インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 この章は一話一話を短めにしていくつもり。一話が長いとこの章自体も長くなるからネ!

視点:ラウラ

字数:約五千

 ではどうぞ。




Chapter0:地獄の呼び声 2

 

 

 二〇二五年七月九日木曜日、アメリカ時間午後九時頃。

 アメリカ、カリフォルニア州北部サクラメント郡、サター・ヘルス・パーク野球場。

 

 

「い、つぅ……っ」

「ラウラ、大丈夫か」

「あ、ああ。まだ打った所が痛んでな……」

 

 少し体重を掛けると左足がズキリと疼く。バスが事故を起こして横転した時、壁に強く打ち付けた側だった。

 出血や擦り傷は和人が【無銘】の原子操作と合わせた修復機能を使って直してくれたが、打撲に関しては皮膚、筋肉、神経組織による痛覚信号だからどうしようもなかった。

 

 その痛みが私の意識を現実へと引き戻す。

 

 本当にあっという間もない程の展開だった。

 サター・ヘルス・パークという野球場のバス停に停まり、次のバス停が目的地のホテルという時に乗り込んできた男と、その男を狙って襲ったドーベルマンの襲来。

 私は最初、警察犬として名高いドーベルマンを見て、男は犯罪者なのかと思った。

 しかしそれにすぐ違和感を抱く。警察犬は犯罪者や犯人を発見、捕縛する手段として訓練された犬であるため、他者を無力化する事こそあれ、真っ先に喉を狙う事は少ない筈だ。犯人を死なせてしまっては捕縛する意味がない。だから訓練ではズボンを引っ張ったり、覆いかぶさる事で逃走を妨害する。なのにバスに乗り込んできたドーベルマンは中年に襲い掛かり、真っ先に喉を噛み千切った。あの血の吹き方は頸動脈を裂かれた時にしかあり得ない。あの男は、もう助からないだろう。

 慌てて運転手がバスを発進させたが、ドーベルマンは罪なき運転手を狙い、襲った。

 その時点で違和感は明らかな確信へと変わったが――私は、直後襲ってきた衝撃で意識を飛ばしてしまい、何も出来ずじまいだった。

 幸いほぼすぐに目を覚ましたが、それは和人が【無銘】で少しでも衝撃を緩和してくれたかららしい。野球場外壁に真っ向から衝突し、横転するほどの大事故に遭いながらも軽傷で済んだのは彼のお陰だった。

 ちなみに横転に巻き込まれる形でドーベルマンは圧死している。

 

「まさか事故に遭遇するなんて、想定外もいいとこだわ」

「それはそうだが、妙じゃないか? そもそも何故ドーベルマンが運転手を狙ったのかが分からん。焦っていた男が犯罪者だったにしても、運転手を狙う理由はない筈だろう」

「言われてみれば……確かに、妙ですね」

 

 私の疑問に、クロエが同意を返す。楯無も難しい顔で唸り始めた。

 

「――ともあれ、事故に遭った以上やれる事はやっておくべきだろう。一先ず警察と救急車に連絡だ。俺は英語話せないから楯無達で頼む」

「それはいいけど、和人君はどうするの?」

「横転したバスから人を助け出す。ラウラ、応急手当の経験は?」

「事故に関しては初めてだが、あるぞ」

 

 負傷者の手当てが出来る答えると、なら手伝ってくれと言われた。電話はクロエと楯無に任せて後を追う。

 私達はバスの最後尾に座っていて、横転した車内から出る時は最後尾の窓ガラスから出た。幅広さで言えば運転席側の方が勝る。そのため後部から入り、人を担いで前部から出る流れにしようと提案される。異論はないのでその案で行く事にした。

 

「ね、ねぇ、和人君。ちょっといいかしら」

 

 さあ救助に入ろうとした時、楯無に呼び止められる。若干声が震えているのはなぜなのか。

 振り返れば、困惑の面持ちで楯無が見てきている。

 

「いま、警察に電話したんだけど……電話が集中してて、繋がらないって……」

「救急車の方は、そもそも繋がりません」

「なにっ」

 

 流石に予想外だったのだろう。和人は足を止め、振り返った。

 

「……ドーベルマン騒ぎが他にも起きているのか? だとしても処理限界を超える程は流石に……」

 

 やや切羽詰まった表情で彼は言っていたが、しかしそれは遮られる事になった。夜間にも関わらず市内全域に伝わるほどの大きな放送が始まったためである。

 

 

 

『市民の皆さん。現在、市全域で大規模な暴動が発生しており、大変危険です。《カリフォルニア警察署(カリフォルニア・ハイウェイ・パトロール)》へ避難する事をお勧めします。必要な方には食料や衣料品を無料で支給します』

 

 

 

 その内容の放送が英語で流れる。まだヒアリング能力が乏しい和人は楯無が通訳する形で教えると、難しい顔になった。

 

「市全域。なるほど、だから電話が繋がらなかったのか。しかしサクラメントってそんなに治安悪いところなのか?」

「そんなところのホテルにあなたのお義父様を泊める訳ないでしょう。市全域ではむしろ治安は良い方の筈よ」

「と、なると……――――悟られたかもしれないな」

 

 和人の呟きに、四人の間で緊張が走る。

 相手に先手を打たれない事を含めて各メディアに報道しないようにしたが、それが無駄だったという事になる。もし情報が流出したのだとすれば、どこかの国の上層部に《亡国機業》の一員が紛れている可能性がある。

 こちらの追跡ルートを予測し、待ち伏せのようになった方が総合的にマシなのだが、それは楽観が過ぎるというものだろう。国家代表候補生にすら紛れ込んでいたのだ。聞けばかつて隆盛を誇った《アーガス》にすら紛れていた疑惑もあるし、各国行政府の深いところに食い込んでいたとしても不思議ではない。古い組織であればあるほどその可能性は十分高い筈だ。

 

「……どうしましょう。警察署も、罠なんでしょうか……?」

「避難誘導という形で誘き寄せている可能性はある。正直警察犬があの始末じゃ危険な気しかしないが……放送にあった警察署って位置的にはどこなんだ?」

「そこの《サクラメント・ゲートブリッジ》を越えた後、北進すればある筈よ」

「つまり途中までは道が重なる訳か」

 

 彼の義父が泊まっているホテルは、サクラメント川を東に越えた先のダウンタウン地区にある。警察署はそのホテルからちょうど北進した先にあるので、義父と合流し、安否を確認した後でも警察署に行くのは問題ない。

 

 ――ごそ

 

「なら救助を済ませた後、ホテルに行こう。その後の事はその時考える」

「救助はするのね」

「応急処置程度はな」

 

 ――ごそ、ミシ、パキキ……

 

「……なぁ。なにか、聞こえないか」

 

 三人が話している間に少しずつ大きくなってきている音に不安を覚えた。注意を促せば、三人も警戒しながら周囲を見回す。

 ガシャン! とガラスが割れる音が上がった。バスの方だ。

 回ってみれば、運転手がゆっくり這い出てくるところだった。制服だろうカッターシャツは鮮血でドロドロに汚れてしまっている。胸の部分が窓ガラスに引っ掛ってビリビリと裂けていき、新たな裂傷も生んでいるが、頓着した様子もない。

 底知れぬ違和感。

 肋骨に覆われた部分にあんな裂傷を受けておいて、痛む素振りすら見せず、淡々とはい出てくる様に恐怖を覚える。

 

ねぇ(Hey)あなた大丈夫(are you okay)?」

 

 やや警戒しつつ、楯無が話しかけた。

 

『――アアァ……』

 

 しかし、返されるのは低い呻き声ばかり。流石に尋常ではない雰囲気に、私達は後退りした。救助する気満々だった和人も手は後ろ腰の拳銃に伸びている。

 

『グルル……! ガァルルァッ!!!』

 

 そこで、犬の唸り声が耳朶を打った。間を置かず雄叫びを上げ、走る足音が迫ってくる。

 

「チィッ!」

 

 舌を打った和人が素早く拳銃【SPB Nightsky】を引き抜き、発砲。参考元の【FN Five-seveN】と同じ大きめのマズルフラッシュが夜闇を照らした。甲高い空気の破裂音が響き渡る。

 駆け寄ってきた犬の眉間に弾丸は命中した。ギャインッ、と悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。

 ――だが、すぐ起き上がり、また身構えた。

 

「な……不死身か?!」

『グルァガァッ!』

 

 発砲音が三回、素早く上がる。三発全てが犬の眉間、眼球それぞれに的中し、今度こそ犬は断末魔を上げて地面に倒れ伏した。ドロリとした液体が広がる。

 

「今のはいったい……和人君も、知らないの?」

「ああ。ベル姉の知識にも、こんなのは無かった」

「ではこれも秋十の存在によるバタフライエフェクト……?」

「かもな。秋十……正確には、俺以外の男性操縦者がいなければ、今回のように動く必要はなかった。俺達も、そしてあっちも」

 

 逆に言えば、秋十と【白式】コアを巡った戦いが起きたこの世界だからこそ、あちらも私達に対抗するべくなんらかの手段を講じたという事。さっきのドーベルマンはひょっとすると警察で管理されていたものではなく、《亡国機業》が育て、訓練し、手を加えた改造犬なのかもしれない。

 

「奪還にきた私達の妨害のために解放された、という事か?」

「いや、それならさっきの放送がおかしくなる。犬が襲ってくるからって『暴動』とは言わないだろう。むしろ避難じゃなくて自宅待機を徹底させると思うが……」

 

 

 

「和人危ない!!!」

 

 

 

 その時、クロエが一際大きな声を上げ、和人を突き飛ばした。

 直後、クロエに這い出てきた運転手が組みかかり、押し倒す。

 

「うっ、く……!」

『ガアァアアッ!』

「な、んなんですか、この人……?!」

 

 噛みつこうとする男の首元を掴み、顔を力ずくで離そうとする。

 クロエの掴み方はかなり力ずくで、絞殺すら出来そうなほど皮膚に食い込んでいるが、男に苦しむ素振りはない。ただ只管に獲物に噛みつこうとする様は獣そのものだ。

 

「――おらァッ!!!」

 

 そこで横からボールを蹴るように和人が男の頭部を蹴った。グシャァッ、と頭部と頸部から聞こえたらヤバい類の音が上がる。それに頓着もせず彼はクロエを助け出した。すぐに距離を取る。

 見るからに致命傷だから流石にもう……と思ったが、それは楽観だった。

 全身をぐにゃりと曲げながら、ゆっくりと男は立ち上がろうとしている。頭部はほぼ首から吊るされる程度しか繋がっていないというのに痛痒にも感じていない。

 とてもではないが、現実離れし過ぎていて、脳の処理が追い付かない。

 

「いやいや……あり得ないでしょ、なんで立ち上がれるのよ……?!」

「――ホテルまで全力で逃げるぞ!」

「え、ちょ……?!」

 

 愕然としていると、和人が楯無の手を引き、ブリッジに向けて走り出した。私とクロエも一拍遅れる形で走り出す。

 

「あ、あのバスの乗客はいいの……?!」

「助けてる間に俺達がやられかねない。多分……アレが、暴動の正体だ。どういう理屈かまったく謎だけど犬に噛まれたらああなるんだろうさ」

「そんな……そんなのって、まるで映画のゾンビみたい――」

 

 楯無が、はっと息を呑み、言葉を詰まらせた。

 

「そう。信じ難い事だけど、いまこのサクラメントで起きてるのは感染爆発(バイオハザード)そのものだ。映画みたいに何らかのウィルスが原因でああなったと見ていいと思う。”奴ら”が死んでるかどうかは分からないけど」

「”奴ら”?」

「さっきの犬やクロエに襲い掛かった運転手みたいな状態の連中の事だよ。本当に死から蘇った訳じゃあるまいし、ゾンビとは言えんだろう」

 

 鈍い思考が、咄嗟に疑問を口にした。話の腰を折るようなタイミングだったが、前を走る彼は気を悪くした風もなく言葉を返してくれる。

 彼の説明で、なるほどと納得を抱く。

 ゾンビというのは彼が言ったように死から蘇った『生ける死体』を指す単語として知られているが、あくまでそれも比喩的表現。本能的に動く状態から、理性を司る前頭葉機能が損なわれた状態がゾンビのそれに近いという説もあるが、あくまでそこまでだ。人間としての精神が残っているなら、クロエに襲い掛かった時に噛みつくのではなく性的暴行を行うだろう。

 そこで、ふと一つの仮説が浮かんだ。

 

「犬を媒介に前頭葉を破壊するウィルスが感染して、あのような行動を取ったと考えられないだろうか?」

 

 現実に即した話をするなら、犬に噛まれた事で運転手が豹変した原因は未知のウィルスと見るべきだ。それも短時間、かつあれほど狂暴になるほど前頭葉を破壊されたとなれば納得出来る。

 

「け、けどあの人も、犬も、明らかに致命傷なのに死ななかったわよっ?」

「ああ、俺もそこが引っかかってる。だからラウラの仮説にプラスして、感染したら宿主の運動命令形を乗っ取る寄生タイプのウィルスが答えだと思う。寄生虫って宿主を操るタイプがいるだろう」

「寄生虫とウィルスは分類が違う気もしますが……」

「だから未知のウィルスなんだろう。寄生虫としての特性と、ウィルスの感染経路を合わせたなにか。それにやられたのが”奴ら”って――事だ!」

 

 出来る限り全力で走りながらの会話。

 その最中、追いかけてきたドーベルマンに向け、和人がナイトスカイを発砲する。それに怯んだところで、彼の右手が霞むほどの速度で閃いた。腰のカラビナから自衛用対IS兵装を抜いたのだ、と気付いた時には握られた柄から純白のエネルギーブレードが伸長し、犬の首が胴体と泣き別れしていた。流石の”奴ら”も本当に不死ではないようで、頭を喪った胴体はすぐに倒れ込んで動かなくなった。

 あまりの早業にほぅ、と感嘆の息を吐く。

 なるほど。生物の弱点である心臓や脳髄を砕いてもまだ動くなら、運動指令が必ず経由する頸部を切断すれば話は速い。

 私達は全力でホテルへ走りながら、少しずつ”奴ら”の情報を集めていった。

 

 






・謎のウィルス(?)
 前頭葉破壊による獣のような本能的行動、不死身のような耐久性は運動命令形を操る寄生虫のような特性を持ったウィルスによるものだと和人が推測している。
 尚、現時点ではウィルスかどうかすら不明である。


・平行世界では出されてなかった
 秋十の存在で《亡国機業》が大きく動き、それに呼応して和人側も動いたため、手札を一つ切られた。
 平行世界だとバトルのメインがISだったので海上や空中が戦闘フィールドだったけど、いまは陸地なのでクリーチャーが役に立つという事。


・桐ヶ谷和人
 単独戦力だとトップクラス。
 バスの事故に居合わせた人達を救助しようとしたが、運転手の変貌を見て即座に楯無達の安全優先に切り替えた。割り切ってるようだが実は内心かなり苛立っていたりする。
 簪の勧めでゾンビ物のゲーム・映画のアクションシーンを履修済みなので少し耐性がある。


・更識楯無
 実は案外ビビりな対暗部用暗部。
 自身のペースを乱されると一気にタジタジ。ゾンビ映画に馴染みがないせいで今話でずっとビビっている。


・ラウラ・クロニクル
 肝が据わってる天然っ子。
 軍人として生きてきたため肝が据わっているが、流石に現実離れした光景に思考が止まった模様。


・クロエ・クロニクル
 精神的最年長な保護者。
 この面子で唯一拳銃を所持していない。その代わりに常時装着しているハイパーセンサーを用いた索敵で援護している。



 ――ところで、一つ問題提起。

 和人は度々『【無銘】が女性のホルモンバランスを参考にしてるからこれ以上成長出来ない』と言ってきましたが、いくら女性を参考とは言え、七色のように135㎝くらいはあってもおかしくないんですよね
 身長が伸びる要素の成長ホルモンの欠乏症『小児症』は病気ですが、そう言われた事はない。つまりホルモンは常に十分量供給されているという事

 なのになぜ、和人の体は成長しないのか……

 ともあれ私が言えるのは一つだけ。



 ――『バイオハザード』の要素は、本作第一話の時点であったという事です



 では、次話にてお会いしましょう。


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