聡明さを、ちょっとだけ羨ましく思う。

 

「ね、アスナ。今度ALOで女子会しようよ。いまの話、女子の間で共有するべきだと思うんだ」

「えっと……その女子会って、誰が入ってるのかな……?」

「ユイちゃん、ストレア、リーファとシノン、ボクと姉ちゃんとサチでしょ、あとアルゴにレインにセブンが常連だね。たまーにリズとシリカ、フィリア、ひより(クロ)が来るね。和人に明確に好意を持ってる女子メンバーグループって思えばいいよ」

「わぁ、すごい人数…………前々から思ってたんだけど、和人君ってさ、やっぱりたらし?」

「ドが付くくらい天然な上に朴念仁だね」

 

 ボクの返答に、アスナがわぁ……と頬を引きつらせた。

 和人は心の底から善意で人助けに動く事が殆どだ。ボク達が把握してないだけで、他に引っかかっている女子が居る可能性だって十分ある。いまのグループに参加してないだけでも把握してるだけで楯無、簪、クロエ、ラウラの四人はほぼ確定で好意を持っている。あと束博士も若干怪しい。

 半年程度で四人も既に確定なので、今年中にもう一人、二人増えてしまいそうで、そこのところはちょっと悩むところ。女学園同然のIS学園に入学する来年からの事はもう目を背けてしまいたいほどだ。

 しかし彼の善意の人助け(天然朴念仁)に惹かれた身であるため、女子会の面子の誰もが強く言えないでいる。『もっと自分を優先しなさい』と忠告するのが精々だろう。

 それも人の命が喪われそうな場面に遭遇した時に『助けない』という選択が出来る筈もないので、ほぼ意味を為さないと思うが。

 せめて今後彼に惹かれた人も彼の事を一番に考える人であって欲しいと願うばかりである。

 自分で言うのもアレだがボクやアスナのような思考の人はかなり稀というか異質なパターンだと思うのであまり期待していないが。

 

「うーん……今の内に対策を練った方がいいかなぁ……」

「……もしかしてだけど、その女子会グループのリーダーってユウキだったりする?」

「え? うん、そうだよ。まあ話題によってまちまちだけど基本ボクかなー」

 

 純粋に勉強会や情報交換で集まる時は言い出しっぺがリーダーになるが、和人関係の話になると決まってリーダーはボクになる。アルゴ曰く、一番に告白に動いたかららしい。リーファが推薦してきたから断れなかった経緯もある。

 思い出しながら答えると、わぁ、とアスナが顔を輝かせた。

 まるで妹の成長を喜ぶ姉の顔だ。

 よく見てきた表情である。

 

「じゃあ私が恋の後輩だねっ」

「……うん? えっ? じゃあボクが先輩って事?」

「うん、そう! 恋のご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします、ユウキ先輩!」

 

 びしっ、と敬礼を取るアスナ。どこかオーバーなそれが面白くて、ついつい吹き出してしまう。

 

「ふふ、アスナって時々面白い事言う時あるよね」

「でも実際ユウキの方が先輩だよ? 経験値もユウキが上だし」

「や、やめてよ。経験値とかそんな大袈裟なものないってば」

 

 やや雲行きが怪しくなり始めたので、剣を握っていない左手を振って追及を逃れようとする。しかし()を自覚し、燻る事を止めたアスナは興味津々のようで、目をキラキラさせている。

 

「そんな事言ってー。キスはしたんじゃないの? セブンちゃんとか最近したって言ってたよ?」

「……それが、まだなんだよねー。ははっ」

 

 アスナの問いが自分も気にしていた事でつい落ち込んでしまう。

 そう、そうなのだ。告白してからおよそ一年経った今、リーファ、シノン、セブンと告白と共にキスをした人が続出する中、最初に告白した自分は未だに一度もキスが出来ていないのである。地味に二人っきりの食事やクエストデートをしているのに、だ。

 恥ずかしいというか、機会を逸しているというか。

 和人のためなら命を懸けられる、という内容は臆面もなく言えるのにそういう行為になると途端に腰が引けてしまうのだ。抱き締めたりした時を狙いもするが、そういうときは彼のメンタルケアが必要な事が多く、まるで傷心中の隙を突くようで気が引けた。好きな人が落ち込んでるのを見たくないせいで、世話を焼いてしまうのだ。多分それがボクの性分なのだろう。

 それを繰り返す内にどんどん時間ばかりが過ぎていき、どんどんライバル達に先を越されていく。

 

「あはは。泣ける」

「えっと……その、ごめんね。悪気はなかったんだよ」

「純粋に謝られるのもそれはそれでキツいんだよなぁ……!」

 

 アスナもところどころお嬢様特有の天然を発揮するが、こういうときに発揮しなくてもいいと思う今日この頃だった。

 

      ***

 

 ユウキにはああ言ったが、実のところ、私の内心は表面上と違ってそこまで穏やかではない。

 怒り、だろうか。燻っていた想いに正直になったからか、一際幼い少年への感情が強まったと同時、彼に対する仕打ちへの怒りも強まっていた。彼への誹謗中傷はもちろん、過去酷い仕打ちをした者達への怒りが胸中で煮え滾っていた。

 織斑秋十も。

 須郷伸之も。

 PoH(ヴァサゴ)も。

 《亡国機業(ファントム・タスク)》も。

 彼と明確に敵対した者達への怒りがあった。残酷な事はあまり得意でない私が剣を握っていられるのも怒りが恐怖を上回っているが故だ。

 けれど、何よりも怒っているのは別の事。

 

 

 ――彼の苦しみが、定められた運命だったなんて。

 

 ――みんなの苦しみも、恐怖も、全部。

 

 ――《あの世界》での出来事が全部、決まっていた事だなんて……!

 

 

 それは、世界に対しての怒り。あまりに世界を俯瞰している何者かへの怒り。

 そしてその『抽象的な存在』を代表するのが織斑秋十だ。

 転生者・織斑秋十はデスゲームの事を知っていた。知った上で、あの男はあの世界での出来事を愚弄したのだ。当時は全損者も死ぬと誰もが思っていたからこそその罪は重い。彼は己の目的の為に――ただ、女性に持て囃されたいだけで――弟を苦しめ、人の死を軽んじ、必死に生きている人達を犠牲にする事も良しとした。

 その事実を知ってから、私の胸中は和人への想いと等量の怒りで占められている。

 愛剣・ランベントライトを強く握る。ギシ、とIS技術製特殊合金の柄が軋みを上げた。

 先行する紫紺の少女がちらりと見て来たが、すぐ前に視線が戻る。

 危ない危ない、と気を落ち着けるべく深呼吸する。機械の体に空気が入る感覚が伝わって来る。幾分か、胸の内がスッキリする。

 

 

 ――和人君は、どう思っているのだろう。

 

 

 落ち着いた思考は、心の半分を占める少年へと向けられる。

 怒り、憎しみの象徴とも言える実の兄は悍ましい思想で動く異常者だった訳だが、それでも彼は助けようというのだろうか。

 途方もない負の瞋恚を迸らせ、兄の魂を傷付けた彼が。

 助けた恩を仇で返されるだけがオチだと思う私に秋十を助ける気はあまり無い。彼が噛まれ、死なないよう、彼の剣としてここにいる。それは恐らく他の面々も変わらない筈だ。心優しいユイやシリカですら、秋十の真実を知って嫌悪を露わにしたくらい。和人が動かなければ、どれだけ【森羅の守護者(カウンター・カウンター・ガーディアン)】に対する要請があろうと動かなかったに違いない。まあ彼を監視兼護衛するための部隊だから当然なのだけど。

 

 

 ――ううん、そうじゃない。

 

 ――和人君は『助けたい』と思って動いてるんじゃなくて、そうしないといけない事情で動いてるだけ。

 

 

 《亡国機業》のアジトを見つけ、そこを襲撃する理由を作る為に秋十を囮に使った。だから彼の目的は秋十を助けるのではなく《亡国機業》を潰す事。

 結果的に同じ事だろうと、その違いは小さいようで非常に大きい。

 感情を理性で抑えている。

 

「……ふぅ……」

 

 凄いなぁと心で呟きながら息を吐く。

 自分より五つも年下なのに彼の方がずっと大人だ。本当は傷付きやすい子なのに、デスゲームで悪を演じ始めてからの印象、追い付こうと見続けた背中がすごく大きくて、勘違いしそうになる。顔は笑って、心で泣くから余計にだ。

 そうやって耐えるから、助けなくちゃ、と思う。

 そうして、私に出来る事はなんだろうと考えるのだ。

 かつて――IS学園襲撃事件まで――は、それに答えを出せなかった。自分自身を見ていなかったからだ。そんな状態で決められる筈もなかった。

 今はもう答えが出ている。

 そっと、左手で左耳に触れる。アバターにはないが、現実では度々付けているウェアラブル・マルチデバイス《オーグマー》をそこに装着している。開発チームを除けば、民間で使っているのは彼と私の二人だけ。他の人よりちょっとだけ特別な関係だ。

 キッカケ自体は特別じゃない。《オーグマー》を研究・開発を主導している『重村ラボ』が製作に関して《レクト》にテストを依頼し、CEOである父が彼と私にそれぞれ頼んだだけ。

 

 ――それが、私の答えのヒントになった。

 

 彼を想う女の子は沢山いる。ユイのような人工知能を含めれば、両手の指ですら足りないほどの人数は彼が戦い続ける限り増えていくだろう。彼が剣を執るところには助けを求める人がいるからだ。

 彼の楔となり、助けとなるのに数は最早十分だ。個々が彼と強く結びついている。

 だから大切なのは質。女性側の社会的地位(バックボーン)。現状の助けは個人の域で留まっているが、私は公的な立場を利用して彼を助けようと考えた。それは篠ノ之束、更識楯無と同じ方法。彼女達がIS側で援助するなら、私は七色と同じようにVR技術側から援助しようという計画だ。

 私にはそれが出来るだけの材料がある。他の子にはない先天的な地位があり、未来の選択肢がある。母・京子の言葉が答えなのだ。

 良い大学を出て、良い企業に就職する。かつては否定した彼女の未来図に、結果的には従う事になる。

 

 だが――――これは、そうじゃない。

 

 母が敷いたレールを歩く事にはなるだろう。かつての私ならそれに唯々諾々と従い生きただろうが、想いを決めた私は違う。父が求め、母が敷いたレールを歩き、自分自身を強くした上で――私は、彼の下へ往く。

 いつまでも学生(こども)ではいられない。

 いつかは大人になって、社会へ出る時が来る。そのとき彼を助けられないのでは意味が無い。ただ惹かれ、彼に甘えるだけになってしまう。

 命も心も救われた無力な時のように、助けられるばかりになる。

 

 

 それだけは、ぜったいに嫌だった。

 

 また危険な場所に彼を残し、逃げるだけなのは嫌だった。

 

 そして、なにより……

 

 

 そこで、魂を受け継ぎ続けた愛剣に目を向ける。

 銀鏡仕上げの刀身に映るのは、求めてやまない剣士(【閃光】)の姿。

 

 

 

 安全な場所で嵐が過ぎるのを待つだけなのは……もっと、嫌だった――――

 

 

 

 その存在を確かめるように、愛剣の柄をぎゅっと握った。

 

      *

 

 散策を開始して二十分後。

 流石に世界を股に掛ける企業の本社というべきか、一階を見て回るだけでも相当の時間を喰ってしまい、私とユウキは内心で焦っていた。他の面々と通信を介してやり取りをしているが、他も似たような状況らしい。

 あまり悠長にしていると《亡国機業》の襲撃を受けるので、最初は談笑していた私達も流石に気を引き締め、無言で部屋を次々家探ししていく。

 

「アスナ、鍵、見つかった?」

「ううん、ダメ。この部屋も外れみたい」

「そっかー……じゃ、次行こっか」

 

 ユウキの促しに頷き、部屋を後にする。

 地下なのだからエレベーターを使えば……と思わなくもないが、薬品の研究・開発を担っているためか、相応の管理体制が敷かれており、エレベーターは地下に行こうとするには職員専用のカードキーが必要だった。地震などを考慮して非常階段がある筈なので、現在はカードキーと非常階段を並行して探している真っ最中。

 それとは無関係に部屋の書類をひっくり返すように見ているのは、外で起きているバイオハザードに関する研究資料がないか探すよう束博士から依頼されているためだ。

 私達のアバターは【無銘】と【黒椿】それぞれのコアの演算領域を使用し、リアルタイムで運動信号・感覚信号の送受信を行っており、視覚・聴覚に関しても一度はコアのどちらかを経由する。つまり私達が見聞きした情報はコアのログに記録される仕組みだ。更に言えばコアまでの通信サーバーも経由しているため、多重でログが残る。私達が理解する必要は無く、とにかく視覚ログに残ればいいので資料を漁っているという事だ。

 つまり私達、資料の中身に関してはまったく吟味していない。せいぜいが表題程度だ。

 それでもファイルの数が尋常じゃないので一部屋の家探しを終えるのに時間を要しているのだが……

 

「アスナ、一階の資料をひっくり返す意味ってあるのかな」

「うん、私もちょっと思ってた。せめてキーロックが掛かってる機密扱いの部屋とかの方がいいよね」

 

 馬鹿正直に全部ひっくり返すのが面倒になったか、ユウキが先に痺れを切らした。

 SAO時代にも特定のキーアイテムを探すクエストは山ほど存在した。キーアイテムは大抵関係あるところに置かれているのが常で、プレイヤーは因果関係を考慮しながら探り当てるのがオーソドックスな攻略法。今回に当て嵌めれば、私達は地下で研究されただろうウィルスの情報を、表向き真っ当な体裁の地上一階で探しているというあべこべな事をしている事になる。

 根っからのVRMMOゲーマーになった身としては、そんな事に耐えられる筈もない。

 束博士には悪いが流石にショートカットさせてもらおう。表題だけ見て無関係そうなものはスルーし、机の中を中心に探す方針に切り替える。

 ――すると、幾つめかの《スタッフルーム》で当たりを引いた。

 室長らしきやや大きめのデスクトップPCを置いた金属製の机の引き出しに、鍵が掛かっていたのだ。今まではフリーだっただけに期待が高まる。

 

「ホントはダメなんだけど……ごめんなさい!」

 

 ぐっと、引き出しの持ち手を掴む。反対の手は机本体をしっかり固定。そのまま力任せに引くと、分類上はISであるアバターは重機もかくやの馬力を発揮し、ガシャァン!!! とけたたましい音と共にへしゃげながら引き出しが開いた。

 

「おぉ……」

 

 物質の耐久度に依存する現実だからこそ可能な力技。しかも生身の体ではまず出来ない事を現実世界でありながらも可能とした事に、ちょっと感動する。

 昨今、仮想世界で強くなった事で現実世界でも強くなったと思い込み、問題を起こす人が急増した事が社会問題として取り上げられがちだが、その理由がちょっと分かった気がした。

 

「アスナ、なんか目がアブないよ」

「あ、あはは……」

 

 ジト目でユウキが指摘して来て、私は苦笑いでお茶を濁しつつ、開いた引き出しの中を確認する。

 勢いよく開いたせいで中身が散らばってしまっていたが、元々整頓されていたようで、物自体はすぐ纏められた。そして数ある書類の中から鍵の束を見つけ出す。

 鍵にはそれぞれ白テープが張られ、小さなローマ字が細くマジック書きされていた。

 

「えーと地下、地下……《Basement》! あったわ!」

 

 英語で地下室を意味する字が書かれた鍵を握り、喜びを露わにする。

 

「ちょうど見取り図もあったよ。入り口のとこの館内見取り図には無かった地下フロアに関しても詳しく書かれてるみたい」

 

 書類の山を漁っていたユウキが数枚のプリントを取り出し、見せてきた。彼女が言うように確かに詳細に記されている。

 全て視覚ログに残すと、アバターに搭載されているハイパーセンサーが地図の見取り図を認識し、平面図と3Dマップに自動で変換してくれた。

 SAOの頃のように右手を振るとちりりんと鈴の音が鳴り、見慣れたシステムメニューが表示される。これは和人が使っていた《ナーヴギア》のデータを保持していた束と茅場がこのアバターを作成したので、UI面も多くがSAOのものを踏襲されている故の影響だ。《ソードスキル・アシスト・システム》の利用に際し、SAOのシステム全般をそのまま使う方が都合が良かったのだろう。もちろんALOと同じ左手にも設定可能だが、『命懸け』という緊張感のためか全員が右手側にメニュー呼び出しアクションを設定している。

 出現したメインメニューのタブを繰り、マップのタブを押す。

 最初に表示されたのは平面図上に(ブリ)(ップ)が表示される簡素なものだが、表示切替タブを押すと、SAOでは《ミラージュ・スフィア》というレアアイテムでのみ見れた立体的なホログラフィック表示になる。マップの表示変換プログラムは恐らくあのアイテムのもの――つまりSAOのシステム――を流用しているのだろう。非常に巨大なビルの全体が最初は出たが、すぐに一階全体へと変わる。視覚ログを自動で反映しているのか、観葉植物や仕事机の位置はおろか、どこで何を入手したかのログすら記入されている。じっと目を凝らせば、私達の体すら表示されていそうだ。

 【森羅の守護者】全員と和人に鍵と地図を見つけた事を報告し、マップデータを共有したところで地図が更に更新され、どの空間がなんの部屋かも表示されるようになった。

 その中から地下へ続く階段を探し出す。

 

「えーと……あ、あった!」

『アスナちゃん、こっちに地下の扉があったよ』

 

 地図を(つぶさ)に眺めていたユウキが声を上げたのと、レインが通信を繋げてきたのはほぼ同時だった。たしかにマップ上にはレインとそのペアのアルゴの輝点が表示されている。

 

「むぅ……和人、鍵と地下室への扉を見つけたよ」

 

 少しむくれ顔をしたユウキは、すぐに気を取り直し、和人に通信をした。

 

『了解。じゃあそこで合流しよう、道中気を付けてくれ』

「や、キミが一番気を付けるべきなんだけどね? 噛まれないでよ? 引っ掛かれでもしたらアウトだからね?」

『……ああ、わかってる。ありがとう』

 

 彼の返事はほんの少し間があった。そのまま通信が切れる。

 私達がアバターである事を忘れていたのだろうか、だとすれば本当に他人本位な子だ……と、()()()()()()()()()()()

 

「……今の反応、やっぱり気付いてるのかな」

「さぁ……そればかりは分からないよ」

 

 少し前に掲示板で話題になったウィルスの話が引っ掛かり、ユウキと顔を顰める。

 確かに彼は、自身に埋め込まれたコアの話などで度々『生体兵器』と言う事があった。私達はてっきりISを直接その身に宿した状態の事を指していると思っていたのだ。

 でも、あの掲示板の『バイオマニア』という人の考察を見て、ハッと気付かされた。

 ISの暴走と言えば、恐らく多くの人がラウラ・ボーデヴィッヒの専用機に搭載されていた《VTシステム》を思い浮かべるだろう。アレは装甲そのものが溶解し、操縦者を取り込んだあとプログラムされた機体を再構築していた。

 だが【無銘】の暴走――通称《負の第二形態》――は、装甲はそのままに、操縦者の肌や目、口など肉体面での変化が主だった。

 暴走の主体が生物的であった以上、彼の体の方に原因があると見るのは間違いではなかったのだ。

 その原因について今回のバイオハザードと結びつけるのは、実際は根拠のないただの推論だ。だが人を死に至らしめつつも強靭な生命力を与えるウィルスで、まず人が死ぬISコアの移植を乗り切ったのだと考えれば、筋は通る。

 コアの移植に耐える為にウィルスが投与されたのか。

 ウィルスを制御する為にコアを移植されたのか。

 ――恐らく、その両方。

 双方に存在するデメリットを、メリットで打ち消し合う事で、制御可能な強力な生体兵器を開発する事が最終目標だったのだとすれば、つじつまが合う。【無銘】が登録している《人間体》で固定されているから体が成長していないというのも。

 彼自身が記憶していなかったのは自失し、また移植時は死の淵まで迫ってそれどころではなかったせいだろう。

 ……そう考えると、束博士が気付いていなかったのはやや不自然な気もする。

 彼女は彼の【無銘】のメンテナンスは勿論、体のケアも担当していた人だ。なのに本当に気付かなかったのだろうか。

 本当は知っていて、その上で、その真実を伝えなかったのではないだろうか。あまりに残酷な事実を秘する事で彼の心を守ったのではないか。

 慈愛溢れる顔で、彼の事を語っていた姿を思い返すと、そう思えてならなかった。

 

 






 神を信仰しなくなり、愛に生きる事を優先し始めたので、愛のためなら犯罪行為にも躊躇なく手を染められる狂愛悪ユウキが爆誕してしまいました。

 狂愛と邪悪を合わせて狂愛悪です。

 アスナさんは自覚した想いがもう狂愛悪に踏み込んでる辺り、アスナの正妻っぷりの高さが分かりますわぁ……()



・女子会グループ
 別称『和人ラヴァーズ』。
 リーダーは一番に告白したとしてユウキが務める。
 和人に対し異性の恋情を抱いている女性陣を中心に構成されたグループ。既に両手の数を超えそうなくらい集まっていて、まだ増える可能性がある辺りでユウキは戦々恐々としている。
 この度、新たにアスナが加わる事になった。


・ミラージュ・スフィア
 原作二巻、シリカ初登場の《黒の剣士》編にて登場。
 シリカがキリトの部屋を訪問した時にキリトが取り出したアイテム。マップデータを立体ホログラムとして空中に投影する品物。アニメでも登場済み。 第四十七層《フローリア》のマップ説明で使用されただけで以降は登場無し。

 本作に於いては、【森羅の守護者】のアバターに《ソードスキル・アシスト・システム》の搭載や見た目を流用するにあたり、SAOのシステムを殆ど流用されている関係でマップデータの表示変換の例として挙がった。



・織斑秋十
 転生者。
 己の存在のせいで神を信仰する人に大ダメージを与えるばかりか、『運命』という名の『決められたレール』の存在を知らしたせいで様々な方面にダメージを与える害悪(率直)
 一夏/和人だけでなく、紺野藍子、木綿季、結城明日奈、朝田詩乃など悲惨な過去を持つ面々に対するある意味のアンチテーゼ。

 つまり自身が『転生者』である事を明かした時点で絶対に彼女達とは交わらない関係にある(自身が歩んだ人生を『定められた事』と言われるのは苦しんだ事への愚弄にあたるため)

 尚、一同と友好的な関係にある場合は、転生者と曝露しても『出会えたならそれでいい』という友好度補正が掛かるので、一概に転生者だからと敵対する訳ではない(他二次SS関係での予防線)


・紺野木綿季
「もうね、祈る時間も勿体なく思えるよ。大切な人を喪いたくないなら、運命に抗うためなら、一分一秒を惜しんで動かないとって識ったから」

 敬虔なクリスチャン一家の次女。
 好きな人の為に人生全てを捧げる狂愛の覚悟を持つ。
 和人の為なら人を殺す事を含め悪に手を染める事も厭わない覚悟をSAO七十五層の時点で固めていた覚醒者。キレると暴君ユウキ(アホ毛無しver.)と化すので尚更敵に回したら手が付けられない。
 表に出さないだけで神を信じていた母を救わなかった神に不信感を抱いており、秋十の存在を知って以降、密かに無宗教に転じている。あるかわからない神の愛より、目の前にある人の愛を重視する。
 母の(想い)は技へと昇華した。

 次は、愛しい人への想いを昇華する時だ。

 作品タグに『闇堕ち』とか『闇堕ち系ヒロイン』とか付いたら直葉よりも真っ先に候補に挙がる人物。


・結城明日奈
「みんなが彼の心を守るなら、私は彼の立場を守る。ただ待つだけは嫌だから」

 恋を自覚し、すぐ愛に目覚めた正史正妻。
 好きな人の為に人生全てを捧げる狂愛の覚悟を持つ。
 和人の為なら人を殺す事を含め悪に手を染める事も厭わない覚悟を木綿季、直葉、七色、楯無に次ぐ形で固めた五人目の覚醒者。
 他の人にはない『社長令嬢』の社会的ポテンシャルを駆使し、安全な場所に居ても助力できる環境を得ようと決心。それでいて安全な場所から剣士(アスナ)として力になれる手段も模索している。
 つまり『レクト社長』の座を目指す野心家にジョブチェンジ。和人の敵はアスナの敵、社会的に敵を追い詰めて息の根を止められるスタンスを求め始めた。
 奇しくも七色、楯無、束と同じ方向性を向いている。
 これも全ては愛の為。

 正妻補正極まれり。


・桐ヶ谷和人
 ISコア移植の成功例。
 コア移植が最終目標ではなく『制御可能な生体兵器』のための通過点としてコアを移植された、という可能性が浮上した。

 バイオ原作では『ネメシス』という寄生生物が存在しており、脳が退化して知能も退行したタイラントの制御機構の役割を果たした。
 『ネメシス』は脊髄に細胞レベルで移植されると、-ウィルスを取り込んで増殖を開始し、宿主の延髄付近に新たな脳を形成後、中枢神経回路の改変を行うと同時に脳機能を支配する。この結果、宿主の思考はネメシスに委ねられ、ネメシスを介して外部からの完全制御が可能となる。
 ISコアが『ネメシス』の代替物として移植され、それに耐えるべくウィルスも投与されたのではないか、というのが掲示板回の推察の真相。

 尚、ユイによって【無銘】コアを介した操作・洗脳は対処済みである事が判明している。


 では、次話にてお会いしましょう


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