インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 筆が乗って二つ目だぜヒャッハー( `ー´)ノ

 でも短いんだよなぁ……()

視点:キリト、ユウキ

字数:約六千

 ではどうぞ。




朋友 ~絶剣の(あい)

 

 

 スメラギとフレンドになってから数日後。

 ヴォークリンデのダンジョンを巡って自己強化に励み、種族熟練度も二百の大台に乗り上げたのを良い止め時と判断したのは、午後十一時を少し過ぎた頃だった。

 今日は日曜日。翌日仕事や学校があるとは言え、日を跨ぐ前の今は多くのプレイヤーがログインし、クエストやショッピング、レベリングに精を出す時間帯。空都ラインの人通りは、そのログイン数に反してやや少ない印象を受けた。

 自分は通信教育制度を取っているし、プレイ時間を制限されている訳でも無いので、別にまだログアウトする必要はない。

 しかし早朝鍛錬を含めた日課のサイクルを崩さない事を心掛けているので、今日はもうやめるつもりだった。

 空都の宿屋《()()()()()()》に入る。

 宿の部屋は押さえたままなので、カウンターに立つNPCに話し掛けて木製の鍵を貰う。

 そうして振り返ろうとした時――背後に、気配。

 

「キーリト!」

 

 直後、快活な声が背後から聞こえた。

 同時に体に腕が回され、後ろから抱き締められた。視界に映る腕を覆う袖は紫色。覚えのある声で紫色の服となれば、心当たりは一人だけだった。

 くるりと、首だけ回し、背後を見る。

 

「ユウキ、いきなりな、ん……だ……?」

 

 名前を呼びながら振り返った俺の言葉は、知らず知らずのうちに尻すぼみになっていった。視界に映った人物が、心当たりの人物――ユウキその人であると、自信を持てなくなったからだ。

 

「んー?」

 

 にかりと、まるで悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、小首を傾げる女性。その顔つきはとても大人びたもので、記憶にあるユウキのそれより年上の造形だ。

 抱き上げられている高さからしても、以前より少し高い気がした。

 確かに自分は仲間内でも非常に背が低く簡単に抱き上げられてしまうくらいに小柄だが、それでもユウキにされた時はまだギリギリ足が付いていた。しかし今は、記憶よりも少し太く長い腕で、完全に足が付かないくらい抱えられている。

 頭上を見る。

 ――《Yuuki》と、フレンドにだけ見える名前のフォントが表示されていた。

 視線を顔に戻す。アメジストを思わせる瞳はそのままで、インプ特有のやや陰りのある肌の色も記憶の彼女そのもの。纏っている服も多少サイズアップされているが形状自体はSAOの頃からのものだ。腰に帯びている黒剣も、リズベット会心の逸品。

 どこからどう見ても【絶剣】と呼ばれている剣士。

 ただ、アバターの外見年齢だけが一致していない。

 

「……《メタモル・ポーション》でも使ったか?」

「大正解! こっちにもアシュレイさんが居てね、お客様第一号としてお裾分けしてもらったんだよ」

「へぇ……」

 

 予想は当たっていたらしく、大人びた顔つきでも快活少女然とした笑顔でユウキは頷いた。

 しかも懐かしい名前まで出た。

 SAO時代、全プレイヤー中最速で《裁縫》スキルを完全習得した事で、カリスマお針子の座を獲得したプレイヤー。それが《アシュレイ》。女性らしい言葉を使う独特な人物ではあるが、その美的センスは非常に高く、男女関係無く魅了する意匠の服を何着も売りに出し、界隈では《アシュレイ・ブランド》なるシリーズ品も存在したという。

 かく言う自分も革装備の作成で手を借りた事があるし、アスナ達はファッション関連で足繁く通っていたという。

 そしてユウキは、普段付けているバンダナがアシュレイ作。しかもSAO時代で露店を出した時の来店客一人目で、それからの付き合いだと聞いている。おそらく今回のお裾分けはSAO時代の付き合いを含めたものだろう。

 彼はファッション業界の職に就こうとしていたが、男性だからと正当な評価を受けられず、理不尽な煽りを受けていた一人。だからVRで磨いてやるのだと息巻いていた。

 アシュレイもデスゲームを経験した一人だが、彼は死の恐怖に直面する戦闘よりも、服飾という仕事に血道を捧げた生産職。そちらに傾倒し続ける生活に馴れれば、自然とデスゲームと重ねて起きるVR空間への忌避感も薄くなる。

 リズベットも含め、戦闘以外の事であの非日常に馴れていた人はALOに居ても別におかしくない。

 むしろ最前線で命のやり取りをしていた自分やユウキ達の方が世間的には異常扱いされている。アシュレイと違い、今も昔も戦闘ばかりしているイメージがあるからだった。

 

「……むぅ。キリト、思ったより驚いてないね?」

 

 そんな事を思い出していると、大人びたユウキがややむくれた顔をした。びっくりしていなかった事が不満らしい。

 生憎だが悪戯好きな(スト)(レア)がいるから突発的事態には馴れてしまった。あの義姉は脈絡なく抱き付いて来るから。

 

「ユイ姉の姿の経緯は知ってるだろう? だからだよ」

「ああ……そういえば、ユイちゃんって本来はキリトくらい小さいんだっけ。忘れてたや」

「もうあの姿で固定してるみたいだしなぁ」

 

 俺は数日、リーファ、シノン、ストレアは一日、それ以外が数時間程度しか少女姿を見ておらず、普段から大人形態を維持している以上、イメージされる姿がそちらで固定されても仕方ない話だ。世間的にもストレアの印象も相俟って大人形態で伝わっているらしい。

 少女姿が元の姿と言われても、納得出来る人がいったいどれほど居ることか。

 

「ところでさ、ユイちゃん達は?」

 

 俺とリーファ、茅場は確定で、ストレアは微妙だなぁ……と脳内で数えていると、ユウキがそう問うてくる。体が左右に少し揺れているから辺りを見回しているのだろう。

 

「多分今はキリカ達と素材集めにでも行ってるんじゃないか?」

「ふぅん……ヴァフス達も?」

「……圏外に行ってるな」

 

 左手を振り、メニュー画面からヴァフスとオルタの位置情報を確認する。キチンとしたAIを積まれている二人は通常の使い魔と違い独自の思考と精神の下で行動する。もちろん契約者の指示や制約は受け付けるが、余程のものでない限り――取るに足らない細かな指示などは――二人の独自判断で取捨選択される。

 そして俺は、俺のフレンドや仲間達からの誘いであれば、喩え俺が居ないとしても行動して良いと伝えている。

 そのためヴァフス達は、自分達が従うに値する強者、つまりキリカとリーファの指示のみよく聞いて動くし、共に行動する。それ以外とは応相談だがあまり乗ってくれないが、キリカはAIとしてほぼ常にログイン状態なので二人が野良行動する心配はあまりしていない。これで俺かリーファしか聞くつもりが無かったら困った事になっていただろう。

 

「そっかぁ……」

 

 だから近くには居ないと伝えると、耳元で、囁かれる。

 ――くす、と笑む気配。

 ぞわわ、と背筋の産毛が総毛立つ。寒気とも、悪寒でもない、この感覚は……

 

 

 

「じゃあさ、ボクに付き合ってよ」

 

 

 

「……何に?」

「クエストに」

 

 ――その独特の気配を打ち消すように、あっけらかんとユウキがそう誘いを掛けて来た。

 

「……そう」

 

 ……何とも言えない心地になったのは内緒だ。ぜったいに。

 

 ちなみに人がいないのを確認したのは、仲間の誰にも知られず、二人きりで向かいたかったかららしい。然程時間を要さないという事で、日を改めず直行する事になった。

 明日学校だから辛くないのか、と聞いたが、攻略組時代のサイクルで慣れたから大丈夫だよー、とほわほわ笑いながら返してきた。

 大丈夫じゃないと言えば、キリトにだけは言われたくないなぁと返されて。

 ぐぅの音も出なかった。

 

 ……むぅ。

 

    ***

 

 《天使の指輪》。

 それがボクが受け、キリトを誘ったクエストの名前。確定報酬の一つには指輪の装備品があり、それを題するクエスト名になっているらしい。そのアイテム名は《リング・オブ・エンジェルズ・ウィスパー》。直訳すれば『天使の囁き声の指輪』となる。

 なんでもかんでも英語に訳したらいいわけではないと思う。

 偶に思うのだが、装備品の名前を決めている製作者やある程度は自動生成で付けているのだろうカーディナルのネーミングセンスは、壊滅的な事がある気がするのは気のせいだろうか。

 じゃあボクが付けろって言われても普通に困るけれど。

 そんな事を考えながら、ボクとキリトは、アルヴヘイム本土の一角――スプリガン領に当たる古代遺跡群の端に降り立った。

 ちなみにそこまでの道中は別行動だった。

 キリトは新規アカウントで始めたばかりで央都に行っておらず、従ってアクティベート情報にも載っていないので、北東に位置するスプリガンの更に北寄り――北北東のレプラコーン領に転移門で戻ってから南下しただけである。

 ボクは央都の南東に位置するインプ領から北へと進み、ウンディーネ領を経由して、スプリガン領へと向かった。

 ALOの運営が変わってから無制限になったという飛行を駆使し、全力飛行したので、移動に要した時間は十分かそこらだ。飛行モンスターも居なくは無かったが、すれ違いざまに首を落として即死させているのでトレインなどのマナーレス行為も防げている。

 フレンド登録も済ませていたので合流も問題無かった。

 

 ――……フレンド、かぁ。

 

 脳裏に思い返されるのは、レプラコーンで始めたキリトと出会った日の事。

 その日、キリトはレプラコーンのアカウント二日目で、ヴォークリンデでレベリングを終えて空都に戻った彼と偶然鉢合わせ、これ幸いとフレンド登録した。

 問題はその時の発言だった。

 

『ん、早めにみんなとフレンドになりたいと思ってたけど、スメラギのすぐ後とはタイミングが良い』

 

 特に深く考えずの発言だったのだろう。

 

『……え、ボクが最初じゃなかったの?』

 

 でもその瞬間、ボクはびしりと固まった。だって仲間内の誰からもキリトがALOを再会した話をしていなかったのだ。実際、彼もまだ誰にも伝えていなかったと言っていた。

 そしてキリトはやや人間不信のきらいがあり、フレンド登録するのも、リアル割れしている事から色々と考慮し、本当に護りたい大切な人だけに厳選している。狭く深く、それが彼のスタイルだった。

 だというのに、二番手。

 

『しかも、スメラギが最初……?』

 

 ――しかも、一番手は少し前まで彼と敵対していた男だという。

 

『うん? ああ、うん。一時間くらい前にヴォークリンデでスメラギと会って、その時に』

『……それ、キリトから?』

『ああ』

『……へー……ふーん…………へー……』

 

 メラメラと胸中に炎が湧き立った。ドス黒くは無いけど、黒い炎。人が言うところの《嫉妬》のそれ。

 別にフレンドの順番で順位付けされる訳ではない。なんなら、ライバルの女性陣では最初にフレンドになっているのだから、抜け駆け染みた事をしていると言える。

 けれど――それでも、やっぱり《一番》は特別なのだ。

 一番付き合いが長いアルゴ。

 一番にフレンドになっていたクライン。

 ボクよりも、誰よりも、一番に優先されている義姉リーファ。

 ――意味なんて無い事は分かってる。

 彼がそれで、ボク達との接し方を考えているなんて事はない。

 ……ああ、けれど。

 それでも。

 ボクはスメラギが妬ましい。

 一番手な上にキリトから申請を送ってもらった男が妬ましい。

 

 ――敵だったじゃないか、彼は。

 

 そう、喉から吐いて出そうだった言葉は、どうにかして飲み下せた。キリトとスメラギの関係は、キリトの方から申し出て成立したもの。それに不満を吐けば、ひいてはキリトを否定する事にもなる。

 スメラギ側からの申し出なら、文句の一つや二つ、自然に出せただろう。

 でも、キリトからの申し出じゃ、言えない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――七色(セブン)とも、親しげだし。

 

 たった、一週間。

 されど、一週間。

 《事変》中の戦い。神を僭称(せんしょう)する程に承認欲求を肥大化させたセブンは、欲望に忠実だった。それは必然だ。彼女は《クラウド・ブレイン》を完成させる事を手段として、人から認められたいと無自覚に願い、動く子供だった。

 だからこそ、その欲望は果てしなく。

 ――故に、純粋な想いそのもの。

 ボクは彼女の事が好きではない。赤の他人そのもの。でも、キリトの傍で、二人っきりで一週間も学校で過ごしていたから、警戒している。

 彼女が抱いている感情は、多くの人が知っている。

 勿論、ボクやリーファ達も把握している。だから警戒している。彼がコロッと堕ちる事は無い事は、遺憾だが理解している。でも――対抗馬として出てくれば、彼女はかなり強い相手になるだろう。

 セブンだけではない。彼女の実姉たるレインまでもが、キリトの事を語る()()に変化があった。

 

 ――この、女たらしめ。

 

 少しだけ、背後を振り返る。

 《メタモル・ポーション》を使い大人の姿に近付いたボクには、以前より彼が小さく見える。華奢で、儚げ。リアルを忠実に再現しているきめ細かな白磁の肌、光沢を持って白銀色に見える長髪がその印象を強くする。

 でも――彼は、『男』だ。

 その歩みは泰然としている。

 金の瞳には、慄然を抱かせる煌めきがある。

 ――嗚呼、と脳髄が痺れる。

 どんなに姿を変え、苦境に落とされようと、命懸けで生き抜く彼の芯は折れていない。それどころかますます強くなっている。

 

 ――ボク、あれに触れたんだ。

 

 金の瞳に宿る強い光。

 それはあの《事変》の時、女神へと変生(へんじょう)したセブンを下した一撃の心髄だ。

 護るという誓約。

 生きるという意思。

 死にたくないという本能。

 強くなりたいという願望。

 ――()()へと走る、純真な決意。

 そのためなら、払える犠牲を払う覚悟。

 酸いも甘いも噛み分けて、飲み下して、光と闇の両方を体現する守護者。かつては秩序の体現者だった。秩序の為に命を燃やし、秩序の為に死ぬ事を良しとする狂人だった。

 いまは、個人の為の守護者だ。

 ただ、その覚悟と決意が、並みの人を凌駕しているだけ。

 ――それが、とても眩しくて。

 ボク達は、明かりに集る蛾のように、引き寄せられて……

 

「――どうかしたか、ユウキ」

 

 鈴を転がしたような、軽やかな声が耳朶を打つ。

 じっと見過ぎたのだろう。眼前の少年は、訝しむように小首を傾げている。不快げでないのは彼の優しさ故か。それとも、自分への信頼なのか。

 どちらにせよ、少年らしからぬ可愛らしい所作は目を奪うに余りある。

 

「ねぇ、キリト」

「うん?」

「――ボクの手、離さないでね」

 

 そう言って、彼の右手を取る。彼が剣を握る手だけど、クエストに登場する敵は種族熟練度七〇〇超えの自分なら片手間で片付けられる雑魚ばかり。

 偶には良い所を見せたかった。

 ……でも、それだけじゃ、なくて。

 

「……離しちゃ、だめだよ」

 

 ギュッと、記憶より小さな手を握る。

 

 

 

 ――心の奥底に蟠る影が、薄まった。

 

 

 






・《天使の指輪》クエスト
 公式スピンオフ漫画《ガールズ・オプス》に登場するクエスト。
 本作にも《ホロウ・エリア》で登場した《ルクス》が正式に登場するストーリー。


・《リング・オブ・エンジェルズウィスパー》
 確定報酬で手に入る指輪。
 『囁き声(ウィスパー)』と入っているのは装備品の効果。手に入れた指輪を他者に渡す事で、『月に一回だけ』相手に声を届けられるというメルヘンアイテム。
 原典キリトはシリカから貰っているが、『便利アイテム』という認識だったらしい。月一回で便利アイテム……?


・ユウキ
 キリト()(あい)する乙女。
 キリトの事が大好き。セブン、レインという強敵出現に危機感を抱き、ライバルの誰も把握していない状況で二人っきりでクエストに誘うという高難度プレイをやってのけた。
 SAO時代に告白済みだが、キリトが将来的に生きる道を確立出来るまではライバル全員保留に納得している。
 純粋に好感度稼ぎ――だけではないが、諸々含んだ理由。

 最初にフレンド登録した枠を狙っていたが、スメラギに取られていた事に嫉妬全開。

 ちなみにSAOベータ時代はアルゴ、SAOデスゲーム時代はクライン、引き継ぎのALOアカウントではユイ(未描写)に初回を取られている。今度こそはと息巻いていたのにまさかのスメラギに取られていて憤懣やるかたない心境。


・ユウキ(大人ver.)
 作者の趣味で爆誕した大人びたユウキ。
 《メタモル・ポーション》を使い、少し体が成長。現在165㎝(アスナくらい)なので普通にキリトを抱き上げられる。イメージとしてはユイと抱き合うアスナくらいの体格差。
 下手すると母親と子供くらいの身長差が出来た。


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