インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、お久しぶりです、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 ガチで精神的にキてたので、取り掛かれませんでした……お待たせして申し訳ない。お蔭でクオリティも下がっています。まぁ、元々戦闘回では無かったので、緊迫感も薄いですが。

 今話は《個人戦》後のキリトの状態、報酬、また諸々のゲームイベントと原作ルートの回収の序章みたいなものですね。最後の最後は分かる人には分かる、原作知ってれば分かります。

 今話の視点はリーファ、シノン、ユウキの順で移り変わります。淡白な上に割と場面が変わりますが、ご容赦頂ければ幸いです。

 ではどうぞ。




第二十五章 ~虚実の欠片~

 

 第七十五層主街区《コリニア》市闘技場にて行われた《個人戦》。

 ただの一度でも敗北すれば同じ者は二度と再挑戦出来ないという決して負けられないプレッシャーを背負い、何度もHPを危険域まで落としながらも、それをキリトは見事勝ち抜いて見せた。誰もがもう無理だろうと思う場面は無数に存在したが、その全てを彼は実力で勝ち抜いた。

 決してステータスだけに頼ってはいなかった事はその戦いが象徴していた。仮にステータスに頼った力任せの戦い方なら、HPを1まで減らす堕天使の攻撃の後に放たれた突進攻撃で、即座にやられていた筈だから。

 《個人戦》の突破は凄まじい難関の一つを突破したとも言えて、攻略が一つ前に進んだ事をも意味する。前情報で他の誰にも無理だと思われた難関をキリトは突破したのだ。

 しかし、全部で三体のボスが現れたこの《個人戦》、その三体目のボス《The Hollow Seized with Nightmare of past》との最終戦に際して、キリトは豹変した。荒々しく、凄惨に、そして酷薄な笑みを浮かべて、ホロウに斬り掛かったのだ。

 その勢いたるや、正に怒り狂う鬼神の如し。

 それまでほぼ互角、一進一退を繰り返していた戦いは、そんな豹変を見せたキリトによって一気にホロウを押し切って勝利を掴むと言う結果に終わった。

 事実だけを見ればなんてことは無いけれど、キリトの事をよく知る人物なら誰もが疑問を浮かべる豹変だ。

 いや、知らなくとも違和感を覚えるだろう。それまでの戦いでは見せなかった反応だったのだから。

 

「あー…………うぅ……」

 

 あの豹変について問い詰めたい思いはあった。

 あたしはリアルで一年ほどしか暮らしていないので、最早このSAOで最初期の頃から知り合いらしいクラインさんやアルゴさんの方が付き合いは上なのだが、それでも家族でしか見ていない顔というものはある。逆に言えばこの一年半を共にした彼らが知る顔というものもある訳で、そんな彼らにも驚愕を抱かせる豹変には何かがあると、そう考えていた。

 キリトの立場はとても悪い。評判もわざと悪くして他の人達を助けていて、そのストレスは到底十歳の子供が背負いきれるようなものではない。

 それなのに背負っているのだから、そのストレスは半端では無い筈だ。それを、全く感じさせないとまでは言わないが、あたし達の予想を大きく外させるくらいに誤魔化すのが上手い。

 だからあたし達は実際よりも小さいと考えてしまっていた。

 しかし、あたしはその考えを、さっきの豹変を見て改めなければならないと感じていた。

 実際に出会った事は無いが、この世には一つの肉体に二つ以上の精神を宿す二重人格者、あるいは多重人格者なる人達が居るという。幼い頃からの家庭環境、暴力などの辛い事から心を護る為の防衛反応だと聞いた事がある。

 キリトは五歳の頃から虐げられ続けてきて、更には楽しみにしていたSAOのデスゲーム化及び《ビーター》と蔑まれている事から、精神を病んだのではないかと思ったのだ。

 故に、人格が豹変する前――今までのキリト――に戻っていたとしても、あたしは内心ではあまり安堵出来ないでいた。勿論安心はしたけど、それも完全では無い。

 

「キリト君、大丈夫ですか? お水、飲めますか?」

「ん……もらう。ありがと」

 

 豹変したキリトは、闘技場アリーナに入った時に使った出入り口へと戻り、ランさんを伴ってホールへと戻って来てあたし達と合流した。

 その時まで、彼の両手には変わらず大刀と長剣が握られていたので周囲を威圧しており、剣呑なことこの上なかったが、しかしそれもすぐに終わった。

 普段より数割増しで鋭い目つきの彼は、あたし達を見てふっと口の端を歪め、その次の瞬間には前のめりに倒れたのだ。その時に両手から零れ落ちた大刀と長剣は、地面に落ちるや否や、銀と金の光と共に消えてしまった。

 それも気にせず、慌ててあたしとユウキさんとで抱き留め、仰向けにキリトを寝かせると、彼はうっすらと目を開けてあたし達の名を呼んだ。

 その時にはもう剣呑な雰囲気など微塵も無かった。

 ほんの僅かな間だけの豹変。それはもしかすると、キリト自身が戦いを嫌がってあの剣呑な人格を形成したのではないかと、そう思わせるものだった。ここまで考えた所で真実なんて分からないけれど。

 倒れたキリトは、すぐに起き上がったものの戦闘の疲労もあるせいで最初は碌に立つのもままならず、ホール脇にあったベンチに座って休息を取っていた。サーシャさんが噴水から飲み水を持って来てくれて、それを受け取ってコップを傾け、喉を鳴らしながら飲み干した。

 ぷはっ、と美味しそうに飲む姿には、どこも辛そうな影は見えなかった。

 

「あー…………生き返った……疲れた……今まで経験した戦いで一番疲れた……」

「本当にお疲れ様だ、キリト君。そして闘技場《個人戦》突破おめでとう……君のお蔭で攻略が一つ進んだ。ありがとう」

「そう労ってくれるだけでも有難いよ……」

 

 ヒースクリフさんが攻略組を代表して労うと、コップを両手で持ったキリトは見上げながら疲れた笑みを浮かべて言葉を返す。精神的な疲労が見て取れるそれは戦いの疲れから来るものだった。

 まぁ、あれだけの激戦を潜り抜けたのだから疲れて当然、むしろ疲れてなかったらどんな精神力をしているのかと思うのだけど。

 

「あ、キリト、あんたそういえばエリュシデータとダークリパルサーに罅入ってるんじゃなかった?」

「あー……うん、かなり酷使したから……使ってる武器が刃毀れする事はあったけど、罅が入ったのはこれで初めてだな……」

 

 リズさんの指摘で二刀を取り出し、タップして耐久値を表示したキリトは物凄く張り詰めた顔をした。

 

「うわ、耐久値が二桁台しか残ってない。よく保ったな……」

「えっ? それ、マジ?」

 

 それを聞いたリズさんも、耐久値が表示されているのだろうパネルを覗き込んだ。

 不可視設定から可視設定に変えられて他者にも見えるようになったそれを見たリズさんもすぐキリトと同じ顔になった。

 

「本当ね……下手したら全損してたわよ……」

 

 耐久値は少なくとも三桁、最前線攻略レベルの武具ともなると万単位は普通らしいので、二桁というのは本当にギリギリだったという訳だ。あと二、三合交えていれば折れていたに違いない。

 凄まじく剣を酷使してしまったため、キリトはその二刀を修復してもらうためにリズさんに暫く預ける事にした。

 リズさんも仕事や注文が他に入っている――今日は折り合いが付いたので観戦に来れたらしい――ので、引き取りは数日後になると言っていた。

 

「暫く《二刀流》は封印、かな」

「うちの剣を貸し出そうか? キリトなら別に構わないけど……」

「うーん……でも、細剣とか長槍とか色々スキル鍛えてるし武器もあるからなぁ……どちらにせよ攻略は出ないよう釘刺されてるしいいよ」

 

 リズさんに二刀を預けた事で片手剣を二本とも一時的に失ったキリトは、代わりを貸し出すという申し出を断った。

 攻略に出ないなら主力武器も今は必要ないという判断は、普段から狙われているのに大丈夫なのかと何となく思ってしまう決断だったけれど、よくよく思い出せば少し前の転移門での戦いも一方的だったから他の武器でも凌げるのだろうと判断し、口を挟む事は無かった。

 

「なあなあ!」

「……ん?」

 

 そんな中、キリトに話し掛ける男の子がいた。サーシャさん、レインさん、フィリアさん達が引率していた子供達の中の一人だった。

 赤毛の利発そうな男の子はキリトに近付く。

 近付いて来る男の子を、ベンチに座っているキリトは見上げて小首を傾げた。

 

「えっと……何?」

「お前、キリトって言うんだろ? 俺はギンって言うんだ。なあ、さっきの戦いを勝ち抜いたんなら、何かすげぇ景品とかドロップしてないのか? ボスって特別なアイテムを落とすんだろ?」

「あー……」

 

 ギンという男の子は、どうやら《個人戦》の景品やボスのドロップアイテムの方が気になっていたらしい。気付けば残る孤児院の子供達も興味津々で、ユウキさん達も少しだけ興味ありそうな表情でキリトを見ていた。

 かく言うあたしも、あれだけの激戦を乗り越えたのだからどんなアイテムが来るのかと、少しばかり期待している。

 キリトはあたし達の表情をぐるりと見てから苦笑を浮かべ、まだ確認してないから待ってと言ってメニューを広げた。

 

「あー……多分これ、かな?」

「あったんダナ。差し支えなければ、名前を教えてもらえるカ?」

「えーっと、《個人戦の覇者》という攻略キーアイテムを除けば全部で四つあるな……衣服系の体防具《ホロウレギオンコート》、お守りの《心無い天使》、腕防具の《狂戦士の腕輪》……最後のこれは、多分『サーティーン』って読むのかな、ローマ数字で表記されてる」

 

 言いながら、キリトはそれぞれの解説をしていった。

 まず体防具衣服の《ホロウレギオンコート》。

 実際にキリトが装備したところ、実体化してみるとホロウが白い仮面を着けるまで纏っていたフード付きのコートだった。

 どうやらそれ一つで手と足防具もセットらしく、体防具以外は変更していないのに手袋とブーツに変化が見られた。性能も今の黒コートより非常に良いらしいのだが、キリト自身は今まで着ていたコートの方が慣れているし、ぶっちゃけ今以上に目立つので、暫くはお蔵入りにするらしい。

 少し勿体ないなと思ったが、そこは本人が決める事なので口出しする事では無いだろうと判断して何も言わなかった。

 それが無謀な事だったりただの拘りであったならともかく、キチンと考えた上での決断であれば、あたしは必要以上に口出しするつもりなど無い。何もかも謂われないと分からない程度であれば既に生きていない、逆説的にこの子はこの程度の事でとやかく言わなくても良いのだから。

 次にお守りの《心無い天使》。

 これは全ての状態異常を完全無効化し、大幅なリジェネ効果を装備者に付与するものだった。

 相当使い勝手が良いものらしく、これ一つで数千万コルの値が付くとアルゴさんと商人であるエギルさんが言っていた。他に誰もこれに類するものを持っていないので超レアアイテムらしい。

 次に腕防具の《狂戦士の腕輪》。

 これは装備者がソロである限り全ステータス上昇と攻撃力の大幅な増大、また相手の防御力を無視した攻撃を加えられ、更に装備中は常に仰け反り無効を付与するという。

 ただし常時防御力が三割低下するし、パーティを組んだ際には防御力低下効果しか発揮しない。元々ソロのキリトなら十全に性能を発揮出来るが、些か不安を拭えない装備品だ。

 最後に武器の《ⅩⅢ》。

 これは簡潔に言えば、ホロウが使用していた武器全てを使えるようになる装備品らしかった。

 二刀、曲刀、雷刀、細剣、長槍、大刀、クレイモア、チャクラム、アックスブレード、盾、大鎌、エネルギーボウガン、合体した長剣の十三種類から名前を取っていた。

 この装備は実際に装備してみても外見上の変化は見られないが、これにも訳がある。分かりやすく言えばボスのホロウと同じように、同じ武器を扱えるものだった。

 二刀が両手に収まるイメージをすれば黒と白の片刃片手剣が両手に収まり、チャクラムを思い浮かべれば闇と光を発しながら消え、入れ替わりに炎を噴き出しながらチャクラムが出現する。

 つまりいちいち鞘に納める必要が無い。

 更に耐久値は装備者のHPと同値なので、キリトのHPが全損=死なない限り消滅する事が無い、事実上の【不死属性】を持つ武器だった。

 ちなみに武器種ごとにキチンと名称も設定されていた。

 これらを聞き終えたあたし達は、まあこれくらいは当然だなとも思ったし、とんだ壊れ性能の装備が手に入ったなと苦笑してしまった。それだけの苦労をしたのだと理解しているから誰も文句は言わなかった。

 孤児院の子供達は具体的にどれくらい凄いのかイマイチ理解出来ていないようだったが、頻りに凄い凄いと言って、キリトを困らせていた。

 

「ふむ……キリト君、スキルの方は何か出てないのかね? 何か一つエクストラスキルが出ていたとしてもおかしくないと思うのだが」

「スキル? 《個人戦》が激戦だったとは言え、出るものなのかな……」

 

 ヒースクリフさんが少し真面目な顔で――と言っても始終真面目だけど――問い掛け、キリトは怪訝そうに首を傾げながらアイテムストレージからスキル欄へとメニューを操作し、上から下へとスクロールしていった。

 最初こそ視線が上下に動いていたものの、暫くすると頬を引き攣らせ、ある一点……いや少し上下する範囲を往復し始めた。

 終いには頭痛でも感じているかのように額に手を当てる。

 

「……どうしたのよ、額に手を当てて」

「……いや、本当に頭を抱える要素が……スキル、出てたんだけど、その数が……」

 

 シノンさんの問いにキリトが絞り出すように答えた。

 スキルは出ていたらしく、その数が問題だったらしい。

 あたしも聞いて驚いた。見覚えの無い、つまりは新しく出現したエクストラスキルは全部で九つあったのだ。

 それぞれ《手裏剣術》、《抜刀術》、《暗黒剣》、《狂月剣》、《射撃術》、《無限槍》、《地顎刃》、《死閃鎌》、《薄明剣》と言うらしい。

 この九つはほぼ間違いなくユニークスキルだと思われた。《抜刀術》は《刀》スキル、《手裏剣術》は《投擲》スキルの派生エクストラスキルとも考えられるが、少なくとも他は確実だろうとの事らしい。

 多分《手裏剣術》はチャクラム、《抜刀術》は雷刀、《暗黒剣》は曲剣、《狂月剣》はクレイモア、《射撃術》はエネルギーボウガン、《無限槍》は長槍、《地顎刃》はアックスブレード、《死閃鎌》は大鎌で、《薄明剣》は使用中は相手に大ダメージを与える代わりにHPが減少するので合体した長剣で使用するのだろうとの事。

 スキルセット欄はかなりの高レベルのお蔭で数があり、完全習得している生産系や趣味系スキルを戦闘時には外して置けば全部入れられるらしいので、《ⅩⅢ》を十全に運用出来るらしかった。

 世界で一人しか持ち得ないユニークスキルを十種類も持ったことになるキリトは、そのレア度や凄さに反し、表情を物凄く渋いものにしていた。

 

「全部で十もユニークスキルを持つって……キリトも、色々と災難だね……」

「前線に立たないといけない理由が増えると、必然的に死ぬ確率が増すからな……」

 

 ユウキさんの同情の眼差しと言葉に、キリトは今度は心の疲れと見て取れる苦笑を浮かべて言葉を返す。

 誰もが羨むユニークスキル、それは強力な反面最前線で戦わなければならないという責任を負う事になるから一概にも喜んでばかりとはいかない。

 元々攻略組に籍を置いている為にヒースクリフさんとキリトはそこまで問題にはならなかったが、ここ最近調子を崩しているキリトが所持しているユニークスキルを増やしたと知られれば、尚更命を落とす危険性が高まる。

 それはあまり容認出来る事では無い。

 とは言え、彼がユニークスキルを除いても攻略組最強である事はこの場に居る人達なら知っている事だから、よっぽどの事が無い限り負ける事も無いとは思っているが。

 

「…………休暇中も鍛錬が必要だな、これは……まずは武器の扱いからか……」

「あの……キリト君、それも大事だとは思うんだけど……一先ず今日の所は休んだ方が良いんじゃないかな……」

「いや、今日は流石に休むって。疲れたし」

「なら良いんだけど……」

 

 放っておいたらすぐに鍛錬を始めそうな感じはあるので、シリカさんの心配も分からなくも無かった。

 というか、彼女が言わなければあたしが言おうと思っていたくらいだ。

 まぁ……とにかく今は……

 

「キリト」

「ん?」

「本当に、お疲れ様」

 

 精一杯労ってあげる事だろうと胸中で呟きながら、微笑みと共に頭を撫でる。

 

「……ん!」

 

 最初は少し固まったものの、キリトはすぐにふにゃりと笑みを浮かべ、あたしの手を気持ち良さそうに受け容れた。

 

 ***

 

 

 

 ----今日の夕方に祝勝会をしよう!

 

 

 

 皆でキリトを労った後、各々の用事もあるので各自解散となったのだが、その際にアスナがそう提案をした。

 それはあれだけの激戦に対して一切パーティーだとか無しというのも何だし、という意見もあったが、アスナの本音としてはもっとキリトとの触れ合いの機会を増やしたいという事らしかった。

 祝勝会の場所は、アスナがいい店を知っているというのでそちらでする事にした。

 主街区ではあるもののそこまで見所というものは無く普遍的で、他の観光地として認識されている街に較べればそこまでプレイヤーも闊歩しない階層の街らしく、そこならとキリトも首を縦に振ったので祝勝会の実施が決定した。

 階層は五十七層。何とあのリンドという反キリト一派ギルド《聖竜連合》の拠点の一階層らしいのだが、今日明日と暫くは攻略の方で殆どのメンバーが出払うので絶好の機会なのだと言う。

 ちなみにその情報を持ってきたのはアルゴだった。一体どこから情報を得て来るのかと思ったが、キリト曰く完全中立だからこそ得られるらしい。

 お金さえ払えば何でも売ると言われているので彼女に知られたくない情報は匂わせる事すらタブーなのだという。

 実際には売らない情報もあるらしいが、それについては教えてもらえなかった。

 それはともかく、解散したのはお昼頃、祝勝会は夕方でそれまでは攻略組の面々は攻略関連で忙しく、アルゴも情報集めで離れた。

 ストレアは何と攻略組に入れるくらいレベルが高かった――レベル90だった――ので、本人の意向もありアスナ達と今は攻略会議に出向いている。

 レインとフィリアはサーシャさんや子供達と共に第一層へと戻って行った。ユイちゃんも子供達に誘われて少し渋ったものの付いて行った。

 なのでキリトと一緒に行動するのはシリカの下から戻って来たナンとリーファ、私だけとなる。

 

「ふぅ……さて、と。夕方まで暇な訳だけど、二人は何がしたい?」

 

 そう言って、さっきまでの黒尽くめ姿から普段着――紫のシャツに紺色のジーンズ――になったキリトが、一つに括った髪を揺らしながら振り返って聞いて来た。

 ユイちゃんも居て、ある程度変装が効くようになっているせいか、周囲に疎らに居るプレイヤー達は彼が《ビーター》だと誰一人として気付かない。《フェザーリドラ》という希少種が肩に乗っているのにだ。

 何となく周囲のプレイヤー達を避けながら、私は頤に指を当てて考え込んだ。

 正直これと言って行きたい所がある訳でも無いのだが……

 

「……強いて言うとすれば……レベルを上げる場所、かしら……」

「…………何故そのチョイスなんだ?」

 

 私が行きたい場所を聞いて、キリトは物凄く真剣な面持ちになって問いを投げて来た。

 来るだろうなとは思っていたので、私はあらかじめ考えていた事を告げるべく口を開いた。

 

「……上手く言葉にし辛いんだけど……私は、護られてるだけじゃ嫌、強くなりたいと、あなたの戦いぶりを見て思った。何度も何度も窮地に陥っていたのにただの一度も諦めず、決して立ち止まる事無く、最後は勝って見せた」

 

 結局、最後に見せたあの豹変について、キリトは何も覚えていなかった――まず勝った記憶すらあやふやだった――から何もわかっていないけれど、アレもまたキリト自身の強さなのだと私は思っている。

 まだ幼いのに、他の誰にも勝ち抜けないだろう戦いで勝った。

 それは私の心に強く残った。

 

「私は、キリトのように強くなりたい……あなた程とは言わない。けれどアスナ達のように、この困難なゲームに立ち向かって、クリアへと向かえるくらいに強くなりたい……強く、在りたいの」

「シノン……」

 

 私の心からの声を聞いて、キリトは少しばかり表情を強張らせた。

 少し威圧してしまっただろうかとも思ったけれど、私の本心だから申し訳ないと思いつつも引く訳にはいかなかった。

 私がこれほどまでに強さを求める理由……それは、私の過去にあった。

 そう、過去だ。記憶が戻ったのである。

 

 

 

 ――――血に塗れた、忌々しくも決して忘却してはならない、罪の記憶も共に。

 

 

 

 きっかけはあった。

 キリトの虐げられ方、《人殺し》という蔑称、ホロウが使って見せたエネルギーボウガン、そして彼が貫かれた左肩と右脇腹。

 それら全てが私の記憶を揺さぶり、そして思い出せなかった記憶を呼び覚ました。

 私の本名は《朝田詩乃》。今年で十五歳になる現役中学三年生。

 思い出した『罪の記憶』とは、私が十歳の時から続く悪夢であり、私の罪。

 小学五年生、つまりまだギリギリ誕生日が来ていない頃に母親と市の銀行へと向かったのだが、運悪くそこで母が手続きをしていた所に、後に覚醒剤を使用していたと分かった銀行強盗の男がやって来た。

 受付に立つ母を突き飛ばし、受付に金を出せと要求。非常ボタンを押そうとすれば撃つと言い、後に駆け付けた警察の速さからするに本当に押しだのだろう男性職員の肩を撃ち抜いた。

 その後、次は客を撃つと言い、母にその銃口を向けた。

 母は早くに父を亡くした為に精神を病み、幼い少女のような状態になってしまっていたから、幼いながらに私が守らなければと思っていた。

 だからこそ私は即座に行動した。銀行強盗の腕に掴み掛かり、噛みついて、銃を奪った。

 勿論銀行強盗は銃を奪い返そうと襲い掛かって来る。

 私はその男に対し、合計で三発の銃弾を放った。一発目は左肩に、二発目は右脇腹に逸れ----最後の一発は男の額へと吸い込まれた。

 額、すなわち脳を弾丸で破壊されたため、それを最後に男は動かなくなった。

 つまり私は、現実世界で人を殺した。

 未成年という事もあって地方紙で私の名前が載る事は無かったし、犯人の死亡原因は銃の暴発だとされているが、元々狭い市の中で隠しきれる筈も無くてすぐに噂は広まった。

 それから私の持ち物は次々とズタズタに、あるいはどこかに隠されるか捨てられ、シューズや靴、机の中に画鋲が入れられるという嫌がらせも多くなった。

 けれどそんな事はまだマシだった。何も思わなかった訳では無いが、元々集団から疎外されていた、あるいは自ら他者と距離を取っていた私にとって、命を脅かされない程度の嫌がらせなど十分耐えられた。

 何よりもつらかったのは、私は銃殺した銀行強盗の目と、男を射殺した私に向ける母親の怯える目。

 それが原因で、銃を見ただけで発作を起こす程のPTSDを患った。指で銃を模したものでさえ見れば発作を起こしてしまうし、映像でもダメなので、おもちゃ屋なんて入れたものでは無い。別に買いたいモノがある訳でも無いのだが。

 故に今まで、私はずっとその傷と戦ってきた。

 カウンセリングにも幾度も掛かったが、しかし、効果は無かった。『分かるよ』、『辛かったんだね』という言葉は気休めにもならない、ならばあなたは人を射殺した事があるのかと精神科医に何度も思った。

 そんな私の気持ちが彼らを遠のけさせ、回復に至らせなかったのだとは思うのだが……

 そんな生活を送り続けている間も変わらず私は精神科医を転々としながらカウンセリングを受けていたのだが、とある病院の精神科医の下を訪れた際に、現実では無く仮想世界でカウンセリングをしてみないかという提案があった。

 私はよく知らないのだが、フルダイブ環境でなら現実世界では難しい幾つかの療法が――勿論精神的なものに限るが――有効であるらしく、私のケースでも有効かもしれなかったかららしい。

 私は少し怪訝に思いつつも、受けてみる事にした。その精神科医は他にも幾つかの免許を取っていたし、人柄でとても信用出来ると思っていたからだった。

 そうして私はフルダイブする事になった。病院側でハードを用意してもらえた、名称は《メディキュボイド》と言って全国どころか全世界で三基しか起動していないという代物で、かなり気後れしてしまった。私のが三台目で、前の二つは現在も稼働中で別にデータを取っている最中だと聞いている。

 それで幾つかのシークエンスという手続きを終え、フルダイブをしたのだが……ニュートラルフィールドで精神科医を待っていると、唐突に足元が崩れて抵抗する間もなく穴に呑み込まれてしまった。

 そして気付けば、私は記憶を混濁且つ失った状態でキリト達の下へ落ちていた訳である。

 その全てを闘技場の観戦途中で思い出した私は、思い出してからも見続けた戦いの全てで、キリトの強さを強く欲した。あれだけ幼く、あれだけ虐げられていながらも戦えている様は、正に私が求めている強さだったからだ。何物にも負けない強さを、私は欲していた。

 それは《銃》の形状をしているエネルギーボウガンを視界に収めても発作を起こさない程に強い。無論、記憶を取り戻す前や取り戻した直後は危なかったのだが。

 だから私は考えた。キリトに師事してこの世界で戦っていれば自然と強くなるのではないか、と。

 キリトはこの世界で最強のプレイヤー、更にその幼さを加味すればその強さは半端では無いのだから、彼に師事して私が努力すればある程度の強さを得られるのではないかと思ったのだ。

 そう胸中に浮かべている私の視線を受け、キリトは私を見返してきた。その表情は真剣なそれで、更にはどこか苦しげな、痛々しいような印象を受けた。

 

「……はぁ……」

 

 暫く見合っていたが、その沈黙を破ったのはキリトの溜息だった。

 

「……正直に言うと、戦わなくて良いなら戦って欲しくは無い。でもシノンとしては戦いたいし、本気なんだよな」

「ええ」

「その結果、自分が……あるいは目の前で守れずに誰かを喪うとしても?」

「死ぬつもりも、ましてや目の前で喪うつもりも無いわ……そのために強さを求めるのだから」

「……覚悟は固い、か……」

 

 躊躇わせるような、意見を変えさせるような問いを発してくるが、私はその全てを本心の言葉で跳ね除けた。

 私の目を見て、言葉を聞いて、キリトは無理だと判断したのか重苦しくまた溜息を吐く。どうやら折れたらしい。

 

「…………ちなみに、リーファは……」

「あたしも一緒に戦えるくらい強くなりたい」

「……そう来ると思ったよ」

 

 まぁ、同レベルの私を鍛えるとなるなら、義理と言えど姉として支えたいと思っているリーファも強くなって戦えるようになりたいと思うのは必然だった。

 それはキリトも何となく分かっていたようで、リーファの答えを聞いて諦めたように肩を落とした。

 

「……分かった。じゃあ夕方までは鍛錬に費やそうか、基本的なレクチャーならそこまで疲れないし……安全性も兼ねて第一層の《始まりの街》に行こう」

 

 そう言って、キリトは転移門へ向けて歩き出した。

 その道中に私はどんな戦い方や武器をイメージしているのかを事細かに聞かれ、それに答えていった。ちなみにリーファはALOという別のゲームで戦闘スタイルを確立していたので、そこまで質問の数は多くなかった。

 

「なるほど……シノンは希望する武器はともかく、イメージとしては俊敏に動き回る感じなんだな」

「ええ。キリトは動きがかなり速かったしね」

 

 私がイメージしていたのはスピードを活かした戦い方。

 ヒット&アウェイを繰り返していれば攻撃を受ける回数を少なく出来て、受けるダメージも減るから、結果的に生存率を上げられると思ったのだ。

 キリトのように一人で生きるなら攻撃力を優先し、欠ける敏捷性を技術でどうにか埋めるのが一番なのだろうけど、流石の私も此処に来てまで一人で戦うつもりは無かった。

 強くなる為にもまずは生存率を上げて生きていなければならないし、私の性格的にパワーで押しまくる戦い方は合わなさそうだからそう判断した。強さを求める過程で死んでは元も子もないのもある。

 

「確かにレベルが高くなると自然と敏捷値が上がるし、速くなるのも必然だからな……となると、シノンはクラウドコントローラーになるのか」

「く、くらう……?」

 

 唐突に出て来た専門用語らしきものにどもりながら問い掛けると、キリトはふふっと苦笑を漏らした。

 

「ごめん、ネット用語だった。えっと、ヘイト……も分からないか。敵のターゲットを管理したり、味方を有利にするバフや敵を不利にするデバフを掛ける役割をクラウドコントローラーって言うんだ。素早く俊敏にってなると短剣辺りになるし」

「ふぅん……アスナやランが使ってた剣は? アレも結構速そうだけど。キリトも途中で使い始めてたわよね?」

 

 見た目は騎士が儀式に帯びる祭礼用の剣にも見えたが、攻略組として戦っている彼女達が見に帯びている剣が見かけだけなんてあり得ないし、軽量ならアレもいいのではと思った。少なくともシリカやフィリアという人がメインとしている短剣よりはリーチがあって戦いやすそうな印象を受ける。

 しかしキリトは微妙な表情を浮かべた。

 

「細剣か、アレは相当慣れが必要だからなぁ……まぁ、やろうと思えば出来なくもないだろうけど、結構扱いは難しいし……相当熟練してないとボス戦でポッキリ折れる可能性が高い」

「でもあの二人は使えてるわよね?」

「逆に言うと、他のプレイヤーには無理だったんだよ」

「……ああ、そういう……」

 

 スピード型の、ある意味の極致だからこそ激戦を生き抜く中で要される技量も極めて高いのだなと、その言葉で察した。

 アスナはともかく、ランは同い年くらいに見えたが、どうやら私の予想を遥かに上回る技量の持ち主らしい。あれで元はゲーム初心者らしいから驚きだ。

 

「……そういえばALOに細剣とか曲刀ってあった?」

「まぁ、カテゴリであるにはあったけど、使う人は少なかったなぁ」

 

 元々使用者が少ない中でも細剣をボス戦で使えている二人が居るから私も出来るのではなく、他のSAOを生きて来て私より熟練した使い手でも無理という事を理解して、私の中で細剣を使うという選択肢は消え去った。まぁ、元々あの細い剣を扱えるとも思っていないが。

 取り敢えず使ってみるまでは保留という事にして、キリトから戦闘やスキル選びのコツを教えてもらいながら歩く事およそ五分と少し、私達は転移門に辿り着いた。

 

「じゃあ俺の言葉を復唱してくれ……――――転移! 《始まりの街》!」

 

 転移門の上でそう唱えたキリトは、一瞬後に蒼い光に包まれて姿を消した。

 続いて私も同じ文言を唱えて蒼い光に包まれて視界が蒼一色になった後、すぐに視界が晴れる。

 私達は古代ローマを思わせる都市から西洋の街中へと転移していた。

 周囲には西洋風の街並みが広がっていて、背後には鐘楼が付いた塔、その更に後ろには黒い半ドーム型の施設《黒鉄宮》があった。

 ここが全ての始まりを象徴する《始まりの街》らしい。

 

「さて、二人にはこの階層でSAOの基本的な事を覚えてもらおうと思う……まずは買い物に行こう。防具……は、今のでも十分っぽいし、今回は武器と回復アイテムだ」

「分かった」

「了解」

 

 頷くと、キリトは私達を商店街へと誘った。

 後を追って訪れた商店街では露店を広げるNPC達が声を発して客寄せを行っていた。

 

「……キリト、何だかうらぶれてるんだけど、大丈夫なのよねここ」

 

 しかしプレイヤーらしき人影が殆ど無い上に通っても見向きもしないので、傍から見るととても寂しい商店街の様相を呈していた。

 

「まぁ、ゲーム開始から一年半も経過してるし、今更初期の店を利用する人なんて殆ど居ないと思うからなぁ……とは言え、少し妙だな。人が少な過ぎる」

 

 私の不安をキリトは言外に必要ないものなのだと否定したが、しかし何か引っ掛かる事があるような顔で周囲をキョロキョロと見回した。

 私も見渡すが、やはり人通りは少ない、というかほぼ皆無と言っても良い。

 しかし人が少ないという疑問は、今更初期の店を利用などしないという話が解決してくれるのではと思った。

 それを言うが、しかしキリトはやはり難しい顔で歩きながら腕を組む。

 

「いや、確かに利用していないのは分かる。でも人通りが少ないというのはこの街だとおかしいんだ」

「どういう事?」

 

 キリトの言いたい事が分からずに問えば、SAOに生存するプレイヤーの二千人近くがこの街に滞在している筈なのだと言う。それはディアベルが率いる《アインクラッド解放軍》の所属人数とクリアを待っている戦わずに引きこもり続けるプレイヤー達含めてだ、正確には二千人と少しらしい。

 それくらいいるのなら、確かに幾ら広い街とは言え人通りはもう少しあってもおかしくない。むしろほぼいないというこの状況は異常だ。その原因が分からないので何を話しても確たる結論は出ないのだが。

 そんな風に話しながら歩いていると、すぐに目的地に辿り着いた。回復アイテムと武器を売っている店だ。

 ちなみにゲーム開始時点だと、この街で購入出来る防具は初期防具と同じものだけだという。周辺の草原に出るモンスターとの戦闘で耐久値が危なくなったら、《始まりの街》を拠点にする程度なら、NPC鍛冶屋に修復依頼をするより新調した方が安上がりだったかららしい。

 

「ここがそうなのね?」

「ああ。ここに売ってる武器は全部一律の値段だ、ポーションも。店の品揃えを見たかったら声を掛ければいい」

「あ、あたしはALOで慣れてるので、シノンさんがどうぞ」

「じゃあ、えっと……すみません。お店の品を見せて頂けますか?」

『はい、いらっしゃい! 存分に見て、そんで買ってってくれ!』

 

 キリトに教えられるままに私が自分なりに声を掛けると、NPCの男性は威勢のいい声を返して、品揃えのリストを提示してくれた。

 それらを見ていくと、確かにキリトの言う通り武器の値段は三〇〇コルで統一されており、ポーションも五〇コルで一律だった。

 どれを買おうかと吟味し、キリトが最初に言っていた短剣を買う事にする。それからポーションの個数も選択。

 そしていざ買うべく決定ボタンをタップしようと人差し指を伸ばし……

 

「はい、ちょっとストップ」

 

 そこで、キリトに右手首を取られ、ボタンを押そうとするのを止められてしまった。

 

「っと……えっと、キリト? どうしたのよ?」

「いや、しっかり吟味してるところ悪いんだけど、実はこの店では買わない方が良いんだ」

「……え?」

「……どういう事なの?」

 

 どういう意味だと眉根を寄せると、まずキャンセルしてと言われたので素直に赤い×ボタンマークをタップする。

 店主からまた来てくれと言われながら背を向け、キリトに体ごと向くと、彼はにこりと微笑みを浮かべた。

 

「この世界を生きる上での豆知識そのⅠ、店は一つでは無い!」

「……それはそうでしょう。他にも色々とあるみたいだし」

 

 キリトの言っている事に、私は折角購入を確定しようとしていたのを止められた為に少しだけムクレながら反論すると、彼は悪戯めいた笑みを浮かべて首を横に振った。

 

「防具屋だとか、道具屋だとかを言っているならそれは間違い……実はこの街には隠れた店があるんだな」

「隠れた店……?」

「……ああ……」

「こっち来て」

 

 怪訝に首を傾げていると、キリトは商店街の大通りから外れるように小道へ入って行った。

 買い物はどうするのだと思いつつも、この会話の流れなら恐らくこの後にも店に行って、そこで買い物するのだろうと推察し、見失う前にと私もリーファと共に後を追った。

 何となくリーファは分かってる感じがしたが、キリトがすぐに教えてくれるだろうと思って敢えて何も聞かないでおいた。

 暫く小道を進んだ先には、大通りにいた男性NPCとあまり見た目が変わらないNPCが店番をしている露店があった。

 そこでは見た感じ大通りの露店と同じ品物が陳列されていて、何の意味があるのかと首を傾げる。キリトを見ても、やってみてと言わんばかりに腕を組んでこちらを見て沈黙を保っているので、仕方なしに話し掛けてリストを見せてもらった。

 そのリストを見て、私は彼が何を言いたかったのかを理解した。

 まず武器の値段が大通りの半額一五〇コル、ポーションも五〇コルから二五コルまで値下がりしていた。それぞれ効果が低いのかとも考えたが、詳細を確認すれば大通りのものと同等、つまり大通りで一つ買った値段でこちらでは二つ分購入出来るという事だ。

 

「なるほど……さっき言っていた事は、大通りのように見えやすい位置だけでは無く、こういう小道のような場所を探せばもっといい店が見つかると、そう伝える為だったのね。だからわざわざ一度大通りに案内し、そこで止めてこっちに案内したと」

「その通り。全部の街にある訳じゃ無いし、中には外れの店だってあるけど、ここみたいに安い値段で買えたり、同じ値段でも少し武器のステータスに補正が掛かってたりと様々なんだ。稀に骨董品だって置いてるし、値は張るけど一人しか購入出来ない骨董品だって売ってる可能性はある、もしかしたら攻略が進むと解放されるものだってあるかも知れない。そういうのは大抵こういう裏道だったり、大通りから逸れた場所の店にあるんだ。覚えておいて損は無いよ」

「確かに……」

 

 キリトの含蓄ある解説を聞きながら購入を済ませ、《短剣》を装備し、最初から装備している衣服にある腰のポーチに三本ほどポーションを突っ込んだ。

 その後にキリトへ向き直ると、次は少し遠くまで移動すると言って歩き出した。

 付いて行く事およそ二十分後、その目的地に辿り着く。

 その場所は裏道を歩いた先にある、少し開けた場所だった。ただし広場のような人通りのあるものでは無く、子供達が秘密基地と言いそうな、そんな隠れた場所だ。周囲の建物で影が出来ているのも雰囲気が出ている。

 

「さて……クラインにレクチャーしている時は武器を買った後にフィールドに出たんだけど、デスゲームと分かってからはいきなり行くのもアレだから、ここで少し練習をする」

「いきなり出たんだ……運が良かったのね、それ」

 

 キリトが言った事に、リーファが少し緊張した面持ちで言った。本当に運が良かったのだと私も思う。

 デスゲーム宣言がある前にHP全損したとしても死んでいた可能性はあるので、本当に幸運だったと言えるだろう。わざわざ見殺しにするというのはしなかっただろうけど。

 キリトも私の言葉を聞いて、本当に良かったと頻りに言っている事から、どうやらクラインは割とギリギリのラインにいたらしい。まぁ、推察でしかないが。

 

「それはともかくとして……練習って、具体的にはどんな事をするのかしら」

「シノンの場合は短剣の素振り二百回とソードスキル二百発かな」

「にひゃ……?!」

 

 アッサリと言われた事が実はとんでもなかった内容だったので、私は思わず変な声を上げてしまった。二百回と正確に言えていない辺り、結構混乱して呂律が回っていない。それくらい私の予想外にあったという事である。

 しかも詳しく聞けば、適当に振っての二百回では無く、短剣を用いた八つの斬撃と一つの刺突からなる九種類の攻撃全てを二百回繰り返す。更にソードスキルも同様で、単発発動と通常攻撃から繋げた間断の無い連続発動を、それぞれ二百回。

 本来『生き残る』事だけを最優先とするビギナーなら基礎的な素振りをさせるだけだが、私は『生死を賭した戦いを経て生き残る』事を自ら望んだプレイヤー。しかも短時間でレベリング出来る程度の技術を身に付けるなければならない。

 だからこそのスパルタ方式らしい。

 ALOでは名が知れたプレイヤーの一人らしいリーファすらSAOで逞しくなった義弟の指導内容には頬を引き攣らせていた。どことなく成長を喜んでる様子もあったので、彼女としては満足だろう。

 ともあれ、私の予想が甘かったのは違いなく、その反応にキリトは微苦笑を漏らした。

 

「シノンはまだ短剣の攻撃方法が体に染みついてないし、それを慣らす意味で一回一回を丁寧にするつもりだから。ある程度付いたら実際にモンスターと戦って体に覚えてもらうけど」

「ある程度、ね……キリトのそれは評価が厳しそうね」

 

 最底辺から一人で最強へと至った剣士なのだ。それはもう、戦闘に関して手を抜くなどする筈も無く、鬼共感ぶりを発揮するだろう。

 いや、まぁ、キリトは無茶ぶりを言わないと信じているし、その指導も無駄が無いだろう--非効率な無駄はキリト自身が許さない筈だ-―から、放り出すつもりは無い。

 ただ今まで生きて来た環境とまるっきり正反対の事をするというのは、精神的な疲労が凄そうだなと思ったのだ。ゲームなどの娯楽ならまだしも、仕事や追い詰められてやる事では精神的な余裕が違うだろう。

 ちなみにそれがキリトに指導を申し込もうと決めた理由の一つである。

 

「命が関わってる訳だから手を抜く訳にもいかないよ……と言っても第七十五層ボス攻略までには何度かフィールドで戦闘訓練したいし、そこまで長期間はしない。圏内戦闘はしても明日か明後日までかな?」

「「けんないせんとう?」」

 

 初めて出て来た単語にリーファと共に揃って首を傾げると、キリトはすぐに説明してくれた。

 《アンチクリミナルコード有効圏内》、通称《圏内》と呼ばれるプレイヤーのHPなどをシステム的に保護するコードが有効となっている範囲内での戦闘を、そう言うらしい。武具の耐久値はある程度減少するものの、HPは絶対に減らないので全損の危険性も無く摸擬戦を行える事から、《アインクラッド解放軍》や《血盟騎士団》、《スリーピング・ナイツ》、《風林火山》などの主だったギルドでは頻繁に行われているという。

 なお、圏内戦闘にデュエルは含まれないらしい。

 

「絶対にHPは削られない、だから安全性を確保した上での摸擬戦には持って来い。それにHPは削れないと言っても衝撃やエフェクトはしっかり発生するから、延々と続ける事で相手に恐怖を刻む事も出来るし、気絶させる事も理論上は可能なんだ」

「……ああ、やってたわね、転移門前で」

「見られてたか…………うん、最終的にはあんな感じにソードスキルを一発叩き込むだけで気絶させられる、気絶は無理でも頭部を揺らせば昏倒させる事も出来る。そのためにはかなりステータスを高めて筋力値を上げてないと難しい、衝撃とエフェクトは攻撃側が叩き出す本来のダメージ量に比例するから」

 

 こんな風に、と言った後、キリトは右の壁に向き直った後、右拳を握って蒼い光を纏わせながら、腰溜めに構えた拳を正面に振り抜いた。

 その拳が民家の壁に衝突し、紫色のパネルに阻まれながら凄まじい爆音と光を撒き散らす。思わず目を眇めながらもそれを見届けた後、キリトの右拳を止めている紫色のパネルは消えた。

 

「今のは《体術》っていうエクストラスキルの初歩ソードスキル《閃打》、所謂正拳突きだ。リーチこそ短いけど下手なソードスキルより使い勝手は良い」

「エクストラスキル……ユニークスキルとは違うの?」

「ユニークスキルは一人しか持っていないエクストラスキルの事を指す。一般的なエクストラスキルは条件を満たさないと出現しない特殊なスキルの事を指していて、逆に言えば条件さえ満たせば誰もが習得可能なものだな。《二刀流》や《神聖剣》は前者、《体術》やクラインの《刀》スキルは後者に当たる。あとはストレアの《両手剣》スキルも《片手剣》スキルを鍛えてたら出るし、《戦闘時自動回復》スキルも何度も危険域までHPを減少させてたら出るからエクストラスキルに分類される。とは言え《刀》や《両手剣》は元のスキルを鍛え続けていたら確率で出る程度だから、《曲刀》や《片手剣》を鍛えてるプレイヤーの全員が必ず習得出来る訳じゃない」

 

 打てば響くようにきっぱりと返されるキリトの説明に、私とリーファは揃ってへぇと声を揃えて感嘆した。

 その辺が結構曖昧ではと思っていたのだが、キリト自身結構理解して分類分けをしているらしかった。やっぱりそういう知識面にも秀でているから強くなれたのだなと思う。

 その後、私はキリト指導の下で短剣とある程度の体術の訓練を行った。思ったより素振りの回数は出来たのだが、問題がソードスキルの発動だった。

 メニューのテキストとそこに表示される参考の構えの図を見ても、イマイチ上手く発動出来なかったのである。キリトからすれば、それくらい手間取っても当然らしいのだが。

 三時間ほど掛けて漸くまともに出せるようになって、それからは回数もかなりこなしていった。

 そして五時間後。つまりは午後五時くらいで、目標の素振りとソードスキル二百回をそれぞれ達成した。

 

「……思ったより早い事にびっくり。というか、よく集中力保ったな……」

「まぁ……」

 

 昔から読書家で集中力そのものはかなりあったし、あまり慣れないとは言えそこまで運動が嫌いという訳でも無い。というか本気で取り組んでいたから時間の経過なんて全然気付かなかったとも言える。

 あまり一つの事に拘り過ぎると危険かもしれないし、少し抑えるよう心掛けていた方が良いかなと、ちょっと考えたりした。

 そう考えていると、ふとキリトが私を見ながら腕を組み、何か考え込んでいるのに気付く。

 

「……どうしたの? 何か変な部分でもあったかしら?」

「いや、変……と言うか、何と言うか……短剣の扱いが微妙にぎこちないような気がして……慣れてないだけかな……」

 

 キリトがそう返してきて、何となく言わんとする事が分かった。

 確かに短剣を使って訓練をしていた私だが、五時間ほど続けても完全に自分のものには出来ていないという感じがする。何というか、距離を詰めて攻撃するというのが上手く出来ないと言うか、タイミングを測りかねるのだ。出来はするが、最善では無いという感じで、どうしても距離を取ってしまいがちになる。

 ただそれは慣れていないだけかも知れないと、キリトは言った。

 短剣は初心者には距離を詰める事が難しくて少し扱いにくい武器らしく、まだ慣れていないからという判断も出来るらしい。なので鍛錬を続けて、経過を見て行こうという風に落ち着いた。

 もし続けてもダメだったなら《片手剣》や《細剣》、《長槍》などリーチのある武器へと変える事も検討するらしい。

 まぁ、一朝一夕ではものに出来る筈も無い、ましてやたかが数時間の訓練で一流になる筈も無い。

 それでなっていたらキリトが涙目で黙りそうだ。

 

「分かったわ。ところでリーファの方はどうだったの?」

「ALOのゲームスタイルがPKを主体にしていたし、元々リーファはリアルで剣道をしてたからスタイルに関して言う事は無かった。問題は片手武器を両手で持ってしまう癖があるから、ソードスキルを発動出来ない状態に無意識でしてしまう事かな……」

「イレギュラー装備状態なんてALOでは無かったから、癖がねー……」

「あー……」

 

 剣道は両手持ちが基本なので、リーファも長刀を両手で振るうスタイルだったのだろう。

 しかしSAOに来た事で長刀が《片手剣》にカテゴライズされてしまい、少しばかり不具合を感じている様だった。《刀》スキルは《曲刀》スキルをかなり鍛えなければ出ないらしく、リーファでは選択出来ないから仕方無いと言えば仕方ない。

 ちなみに、ソードスキルを出す為の構えには少々難があるものの、実際に使ってみると結構使い勝手が良いと感じたようで、後は構えをどうにかすれば実戦に出せるくらいだという。この辺はやはり別タイトルと言えどもVRMMOをしていた者と言える。

 私はSAOが初めてなので純粋にリアルの運動神経が反映されているだけだから何とも言えない。キリトの言では筋が良い方らしいから先行きが真っ暗という訳では無さそうで安心はしているが、油断や怠慢は禁物だと、自分を戒める。

 

「……ん、アスナからメールが着た」

「アスナさんから? 攻略は今日はもう終わりなのかな」

「えっと……そうみたいだな。少し早いけど祝勝会する為にこれから集まろうって書かれてる……キリが良いし、今日はここでやめようか。続きは明日だな」

 

 にこりと微笑みながらメールウィンドウを閉じたキリトは、私達にそう促してきた。

 まぁ、何気に私もリーファも五時間ほどぶっ続けでやってたし、キリトも疲労を押して特訓を付けてくれたのだから、これ以上我儘は言えない。

 と言うか正直に言えば今日からとは思っていなかった。キリトは結構無理を通すのだなと、別の意味で思った。

 武器を仕舞った後、私達はキリト先導の下で第一層の教会へとユイちゃんを引き取りに足を向けたのだった。

 

 ***

 

 《キリト個人戦突破祝勝会》とリズが銘打ったパーティーは、第五十七層主街区の中心から少し外縁に外れた所にあるレストランで開かれる事になった。

 そこは客足は少ないものの、味は《料理》スキルを完全習得しているアスナをも唸らせる程に美味しいらしく、ボクはそれを知って早く食べたいなと待ち遠しく思っていた。

 勿論キリトを労うというのが一番の目的だから、それは忘れていない。けれど美味しい食べ物を食べたいという欲求は多分誰もが持つものだと思う、特に娯楽の少ないSAOに囚われている皆ならそれは人一倍の筈だ。

 まぁ、キリトやアスナ、ボク達みたいに《料理》スキルを駆使してオリジナルを作ったり、調味料で工夫出来るようにしている人は別だろうけど。

 

「はーい皆さん! グラスを持って! せーのぉ!!!」

「「「「「キリト個人戦制覇おめでとうッ!!!!!」」」」」

 

 レストランに集まったメンバーはキリトを始め、ヒースクリフとアスナ、ボクと姉ちゃんとサチ、クラインと仲間五人、リズ、シリカ、リーファ、シノン、ストレア、ユイちゃんの十八人が集まった。

 残念ながらエギルは店があるとの事でここには居ない。

 そのレストランに集まったメンバーの中でもかなりの古株なクラインが琥珀色のコップを持ち、各々も色取り取りのドリンクが注がれたコップを持ち上げ、クラインと一緒に示し合わせていた言葉を口にした。

 それを受けたパーティーの中心人物、今日の攻略のMVPであるキリトは、少し面映ゆそうな苦笑を浮かべ、首を竦めた。肩に留まっているナンがきゅるぅ、と彼の頬に顔を擦り付け、くすぐったそうにする姿がまた平和に思えて心が温まる。

 

「いやぁ、マジで《個人戦》は凄かったぜ! あの後、俺もちょいと挑んでみたんだけどよ、堕天使のHPを一割も減らせずにやられちまったよ!」

「最初の攻撃は捌けたんだ?」

「目の前に《絶空》を放ってやったら中断出来たぜ」

 

 《絶空》とは《刀》ソードスキルの中で翡翠色の光と共に横薙ぎを放ち、斬閃が数メートル飛ぶ単発ソードスキルである。前方広範囲かつ長距離に斬閃が飛ぶので牽制に丁度良いそれを、クラインは開幕直後に突進攻撃を喰らう前に放ったので、堕天使は仰け反って中断するに至った。

 ちなみに攻撃の軌道は《辻風》と同じく右薙ぎ一閃。

 異なるのは主な攻撃方法と攻撃範囲。

 《辻風》は敏捷値に依存した突進を含める直線五メートルから十メートルで、こちらは攻撃方向の修正や特攻に関して軍配が上がる。

 対する《絶空》は移動せずその場で横薙ぎを放って斬閃を七メートル前後飛ばすので、一太刀で斬れる数以上の敵を纏めて相手にする場合はこちらが圧倒的に優秀である。距離を開けての牽制にも用いられるから使い勝手はいい。

 ただし、どちらも集団戦、特に敵味方入り乱れる乱戦ではご法度のソードスキルになるので、日の目を浴びる機会は中々ない。

 

「まぁ、その後に物凄い速さで斬られちまって、負けたんだけどな!」

「ボクも挑んだけど無理だったよー……キリト、本当によくあんなの斃せたねぇ」

 

 クラインと同様、ボクもキリトと別れた後に腕試しとして挑んだのだが、やはり勝てなかった。最初の《片翼の堕天使》はまぁ、予想外な行動や攻撃方法を持つものの剣士寄りなので対処は出来た。

 問題はHPを半分にしてから出て来る《殺戮の狂戦士》。アレには手も足も出ずにやられていた。

 怖気付いて無意識に半歩下がってしまっていたようで、『漢に後退の二文字は無ェいッ!!!』と言いながら禍々しい砲撃で敗北した。

 性別の事を言っている訳では無いのだろうし、男勝りな部分があるのは認めるが、あのセリフには忸怩たるものを覚えてしまった自分は悪くないと思う。

 あの時の事を思い出しながら話すと、ヒースクリフも苦笑を浮かべた。

 

「私は狂戦士が出て来た時点で敗北してしまったよ……やはりあの斧使い相手に盾は無謀だったようだ、一撃でガードブレイクされてしまった」

「ヒースクリフの《神聖剣》でもダメとか……」

「それだけキリト君の素のポテンシャルが高かったっていう事ですよ」

 

 キリトが立ち去った後、出来た時間でクライン、ボク、ヒースクリフを含めて他にも何人かが挑んだのだけど、全員が途中敗退した。

 ヒースクリフとボクだけが狂戦士を出せたけれど、出せただけでまともに戦えないまま敗北に追いやられてしまった。ヒースクリフの敗因は、クセで盾を掲げて防御姿勢を取ってしまった事である。

 ちなみに姉ちゃんも挑んだが、火力不足の為に上手くダメージを稼げないでジリ貧で敗れてしまっている。

 瞬間的な火力、絶対的な防御と回避力、相手の能力を瞬時に判断して応じる対応力……全てが高レベルになければ倒せない敵だと思い知らされた。最早歯牙にも掛けられていなかったのだ、アレばかりはレベルを如何に上げていようと関係ないだろうと思えるくらい強かった。

 何時か倒したいと思っているものの、イマイチ倒せるイメージが湧かないので本当に倒せるかと自分自身で疑問の声を上げていたりする。

 ただ攻撃に寄っていてもダメ、防御に寄っていてもダメ、回避に寄っていてもダメ。一撃が重くても速度が無ければダメ。引き際の見極めも攻め込む見極めも、どれもが卓越していなければ勝負にすらならない。あまつさえ天変地異の如し攻撃を凌げるだけの技術が無ければすぐに終わってしまう。

 まったく、あんな敵がどうしてSAOにプログラミングされているのか謎である。

 暫くの間食って騒いでをしていると、ふと思い出したようにクラインが口を開いた。

 

「……あー、そういやよぉ、キリト」

「ん?」

「あのよぉ……これを聞いていいか少し迷うんだがな……」

 

 キリトに何かを言いかけては口ごもるクライン。

 相手を気遣うような感じに少し違和感を覚えるものの、キリトはその先を待っているようで何も口にせず、ただ口を噤んでいた。

 それが先を促している様で、クラインも暫くあー、うーと唸ってはいたものの覚悟を決めたのか、それとも問いの言葉が決まったのか、少ししてからキリトをしっかりと見て口を開いた。

 

「あのよ、最後のホロウとの戦いで何度か思ったんだが……お前ぇ、相手の手の内が分かってるみたいに躱す時があったよな? それに背丈や体格、声も一緒、更には同じ二刀の攻撃……ありゃ一体どういう事なんだ?」

「……それは……」

 

 クラインの、ボク達も恐らく大なり小なり感じていた違和感に対する問い掛けに、キリトは僅かに眉根を寄せて手元のコップに視線を落とした。

 それは何かを言おうか言うまいか、懊悩しているように思えた。

 

「…………あのボスは、十中八九……過去の俺自身だ」

 

 そして、告げられた答えに、ボク達は息を呑んだ。胸中ではやはりという納得の感情と、何故という疑念が浮かんでいた。

 キリトはデスゲーム化はおろか、そもそもSAO制作に関与すらしていない筈なのだから。

 

「俺が新たに得た《ⅩⅢ》という武器も、あのコートも、戦い方も……全て、俺が桐ヶ谷家に拾われる前のもの。だから相手の手の内が分かった、自分自身だったから」

「……なら、最後の白いのは……」

「アレは……」

 

 確かに相手の手の内が分かるのも、過去の自分自身を模しているものだったなら分からなくはない。しかしあの白い化け物としての姿は明らかに人間のそれを逸脱していた、だからボクは問いを投げ掛けた。

 それに対し、キリトは確かに答えてくれた。アレはISコアの思念が負の方向に暴走した、研究所から脱出する時のキリト自身なのだと。ISコアを埋め込まれ、適合したその瞬間にISコアの思念はキリトが溜め込んでいた負の想念に影響され、一気に本来とは異なる手段と方向性で覚醒したという。

 それがあの姿なのだと、かなり大雑把にしたと言いながら説明してくれた。

 

「あの姿は俺と束博士、あとは俺にコアを埋め込んだ研究者しか知らない筈だった……なのにこの世界で現れた。何でいたのかは俺も分からないけど、このSAO制作に俺を人体実験に使っていた組織の誰かが関わっている事は、これでハッキリした」

「「「「「……」」」」」

 

 キリトの予想は、決して否定出来ないものだった。限定的な人物しか知らない姿をも知っているという事は、つまり彼を酷く虐げ、人道に悖る非道な実験をしていた者達しか考えられないのだから。

 そう考えると、ボク達までもがモルモットのように思えて、ゾッとした。

 少し身震いしていると、ふとキリトの硬い表情が柔らかくなった。

 

「まぁ、関わっているからと言って、必ずしもデスゲーム化に関わっているとは言えないけど」

「……どういう事かね?」

「俺の過去のデータを使って一般プレイヤーを戦わせる……という目的だったなら、別に普通のゲームだとしても影響は無かった筈、だとするならその組織がデスゲーム化させたとは言えなくなる」

 

 まだ推測の域を出ないから何とも言えない、とキリトはコップを傾けながら言葉を締めた。

 つまりキリトはこう言っているのだ。例え過去の自分のデータを入れた組織の者がSAO制作に関わっていると言っても、それで必ずしもデスゲーム化した事に関与しているとは言えない、もしかすると無関係なのかもしれないと。

 幾つもの思惑が複雑に絡み合った結果でこうなっているだけなのかもしれないと、彼は言外にそう言っているのだ。

 てっきりデスゲーム化させたのは組織なのかと思い込んでいただけに、ボク達は目から鱗のような気持ちになった。

 

 

 

 ――――キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!

 

 

 

 そんな時に、耳を劈く女性の悲鳴が街中であるにも関わらず響き渡った。

 その途端、キリトはコップを割らんばかりの勢いでテーブルに叩き付けるようにして置き、座面の上に立ち、一気に蹴って宙へ、そして通路へと身を乗り出し、レストランへの出口へと向かおうとした。

 一拍遅れて、ボク達も慌ててそれを追い掛けた。

 波乱がまた、迫り来ようとしていた。

 





 はい、如何だったでしょうか。キリトチート化、及びシノンとリーファ強化のフラグ乱立でした。

 最後の街中に響く悲鳴、レストランで食事、圏内戦闘、デュエル……そうです、今話からアレに入ります。第七十四層攻略と前後してますが、時期的には一応合ってるので気にしてはいけません。細かい日にちまでは覚えてませんけども。

 《個人戦》後も何気に休んでいないキリトですが、それでも事件に首を突っ込もうとする辺り、何時かぶっ倒れるんじゃないかなと書きながら思ってたりします、既に冒頭で倒れてるし……こういう性格だと随分主人公しますよね、元になったキリトも一夏も。私は断然キリト派ですが(笑)(一夏ファンに怒られるかも)

 さて……次話が何時になるか分かりませんが、例の話は多分一、二話で終わるんじゃないかなと思います。何せ一話の文字数が二万文字になってるので(-_-;) これくらい書かないと気が済まなくなってきてしまっていて……だから遅いというのもあるんですが。

 更に次の視点は誰にしようかちょっと迷ってたり……あんまり被るとアレだし、キリト視点は少し書き辛いし……まだユイとストレアは書けませんしね。展開は決まってますが。悩んでしまう。

 では、次話にてお会いしましょう。

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