インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 サブタイトルからネタバレしていくスタイル()

視点:クロエ、秋十、??

字数:約一万

 ではどうぞ。




 ――ヴァベルが見てきた世界とこの世界の大きな違いは二点ある。


 ――秋十の存在と、和人の知識だ。






潜影 ~にじり寄る亡霊~

 

 

 二〇二五年七月七日、火曜日。午後一時。

 花月荘、IS試験用ビーチ。

 

 

「――さて、午後からは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。軍事演習の側面もあるので各員気を抜くなよ。専用機持ちは試験パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

 初日は終日自由時間だったが、二日目は逆に終日課外授業兼軍事演習となっている。

 現在位置はIS試験用ビーチで、四方を切り立った崖に囲まれている。ドーム状なのが学園のアリーナを連想させるが、実際この周辺一帯にはアリーナと同じバリア機構が展開されているのでその印象は間違っていない。なお大海原へ出るには一度水面下に潜り、水中のトンネル通る必要がある。

 これを見た束は、まるで映画みたいなロケーション、と表現していた。

 その特設ビーチには約百二十人ほどの生徒がずらりと並んでいる。一クラス三十人、それが四クラス分なのでかなりの人数だ。装いはISスーツで、やや質素ではあるがスクール水着に見えてしまうのは仕方ないだろう。

 更に離れた位置には一定の間隔を開けて安置されている搬入済みのISと、学園に投資している企業や【打鉄】を始めとした訓練機開発企業で開発された後付装備(イコライザ)のプロトタイプが並んでいる。午前中は学園ではできない不安定な地形での訓練を行ったが、午後からは各種装備試験運用とそのデータ取りを中心とした操縦士としての訓練を主として予定されている。データは今日中に取らなければならないので、各班ごとに振り分けられた装備の必要なデータを取り終えないと居残りだ。専用機持ちは国の方から届けられたオートクチュールのデータ取りがあるので一般生徒とは分かれてデータ取りを行う。

 

「ちなみに和君の【黒椿】にもオートクチュールがあるから他人事じゃないよ?」

 

 そして、それは生徒でない和人も例外ではない。

 彼はこの臨海学校に課題の実験の名目で付いてきている。来年IS学園に入学予定でだが飛び級をした訳ではないので籍自体はいまも生還者学校にあり、単位を取るために《エレクトロニクスコース》の課題を仕上げなければならなかった。しかしそれも茅場晶彦、神代凛子、篠ノ之束、枳殻七色、比嘉タケル五人の協力もあり午前の内に粗方済んでいる。

 つまり名目上は目的を果たしたので通常なら以降フリーになる訳だが、そんな無駄を少年と天災が許す筈も無い。

 

「束さんが公然と研究・開発出来る唯一の機体だからね! たっくさんあるから頑張って付き合ってね!」

「現状でも武器の数で持て余し気味なのに、まだ増えるのか……」

 

 白衣をはためかせる女性の背後には、所狭しと並べられた兵装の数々。

 単純機構の物理兵装やサイズを合わせただけの各訓練機の標準装備や後付装備、中には見ただけだとちょっと用途が解らないものまである。おそらく後になるにつれて特殊な環境下――それこそ宇宙など――での使用を目的としたもので、それが【黒椿】のオートクチュールになるのだろう。

 

 あれだけ後付装備やオートクチュールに力を入れられているのにも当然理由がある。

 

 【黒椿】に三つ発現した単一仕様能力は強力かつ危険性を考慮して二つまでは試合での使用を禁じられている。しかし標準装備を出すと和人自身の思いが強過ぎるせいで自動発動してしまうので、彼が試合に出る場合は必然的に後付装備に頼らざるを得ない。加減しなければならない制約がある試合の中で取れる手段は、後付装備の数と比例するのだ。

 だから大量の後付装備を開発し、それを扱えるようにならなければならない。

 SAOの頃から数多くの武器を扱っていた関係で近接兵装の扱いはほぼ問題ない。射撃兵装だとやや難はあるが、それも理論の勉強と日々の訓練、【黒椿】の火器管制制御システムで補われている。

 

 ――まぁ、和人がその気になったら射撃兵装なんて一切不要でしょうが……

 

 思い浮かぶのは刀身に蓄積されたエネルギーが解放され、陽光に照らされる世界を引き裂くが如き闇の波濤。《覇導絶封》や【黒椿】の基本性能で無制限にエネルギーが増幅されるため、残弾に限りがある物理射撃兵装よりも使い勝手がよく、更には射程も長い。

 しかし、それは当然なのだ。

 ただ単一仕様能力を一次形態(ファースト・フォーム)で発現させるためだけの実験機だった【黒椿】は、束の手によって長期間の補給なく単独行動を取れるよう設計図を引き直され、究極的には宇宙空間での活動を前提にした機体へと変貌している。将来的に戦いを見据えているから武装が多いだけで、宇宙へ飛び立つ時の拡張領域(パススロット)は食糧や開拓機器などでいっぱいになっているだろう。

 未だ解明されていない事が多い宇宙だから、何が起きてもいいように思いつく限りの機器を開発・研究して対策を練っている。

 機体性能が現行ISと隔絶しているのも想定した環境が違い過ぎるため。光の速さですら足りないほど広い宇宙を渡るには、現行程度で満足してはならないと彼女は奮起しているのだ。そうやってやる気を世界に知らしめている。

 

 ――そうして、予防線を張っている。

 

 数年後に地球を襲う外敵を退けるのに必要な技術の開発。それに必要な事、しなければならない事はヴァベルから齎されている。束がやろうと思えばすぐにでも作り出せるだけの情報は揃っていた。

 だが――彼女は、それをしていない。

 恐れているのだ。

 ヴァベルにより齎された未来の技術は、いまの世界にはまだ早すぎる。それは世界にとって劇薬であり、猛毒だ。かつてISが世に出た時のようにあまりにも埒外なそれに彼女は危惧を抱いた。

 だから少しずつ、少しずつそれを世に出している。

 タイムリミットはあと数年。

 その間に、和人と【黒椿】を介し、世界に技術を知らしめる。効果のほどを目で見せる。そうして毒に馴らしていき、定着させる。

 それが彼女の狙いだった。

 無名だった頃と違い、今は世界が彼女の動向を注視している。彼女が作り出す兵装、技術を学び盗もうと躍起になっているのを利用する形だ。

 

「クーちゃん、どうしたの? クーちゃんもこっち来て手伝ってよ?」

「――すみません、考え事をしていました。いま行きます」

 

 速足で駆け寄る。

 少年は天才達の議論に混じって対等に意見を交わしていた。

 かつては私の方がISについて教えていたが、もうそれは出来なさそうだと思うと――一度だけ、胸の鼓動が強くなった。

 

      *

 

 【黒騎士】。

 

 それは国際IS委員会所属操縦者《クロエ・クロニクル》が駆る第三世代専用機。IS委員会の公式HPでもしっかり記載されているそれは、全てが天災・篠ノ之束手ずから作られた特別製だ。

 その機体は名前の通り騎士を思わせる装い。

 従来のISは四肢の装甲が分厚く肥大化した形状を取っている。それは大艦巨砲主義の如く、兵装の強力さを求めた巨大化に追いつくための思考錯誤の結果だ。ゴテゴテした見た目は機械らしい特徴とも言える。

 

 だが、ISは最初からそうだったわけではない。

 

 全てのISの原型となる機体【白騎士】は、顔を覆うバイザーと、胴を守る鎧、四肢を守る(ガント)(レット)(グリ)(ーブ)という西洋騎士の如き軽装だった。

 和人の【無銘】、【黒椿】がそうであるように、束が作り出す機体は現行のそれらより全体的に軽装になっている。

 それは【黒騎士】も例外ではない。いや、【白騎士】の色を反転させただけと考えれば、ある意味原点回帰と言えるのか。

 四肢の装甲が小さくなれば比例してリーチも短くなるので戦いに於いては不利となる。その反面、生身の体を大きく逸脱しないが故に、身体イメージがしっかり保たれやすい。これくらい動けば避けられるという予測で生身とIS間の齟齬が生まれにくいためだ。結果被弾率はより下がっていく。これらを踏まえ、【白騎士】は基本部分に於いて合理的であったと言えよう。

 【黒騎士】や【黒椿】は、【白騎士】の正統進化系なのだ。

 そして、これらはある種の対比だ。

 ISの時代を作り出したのが白なら、それを終わらせるのは黒だという暗喩。だから彼女は『黒』に拘って名前を付けている。

 彼のイメージカラーと被っているのは必然か、はたまた偶然か。

 

 ともあれ確かなのは、『黒』と名付けられた天災謹製の機体は、他国の専用機開発のようにシリーズ物になっているという事だ。

 

「どう? お前が前に使ってた機体にかなり近付けてみたけど」

 

 数枚のホロウィンドウから顔を上げた天災が問うた相手は、今では義妹となってクロニクル姓を名乗るラウラだ。彼女は私が駆る【黒騎士】と極めて酷似したISに登場し、その具合を確かめていた。

 四肢の装甲や胴を守る鎧などほぼ同一だが、やや異なる点もある。私の機体と比べて各装甲の先端が鋭いのだ。

 その先端からブォン、と空気を灼くエネルギー刃が伸びた。どうやら装甲に組み込んだエネルギーの手刀らしい。確か彼女が以前使っていた機体【シュヴァルツェア・レーゲン】にも同じ武装があった筈だ。

 それに代わり、天災に雇われる形で義妹となった彼女に与えられた機体の名は、【シュヴァルツェア・リッター】。ドイツ語で付けられたそれを和訳すれば、黒い騎士となる。アレもまた『黒』シリーズの内の一つという訳だ。

 

「流石は篠ノ之博士だ、とてもいい。レールカノンが無い点は物足りなさはあるが……」

「レールカノンは超長距離用換装装備(パッケージ)で追加予定だから我慢しなよ。というか普段からあんなの担いでたら機動力を無駄に削ぐだけでしょ、お前近接格闘スタイルなのに自分から長所を殺すつもり?」

「レーゲンは移動砲台としての運用が主で、近接武装やワイヤーブレードは距離を詰められた時の予備武装の側面が強かったからな……」

「あー……だからちぐはぐな印象だったんだ、あの機体」

 

 《シュヴァルツェア・ハーゼ》のようにIS使用を前提とした特殊部隊など明らかに軍事行動メインの部隊があるように、ドイツは試合よりも戦闘に重きを置いている。それが装備にも表れた形だ。

 よくよく考えれば百メートル程度しか離れないISの試合に射程数キロを誇る超電磁大砲は使う場面はかなり限られる。破壊力は折り紙付きだが、発射にも次弾装填にも時間を要するから高速戦闘が主の試合には不向きなのだ。それなら短射程とはいえイギリスのようにレーザー兵器を使う方が戦績は良くなるだろう。それを補う形でAIC――慣性停止結界(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)――を開発し、接近戦でも使えるようにしたのが【シュヴァルツェア・レーゲン】だった訳だ。

 ――それに感化されたのか。

 【黒椿】用に作られた新武装は、その多くが現代兵器で名高い火薬銃で占められていた。

 ががががが、と断続的な炸裂音。その回数分だけきん、きん、と薬莢の落ちる音が上がった。

 彼がいま試射しているのは【SPBプラセオジム】という短機関銃(サブマシンガン)

 参考元はベルギーの《FN社》が開発した【FN P90】だ。

 P90は射程や単発の威力こそアサルトライフルに劣るが、毎分九百発もの弾丸をばらまく面制圧力はピカ一だ。更に初速が高く運動エネルギーが狭い範囲に集中するため、剛体――つまり、装甲など――に対してはライフル弾並みの貫通力を有している。左右持ち替えを意識された構造なので二丁射撃も可能だという。薬莢は下に排出される点で射手の転倒リスクになっていたり弾倉の形状が特殊で素早い換装には習熟を要するなど欠点もあるが、プラセオジムの場合ISの量子変換(インストール)機能により空薬莢の回収・弾薬装填が自動で行われるので問題になり得ない。

 特に装甲貫通力に優れている点から敵機のシールドエネルギーを削りやすいのは高評価だろう。射程は短いが、試合であれば気にする必要はない。

 数秒撃ち続けた後、独特な形状の銃からかきん、とノック音がした。弾切れの音だ。

 50メートル先にはダーツのように大小複数の円が刻まれたホログラムの的。通常であれば一発一発の精密性を上げるために使用されるそれを一枚だけに設定し、一マガジン分を撃ち切ってもらった。

 概ね当たってはいる。

 いるのだが……

 

「六十点、というところですね。動いていない的で四割外すのはちょっとマズいです」

「銃器の類を牽制にしか使わなかったツケだな、これは……」

「実戦だと牽制も厳しいですね」

 

 的の状態を見て、私は辛めの採点を下した。

 敵は当然動くから動いていない的であまり当たっていないのは良くない。本人が言うように、普段の戦闘訓練だと銃火器を牽制にばかり使っていたからだろう。当たれば御の字、外れても相手の動きを誘導できればという使い方だったのが仇になった形だ。

 山田麻耶、更識楯無などの実力者との試合では弾を当てられていたが、アレは隙を作っていた上に、50メートルよりは近い距離だった。

 元のP90の最大射程は1800m、有効射程が200m。これは使われる5.7㎜の弾薬が大きさや運動エネルギーがハンドガン、特性はライフルを参考にされている事で算出された値だ。つまりP90の性能を最大限発揮するなら200m前後の距離で確実に着弾させる技量が必要になる。

 今はまだ四分の一程度の距離。それで50発中およそ20発外している。

 ……冷静に計算すると60点は甘い採点だ。

 

「要練習ですね……それと、構えが崩れてます。直してください」

「んむ……これでいいか?」

「いえ、もう少し脇を締めて。それとバットプレートが肩から離れてます。当てないと照準が狂いますよ」

 

 言いながら、私は彼の背後に回った。腕や肩、脚の位置、腰の重心バランスを順に整えていく。

 彼は篠ノ之流、桐ヶ谷流の剣を捨てて我流で剣の振り方、戦い方を学んできたので、銃火器の扱いに関してもほぼ完全に独学だ。最低限のメンテナンスは学んでいるだろうが、撃ち方はほぼ即興である。

 だから基礎的な構えが出来ていない。

 

 

「キチンと覚えるまで繰り返しますよ。あと拳銃に散弾銃、狙撃銃もありますから」

「いつも突き付けて撃ってたから難しいな」

「和人にとって銃種の殆どが大き過ぎますからね」

「むぅ……俺もクロエくらいの身長が欲しい」

 

 そう言うと、憮然と頬を膨らませた。

 クスクスと笑みが零れる。私の身長が148㎝、彼はそれより20㎝低い。男性として気にしてしまうという事なのだろう。

 

「ふふ、まだ抜かれる訳にはいきませんよ……さぁ、もう一度撃ってみてください」

「ん……!」

 

 離れた後、再度上がる発砲音。

 

「お見事」

 

 今度はほぼ中心に全弾命中していた。

 振り返った少年は、ふふん、と鼻息荒く笑う。少し誇らしげなのは高評価が嬉しかったからだろうか。

 それならよかったと笑って、私は足元の銃火器を持ち上げた。

 

「では次の銃器を試しましょうか。次の銃種はアサルトライフル、使い方は今のとほぼ同じです。どうぞ」

「……はい」

 

 その顔が落胆に変わったのを見て、お互い、昔より表情豊かになりましたね、と私は笑みを深くした。

 

 

 

    ***

 

 

 二〇二五年七月七日、火曜日。午後七時半。

 IS学園。

 

 

 

「……なーんか、スッキリしねぇなぁ」

 

 臨海学校が始まって二日目の夜。

 一夏と違い、学園内であれば特に制限を設けられていないため、俺は好きな時に寝起きしてる拘置所を出られる。食事を摂るために食堂を往く際、実姉や更識楯無の付き添いは不要なのだ。他人に気兼ねなく食事をしたい方なので孤食はむしろ万々歳だった。

 密かな楽しみになっているのが食堂のメニューを制覇する事。それに向け、様々なメニューをとっかえひっかえしている。最初は大盛りメニューや男性操縦者に対する好機の視線が鬱陶しかったが、一週間もすれば流石に慣れる。

 

 しかし、俺は拭い切れない違和感を覚えていた。

 

 この学園に連れてこられたのは七月一日。明日で丁度一週間になる訳だが、この短い期間ですぐ人の視線が無くなりはしない。むしろ専用機持ちとして知られた事も含め、学園に来た初日以上の視線を集めたくらいだ。

 だが、なんだかおかしい。

 初めてこの学園に着た時、視線を集めた時は歓喜を覚えた筈なのだ。確かに一歩踏み出したのだと。

 専用機【白式】が目の前に来た時。それに触れ、搭乗した時も同じように思った。

 

 だが、あれからどれだけ機動訓練をしても、初めて搭乗した時ほどの高揚感は無い。

 

 あいつに負けたからか?

 いや、そもそも俺は、なぜ【白式】を前にした時、搭乗した時に一歩踏み出した高揚感や何でも出来る全能感を覚えた?

 考えても、まるで靄が掛かったように判然としない。

 なにかを、忘れている気がする。

 

「……あー、クソッ、ぜんぜんわからねぇ」

 

 悪態をついて、頭を振る。

 思い出せないという事は、おそらく重要な事でないから脳が忘却したのだろう。そこまで重要な事ではないのだ。ならば思い出せなくとも気にする必要はない。そんな『すっぱいブドウ理論』を展開しつつ、食後の運動と気分転換を兼ねて学園内を散策していく。

 人工島とは思えないほど芝生や木々が多くある島は、夜になると一風変わった様相を見せる。生い茂った木々の奥は薄暗く、ちょっとした肝試しになりそうなスポットだ。

 そういうところには蜘蛛などの虫がいるので入ろうとは思わないが。

 舗装された道を歩いていると、街灯に照らされたところで自動販売機を見つけた。財布から千円札を出し、気に入っているメーカーのジュースのボタンを押す。お釣りを回収し、取り出し口からジュースを取る。

 

「――お、そこに居んのは織斑少年じゃねぇか」

「はい?」

 

 キャップを開けようとしたところで声を掛けられた。ちょうど自販機の明かりが届かないギリギリのところに人影があり、どうやらその人物が声を掛けてきたらしい。

 口調は男のようだが、声音はれっきとした女のもの。

 コツコツとヒールの音と共に近付いてくる。明かりで露わになったのは、まず長い金髪。次に制服を押し上げるほどの豊満なバスト。ここの女生徒なのは確実だった。

 リボンの色は赤。

 IS学園の生徒はリボンの色で学年が判別されるようになっており、一年生は黄、二年生が赤、三年生が青色だ。ちなみに学年が上がる時はそのまま色ごと上がるので、来年の入学生は青色のリボンをする事になる。

 つまり声を掛けてきた人物はここの生徒で、二年生という事。金髪だからおそらく外国人だろう。

 

「あー、えっと……どなたですっけ」

「ん? まさかアタシの事を知らないのか? 見覚えも無い?」

「えっと……すんません」

「おいおい……候補生は各国家で何人もいるから仕方ないのかもしれねぇけど、せめて専用機持ちくらいは把握しとこうぜ? お前はもうIS業界の人間になるんだからよ」

 

 ま、一週間足らずだから仕方ないかもだが、とやや気だるげに言う二年生。発言から察するにどうも専用機を持つ代表候補生らしい。つまりどこかの国のトップクラスの実力者という事だ。

 

「ならとりあえず自己紹介だな。アタシはアメリカ代表候補生、ダリル・ケイシー。ここの二年生だ」

 

 それと――と、金髪の美女が笑みを浮かべたまま距離を詰めてくる。

 その笑みに何かを感じ、俺は思わず(あと)退(じさ)った。

 

「……へぇ」

 

 そんな俺を見て、ダリル・ケイシーはにぃっと口角を吊り上げる。獲物を前にした蛇のようにちろりと舌が唇を濡らしたのを見て、俺の脳裏で警鐘が鳴り響く。

 

「なるほど。途中参加ながら命を賭けたからか、勘は悪くねぇな」

「……な、何の事だよ」

「危険察知能力って意味さ、坊主」

 

 直後、ダリルの右手が閃き、突き付けられる。

 握られていたのは――拳銃。

 反射的に体が動く。抵抗、逃走、どちらかが思考に上る前の動きだ。

 

「遅ぇ」

 

 だが、それも無駄に終わった。

 ぱん、と乾いた音が耳朶を叩いた。そう思った時には鳩尾に衝撃が走っていた。体が後ろに吹っ飛び、堪らず地面を転がった。

 

「い、てぇ……っ」

 

 顔を上げる。

 ダリルは嗜虐的な笑みを湛えて俺を見下ろしていた。銃口は俺に向けられたままで、下手に身動きが取れない。

 

「てめっ、なんのつもりだ……!」

「言う訳ないだろ、坊主? まあさっき言いかけたんだが、お前の勘が思ったほど悪くなかったからやっぱやめる事にした」

「舐めてんじゃ、ねぇッ!」

 

 横隔膜が痛みで半ば麻痺して呼吸がままならない中、吠える。

 

 ――【白式】、俺に力を貸しやがれ!

 

 待機状態の【白式】に意志を送る。左手首に巻かれたガントレットが白く輝き、瞬時に全身を覆う白い鎧と化した。手元には量子変換を経て復元された雪片弐型。

 徹底抗戦の構えだ。

 だが――俺とて、勝てるとは思っていない。

 勝てなくてもいいのだ。ただ俺は粘ればいい。そうすれば異変に気付いた先生達が駆けつける筈だ。

 流石にISに関しては経験が違う。アメリカ代表候補生の中でも頂点に位置する専用機持ちに、使い始めて数日の俺が勝てるとは到底思えない。

 

 ――いいとこまでは、いけるかもだが。

 

 ふと、そんな予想が浮かぶ。

 なんでそんなに自信に溢れた事が浮かんだのかは定かではない。だが無理ではないと思うと、俄然やる気に満ち溢れる。

 

「はっ、待ってましたってモンだ!」

「は……?」

 

 しかしダリルはおかしな事に凄絶な笑みを浮かべた。粘っていれば不利になっていくのはダリルの方なのに、なぜそんな余裕があるのか。

 

「そういえば坊主、お前のその【白式】、たしか射撃武器は無いらしいな? 実はオレもなんだよ」

「……だからどうした。俺より優位だから敵わないって、そう言いたいのか」

「まぁ、そういうこった。少なくともお前よりはアタシの方が上手く扱える」

 

 話ながら、ダリルの体が光に包まれ、専用機が展開される。

 第三世代機、《ヘル・ハウンドver2.5》だ。

 

 ――待て。なんで俺、専用機の名前が出てきた?

 

 ふと思考が止まる。ダリル・ケイシーの顔を知らず、名前も出てこなかったのに、俺はいま専用機の名前はパッと出てきた。具体的な武装やコンセプトも、見た目すら見た事ない筈なのに。

 

「だからよぉ――ソイツを、アタシに寄越しなァッ!!!」

 

 おかしな齟齬に固まった直後、ダリルがスラスターを吹かせ、突進してきた。再度手が突き出される。

 その手に握られているのは、球形の機械。

 思考が止まっていた俺は反応が遅れ、掌底の形で球形の機械を胸部装甲に受けてしまった。すぐ後方へ離れる――が。

 全身を、電流が走る。

 

「な、ぐ、ぁが……?!」

 

 シールドバリアを貫通したその電流で全身が痙攣する。視界がチカチカと明滅し、思考が焼き切れそうな程にショートする。

 電流がどれくらい流れていたかは分からないが、やっと解放された時、俺は地面に満身創痍の体で転がっていた。

 

「て、め……!」

「おーおー、威勢だけは良いな。だがISも無いお前になにが出来る?」

「な……?! びゃ、【白式】が……?!」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべるダリルに言われ、【白式】が無い事に気付く。自動的に待機状態になったかとも思ったが左手首に白いガントレットは無い。

 

「残念だったな。【白式】は、こっちだ」

「な、お前……!」

 

 見せつけるようにダリルが左手を突き付けてくる。白いガントレットは、その手に握られていた。

 通常、展開状態のISは外部からの物理的影響をシールドバリアなどでカットするため、解除には搭乗者の意志が不可欠とされている。しかしいまそれを無視して解除され、あろうことか設定された待機場所である左手首ではなくダリルの手に収まっている。

 

「リムーバー……?!」

 

 驚愕で、その単語が飛び出てきた。

 剥離剤として知られるそれは、本来は乾燥・硬化した塗料を取り除くための液剤だ。女子がよくやるマニキュアを剥がす際に使われるものだと何かの雑誌で読んだ覚えがある。

 しかしなぜいま、そんな単語が出てきたのか。

 

「……坊主。テメェ、なんで剥離剤(リムーバー)の事を知ってやがる……?」

 

 だが、それ以上になぜダリルは、そんな驚いた顔をしているのか。

 

「コレは無理矢理ISを剥がすからアラスカ条約で禁じられてるモンだ。禁止目録の中に名前はあるが、実物はおろか、効果すらまともに知ってるヤツは居ない筈だがな」

「し、知らねぇよ。俺自身それに困惑してんだ。咄嗟に出た単語が当たってる事にも、なんでリムーバーなんて単語が出てきたかも……」

「ふぅん……」

 

 ダリルは半信半疑という風に俺を見ていたが、すぐに気を取り直したらしく、顔にまた笑みが戻った。勝ち誇ったようなそれがまた腹立たしい。

 特に、ロクに抵抗出来ずに【白式】を奪われた事が悔しかった。

 ……なぜか、思ったほど喪失感が無いのが不思議だが。

 悔しさはあれどなぜ怒りが無いのか、自分で自分が解らない。

 

「ま、コレを知ってようがいまいがどうでもいいか。【白式】も奪った事だし、テメェはもう用済みだ」

「……まさか、殺すってか?」

「まさか。男ながらにISを動かしたヤツってのは実験体として貴重なんだぜ? なんせ世界でたった二人しか居ねぇからな」

 

 ダリルの手が迫る。ISの腕部装甲に締め上げられ、声を上げようとするが喉元を素手で締め上げられた。

 

「ん、ぐぇ……っ――――」

 

 自分の呻く声を遠く聞こえる感覚。

 程なく、俺の意識は闇に落ちた。

 

 

 

    ***

 

 息を殺し、注視する。

 決して気付かれてはならない。そう自身の言い聞かせ、心臓の拍動を意図的に遅くする。呼吸も音を限界まで抑え、緩徐に行う。

 視線の先には気絶した男と、嗜虐的に笑う女。

 私は男の護衛をしつつ、ターゲットの接触がないか監視する役目をこなしていたが、今日やっと接触があった。つまりいま、勘付かれる訳にはいかない。

 息を潜める。

 気配を殺す。

 

『――――』

 

 女が端末を取り出し、どこかに連絡を取った。それから男をISで担ぎ上げて静かに闇に消える。

 後を追う。草を踏まないよう、ほんの僅かに浮遊して。

 気を張り続けること数分。女が足を止めたのは孤島の港。そこにほんの少しだけ顔を出す潜水艦のハッチがあった。女が近づき、潜水艦から仲間らしき人影が下りてくる。

 男が引き渡される。

 女は潜水艦に乗らず、来た道を戻り始めた。

 辺りに静けさが戻る。

 私は個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を開いた。

 

 

【和人、動きがあった。録画も出来ている。秋十は引き渡され、ダリル・ケイシーは学園に戻った】

 

【――了解。データはコア経由で束さんに送ってくれ。あとはこっちでやる。お疲れ様】

 

 

 間を置かず、少年の声が返ってきた。

 

 

【……気を付けろよ】

 

【ふふ、ありがとう、(マド)(ねぇ)

 

 

 くすりと、嬉しげな声音。

 通信が終わる。

 

「……お前は、私を姉と呼んでくれるんだな」

 

 私の声音にも、隠しきれない喜びがある事に気付きながら、私は静かに地下秘匿施設へ帰投した。

 

 






 『??』は円華(マドカ)でした。お久しぶりですねェ!

 七色回で拷問に掛けられたとあったけど、マドカ本人は和人の事を大切に思ってるので味方フラグびんびんだったんですね。

 ――まぁ、平行世界で知っていれば、ね。

 この世界は違うかもと警戒して踏み絵をした訳ですが、問題なかったので最初からマドカに対する好感度は激高です。


・『黒』シリーズ
 束謹製のISシリーズ。
 白が始まりなら黒は終わりというイメージカラー。
 ある意味で【白騎士】に対する自虐。
 現行のISがスポーツ・軍事仕様なら、このシリーズは宇宙航行を目標に据えた仕様というすみ分け。活動するスケールが違うので必然的に各性能が極めて高くなる傾向にある。また戦闘がメインじゃないので装甲がスマートで全体的に小型。
 扱いとしてはサ終した《アーキタイプ・ブレイカー》の『IS学園機体開発計画』の束版みたいな感じ。ある意味束の夢と希望が詰まったシリーズ。
 【黒椿】のような花と、【黒騎士】や【シュヴァルツェア・リッター】のような騎士シリーズが現在確認されている。


剥離剤(リムーバー)
 原作五巻、学園祭にて登場した違法物。
 本来搭乗者の同意がなければ解除されない機体を強制的に解除させる危険な代物。表では出回っていない代物で、原作では一夏の【白式】に対してオータムが使用している。単行本では一度奪っているのだが、一度使ったコアには耐性が出来て遠隔コールが出来てしまうので奪い返された。アニメ版では使われはしたが途中で楯無が介入して阻止している。


・織斑秋十
 原作知識、前世諸々を消去された齟齬を抱えた転生者。
 前世消したのに何で片鱗があるの、という点に関しては、転生以降も原作知識について思考・発言する機会があれば、記憶・精神は密接な関係にあるためどうしても残ってしまう。
 秋十の場合はフラクトライト側から消されているが、大脳など物質的な記憶領野は干渉されていないので、大脳側の記憶の残滓が無意識に引き出してきている。これを完全に消去するには、それこそ上条さんレベルの完璧な記憶消去が必要になる。

 ――まぁ、それも不要になりそうですけどネ!(邪笑)


・ダリル・ケイシー
 地味に本作初登場。
 今話で秋十を誘拐した仕立て人。
 アメリカ代表候補生、専用機【ヘル・ハウンドver2.5】の操縦者。本名『レイン・ミューゼル』。
 《亡国機業》の一人で『スコール・ミューゼル』は叔母にあたる。
 つまり学園襲撃時、明らかに相性を分かった上でぶつかったのも、二年生の試合アリーナで戦闘が起きていなかったのも、このダリルが内通者として情報を横流ししていたため。
 原作オータムポジで秋十を襲撃した。
 原作では一年生のギリシャ代表候補生『フォルテ・サファイア』と共に、束謹製ゴーレムⅢを圧倒するなど極めて高い実力を発揮していた。専用機の武装は詳細不明だが、少なくとも近接攻撃が主体なのは確か。


・ラウラ・クロニクル
 専用機【シュヴァルツェア・リッター】の搭乗者。
 イメージとしてはレールカノンが外れたレーゲン。AICもドイツの専売特許なので付いていないが、代わりに束のサポートにより換装装備(パッケージ)が追加されるので状況によっては以前より強い。


・クロエ・クロニクル
 和人とラウラの義姉。
 IS関係で言えば和人の教師。ラウラと同じ遺伝子強化素体(アドヴァンズド)で、元々戦うために作られた事から総合的には経験で圧倒されるが、基礎分野に関してはクロエが上。
 地味に和人に対してだけ好意的な情緒が豊か。


・桐ヶ谷和人
 実は銃火器苦手勢。
 対山田、対楯無戦で銃火器を使っているが、いずれも牽制であり、狙って撃つ事はそんなに得意ではない。まあ《ⅩⅢ》など乱発スタイルを取っていれば精密射撃が苦手なのも頷ける話。
 しっかり教えられれば反復練習で習熟するので、クロエの指導も熱が入っている(とは言え義姉弟補正でだだ甘だが)

 そして最後、ダリル・ケイシーを見張るようマドカに言っておいた張本人。

 秋十の知識は原作七巻(二学期タッグトーナメント)までなのでダリルが裏切る事を知る由もないが、和人は平行世界の知識があるので、誰が内通者かは把握済み。
 もちろんマドカの事も実は識っていた。


・織斑円華
 通称マドカ、楯無・秋十より一つ年上の17歳。
 和人が1歳、円華が6歳の時に《亡国機業》へ連れ去られた過去を持つ。以前の学園襲撃時にスコール、オータムと共に捕えられたが、紆余曲折を経て和人側に無事付いた。
 現在は対外的に味方と知られていない特性を利用し、『秘匿戦力(ジョーカー)』として和人の眼となり耳となり、手足となって動いている。

 地味に『マド姉』と呼んでもらえた事に喜んでいるチョロ姉。

 和人が物心つく前に分かれたから、姉としては凄く嬉しかった事でしょう。


 長文失礼。

 では、次話にてお会いしましょう。


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