インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:和人、束、??

字数:約一万二千

 ではどうぞ。




発覚 ~愚直な狂気~

 

 

 【黒椿】のスペックは、アリーナまで移動する間の道中でタブレット端末を流し読みしていた。午前中に菊岡から概要を聞かされていたので武器の種類に関しても把握はしていた。とは言え一次移行してからはすぐに束博士達に預けたため、発現した単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)については知らなかった。

 武器に応じて発現する――という点には、あまり驚きはない。

 【暮桜】の単一仕様能力《零落白夜》は搭載されていた雪片が無ければ使用不可能。元々雪片は物理刀とエネルギーブレードの二形態を備えていて、そこに対エネルギー形態が加わった形が、《零落白夜》の在り方だ。キッカケはどうあれ雪片が無ければ始まらない。そのパターンが、武器ありきの発現の一例。

 もちろん発現するにあたって新たな兵装が増えるパターンもあるが、そもそも二次移行(セカンド・シフト)する時点で既存の武器・兵装を使っての経験を前提にしているため、この場合の方がむしろ少ないだろう。

 つまり単一仕様能力の発現パターンに於いて、武器ありきの方がオーソドックスと言えたのだ。

 

 だからと言って、【黒椿】に積まれていた――つまりスペックデータとして記載されている――武器が全て試合で使えないのは予想外。

 

 多分、誰も予想出来ないと思う。

 能力の詳細も同じ。《覇導絶封(エネルギー増幅能力)》、《万象絶解(物質分解能力)》、《空白絶虚(エネルギー消滅能力)》と、それぞれ強力なものではあるが、発現経緯である人格分裂の事を前提にすれば違和感は無い。だからと言って驚きが無かった訳ではないが、三つ目なんかは酷い皮肉が利いているから納得した程だ。

 

 そんな、《零落白夜》と同一と目されるため、使用許可が下りるかもしれない《空白絶虚》だが――最終的には、これも禁止されると俺は考えている。

 

 そもそも《零落白夜》とは事情が異なる。

 《零落白夜》がエネルギー系統の兵装に対して相性が良いのは周知の通り。最早エネルギー兵装の天敵と言っても過言ではないその性質は、出力を限界まで抑えなければ絶対防御すら斬り裂ける。事実【暮桜】のモノは限界まで調整された上でほぼ一瞬の接触(一太刀)でシールドエネルギーを枯渇させられる。使い手の腕にも依るだろうが――むしろ、使い手が上手くなければ人が死ぬ。一瞬の接触でSEが尽きるなら、すぐに解除しなければ操縦者を斬る場合だってあり得るからだ。

 だがそのリスク、ISを使う上ではどんな兵装でも大なり小なり存在している。そのリスクを理由に使用を許可しないなら、そもそもISの使用すらご法度扱いに出来るだろう。

 利権者達はそれを恐れているから《零落白夜》を禁止しない。日本側は自国の利益の為に、他国は自国の専用機の機能を同じように制限されたくない為に、前例を作りたがらない。

 それの隠れ蓑になれる理由が《零落白夜》にはあった。発動中シールドエネルギーを急速に消耗する、という大きなデメリットだ。他の操縦者には無いそのデメリットが心理的に受け入れられる理由になり得た。それを技術でリカバリーしたのが“織斑千冬(ブリュンヒルデ)”であり、だからこそ神格化されている部分もある。“あの人は、諸刃の刃を使いこなせる操縦者だ”と。

 《空白絶虚》も、効果が同じならデメリットもまた同じ。

 しかし――その効果範囲が、大きく異なる。

 《万象絶解》との違いは物理かエネルギーかだけ。分かりやすく言えば、《ⅩⅢ(影打ち)》の武装をどれか一つ出しているだけで全ての武器に適用される能力なのだ。適用武器や範囲が汎用力に富んでいる。

 SAOでやっていたような武器の雨をして逃げ場を無くせば、それで終わる。

 多分それが分かった時点で試合での使用は禁止されるだろう。

 

 ――だけど、仮令禁止されなかろうと、そもそも《空白絶虚》を使う気なんて毛頭無い。

 

 《空白絶虚》の性質そのものは《零落白夜》とまったく同一。名前が違うだけ――と、束博士すらそう表現した。素人も同じ表現をするだろう。

 それが一番分かりやすいからだ。

 ――同時に、“較べられやすい”という特徴も生み出す。

 所謂“比較”には、幾つかの種類が存在する。

 理解を得やすくする為の比較がある。“当社比何パーセント増”などがその一例。具体例を出す事で、その内容を正確に伝えようとするパターン。

 優劣を付ける為の比較がある。“誰それの方が点数が上だった”という間隔尺度、“誰それが一番だった”という順序尺度を用いて伝えるパターン。

 

 例えば、《空白絶虚》は《零落白夜》と同等の性質である、と伝えられれば、人は何を考えるだろうか?

 

 エネルギー消滅能力? なるほど、それは事実だ。

 エネルギー消耗のデメリット? なるほど、実際それはある。

 

 けれど、民衆からすればそれは関係無い話だ。

 

 《零落白夜》よりどれくらいエネルギーを削りやすいか、どれくらい消耗が激しいないし緩やかなど、その業界に携わっていない一般市民からすれば余剰に過ぎない。“これくらい効率よく生産出来ています”と言われても、現場の苦労が分からなければ実感が湧かない。

 故に正確な理解も得られない。

 焦点を集めるのは“世界最強(ブリュンヒルデ)と同じ能力”という一点のみ。

 すなわち、優秀な(おんな)と、愚劣な(おとこ)という関係性。《世界最強》の二つ名は、本人の技量の上に成り立っている。だが《零落白夜》があったからこそ剣一本での短期決戦で勝利出来た――と、言えなくはない側面もある。戦いが長引くほど被弾が増え、敗北確率は高まるからだ。

 俺が《空白絶虚》を使い、世界最強を下したとする。その時、《零落白夜》より汎用性に富むこの単一仕様能力があったから勝てたのだと言われれば、俺はそれを否定出来ないだろう。

 

 ――それでは、俺の価値を正当に評価され得ない。

 

 憎い相手(ブリュンヒルデ)と同じ力は使いたくない、という心情(憎悪)がある。

 世界最強(ブリュンヒルデ)を自分の力だけで越える、という心情(意地)がある。

 あの機体があったから、力があったから勝てたんだと、そう思われれば本当の意味で俺の価値は認められない。ひいては、“みんな”との願いも果たせない――かもしれない。

 

 ――これを語った時、他者からはただの可能性を危惧し過ぎと言われるだろう。

 

 だから誰にも言わない。

 効果範囲を含めて《零落白夜》と完全同一で発現すれば話は別だったが――それも、今となっては仮定の話。《ⅩⅢ(影打ち)》で出す装備を制限し、あたかも《零落白夜》と完全同一と思わせるよう使う事も可能だろうが、する気はない。

 

 ――俺は、剣士だ。

 

 デスゲームを戦い抜いた【黒の剣士】なのだ。

 仮令剣を執る理由が代わり、剣を振るう世界が変わっても、俺の意識は変わらない。

 《零落白夜》は、織斑千冬(ブリュンヒルデ)の代名詞。《インフィニット・ストラトス》の象徴。

 ならば俺は、剣士としての技(ソードアート・オンラインの象徴)でそれを打ち破る。女尊男卑、出来損ない、俺を虐げた数々の要素を、俺は俺の経験(せいちょう)だけで覆す。

 所詮はゲームの技と、嗤いたければ嗤うがいい。

 俺には俺の信念があり、覚悟がある。年月を重ねた剣術に劣る事など百も承知。茨の道である事も、先達の乏しい事も先刻承知。使える手段を敢えて封印する事が愚かな事も、全て承知の上での決断だ。

 戦った後に引き攣らせる事で、無駄か否かを証明する。

 

 “世界最強”を確たるものにしている()()()()――《零落白夜》。

 

 それを、俺は()()()()で打ち破る。

 

 天災が代わりとして出した数々の武器を見て、剣士の心がそう燃えた。

 武器には全て見覚えがあった。当然だ。今は無き天空の彼方に浮かんだ城で、共に戦った仲間達の武器。同時に三つの試練に挑んでいる三ヵ月間ずっと助けられた武器だ。

 ――みんなの武器の再現は、決して強力とは言えない。

 原子解析で視れば、その全てが単純な構造であると分かる。蒼流旋や雪片のような特殊構造なんて一切無いありきたりな武器ばかり。【黒椿】の機体のサイズと武器のサイズも、どちらも標準を下回っている以上はリーチの面でも不利である。弓はあるが、銃火器に較べれば連射性、威力共に劣っている。

 挙げれば不利な点はキリがない。

 強力な単一仕様能力(零落白夜)と数は多い通常武器、どちらかを選べと言われれば、大抵は前者を選ぶくらいの魅力の差。

 けれど――みんなの武器は【黒の剣士(キリト)】の一部に等しい。

 《零落白夜(空白絶虚)》を使うくらいなら、俺は、自身の優位を捨ててでも“剣士”としての自分を取る。あの世界にあった全てが俺の証だから。

 

 みんなの武器は、同時にみんなの死の証でもある。

 

 “もう二度と仲間は死なせない。”

 その決断は《月夜の黒猫団》の件で既にしていた誓いだ。全てを喪ったその過去は、俺に恐怖と覚悟を与えてくれる。

 それだけで俺はあの世界を生き抜いた。

 

 《世界最強》、なにするものぞ。

 

 こちらには“ソードスキル”と“みんなの武器”、そして“誓い”があるのだ、臆する相手ではまったくない。

 

 

 

 俺が臆しているのは、“みんなが死ぬ未来”なのだから――――

 

 

 

    ***

 

「――ウェァァアアアアッ!!!」

 

 目を剥き、気迫を込めた声を発した少年が、全力で駆ける。両手に握られた刀剣を並べ、大上段から振り下ろして来た。

 それを、大振りの大刀《葵》で受け止める。

 耳を劈く金属音が上がる。凄まじい圧力が大刀を、腕を押し、あまつさえ踏ん張るこちらの両脚を地面に沈めた。なんという力技か。特殊な材質と製法で作られた武器でなければ、双方の刀剣は刃毀れするか、あるいは折れすらしていたインパクトだ。

 堪らず、柄を両手で握る。

 更に強く踏ん張る――が、押し返せない。細胞レベルでオーバースペック故に人の何倍も力がある自分をして押し返せないなんて、その細腕、華奢な痩躯のどこにそんな怪力を秘めているのか。彼は二年の寝たきりから目覚めて四ヵ月、その間に度々入院していると言われ、納得出来る人はいないだろう。

 少年の形相は、鬼気迫るとしか形容出来ない。

 それが憤怒や憎悪、殺意などの人を害する意志でなく、純粋な闘志でしかないというのだから却って()()()()

 

 だが――()()()()

 

 息を吐いて、力を抜く。

 当然押し切られるが、その流れに逆らわず、横に流す。ギャギギ、と耳を劈く音が連続した。次いで、ズドン、と鈍い音が響く。少年の二刀が地面を叩いた音だ。叩かれた地面は浅くはあるが小さな陥没を作っている。

 金属で出来ているとは言え、頑丈な棒で叩いても陥没はまずしない。

 見た目にそぐわぬ怪力ぶりに顔を顰める。

 

「どんな馬鹿力してんのさ!」

 

 顰めるだけでなく、口でも言った。

 体を起こした少年は口元を歪めた。

 

「生還してからずっと軟禁生活だったんだ。仕事と勉強を除けば筋トレばかり。持久力はないが、そのぶん瞬間的な爆発力はそれなりだろう?」

 

 真似は俺の十八番だからな、と肩に翡翠の長刀を担ぎながら彼は笑った。

 ――肉体改造。

 その単語が浮かんだ。研究所に連れ去られた時でなく、IS学園に来てから彼女の身体構造を真似たのだと。細胞レベルでオーバースペックの自分と互角、あるいは上を行く彼女の身体能力を支える『筋肉』を真似すれば、今の怪力ぶりはむしろ当然だ。

 この分なら、筋肉を支える柱たる『骨』の密度、構造も真似しているだろう。

 バランスの取れた食事、適度な運動、最強を支える筋肉と骨の構造模倣――身体能力面では、既に最強格か。模倣とは言えそれを維持する努力も、改造する覚悟も本物だ。

 それは人道に(もと)る行為であり、余人に知られればズルと思われるかもしれない狂気の沙汰。

 

 けれど、私にそれを否定する権利は無い。

 

 いや、きっと誰にも無い。彼にそうまでさせるこの世界に生きる誰にも否定する権利なんて無い。彼の行動を否定する事は、すなわち《()()()()()》が生み出した歪みを否定する事に等しい。

 世界の歪みが、なんの変哲の無い子供を修羅へ堕としたのだから。

 ――目を眇める。

 黒の鎧を纏う少年は、右手に翡翠の刀を、左手に白銀の刀を握っている。それぞれが義姉・リーファと親友・クラインが使っていた武器だ。銘は都牟刈ノ大刀、陰雷。打刀を参考にしているそれらは【黒椿】の標準装備ではない。【黒椿】専用の後付装備(イコライザ)、すなわち換装装備(パッケージ)で追加された武器の一つだ。

 だからそれらを装備しても単一仕様能力は一つも使えない。

 使わなくてもいいのかと問うたが、彼は言葉少なく使わないと答えた。ハッキリと目力を込めたその返答は鮮明に映ったものだ。

 何か新しく決意したらしい――そう察する事は、とても容易。

 

 それは、彼の“努力(天才性)”を促進させる起爆剤も同じで――――

 

「さぁ、行くぞ!」

 

 一声掛けてから、彼が地を蹴った。空を駆け、また足を踏み出し――()()の床を蹴る。《展開装甲》が火を噴き、加速した。

 その間に、持っている武器が変わる。

 その間――コンマ三秒。

 二本の刀が、真紅の長槍に変わる。リーチが変わる。刺突が迫り、身を引きながらブレードを振るう――が、空を切る。長槍は、また翡翠の長刀へ戻っていた。

 ただし一刀。鞘に収まり、腰に構えられた状態で少年が肉薄する。

 攻撃を空振りした態勢では防御も回避も、共に不可能――――

 

 翡翠色の稲妻が走った。

 

 きぃん、と耳朶を貫く極めて短い音。それを知覚した時には日本刀を模したISブレードの刀身を断つように、翡翠が閃いていた。

 直後、刀身がズレる。

 

「な――」

 

 さっきの音はブレードを斬り裂いた時のものであると気付き――

 

 ()()()()

 

 斬鉄。

 名前だけは、おそらくそこらの子供でも知っているだろう有名な単語。大泥棒のアニメに出て来る侍が振るう刀の銘にも使われており、その侍の()()()とも言える技術だ。

 だが――あくまで、空想上でしかない。

 理論上では、科学技術を結集させれば可能だ。逆に言えば“人力では不可能”とすら言えるそれを、いま目の前でされたのだ、私は。

 それもかなり特殊な製法で作られている(原子レベルから硬度を操作されている)ISブレードを斬られた。

 眼前で起きた事象を理解したが、その理解を思考が拒絶する。天災と言われる頭脳が否定する。あり得ない――そんな文言が繰り返された。

 自分はもちろん、“彼女”ですら恐らく為し得ないだろう事を、今された。

 

 ――いったい、どうして?

 

 続けて浮かぶその疑問。

 理屈、理論に対してではない。むしろそれは分かっている。原子レベルで結合を見ても綻びだけを斬ったのだ。ハイパーセンサーを使っても原子単位なんて見える訳ないが、彼の【無銘】と【黒椿】はどちらもそれを可能にしている。

 見えたところで狙えるのかという問題はあるが、それはいま問題ではない。

 “彼”の成長を知り、鍛錬に付き合っていたからこそ――尚の事、疑問が尽きない。

 当たり判定のある一ドットを斬る《魔法破壊(スペルブラスト)》、武器の脆い部分を一撃で粉砕する《武器(ウェポン)破壊(ブラスト)》が出来るからなんて理由で可能にはならない。

 そもそも前提がおかしい。

 彼の成長には、必ず理由がある。先のシステム外スキルであれば、それを必要とする状況があったから――つまり、剣を取るだけの理由があったから、その理屈を見出し、技を鍛えた。たゆまぬ努力の上に成り立っただろうそれは、相応の時間を要した筈だ。

 その努力と時間――すなわち経験は、確かに彼の糧となり、《斬鉄》の基礎の一つを作っているだろう。

 だが、世界が違う。現実と仮想の差は歴然だ。《斬鉄》を為すならば、相応の試行回数があるのが普通だ。

 彼の軟禁生活は周知の事実。更識邸に居た頃も、IS学園の地下に来てからも、私は毎日顔を合わせている。鍛錬に付き合っている。楯無が相手する時だって同じ場所でその過程を見ていた。

 だから知っている。彼は斬鉄の練習なんてしていない、と。

 

 今回が初めての成功だとして――なら、()()()()()()()()()

 

「斬鉄……いつ、そんな技を…………ううん、いつ、斬鉄の練習を……?」

 

 茫然と、問いを投げかける。

 武道を学び、剣術を修めたからこそ分かる異常事態。時間が足りない彼なのに、人が一生を掛けて達成できるか否かの技術を見せられて、おかしいという違和感が警鐘を鳴らす。

 私は知っている。

 彼は努力の天才である。でも先天的な、才能の天才ではない。

 何かが、おかしい――――

 

「え? ……あ」

 

 彼は、一瞬不意を突かれたように唖然としたが、次になにかに気付いたように声を発した。しまった、という表情。知られたくない事が知られた時のような顔。

 違和感は、確信に変わった。

 

「和君、なにか隠してるよね?」

 

 問いに確信を含ませる。それが何であるかまでは分からないが――彼を、ここまで急成長させる事だ。絶対ロクな事じゃないという自信しかない予想があった。

 この天災に隠し事なんて、普通は出来ない。表情を見れば大体分かる。

 それをここまで隠しおおせたのだ。

 つまり――

 

「それ、もしかして生還した時からの隠し事だったりする?」

「ッ?!」

 

 頻繁に顔を見るようになる前から(既に隠し事をした後)だったから、私が気付かなかったという事になる。

 

 反応は、酷く分かりやすかった。

 表情を取り繕えていない。驚愕を露わに、目を剥く素直さ。隠し事は上手いが――やはり、嘘が下手だ。色々と成長しているが、根っこのところは変わっていない。

 暫く少年は百面相していた。驚き、苦悩へと変わる表情の変化を、黙って見守る。

 “ここで話せ”という言外の圧力。

 

「……うん。隠し事、してる」

 

 その圧力に負けたのか、半ば諦めたような表情でそう言った。

 表情に宿るもう半分の感情は――――なにかを覚悟した、毅然とした奮起。もしかしたらあの小娘との約束事を破ってまで試験運用を頼み込んできた理由なのかもしれない。

 

「実は……博士に、話しておきたい事がある。今後についてなんだ」

「じゃ、落ち着いて話せる場所に行こっか」

 

 【打鉄】の腕部装甲を格納し、生身の手で少年の手を引く。硬く冷たい籠手の感触。

 小さな手が弱々しく握り返してきて、かなり参っているという印象を抱いた。

 

    *

 

 地下アリーナのピットに入った私は、一旦彼をベンチで休ませ、飲み物を取りに向かった。話が長くなりそうな予感と、いきなりの展開だから話す内容を纏める時間をあげるという目的のためだ。

 地下アリーナはちょくちょく入り浸るので、管制室の備え付きの冷蔵庫の中に飲み物を幾らか置いていた。

 親友が好む微糖、無糖のペットボトルコーヒーや、楯無が好む紅茶の他に、彼が好む飲み物も入っている。彼が突っ込んだのではなく、私達が彼の好みを知ってから置き始めたものだ。カテキンが多めに入っているお茶という中々異彩を放っているペットボトルと、自分が好むココアのペットボトルを取り出し、ピットへ戻る。

 

「はい、これ」

「……ありがとう」

 

 しっかり冷やされたお茶のボトルを差し出す。やや弱々しいお礼と共に、ボトルが渡る。

 彼の隣に腰掛け、自分の飲み物に口を付ける。よく冷やされた甘いココアが口内に広がった。その甘味を楽しみながら、少年が話し始めるのを気長に待つ。

 

「――今から話す事は、荒唐無稽な話だ。正直……信じてもらえるとは、思ってない」

 

 徐な口調で、彼は口火を切った。

 

「でも、和君は信じてるんだよね?」

「……うん」

 

 眉根を寄せながらの首肯。信じたくない、でも信じざるを得ない――そんな心情が透けて見える反応だった。

 

「なら、束さんも信じるよ」

 

 それを見て、答えは決まった。

 行動をどうするかはともかく、彼が話す事は真実だろうと確信を得た。虚偽を口にしても、それならこんなに苦悩を表に出さない。嘘を吐くときは堂々として、相手に不信や疑念を抱かせない演技を彼はする。抱かせた時点で思惑通りとはいかないからだ。それは三流以下の事である。

 あの世界で人心を掌握し、印象操作をし続けた彼が、そんな下手を打つわけがない。

 その信頼の下に応えたのだが――彼からすれば、意外だったらしい。不安そうに見上げてきた。

 

「……出鱈目を口にするとか、そういう疑いを持たないのか?」

「束さんは自他共に認める“天災”だぜ? むしろ束さんの存在とかやる事自体が出鱈目そのものだよ」

 

 ISも、今でこそ世の常識扱いされているが、十年前はそれこそ眉唾物として相手にされなかったし、発明者の自分にも予想出来ないところがある。

 規模こそ違うが、斬鉄をした点で言えばこの少年は自分以上の出鱈目さを見せた訳だ。

 

「だいたい、和君がそんな深刻な顔してるって事は、現実になり得るって判断してる訳でしょ。ならそうなんだろうなって束さんは思う訳だよ」

 

 《クラウド・ブレイン事変》の事は流石に見通せなかった。小娘の存在、主張は知っていたし、論文にも目を通していたが、理解が足りなかったのだ。だから彼の行動を読めず、指示に従うばかりになった。

 その前例がある以上、信じても損はしないという考えがあった。

 というより、彼が深刻な顔をしているイコール命が危ぶまれる事態と言っても過言ではない。可能性というだけで警戒するのは必然と言える。

 

「それで、いったいどんな事なのかな?」

「……ペルソナ・ヴァベルを覚えてるかな。SAOの須郷捕縛作戦とか、モニタリングでも度々映ってたと思うんだけど」

「ああ、覚えてる。カーソルとかなかったし、ログを見ても反応が残ってなかったから記憶に残ってるよ。使ってる武器も和君の《ⅩⅢ》と一緒だったしさ」

 

 色々と謎が多かった人物だからむしろ忘れる方が難しい。NPCだろうとログに残る筈なのに、それすら無い時点でかなり異常な存在だった。

 その人物は《月夜の黒猫団》のリーダー・ケイタとの和解の後、姿を見せなくなったが……

 

「そのヴァベルがどうかしたの?」

「須郷を捕縛した後、ケイタと和解したりホロウの俺と決着を付けたりする前の時の事だ。《アークソフィア》に戻り、部屋で休みを取ると決めた時に、ヴァベルが来たんだ」

「……んー?」

 

 はて、そんな事あっただろうかと記憶を探る。ヴァベルが《アークソフィア》を訪れていた場面なんて見た覚えは無い――――

 

「――あ、アレかな。その時くらいにモニタリングがいきなり途切れた事があるけど、その時かな」

 

 そこで、ふと蘇った当時の記憶。見た事は無いが、彼が言った時期からしてあり得るとすれば、モニタリングがいきなり途切れたタイミングくらいしかない。

 そう問えば、多分そう、と少年は頷いた。

 

「多分俺だけに話すために、聞かれないようモニタリングを切ったんだと思う」

「ふーん……そんなコトが出来たんだ、そいつ……で、その話の内容が、和君が隠してた事なの?」

 

 そう聞けば、こくりと少年は頷いた。それが話したい事らしい。

 しかし、それだと、ちょっとおかしな話になる。

 

「でも、それなら斬鉄の練習を生還直後からしてる筈だよね?」

 

 “隠し事”がSAO内部に居た時のヴァベルとの密談の内容という事は理解出来た。

 しかし時期がおかしい。

 “隠し事”が成長促進の起爆剤になっている事は確かだ。でも実際に急成長を始めたのはここ最近の出来事と言える。少し前は、あんな怪力は勿論、斬鉄なんて空恐ろしい技術は見せなかったし、その練習も見なかったから。

 この時期のズレは、一体……?

 

「順を追って話すよ。まずは、一年前くらいにヴァベルから話された事だ」

 

 そう言って、一先ず疑問を脇に寄せ、話に集中する事にした。

 

 

 

「――ヴァベルは、五万四千年未来から来たユイ姉だった」

 

 

 

 いきなり、そんな事をぶちまけられ、疑問符が思考を埋め尽くした。

 未来から来た。タイムスリップか、そっかぁ……と違和感と疑問のオンパレード。だが話は全部聞いておく事にした。

 ――彼は聡明だ。

 ヴァベルの正体がユイであると、彼がそう確信しているなら、そうなんだろう。いちおう服装や使っている武器、体格も大人版のユイと同じだ。

 そう自分を納得させて話を聞いていった。

 《平行世界》で自身の死に立ち会い、五万四千年を生きた《ユイ》が、その世界の全てを捨てて時間遡行した事。

 渡り歩く世界で《義弟(キリト)》を時に助け、()()()――とにかく、命を救おうとしてきた事。

 その果てに、“この世界線”に辿り着き、今まで見てきた世界のどれとも違う歴史と、“彼”の大きな成長に期待をかけ、力添えをした事。

 

 そして――彼に、あらゆる世界に共通した未来を教えた事。

 

 途中で、彼は持っていた携帯端末を介して、《ペルソナ・ヴァベル》を呼び出した。画面に映し出されたのはユイの顔そのもの。憂いを湛えている以外はまったく同じ顔だった。

 その人物が和人の語った内容をより詳細に語った。

 どんな未来があった、どんな死があったか――どれだけ、この世界と乖離していたかを簡潔に。その淡々とした様が却って深い絶望を伝えてきているようで、思わず震えた。

 

「三年後に外宇宙から敵が来て……そして、和君が……」

 

 ――死ぬ、とは口にしなかった。

 別の世界線の別人とは言え、ほぼ同一人物に等しい存在の死を口にする事は彼に対して酷だし、自分もあまり気分がいいものではないから。

 

「その話を聞いてから、俺は最終的に《星の戦い》に意識を向けるようになった。俺だって死にたくない。でも、まずは目の前の事だった。ALOでのキナ臭い仕事とか、政府との交渉とか……」

 

 そこまで言って、ふと彼は頭を振った。

 

「ううん、言い訳だ。本当は……怖かった」

「……怖かった、か」

「うん。話したところで、信じられないと思った。だから一人でやろうと思った。《平行世界》の俺のデータを、ヴァベルは持ってた……さっきの《斬鉄》は、その影響。一週間くらい前にヴァベルを【無銘】にインターネット、コア・ネットワークを介してインストールして……俺は、寝ている間に見る夢を、ヴァベルが見てきた“おれ”の追体験にしてもらったんだ。現実では体を、仮想世界と夢の世界で技術を鍛える為に」

「な――――」

 

 それは、今日何度目の絶句だったか。 

 起きている間も、寝ている間も、ずっとずっと“自身の死”を意識し、研鑽を積む毎日。デスゲームという極限の世界から解放されたとしても、彼は未だ牢獄に捕えられていたも同然。

 ――狂気の沙汰にもなる訳だ。

 彼の覚悟は狂気を孕んでいる。そう思っていたが――むしろ、そうなるのが自然だった。

 耐えられる筈がない。《平行世界》とは言え、“自分”に変わりない人間の歴史を、幾度も幾度も体験している。ボタンを少し掛け違えただけで歩むだろう死の歴史を、本来急速に使うべき睡眠の間に、無限回に渡って体験していた。

 『自分は自分、他人は他人』という考えを持っていたとして、どこまでそれを貫ける事か。

 ――サブカルチャーの発展がそれを物語る。

 感動物、胸糞物、いずれの創作物でもそれを作られ続けるのは、そういったものを好む人間がいるからだ。

 感情移入、自己投影という単語が出来たのは、そうする人間が多いからだ。よくそれが出来ないと言う人間が居るが――仮に、容姿、思考、経歴、身を置く環境の全てがほぼ同一の同名異人を、その人間の主観視点で体験していって、それでも感情移入しないと言えるだろうか。自身にとって大切な存在との触れ合いに――まったく、心を動かさないと言えるだろうか。

 

 私は無理だ。

 

 親友との学生時代、幼い妹との《過去(思い出)》を追体験した上で《現在》や《未来》の主観視点の追体験までしたら、感情移入なんてガッツリするに決まっている。いや、むしろしないわけがない。

 自己を作り上げた記憶が多い程、自己投影はより強くなる筈だ。

 ――それを、彼は幾度も繰り返した。

 同じ数だけ、自身の死を、あるいは身内や仲間の死を見ている。中には自分が殺した追体験もあったという。

 

「――――ッ!!!」

 

 ぎり、と奥歯を噛み締める。

 何故もっと早く教えてくれなかったのか――なんて、そう言うのは簡単だ。でもその理由は既に教えられた。怖かった、と。明快にして単純。

 そして、酷く深刻な理由だった。

 

『篠ノ之博士。キーを、どうか責めないで欲しい』

「っ……責めるわけない――そう、言いたいけど……!」

 

 責めたいとは、思わない。

 でも、でも――――っ!

 

「――和君のばかっ!」

 

 言いたい事が、あり過ぎて。

 上手く伝えられる気がしなくて。

 ――私は、気付けば少年を抱き締めていた。

 足元に、二本のペットボトルと携帯端末が転がった。

 

「死にたくないなら、何でも使うつもりなら――束さんも使ってよ! 騙すくらいの気持ちで利用してくれてもいいんだよ!」

 

 それは、私の贖罪。

 ISを軍事利用するつもりなんて無かった。でも私は失敗して、その失敗が世界を歪め――親しい人を、傷付けた。一家は離散し、親友の家族が傷付いた。

 昔の私なら、この少年の存在を知っても、心を動かされなかっただろう。

 あの失敗があったから、自身の《天才》という評判を信じなくなった。だから他人を見るようになった。天才と呼ばれた神童に失望し、その弟である少年の努力を発見した。

 

 そして――私は、この少年に救われた。

 

 誰にも肯定されなかった夢。妹と約束した、『月への旅行』という約束。その夢を、彼は認めてくれたのだ。

 それは、幼さ故の無知だったのか。あるいは生来の優しさが迎合を判断したのか。それとも、姉の友人という関係性がそうさせたのか。

 ――どれでも構わない。

 大切なのは、私は彼に救われたという事。そして、その少年が当時ISを発端に虐げられていて、その原因である自分を知っても夢を肯定したという関係性だ。

 

「和君は――優し過ぎるよ……!」

 

 思わず、涙が溢れた。

 胸に掻き抱く少年に、雫が零れる。すこしの身動ぎ。『利用しろ』という言葉か、あるいは『優し過ぎる』という評価に対する反論があったに違いない。

 それを、胸に押し付けて、押し潰す。

 

「ばかぁ……!」

 

 また、涙ながらの罵倒を投げる。

 どうするかなんて――――もう、決まっていた。

 

 

 

    ***

 

「――――」

 

 言葉を喪った。

 絶句、とはこの事か。思考が止まりそうな事実の連続に愕然を禁じえない。七色から連絡が入って気を付けていれば、“彼”の端末が使われたから盗聴していたが、予想外にも程がある事を知ってしまった。

 

「……キー……あなたは、また……」

 

 一人で背負おうとして、また潰れかけた。

 でも今回は――事が、事だ。責められない。でも、天災に頼ったのは成長の証ではあるが……

 

「……リー姉達にも話さないと……あの子、一人では……」

 

 自分では、どうにも出来ない。

 

 現実に居ない自分では、きっと《ペルソナ・ヴァベル》と同じ結果になるから――――

 

 そう判断して、とにかく、“彼”を思う人達と意見を纏める事を決めた。

 

 






・桐ヶ谷和人
 織斑千冬アンチ派。
 尚、アンチではあるが、それはそれとして『強い』と認めてるし、どういった理由、要素で最強になっているかを理解した上で、心情・立場的にアンチを決め込んでいる。
 《零落白夜》の事は好きではないが嫌いでもないし、《空白絶虚》も使うべきだと分かっているが、【黒の剣士】という仮想世界を生きた者の意地が色々と邪魔して面倒な事に。ともあれ一番の理由は『デスゲームで磨いた自分の全てを否定されたくない』という意地。
 ISの固有能力、強さではなく、機動技術や戦闘技術、剣技の面で打ち勝ちたいという願望が、三つの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の封印を決断させた。

 その願望をより強固なものにしたのが代打として提供された『仲間達の武器』。本文だと『剣士の心がそう燃えた』とあるので、考えの一つとして燻っていたが、武器を見て一気に燃え上がった感じ。
 テンションと気合は結構重要です(迫真)

 ちなみに《斬鉄》を即行で使えたため、《平行世界》の”自身”が使っていた技術をほぼすぐ使える事実発覚。
 《斬鉄》は翡翠の長刀を持った義姉を斬り殺すのに使った技術。



・篠ノ之束
 人の心が分かる天災。
 かつての失敗から自分の天才性を疑い、他者に目を向けるようになったから秋十に失望したし、一夏/和人の努力を見出した。茅場晶彦との交流も出来た。
 そんな訳で色々と後ろめたく思っている相手に物凄く気遣われていて、自分自身心配している子供が凄く重いものを背負っている事にメンタルをやられた。なまじ頭が良いのですぐ想像出来ちゃう。人の心が分かるから、心情も理解し、共感する。


・??
 和人の電話を傍聴していた人物。
 掲示板などを定期巡回している。今回は七色から連絡を受け、警戒しているところでヒットし、驚愕の事実を知ってしまった模様。
 原作の彼女も自分の意思で『和人の携帯から詩乃の携帯に電話』したり、ネットを行き来してオーシャン・タートル内部の状況を盗聴、把握し、『アンダーワールドの危機に介入』したりしてるからね、これくらいは朝飯前でしょう()

 お義姉ちゃんに不可能なんて無いのです!


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