インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:束さん

字数:約三千

 時系列は、山田真耶・クロエ避難誘導開始~PoH機両断の間(五~十分)です。

 ではどうぞ。


 ――――一方、その頃。




原罪 ~()より生まれ出でた人の《()()》~

 

 

「ちーちゃんと話してるの……あー、そういう事かぁ」

 

 片耳から掛けた機器から見た一部始終をそう評する。

 

「クッソ、この女、ふざけ――」

「あーはいはい黙ろうねー」

 

 屈辱か、それとも怒りか、目出し帽姿のアヤシイ男が声を上げた。手にする連射性機銃からは鉛玉が飛んでくる。しかし弾は体に当たる前に、携帯用バリア発生装置の障壁によって阻まれていた。

 そのまま距離を詰め、踊るように刀を振るう。

 野太い呻きを上げて、血飛沫と一緒に地面に倒れた。ゴロゴロと丸っこい物体が地面を転がる。断面からは命の源が流れ、徐々に水たまりを広げていっている。

 仲間が死んだからだろう。私を遠巻きに囲う不審者達の間に、動揺が走った。

 

「な、なんだよこれ……話が違うぞ。ISを無力化すれば楽勝って話だろ……」

 

 怯えるように、若いと思しき男が言った。

 私はそれを鼻で笑う。

 

「あのさぁ、束さんはこれでもIS技術の第一人者だぜ? 何が強みで何が弱点かくらい分かってるっつーの」

 

 血を滴らせる日本刀を担いで、男達を馬鹿にする。

 彼らの着眼点は決して悪くなかった。IS学園だけでなく、各先進国の多くは防衛力としてISを採用しており、重要施設には最低一機配備されている。それは現代兵器に対して絶対的なアドバンテージを有するからだ。

 しかしそれを重視するあまり、歩兵をはじめIS以外の防衛力はかなり低いという欠点を生んでいた。ISはあくまで事後の防衛力に役立つだけで、予防線として使える場面は少ない。光学迷彩などの隠密行動を可能としているから攻撃、迎撃、奇襲に特化しているためだ。それを無力化すれば、残るのは丸裸にされた操縦者と、ISに予算を割くために弱くなった現代兵装だけ。奇襲で混乱し、更に無力な一般人の避難もしなければならない側の応戦などあってないようなものだった。

 そう認識していたからこそ、男達は動揺している。

 

「バリア発生装置は一つだけだと思った? それとも、束さんが協力してる事が予想外だった? ひょっとすると、束さんの生身の実力に驚いてる? だとしたら大間抜けだねぇ! ちーちゃんしかマトモに付いてこられなかった束さんが弱い訳ないじゃん!」

 

 その動揺を突き、士気を傷つけ、傷口を広げる。

 ――この襲撃者達は、女尊男卑風潮の被害者達だ。

 ISが世に広まって、増長した愚かな者達に弄ばれ、犠牲にされ、捨てられた男達の集まり。IS憎し、女憎しと凝り固まった思想の者達。家族を奪われ、怨み骨髄と気炎を上げる真っ当な人々。

 彼らの怨みの原因は、考えなしにISを広めた私にもある。

 男達も、私がISを造らなければと、そう怒り猛っていた。さっき斬り捨てた男がそう言っていた。生まれてこなければよかったと言っていた。

 

 それを私は否定しない。

 

 全てに非があるとまでは言わない。愚かな人間が先走り、人を虐げている部分に、私の意志は介在していないのだ。全知全能の神でもあるまいし、自分一人で全てを変えれたとは思わない。

 ――それでも、ふと、考える事がある。

 星の未来を知り、ISは『あってよかったもの』と思えるようになった。

 しかし”平行世界”の末路を知り、本当にそうかと揺らぐ事もある。

 ”平行世界”に於いては――結果的にとは言え――世界を救いもするし、滅ぼしもする武器だった。

 聞き知った”平行世界”は少年達の人生そのもの。それ故、分からない範囲も少なくない。知り得た情報も断片的で、ヴァベルと和人という二人を介した主観も混じったものだ。事の是非はともかく、精確性はやや下がる。とは言え、彼らの壮絶な人生の根本に、女尊男卑を齎したISの存在があったのは疑いようのない事実。

 ISをどう扱うかは、それに携わる人間が決める事なのだ。

 

 だから私は、”平行世界”の話を聞いたあの日に改めて決意した。

 

 

 

 桐ヶ谷和人を守ろう、と。

 

 

 

 世界を救う時も、世界を滅ぼす時も、決まって中心には『彼』がいた。ただ巻き込まれた脇役ではない。人と世界を守る(英雄)、あるいは世界の毒たる()という当事者として事の渦中に立っていた。

 なぜか。

 人に絶望していながら、彼はなぜ人を守っていたのか。

 人を傷つけ得る(IS)を最後の最後まで使わなかったのか。

 ……単純な事だ。

 

『みんなといっしょに居たい』

 

『ともだちはみんな居なくなったから』

 

『みんなと、またいっしょに居ることが、ぼくのユメ』

 

 《ユメ》と幼い彼は言っていた。彼はただ、そう願っていた。

 その《ユメ》は、ISのせいで生まれた歪み。ISが女尊男卑を、『織斑』への批評やレッテル付けを呼び込んだせいで、それは生まれた。

 ――その《ユメ》が篠ノ之束の罪。

 彼が剣を振るう理由も、また。

 

「お前たちには悪いけどさ。束さんにも、()()()()()()ってのが出来ちゃったんだよね」

 

 《桐ヶ谷和人》――《織斑一夏》が虐げられたが故に生じた人間――の《ユメ》も、在り方も、生き様も、そのすべてが私の罪の証。

 故に、罪を贖う必要がある。

 そして彼の《ユメ》を成就させる事こそが私の贖い。

 安全という物質的幸福を死守しよう。

 安寧という精神的幸福を堅守しよう。

 彼が世界を守るなら、力を貸そう。

 彼が世界を滅ぼすなら加担しよう。

 

「お前たちも同じでしょ? じゃないと、命懸けないだろうし」

「ふ、ざけやがって……元はと言えば、テメェのせいだぞ!」

「――そうだね」

 

 びきびきと、目元に青筋を走らせた目出し帽姿の男が突撃してくる。手にしているのは散弾銃。

 地を蹴る。引き金が引かれるよりも早く距離を詰め切り、刀を振り下ろす。肉と骨、内臓を一太刀で斬り裂いた。

 上下に分かれて落ちる男を避けて、警戒心を露わにする集団に向き直る。

 

「でもま、無実の人を巻き込むコトを決めたのはお前たち自身だからね。同じ穴の(むじな)だよ」

 

 ――彼を害する敵も私の罪ではある。

 私の罪で生まれた悪。どこかでボタンを掛け違えれば、彼らこそが今の『和人』の立場に収まっていた。その悪を破り、善良な人々を守っても、私の行いは悪のまま。マッチポンプ染みた偽善に過ぎない。獣に堕ちた『彼』を私が止めるようなもの。

 私の罪で生まれた罪を止めたところで、軽くはならない。むしろ悪としてより深まっていく一方だ。

 だが、それでも――――

 

「ほら、掛かってきなよ。顔と名前は憶えておくからさ」

 

 ――――私は、彼を守ると決めた。

 たとえ、本当の意味では贖えてないとしても。

 たとえ、それで悪事を働く事になったとしても。

 私は、私だけは彼に刃を向けてはならないのだ――――

 

     *

 

 上陸していた歩兵を斬り捨て、その足で港に停泊していた物々しい潜水艦に侵入。内部にいた男達も見敵必殺で殲滅する。

 その後、潜水艦上部ハッチから顔を見せていた機材――IS用ジャミング機――の電源を落とす。機材の全容を解析した後、中心部で動力扱いされていたコアを抜き取る。

 

「コア・ネットワーク側から起動の阻害、か。この子達を無理矢理苦しめる形をするなんて……コレを考えたヤツ、ただじゃおかない……」

 

 回収したコアを握り締める。ぎり、と奥歯が音を鳴らした。

 しかし、ふと脱力する。

 

「……最初に兵器扱いにした束さんが言えたことじゃないか」

 

 そう自嘲を零す。

 それから(ソラ)を見上げた。

 

「いつの日か、飛ばせてあげるからね……」

 

 コアを翳す。

 陽光を通して、薄青いコアがきらりと煌めいた。

 

 






・篠ノ之束
 ISの発明者。
 ISが世界を変えたのか。
 世界がISを変えたのか。
 ――どちらが正しいかは定かではない。
 確かな事は、世界は歪に歪んでいる事だ。それ故に虐げられ、埋没した才の子の足掻きは、その生き方すらも彼女の罪。

 だから天災は個人に加担する。

 他の罪は贖えない。だから背負う。
 ――少年が背負っただろう《悪》を背負う。
 世界を守るとも、滅ぼすとも、天災は少年だけは裏切らない。止めるためと敵対もしない。
 世界を滅ぼす時は、その《悪》すらも背負う覚悟だから。
 《ユメ》を知るからこそ孤独にさせない決意を持ったから。
 故に彼女は、なにがあろうと少年の敵にはなり得ない。

 ――他者から見れば、一個人だけを優遇し、他を切り捨てる人格破綻者。

 その姿、正に《天災》の名が相応しいものである。
 罪の名を背負う事を彼女自身も認めたのだった。


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