インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話はユウキによる《朝露の少女》編とアルゴによる《圏内事件》編です。どちらにも原作と違う展開が用意されております……特に後者は原作と順番が違う。

 原作と同じはぶっちゃけ面倒だし、詰まらないですからね……色々と先を予想してみて下さい、それを裏切る展開を書けるように頑張りたいです。あんまり突飛なのはしませんが。

 ではどうぞ。




第二十九章 ~護衛剣士と《指輪事件》~

 

 

「……此処に来るのも、何時振りかな……」

 

 第一層《始まりの街》。

 その転移門広場に、ボクは訪れていた。

 黒い半ドーム型の建造物《黒鉄宮》とそれとは正反対に伸びるフィールドへ出る大門が見える大通り、東西南北と間の八方に真っ直ぐ伸びる小さな路地は、その全てが中性ヨーロッパを想起させる煉瓦造りの家屋で敷き詰められている。街灯も全てカンテラで、夜になればカンテラの僅かな明かりのみが頼りになるという演出っぷりには感嘆させられる。

 全ての施設が揃っている《アインクラッド》の中でも最大規模を誇るこの街は、しかしその名前に反して最初のログインプレイヤーの五分の一ほどが旅立っていないという現状を呈している。

 また、旅立った者達も好き好んでこの街に足を踏み入れる事は無い。

 それはおよそ一年半前、あの茜色の夕暮れを塗り潰す血の色に彩られたデスゲーム宣言を想起させるからだ。

 キリトは幾度も足を運んでいると聞くが、ボクは双子の姉とこの街を発ってから一度も戻った事は無い。この地に足を踏み入れるのは、これで漸く二度目なのだ。

 あの日を思い出すのが嫌なのは誰もが同じ。それでも足を運んだことがあるなら、それは《アインクラッド解放軍》に属しているか、あるいは《黒鉄宮》の内部に安置されている黒塗りの石碑《生命の碑》に刻まれた名前を確認に来たか、そのどちらかくらいである。

 《生命の碑》というのは単純な話、この世界にログインした一万人のプレイヤー名が刻まれている石碑で、現在も生きているか死んでいるかが克明に現れる代物だ。

 もしボクがリザードマンの刃に倒れたとすれば、《Y》の列の《Yuuki》という名前に金色の二重線が横に引かれ、その隣に《死んだ日時/死亡原因》が記載される仕組みになっている。それが一万人分存在し、一切の偽造は不可能。明確に生死を確認出来る事からその石碑は何時しか《生命の碑》と呼ばれるようになっていた。

 そして、その石碑の前に訪れる者は、大抵が哀しみに暮れるとされている。何故なら連絡が取れなくなったイコール死んだという式がほぼ確実に成り立つからだ。

 かつて、キリトもまた、その石碑の前で慟哭を上げたと聞いている。四つの名前の全てを確認した、その後に。

 幸いと言うべきか、ボクの知り合いで石碑を確認しなければならない事態になった事は無い、そもそもそんな事態にキリトがならないようにしているからでもある。

 大抵そういう事態になるとすれば、モンスターやトラップに引っ掛かったかオレンジやレッドに狙われたかだが、各階層の情報はキリトが纏めてくれているし、オレンジやレッドに関しても彼が牽制している為に活動が抑えられているのだから。

 

「ユウキ」

「あ、キリト」

 

 その人物と待ち合わせをしていて、広場のどこかに居るだろうと思って探そうと思ったところで後ろから声を掛けられた。

 振り向けば、キリトがこちらを見上げて来ていた。彼の顔には柔らかな笑みが浮かべられていて、とくん、と胸が高鳴った。

 

「いきなり呼んでごめん。少し不安な部分があって」

「ああ、いや、うん、力になるって言ってるんだしこれくらいの事は全然良いよ」

 

 申し訳なさそうにしゅんと肩を落としながら言うキリトを見て、衝動的に抱き締めたい思いに駆られながらもそれを必死に我慢し、何とか気にしなくて良いという旨を告げた。

 それを聞いてほっと安堵したかのように、胸に手をやりながら彼は溜息を吐く……その所作だけでも綺麗だと思ってしまって、少し頭を振った。

 完全にこれは、アシュレイさんとの会話に思考が引き摺られている。まだ好意が男女のそれか親愛の情によるものなのか分かってない以上、それを悟られるような反応はしない方が良い。

 

「……顔が朱いけど、大丈夫か?」

「へ?! あ、ああっ、うん、全然大丈夫だよ?!」

 

 眉根を寄せながらの指摘に対する返しをしながら、自分であ、これダメかもとちょっと思った。この反応は無い。

 ただキリトはこういう事であまり疑いを持たないようで、こちらの過剰な反応を訝しみはすれど深く追及はしない事にしたのか、視線をボクから外して転移門へと向けた。

 

「……なら良いけど、無理だけはしないようにな」

「そのセリフはそっくりそのまま返させてもらうよ……」

 

 無理はするなっていう言葉は、正にキリトが言われるべきだと思う、明らかに大人以上に働いている訳だし。

 まぁ、それが伝わったからこそ休暇を取ろうとしている訳であり、今回動いている事もシンカーさんを助ける為なのだから、彼を責めるのはお門違いである。

 《アインクラッド》全体に情報を回している一人でもある彼を喪うのは、少々看過出来ない事態に発展する恐れがあるのだ。詳しくは知らないが、何やらキリト、アルゴ、ディアベルとシンカーさんとの間に何かしら繋がりがあると聞いた事があるので、彼はそれをボクより強く感じているだろう。

 

 

 

「きゃああああああああああ?! 避けてええええええええええええええええええ?!」

 

 

 

「ふぎゅぶ?!」

 

 そんな思考を展開していたボクの横を、隣に立っていたキリトを押し倒すように何かが突っ込んで通り過ぎていった。

 避けてと突っ込んだ影――というか人――は言っていたが、そんなアクションを取る事すら出来ないくらいの速さで転移門から蒼い光と共に現れ、キリトへ突っ込んだので、彼も反応出来ずにされるがまま地面を転がって行った。

 

「いったた……って、キリト君ごめん?! 大丈夫?!」

「きゅぅ……」

 

 視線を向ければ、タイミングと声からして察していたが転移門からダイビング突撃をかましたプレイヤーはアスナだった。

 彼女は思い切りキリトを引き倒して、と言うより押し倒しており、体格的に彼の体の上に乗っかっている体勢だった。

 乗り掛かられている当のキリトは、圏内でもフィールドオブジェクトの影響は軽減出来ない為に頭を強打したのか目を回していた。

 

「あー……えっと……キリト?」

「……うぅ……酷い目に遭った……」

「あ、起きた。大丈夫?」

「その……ごめんね、キリト君。ちょっと焦ってたものだから……ってそうだ! 早くこの場を離れましょう! 早くしないとあの人が……!」

 

 アスナがどいてすぐ、キリトは意識をはっきりと覚醒させた。

 その彼に申し訳なさそうに謝罪していたアスナだったが、また唐突に焦った表情になって、ここを離れようと言い出し、キリトとボクの手を引っ張って路地に入ろうとする。

 その勢いはかなり焦っているようだったが……

 

「その必要はありませんぞ、アスナ様」

「う……」

「アスナ……さま?」

「うわぁお……様付け初めて聞いたよ、ボク……」

 

 時既に遅しか、気付けば転移門に立つ一人の長身痩躯の男性プレイヤーが、急いで立ち去ろうとするアスナを呼び止めた。

 その声を聞いてアスナは凄く嫌そうな表情になり、キリトはアスナが様付けで呼ばれた事に首を傾げ、ボクは呆れとも感嘆ともつかぬ感想を洩らしていた。

 その長身痩躯の男性プレイヤーは《血盟騎士団》所属である事を示すように朱く縁取りされた白いフルプレートアーマーに身を包んでいて、左腰には大振りのブロードソードを佩いている剣士だった、どうやら両手剣使いらしい。

 三白眼で、少し長めの髪を後ろで括って伸ばしているその男性は、見覚えがある顔だった。

 

「あれ……もしかして、クラディールさん?」

 

 その男性は第一層ボスの折、一緒にパーティーを組んでいた両手剣使いだったのである。

 生憎と第二層のボス戦からは別パーティーになったし、あの《ビーター》宣言もあって姉ちゃんやクライン達と同じパーティーしか殆ど組んでいなかったから、あれ以降で顔を合わせた事はほぼ無い。稀にボス攻略会議で見る程度で会話なんて皆無だったのである。

 

「む……あなたは、ユウキ様か」

「え、ボクにも様付けなの?」

「勿論ですとも。攻略組の柱でもある異名持ちのお方ですからな」

「……あー……様付けって、そういう基準なんだ?」

 

 となると、この調子だと十中八九姉ちゃんも様付けされてるし、ヒースクリフさんもまず間違いなくされているに違いない。あの人の場合は団長で済まされているような気もするが。

 クラインとエギルも攻略の柱ではあるし、二つ名持ちではあるが、あの二人に様付けしている光景を想像出来ない。いや、そもそも会話している場面が思い浮かばない、接点無さそうだから。

 それはともかくとして、恐らく反応からしてアスナはクラディールさんから逃げようとしていたのだろうけど、基本的にそんな失礼な事はしない方のアスナがそこまでしようとするという事は、クラディールさんは何かやったのだろうかと疑問に思った。

 

「アスナ様、いい加減に我儘はお止めください。こんな所まで来るなんて見苦しいですぞ。それにあまり離れられては護衛もままなりません」

「いやよ! というか私はそもそも今日はオフだし、団長からの命令でここに来たんだし……それ以前にあなた、何で私の家を出てすぐの所で待機してたのよ?!」

「それこそ団長のご命令故ですぞ。《圏内事件》を重く捉えた団長は、アスナ様の身を案じて私を護衛に付けたのです。その護衛の任務には勿論、アスナ様のご自宅の警護も入り……」

「入らないわよ、バカッ!」

「ぬぐっ……しかしですな、昨日の事件は圏内で起こった事なのですぞ?! つまりご自宅内部ですらも殺人が可能になるという事を考えれば、むしろこれでもまだ足りない方なのです!」

「……あー……そういう事か……」

「これは……うーん……」

 

 アスナとクラディールさんのやり取りを聞いていて、キリトとボクは互いに顔を見合わせながら微妙な表情をした。

 まずクラディールがアスナの護衛になったという事。

 これはヒースクリフさんの命令だという、《圏内事件》を警戒してという事なら納得がいく話だ。要は一人にさせないようにしようと考え、第一層の頃から一緒に居る彼をアスナに付けたのだ。

 ボス攻略では偶にしか見ないけれど、それでも参加するだけの実力を有しているのは確かなのだから、信用は置かれていると思っても良い。

 ただ問題なのは、その護衛の任務を拡大解釈して行き過ぎてしまった事だ。

 心配なのは分からないでもないが、流石に家の前で待機というのは年頃の女子には恐ろしいと感じてしまうものがある。

 まぁ、それが護衛でもあると言われればそれまでなのだが。特にあの事件は圏内でも起こったという恐るべき大事件だから、警戒しても十分という事は無い、クラディールさんぐらい警戒心があった方が良いかもとは思う。

 それが分かったからキリトとボクは顔を見合わせ、表情を微妙なものにしたのだ。

 正直アスナの気持ちも分かるが、クラディールさんの行動の理由を考えると彼ばかりを非難するのもどうかなと思っていたりする。事が事なだけに余計そう思うのだ。

 

「えーっと……アスナ、一先ず落ち着こう?」

「ユウキ……でも、家から出てすぐの所で待ち構えられてたら怖いでしょ?! 私思わず跳び上がっちゃったんだよ?! 背中に嫌なものが走ったよ!」

 

 ぽんぽんと肩を軽く叩けば、アスナは若干涙を浮かべながらそう言ってきた。

 確かに怖いと言えば怖いだろう、ボクが同じ立場だったらきっとアスナと同じ反応をするに違いない。

 とは言えそれはそれ、これはこれだ。

 

「まぁ、その気持ちは分からないでもないけど……《圏内事件》の事を考えると、クラディールさんのその行動もあながち間違っているとは言い難いんじゃないかなと、ボクは思うんだよね。実際リアルの護衛とかSPとかってそういう事をしてるしさ」

「う……」

「……まぁ、私も出過ぎた真似をとは思っておりましたが、アスナ様の身の安全の為にああしたのです。そこはご理解頂きたい」

「うぅ……」

「どっちの気持ちも分かるし……クラディールさんは合流する場所を転移門とか、もっとプライバシーを守る場所にしたら解決なんじゃないかな。流石に家の前にいきなり居られたら誰でも怖いし」

 

 まぁ、アスナが恐がった理由の大半は、何の連絡も無く待ちかまえられていた事だろうけど。

 ボクがそう言うと、クラディールさんは一つ頷いた。

 

「ふむ……ユウキ様が言うのでしたらこれからはそのようにしましょう」

「アスナもそれでいい?」

「う、うん……ありがと、ユウキ」

「いやいや」

 

 どうやら何とか上手く仲裁が出来たようだ。まだアスナが若干怯えたようにクラディールさんから距離を取っているが、まぁ、これは少しばかり仕方が無いかなぁと思っている。知り合いとは言えど家の前にいきなり居られたら、そりゃ警戒の一つもする。

 ヒースクリフさんから何も連絡が無かったのかなと思ったが、アスナのこの様子だと多分無かったんだなと思う。あの人でもこういう事があるんだなぁと、新たな発見をした気持ちになった。

 さて、これで一応アスナとクラディールさんの間にあった問題は解決だろう。

 

「……で、話は変わるんだけどさ」

「「ん?」」

「ボクとアスナはキリトの指揮下で動く事になってるんだけど……クラディールさんは含めていいのかな、この場合」

「何ですと……?」

「……あー」

 

 ボクが疑問を呈すると、何も知らされていないクラディールさんは訝し気に胡乱な目つきでキリトを見やり、アスナは納得の面持ちで声を上げた。

 ヒースクリフさんからのメールでは、今回の件はボク、アスナ、キリトと彼が認めた同行者にしか話してはならない極秘事項となっていたから、クラディールさんが付いて来るのは拙いんじゃないかなと思っているのである。

 とは言え、第一層の頃からボス戦に参加するほど意欲的な人物だし、ボス攻略には最近も参加していたのだから実力もある。アスナの護衛に付けるという事はそれだけヒースクリフさんから信用を置かれているという事でもある。アスナを心配しての行動はちょっと行き過ぎてはいたものの、それは見方を変えれば職務に忠実であるという事にもなる。

 だからボクとしては、戦力が増えるのだから別に付いて来てもらってもいいんじゃないかなと思っていた。

 

「この辺の判断は全てキリトに一任するって言われてるんだけど……どうする?」

「うーん……まぁ、アスナの護衛なんだし、来てもらった方が良いと言えば良いのかな……最悪ボス戦になるんだけど」

「ボス戦……? 最前線攻略でもするのか? いやしかし、まだ《レイド戦》をクリアしていないと聞いているが……ともかくその危険性があるのなら、護衛としてはアスナ様から離れる訳にもいかないな」

「なら決まりだな……目的の場所へ向かう道中で協力を要請した経緯を話すよ」

 

 付いて来てくれ、と言ってキリトは《黒鉄宮》へと向かった。いや、正確には黒い半ドーム型の建造物の外縁部を沿うように続く道を歩き出した。

 ボク達は、まさかこの層にあるのかと三人で顔を見合わせ、後を追う。

 その道中で、何故シンカーさんがダンジョンの奥に閉じ込められた経緯を聞いた。

 簡潔に言えば、色々と追い詰められたキバオウの卑劣な罠という事だった。

 

「キバオウ……とうとうそんな事をしたんだ……」

「あの人、攻略には真摯だったのに……何でそんな事を……」

「……あの男か……」

「まぁ、この際キバオウの動機なんて後回しだ。今はシンカーの救出に注力するべき……なんだろう、けど……」

「「ん?」」

 

 珍しく、目的がハッキリしているにも関わらず歯切れが悪くなったキリトに、付き合いの長いボクとアスナはまた顔を見合わせた。

 何だと思って視線を向けていると、彼は歩きながらあー、うーと頭を抱えて悩む素振りを見せる。

 

「……実際問題、俺が協力を要請した理由の大本は別にあるんだ」

「えっと……それってつまり、シンカーさん救出の為に呼んだ訳じゃ無いってこと?」

「いや、救出の成功率を上げる為でもあるからそうと言えばそうなんだけど…………付いて来ると言って聞かない人が居て……ユイ姉が……」

「「は……はぁ?!」」

「……?」

 

 これから行くところが六十層台のモンスターが徘徊する場所、つまりほぼ最前線に近いダンジョンである事は容易に想定が付いたものの、まさかそこに戦闘力皆無としか思えないユイちゃんまでもが一緒に行くとは思いもしなかった。

 それでアスナと一緒に驚愕の声を上げれば、キリトが更に困ったように萎縮する。

 

「ちょ、キリト君、それ止めなかったの?!」

「止めたよ、俺はずっと反対してたよ! でもストレアとフィリアが一緒に行くからって来る事になったんだよ! 誰が好き好んで最前線に近いダンジョンへ戦闘力皆無のプレイヤーを連れて行くか!!!」

 

 アスナの詰問にも近い問い掛けに、キリトは思った以上の猛反発。というか、溜めに溜めていた不満を爆発させるかのように怒鳴り返してきた。

 どうやら彼自身、相当粘ったようだがユイちゃんの粘り勝ちになってしまったらしい。更にはストレアとフィリアまでもが味方しているという。

 あの二人、単独でも最前線で通用するレベルのプレイヤーだからなぁ……

 それからも詳しい話を聞いて行き、今回の救出に当たるメンバーはキリトとボク、アスナ、クラディールさん、ストレア、フィリア、ユリエールさん、そして非戦闘員としてユイちゃんの合計八人らしい。戦闘メンバーとしては七人なのでワンパーティーで済むのだが、キリトの装備の事もあって彼はソロ、あとの六人でパーティーを組む事になった。

 ちなみにだが、クラディールさんには装備やユニークスキルの事は一切話していないものの、彼がソロという事には何も疑問を抱いていないようだった。特別な武器を使うという辺りで眉を動かしていたが、反応もそれだけだったから今は気にしない方向にするらしかった。

 暫くそう話して歩いていると、キリトが案内してくれた目的地付近で屯している数人の女性プレイヤーを見つけた。

 その中でも《アインクラッド解放軍》の服を着た長身銀髪の女性が、キリトを見てほっと息を吐いた。

 

「……後ろの方々が援軍ですか」

「ああ。【絶剣】ユウキ、【閃光】アスナ、そしてアスナの護衛クラディールの三人だ。ユリエールも聞いた事くらいはあるだろ」

「あの【絶剣】と【閃光】、そしてその護衛……! それはまた、心強いです! これならばきっと……!」

「どうだか……俺はこれでもまだ足りないと思うけどね……」

 

 ユリエールさんと言うらしい女性はどうやらボク達の二つ名と立場で光明を強く見出したようだったが、キリトからすればまだまだ不安要素が強いらしい。

 まぁ、その最大の不安要素がユイちゃんだからそれも当然である。

 それにボス級と遭遇する可能性があるなら、出来るならヒースクリフさんやエギルさんといったタンクも欲しい所だ。

 まぁ、タンクはストレアとクラディールさんが、クラウドコントローラーはフィリアがこなせるし、ダメージディーラーでボクとアスナ、万能でキリトだからある意味でバランスは取れているので、余程の事が無い限り突破はされない筈だ。

 

「……ユイ姉、本当に来るのか」

「いく!」

「…………はぁ……なら、約束だ。俺達から絶対に逸れないでくれ……良いな」

「うん!」

 

 ユイちゃんは少し緊張した面持ちでキリトに返事をしていたが、キリトの緊張具合は彼女の比では無かった。それはそうだろう、何せ戦えない義姉の命を背負った上で更にボス戦の可能性を孕んだ救出劇をしなければならないのだから。

 本当なら断固として置いて行くべきなのだろうが、最早ここまで来てしまっては何を言っても意味は無い。

 それに置いて行っても勝手に飛び出してくる可能性も否めない。

 

「ユリエール、悪いけど戦闘時はユイ姉を頼めるかな」

「ええ、分かりました。責任を持って守りましょう」

「悪い……ユイ姉も、戦闘中はユリエールから離れないように。いいな?」

「わかった!」

 

 戦闘中、ユイちゃんはどうやらユリエールさんに預ける事にしたらしかった。彼女はパーティーの構成的に戦闘に参加させないようにするつもりらしいから手持ち無沙汰になるし、丁度良いと言えば丁度良いのだろう。

 彼女から離れないようにユイちゃんへ言い含めているその姿はどちらが上か分からなくなるものだった。

 それから十分後、戦闘の連携やボス遭遇時の対応など細かい打ち合わせを行ってから、ボク達はとうとうシンカーさんが最奥に閉じ込められているというダンジョンに足を踏み入れた。

 第一層《黒鉄宮》地下に出現したという、特殊な地下ダンジョンへと。

 

 ***

 

 第五十五層主街区《グランザム》。

 別名で鋼鉄の街と呼ばれているそこには、《アインクラッド》で知らない者は居ないだろう程に有名な攻略ギルド《血盟騎士団》の本部がある。

 圏内である街には個人が住むものから複数人で住む規模のホームが種々様々あるが、ギルド本部になるものと来ればそれは巨大なものになる、現に《血盟騎士団》の本部は最早城そのものに近い威容を誇る。

 こういう多人数が共有するホームの類はギルドホームと俗に呼ばれている。

 勿論ギルドホームにも種類がある。

 例えばサっちゃんが所属していた《月夜の黒猫団》が購入したギルドホームは複数人で住める規模で、一軒家にも近い程度でしかない。

 対照的に大規模ギルドが購入するのを前提にされた巨大ギルドホームなどもある。

 当然ながらギルドを結成したからと言って必ずしもギルドホームを購入しなければならない訳では無い。《風林火山》やかつての《月夜の黒猫団》、《スリーピング・ナイツ》などは小規模なので宿屋で済ませる事も出来る。

 ただ購入すれば攻略に必要ないアイテムや備蓄をアイテムチェストに保存出来るし、僅かとは言え宿代も消費しなくてよくなるから経済的にも良い。値は張るものの小規模ギルドもホームを求めてしまうのはそういうメリットがあるからだ。大規模ギルドともなれば、その有用性はわざわざ語るまでも無いだろう。

 

「さて……それでは諸君、集まった情報の擦り合わせをしようか」

 

 その本部の中にある大会議場とも言うべき部屋には、自分がよく知る面々が多く集っていた。

 一面ガラス張りの背景を背負うように五つの席が半円を描いている席の中央にヒースクリフが座り、彼の前に立つように集合していたのである。その自分達を見て頷いた後、ヒースクリフは話を始めようと言った。

 しかしながら、まだ早いのではないかと思った。それは此処にいるべき人物が二人居ないからだった。

 

「ちょっと待って下さい。ユウキとアスナさんがまだ来ていませんよ」

 

 そう、本来居るべきアーちゃんとユーちゃんの二人が来ていないのである。

 部屋の中にはヒースクリフの旦那、クライン、エギルの旦那、ランとサチ、リズベット、シリカ、ディアベル、自分の九人しか居ないのだ。キー坊、リーファ、シノン、ユイちゃんは除外対象だし、ストレアはキー坊の監視とリーファ達の護衛役だから居ないのは良いのだが、あの二人に関しては居ないのはおかしいのである。

 そう指摘すると、【紅の騎士】はふと何かを思い出したように目を少しだけ開き、苦笑を浮かべた。

 

「ああ、すまない、うっかりしていた。彼女達には別件で動いてもらっているのだ、先ほど急に決まった事だから皆に伝えていないのを忘れていたよ」

「別件、ですか……?」

「うむ、今日中には帰って来ると思うが……すまないがそれ以上は語れない、何分私も詳しく知っている訳では無いのでね」

 

 ラーちゃんの指摘と疑問に、ヒースクリフの旦那はアッサリと答えたものの、全てを答えた訳では無いというのは自分には分かった。

 詳しく知ってはいないという辺りはまず無い筈なのだ、特に《圏内事件》という前代未聞の事態の最中、別行動を取るような事になるのなら。必ず状況を把握している筈だ。

 それを語らないのは、恐らく今話すと拙い事態になって好ましくないからだろう。旦那も中々意地の悪い事をすると思った。

 まぁ、そこまで長い期間アーちゃんとユーちゃんの二人が離れるという訳では無いようだし、何も対策なしで二人を行かせている事も旦那に限って無いだろう。もしかするとキー坊の監視か何かをさせているのかもしれない。

 一先ず居ない理由はちゃんとあるのだと分かったラーちゃんは怪訝な表情ながらも引き下がり、それを契機にして各々が一晩掛けて集めた情報を話していった。

 

「今朝オレッちはヨルコっていうプレイヤーの下に行って話を聞いたんだけど、関係ありそうな話を聞くことが出来たゼ」

 

 そう前置きをしてから、アーちゃんの紹介で顔を合わせた《ヨルコ》という女性プレイヤーから聞いた話を語った。

 

 *

 

 《ヨルコ》が取っている宿は第五十七層……事件が発生した階層で、転移門最寄りの宿だった。

 何時もは下層域の安宿を利用するのだが、今はその距離を歩くのも恐ろしい事、そしてそこそこの腕の持ち主のプレイヤーが幾らか訪れる街である事から、事件が起こったと言えども同じ階層の宿を取ったらしい。

 そこにオレッちは今朝、フレンド登録を交わしたというアーちゃんと共に宿へ赴き、紹介してもらって、死亡した《カインズ》という男性、そして犯行に使われた短槍ギルティーソーンを鍛えた鍛冶師《グリムロック》について質問した。

 死亡した男性とは食事に行くくらいだったのだからともかく、鍛冶師と何か関係があったのだとすれば糸口が掴めるかもという気持ちだった、実際はもっと情報が欲しかったから行ったのである。

 しかしその質問は、自分が予想していた以上のものを齎す結果になった。

 

『なぁ、アンタ、《カインズ》氏とは何か関係があったのカ? あと、《グリムロック》っていうプレイヤーは聞いた事があるカ?』

『……今でこそ、私は無所属なんですけど……昔は小さなギルドに入ってたんです。そのギルドにはカインズも……そしてグリムロックさんも居ました』

 

 そう言って、彼女は自分のギルドについて語り始めた。

 彼女が所属していたギルドは《黄金林檎》と言い、弱小ギルドに近い寄り合いだったらしい。

 グリムロックというプレイヤーは長身の男性でギルドのサブリーダー、そしてその男性と結婚していた奥さんが《グリセルダ》と言ってリーダーを務めていたのだという。

 無所属となっている彼女だが、そのギルドを脱退したと言うよりは空中分解で消滅したが故の無所属。

 何でもリーダーが死亡したのだと言う。ゲーム開始から約一年が経とうとした去年の秋口、つまりまだ最前線が四十層台の頃の話。

 きっかけ……と言ったらいいのかは不明だが、リーダーが死亡したその頃にある問題が一つあった。

 それはとある中層ダンジョンで遭遇した見た事も無いモンスターを倒した際のドロップ品の処遇。装備するだけで敏捷値が二十もプラスされるという指輪、所謂マジックアイテムが一つドロップしたのだ。最前線でも流石にそこまでの値が装備品一つで上がるものは無かったので、オークションに売り出せばかなりの額で売れるというのは明白だった。

 そこでギルド内で話し合いが持たれた。オークションで売ってギルドの資金とするか、あるいは誰かが装備するか。

 誰がドロップしたか明確だったら良かったのだが、悪い事に誰が投げたか分からないダガーがLAで、しかも指輪はアイテムストレージに入ったのではなく地面に落ちてのドロップだったから、最初にドロップした人の物……という決着には持っていけなかったのだという。

 喧嘩にも近い言い合いをし、最終的には多数決を取った。

 八人構成だった《黄金林檎》で、結果的には売るに五人、誰かに譲るに三人、結果売る事になった。ちなみに三人の方には《カインズ》、《ヨルコ》、そして今では《血盟騎士団》のランス使いとなっている《シュミット》の三人が回った。カインズとシュミットは前衛として自分で使いたいから、ヨルコは当時から付き合っていたカインズに迎合した結果だった。

 とにかく売るとなれば、そんな最前線でもドロップしないようなアイテムを中層の商人が扱える筈も無いので、最前線でのバイヤー、つまりは競売屋に委託する事になった。

 リーダーのグリセルダは指輪をストレージに入れ、信用出来る者を見定める為の情報集めも含めて前線に一泊する予定で単独行動を取ったという。

 ヨルコ達はリーダーの帰りを、分配した資金で何を買うか和気藹々と話し合って待ち遠しく思っていた。

 しかし待ち合わせ予定の一時間を過ぎても連絡は無く、追跡にも反応が無い。まさかと思って石碑を確認しに行って、二重線が引かれていたのを見た。死亡時刻は前線へ行った日の翌日の午前一時、つまりは寝ている時間だった。死亡原因は貫通属性ダメージ。

 前線は宿代が高いのでドアロックを掛けられないパブリックスペースで眠った可能性は否めない。

 しかしながら、恐らく圏内で眠っていた筈なので意図的な犯行というのは間違いなく、またタイミング的に超レアアイテムを持っていると知られている。つまりはリーダーを除いた《黄金林檎》メンバー七人の誰かという疑惑が立った。

 だがその時間、誰がどこにいたというログを辿れる訳でも無いので、メンバー全員が疑心暗鬼になって空気が悪くなり、リーダーを喪った事もあって《黄金林檎》は空中分解し、消滅したのだという。

 

『その後、私とカインズは付き合っていたのでそのまま中層域を動いていました。他の人とのフレンド登録はまだありますが、連絡はしておらず、生死の状態を確認出来る程度にだけ留めています』

『なるほどネ……他の五人は今何をしているかも分からないのカ?』

『シュミットは攻略組として新聞に名前が掲載されているので分かっています、有名な《血盟騎士団》に所属していますし……でもそれ以外の皆が何をしているかは分かりません』

 

 まぁ、攻略レイドメンバーは毎回新聞に掲載されるので、知り合いの名前があればすぐに分かるのは当然だった。

 

『ふム……カインズ氏殺害に使われた武器を鍛えたのは《グリムロック》氏なんだケド……彼を殺した犯人そのものがその人物だと思ウ?』

 

 疑心暗鬼になっていたとすれば、まず最も疑いを掛けられるのは売るのに反対していたカインズ、ヨルコ、シュミットの三人。

 だからこれは《グリムロック》という男の復讐なのではと考え、そういう事を考えそうな人間なのかと聞こうと思って、その質問を投げ掛けた。

 彼女は少し口を噤んだ。

 

『……もしかしたら……グリセルダさんの事をとても大切にしている方でしたから……あの人が亡くなった後、何時も穏やかに微笑んでいたグリムロックさん、凄く荒んで……この半年間をずっと自己研鑽に費やしていたのだとしたら、カインズも殺せる強さを持ってるかも知れません……』

『そんなにグリムロックっていう人は強かったのカ?』

『うーん……あの人はどちらかと言うとグリセルダさんのサポート役という感じでした、気配りが上手かったんですよ。そもそも《黄金林檎》のリーダーの決め方が、一番強い人だったのもありましたし……リーダーのグリセルダさんは片手剣と盾の典型的なスタイルで、凄く強くて、指示も的確で、グリムロックさんはそれを支持したり他の人のリカバリーに入ったり……夫婦で一体という感じでした。多分グリムロックさん個人の技量は極端に高いという訳では無いと思います』

『ふぅン……じゃあリーダーが最強だった訳ダ?』

『はい……だからこそ、あの人がPKされたなんて信じられなくて……』

 

 その当時の悲しみを思い出したのか、彼女との会話はそこで打ち切りとなった。

 新たな情報を沢山手に入れたのもあって十分だったので、そこでお暇した。

 

 *

 

 それらの一部始終と話してもらった《黄金林檎》解散の件……暫定的に《指輪事件》と呼ぶ事にした話をすると、部屋の中にいた面々は揃って難しい顔になった。

 

「ふむ……《指輪事件》と呼ばせてもらうけど、その時に奥さんを喪った《グリムロック》氏の復讐、という線が一番安直だが濃厚だね。しかし疑惑だけで殺害に及ぶというのもおかしな話だ」

 

 そんな中で一番最初に口を開いたのはディアベルだった。

 彼は顎に手をやって考え込みながら一番ありそうな線を口にするが、しかしそれでは違和感が残ると半ば否定するような意見も口にした。誰もが一度は考えた事だ。

 それを聞いたヒースクリフの旦那は、ふむ、と同じように顎に手をやりながら唸った。

 

「ここはむしろ、大躍進を遂げたシュミット君から話を聞いた方が良いやも知れんな。中層域で活動していた彼が攻略組に参列出来たというのは目出度い事だが、私の記憶によれば彼が参入したのはおよそ五か月前、つまりは十二月頃だ、幾らなんでも短期間で一気に強くなり過ぎだろう。キリト君のような強さに執着していたとすれば話は別なのだが、シュミット君からはそのような気概を感じられないから短期間での無茶なレベリングという線も薄い」

「「「「「あー……」」」」」

 

 キー坊の例が出て来ると、如何にシュミットというプレイヤーの躍進がおかしいかがよく分かる。

 異常を以て異常を判断するっていうのもおかしな話だが、確かにあの子ほど強さに執着している訳でも無いのなら一ヵ月足らずで攻略組に入るというのは妙だ。旦那の話を聞いた感じだとそのランス使いが物凄いやる気に満ちているという訳でも無いようだし。

 

「ンじゃあよ、早速そのシュミットって奴を呼び出したらどうだ? 団員ならフレンド登録してるんだろ?」

「うむ、今からメールで呼び出そうと思う……しかしここに来るのは少々時間が掛かりそうだ。何せ残る《レイド戦》を制覇しなければ迷宮区攻略が出来ないし、スリークォーターという事もあって他の階層でレベリングに励むよう通達してしまっていてな、迷宮区やダンジョンに入っているとメールが届かない……む?」

「ん? どうした、何かあったのか?」

「いや……妙だな、今日の彼はシフトの日の筈なのだが……本部に残っているようだ」

 

 クラインの促しで呼び出そうとしていた旦那だったが、どうやら件のシュミットというプレイヤーは狩りに出ている筈が本部に残っていたらしく、疑問に感じたエギルの旦那の問いに首を傾げながら答えた。

 どうやらヒースクリフの旦那は彼が残っている事を把握していなかったらしい。

 

「えっと……体調が悪かった、とか? 頭痛とか……」

「サッちゃんは純粋だネ……」

 

 こてん、と首を傾げながらおずおずと言うサッちゃんに何となく癒された。

 キー坊にヘイトが向いていて、攻略会議やボス戦は色々と人間関係がギスギスしている最前線では珍しい無秩序な清涼剤である、ガチガチの効率重視なゲーマーで無いのが救いだ。SAOを手に入れている時点でゲーマーではあるけど、思考がゲーマーじゃないから。

 彼女はキー坊には普通だが、ラーちゃんと同様基本は誰にでも敬語で話すし心配もするいい子なので、彼女にだけはリンドとキバオウも強く出ない。

 何故なら彼らが幾らキー坊を虐げていても、ボス戦で大ダメージを受けた時はそれを抜きに心配しているから、罵詈雑言を向けるのは躊躇われるらしい。キー坊には容赦も人道も無いあの二人がそんな風に思うのだから、彼女は色々と稀有な人物だと思う。

 それを自覚していない彼女に苦笑を浮かべながら、ラーちゃんがもしくは、と口を開いた。

 

「カインズさんが殺害された《圏内事件》には、何かしらシュミットさんにはメッセージがあったとか……先ほど貫通属性ダメージという共通項目も出ていましたし、やり方としては見せしめという意味があったようにも思えますから。それで次は自分だと怯え、本部から出たくないと思っているのでは?」

「となると……怯えるという事は、自然と《指輪事件》の犯人もシュミットという彼になるんじゃないかな」

 

 確かに、何か後ろめたい事が無い限りは自分に来ると思わないのが人間の心理、逆に考えれば《指輪事件》の犯人という可能性が浮上するのである。

 

「でも腑に落ちない事が出て来るんだよナ。攻略組になって、その上で伸し上がろうとしてるんならまだしも、そのシュミットって奴はそこまで強さに執着してないって話ダロ? そんな奴がギルドリーダー……もっと言えば、人を一人殺してまでアイテムを奪って攻略組になろうとするかと思うんだよナ。普通の倫理観を持ってる奴なら人を殺すと考えた時点で二の足を踏む筈ダ」

 

 しかし疑問なのは、攻略組に入ったシュミットにそこまで強い気概を感じられないのに、リーダーを殺して指輪を奪ってまで入ろうとするかという点である。

 それを考えるとイマイチ腑に落ちないのだ。

 ギルドに所属していた彼に、恐らく尊敬を向けていた筈の相手であるリーダー《グリセルダ》を殺す理由そのものがあるとは考え難い。

 仮に一線を越えてしまったとするなら、そいつにはどこか独特の雰囲気というものがある筈だ。

 キー坊のように正気を保っている人間も居るには居るが、あの子の場合は狂気以上に強い戦う理由というものがあった、人を護るという理由が。シュミットにそれがあるかは分からないが、現状に満足しているような人間なら人を殺せるとは思えないし、仮に殺したとすれば罪悪感に呑まれてどこか雰囲気がおかしい筈なのだ。

 

「オレッちの記憶にある限りじゃ、シュミットはそこまで目立つプレイヤーじゃなイ……つまりそこまで突出した強さも性格もしてないプレイヤーって事になル。まぁ、ボス攻略に出てる時点でかなり強いってのは確かだ、キー坊やユーちゃん、旦那達に埋もれてるだけで実力はあるんだろうシ。でも自ら人を殺せるような奴がそんな人の指示を素直に聞くとも思えないんダ」

 

 もしシュミットが攻略組で名を上げたい、あるいは入る為に指輪を売って装備を整えたのだとすれば、人を殺す事も厭わず手段を選ばないプレイヤーという事になる。それは人の調和を乱す要因になり得るし、キー坊が警戒してオレッちに情報を集めるよう言う筈だ。

 しかしそれが無かったという事は、これまで何か問題を起こしたという訳では無い。人の輪に入れているという事だ。

 更に、オレッちが記憶している限り、シュミットはランス使いを初めとした重戦士部隊の部隊長だった。

 そんな立場の人間なら尚更問題を起こせば耳に入ってくる。何せ《血盟騎士団》は《聖竜連合》と違って排他的でも閉鎖的でも無く、攻略に関しては普通にオープンでフェアな性格なのだから。この辺はヒースクリフの旦那とアーちゃんの性格が反映されている。

 

「つまりシュミットって奴は、《指輪事件》の犯人じゃねぇって事も考えられるし、犯人そのものか協力者って線もある訳だ。それにレベリングを休んでる理由も、本当に体調不良って可能性があるからな……何にせよ本人が来たら分かる事だろ」

「うむ、エギル君の言う通り彼の話を聞けば自ずと分かる事もあるだろう。今しがたメールで呼び出したから数分で来る筈だ」

 

 エギルとヒースクリフの旦那がそう言ってから三分後、こんこんこん、と控えめなノックが聞こえた。ヒースクリフの旦那が入り給えと言うと、か細く失礼します……と言って一人のプレイヤーが入室する。

 《血盟騎士団》の制服にも近い朱く縁取られ、紅い十字の意匠が所々に入れられている白い甲冑を身に纏った男は、体育会系とでも言えるくらい厳ついガタイをした男性プレイヤーだった。

 ただ、その顔つきは男らしいものではあったものの、表情は憔悴そのものだった。どこか焦り、怯えているようで暗くも感じる。

 

「さて……シュミット君、ここに呼んだ理由に察しは付いているかい?」

「……カインズの、事でしょうか」

「うむ、察しが付いているようだ、話が早くて助かる。昨日の夕方に第五十七層で起こった《圏内事件》、その被害者として《カインズ》氏が殺害されたのは知っているだろう……殺害に使用された武器は短槍、銘は《ギルティーソーン》と言ってプレイヤーメイドだった。鍛えたのは……《グリムロック》氏」

「ッ……!」

 

 旦那がその名前を出した瞬間、怯えを堪えているかのように険しい表情だったシュミットが、びくりと明確に震えた。

 そこで旦那は一旦話すのを止めるも、シュミットが取り乱したり何かを呟くという事も無かったので、再び口を開いた。

 

「我々は昨晩から此処にいる有志で情報を集め、この事件の解決と圏内殺人のロジック解明に尽力しているのだが……先ほど挙げた三つの名前の繋がりで、君の名が浮かんで来てね。ヨルコ氏から話を聞いていると、何でも君は我が《血盟騎士団》へ加入する前は《黄金林檎》というギルドに加入していたそうじゃないか。そこでヨルコ氏、カインズ氏、そしてグリムロック氏とも仲間であったとも聞いたよ」

「……ええ」

「ちなみに、君を責めているのではない、ただ聞きたい事があった。《黄金林檎》のメンバーに連絡を取っていないとの事でヨルコ君からは君以外の話を聞けなかったのだが、その時少々疑問に感じた事があってね。君が我がギルドに参入したのが何時頃だったか、覚えているかね?」

「…………去年の十二月初旬でした」

「うむ……しかし《黄金林檎》が解散したのは十一月頃だという。妙だと思ったのはこの時期だ。およそ一ヵ月弱で、中層を中心に活動していたギルドの団員が最前線攻略を掲げている我がギルドに加入するとなれば、レベルも装備もそれまで以上に上げなければならない……それこそ、【黒の剣士】の如き異常なまでの努力でな。だが君にはその執念というものが無い……たった一ヵ月弱で、君はどうやって最前線で渡り合える強さに至れたのか気になった。そこで、ヨルコ氏から教えてもらった《黄金林檎》解散の要因となったレアアイテムの指輪を思い出したのだ」

「ッ……!!!」

 

 旦那が指輪の事を話し始めた時点で、シュミットは顔を強張らせて息を鋭く吸った。明らかに何か知っている風、しかも後ろめたい事があるという反応だ。

 流石にこれは見逃せなかったのか、旦那はふぅ、と息を一つついてから両肘を机に突き、手を組んだ。

 

「シュミット君、今の君は酷く怯えているように見える……《圏内事件》が、そこまで恐ろしいかね?」

「ッ……逆に団長は、恐ろしくないんですか?! 何時圏内で殺されるか分からないんですよ?!」

 

 旦那の問い掛けに、まるで恐れを振り切るようにシュミットは声を荒げ、質問に質問で返した。精神的にかなり追い詰められているようだ。

 旦那は落ち着かせるつもりかゆったりとした緩慢な動作を見せる。

 

「確かに、ロジックも分かっていない以上、圏内で殺される可能性を下げる手段も無い現状では恐ろしいと言えるだろう……だが、私はそれ自体に恐怖は感じていないのだ」

「え……」

「シュミット君、私や君は《血盟騎士団》に所属しているプレイヤー、それもボス攻略に出られるレベルと装備……つまりは強さを有するプレイヤーなのだぞ? 君とて我がギルドに参入してから幾度もボス戦に参戦し、その都度生き残って来ている猛者ではないか、杳と知れぬのは確かに恐ろしいが、だからと言って全てに恐怖する程の弱者では無い筈だ。確かにアバターと言えども首を切り落とされれば即死するが、それが如何に困難か君は知っているかね?」

「い、いえ……」

「私も知らんさ、知っているとすれば【黒の剣士】か、今は亡き《笑う棺桶》の首領くらいなものだろう。いいかね、つまりはそれくらいプレイヤーを即死させる手段を有する者は少ないのだ、気取られないまま殺す、アニメや漫画でよくある謂わば暗殺などこの世界では到底起こせないのだよ。例え圏内で殺せるプレイヤーが居たとしても、君とてただでやられるほど弱くはないだろう?」

「そ、それは、そうですが……もし本当に幽霊だったとするならどうしようも出来ないでしょう!」

 

 亡霊、幽霊。

 そういうオカルト的なものは確かにこのデスゲームでも何度か出ている話だ。死んだ者の魂が未だ稼働状態の《ナーヴギア》に憑りついて幻を見せているんだ、死んだプレイヤーが生きているプレイヤーも同じ世界に引き込もうと彷徨っているんだと、そんな与太話は枚挙に暇が無い。実際それを信じているプレイヤーも少なくない。

 だが自分は信じないし、旦那もそれは同じなようで、ふぅと瞑目しながら息を吐いた。

 

「シュミット君、我々がいるこの世界は、何だ?」

「え…………《アインクラッド》です……」

「そう、《アインクラッド》……浮遊城、現実には存在し得ない場所だ。そしてVRMMORPGの舞台だ、つまりこの世界はデータで構成されている仮想世界だ、ゼロと一という二つの数字で作られている世界なのだ。現実世界ならいざ知らず、科学的な数値の世界にオカルトが存在すると思うのかね?」

「……」

「私は思わない。そして、犯行に使われた《ギルティーソーン》もまた、我々と同じデータが集まって形を成した一つのオブジェクトだ。本当に幽霊だとしたら、データの武器など使いはしないだろう? 少し考えれば分かる話だ、現に此処にいる者達は誰もが生きたプレイヤーによる犯行であると考えている」

「……」

「……長くなったが、シュミット君、君は一体何を知っている? 何に怯えているのだね? 私には君のその恐怖が、一ヵ月弱で攻略組参入出来た理由と繋がっているとしか思えないのだ」

 

 色々と迂遠ではあったが、ヒースクリフの旦那はシュミットが犯人であるという可能性を別の方向からアプローチして潰していった、この怯えようだと最初から犯人だとは思えなかったが。

 しかし、どうも指輪とは何か関係がありそうだとは分かった。

 

「……団長の推察通り、俺がたった一ヵ月で《血盟騎士団》へ入団出来たのは、あの指輪にあります……ただ、最初からその全てを知っていた訳でも、ましてやあの人が死ぬ結果になるとも思っていなかった……」

 

 旦那が疑問を投げ掛けた後、シュミットは何かを堪え、悔やむような表情で立ち尽くしてしまったが、まるで懺悔であるかのようにぽつぽつと、語り始めた。

 指輪を売却すると決まった日の夜、宿の部屋に帰った時に気付いたが机の上には一枚のメモ用紙と回廊結晶が置かれていた。パーティーは常に組んでいたし、宿への入室許可はパーティーメンバーであれば常にオーケー状態にしておいたので、誰が置いたかは不明。

 メモにも差出人は無く、ただグリセルダの後を追い、取った宿の部屋に、彼女が食事で出掛けた際に忍び込んで位置をセーブし、その回廊結晶をギルド共通ストレージに入れろと書かれていたらしい。報酬はその後で渡す、とも。

 シュミットはそれを読んで、まずロジック的に無理だろうと思ったというがそれも当然だった。

 何せアイテムをトレードするには相手の体に触れなければならないが、寝ている相手でもよっぽど深く寝入っていなければ大抵起きるからだ、しかも他人を警戒するのがデフォルトのSAOプレイヤーならまず誰かが部屋に入った時点で起きる。

 まぁ、ピナ蘇生に協力している時のキー坊は、完全に寝こけていたがアレは本当に稀な事だった。

 無理だろうと思ったシュミットは、しかし報酬に目が眩んだ。額は明記されていたらしく、その額があればオークションで売られている最前線でも通用する装備を一式揃えて尚お釣りが来る程。その一式を装備するにあたってステータス的にも十分許容範囲内だった、レベルさえ上げればすぐ最前線攻略ギルドに入れるくらいの強さもあった。

 元々《黄金林檎》は中層域を中心にしていたとは言え、マージンを高く取っていたので上層も行こうと思えば行けたらしい。行かなかったのは安全第一だったというだけ。

 どう考えてもリーダーを騙し裏切る行為であるのは明白だったが、最前線で戦いたいという欲求もあった。元より《黄金林檎》はそれを目標にしていたのだ。それを前衛の自分が支えられるようになれば安定し、より効率よく経験値稼ぎを行える、つまりは結果的にリーダーや皆の為になると自分を正当化し、メモの指示通りに行動した。

 その結果、翌日にグリセルダが死亡した事を知り、更にその翌日にギルドで取っていた宿の自室にしっかりとメモに書かれていた額の報酬が入った革袋が置かれていた。

 ギルド解散後、シュミットは半ば罪悪感に押し潰されるように装備一式を揃え、レベリングを行い、《血盟騎士団》に加入してボス戦に参加し続けて来たという。

 

「……これが、俺の知る全てです」

「ふむ…………君は加害者でもあるが、同時に被害者でもあるな、仲間が目指していた夢の後押しをする為にそんな事をしては元も子もないが」

「……仰る通りです……」

「しかし、真犯人は分からず終いか。少なくともカインズ氏、ヨルコ氏、シュミット君からなる売却反対組三人と、故人であるグリセルダ氏を除いた四人の内の誰かが《圏内事件》の犯人であり、《指輪事件》の犯人であるというのは確定したのだが……我々は、少なくとも《圏内事件》の犯人は《グリムロック》氏ではないかと予想しているのだが、シュミット君はどう思う」

「グリセルダさんを殺した疑いがあるからというなら、あり得るかと……実際、俺がそれに加担したようなものですし……」

「と、なれば……ヨルコ君はカインズ氏殺害事件直後、教会の二階に人影を見た気がすると言っていたし、SAOのシステム上で攻撃時は《隠蔽》も解けるから、少なくともどこかしら攻撃直線上に姿を現す筈だ。売却反対組を狙っているとすれば、残るシュミット君とヨルコ氏の前に姿を現す事になる。ヨルコ氏には宿で立て籠もってもらっているが……本当に相手に圏内コードが通用しないとなれば、ドアロックも意味が無くなるからな……」

「じゃあヨルコさんが危ない……?!」

 

 ヒースクリフの旦那が話を纏め、指輪売却反対組だった生き残りのヨルコが今は一番危険だと示唆すると、ラーちゃんが緊迫した面持ちで部屋を出ようとした。

 自分はその彼女の肩を掴んで止めた。

 

「いや、少なくとも今すぐ行かないといけないって事にはならないと思うよ、何かあったらすぐ連絡が来るようにしてるからサ」

「連絡って……そんな事態になったらヨルコさんにそんな余裕は無いでしょう?!」

「カインズ氏と一緒に居たから狙われる可能性は考えてた、だから《風林火山》のメンバーが今は宿を護ってるんだヨ」

 

 ちなみにだが、これを指示したのはヒースクリフの旦那だった。

 攻略ギルドの中で信用も出来るとなればキー坊を擁護するメンバー、そしてギルドで人数があるとなればクラインの所だからだ。あそこは連携も上手いし、ギルドの中で役割が決まっているから万能なのである。あのキー坊の後を追えるくらい索敵能力が高い者もいるのだ。

 そんな連中が全力で警備をしているのだ、連日ならともかく昨日からならまだ集中力も持っているだろうし、何かあったらすぐ気付く筈である。まだ連絡が無いという事は何も起こってないという事だ。

 

「クライン君、彼らから連絡はあったかね?」

「定期連絡を見ても異常は無いみてぇだな、今のところは平和ッスよリーダーって書かれてるぜ」

「何事も無いならそれが一番だけど、犯人が捕まらないとなるとね……」

 

 定期連絡が途絶えたら異常ありと判断出来るようにしているクラインの答えに、ディアベルが苦笑を浮かべて言った。

 平和なのは確かに良いが、手掛かりが途絶えるという事でもあるから事件の解決が難航するので、微妙な気分になるのだ。被害者が出ないのだから良いのだけど、犯人を捕まえられないとなると枕を高くして寝られないのである。

 長引けばキー坊も出張って来るに違いないし、何とかあの子が来る前に片を付けたい所だ。

 とは言え、此処にいる面子は多くが攻略組なのであまり《圏内事件》にばかりかまけてられないのも事実だ。情報では《個人戦》で出て来た相手が《レイド戦》でも出るらしいのだから、しっかり対策を立てるべく、幾度も《個人戦》に挑んで渡り合えるように慣れておかなければならない。

 最悪堕天使と狂戦士が揃って出て来る事も考えられるので、最後の敵まで行けるのが目標だ。キー坊召喚はその時である。

 一先ず、夕方にシュミットを連れてもう一回ヨルコ氏の所へ行こうという事になって、その場は解散となった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 まさかのクラディール同行、そしてシュミットが原作と違って墓の前では無い所での懺悔です、特にクラディールは予想外だったんじゃないですかね。彼が束や茅場と同様に白かどうかは、今後に明かされます。

 それにしても、何かユウキが成長しているような……アスナとクラディールを仲裁したし。こんなユウキも偶には良いかな?

 さて、そんなこんなでユイは結局来てしまい、キリトが若干不機嫌になっております。疲労がある上に愛剣達も無く万全でないキリトがどう戦うか、また《圏内事件》とシンカー救出劇、キバオウの今後がどうなるか、ご期待下さればと思います。

 案外話数食ってて自分で驚いてます(笑)

 では、次話にてお会いしましょう。


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