インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 伏線回。ゆえにみじかい()

視点:楯無

字数:約三千

 ではどうぞ。




幕間之物語:楯無編 ~人ヲ守ル悪性~

 

 

 その両断は、天地を別つ一撃だった。

 

 黒と白、対となるそれらが並べられ、振り下ろす事で発生した斬撃は不可視のそれ。だが、空気を断つ刃――真空波が合わさり、巨大な一つの真空となった事を機体が伝えてくる。アレは見た目こそ二刀による二撃だが、本質は合わさった一撃なのだと。

 その証拠に、大地に、天空に刻まれた痕は一本である。

 不可視の斬撃は、それそのものが彼の素の力である事を物語っている。空気を断つ鋭さの剣腕、それを為すだけの根本的な筋力――そもそもからして人間離れした能力が、目に分かる形として晒されていた。

 ――果たして、なにであれば防げたのか。

 真空とは、すなわち”無”である。

 空気――原子に満ちた空間に発生した”無”を、人は真空と呼称する。それを彼は自在に扱うのだ。如何に頑丈、硬質な盾を用意しようと彼の剣の前では最早意味を為さず、何メートルに渡る鋼鉄だろうと一枚の雑紙同然に斬り捨てるだろう。たとえ用意された盾が非物質のもの(シールドバリアや絶対防御)だろうと”無”を放つ斬撃の前では同じ事。

 それは残骸として転がる全身装甲の物体が証明していた。

 

 ――本当に……彼が、良い人でよかった。

 

 しみじみと、そう噛み締める。

 VTシステムは、過去のブリュンヒルデを模倣していた。参考にされていたのは、見た目から察するに第一回モンド・グロッソの頃の彼女だろう。もちろん外見と参考にされた技術が同一時期と断定は出来ないが、どちらにせよ、世界最強が参考にされていた事には変わりない。

 つまり彼は間接的にとは言え世界最強を真っ向から下したも同然。

 女権団体ほど差別的ではないが、一操縦者として彼女を尊敬する者は少なくない。中には絶対視すらする者もいる。

 まあVTシステムも本質的には模倣、つまり偽物なので、彼がブリュンヒルデより強いとも言い切れないのだが――だからと言って彼が弱いわけでもない。偽物とは言え参考は世界最強である。アレに勝てる者は、世界中で片手もいればいい方だろう。

 

 だが、それでも彼の方がヤバい。

 

 強さでいえば彼女がまだ上だとは思う。

 しかし彼は、素で防御不可能の斬撃を放てる。飛ばせもする。まず間違いなくISにも有効なそれを自在に使える時点で《零落白夜》よりも危険度は上。

 試合は彼女が上手だが、能力で言えば死合は彼が絶対的なのだ。

 

 ――そうと分からないよう、ある程度カモフラージュしている事がせめてもの救いか。

 

 思えば、彼が【無銘】を使ったのは、自身の実力を誤解させる意図も含んでいるのだろう。

 世間の意見は、希望的観測を含め『周囲に分からないよう【無銘】を使っていた』という見解が多数を占めると思われる。素で斬鉄などを出来ると言われるよりよっぽど現実的だからだ。無論、ISを使えないよう限定すれば危険度は下がる――と、そう思われた方が都合がいいからでもある。彼がそうなるよう印象、情報の操作を行う可能性は決して低くない。

 そもそも彼は【無銘】の力をちっとも使っていない。

 【無銘】の真骨頂は小回りの良さ、多彩さではなく、それを支える《原子操作》である。時に敵の機体や能力を模倣し瞬時に模造する物質的な影響と、炎や雷、風といった非物質的な影響の二つ。前者は傷の瞬時回復や筋力強化など限定的な肉体改造に使われているが、特異性の面から後者の方が他を圧倒している。

 先の戦いはほぼ物質的な影響が顕著に表れたものだった。

 つまり一般人は《原子操作》の力を見ていない。【無銘】の特性を見誤るが故に、彼の真価も見通せないのである。それは、もう印象操作の一手と言えよう。

 

 そうなると、【無銘】というISを世間はどう見るか。

 

 【無銘】は、従来のISと異なる生体同期型である。

 男が生身でISと渡り合い、墜とせるようにというコンセプトを基にした生体兵器への人体改造で得た代物。それ故【無銘】は生身での運用を前提としている。《原子操作》は真骨頂ではあるが、同時にそれで肉体を強化する事も真価そのものなのだ。

 彼は【無銘】を”肉体強化特化”として世の中に広める腹積もりなのだろう。

 そうでなければ――生身の力や原子操作能力を伝えるつもりなら――以前のように機体を模造していたはずだから。

 同時に、それは彼自身を守る”楔”にもなる。

 彼の首には発信機と爆弾付きのチョーカーがある。対外的にはアレで行動範囲や危険行動の制限を行っており、おそらく今後何かしらの制約がまた増えるだろうが、そもそも【無銘】の原子操作を駆使すればあんな拘束具などあってないようなものに等しい。彼がその気になれば、あの残骸になったISも、アラクネも、生徒達が避難するまでの間に原子操作で即死させられた。そうしなかったのは後々で齟齬が出ないようにするためだ。ISには映像ログがある、匿名で情報を流せばそれで諸々が終わってしまう。しかし知られなければ、あのチョーカーで彼の行動は制限されると周囲は思い込む。

 彼は、信じているのだ。

 自分がこの力を使わなくて済むだろう、と。

 そうなるよう動くだろうと不確実な可能性を信じ、ギリギリまで耐えてくれている。女権騒動の時がそうだった。今回は【無銘】を使わせてしまったが――それでも、いちばん世に知られてはならない真骨頂を隠し続けたのはそういう事。

 だからと言って、喜べはしない。

 彼が信じているのは、人柄ではない。立場だ。私達が持つ肩書き、立場で”動く事”と”動かない事”を推測し、そこからどう動くかの未来を予測し、それを信じた上で耐えている。彼の信頼は私達を高く評価している訳ではない。そこまで耐えられる彼自身の強さに基づいた考えでしかない。

 彼は(刀奈)の事も信じていない。彼が信じているのは、あくまで《楯無》であり、それを維持する”力”だ。

 あるいはそれは、”能力”を理由に虐げられ続けた彼なりの人間不信の顕れなのだろう。

 

 ――皮肉なものだ。

 

 生きるために、自身の価値を知らしめるために、彼は力を欲している。だというのに今は身を守るために力を、真価を隠している。

 最早彼の力は今の世界にとって劇物に等しい。

 それだけ、彼が背負う”この世の悪”は、彼自身の”獣性”は重く、また大きいのだ。

 それを相殺するだけの善性も、また。

 黒い泥濘が切り裂かれ、そこからISスーツ姿の少女・ラウラが出てくる。気を失っているのか表情に険はない。

 それを受け止める少年を、私はじっと見つめた。

 

 







・【無銘】
 生体同期型IS。
 《原子操作》により、物理的な影響(武装の模造、自己改造、敵の分解即死)と非物理的影響(炎などの自然操作)の二つの特徴を持つ。
 和人は先の戦いで撮影に気付いてはないが、一般人の目があるため敢えて解放後も肉体改造の接近戦を仕掛けていた。闇の極光はヒミツ。
 世間的には”肉体強化特化”と受け取られる予定。
 研究所に連れ去られた過去、人体改造疑惑もあるのでネ。

 ――『斬撃飛ばすのとかも【無銘】の恩恵があったからこそ』と起動を制限されれば危険度は低い、とミスリードを狙っていた。


・飛ぶ斬撃
 真空波。
 真空は”空気に生まれた無の空間”であり、それの波=原子の分断が真空波という本作の定義。防御不可能。
 要はるろ剣の”飛飯綱”。
 殺しの能力では既に千冬以上、というのが楯無の見立て。


・和人の獣性
 《出来損ない》と虐げられ、捨てられた怨み、世界への絶望。能力至上主義の思想。
 いまの世界が醸造した。


・和人の善性
 人を想い、愛し、慈しむ守護の根幹。
 直葉を筆頭に育んだ。



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