インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、お久しぶりです() 黒ヶ谷です。
……前回から一ヵ月……? 月日が経つのは速いなぁ……(白目)
時間が開きましたが、熟考に熟考を重ねた結果の今話、楽しんでいただければ幸いです。
視点:ラウラ・クロニクル
字数:約一万一千
ではどうぞ。
約一時間半。
それが和人と、和人を守るための部隊とが決着をつけるのに要した時間。
彼らはその間ずっと激戦を繰り広げていた。
その戦いは、熾烈を極めたものだった。
今回、和人を守る部隊――【
それ故か、和人の攻撃は苛烈の一言に尽きた。ひとたび剣が振るわれれば雷鳴が轟き、光と共に雷が突き抜ける。彼女らはそれらに焼き尽くされていく。
だが――燦然と光を散らす旗が、彼女らの敗北を許さない。
幾度となく灼かれ、焦がされ、氷漬けにされ、切り刻まれた。しかしその身は
脳裏に、【白騎士事件】当時の戦闘光景が蘇る。
映像記録は、単騎ながら長剣と荷電粒子砲の二つの武装だけで数千ものミサイル、数十国の軍隊をあしらっていく光景だった。あの絶対的な光景もまたISに対する強い妄信の一助となっている気がする。
【白騎士】の乗り手の気分一つで、その戦いは殺戮劇に変貌していた事は想像に難くなかった。
いまだってそうだ。
無論いまは試合だ。
……だが。
一つボタンを掛け違えれば、彼は真に”巨悪”へと変じ、その殺意を世界へ向ける。
そうさせないための抑止力が【森羅の守護者】なのだと世間には報じられている。対外的に、彼女らは彼の枷であり、監視者である。そうして国を、世界を守ろうとしている。
世界からすれば、あの部隊は自分たちを守るために少年を殺すものでしかないのだ。
真実は、和人を守るための部隊なのだが。
「――――」
喉まで言葉が出掛かったが、それは意味を為していなかった故に空気だけを吐き出した。
*
「はー……ひゅ、こふっ……」
ピットに戻ってきた彼は酷く疲労していた。
徐々に馴らしたことで血糖値変動による戦闘可能時間は延びていたが、次は筋持久力の方が追い付かなかったらしく、ベンチに座った彼は壁に背を預け、大きく深呼吸を繰り返す。
「やー、まさかあんな長時間粘るなんて思わなかったよ。適当なところで降参すればよかったのに」
「キリトって、僕達が思ってた以上に負けず嫌いなんだねぇ」
その傍らで、青銀と黒銀の少女が苦笑しながら言葉を掛ける。
【森羅の守護者】の一員にして、ALOでは霜巨人のボスキャラだというヴァフスと、王としての側面を持つヴァフス〔オルタ〕だ。
二人は現在、リアルワールドのどの国家にも帰属しないAIだ。
生まれがALOの彼女らが帰属する国家や所属は明確には無いが、強いて言えばALOの運営企業たる《ユーミル》こそが彼女らの所有権を表明できる。そして《ユーミル》は日本人が経営する日本企業なので、国家的な所属も日本。必然、ヴァフスらの所属も日本になるのが自然の流れと言える。
ちなみに和人の義理の家族を名乗るユイ、ストレア、キリカの三名は茅場晶彦の手によりALOに移植された経緯があるらしく、彼女らの所属もその時点では《ユーミル》にあったようだ。
だが彼は、【森羅の守護者】を立ち上げるにあたりヴァフスとオルタ、それからユイらの合計五人のAIの所有権を《ユーミル》から正式に買い取っている。現在はIS学園地下にあてがわれている部屋のデスクトップか、【無銘】のコアにいるらしい。
経緯としては、《クラウド・ブレイン事変》と《ヴァフス事件》を被害が出る前に収めた事の礼。
裏の事情を知ったため、《クラウド・ブレイン事変》に関する報酬――鷹崎元帥らと対談する機会を設ける事など――は支払われたと教えられたが、その前は大きな動きは無かったように見えていた。そこを利用する形で、茅場、ひいては《ユーミル》が所有権を主張できるユイ達を譲ってもらう事で、例の事件二つの報酬とすると世間に報じられた。報酬がキリカと義理の姉二人なので、世間も今のところ特に違和感を訴えている節は無い。
ヴァフス達はついでのような扱いだが――
私は決して『ついで』ではないと思えた。
もしも『ついで』だと思っていたなら、そんな存在に自身の警護を任せる筈がないだろう。
……ちなみにこの人選は、対外的に『桐ヶ谷和人と殺し合いになっても躊躇しない
「和人、大丈夫ですか? これ飲めそうですか?」
「ああ……もらおう」
クロエが差し出した水筒を傾け、彼は中身を呷った。
「うあああぁぁ……ミネラルが五臓六腑に染み渡る……」
「ふふっ、なんだいその言い方。まるで壮年の男みたいな感想だね」
「……クラインの言い方を真似しただけなんだが」
「じゃあクラインが見かけによらず年寄りって訳だ」
「……クラインには内緒にしとこう」
哀れ、野武士青年は己の知らぬところでおじさん扱いされてしまったようだ。朗らかに笑うイメージが知られている青年はきっと男泣きする事だろう。
そのシーンを想像すると、可笑しさに笑いがこみ上げる。
「――ラウラ、何をしているのですか。タオルを渡してあげなさい」
笑いを噛み殺していると、クロエに呼ばれた。
慌てて駆け寄る。
――クロエ・クロニクルと対面したのは篠ノ之束に引き取られてほぼすぐの頃だった。
天災に連れられる形で救護室を訪れた彼女は、どうも遺伝子的に姉らしく、天災によって《ラウラ・クロニクル》に改名したため戸籍上も彼女の妹という事になった。
ファミリーネームが変わった事にも一応理由がある。クロエ曰く、遺伝子強化素体の完成系こそが《ラウラ・ボーデヴィッヒ》という名称であり、厳密には個人を示す名前ではなかったらしい。彼女も元は《クロエ・ボーデヴィッヒ》と名付けられていたらしく、クロニクルの姓は天災に付けてもらったもの。《ボーデヴィッヒ》が生まれついての軍人であるのなら、《クロニクル》はそれから解放された者という意義になるらしい。
余談だが、《クロニクル》はギリシャ語を語源とし、《クロノ》など時間の意味を内包して使われてきたため、現在では《年代史》という和訳がされる単語だ。『束様は私達に人としての時を歩めと言っているのかもしれません』とはクロエの言である。
閑話休題。
ともあれ、そうして人としての先達である姉に促される形で、私は疲弊している和人に真新しいタオルを差し出した。
「ああ。ありがとう、ラウラ」
片手でタオルを受け取った彼が額や首筋を伝う汗を拭っていく。夏に差し掛かる時期故に最近気温が上がってきているためか、高くなった体温は中々下がらないようで、汗の流れは止め処ない。
「……あっつい!」
数秒して、無駄だと悟った彼が強く声を上げた。
その反応が、まるで子供が駄々をこねる様子と酷似していて――事実、彼の容姿は子供そのものだ――、どうしてか笑いがこみ上げてくる。
「そりゃあ冷やさないと熱いのはそのままだからね」
「僕達が冷やしてあげよう。体温を下げるには、血液から冷やすと効果的だとかネットで見たよ」
それはヴァフス達も同じのようで、どこか優しい笑みを浮かべながら、彼女達は指先に小さな氷の粒を作り出した。それをヴァフスは首筋に、オルタはシャツの袖から脇下へと突っ込んだ。
「つめたっ?!」
びくぅっ、と小さな体が跳ねる。
「ちょ、いきなり過ぎっていうか氷が脇腹につめたぁッ?!」
「「あっはっはっは!」」
「っ……ふふ……」
「……うー」
羞恥に染まりながら睨み顔になるが、笑いは止まる様子が無い。
「あら、なんだか楽しそうね。お姉さんも混ぜなさーい!」
そこで管制塔からやってきた更識楯無が駆け寄ってきた――私に。
なぜ私に……? と困惑しつつ、楯無の抱擁タックルを受け止める。
和人の警護役として身を置き始めてから彼女と接する機会は必然的に増えた。そして事あるごとに頭を撫でてきたり、抱き締めてきたりと身体的スキンシップがかなり激しい。
最初の頃は拒否していたが、それも無駄と分かってからは最早無抵抗だ。
「ね、ね、なに話してたの?」
「凄く暑がってた和人に、僕達が氷を突っ込んだら反応がおも……もとい、可愛かった」
「言い直した意味ィッ!!!」
言い直したところで彼からすれば堪ったものでない事に変わりはないため、強く突っ込みが入る。ヴァフスは顔を反らしてスルーした。
そして、それを見て楯無は目を輝かせた。
これは悪戯を思いついた顔だ。何度も受けてきたから分かる、分かってしまう。間違いない。
「あら、それなら私からも氷をプレゼントしてあげよっか? 私のエーギルは氷も作り出せるし」
「要らない! もう十分冷えた!」
「いや、そもそもの話、試合外での展開は許可を取ってからでなければ条約違反になるだろう」
「冗談よ、冗談!」
左肩に顎を乗せた姉がにこやかに笑いながら扇子をばっと開く。扇部分には『冗句』と、イラッとするくらい達筆な筆文字で書かれていた。
あの筆文字は【
多分アレもISの無断展開に該当すると思うのだが……まぁ、これでも対暗部用暗部当主だ。穴だらけな《
「皆さん、あまり桐ヶ谷君をからかっちゃいけませんよ。そもそもヴァフスさん達は止めるべき立場の筈です」
「ふふ、これは参った。正論過ぎて言い返せないね」
「まあ十分愉しめたし、僕達を長らく放置してた件の罰はこれで終わりにしようか」
そう言いながら間に割って入ったのは山田先生だった。
楯無に遅れる形で管制塔から来た彼女は呆れ笑いを浮かべつつ、ヴァフス達に注意をする。ヴァフス達は降参と言いたげに氷を取り、和人から距離を置いた。
長らく放置というのは、おそらく彼がIS学園に隔離されてからの事だ。
あまりログインしている話は聞かないから彼女達はそれが面白くなかったのだ。元々和人の使い魔になった事もその強さに惹かれたが故らしいし、彼自身に会えない状況を退屈と感じるのは仕方ないかもしれない。
事情があったと理解しているから悪戯程度で済ませたあたり、彼女らに積まれているAIの性能は極めて高い事が窺い知れる。
「あー! 私をハブにしてワイワイしてるなんて酷いじゃない! 私も混ぜなさい!」
更に勢いよく飛び込んでくる銀髪の少女、枳殻七色。へとへとに疲れている事もお構いなしに少年に突っ込み、壁に押し付けるように抱き着いていた。
ゴヅンッ、と鈍い音が響く。
和人が壁に後頭部をぶつけた音だった。
「……おれがなにをしたっていうんだ」
ぷるぷる震えながら彼は頭を押さえる。
いまのは理不尽だと私も思う。普通に叱っていいと思うぞ。
「もー、七色ちゃんったら勢い良過ぎよ。加減してあげないとダメよ?」
「え、それ楯無ちゃんが言う? ぜったい楯無ちゃんの方が悪戯の回数多いし、程度も酷いと思うんだけど」
「俺からすればどっちもどっちなんだよなぁ……」
胡乱な目で二人を見る少年。
普段和人になにをしているのだろうか、この二人は。
「えっと……その、元気出してください」
「同情する。がんばれ」
「あ、ああ…………二人は、そのままでいてくれ……ははは……」
肉体的なものではない疲労感を滲ませながら彼が苦笑する。
……本当になにをしてるんだ、この二人は。
「楽しそうでなによりだよ、和人君」
七色に続き、【黒椿】の整備を終えたらしい茅場晶彦が笑いながら姿を現した。
SAO時代の不遇を知っている彼からすれば感慨深いものがあるのか、まだ二十代の彼は壮年を思わせる空気を纏っている。
「楽しいけど大変だ。身体的に」
「いい事じゃないか。精神的には幸せだろう?」
愉快気に、男は笑う。
「……まぁ、な」
少年もまた、穏やかに微笑んだ。
*
数分後。
何時までも居座る訳にはいかないという事で私達は国際IS競技場から撤収した。
行先はIS学園だ。
本来であれば入学していないクロエや私が入る事は許されないのだが、現在は”桐ヶ谷和人の監視兼護衛”としてIS委員会、日本政府、学園上層部から特例措置として許可を貰っている。勿論その三つの上層部は和人と共謀している面子なので完全な裏工作。他国からなにか言われる可能性はあるが、国際IS委員会が承認しているからその辺は問題ないはずだ。
……あの天災が味方に回っている以上、余程の事が無い限り表明しなさそうな気はするが。
ともあれ彼の監視兼護衛として学園に寝泊まりしている私は、そのまま完全部外秘とされる学園の地下へと通された。
表向き公開されているのは地下シェルターと懲罰房の二つ。私が寝泊まりしているのも、和人と同じ懲罰房エリアだ。
しかし今回通された地下フロアは、懲罰房エリアの先。何重ものロックを解除し、各種センサーを搭載した警備システムを潜り抜けたその先は、未だ足を踏み入れた事が無い領域だ。
大仰ではないが、高性能と一目で分かるホログラムを持つ幾つもの打鍵装置。孤島全体を俯瞰するホログラムマップの他に、種々様々なISのパラメータ――その中には【白式】もあった――も表示されていた。
代表候補生や軍人として様々な合宿や訓練に参加してきた身だが、それらの比ではない高レベルな設備に思わず圧倒される。
「これは……」
「此処は学園の心臓部とも言える場所だ、クロニクル妹」
「教官!」
「織斑先生だ」
圧巻していると、織斑秋十の搬送護衛に就いていた
ダークスーツを着こなす世界最強はチラリと私に視線を向けた後、その後は体ごと部屋全体を照らすホログラムへ向き直った。
「お前は初めてだから言っておく。さっきも言ったが此処は学園の心臓部に等しい場所だ、完全部外秘である事を覚えておけよ」
「上の学園と地下のネットワークは完全に分断されてるけど、逆に言えば此処が奪われるとヤバいからね」
「――ま、この束さんが警備システムに口出しした以上
そこで別室にいたらしい天災がにゅっと顔を出した。和人とクロエがそちらに行き、ヴァフスとオルタもその後を追う。
「よく頑張ったねぇ和君! クーちゃんも! 晴れ舞台バッチシ見てたよ、お疲れ様! ネットもテレビも世界中で熱狂状態だったよ!」
「まぁ、【黒椿】の性能自体えげつないからな……秋十にはもっと手古摺ると思ってた。正直、機体性能に助けられた」
「でもその性能を使いこなしたのは和君自身の腕前なんだし、そこは素直に誇っていいと思うんだよねぇ。最後までノーダメだったんだしさ」
「むぅ……」
向上心故か、それとも素直に喜ぶ事に慣れていないのか、悩まし気な声が上がる。
「ま、どっちにせよ勝てたのは良い事だし、いい滑り出しになったんだから喜ぼうぜ?
「そう言うって事は、秋十は、いま……」
何かを察した少年の問いに、天災は意味深に口角を吊り上げてから踵を返し、別室へと戻っていった。和人がその後を追う。
意味ありげなやり取りに首を傾げていると、背中を軽く教官に押された。行け、という事らしい。
疑問を覚えながら別室に入る。
部屋の中は、直前のホログラムに照らされる薄暗い部屋と異なり、清潔な白で統一されたフロアだった。かなりゆとりのある間取りのそこには上端が天井に接するほど巨大な直方体が
その二号機の方に頭が隠れる形で男が一人眠っていた。体格と直前のやり取りからして、おそらく織斑秋十だろう。
「いまダイブ中だけど、どうする?」
「すぐ実行に移そう。時間が惜しい」
「りょーかい。じゃ、一号機を使ってね」
「……姉よ、アレはいったい何なのだ?」
天災と和人のやり取りの意図を汲み取れず、仕方なく傍らにいた姉・クロエに問いかける。
「アレは《ソウル・トランスレーター》、略称は《STL》。最近和人がテストしているVR技術の一つです」
「……ああ。だからALOへのログインが少なくなっていたのか」
付き合いこそ短いが、和人は勉学、訓練の他に政府からの依頼、企業からの依頼など毎日忙しくしており、正直遊びに手を出す暇を見つけられないくらいだ。時間を捻出しようとすれば可能だとは思うが、最近は現実に重きを置いている節があるから余計足が遠のいたのだろう。
そう得心すれば、次に私の関心は《ソウル・トランスレーター》なる機器そのものに向いた。
「その《STL》とやらは、フルダイブハードの次世代機か。見るからに試作段階のようだが」
「新型フルダイブ・システムの《ブレイン・マシン・インターフェース》そのものだとは聞いています。《ナーヴギア》や《アミュスフィア》などとは完全に異なるアプローチでフルダイブしているようですよ」
「ほう……日本の技術はやはり凄まじいな……」
祖国ドイツも決して負けていないと思うが、電子機器関係の技術競争で上位を死守し続ける底力はやはり健在だ。篠ノ之束、茅場晶彦などの鬼才を幾人も輩出しているのがその証拠。フルダイブ技術が発表されて十年も経っていないというのに異なるアプローチから攻めるとは、相当潤沢な資金源を有するベンチャー企業らしい。
そこまで考え、いや、これは国策なのかもしれん、と考えを改める。
なにせ和人が世間に公表しないで受けている依頼だ。他国に知られたくないと見るなら、それが国家単位のものと推測したとしてもおかしくないだろう。
各国の主要メディアの報道には目を通すようにしているが、日本で次世代型システムのテストプレイなどの話題が上がった記憶はない。せいぜいがレクト社がバックについているウェアラブル・マルチデバイス《オーグマー》くらいだろうか。
「それで、具体的にどう違うんだ?」
「人の心、そして魂に直接アプローチするとか」
「……うん?」
返答を聞いて、首を傾げる。
おかしいな。論理的な部分を聞いたのに、なぜか哲学的な答えが返ってきた。
「……姉よ。意味不明なのだが」
「気持ちは分かります。ですがその不鮮明で、不定形なモノにある理論を用いてその答えに迫ったらしいのです」
「ある理論……?」
「――『量子脳力学』だよ」
そこで、クロエの言葉を先取りする形で男が割り込んできた。茅場晶彦だ。
「一応私も物理学者故に齧った事はあるが、中々のキワモノでね。人の感情や意志を波形で表すイメージ図を見た事はあるかな? アレを導き出す理論を下敷きに、《ソウル・トランスレーター》は作られたらしい」
「
「二年間学問と研究から離れた以上、私も現役とは言い難いがね」
自嘲するように笑った男性は、フルダイブの準備を進める和人達を見ながら話を進めた。
「さっき感情や意志を波形で表すと言ったが、脱分極で発せられる脳波とはまた別物だ。《STL》は脳の表面ではなく、内側……それも、脳全体を支える《マイクロチューブル》というナノレベルの骨格内に走るものを読み取っている。通常で言う《脳細胞》が肉体を動かす司令塔なら、この《マイクロチューブル》は心を動かす司令塔と言えるだろう」
「なるほど……そのチューブの中には、何が走っているのだ?」
「光子さ」
茅場の答えは端的だった。
光子。すなわち量子であり、IS操縦者にとっては多少身近な単語である。
「量子は変動的だ。その存在は非決定論的であり、常に確率論的な揺らぎを生じている。故に《マイクロチューブル》内を走る光の揺らぎを、前世紀の学者は感情・意志の波形グラフに表したという事だね」
そしてその揺らぎこそが心だ、と男は締め括った。
その言葉を聞いた途端、私の背筋から二の腕までを、冷たさを伴った戦慄が続々と駆け巡った。心とは、揺らぐ光。そのイメージは神秘的な美しさに満ちていると同時、それは倫理的に人が触れてはならない領域ではないだろうかと思わせるものがあった。
「……つまり《STL》は、その光子を読み取り、またマシンから情報を流す事によって仮想世界へのフルダイブを確立している……? だがそれは……」
そこから先を、私は上手く言語化できなかった。
微小管の中を走る光の揺らぎ、あるいは光そのものを魂と定義づけているからこそ、それにアクセスする機器は《ソウル・トランスレーター》と名付けられたのだろう。
つまりあの機器は魂そのものにアクセスするという事になる。
――何故だか、悍ましい。
人の感情、記憶を操作する研究をしていた須郷信之は、それを非人道的なものとして批難されていた。人体実験の面、人格などの精神的なものに対する倫理観などの観点など、挙げていけばキリがない。
だが今、目の前にその極地とも言えるものが一つの技術として存在している。
生まれながらの軍人だ。倫理や命の尊さなどを説き、善悪を語るつもりはない。しかし人として超えてはならない一線がやはりあるとは思うのだ。
たとえ憎かろうと、兄に対して行っていい事では……
「――言わんとする事は分かるよ」
言葉に詰まる私を見もせず、茅場が言った。
「しかし、必要な事なのだ。憎しみ云々は関係ない」
「……なぜだ? ヤツの魂を読み取って、いったい何の意味がある」
以前調べた限り、織斑秋十は確かに非凡な存在だろうが、しかし一般人の域を出ていない。まだ桐ヶ谷和人の方が逸脱しているだけ調べ甲斐があるというものだ。それほどあの青年は非凡でありながら平凡な存在だった。
そんな男の魂を読み取る事に憎しみが関係ないなら、他にどんな意味があるというのか。
「彼には不可解な点が幾つかあった。SAOに巻き込まれてから初めて私達の前に姿を現した時、彼はなぜか和人君の黒猫団との因縁を知っている風だった。確かにサチ君が別のギルドにいた事は周知の事実。攻略組に入る事になった経緯も、噂好きなら多少掴んでいたかもしれない。だが……
息を呑む。
確かに、おかしい。サチとやらの素性、黒猫団というギルドの壊滅は、私も彼の記憶を見て知っている。攻略組にいきなり参加した彼女の事で身辺調査をすればすぐ分かる事ではあるだろう。
協力していた人達が死んだ事を悔いるのも普通はおかしくない。だが
秋十の発言は、和人や情報屋が定着させるよう動いていた《ビーター》像から遠くかけ離れたものだったのだ。
「それにヒースクリフであった私が茅場晶彦であると知っていた事もだが、私を殺せばゲームクリアとなる……という発想がよく分からなくてね。まあありそうな展開ではあるのだが、だとしても実際に行動に移すかとなれば、普通はリスキー過ぎて難しいだろう?」
「私には英雄願望に目が眩んだように思えますが」
「はは、違いない」
クロエの冷淡な言葉に、茅場が笑う。
目が笑ってないせいで場は全く和んでいないが。
「ともあれ、今回はその不可解な点を解消するためにああしている訳さ。言動は虚偽出来ても
「……ちなみにこのマシンテストを和人が受けた理由の大部分は秋十が関与してたりします」
「そうなのか?」
「ええ。SAOに《ⅩⅢ》を入れた者、つまり、和人に【無銘】を埋め込んだ組織と秋十は繋がりを持っているのではないかと疑っているのです。《アーガス》や《レクト・プログレス》には更識の捜査でも足取りがつかめない者が複数確認されています。ヒースクリフが茅場晶彦であると知った理由として、ALOのテスターとして須郷とやり取りをしていたと弁明していますが……だからこそと疑っているのです」
「なるほどな……」
ちなみにSAO時代で須郷の研究データがあったのに確認しなかったのかと聞けば、常時モニタリングされてたせいで動くに動けなかったらしいと茅場が教えてくれた。万が一にも非道な事をしている場面が公開されたら困るからと実行に移さなかった事を、今回始めたという事だ。
和人との試合で圧倒され、あまりの衝撃に気を失った事を好機とみて……
「……ん? 待った、フルダイブは確か意識を喪うと自動切断されなかったか?」
ふと、そこで疑問を呈した。SAOは常時ログインを強制されていたから睡眠状態に入ってもダイブし続けたままだが、現行のフルダイブは原則として脳波が睡眠波を発生させた時点で自動ログアウトに切り替えられるよう設定されている。
であれば、気絶している秋十をフルダイブさせる事は不可能な筈だ。
「それにこんな事をして、ヤツが言い触らしたら終わりだぞ。ログアウトしても気絶し続けているとは思い難いし……」
その問いに、茅場晶彦は仄かな笑みを浮かべた。
「《ナーヴギア》などは脳波……つまり脳の表面の電波を読み取るものだが、《STL》は内側の光子を読み取るマシンだ。極端に言えば、生きてさえいればフルダイブ可能だよ。それに後者の点も問題ない」
「……まさか、記憶を操作できるのか……? 上書きや、消去も……」
知らず、声が震えた。
しかし幸いにも、その疑念はクロエによって否定された。
「いえ、厳密に言えば、操作とは言えません。長期的な記憶を保持している部分はあまりにも広大且つアーカイブ方法がフクザツで、現状では手が出せないので、該当する記憶への経路を遮断するアプローチを取っているのです」
「……それは大丈夫、なのか? 何かの拍子に記憶が蘇ったりなんかは……」
「人生で長らく慣れ親しんだ物品や人物の記憶を遮断した場合は可能性は高いですが、ごくごく短時間であればほぼゼロに近いとは聞いています。一応保険も掛けるという話ですし……」
「保険?」
「ええ。それは……」
やや神妙な面持ちで話し始めるところで、ごうん、と一際大きな音が部屋に木霊した。見れば一号機のジェルベッドには華奢な少年が横たわっているのが見える。どうやらフルダイブを開始したらしい。
「……保険に関しては、見てから説明した方が分かると思います。後にしましょう」
そう言って、クロエは踵を返し、一つ前の薄暗い部屋へと戻っていった。
はい、そんな訳で魂レベルで
以前更識を裏切った男が嘘を吐けなかったのも魂レベルで解析されてたからなんですね。こりゃあ誤魔化しが効かないねェ!(邪笑)
ラウラが戦慄しているように侵すべきでない領域ですが、和人は疑念に答えを出せて、茅場は意趣返しが出来て、菊岡はプロジェクトの発展に必要な人体実験が出来て、本人は思い出さない措置も取られている対策もしっかりしていて、良いコト尽くめだネ!(邪笑)
*お前の
・ラウラ・クロニクル
クロエの妹にして和人の姉枠。
実妹というよりは従妹とかの表現が近い(原作和人にとっての直葉みたいな立ち位置)
楯無に猫可愛がりされており、抵抗しても無駄と悟って無抵抗になってからは借りてきた猫のようだと言われているとかいないとか(ただし目は死んでいる)
和人の監視兼護衛役(生身)としてクロエと共に就任している。今回はまだ専用機を持ってないので試合に不参加だった。
VRMMOに関してあまり知らないので和人、茅場、クロエなどから英才教育を受けている(無自覚)
和人側に入ったので、束経由で更識、日本政府の思惑について把握している。
家事全般が苦手で修行中。
※ボーデヴィッヒ姓が『遺伝子強化素体の通称コード』扱いなのはオリジナルです。クロニクルの姓に特別性を持たせたかったが故です
・クロエ・クロニクル
ラウラの姉にして和人の姉。
ラウラより『人』として生きた期間が長いのもあって姉として地味に慕われている。そのクロエは和人を慕っている。
行きつく先は桐ヶ谷院……(ソワカソワカ)
なんだかんだでハイスペックなので実は現実側戦力でトップクラスに食い込んでいたりする。
家事全般が得意でラウラのお師匠様。
・茅場晶彦
和人の叔父枠な天才物理学者。
専用機【黒椿】を扱う和人の専属技師でもある。
物理学者の端くれなので一応物理脳力学も学んでいた。原作和人が九巻で解説した内容を語っている。
なんだかんだで秋十に対して恨みつらみがある人間味溢れる叔父様。
最近は和人を見て幸福を感じているのだそうな。
家事は出来るがしない派。
・枳殻七色
ムードメーカーな悪戯っ子姉枠。
専用機【黒椿】を扱う和人の専属技師でもある。
隙あらば和人にアプローチを仕掛けている。悪戯っ子なアプローチのため楯無とちょくちょく衝突するが、仲は良い。
最近は和人の勉強を見て幸福を感じているのだそうな。
家事は料理だけ苦手。
・更識楯無
ムードメーカーな悪戯っ子姉枠その2。
和人の良き契約相手であり、訓練相手であり、理解者でもある貴重な存在。簪救出劇以降、全幅の信頼を寄せているので実質更識家を掌握したも同然。
全力で和人を欲しがっているが恥ずかしいのと簪関係の負い目でやや控え目。
最近は訓練後に息を荒げている姿を見て
家事は裁縫だけ苦手。
・ヴァフス&オルタ
双子っぽい求道者系僕ッ娘剣士。
ヴァフスが青銀、オルタが黒銀色を中心にした色味。前者が戦士気質、後者が王気質の考え方だが、両方とも和人の事をマスターとして認めている。
戦闘に特化したボトムアップ型AIだが、和人とその仲間以外を守る気はまったく無いので菊岡、比嘉らが進めるプロジェクトにはあまり役立たない。
現在公的な所有権はユイ達も含めて和人にある。
家事は男料理なら出来るが他は修行中。
最近は和人をからかって楽しむ事で幸福を感じているのだそうな。
・織斑千冬
秋十、和人の実の姉。
今回秋十の魂を解析する流れを阻止する動きが見られない辺り、内心はともかく、対外的には認めているという事になる。
口数が少ないのはそのせいだ。
家事は手際は悪いが自分一人分ならなんとか可能。
最近は和人との食事で幸福を感じているのだそうな(ただし会話は少ない)
・桐ヶ谷和人
幸せを噛み締めている世界最兇の子供。
ISは束、千冬、楯無、ラウラ、クロエ。
VRMMOは茅場、神代、七色、比嘉。
政治面は楯無、菊岡、鷹崎元帥、IS学園長。
バックが強力過ぎてヤバぉ……(手ミーだ!)
秋十に対する疑念を一年以上持ち続け、絶好の機会を狙っていた策士。一度抱いた疑念は絶対晴らすマン。やられた方はいつまでも覚えているってコトさ!
家事は全て得意。
最近は《STL》で引き延ばされた時間の中でたっぷり睡眠を摂ることがお気に入り(尚肉体は休めていない模様)