インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
筆が乗ったゼ☆
視点:楯無
字数:約九千
ではどうぞ。
「海っ、見えたぁ!」
トンネルを抜けたバスの中でクラスメイトが歓声を上げた。本日の天候は無事快晴。陽光を反射する海面は穏やかで、心地よさそうな潮風にゆっくりと揺らいでいるのが見える。
今日は二〇二五年七月六日、月曜日。
IS学園一回生は当初の予定通り四台のバスを観光企業から借り、臨海学校のために出発していた。
「おー。いつも学園から見てる筈なのにまた違って見えるわねぇ」
クラスメイトのはしゃぎようから、みんなもそう思うのだろう。気分の違いというやつだ。
一応は軍事演習兼課外実習なのでお気楽とは縁遠い筈だが、十代の子供にそれはという事でバカンスも兼ねられた行事なので、みんなのテンションはやはり高い。
二泊三日を予定されているこの臨海学校は、初日は自由時間が主で、ここがバカンス期間に該当する。
軍事演習は二日目からが本番だ。尚、これは機器の運搬などで手間取るからという事情があるためだったりする。
みんなのテンションが高いのは到着早々から遊び倒せるからに違いなかった。
「ふふんっ、海があたしを待ってるわ!」
「……現実時間で一昨日までロクに泳いだ事なかったクセに」
「なにおぅ?! いまはしっかり泳げるようになったんだからいいじゃない!」
「まぁ……一先ず溺れないようにな。冗談抜きで死ぬぞ」
「大丈夫! 準備運動はバッチリするわ!」
それに感化されてか、この臨海学校に急遽参加する事になった面子の内、今年十三歳になる少女・枳殻七色がテンション高く話しているのが聞こえた。会話相手は桐ヶ谷和人だ。この二人の他に、この一組のバスには篠ノ之束、茅場晶彦、神代凛子、比嘉タケルなど、業界著名人が揃っているというかなりの混沌ぶりだ。あと他にクロエ、ラウラも同乗している。
彼女らは『研究課題の遠隔通信実験』という名目で同伴しており、同級生もそこは受け容れている。
特に反発が無かったのは、和人が主導している研究課題に世界でも有名な天才達がこぞって参加している事実の方がインパクト大きすぎたからかもしれない。まぁ、和人は食堂で食事を摂るなどで生徒達とよく顔を合わせていたから、今更な気もするが。
「晶彦さんは今日どうするつもり?」
「私か? 釣りをする予定だ」
「したことあるの?」
「いや、ない。まあ和人君とするつもりだから暇する事はないだろう」
「えっ?! なにそれ、あたし初耳よ?! あたしと泳いでくれる約束でしょ?!」
「一日中ずっと泳ぐつもりか……? 釣りは午後からの約束だから、午前だけで勘弁してくれ」
「おっ、じゃあ僕も午後からの釣り、ご一緒させてもらっていいッスか? ちょっと肩身狭いんスよねぇ」
「私は構わないよ」
「俺もだ」
「やったッス。しかし午前中はどう過ごしたもんか……仕事がないと、なんだか落ち着かないッスねぇ」
「俺もだ」
「その歳でワーカホリックはヤバいよ和君……」
バス最前席の左側に座る茅場晶彦と比嘉タケル、その後ろの神代凛子と篠ノ之束が、最前席右側の私と織斑先生の後ろに座る和人と七色と会話を交わすが、中々にキャラが濃い。異彩を放つのは最年少の彼だが、他の男二人も地味に濃かった。
『えー、そろそろ目的地に到着しますので、みなさん、荷物を忘れないようにして下さいね』
そうこうしていると、最前席の間の折り畳み椅子に座っていた山田先生が車内アナウンスで通達した。途端はしゃいでいた女子の声がぴたりと止む。
徒名を付けられていて威厳が無いのかと悩んでいる彼女だが、地味に指揮統率能力は高いと思う。
その後、彼女の言葉通り、程なくしてバスは目的地である旅館前に到着。四台のバスからIS学園四クラス分の一年生がわらわらと出てきて整列した。
在校生でない少年少女、大人組は少し離れた位置で並んで待っている。普通に旅行に来ている親子、叔父叔母の一家にしか見えなかった。父親が晶彦、母親が凛子、七色が姉で和人が弟、比嘉と束は叔父、叔母といった風情である。
「それでは、ここが今日から三日間お世話になる旅館《
一年生総監の織斑先生の言葉の後、全員で挨拶をする。
ちなみにこの旅館、実は臨海学校で毎年学園がお世話になっている場所らしい。
「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」
こちらの挨拶に丁寧に応じたのは、年の頃三十くらいの着物姿の女将だった。仕事柄笑顔が絶えないからなのか、その容姿は女将という立場とは逆にとても若々しく見える。
……なにか秘訣があるなら教わりたい、と幾らかの同級生が思考したに違いない。
「あら、そちらが
ふと、女将の視線が生徒から横にズレ、黒尽くめの少年へと向けられる。
「ええ、まぁ。急な話になってしまいまい、申し訳ありません」
「いえいえ、そんな。大変な身上なのに仕事に精を出せるなんて立派な事です。しっかりしてらっしゃるじゃないですか」
「……ええ、本当に」
女将の言葉に、彼女はやや複雑げではあるが微笑を浮かべ、小さく頷いた。それから視線が和人へと向く。挨拶をしろ、という事だろう。
「桐ヶ谷和人です。よろしくお願いします」
さっとお辞儀をして挨拶をした和人に続き、七色、茅場と続いていく。雰囲気で挨拶を続けていくのってあるよね……
それが篠ノ之博士のところまで来て、女将が少しだけ目を見開いた。
「……あらあらまあまあ……話には聞いてましたけど、まさか本当に本人に会えるだなんて」
「あー……まぁ、束さんの事は居ないものとして扱ってくれていいから」
「――いえ、そういう訳には参りません。この仕事に誇りを持っている以上、お客様であるなら等しく持て成させて頂きます。代々受け継いできたこの旅館も、IS学園がご利用して頂けているからこそ今も続いているのですから」
バツが悪そうに言った博士の言葉を、毅然とした態度で女将は跳ねのけた。
話を聞くにこの旅館、僻地にあっただけありかつては客足が遠のいていたが、そこを学園が利用し始めた事により復活したという経緯があるらしい。それを女将は個人的に恩義に思っているという事のようだ。
ISを語る時、その多くが女尊男卑などの負の側面を取り沙汰にされるが、こういう良い側面も確かにあったのだ。
「……あ、ありがとう、ございます」
一瞬呆気に取られていた博士は、どこかぎこちなくお礼を言い、ぺこりとお辞儀をした。織斑先生が瞠目しているのが酷く印象的だ。
「……こほん。すみません、長話になってしまいましたね」
並ぶ生徒を見て、申し訳なさそうにまた丁寧なお辞儀をした。
「それではみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも
その言葉に同級生一同は、はーいと返事をしてすぐ旅館の中へと向かった。みんな遊びたいからまず荷物を置きに向かったようだ。
私はその流れに逆らい、織斑先生や和人達の方へと足を向ける。
「あの、ここで釣り具を借りられると聞いてたんですけど、どこで借りればいいんでしょう」
「あら、釣りをされるんですね。道具の貸し出しは受付で――」
ちょうど和人が釣り具の借りる場所を聞いているところだった。その隣では七色が、まだかまだかと待ち遠しさを前面に押し出している。
……あの二人、STLで七色の水泳練習をしてから異様に距離間が近い印象が強い。
特に七色側が凄い。あからさまと言うくらいの猛アタックに加え、いまなんて和人の腕に腕を絡め、体を押し当てて……
「ちょ、七色ちゃん、なにしてるの?!」
「……ふふん♪」
「んなぁ……っ?!」
ほぼ反射的に指摘してしまっていた。和人と女将の邪魔にならないよう声量こそ抑えていたが、なんたることか、感情は剥き出しである。
いきなりで少し驚いた様子の七色は、すぐに調子を取り戻し、挑発するように更に体を密着させ始めた。それを見せつけるようにしてくるから明らかに私を挑発してきている。
「オイ、枳殻。教師の前で不純異性交遊とはいい度胸だな。貴様は学園の生徒ではないが一般常識で指導する事は大人の務めだ、受けてみるか?」
「すみません!」
その挑発も、世界最強の威圧には勝てなかったようだ。矢鱈と俊敏な動きで彼から離れて直立不動の体勢を取る。
「更識姉、貴様もだ」
ざまぁないと内心でほくそ笑んだ時、ぎろりと世界最強の睨みが向けられる。
「よもや全生徒の模範となるべき生徒会長ともあろう者がするとは思わんが、万が一があれば、その時は……解っているな?」
「わ、解っています!」
びしっ、と気を付けの姿勢を取って返事をする。ならばいい、と視線を切った織斑先生は、そのまま旅館の奥の方へ向かってしまった。
「荒れてるわねぇ」
その後ろ姿を見送った後、近付いてきた七色がぽつりと言った。
「まぁ……仕方ないわよ」
織斑秋十がSAOで悪逆非道の行いをしたと知っても、彼女は彼の事を信じたい一心でいたが、一昨日それは裏切られた。転生者とは言え、秋十がこの世界を真剣に生きていたならまた違っただろう。しかしそうではなかった。秋十は異常者だったのだ。
自身が知る
彼にとって姉ですら利用できる存在に過ぎず、他者の人生も命も紙面上のものでしか捉えられない。幸いと言っていいのか和人にコアを埋め込んだ組織との繋がりは無いようだが、だからこそ扱いに困るのが実情なのだ。
秋十本人は、それを知られた事に気付いていない。
直接対面してないにも関わらず和人の瞋恚が届き、フラクトライトを
つまり秋十のフラクトライトは、コピー版を弄ってしまえば、その通りに弄れるという事だ。
人間に直接操作を施す事は困難を極めており、だからこそ現状、記録領域の限局した遮断しか行えない。だが完全にデータとして置換されたものなら時間を掛ければ操作は容易い。
和人は転生者としての記憶・認識を持っているからこそ秋十の行動が予想できないため、コピーの方で《転生前》の記憶・知識を全て消去し、それをオリジナルに上書きする事で、間接的に転生前の記憶全てを消去する事を指示した。
彼個人としては、秋十は消したい存在の筈だ。だが既に世界に男性操縦者として報じられた以上、下手に行方不明になっては真っ先に嫌疑に掛けられるだろう。だからこそ、秋十には生きていてもらわなければならない。
かと言って野放しにしてはまた予想外の行動を取られてしまいかねない。
苦肉の策として出た案は、滞りなく実行された。
――織斑千冬は、それに異を唱えなかった。
SAO時代の悪行を知っているからこそ。そして、その行動の根本に《原作知識》という異質なものがあるからこそ、彼女は口出し出来なかった。その知識のせいで誰よりも苦しんだ人間が主導しているからだった。
とは言え納得し切れていないのは明白だ。
守るべきものが、守りたい者の手で傷つけられている。そのどちらも自身に止める術が無いと無力感に苛まれている。忸怩たるものを覚え、どうにもできなかった事を悔やんでいる。
和人がした事は、倫理的に許されるものではないだろう。
だが――そもそも、倫理で守ろうとしても、秋十の方が倫理の枠の外に居たのでは話にならない。
だから彼女は口を噤み、弟の手により、弟の魂が改竄される様を見届けた。
結果、施術は成功。
上書きしたオリジナルを複写し、作り出したコピーで再度確認。そのコピーは転生者としての自覚も、《原作知識》とやらも持っておらず、自己イメージのアバターも好青年のそれに変わっていた。
悪魔のような事をされた訳だが、知らぬは本人ばかりなり。
今後どんな変化や齟齬が生まれるかは不明だ。デジャブか何かに苦しむかもしれないが、そうなったのは彼の自業自得。
錯乱して襲ってきたら、その時は社会的にも殺すだけだ、とは和人の言。
ある意味で秋十を殺したわけだが、彼の復讐心は今も尚燃え続けているのだ。千冬が苦しんでいる事すらも彼にとっては歓迎すべきものなのだろう。
「ホント……末恐ろしい子ね、和人君は」
「でも、そんな彼に惹かれてるあたし達も大概よ?」
「……違いないわ」
くすりと笑い合う。
「――二人とも、荷物を置きにいかないのか?」
愛しい人の声が耳朶を打つ。
「「今行くわ!」」
異口同音に応じ、私達は後を追った。
*
建前ではあるが、和人は対外的に『護衛対象』であると同時に『危険人物』でもあり、同室者の選定にはそれなりに気を使う必要があった。幸いなのは男女同室になる時の過ちへの配慮だが、既に七色と同棲している以上、あまり気にする部分ではなくなっていた。
旅館は一部屋につき四人泊まれる。
今回は監視兼護衛として私、クロエ、ラウラが宛がわれた。
「ちょ、なんで?! あたしが同室者じゃないの?!」
「やー、だって監視兼護衛が必要ってなったら必然的にこの面子になったんだもの♪ だから仕方なくこうなったのよー♪」
「うっそだぁ! 楯無ちゃん、顔がにっこにこじゃない! ぜったい確信犯でしょ!」
「そんな事は無いわよー?」
オホホホ、とさっきの意趣返しも兼ねて煽りに煽る。ぱんっと開いた扇子には『是非も無し』と達筆な筆文字。そう、仕方のない事なのだ。
尚、この部屋割りには私も一枚以上噛んでたりする。
権力万歳だ。
「こんなの反則よ! 横暴よ! 職権乱用よ!」
「そんな事ありませんー! 正当な手順を踏んで可決された公正な部屋割りですー!」
そんな低レベルの言い争いを、部屋を出てすぐのところで交わす私と七色。
そう――私の部屋と彼女の部屋は隣同士なのだ。
とは言えそんな事は関係ない。彼女からすれば、和人と同室でない事だけが問題なのだ。
ちなみに彼女の同室者は神代凛子博士、篠ノ之束博士である。学園の生徒でない以上よほどのことが無い限り一緒にする訳にはいかなかった。
これも仕方のない事なのだ。世は無情に満ちている……
「寝るための部屋割りだけでなんでこんなに騒げるんだか」
「一緒に寝たかったからだろう」
「和人は合理性よりももうちょっと女心を学んだ方がいいと思います」
「……難しいな」
女心による争いについて、彼が真に理解を示すのはまだまだ先の事らしい。
ともあれ、部屋割りを今から変更する事は出来ないと押し切って、私は和人、クロエ、ラウラを伴って部屋へと入った。
四人部屋の広々とした間取りを見て三人が静かに感嘆の息を漏らすのが聞こえた。三人の視線は壁一面の窓から一望できる海に向けられていた。東向きの部屋だから日の出も抜群に見えるだろう光景は中々のものだ。
「へぇ……資料に目を通してたけど、ホントに大したもんだわ、この旅館」
盗聴器、発信機の類が無いかを確認し終えた私は、部屋の内装に感心した。水洗式トイレ、バスはセパレートタイプ、更には洗面所まで専用の個室だ。ゆったりとした浴槽は全身を大の大人でも足を伸ばして入れそうなくらいゆったりとしている。
「ああ、和人君。お風呂に関してだけど、大浴場は男女で時間交代だから気を付けてね? 深夜と早朝に入浴するなら部屋の方を使ってちょうだい。時間に関しては資料の方に書いてあるから」
「解った」
本来なら男女別になっているのだが、なにしろ女性側の人数が圧倒的だ。数人の男性のために百人を超える女子が窮屈な思いをすると不満が出かねないので、一部の時間のみ使用可能な交代制になった事情がある。
まぁ、和人、茅場、比嘉の三人が露天風呂を使うかは、やや疑問があるが……
ともあれ通達しておく事はもう無いので、荷物を置いた私は、その中から軽めのリュックサックを取り出す。中身は水着とサンダル、タオル、替えの下着、サンオイルや水分補給用のスポドリだ。
「さーて、今日は終日自由時間、すなわちバカンス! 遊び倒すわよー!!!」
「「「おー」」」
ぐっとガッツポーズをしながらの宣言に、まるで三つ子のように似通った容姿の三人がローテンションのまま腕を突き上げ、異口同音に声を発した。
*
別館、女性用更衣室。
七色、凛子、束と合流した私達は、更衣室の前で和人と別れ、中へ入った。既に更衣室には意気揚々と着替えている同級生たちでごった返していて、空いているロッカーまで行くのがちょっと大変だった。
同級生とスタイルについて話しながら手早く着替え、荷物を持って砂浜側の出口に向かう。
「わっ、あっつ」
更衣室を出ると、七月の陽光が肌を焼いてきた。サンダルを履いていても、歩くたびに跳ねる砂が足首に熱を伝えてくる。じりじりと空気を伝う灼熱感も容赦がない。
「んー、これぞザ・夏! って熱さね!」
ジメジメとした湿気た暑さは大嫌いだが、真夏のようなカラッとした熱さに関してはめっぽう強いと自負する私は元気溌剌にそう叫ぶ。熱さを感じる度に体の奥底からワクワク感が止めどなく溢れてくるのだ。
もう遊びたくて体を動かしたくてウズウズして堪らない。
ワクワクしながらビーチへ向かうと、もう多くの同級生で溢れかえっていた。肌を焼いている子もいればビーチバレーをしている子、さっそく泳いでいる子など様々だ。着ている水着も種々様々。同性ではあるが、どうしてか目を奪う輝かしさがある。
そんな中、異彩を放つ黒が居た。
黒は熱吸収効率が半端なく高いし、十代の女子に黒は大人な雰囲気があって敷居が高い。必然的に黒を選ぶ人は一人しかいなかった。
「か、ず、と、くーんッ!!!」
「んなぁっ?!」
誰か分かった途端、躊躇する間もなく全力疾走。器用にサンダルが脱げないようにしつつ速度を上げるという無駄に器用なフォームで距離を詰め、寸でのところでジャンピングダイブ。
パラソルの影にレジャーシートを敷き、折り畳み椅子に座ってサンオイルを塗っていた彼は、私の奇襲に対応出来ずそのまま押し倒された。
彼は黒の海パンを履いていたが、上半身は黒の海水浴用パーカーを着ていた。肌の露出はかなり少ない方だが、それでは隠しようがないくらい華奢で、女の子のような色香がある。この子は本当に男の子かと思ってしまう。
「えっへへー、楽しいわね和人君!」
そんな彼に、私は笑いかけた。
「……俺は背中が痛いがな。少しは手加減してくれ」
「えへへー、無理!」
「否定するなよ……というか、矢鱈と元気だな」
「私って昔から熱ければ熱いほど元気になるのよね!」
熱さのせいか、どうしようもなく楽しい。なんでもない事に笑みが零れる。多分いまの私の笑みはにへーとだらしないものだろう。
「へぇ……ちなみに寒いと?」
「寒いのはヤ!」
「そうか。それはいいコトを聞いた」
「へ? ――きゃん?!」
にや、と悪戯めいた笑みに口角を吊り上げた直後、肩に冷感。見れば彼が持っていたサンオイルが垂らされていた。体温より低い液体だから冷たさを感じたという事だ。
「もう、そんなに私の体にサンオイルを塗りたいの? 和人君のえっち。やぁらしいんだぁ」
「状況が悪化した?!」
「ふっふっふ、これで脱せられると思ってたのなら甘い、チョコラテよりも甘過ぎるわよ和人君。夏の魔力により覚醒したスーパー楯無ちゃんは相手が音を上げようが降参しようがお構いなしに遊んで遊んで遊び尽くす”でんじゃらす・びーすと”……! さぁ、観念して私の玩具になりやがれ――!」
「うきゃんッ?!」
両手をワキワキさせていると、後ろから不意打ちを喰らった。堪らず吹っ飛ぶが、空中で態勢を整えて受け身を取り、着地する。
「まったく、ちょっと目を離したらすぐにこれなんだから! 和人君にちょっかいは掛けさせないわよ!」
少年の傍らには、いま急いで来たのだろう茶髪の少女・七色が肩を怒らせて仁王立ちしていた。多分全力でドロップキックをかましてきたのだろう。私でなければ脊椎骨折を起こしてもおかしくなかった。
まぁ、私だからこそ彼女もしたのだろうが……
しかしそれはそれ、これはこれだ。
「ちょっと七色ちゃん、流石に足蹴は酷くないかしら?! 私だからよかったものの一般人なら一発で脊椎骨折よ?!」
「うっるさーい! 楯無ちゃんにはむしろ足蹴でも足りないくらいよ! このドロボー猫!」
「ぬぁんですってぇ?! それはちょっと聞き捨てならないわねぇ!」
「なによぅ?!」
「なによぉ?!」
流石にカチンと来て噛みつけば、あちらも負けじと噛みついてきた。ふーっ、ふーっと威嚇紛いの吐息を吹き合う。
「あーもう、いちいち言い合うな。見られてるだろ。恥ずかしい」
そこで和人による仲裁が入る。ふと冷静になって周囲を見回せば、同級生たちにくすくすと笑われていた。
ぼっ、と耳まで熱くなる。
「あ、ぅ……」
「その、ごめんなさい……」
「俺にじゃなくて、お互いに謝るんだ。七色は飛び蹴りした事もな」
「むー……乱暴してごめんなさい」
「うー……私も、大人げなかったわ」
「なっ、それってあたしが子供って言って――」
「七色」
「――あぅ……うー、うー……うー!」
挑発した気はなかったが、癇に障ったらしく瞬間的にカッとした七色は、直後和人に言葉だけで抑え込められた。まだ不満げにしているが、抗議の視線を和人が黙殺し続けてからほどなくして静かになった。
「まったく……それだけ元気なら、ビーチバレーでもして平和的に勝負すればいいだろうに」
「「――それだぁッ!!!」」
「……失敗した。藪蛇だったな、今のは」
しまった、と額に手をやって天を仰ぐ少年。その彼の両手を私と七色が示し合わせた訳でもなく別々に掴み、ビーチバレーをしている子達の方へと向かう。
「「和人君は審判ね!!!」」
「……俺、ルール知らんぞ」
「「私が教えるから大丈夫……むっ!」」
まったくの異口同音で自分が教えると宣言し、また睨み合う。
はぁ、と少年と、離れたところから見るクロニクル姉妹のため息が耳朶を打った。
悪戯っ子同士って、好きな人が一緒だと喧々諤々と争ってるイメージがあるんですよね……
ちなみに七色の方が進んでる残酷な事実(愉悦)
・更識楯無
悪戯っ子その一。
日本代表候補筆頭。
真夏の魔力によって覚醒(笑)したでんじゃらす・びーすと。
熱さのハイテンションで認識からすっぽ抜けているが水着姿でハグして押し倒すという途轍もなくアグレッシブ且つ大胆な事をやらかしている。
恋愛事にはかなり初心なので言い合いになると知能指数が劇的に低下するポンコツっぷりが顕著。和人限定の現象なので傍目から見れば『リア充』にしか見えないという壁ドン案件だが自覚は無い。
擁護しておくと、告白すらまだなので和人に意識されておらず、従ってリア充とは言い難かったりする。
――ところで碌にサンオイル塗らないでビーチバレーに行ったけど大丈夫かね?(愉悦)
・枳殻七色
悪戯っ子その二。
天才科学者にして愛に狂っている和人LOVEガチ勢(迫真) 和人の為ならどんな事もする覚悟を固めているが、傍目からはそうは見えないくらい乙女乙女している。
これで普段の姿も狂愛の姿もどっちも素(むしろ和人を前にして普段通りの方が演技) 暴走して神を自称していた時の狂いっぷりが本質というヤバい本性を和人限定でオープンにする事に決めたが、人目があると猫を被る。
猫を被るせいか楯無とはやや相性が悪い。
作者もなんでこんな子になったか正直分からん(震)
・桐ヶ谷和人
臨海学校に付いてきた男性その一。
苦労人。
ハーレムを狙われている(重要)幸せ者だが、苦労が絶えない。ウンウン、それも
地味に楯無の柔肌を思い切り当てられていた。
傍から見れば血涙+嫉妬案件だが、七色から向けられてる狂愛を知れば大多数が身を引く事だろう。和人の狂いっぷりがないと受け止められないから是非も無し(無情)
和人に惹かれるあまり、その狂いっぷりに耐えられるよう彼女達が成長・進化した事は考えてはいけない(戒め)
・茅場晶彦
臨海学校に付いてきた男性その二。
ALO運営企業《ユーミル》代表取締役。
保護者。
【黒椿】の整備士兼和人の研究課題参加者なので付いてきた。釣りについてはSAO時代からしたいと思っていた事。
・比嘉タケル。
臨海学校に付いてきた男性その三。
保護者?
和人の研究課題参加者なのと、和人が居ないと研究があまり捗らない事から付いてきた。女性ばかりの環境で肩身が狭く感じている。
・神代凛子
茅場の恋人。
和人の研究課題参加者なので付いてきた。
実は案外はっちゃける側の茅場のお目付け役だったりする。
・篠ノ之束
国際IS委員会会長兼ALO運営企業《ユーミル》社長。
和人、クロエの保護者。ラウラの雇用主でもある。間接的ではあるが、ラウラの義母にもあたる。
【無銘】、【黒椿】の整備士にして和人の研究課題参加者なので付いてきた。