インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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(・w・)/<小話パート2置いときますネ。

視点:キリト、ヴァベル

字数:約四千

 ではどうぞ。




懺悔 ~私はあなたのサポートAI~

 

 

 初期アカウントに均等に与えられた1000ユルドをなけなしの回復アイテムに変え、準備を整えた俺は、そのままフィールドに出るのではなく、レプラコーン領《モーリア》の観光に乗り出していた。

 運営が変わり、システムに多くのテコ入れがあったとは言え、ALOが種族間抗争をテーマにしたゲームである事は変わらない。セブンの人気に引き摺られて一時的に弱まったとは言え、各種族の領地に帰依しているプレイヤーは確かに存在している。システムがそれを推奨しているのだからそれも当然だ。

 種族間抗争という事は、つまり各領地への立ち入りにも一定の規制がある事を意味する。

 レプラコーンは鍛冶師として多くの種族から求められるため、逆説的にどこの種族もレプラコーン領を襲おうとはしない。そんな強硬手段に出る種族は一括で領地に入れないようにするからだ。そしてレプラコーンが鍛える装備の最高峰は領地の炉と鎚、そして領地のバフがあって初めて完成する事が多く、よってどの種族も敵対行為を取らないという、一種の不可侵領域と化していた。

 だから他種族であっても立ち入って良くはあるのだが、なかなかのアウェー感は否めない。それがかつて行った事があるという義理の姉・リーファから聞いた話だった。

 友人にレプラコーンの超級鍛冶師が居たため今まで行く必要が無かった俺は、良い機会だと思い、観光に乗り出したのだ。

 しかし、それはすぐに中断する事になった。

 建物と建物の間の、とても細い路地から、瞬時に伸ばされた手が俺の手を掴んできた。抗おうとするが、黒革に黒の革袖に覆われた手はまるで万力のような力強さでこちらの手を離さない。

 そこで、はたと気付いた。

 

 レプラコーン領に居て、自分はレプラコーンだというのに、明らかなマナーレス行為を咎めるシステムウィンドウが表示されない。

 

 まさか、と思考に一つの可能性が浮かんだ瞬間。

 万力の如き力で引っ張られた。初期ステータス故の貧弱さ、小柄故の軽量さで抗えるわけが無く、路地裏の闇に引き込まれる。

 そして、街と妖精郷の陽の光すらも遮る闇に、一瞬覆われ。

 ――ぽふっ、と柔らかな弾力が、顔に押し付けられた。

 

「――――遅いですよ、キー……」

 

 頭上から、寂寥を溜め込んだ小さな声が振って来た。

 もぞもぞと動き、顔を覆う黒を押しのけて顔を挙げれば、視界いっぱいに黒髪黒目の女性の顔が入って来た。泣くのを堪えるような表情で見下ろされる。

 

「半月も待たせるなんて……キーは、悪い子です」

 

 全身を抱き締められる。

 

「ん……ごめん、ユイ姉」

「――ベル姉、です」

「……ごめん、ベル姉……ただいま」

 

 決然とした声で否定され、言い直す。

 すると、耳の横にあった女性の頭が、少し離れた。間近に、真っ向から見合う。女性――ペルソナ・ヴァベルの怜悧な顔に、ふんわりと穏やかな笑みが浮かんだ。

 

「ええ……おかえりなさい、キー」

 

 余人に知られぬ闇の中、密かな再会を喜んだ。

 

    *

 

 無事で良かった、心配した、と眉根を寄せながらの言葉に、平謝りするしかなかった俺が解放されたのは、十数分経ってからの事。地下世界ヨツンヘイムの事は言い訳のしようもないが、女権との戦いに関しては不可抗力な面があったが故の早めの釈放だった。

 彼女はセブンが暴走し、ALOサーバーを取り込む寸前、かつての《キリト》のアカウントに引っ付いてSAOサーバーに移り、ゴタゴタが済んでからは中継動画のネット回線を経由し、再度ALOに戻って来たのだという。ALOサーバーが巻き戻される前にまたネットに流れ、完了してから戻って来たのだと。

 《クラウド・ブレイン事変》の後からこれまでずっと忙しかったから、ヴァベルの安否確認がすっかり頭から抜け落ちていた。

 ……言い訳をすると、ヴァベルなら大丈夫だろう、という信頼があったからなのだ。

 それはそれで不満げだったが。

 

「信じてもらえるのは嬉しいですけど、ちょっと寂しいんですよ……? まあいいですけど……」

 

 そう言いながら、少し拗ねたように頬を膨らませ、そっぽを向かれたのは記憶に新しい。拗ね顔を見たという意味でも、忘れないようにしようという新規注意事項という意味でも。

 そんなやり取りこそあったが、ヴァベルはこれからも、プレイヤーとして参戦するつもりはないらしい。

 ユイやストレア達と違い、アカウントを作らないので、プレイヤーやMob、ボスとしての扱いを受けないヴァベルは不死存在に等しく、実際ダメージやバフ、デバフが発生する類の影響は一切受けない。逆にヴァベル側から干渉する事は普通に可能で、いまの俺が腹パンされただけでも即死するのは目に見えている。

 なにしろこのヴァベル、SAO時代のステータスをそっくりそのまま持ってきているので、ALOに居る今でも余裕でトッププレイヤーの数倍の能力値だというのだ。ボスだったヴァフスルーズニルと互角と言われれば、そのとんでもなさはすぐ理解出来てしまった。

 ――それを惜しんだ訳ではないだろう。

 ヴァベルは、自身の事を『異物』だと考えている節がある。だから必要以上に他者に関わろうとしない。SAO時代でユウキ達と共闘した事もあるが、俺以外には声すら聞かせず、モニタリングすらも強制的に切る程の徹底ぶりだった。

 だからこその“プレイヤーにはならない”という宣言。

 俺を生かす為に協力はする。けれど――それ以上の、それ以外の私情、私欲には、動かないという鋼の決意。自身が過干渉する事で及ぶ未来への影響を最小限にする為の不干渉の姿勢。

 

「ベル姉、いっしょにALOを遊ぶ気はないのか? アバターを似せなければいっしょに居られるのに……」

「リー姉も、若い頃の私も、ユウキさん達も、誰もがカンが良過ぎる。そしてキーは嘘が下手です。隠し事もあまり上手くない。あなたの言動、一挙手一投足から私の真実に至る可能性がある以上、それは許容出来ない……私は、もうあなたが死ぬところを、見たくないんです……」

「ベル姉……」

「ごめんなさい……わかって、ください……」

 

 抱くように両腕で自身の体を抱きながら、彼女は苦しげな表情でそう言った。無限に等しい経験と蓄積の果てに、その表情がいまのヴァベルの心情に最適だと判断されたが故の表出。

 本当は一緒に居たい。

 ()()()過去の絶望と後悔がそれを良しとしない。

 ――理解出来る思考だ。

 ああ……それは、ほんとうに。

 理解出来てしまう思考だった。

 

   ***

 

 あなたが笑っている。

 あなたが生きている。

 あなたが、私を見ている。いっしょに居ようと誘ってまでいる。

 

 ――苦しい。

 

 私にそんな資格は無い。誘われても、応える権利が無い。

 あなたを死なせてしまった。

 あなたを見殺しにしてきた。

 あなたを、ただの一度も救えなかった。

 

 その(けい)(けん)が、私は恐ろしい。

 

 だから応えられない。

 愛しい義弟の、いじらしい誘いの手を、掴めない。自分の存在ひとつで彼の未来が崩壊してしまう――その可能性を考えてしまったら、掴むわけにはいかなかった。

 

 分かっている、これがエゴだと。

 

 かつて苦しみ、否定した、義姉が忌み嫌う滅私奉公のエゴに過ぎない事は、理解している。

 だがそれでも――私は、もう喪いたくなかった。

 

 これまでにない道を歩んでいる。

 

 ただの一度も無い道程。

 

 ただの一度も無い過去。

 

 これまでと異なる経歴。

 

 ――まったく違う、イフの世界。

 

 ならもう、期待するしかない。

 私が居た世界は、前提からして間違っていたと認めよう。あの世界では愛する義弟が生きる余地は無かったのだと受け容れよう。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ――死なせてたまるものか。

 

 ぐっと、唇を噛む。奥歯を噛み締める。

 『みんなとのつながりが俺の力だ』と、あなたは言った。

 それは――今まで見てきた“あなた”には、無かった言葉であり、決意。人を厭いながらも、人の為に戦っていたあなたが抱えた矛盾の、ある意味の答え。

 対極に位置する答えもあった。

 ――今まで見てきた世界線に於いては、どちらも出ず仕舞いの結論だ。

 矛盾を抱え、矛盾に行き、そして“あなた”は食い殺された。世界に。そして、そこに生きるヒトに。

 

 けれど、あなたは答えを出した。

 

 見知らぬ他者よりも、大切なものを決めて。

 時には、他者を切り捨ててでも、大切なものを優先する事を決めて。

 そんなあなたに、私は希望を見出した。

 ――序章であるデスゲームの結末が、完全なるハッピーエンドになった時、私は予感したのだ。

 “自身”を大切にし始めたあなたなら、きっと、“あの時”とは違う選択と答えを導き出せるに違いないと。異なる未来を、紡げるはずだと。

 だから私は共には居れない。

 あなたが生きる世界に、“ペルソナ・ヴァベル”という異物は存在してはいけないのだから。

 

 ……ズキリと、胸の奥が痛んだけれど。

 

 私情、私欲など、生死の天秤を前には無価値に等しかった。

 

 






・ペルソナ・ヴァベル
 久方ぶりのご登場。
 キリトに引っ付いてSAOサーバーに退避したり、ネットに流れたりと、割と好き勝手に動いてる超未来AI。その気になればヴァベル一人で世界のネットワーク社会は終わる(迫真)
 でもバタフライ・エフェクトのトラウマが強過ぎて行動に起こせないでいる。
 そのため、キリトに知識を伝えて、後は致命的な敵(須郷みたくGMレベル)が相手だったり、キリトが求めて来ない限りは傍観に徹している。
 達観しているというよりは、恐怖心で動けないでいる。大人とは言え少女そのものな内心である。

 キリトが娯楽に生きている事、清濁呑み合わせるどころかハッキリと答えを出している点から、希望を見出している。

 それはまるで、原初の頃、闇の中で救いを求めたように……

 ――人もAIも、根幹は変わりない。

 《ユイ》という存在にとって、《キリト》という人間は救いそのものだった。


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