インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 筆が乗ったゼ☆

 お気付きかもしれないがこの臨海学校編、楯無さん回なんですよね(今更)

視点:楯無

字数:約八千

 ではどうぞ。




墓標 ~弔いの意味~

 

 

 二〇二五年七月六日、月曜日。午後六時半。

 花月荘、食堂。

 

 楽しいことほど時間は速く過ぎ去るもので、気付けばあっという間に自由時間は終わり、夕食になっていた。浴衣を着用した生徒・職員・その他が大広間三つを繋げた大宴会場に集まり、用意された豪華な膳に舌鼓を打つ。

 夕食のメニューは刺身と小鍋、山菜の和え物が二種類、赤だし味噌汁とお新香。ザ・旅館という風情で変わり映えしない印象だが、細かなところが非常に豪華仕様で、なんと刺身はキモつきのカワハギだ。諸経費も含めれば花月荘を利用するにあたりかなりの散財を覚悟しなければならない所以がここにある。

 

「ふぅ……ほんと、IS学園って羽振りがいいわよねぇ。昼も夜もお刺身だなんて」

 

 刺身を嚙めば独特の歯ごたえとクセのない味がなんとも舌を楽しませてくる。キモも、臭みや苦みなどはなく、深い味わいを楽しめる。

 流石は高級仕様。

 ここだけ切り取ってみれば昨今の日本の経済不況がまるで嘘のようだ。

 

「袖を振ってるのが日本だけなのは問題だがな」

 

 ボソッ、と右隣に座る少年が、周りに聞こえない音量で言った。

 

「そうねぇ……」

 

 頷いて、ずず、と赤だし味噌汁を同時に啜る。

 メインは彼だが、私もこの日本の未来を背負う立場にある。裏事情をよく知っているので所々で目に付く豪華さにお金を出しているところを思い出して、少しだけ憂鬱になる事が最近多くなってきた。

 

「うー……二人とも、よく生魚を食べられるわね……」

 

 そこで、和人の右側で食事を摂っていた七色が、唸るような声を上げた。どうやら刺身が食べられないらしい。ロシア人と日本人のハーフとは言え、生まれも育ちも刺身と縁の薄い外国だから苦手意識があるのだろう。この場合は食わず嫌いだが。

 ちなみに彼女、昼食に出された刺身は和人に食べてもらっていたりする。

 

「ふむ。やっぱり苦手か」

「うん。このぶにょぶにょ感がちょっとね……」

「外国育ちの子は、よっぽど日本好きじゃないと刺身は苦手みたいだからねぇ」

 

 周囲を見れば、日本育ちの子は嬉しそうに食べているが、反面外国育ちの子は殆ど食べず、親しい日本人の子に譲るなどしている光景が多々見受けられる。この辺も国際色豊かなIS学園だからこそ見られる光景だ。

 ちなみに日本かぶれしている子は正座にチャレンジしてお座敷で食事を摂るが、足が痺れて崩している子も多い。

 それは七色も同じで、水泳やビーチバレーで疲れ切った足は食事開始から十分と経たない内に割り座に崩されて、けれど真面目な性格なのかまた正座に戻してを繰り返していた。顔が顰められているのも理由の大半は正座で足が痺れた事に起因しているだろう。

 

「う、くぅ……!」

「……夕食くらいテーブル席で摂ればよかったんじゃないか」

「イヤよ。和人君の隣は私のものなんだから……!」

 

 うぎぎ、と呻きを上げながら正座に悪戦苦闘。ついでに慣れていないらしい箸でも悪戦苦闘。

 昼にも一度見た光景だ。学園では洋食セットやフォーク、スプーンなどで食べられるものを選んでいた弊害がここに来て露見している。

 

「……次からはテーブル席にするか」

 

 碌に食事が進まないと見たらしい少年が、呆れたようにそう言った。

 

「うぅ……ごめんなさい……」

「申し訳なく思ってるなら、見栄を張るのはやめた方がいいと思うが」

「……見栄なんかじゃないもん……」

 

 呆れ顔の和人に、むっと不満げに頬を膨らませる七色。

 

「――ねぇ、あの二人、やっぱりそういう事かしら……?」

「――最近の子って進んでるんだね」

「――でも生徒会長も怪しくない?」

「――つまり和人君を取り合って三角関係ってこと? きゃー!」

 

 大広間のそこかしこから抑えられた――しかしハッキリ聞き取れる――好奇心に満ちた声が聞こえてくる。やはり十代の女子、コイバナへの興味関心は極めて強い。男日照りのIS学園だから余計そうなっているきらいもあるが、やはり彼に対する関心が尽きないのが最大の理由だろう。

 同級生の中でも彼を狙っている生徒は少なくない。

 玉の輿を目的にしている子もいるが、純粋に格好良くて惚れた子もいると聞く。

 

 とは言え――把握している限り、そういった子達は学園襲撃で彼が活躍して以降に声を上げている者ばかり。

 

 そういった形で近付く子もいるだろうから、それは別に否定しない。SAO時代から目を付けていた私とて異性として強く意識したのは妹が攫われた時だった。

 しかし私は、対暗部用暗部の当主。

 生半可な気持ちで婿を選べない。だからこそ、恋愛結婚をする事は半ば以上諦め、妹に自身を重ねて幸せを得ようと思った。それを打破した存在が彼なのだ。

 

 ぜったいに振り向かせてみせる、という想いがある。

 

 ――それ以上に、助けたい、という想いがある。

 

 いじらしいから頼られたい。

 助けられたから助けたい。

 だから頼って。

 私を見て。

 

 

 

 刀奈も楯無も(わたしたちは)いつでも待っているから。

 

 

 

「――ほーら、和人君ったら。ほっぺたにご飯粒が付いてるゾ♪」

 

 いつもの悪戯めいた調子で。

 けれど行動は積極的で。

 少年の頬の米粒をひょいと摘まみ、ぱくりと食べる。周囲の好奇心と歓声を耳にうるさいくらい上がった。

 

「ああ、ありがとう」

 

 それをどう捉えているのかは分からない。少年は笑みを浮かべ、淡々と礼を言うだけ。まだ足りないというのがよく分かるその反応が今は悔しく感じる。

 ぜったいに振り向いてもらう、という決意が強くなった。

 

 ちなみにこの後、不純異性交遊判定を受けて織斑先生にげんこつを喰らってしまった。

 

      *

 

 食後。

 本来なら男女で分けるために設置されている垣根を取っ払い、一つの大浴場にされた露天風呂で身を清めた後、まっすぐに部屋へと戻った。

 夜の海を一望できる部屋では、浴衣姿の白髪の少年が机を前にノートPCを弄っていた。

 

「和人君、何してるの?」

「ん、おかえり。明日使う実験プログラムの最終確認。学園で済ませてたけど念のため、な」

「ふぅん」

 

 生返事しつつ横に座り、PCに表示されているアセンブラを眺める。

 一応学園の基礎科目としてプログラミング基礎が必修で、代表候補生として高水準の成績を収めている身だが、ノートPCに表示されているアセンブラはそれでも複雑なものだった。というより一つ一つの命令文が長すぎるせいで内容を読み取りにくい。

 うへぇ、と顔を顰める。

 

「こんなのを和人君が組んだの?」

「茅場や束博士達にも手伝ってもらったけどな。いま楯無が見てるのはカメラ追従に関する学習能力制御で、そこは主に茅場達が見てくれたところだ。俺が触ったのは指令系統と基礎部分だけだよ」

 

 こっちのだな、と言いながら別のアセンブラを表示してくる。

 確かにそっちは基礎部分と言うだけあってかなりスッキリした命令文になっていた。プログラミングについて彼は今年度から習い始めたという話だし、流石に学習AIの制御アセンブラを組むのはまだ速かったようだ。

 それもそうかと納得したところで、鼻孔を潮の香りが擽った。

 臭いの元は明白である。

 

「……和人君、もしかしてまだお風呂入ってないの?」

「いや、さっきシャワーは浴びたが……臭いのか?」

「潮の香りがちょっと」

「海が近いからだろうが……うぅむ、髪が長いせいで染みついたのか?」

 

 自身の白髪を手に取りながらクンクンと臭いを嗅ぎ、ホントだ、と顔が顰め面になった。

 昔から短めにカットしていたから分からないが、髪が長いとその分だけ手入れが大変だとはよく聞く話。男の子の彼からすればそこそこのケアで済ませてしまうだろうから、それで匂いが残ってしまったのだろう。

 

「トリートメントは使ってるの?」

「シャンプーとリンスは使ったけど……俺、サッと入ってサッと出るタイプだから、洗い切れてなかったのかも」

「あらら、それはダメよ。ちゃんとお手入れしないと髪はすぐガサつくんだから。長ければ長いほど時間を掛けて丁寧にしてあげないとね。海に入ったならいつも以上にダメージがある訳だし」

「ああ、だからいつもと同じじゃダメだったのか……」

 

 納得した風に頷く少年。

 それを見て、これはチャンスでは? と妙案が浮かんだ。

 

「ね、良ければ私がケアしてあげよっか?」

「む? それは助かるけど……でも楯無、髪短いだろう。出来るのか?」

「あら、私だって(いっ)(ぱし)の女よ? 人並み以上とは自負してるわ。名家の当主として見くびられたら困るから、その辺は徹底的に仕込まれてるもの」

「……苦労したんだなぁ」

「なに他人事みたいに言ってるの? 政財界に顔を出す以上、和人君もこれからは気を付けないとダメなのよ? いい機会だしとことん教えてあげましょうか」

「うわ、また藪蛇になった」

 

 にっこり笑いながらの返しに、彼はうへぇとうんざりした面持ちになった。

 ……きっと、私の言葉の意味は額面通りにしか取られていないのだろうな。

 ほんの少し残念に思いつつ、私は彼を風呂場へ促した。その際に水着に着替えるよう指示する事も忘れない。なぜと首を傾げられたが、彼の髪の長さだと服を着てたら濡れる事は必須なので脱がざるを得ない事を説明し、納得してもらった。

 

「おまたせ、和人君♪」

 

 そして、当然ながら私もお昼に着ていた水色の三角ビキニを身に着けている。

 夕食と入浴の間に従業員の方が洗濯してくれたので潮の香りはまったくしない。乾いてはないが、どうせ今から濡れるので関係なかった。

 

「さーて、お姉さんに任せなさい♪」

「ん、よろしく」

 

 広めの浴室には既に黒の海水パンツ姿の和人がバスチェアに腰掛け、待機していた。

 さっそくシャワーで髪を濡らし、用意しておいた手入れ用の道具を使っていく。頭皮のマッサージを挟みつつ、髪を梳くように、それでいて撫でつけるようにしていく。

 その最中、ふと彼の肢体に意識が向いた。

 

 ――お昼は意識しなかったけど、すっごく細い……

 

 パーカーを脱いだだけで体の華奢さ、細さが際立って見えて、後ろ姿は女子にしか見えない。色が白い事もそれを助長する。

 しかし筋肉がしっかりあるため、見た目の細さに反して意外にガッシリしている事を私は知っている。

 そして胸や腹、背中には夥しい数の古傷がある。横腹には学園襲撃事件で空いた穴の痕もあった。

 映像で、そして直に幾度か見てきたが、小さな体を蝕むような爪痕は見ていて気持ちいいものではない。喩えは悪いが、完成された芸術品に傷をつけられたような感覚に陥る。

 だからこそ、疑問があった。

 

「ねぇ、和人君。聞いていいかな?」

「んー?」

「【無銘】を使えば、アバターのダメージ痕みたいに古傷も消せるんじゃないの? せっかく綺麗なお肌なのに勿体ないわよ」

「あぁ、その事か。確かに消せるよ。でも消すつもりはない」

「……どうしてって聞いたら、教えてくれる?」

 

 問いの後、暫しの沈黙。髪を梳く音に紛れてぴちょんと水音が滴ったのがよく聞こえた。

 

 

 

「証だからだ」

 

 

 

 そして、彼は静かにそう告げた。

 

「俺が抱いた過去の()()。世界が看過した秋十と世界の仕打ち。そして……俺が手に掛けた子供達が確かに存在したという、唯一の証だから」

「和人君……」

 

 鏡越しに、彼の顔が見えた。

 どこか超然とした容貌に、凛々しい面持ちがよく映える。けれどその金の瞳には悲哀の色が浮かんでいた。戦いの場ではある筈の気迫が感じられない。

 悼んでいる。

 彼はいまも、かつて連れ去られた研究所で出会い、殺し合う事になった子供達の事を悼んでいるのだ。

 

 サバイバーズ・ギルト。

 

 数多くの死者が出た環境で奇跡的に生還した人がしばしば抱える罪悪感。彼は直接手に掛け、命を奪って生き延びた負い目がある。自分だけが助かった事に対する負い目がある。

 ずっとそれを抱えている。

 だから止まらない。止まれない。

 罪の意識が付き纏うから休めない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 SAOでの行動はその延長線であり、罪悪感を補強するだけだった。大切な存在が出来たからこそラストバトルが助長した。

 

 ――ふと、ある思考が脳裏に浮かんだ。

 

 彼は未来のために戦っている。星を救う戦いで生き残るため。ひいては、大切な人達を守るため。

 そのために彼はいま出来る事に全力で打ち込んでいる。勉強、ISのプログラミング、整備だけではない。暇があれば操縦訓練。アリーナが閉じればフルダイブしての戦闘訓練。就寝時間になれば、【無銘】のコア世界でヴァベルと戦闘訓練か平行世界の追体験。それ以外は総務省やMMOトゥモローの仕事。

 今回臨海学校に連れてこなければ、彼の意識は一両日ずっと、何日も働き続けている事になる。

 その原因は尽きる事のない罪悪感。

 

「……君って、すっごく不器用ね」

 

 ……前々から思っていたのだ。

 《クラウド・ブレイン事変》でのホロウも研究所で殺めた子供達について言及していた。そしてオリジナルである彼は、体の傷を証と言って残している。ALOだけでなくSAOのアバター作成ですら写真を使い、体の傷を再現していた。ずっと前からそう考えていた事は明らかだ。

 

「和人君。ひとつ、お勉強しましょう?」

「勉強? ここで?」

「ええ。まぁ……勉強って言っても、大した事じゃないわ。ただ私の話に耳を傾けてくれればいいの」

 

 疑問の気配。けれど口を挟むことはせず、鏡越しに視線で先を促してきた。

 私は彼の髪のケアを続けながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

 

 ――それは、私がかつて当主になったばかりの頃のお話。

 

 

 

「私ね、人を直接手に掛けた事はないけど、間接的にはあるの。当主として部下に命じたから」

 

 あれは、女尊男卑が行き過ぎた企業の幹部を始末する指令だった。政府からその指令が下り、メンバーを編成して出撃させた後、結果的に指令通りに壊滅に追いやれたもののこちらにも被害が出た時の話だ。

 勿論荒事だ。指令を下す私も、実働部隊の者も、最悪命を落とす事は覚悟の上だった。

 

 けれど、私に出来ていない覚悟があった。

 

 それは人の命を奪うこと。

 敵対者の命を奪う事は覚悟していた。けれど私が下した指示、組んだ編成で味方や部下が命を落とした時の覚悟が出来ていなかった。

 天才と持ち上げられた私とて、経験で言えば大人には敵わない。当主になったばかりの私からしても部下にいる人達はずっと格上ばかりだった。そんな人達に指示を出す事は少し違和感があったが、それ以上の感慨は無かったのだ。彼らなら上手くやってくれるだろうという信頼が安堵を抱かせていた。

 

「でもね、この世に絶対は無かった。メンバーの一人が亡くなったの」

 

 組織全体で言えば中堅に入るくらいの下位の構成員。その任務を達成した時、中堅クラスの構成員に昇格する事が予定されていただけに、彼の死を惜しむ声は少なくなかった。

 それが私にとって、初めての人の死。

 

「誰も私を責めなかった。事務的に遺族年金と賠償金を用立てて、遺族に支払うよう部下に命じて、それで終わり。私はその部下の死を定例的に、紙面上でしか知り得ていないの」

 

 死体袋に入れられて持ち帰られた遺体は、丁寧に整えられた後、身内だけで葬儀が執り行われて火葬された。私が最後に見た部下の顔は、出撃する部隊を見送った時だった。

 

「その人は最期に何を思ったんだろうって悩んだわ。そしてもう二度と同じ過ちをしないようにって、必死になって、必死に鍛錬に打ち込んで……無理が祟って倒れちゃったの」

 

 過労でぶっ倒れた時の事はあまり覚えていない。ふっと意識が遠退いたと思って、気が付けば四日も眠っていたと聞かされ愕然とした記憶しか無かった。

 何日も魘され、高熱で寝込んでいたとは聞いている。

 

「そこで釘を刺されてね。いい加減休みなさいって、虚ちゃんに。あの子が怒ると逆らえないから素直に休んだわ。まぁ……休んでる間も、ずっとずっと悩んでたけど」

「……それで?」

「見かねた虚ちゃんが、お墓参りはどうですかって促してくれたの」

「墓参り……」

 

 何かを考え込むように、彼は視線を俯けた。私はそれに触れずに話を進める。

 

「お墓ってね、賛否両論あるけど、究極的には生きてる人が亡くなった人に折り合いをつけるための目印なの」

「……折り合いを、つける」

「そうよ」

 

 勿論、亡くなった人を忘れないために、という意味で慰霊碑や墓標などが建てられる事もあるが、少なくとも私はそう捉えていた。

 

「例えばだけど……和人君が死んじゃったとして、それに直葉ちゃん達がずっとずっと哀しんで、『自分は幸せになったらいけない』って思い詰めてたらイヤじゃない?」

「イヤだ」

「それなら、お墓とかで折り合いをつけて、普段は幸せを求めて生活して、お墓の前でだけ悼んでくれた方がいいでしょう?」

「……つまり楯無は、折り合いを付けられるよう墓を建てたらいいんじゃないか、と? 俺が殺した子供達が、俺の幸せを願っていると……?」

「勿論、これは何も知らない私の身勝手な解釈。納得できるかどうかは和人君次第よ」

 

 でもね、と言葉を切った私は、小さな少年を後ろから抱き締めた。びくりと肩が跳ねたのを感じる。

 

「和人君はそろそろ亡くなった人との折り合いのつけ方を学んだ方がいいわ。どこかで一度下ろさないと本当に潰れちゃう」

「……けど、俺は……」

 

 いやいやと、年相応にくしゃりと顔を歪め、弱々しく首を振る。デリケートな話だと分かっていたから誰も触れなかったのだろう。

 けれど――これは、放っておいたらダメなものだ。

 ただでさえ平行世界の罪の意識すら背負っているというのに、このまま走り続けたらどこかで壊れてしまう。直葉達など支え助ける人がどれだけいようと本人が潰れては意味が無い。

 

 ――彼女達が、支える側だというのなら。

 

 ――私は彼の重荷を下ろす助けになろう。

 

 少しずつ、少しずつ荷物を下ろしてあげないと、人は壊れてしまうから。

 

「和人君。下ろすっていうのは、捨てる事じゃないの。休むという意味よ。何事もメリハリが大事。走りながら反省するんじゃなくて、休んで、それから思いっきり反省して、そして思いっきり走るのよ。走り続けてたら肝心な時に動けないわ。体じゃなくて、心の方がね」

 

 肉体的疲労も、精神的疲労も同じ。

 休むというのはどちらも伴ってこそ。彼には後者がまったく足りていない。鬱屈とした罪悪感に駆り立てられて、何かをしてないと意識を逸らせないから常に気がまったく休まらない。睡眠中ですら意識はなにかをしているのも、悪夢から逃げるための筈だ。

 この小さな背中に、双肩に、いったいどれほどの重荷が積まれているのか……

 

「――嗚呼」

 

 耳元で、小さな声。

 目を向ければ、金の瞳からうっすら涙が滲んでいた。

 

「そう、か。墓、折り合い……あの世界で戦えていたのは、《生命の碑》が、あったから……アキトを殺してから気力が出なかったのは、名前が無かったから……」

 

 その眼の焦点は虚空に結ばれている。

 幻視しているのだ。二年もの間戦い続けた世界での記憶を。己が手に掛けた者の名前に線が引かれていく、あの巨大な慰霊碑を。

 

「……なぁんだ……和人君、しっかり出来てたんじゃない」

 

 無意識に、だろう。彼は《生命の碑》を墓代わりにしていた。それを罪の証として、そこ以外では戦いの意識に切り替えていたのだ。

 それが彼なりの折り合いのつけ方。

 それをいま自覚出来た。

 これからは少しずつでも折り合いをつけて、日々を過ごしていける事だろう。私はその手伝いで口を挟めばいい。

 

「ありがとう、楯無。今度、みんなの、あの子供達のお墓を作るよ」

「ええ……そうしてあげたらいいわ」

 

 振り返って、無垢に微笑む少年に頷いた私は、けれど、と指を突き付ける。指先が彼の唇に触れた。

 

「忘れてなぁい? ……いまは、二人きり、よ?」

 

 全身が熱くなるほどの気恥ずかしさと、ドキドキとする期待を乗せて、思い切って告げてみた。

 虚を突かれたように少年は瞬きをしたが――

 

 

 

「――ありがとう、刀奈(かたな)

 

 

 

 無垢に笑って、私の名前を呼んでくれた。

 

「ええ。どういたしまして、和人君」

 

 ぎゅっと、今度は正面から優しく抱きしめた。

 

 

 

 少しだけ、心の距離が近づいた――そんな気がした。

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 スーパー楯無ちゃん(笑)は”でんじゃらす・びーすと”ですが、覚醒するとマジお姉ちゃんなお話でした。同年代の子に比べれば人生経験豊富ですからネ。そこは和人も敵わないところです。

 IS二次で暗部当主として動いてる描写はあっても、当主としての苦悩や苦難、命に対する葛藤とか語ってる楯無さんって中々居ないんですよね……って事で和人の先輩として語って聞かせたのでした。


・更識楯無
 対暗部用暗部当主。
 若くして当主について命懸けの作戦指揮を執り始めたので、当然覚悟が甘い部分がある。
 楯無は味方を死なせた時の苦悩が和人と近しかった。その時に墓参りをして、墓の前でだけ泣き言を漏らし、それ以外は毅然とするメリハリスイッチを獲得。実はそのせいで簪が楯無に対して『完璧超人』というイメージを持った背景があったりする。
 直葉達が和人の歩みを助け、支えるのならば。
 似た苦悩を持つ楯無は、休むための荷下ろしに力を貸す役割を担った。口の悪い人は『傷の舐め合い』と言うだろう行為だが、それで歩み出せるのなら、二人は喜んで舐め合うだろう。

 ちなみに前半で『私達は待っている』とありますが、待っているだけでは絶対振り向いてもらえない負けフラグを後半自力+無自覚で覆してヒロインレースに躍り出るという超絶神プレイをやってのけています。
 流石楯無さん、あざとい割に初心なのにやってる事は的確だぁ……

 助けようとしてる部分が違うので、ある意味姉枠ヒロインレース首位。



・桐ヶ谷和人
 死者との折り合いのつけ方を自覚した主人公。
 SAOβテスト時代から写真を使い、再現していた体の傷は、研究所で手に掛けた子供達の存在証明。そのため傷は現在まで残っている。
 SAO時代で殺めた者達は、実はアキト以外は《生命の碑》で再確認ができたので無自覚にメリハリが付けられたが、アキトだけは無かったし、アインクラッドに帰れないと思っていた時期なので折り合いのつけ方が分からず、当時は無気力状態に陥っていた。ユイが寄り添わなかったらそのままフェードアウトしていただろう。
 全員生還以降、和人の罪悪感は『研究所の子供達(実体験)』、『平行世界で殺めた者達(見聞きした知識)』に向けたものの二種類に大別される。

 和人本人の意識の比重は当然前者(実体験)に傾くので、今回はその罪悪感から僅かでも解放される方法を楯無が自覚させた事になる。


 ――ちなみに。

 水着着用でも特に狼狽えたりしてないのは慣れの問題。
 一番最初に倫理をぶっ壊した対応をしたのは2022年クリスマス・アルゴである。
 つまり以降の一対一のシチュエーションで女性のアタックに対して和人の反応が薄いのはアルゴの積極的なアプローチが基準になっているからだったりする(戦慄)
 これは苦労しそうですねぇ……なんせアタックの基準が『スケベサンタコス添い寝』とかいうハードルストップ高なんですもの。よもや己の過去の所業が原因とはアルゴも思うまいて(愉悦)


 では、次話にてお会いしましょう。





 ところで今話冒頭の食事シーン、原作IS三巻では旅館夕食でシャルが本わさをそのまま食べて「おいひぃよぅ……(涙目)」をする可愛いシーンがあるのですが。
 学園の刺身定食に練りわさ付いてるの自分で言ってるし、旅館の昼食も刺身だった事は原作一夏が言ってる訳で、わさび自体と対面するの初めてじゃない上に多分食べ方も知ってる筈なんですよね。
 なのにそのまま食べてあんな可愛い反応するとか……
 これを原作IS特有の『設定の齟齬』と捉えるか、それとも『シャルルんはあざといなぁ~♪(by本音)』と捉えるか、そもそも気付かなかったかで読み込み具合とキャラに対するイメージが窺い知れると思うんですよね(他の二次臨海学校を読みつつ)


 個人的には『シャルあざとい』がいいと思います(迫真)


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