インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:アスナ、ラウラ

字数:約八千

 ではどうぞ。




動乱 ~騒乱のすぐ横で~

 

 

 二〇二五年六月二十二日、日曜日、午後十二時三分。

 第一アリーナ賓客席・東。

 

 アリーナへの襲撃は唐突な出来事だった。

 それを予期出来た人はいない。アリーナの障壁が破られる直前、辛うじて放送席にいる少年が、選手である生徒会長に注意を喚起できたくらいなもの。そのほぼ直後に破られたから反応出来ても対応は出来なかっただろう。

 ビーッ、ビーッ、と警戒心を掻き立てる音が鳴り響く。

 脳裏で警鐘が木霊している。恐怖心をも掻き立てる赤の光が、シャッターが下り、閉じ込められた賓客席を満たしている。

 緊急事態だからシャッターが下りたのはまだ分かる。だが出入り口の扉が固く閉じられている点は不可解で、賓客席にいた各国首脳を護衛していたIS操縦者達の話を聞いたところ、おそらく指令系統を乗っ取られているという予測が立った。その時点で取り乱した他国の権力者がISの展開を指示したが――なぜか、操縦者はISを展開できなかった。

 絶対の力と信用し、護衛にまでしていたISが使えないと知り、場は混乱に満たされる。

 

「■■■■――!」

「■■■■――?!」

 

 混乱は興奮を呼び、興奮は理性を忘却させる。

 取り乱した他国の権力者達は各々の母国語で操縦者を詰り、焦り、我先にと扉まで進むが立ち往生。護衛の操縦者達も状況を打開しようとはするが、護身用に拳銃を持っているくらいで、ISを使えない彼女らは――少なくとも機械に対して――無力だった。ISを介してシステムクラックをしていたから、それを使えないせいで何も出来ないらしい。

 つまり私達は、最強の防御壁であろうシールドバリアを突き破る兵装に怯えながら、ただ救助を待つ事しか――

 

「――ううん、違う」

 

 小さく、周囲の喧騒やアラート音で掻き消されるくらい小さく、否定する。

 救助を待つ。確かに、それは現実的な意見だ。物理的な解決手段が無い以上はそれが賢明である。下手に騒ぐ事なく冷静さを保つのもかなり労力が要る事だ。

 ――なら、どうして冷静さを保たなければならないのか。

 勿論、状況把握を精確に行い、わずかな変化や手掛かり、救いの糸を見逃さないためだ。

 私に現状を打破する力はない。権力も、発言権も無い。

 でも、本当に何もできないのかと問われれば、それは違う。私でもできる事はある。

 

 例えば、そう――迷宮区には踏み込まなかったが、ボスの情報を集めていた彼女のように。

 

 下手に動けない事に変わりはない。

 でも情報を集めるだけなら、自分の身を守るためにやる意味はある。やらないで後悔するくらいならやって後悔した方がいい。

 周囲をぐるりと見回す。権力者たちは焦慮に騒ぎ、護衛の操縦者達もだんだんと冷静さを失い始めている。中には通信機や携帯端末を取り出し、どこかに連絡を取っている人もいた。アリーナの外で待機している人達に救援を呼びかけたのだろう。

 

 ――たぁん、と乾いた音が空気を貫いた。

 

 誰かの携帯端末が発信源。断続的な機銃の音と、外国語のスラングが木霊し、呻きと共に通信は途絶。周囲の困惑が緊張に張り詰めるのを肌で感じた。

 アリーナの外に逃げても襲撃者は居るらしい。

 学園内のアリーナに攻め込んできているからこれは想定内。予想外と言えば携帯端末を使えた点だ。電子機器を一括で使い物にならなくしたからISは起動せず、アリーナの扉も動かず、従って携帯なども使えないと思っていたが、実際は違うのかもしれない。

 

「そういえば乗っ取られたって……」

 

 そこで、さっき操縦者達が話していた内容を思い出す。

 その前提知識をド忘れしてしまうとは自分もかなり混乱しているらしい。深呼吸の後、軽く頭を振って思考をリセットする。

 

 ――状況を整理しよう。

 

 私は静かに頭を回転させた。

 自分達は今、謎の襲撃者の危険に晒されている。

 賓客席からは出られない。出入り口の扉は、指揮系統を乗っ取られているためと考えられる。

 ISは使えない。詳細は不明だが、アレも精密機器の一つだからそれ用のジャミングをされている可能性が高い。しかし携帯端末を含め、電子機器の類はまだ使えている。少なくとも外部との連絡はまだ断絶されていないらしい。

 アリーナの外で待機していた人達も、襲撃者と交戦中。賓客席を脱出したところですぐ安全とは言えない。

 襲撃者の武装はアリーナ内部にIS、外部に銃火器。しかし外にもISが存在する可能性はある。つまり未知数だ。

 対してこちらの戦力はかなり乏しい。シャッターの向こうから爆発や轟音が聞こえる以上、おそらく襲撃者と戦っている操縦者がいる。それは多分更識楯無という少女だろう事はすぐに察せた。問題は、彼女以外のISは現状起動できないでいる事だ。どれくらいの範囲内だと動かせないかは不明だし、そもそも何故彼女は動かせているのかも不明。

 度々聞こえる轟音が、シャッターで覆われた観客席を攻撃しているものの可能性は考えない事にした。

 

「……これ、は……」

 

 顎に指をあて、頭を悩ませる。

 分からない事が多い上に、防衛側の戦力が実質一人なのに対し敵側が多方向からの同時攻撃中。作戦とか立てる以前の問題だ。

 ――それなら、作戦を立てられるように情報を集めるだけだ。

 私は肩から下げていたバッグに手を突っ込んだ。その中から、一つの小さな機器を取り出す。耳を通せる穴をあけたイヤホンマイク型のそれは放送席に座る彼も着けていた代物。近い将来《レクト》の目玉商品の一つになるであろうウェアラブル・マルチデバイス、《オーグマー》だ。

 

 ――昨日の会食の時、彼はオーグマーの試験運用の契約を結んだ。

 

 発売されれば現行の携帯端末に取って代わるだろうオーグマーは、会話やメッセージのやり取りをオーグマー同士で行う事が前提にされている。つまりもう一人オーグマーを使う相手が必要になる。

 《レクト》や開発者である重村教授としても、試験データは多い方がいい。

 そこで名前が挙がったのが私だった。自分も昨日聞かされた事だったが、なんでも彼とプライベートで交流を持てて、VRやARに一定の理解・関心を持っていて比較批評を出来ると見込まれる人物の一人が自分だったのだという。直葉達はどうなのかと思ったが、単純に彼女らにはまだ話をしていないだけらしい。

 とは言え、どうも実利面の事情だけではないらしい。

 それは茅場晶彦が、SAOのデスゲーム化で出た犠牲者、また囚われた人達、更に関係機関への贖罪のために、オーグマー開発に全面協力しているからだ。

 そもそも重村教授は、VR技術の権威・茅場晶彦が所属していた研究室の教授を務めていた人物。須郷信之や、茅場の恋人・神代凛子も、そこの出なのだという。

 その教授はSAOがデスゲームと化した事で様々な誹謗中傷に遭った。須郷信之が黒幕と分かっても、同じ研究室の出である以上境遇はあまり変わらない。AR技術は注目されていたが、その風評が邪魔をして中々上手く事を運べなかったのだという。具体的に言えば『テスター』が集まらなかった。テスターが居なければデータが集まらず、従って研究も進まない。

 その状況に茅場晶彦が介入した。その介入というのが、彼と私のオーグマーテスト。民生品として完成すれば、まずはSAO事件に巻き込まれた当事者約一万人を優先的に、次に被害者の遺族、関係機関の所属員に流通させていく事が、茅場晶彦の目標だという。

 実際悪いのは須郷信之なのだが、それに気付けなかったから――と、団長は負い目に感じているのだと察した。師と仰ぐ人が悩んでいる事の遠因が自分にあると知ればその気持ちになるのも分からなくはない。

 絶対成功させたいと思い、浮かび上がった人選が彼や私だったのだろう。

 

 閑話休題。

 

 そんな複雑な事情があって手元に転がり込んできた機械を左耳に付けた。

 ヴゥン、と左耳周囲に慣れない振動を感じた。そう思った時には、視界に電子的な映像が幾つか浮かび上がる。

 現実にいるのに、仮想世界にフルダイブしたような錯覚を覚えそうになりつつ、私は昨夜の内に整理したタブ内から検索ブラウザを立ち上げた。同時に携帯端末を取り出し、テザリング機能をオンに変更。すると設定していたオーグマーのアドレスとリンクし、ブラウザのホログラムがニュースサイトに飛んだ。

 それから見出しだけざっと見た限り、流石に襲撃騒動の情報は上がっていない。

 まあそれは仕方ない。なにせ発生してからまだ五分足らずだ、たった五分で記事に出来る程の情報を得るなんて現場にいない限り不可能である。そして現在進行形で事態が進んでいる以上、現場にいて呑気に原稿を書く人なんてまずいない。

 ならばと、検索カテゴリを『ニュース』から『動画』へと切り替える。

 すると狙い通りトップにIS学園トーナメントのライブ配信動画があるのを見つけた。最近のネットはテレビ中継だけでなく、動画のライブ配信も手掛けている企業があるとエギルから聞いていたのが功を奏した形だ。

 動画は一年、二年、三年のトーナメントに分かれて配信されている。それらを複数タブで同時展開させた。

 

 ――視点は、いずれも俯瞰視点だった。

 

 どうやら電光掲示板付近にカメラを設置して、そこから俯瞰視点で全体を捉えるようにしているらしい。

 一年生の動画では、水を操る【海神の淑女】を纏った楯無が、炎を操る金髪覆面の女性と戦っている光景が映っている。能力の相性は五分五分。機動の腕も大差はないように見える。千日手、というヤツだろうか。

 二年生の動画には、バトルフィールドに誰もおらず、ただシャッターが下りた観客席が映っているのみ。一年次より早く試合が終わったのか、それとも襲撃者が向かっていなかったのかは不明だ。

 三年生の動画には、地に立つ女性と、空から見下ろす少女の姿があった。

 女性は織斑千冬。黒ずくめの全身タイツのようなISスーツを纏い、腰の左右に一本ずつ、後ろ腰と背中に交差して二本ずつ日本刀と同じ構造の刀剣を佩いている。そしてその手に握られているのは【打鉄】の近接ブレード《葵》。全長一七〇センチに上る大太刀を彼女は生身で手にしていた。

 対する少女が纏っている機体は【打鉄】だろうか。カラーリングは黒に染め直されているから、襲撃してから強奪したなどではなく、持ってきたものだろう。

 生憎と少女の顔はバイザーで隠されていてよく分からない。背丈は、おそらくユウキらとそう変わらない。

 

 そうして少女の全身を見終えた時、強い既視感を覚えた。

 

 知っている。

 私は、彼女を――彼女に似た人を、見た事がある。

 

 ――似てる、なんてものじゃない。

 

 脳裏に浮かぶのは、SAOに乱入した須郷信之(アルベリヒ)に隷属させられていた少年の姿。当時彼は顔にバイザーを付け、西洋甲冑を纏い、漆黒の大剣を手に戦っていた。彼の姿と――もっといえば、《桐ヶ谷和人》という少年と、襲撃者の少女は重なって見えていた。

 腰までなびく濡羽色の髪。

 装甲とスーツから除く、乳白の肌。

 華奢な体躯が見せる泰然とした姿。

 少年が元のまま成長していれば、あるいは織斑千冬がもう少し若ければ、きっとあの容姿になるだろうと思わせる少女だった。

 

「どういう事……?」

 

 他人の空似だとか、世界に似てる人は三人いるとか聞いた事はある。それで済めばいい。

 ……けれど。

 もし、仮に、あの少女が《織斑》の血縁者だとすれば――――思っていたよりも遥かに、あの家は闇が深い。戸籍上からも存在を消された姉か妹だとすれば蒸発したという両親は犯罪組織に娘を売った事になる。彼ら彼女らの血からクローンを作り出したのだとすれば、両親の蒸発もかなり疑わしいものだろう。

 ――クローンと言えば。

 時折クロエという少女と彼がまるで姉弟であるかのように見える事がある。

 更に言えば、この場には彼女と瓜二つの少女がドイツ候補生として立っていた。見間違えそうなくらい酷似している事は決して無関係ではあるまい。

 

 本来、血縁関係のない和人とクロエの見た目の相似。

 

 さらに、外国の軍人と瓜二つの容姿。

 

 そして、なにやら事情があって篠ノ之博士に拾われたというクロエの過去……

 

「……」

 

 イヤな想像だ。

 今は情報を集める事に集中するべきだと分かっているのに、思考が逸れる。そうあって欲しくない――――そう強く思うほど、それが真実ではないかという予感が強くなる。

 はぁ、と深く息を吐く。

 

「明日奈、大丈夫かい」

 

 その様子で、不安がっていると思ったのだろう。兄が表情を和らげながら――それでも緊張感は依然としてある――微笑みかけてきた。

 それにどうにか頷きを返す。笑みを浮かべたつもりだが、多分強張っているだろう。

 

「大丈夫よ、兄さん。そりゃあ不安だけど、ボス戦の時に比べればマシだもの」

「……それ、僕が何も言えなくなるんだけど」

 

 私の返しに、兄は困ったような苦笑でそう言った。

 

「……父さん達は、大丈夫かな」

「分からない。電話しても出ないし、一応メッセージは送ったけど既読も付いてない」

 

 《レクト》のCEOとしてIS産業と学園に出資している父は、母と共に他の学年の試合を見に行っていた。《レクト》は政府からコアを貸与されている訳ではないが、将来有望な子に企業のCMゲストの契約を頼んだり、顔繫ぎしておく事がメインだという。だからそれを望んでいる二年、三年の試合を見るべく、今日は別行動していた。

 しかしこの騒動だ。連絡手段はまだ生きているが、レスポンスが無いのでは安否確認も出来ない。

 無事な事を祈りつつ、私はARで展開している動画タブを順に見ていく。

 

 そして、第一アリーナを映す画面に、一つの異物が入り込んだ。

 

 全身鎧に兜を被ったような全身装甲(フルスキン)の機体が虚空からいきなり現れ、アリーナに四つあるピットの一つに飛んだのだ。その方向に放送席があり、謎のISは画面手前のピットに向かったため、どうやら北東――つまり、この賓客席の右横のピットに居るらしい。

 ゾッと、背筋にイヤな汗が流れた。

 その謎のISは数秒ピットの入り口で滞空していたが、ゆっくり中に入っていき、その姿が見えなくなる。

 その間もフィールドでは楯無と炎使いの操縦者が争っており、その振動がこちらにも伝わってきていた。動画のコメント欄を見ても、さっきのISに注目していた人はあまりいないようで、ほとんどが水と炎のISの戦いの内容ばかり。

 これ以上ネットを巡回しても情報は手に入らなさそうだ。

 

「……繋がるかな……」

 

 ならばと、場合によっては事態解決に動いてそうな少年のオーグマーに通話コールを掛ける。しばらくコールの音がするが、しかし出る気配はない。

 出る余裕がないのか、それとも今はオーグマーを外しているから分からないだけなのか。

 ともあれ彼を頼る事は出来なさそうだと判断し、私はコールを切った。

 ――その時、どよめきが耳朶を打った。

 それまで焦慮と恐怖の声に満たされていた空間のリズムが乱れ、困惑が起きる。次いで驚きの声が上がり、最後に歓声に至った。

 人が動き出す。出入り口が開いたらしい。兄に促される形で、私も人の流れを追った。

 

「地下シェルターまでご案内します! 焦らず、落ち着いて移動してください!」

 

 廊下を出てすぐ、緑髪の女性教師・山田麻耶の声が耳朶を打つ。

 彼女はエネルギーブレードを手にしていた。それで入り口の扉を切り裂いたらしい。あのエネルギーブレードは和人の護身武器だった記憶があるが、放送室で一緒にいた彼女に避難誘導の一助になればと託したのだろう――

 

 

 

 ――――キンッ

 

 

 

「え――――?」

 

 東側の出口に向かおうとした足が、ふと止まる。

 

「……明日奈?」

 

 兄が訝しむ目で見てきた。彼には聞こえなかったのか、それとも逃げる事を優先していて聞き逃したのか。

 でも私は確かに聞いた。

 剣士(アスナ)としての経験が、それを逃さなかった。微かではあったが、いま、確かに剣戟の音が……

 

「明日奈、何をしてるんだ。早く逃げるよ」

「兄さん。でも、いま……」

 

 もどかしくなったか、手を引いて避難を促してくる兄。私はどう伝えるべきか分からず狼狽えた。

 

 ――そもそも、予想通りだとしても、それからどうするの?

 

 剣士(わたし)の脳裏に、令嬢(わたし)の声が響いた。

 冷たく、無機質な声の主は、現実に打ちのめされている自分自身。あの世界は、剣士である日々は終わったのだと、現実を見ろと、そう訴えかけてくる理性の声だ。

 

 ――いい加減、現実を見なきゃ。

 

 ――もう()()()は剣士じゃないんだって。

 

「明日奈!」

「ぁ……」

 

 業を煮やした兄に強く手を引かれた。体が引っ張られ、転倒を拒否するように足が動く。

 離れる。

 離れていく。

 剣戟が聞こえた場所から、確実に離れていってしまう。

 

 ――――そして、視た。

 

 無機質な廊下を往く、朧気な剣士(アスナ)の姿。紅白の騎士装と銀鏡仕上げの細剣という出で立ちの剣士が、私が行きたい場所に向かっていた。

 ”あの世界”に居た時に取っただろう行動の幻影。

 だからこそ――今の無力な自分が、悔しくて。

 それでも、”自分にできる事なんて無い”という認識が抗う力を奪い、私は悔しさを噛み締めながらただ逃げるだけだった。

 

      ***

 

 元日本代表候補生・現IS学園教員の山田麻耶の手引きにより、私達は閉じ込められていた賓客席から脱出し、東の出口からアリーナの外に出た。

 そこには自分と瓜二つの少女クロエ・クロニクルがいた。どうやら彼女が地下シェルターまでの案内人らしい。

 

 ――桐ヶ谷(オリムラ)和人(イチカ)はどこだ?

 

 事前情報によると織斑教官、更識楯無、クロエ・クロニクルの誰かから一定以上離れると、発信機付きチョーカーが爆発すると聞いていた。しかし辺りを見回しても少年らしき姿は見えない。

 恐らく拘置所とやらに退避したのだとすぐ結論を出す。あの少年がISを墜とせたのは山田教諭が持っていたエネルギーブレードがあったからに他ならない。それを他者に渡し、避難誘導を可能にしつつ、足手纏いになる自身は安全圏に退避する。

 思うところも無くはないが、合理的な対応ではある。そもそもこんな緊急事態で嬉々として前に出ていれば顰蹙ものだから退避するのは当然だ。

 

 ――しかし、我先にとはな……

 

 思うところ、というのがそこだった。

 クロニクルも避難誘導に動いているならせめて最初の時まで一緒にいればよかったのではないかと思う。わざわざ教諭に渡さず、彼自身が扉を切り裂き、クロニクルと避難誘導を一緒にすれば二度手間にはならなかった筈だ。彼と親しいと判明したレクトCEOの令嬢は、どうやらSAO時代の戦友――つまり彼が”守る”と誓ったメンバーの一人なのだから。

 少し、失望した。

 

 ――その瞬間、轟音が背後から上がった。

 

 思わず、シェルターに向かっていた足を止め、振り返る。

 音の発生源はアリーナの外壁だった。ぽっかりと穴を開け、もうもうと粉塵を上げる外壁からゆっくりと全身装甲のISが出てくる。PICを使わず敢えて徒歩を使っている辺りが余裕の表れだ。

 予想はしていたが、やはり襲撃者達はISを使えるようだ。

 それに危機感を煽られた企業や各国のお偉方がまた走り始める。私も、その後を――――

 

「――和人、君……?」

「む?」

 

 後を追うべく踵を返したところで、近くにいた結城家令嬢が口にした名前に意識を取られた。

 栗色の長髪を結わえ、礼服を着ている彼女は、兄らしき男の言葉に耳を貸さず茫然自失の体で一点を見つめていた。その視線を追う。

 敵機がゆっくり歩く先に転がっているものが、結城家令嬢が見つめている正体だった。

 

「ぐ、ぬ……」

 

 地面に転がっていたそれが、ゆっくりを身を起こす。

 白のカッターシャツも白髪も血に染まり、肩口まで袖が擦り切れてしまっていた。杖替わりに黒い刀身の刀を突きたてているが、白い刀身の刀を持つ左手と共に、その握る力は弱々しい。

 

「まさか、()()()()()で足止めをしていたのか……?!」

 

 現代兵器ではISに勝てない。それが世間に広まっている常識だ。

 あの刀もおそらく特別製で、バリアを発生させやすい従来の機体には十分効果があっただろうが、相手が全身装甲では分が悪すぎる。

 それを分かった上でレーザー兵装を渡したのだとすれば――それは流石に、ISを舐め過ぎだ。

 戦場では油断し、慢心した者から死んでいく。あの少年も以前ISを墜とした事で慢心したのだろう。足止めする心意気も蛮勇であり、一軍人としては当然の報いと思えた。

 

『オイオイオイオイ……いい加減意固地になるのはやめにしねェか? ンなつまらねェ死に方したくないだろ、お前ぇも』

 

 少年に近付くISから、合成音声が流れた。変声機を使ったような声だが口調からして男のそれだろう。

 少年は血を吐きながら、近付くISを睨み上げ――口の端を吊り上げた。言葉はなかったが、男の促しに乗る気がないのは態度でありありと分かる。

 全身装甲のISは、両手を挙げて肩を竦めた。

 そして、顔に位置する部分の無機質なモノアイがこちらを射止めた。

 

 






【状況】
・アリーナの制御は乗っ取られている
・携帯端末などの連絡手段は途絶していない
・第一アリーナで楯無と炎使いが激戦中
・第二アリーナは平穏
・第三アリーナは千冬と千冬似(?)の少女が対峙中
・第一アリーナ外部にて和人対全身装甲IS、オブザーバーに明日奈、ラウラ
・第一アリーナ内部では山田真耶が扉を破壊して退路確保、外部にてクロエが避難誘導中


・オーグマー
 実は和人だけでなく明日奈にもテスター依頼があった。
 目的はメールや通話を問題なく行えるか、行った時にバグ等がないかのテスト。現状ネット経由には携帯端末のテザリングが不可欠。
 茅場晶彦の贖罪の表れであり、将来的にはSAO事件の被害者を優先して、民間全体に流通させていく方針。


・結城明日奈
 昨夜の会食で世界に認知された存在。
 《レクト》ご令嬢というよりは『桐ヶ谷和人と親しい』という意味で認識されている。
 剣士としての意識と現実の無力さに打ちひしがれており、メンタルよわよわに。だって原作七巻の問題(親子の確執)が解決してないからネ!
 轟音と喧騒渦巻く中で微かな剣戟の音を拾う聴力は半ば職業病かもしれない。

 副団長してただけあり聡明。動揺しない胆力は、SAO時代に養った。
 傍から見ると慌てる軍人と冷静な一般人の構図。和人と親しいと知られてなかったら、手引きしたスパイ疑惑掛けられてもおかしくないね(知られてる今でも可能性はあるが)


・ラウラ・ボーデヴィッヒ
 ドイツ代表候補生。
 まだまだ冷たい《ドイツの冷氷》時代。
 アンチ一夏、ビバ千冬。
 軍人として慢心する者、兵器を軽んじる者を軽蔑する思想がまだ根付いているため、和人が足止めに残った理由を『以前ISに勝ったから』という思い上がりと断じている。
 【無銘】を使ってない点で傲りと取れるかもしれない。まともな武器も防具もなく、刀二本と生身で数分ISを凌げてるだけ評価規格外だが、ラウラからすると『思いあがった』という時点で減点対象なので関係ない。

 合理的な判断を高評価しているので、ISを動かせず足手まといになっている現状でも避難最優先にしていた事で相殺している考え。
 まあ護衛が任務だからね、仕方ないネ。
 だからさっさと逃げればよかったのに……
 ヤベーやつに見つかった。


・桐ヶ谷和人
 たった数分足らずで瀕死状態の主人公。
 【無銘】は使えるが敢えて使ってない。敵機のログでISを使ってると思しき映像が世に公開されたら計画が崩壊するため、敢えて生身で抗っているのが実情。可能性があるなら徹底しておくのが安全パイ。
 その結果死にかけているので本末転倒感が否めない()
 まだ生きているのは相手が手加減してくれているお陰。


・全身装甲IS
 中華包丁っぽいダガーを手にしている敵機。
 和人の事を知っている素振りを見せている。イッタイダレナンダロウナー(棒)
 最後の最後に立ち止まっている明日奈とラウラを見つけた。



 設定集含めてですが今話で300話に到達しました。今後も本作を宜しくお願い致します・



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