インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
視点:木綿季
字数:約六千
ではどうぞ。
クロは《天使の指輪》を交換せず、フレンド登録だけして立ち去った。
仕方ないのでキリトと指輪を交換する事になる。元々これが当初の目的だったから、思わぬ再会に掻き乱されたと言えなくもないが、懐かしい仲間が救われる瞬間に立ち会えたのは良かったと素直に言える。
「さて……じゃあキリト、指輪ちょーだい!」
「ん」
ボクが言って左手を、手の甲を上にして差し出すと同時に、トレードウィンドウが表示された。
ちがう、そうじゃない。いやアイテム類の受け渡しとしてこれ以上無く正当な手段だけど求めているのはそれじゃない。
「ん?」
不満を視線に込めて見詰めると、小首を傾げられた。
本気で分からないのか、とぼけているだけなのか。羞恥を見て取れない事から多分本気だ、知識として知っていてもいま求められているとまで判断出来ていないのだろう。十二歳の子供に情緒を求めるのはまだ酷だったか。
所謂生殺しというやつ。
「……うん。キリトって、そういうとこあるよね」
ため息を吐いて、そのあと苦笑。
トレードウィンドウに自分が手に入れた【天使の指輪】を選択し、〇ボタンをタップ。互いの指輪が交換された。一ヵ月に一度だけしかメッセージを送れない、正直あまり意味の無い指輪だが、“交換し合った”という事実が重要だ。
ストレージに入ったキリトの指輪をドラッグし、装備欄の内、左手の指輪枠に入れ込む。
嵌める指は、個人的には薬指を望むところだが。
流石にそれは傲慢が過ぎるので中指にしておく。これが一番波風を立てない対処法だ。
そこで、指輪を嵌めるこちらをじっと見ていたキリトが、ボクと合わせるつもりなのか左手中指に同じ指輪を嵌めた。そしてボクを見上げてくる。
「……キリト、ホントそういうとこだよ」
「えっ」
合わせたのになんで、と驚かれる。
空気を呼んでくれるのは良いけど、期待させられるから困ってしまう。
……まぁ、『指に嵌めて』と直接言わない自分が悪いのだけど。言えばよかったなぁ、なんて今更ながらに小さな後悔が生まれた。
*
「えー! 木綿季ちゃんってば、和人君と二人でクエストに行ってたの?! ズルーい!」
翌日。
更識家から出る送迎者で生還者学校に登校し、午前中の授業を終え、昼食を摂る為にカフェテリアに馴染みの顔ぶれが集まった時、昨日は何をしていたか、という話題が出た。
別にボクをつるし上げようとか、そういう目的でなった訳ではない。昨日はヴァフス達を連れ、キリカやユイ、アスナ達もそれぞれ別行動しており、それについて知りたいと思った面子が自然と話題に挙げただけである。
そこでボクが何をしていたか、の話になり。
ログアウトしようと空都に向かった時、ちょうど戻って来たリーファや姉・ランに見つかり、キリトと二人でクエストを受けていた事がバレてしまい、七色が文句を言ってきたのである。
オレンジジュースのストローから口を離し、大声でそう言う天才と謳われる少女の言い様に、ボクは苦笑を禁じえなかった。
「ズルいって言われてもなぁ……元々誘いを掛けてなかったのに、責められても困るよ」
そりゃあ、和人が好きな面子からすれば、出し抜かれたとか思うのは当然だと思う。しかし彼と二人でクエストに行く事になったのも、元を正せば偶然顔を合わせたからだ。示し合わせた訳ではない。
彼が新規アカウントを作ってから早数日が経っており、未だ央都に行ってこそいないが、既に彼はキリカからヴァフス、オルタの二人の使い魔契約を譲渡されているし、仲間メンバーとのフレンド登録も済ませている。ズルいと思うくらいなら、いっそ自分から行動しておけば良かったのではというのが正直な感想だった。
『彼女は用事が出来たから』と、元々の約束を破るよう仕向けた訳でもない。
むしろ自分の事を意識してもらえる行動をしたぞと、ライバル達に胸を張れるくらいだ。後ろめたい事は何もない。
「まぁ、実際そうよね。和人ならよっぽどの事情が無い限り誘いを断るとは思えないし」
眼鏡を掛けた黒髪の少女・詩乃がそう同意した。
彼女もまたボクと同じ想いの持ち主。キッカケ、理由、方向性こそ差異はあれど、概ね同じ立場なのであれば、真っ当に行動した事を責めようとは思わない筈だ。
妬ましいくらいは思っているかもしれないが。一人で暇そうにしている彼に会えた、という幸運に対して。
「あはは……それで、木綿季さんと和人くんは、どんなクエストに挑んでいたんです?」
「《天使の指輪》っていうクエストだよ」
「天使の……? それってまさか、指輪を交換し合った人とだけメッセージを交わせるっていう、アレの事ですか?」
ダガー使いのシリカこと、珪子が小首を傾げる。
「知ってるんだ?」
「知ってるも何も、SAOにもあったクエですよ、それ。ALOにもあったんですねぇ」
あたしもやった事ありました、と懐かしむように虚空を見上げる珪子。その隣でマスタースミスの片手棍使いリズベットこと里香が、あったねぇと頷く。
「そこまで高難度って訳じゃなかったから非戦闘系のあたしでも攻略出来たクエだわ。道中にいたでっかい兎がまた可愛い見た目でさー、もう攻撃し辛いったらありゃしない」
「でしたねー」
「……兎? え、オオカミじゃないの?」
「は? オオカミ型のMobなんて出て来なかったわよ? 最後の方に天使を捕えたでっかいゴーレムは出てきたけど」
「へぇ……じゃあ、そこが変更点だったんだ」
SAO時代に攻略経験があったらしい珪子、里香によれば、どうやらクロと共闘したオオカミ型のボスは、ALOに実装するにあたって変更された点だったらしい。まあ魔法弾の存在を考えればある意味当然ではある。モンスターとは言え、可愛らしい姿の兎を討伐するのも天使的にどうなんだ、という話があったのかもしれない。
キリトは特に何も言わなかったので、彼はした事が無かったクエストなのだろう。
攻略、ボス情報獲得クエストにも何ら関係無さそうな上に、シリカ達が攻略できる難易度だった事を考えれば、彼が《ビーター》としてソロ攻略をしていた全盛期。誅殺隊の結成前後と考えればしていないのも頷ける。その頃だと《月夜の黒猫団》の事でキリトもサチを加えたボクとランもピリピリしてイベントクエストどころではなかったから、ボク達が経験してないというのも当然だった。
「むぅ……やっぱり木綿季ちゃん達は強敵ね……あの話、受けようかしら……」
ズズ、と紙パックの底に残っていたジュースを吸い上げ切った七色が、悩む表情で小さくそう洩らす。喧騒に包まれているカフェテリア内でも同じテーブルに着いていればある程度は聞こえる。
「七色、あの話って何の事? まさか和人、もう別の契約で動いてるとか……?」
《事変》の事、ヴァフスの事、そして最近起きた女権暴走事件で体を酷使した彼は、しばらくは休養を宣言している。しかし彼の言う事――特に『休養関係』はあまり信用出来ない。休める時間を作っておき、それ以外は裏で動くとかはザラなのが彼だ。極論“死ななければ安い”という考えで動いている節すらある。
七色は研究者としての立場こそ剥奪されているが、あれだけの問題を起こしていながら損害賠償だとか、裁判沙汰になっていない辺り、和人と同様に政府と取引をしている可能性は高い。
名声や評判こそ失墜はしたが、アイドルとして活動していた彼女のパフォーマンス力や科学者としての頭脳、行動力、発想力は何れも本物である。手探り状態のVR方面で活動していた事もあり、その能力を腐らせるほど日本にも余力が無い事は和人の話から判明している。菊岡誠二郎の気質から考えて、いま仮想世界での活動に呼ばれやすい人物の一人は七色と言っていいだろう。
だから関わっているのかと思ったが――――
「え? ……うーん、多分違うと思うわ」
ボクの質問に一瞬キョトンとした彼女は否定を返して来た。ただ自信が無いのか、首を捻りながらの返事だ。
まあ言わんとする事は分かる。彼も隠し事が多い人だから、七色が知らないだけで実際動いている可能性も捨て切れない。
――こう考えると、疑ってばかりでイヤになる。
何が悲しくて好きな人を疑って掛からなければならないというのか……――
「じゃあ『あの話』っていうのは何なの?」
「えっとね、和人君が登校してきた初日にね、あたしは彼と一緒に《メカトロニクスコース》っていうのを選んでたの。《メカトロニクス》っていうのは機械工学、電気工学、電子工学、情報工学とかを複雑に融合させた技術分野の事で、VR技術はここに分類されるのね。あたしと和人君はVR技術とか、ハードの事とか、それらについて議論を重ねて、今後に役立てようと話し合ってたの」
そういえばそんな事を話していたな、と半月ほど前の事なのに遠い昔のように思える記憶を想起する。だからこそ、和人が東京湾沖合の人工島《IS学園》に隔離された事を心底惜しんだというのも知っている。
「で、今はその和人君が隔離されてる。一応フルダイブも併用した通信教育で受講はしてるっぽいけど、《メカトロニクスコース》の作業は半ば凍結も同然。彼も居なきゃ実験が出来ないからね」
「あー、それはそうだよね……七色ちゃんと和人君のたった二人のコースだった訳だし……」
ペットボトルの紅茶を飲んでいた明日奈が合いの手を入れた。
そして、あれ? と首を傾げる。
「でも七色ちゃんって、まだ同じコースだよね? 一人だと流石に認められないんじゃ……」
「うん。認められないから、他のコースに移るよう勧められてるんだけど……そこで学校の『上』の方から話が来てるのよ。あたしも《あっち》に行かないかって」
『上』というのが政府――恐らくは菊岡――を指し、《あっち》とは言わずもがなのIS学園である事は、すぐに理解出来た。
気になるのは、何故彼女にそんな話が舞い込んできたか。
「……メカトロコースの成果を期待してる、とか?」
「さぁ? あたしも、詳しい事は知らないのよ」
無いだろうなぁと思いながら浮かんだ事を言う。七色は、お手上げだと両手を上げ、首を横に振った。どうやら本当に何も知らないらしい。
ぱっと思い浮かぶ事としては、さっき自分が言った事――――仮想世界技術に造詣の深い二人が作り出すものに期待を掛けている事で一つ。あとは和人と七色の二人を揃える事にまた別の意義を見出している事で二つ。IS学園に何かがあり、それに七色も必要である事で三つ。
おそらく――三つ目。
メカトロコースの成果は多分表向きの理由としてしか使われないだろう。七色は既に義務教育レベルの学業を修了しているから、極端に言ってしまえば登校する必要性すらない。日本の現状を鑑みれば、VR技術の安定化を図るべくすぐにでも研究員として活動させる方が吉。そのために余人に触れられない学園に隔離するというのは、存外悪い話では無い。
勿論、未成年者とか、《事変》での経緯を考えれば、ある程度のバッシングはあるだろう。
しかしIS学園が関係している時点で政府が関与しているのは明白だから、七色個人の人間性はそこまで重要視されない公算が高い。
――まぁ、それはいいんだ。
そう、それはいい。今の話題に於いてその辺の事情は然して問題では無い。
問題は――――
「それ……七色があっちに行ったら、和人と二人で過ごすっていう事……?」
「生活区画は流石に別だと思うけど……メカトロコースの成果は授業単位になってる訳だし、顔は合わせると思うわ。あっちなら機材や材料も豊富そうだしこっちに居るより色々とトライアンドエラー出来そうなのも魅力だと思う」
危機感を募らせながら問うと、半ば以上色気の薄い答えが返って来た。
こういうところが研究者気質なんだろうな、と思う。同時に、和人と気が合いそうだ、とも。彼もなんだかんだデータ取りやら実験やら検証やら研究者気質な側面があった。
リーファやボク達は心情面から彼に近付いていた訳だが、彼女は仕事や性格の気質面から彼に近付いている訳だ。
――中々の強敵だ、彼女は。
話し方から察するに、彼女はその話を受ける気でいるのだろう。というかメカトロコースは授業単位に含まれるので、コースを変更する気が無いのなら、必然的に受けざるを得ない。そして政府は七色にVR技術関係の研究に携わって欲しいと考えている。メカトロコースは、そのプレテストのようなもの。
……それ、そもそも受けざるを得ないものではないだろうか。
「――――ふふっ」
そう思い至ったのも束の間。
何かを察したか、七色がボクを見て、挑発的に微笑んだ。
――察する。
この少女は、全部分かった上で話をしてきた。二人でクエストに挑んだ事への不満、妬みは本物だろう。その仕返しのような形でこの話を明かしてきたのだ。
――気に入らない。
彼女に悪気が無かった事も、性根が悪くない事も、理解している。
その立場に在る事も。
物理的に彼に近付けるのも。
すべて、彼女が努力し、積み上げた彼女の頭脳に起因している。だからメカトロコースの成果を、あるいは学園にあるのだろう『何か』への一員として期待され、IS学園に移る話が舞い込んでいる。
ボクにそれが無いのは、それだけボク自身に彼に見合うだけの《価値》が無いからだ。
ボクだけじゃない。直葉も、藍子も、詩乃や明日奈達だって、みんな一緒。デスゲームを共に戦い抜いた間柄。それは確かに強固な絆を繋ぐものだけど――世間からすれば、『関係性』の一言で纏められるだけのもの。それそのものに付加価値は無くて、評価の対象外。
脅威として、和人はその実力と精神性を評価され、隔離された。
有能として、七色はその頭脳と研究心を評価され、話を持ち込まれた。
――分かってる、これが卑しい気持ちだって事も。
ただ、それでも――
ボクは、七色の事が妬ましくて、気に入らなかった。
一番気に入らないのは、そうやって燻り続ける自分自身だった――――
・紺野木綿季
自分の
腕っぷしはあるけど、和人や七色のような『世間に評価される能力』というものはなく、一般人からすれば『デスゲーム生還者な現役女子高生』。和人の傍にいるには同等の
SAO時代はレベルや実力、覚悟が求められた。
現実に於いては客観的な評価・価値が求められる。そうと分かってはいるが、良くも悪くも『一般人』なので動こうに動けない。
――尚、和人は『一般人』という”普通”をこそ望んでいる(ISに関わって欲しいと思っているなら束に頼んで既に専用機の訓練を付けているだろう)
現実とはままならぬものである。
・枳殻七色
和人とセット扱いされ始めた天才少女。
和人が抑止力になるトラブルメーカー扱いか、あるいは和人の成長促進剤扱いされているのかは未だ不明。多分どっちもかな(ヒドい)
メカトロコースの成果の為か、IS学園への移動の話が出ている。
実際義務教育課程レベルの勉学は修了しているので、法律的にも問題無かったりする。動かせる駒を遊ばせている余裕は日本には無いのだ(無慈悲)
・菊岡誠二郎
SAOに於ける日本政府の犬。
陸上自衛隊二等陸佐、同時にVRの行く末を見守る総務省仮想課の窓際室長。仮想世界の事は『とある目的』のためにつぶさに監視している。
和人と七色、両者の衝突での変化を見届けようとした男の手元に二人が揃った今、動かさない手は無い。
――そういえば、《事変》頃に和人が使ってる試験機がありましたネ。
和人は位置情報を特定されるチョーカーを巻いており、IS学園から動けない=六本木には行けない。
学園にある地下は一般人はおろか在校生にもほぼ存在すら知られていない。
あとは――分かるネ?
これで一先ず《ガールズ・オプス》編は終了かな?(全然ガールズ出て来てない上に原典より暗い……!)
ルクスファンの方、ごめんなさい。
わたしもつらい()
では、次話にてお会いしましょう。