インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:簪(ほんのちょっと)、エギル(視聴)

字数:約一万

 途中で『野次馬入れて護るためにIS使わせようかな』と思ったけどテンプレ過ぎるし『お前らなんでそこに居るの?』ってなったので路線変更しました()

 和人はキレると挑発的に饒舌になるか無言で暴れ回ります(手に負えねェ)

 ではどうぞ。




二十幕 ~ヒーロー/ヒロイン~

 

 

 二〇二五年五月二十六日、月曜日、午前八時二十分。

 東京都郊外、廃工場。

 

 暫くして私から離れた姉は、遅れて到着した更識の者と政府雇いの者――本音も助けられていた――に裏切り者の樫木の身柄を引き渡し、私も保護するよう指示を出した。

 正直信じるのは怖かったけれど、そうもいかない事情が彼女にはあるらしかった。

 

「さて、それじゃあ私はもう行かないと」

 

 指示を出し終えたところで、まだ【海神の淑女】を纏ったままだった姉がそう言った。

 

「え……? 行くって、どこに……?」

「和人君の救援。お姉ちゃんとしての私情を優先したけど、それが終わったなら、今度はちゃんとお仕事しないとね♪」

 

 ふふ、と微笑む姉。その顔は、どこか寂寥を湛えているようで、いつも見る輝いたものではなかった。

 その姉が、腕部装甲を量子化し、剥き出しになった両手で、私の両手を握った。ISスーツ特有のゴムっぽい質感を感じる。

 

「ねぇ、簪ちゃん」

「……なに」

「――行ってきます」

 

 その顔は、どこか不安そうで。

 

 

 

 でも――――苦悩に立ち向かう、()()()()のように見えて。

 

 

 

 胸の内が、もやもやとした。

 

 

 

   ***

 

 二〇二五年五月二十六日、月曜日、午前八時二十分。

 東京都台東区御徒町、《ダイシー・カフェ》二階自室。

 今日は月二回ある不定休だったので、朝食を摂ってからALOの情報収集をしていた俺は、腐れ縁の男・壺井遼太郎(クライン)からの連絡を受けて、和人達がとんでもない事になっていると知った。

 問題の中継は、女権団体が圧力でも掛けたのか、テレビでも報道されていたほどだ。

 

『桐ヶ谷和人と名乗る男、織斑一夏は、いまやかのデスゲーム《ソードアート・オンライン》をクリアした事で名声を集めていますが、元を正せばVRMMOなんてモノは危険な代物なんですよ! 先週の《クラウド・ブレイン事変》、数日前のNPCの件も、元を正せば織斑一夏に遠因がある! つまり我々が安全に過ごす為には、あの男は邪魔なんです!』

 

 《ゲスト》という表札を置いた席に座り、中継画面に手を振りながら、キツそうな顔の女性が熱弁を振るう。

 今日の朝の為に特番ニュースや情報収集していたであろうテレビアナウンサーはどこか迷惑そうだが、相手が相手だから無碍には出来ず、なるほどぉと適当に相槌を打っていた。

 

『そもそも、織斑一夏は第二回《モンド・グロッソ》の開催地ロシアで行方不明だったのに、どうやって日本へ戻って来たのか! これは立派な国交問題であり犯罪ですよ! なのに政府は織斑一夏を庇うかのように護衛を付けたりと支援したりと特別扱い! 最も公正中立であるべき司法機関も沙汰を下さないなど、狂っているとしか言いようがない! これはもう織斑一夏が何らかの洗脳を行っていると見るべきでしょう! 何故だか分かりますか?!』

 

 そう、突然女権団体の構成員が水を向けた。向けられたアナウンサーの男性が、ぎょっと目を剥き、自分かと指さした。

 

『え?! え、えぇーと……何故でしょう』

『こんな事も分からないなんて。いいですか? 織斑一夏は《出来損ない》で、人に認められるような価値など無いんです。だというのに認められている。しかもそれは、あのゲームをしていた者を中心に広まっている。となれば須郷伸之の研究を流用して、プレイヤー全員に洗脳を施していると見るのが自然でしょう?!』

「とんでもねぇ暴論だな……」

 

 PCで和人を襲う中継を見つつ、俺はそうポツリと漏らす。なんで出来損ない出来損ないと低能力である事を前提に貶めているのに、余人では到底為せない洗脳だとかは出来ると考えるのだろうか。俺は本気で分からなかった。

 いやまぁ情報統制とかで印象操作、行動の誘導くらいはSAO時代にしていたと聞くが、和人(キリト)は相手の感情や思考は重視する思想だった。

 もし自分の思い通りにしようとする人間なら、今頃どれだけの人が洗脳されている事か。

 なんだかんだ味方を増やしたり、人たらしっぽいところを悪意ある解釈にすれば洗脳になるのかもしれない。だとしても歪曲が過ぎる話だが。

 

『ああ、そうそう、冥土の土産にいい事を教えてあげる。あなたが慕ってる大切な大切な義理のお姉さんは、もうこの世には居ないわ』

 

 そこで、PCの中継画面に映る、緑色の機体を駆るリーダーらしい女性の声が聞こえた。

 

「……は?」

『――いま、何て言った』

 

 間の抜けた声を俺が発したのと、固く軋んだ声を和人がPCから聞こえたのは、ほぼ同時だった。

 画面に映る少年の貌は俯いている。高性能なカメラなのだろう、微細な部分まで映し出されている彼の矮躯は僅かに震えていた。手は強く握り締められている。

 悲嘆の震えでない事はすぐに分かった。

 

『あ、あのぉ、今のってどういう事なんでしょう……?』

 

 テレビ中継の方でもそのやり取りはすぐに取り上げられていた。

 アナウンサーの男性が何をやってるんだという形相をしている。お茶の間に『人を殺しました』と言っているようなもの。間違いなく現行犯逮捕するべき案件であり、テレビ局に居て良い存在ではない。その目つきで睨んでいた。

 それをどこ吹く風とばかりに、《ゲスト》の女性は髪をふわりとなびかせる。

 

『そのままの意味よ。織斑一夏は、彼女達の為に生きる事を決意したのでしょう? だからそれを断ってあげただけの事』

『な……な……それをして、き……織斑氏が何をするかとは考えなかったのですか……?』

『ああ、世界を滅ぼすとか、そういうの? あんなのゲームで増長しているだけよ。真に受ける方がどうかしているの。男がISに敵う訳ないでしょう?』

 

 言葉も出ないとはこの事か。アナウンサーは言葉を喪っていた。

 俺も同じだ。

 ヤバい、という思考しか浮かばない。何がヤバいかって、とにかくヤバいのだ。

 あの女権の言葉は、確かにある意味事実だ。俺を含め、ほぼ全人類は生身ではISに敵わない。ISに敵うのはISだけ。

 ――そう、ISに敵うのは、()()だ。

 男女の性別ではない。ISを使えるかどうかが重要なのだ。

 そして、和人はISを使える。既に持っている。その実力はSAOで磨き上げられ、三種の試練に挑んだ時には《白騎士》と《ブリュンヒルデ》と思しきボスとの一騎打ちを制してまでいる。数週間前の秘密の談合に於いては元代表候補、現代表候補二人に勝利までしたという。

 つまり、いま和人が暴走した場合、止められる者はまずいないのだ。

 

「おいおい、何してやがんだよ……!」

 

 せっかく自分から未来の為に歩み出そうとしているのに、それを大人が、自分の都合やエゴで潰して良い訳が無いだろう。確かに和人は人を殺した事がある。だが、それ以上の数の人を救い、世の為人の為に生きてきた。なら最低限の救いがあっても良い筈だ。

 本当に直葉達が殺されていたとすれば――それはもう、救いが無いとしか言えない。

 PCを見る。中継画面の和人はブルブルと拳を、肩を震わせ、黙り込んでいた。

 その横に展開されているコメントが、ざらざらと流れていく。

 

 

 ――いや、アカンわ。一発アウトやわ

 

 ――何故事実(録画あり)を都合のいいように歪曲して断定しちゃうかなぁ

 

 ――女権ヤベーわ。今までも思ってたけど今日で最高に最悪って理解した

 

 ――そもそもIS四機から逃げられてる時点で身体能力逸般人……

 

 ――ついでにデスゲームで精神面も逸般人

 

 ――政府御用達の自衛アイテム持ってるんだし、なんなら対IS武器持っててもおかしくないのでは……?

 

 ――もし持ってたらコイツらタヒぬな(確信)

 

 ――俺らにも飛び火する()

 

 ――収まるまで何人命を落とすのか……

 

 ――今日が俺の命日かな……?

 

 

 通勤中に見ているのか朝だというのに意外に視聴者数は多く、一万人は超えていた。そしてコメントで打ち込まれる八、九割が和人に同情的で、且つ《ホロウ》の件を前提にしていた。

 女権団体(一夏アンチ)とそれ以外の認識の差が顕著に表れた形だ。

 

『あなたのせいであの娘達は死んだって事、後悔したかしら? なら――撃てぇっ!』

 

 銃声が木霊する。

 黙り込んだ和人に対し、四機のISが射撃を開始したのだ。見たところ緑色の機体の二丁銃はアサルトカノン、残る鈍色の機体はアサルトライフルのようで、連射の差はあるが、その弾幕は立ちどころに地面のアスファルトや付近のビルをボロボロにしていく。

 ――小さな白が、その間を縫うように駆け回っていた。

 弾の幾らかは当たっている筈だが、筒が展開する障壁に阻まれているのか、彼に被弾の影響はまったく見られない。中継を見ている俺にも当たっているかどうかも見て取れない程の高速戦闘。

 

『なっ、なんでこっちに……?!』

 

 少しずつ距離を詰める和人に、女権は困惑を見せる。やや後退するも、車の徐行よりゆっくりなそれは、全力疾走する少年に当然追い付かれた。

 ISの後ろに回り、跳び上がった。

 そして、幾つかの出来事が立て続けに起きた。

 ブォン、と低い振動音がした。和人が握る金属筒から蒼白く光るエネルギーの刃が一メートル強ほど伸長している――

 そう認識した次の瞬間、ボンッ、と小さな爆発音がした。カメラに映るISの一つの背面スラスター四つが、瞬く間に斬閃を刻まれ、爆発したのだ。そうと認識するのが僅かに遅れ、その間に和人は地面に着地。後を追うようにISも落ちた。がしゃぁんとけたたましい音が聞こえて来る。

 

 しん、と静まり返った。

 

 中継されている現場も、テレビ局も、動画サイトのコメントも、反応が無い。

 それは当然だ。現代兵器ではISを倒せない、という世界の常識をいま、目の前でひっくり返されたのだ。ISを纏っておらず、ISの技術を流用したものを使っているとはいえ――生身の人間がISを無力化した瞬間を見て、驚かない筈が無かった。

 不気味なその沈黙を破ったのは、墜落したISの操縦者の声だった。

 

『な、なんで、いま何をしたぁ?!』

『スラスターと、PICを斬ったんだよ、コレで』

『斬ったって……何よそれ、おかしいでしょ?! シールドバリアで護られてるISをそんなオモチャで斬れる筈がない!』

 

 そう喚く操縦者。

 ――はぁ、と和人が溜息を吐く。

 

『何を言うかと思えば、斬れる筈がない? なら、アンタはどうして墜落した? まさかスラスター四基とPICがまったく同時に偶然爆発したとでも言う気か?』

 

 畳みかけるように、和人は言う。

 表情は見えない。だが、その語調から、彼が激情に駆られ、それを抑え込もうとしている事が分かった。会話に応える理性があるだけまだ大丈夫、というヘンな認識。

 

『大体、お前達シールドバリアで保護されているラインを全部把握してないだろう。絶対防御とシールドバリアの保護部位は同じ、つまり四肢と胴体だけ。機体と一口に言うがな、要は腕部、脚部装甲、背部のスラスターやPIC制御装置は守られていない。そうでなければISの試合でスラスターが破壊されるなんて事は起き得ないだろう?』

 

 やや顔を俯けたまま――カメラには俯いた横顔だけが映っている――彼は語り出す。胸中に蟠る感情を吐き出して、少しでも発散させようとするかのように。

 それは、彼自身(キリガヤカズト)が、自分自身(オリムライチカ)を抑え込んでいるかのようだった。

 

『な、なんで男のお前が、そこまで知って……』

『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。何れISを使ってあんた達が襲ってくると予想するのは簡単だった。だから俺は、あんた達が使うだろうあらゆる武器の特性と、ISについて学んでおいたんだ。どうやって無力化するか、バリアの範囲はどこまでなのか、どこからバリアは張られて無効化されるのか、使われている武器の威力と射程と連射速度と弾数は、とか。知ってるのと知らないのとでは大きく違うから』

『な、な……っ』

 

 絶句、とばかりに言葉を喪う女権団体とテレビ局の女権構成員。

 アナウンサーも流石に唖然としていたが、共感できる部分もあったのか、女権に較べればまだ驚きは小さく見えた。情報収集の重要性という意味で共感を覚えたのだと察する。

 

『どこからそんな情報を……!』

『論文』

『……は?』

『篠ノ之束博士が《白騎士事件》前に発表した時の論文。アレにはISの全てが書かれている。アレを読み込めば、自ずと理解も深まる。下手に人に教えてもらうよりよっぽど勉強になるよ』

 

 知ってるか? ISの参考書は、ほぼ全てあの論文から抽出された内容なんだ、と彼は言う。

 抽出という事は、本屋で見る電話帳の如き分厚い本の内容は、篠ノ之束博士が提出した論文のほんのごく一部、あるいは簡単にした内容に過ぎないという事だ。下手な専門書よりよっぽど勉強になる事は間違いない。無論、そのための下地は必要だろうが。

 

『それに、あんた達はコレをオモチャと言ったがな、コレもれっきとしたIS技術の一つだ』

 

 そう言って、蒼白く輝く刃を放出し続ける筒を(かざ)す。

 見れば見るほど宇宙を舞台に戦う男達の武器そのものだ。宇宙で活動するならやはり物理現象を無視できるエネルギー系統の武装が前提になるのか。

 

『さっき展開していたバリアはシールドエネルギーを使っていた、ISのバリアそのものだ。そしてこの刃は、シールドエネルギーを()()()()()()()()()()……聞いた事あるだろう、こういうの』

 

 横顔だけが見える彼の口の端が、皮肉気に吊り上がった。

 

『まさか、《零落白夜》?!』

『嘘?! 千冬様の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)よ?!』

 

 その能力は、中継に映ってる機体名が分からないくらいISに詳しくない俺でも聞いた事があった。

 世界最強の鬼札。諸刃の刃にして、必殺の剣。それが《零落白夜》という、織斑千冬が駆る機体唯一の能力だと。自身のエネルギーを削る代わりに、絶大な攻撃力へと変えるものだと。言われてみれば、確かに蒼白い刃は、《モンド・グロッソ》の中継に映っていたブリュンヒルデの剣のそれとそっくりだ。

 その技術が、和人の手に握られる金属製の筒に使われ、いま女権達に牙を剥いているのだという。

 掠っただけでもエネルギーをゴッソリ削る代物、とはSAO時代に和人から聞いた事がある。それほどの出力になれば鋼鉄のスラスターの外郭を斬り裂く事も容易いだろう。

 

『な、なんで、そんなものをお前が!』

『だから、政府の発明品だと言っただろう?』

『何でそんな危険なものを持ってるのよ?!』

『お前達が物騒な事をする集団だからだろう』

 

 淡々と、女権達と視線を合わせる事なく和人は言葉を返していく。

 

 

 ――ブリュンヒルデの十八番取られたワロスwww

 

 ――ワンオフ再現出来たって、トンデモない革新じゃね? こりゃ次の次のモンド優勝も貰いましたわ(笑)

 

 ――いや、あんなちっちゃな筒にエネルギー溜めれるなら、機体のエネルギーとは別に用意できるのでは?

 

 ――女権が崇める世界最強の象徴を男が使って女権が倒されるとか、それ何てドラマ展開?

 

 ――あんま笑い事な状況じゃないけど、女権まじザマァ!

 

 

 コメント欄は、《零落白夜》を流用した剣を使って女権を倒した事がツボに嵌ったらしく、特定できないのを良い事に煽り倒していた。中々に悪辣である。

 俺もそれに乗っておいた。

 

 

 

『――まぁ、そんな事はどうでもいいんだよ』

 

 

 

 そして、空気がまた凍る。

 コメントも察したのか、あやっべ()などの反応が続いていた。

 

『さっき言っていたな。俺の大切な義理の姉は、この世には居ないと……それは事実か?』

 

 嘘は許さん、と鋭い眼差しが操縦者たちに向けられる。カメラにもその目は映った。

 黒い眼と、赤の瞳が。

 

 

 ――あ゛()

 

 ――え、マジで? さっきまで白目金瞳だったのに、リアルでも黒目赤瞳になるの?(震)

 

 ――コレ返答間違ったら獣顕現、バッドエンド直葬……!

 

 ――女権どうなんだ、どうなんだよ?!

 

 ――マジでヤっちゃってたら世界終わりかねないぞコレ?!

 

 ――なんせ英雄ってばどうやってロシアに戻って来たとか、そもそもあの地下研究所からどうやって生還したかの部分が完全に抜けてる怖いトコあるからな!

 

 ――まだセーフ、まだリーチの段階。ここでツモらせたらヤベェぞ?!

 

 

 別の意味で賑わう中継動画。それを知らないだろう現地の女権達が、おそるおそる、という風に口を開いた。

 

『そ、その筈よ。お前の家の方に、別動隊で向かわせたから……』

『――そうか』

 

 返されたのは、肯定の言葉。

 少年の声は罅割れた。

 アウトォ!!! という悲鳴がコメント欄で連続した。

 

『……俺は、元々会った事もない人間を信じていない。だから護衛と通じていたとしても驚きは無い。お前達の手の者が直葉達を殺したという話も、この目で見ない限り信じ切る事は出来ない…………だが、死んでいなかろうと、不当な理由で直姉や木綿季達を危険に晒した事が事実ならば――』

 

 そこで、俯いて見えなかった和人の顔が完全に見えるようになった。

 右目は黒い眼帯で覆われている。左目は、黒目に赤い瞳。今や世界に知られているホロウと同じ目。それだけ激情に駆られ、それだけ負に煽られている証。眼に移植されたナノマシンの暴走。

 

 

 

『――絶対にタダでは済まさんぞ()()()ァッ!!!』

 

 

 

 その目で、怒りの形相で、和人が怒号を放った。

 ひっ、と怯えた声を発するISを纏う四人。一人は墜落し、《完成制御システム(PIC)》とスラスターを破壊されているせいで、直接地面の上に立って後退した。

 その四人と距離を詰めるように、青い刃を後ろに引いて、和人は構えた。

 あのデスゲームで幾度も見せたものと同じ、剣の構え方。絶対倒すという意思の顕れ。この場合は――殺す、という意志かもしれない。それほど今の和人は殺気立ち、剣呑な面持ちだった。

 

『う、狼狽えるな!』

 

 それを前に、気丈に声を張ったのは、意外にも緑色の機体を駆るリーダー格の女だった。

 

『あの剣はエネルギーを攻撃用に転換している! つまり、アレを出している間は、防御用のバリアは展開出来ない筈だ! 撃て! 先に殺せ! 殺される前にこちらが殺すんだァ!』

 

 その指示は正確だった。およそ、最適解と言える程に正確な指示だと、俺でも思った。

 だが――相手が悪かった。

 リーダーと違い、空に浮く二機と地面に立つ一機は狼狽し、動けないでいた。彼女らにとって和人はいまや『想定外の塊』だ。想定を遥かに超える的を前に対応出来ないほど困惑していた。

 その状態を、和人が見逃す筈も無い。

 リーダーが指示を出している間に和人は俊足で距離を詰め、低空に浮く二機へと追い縋った。すぐ高度を上昇させるが、片方の反応が遅れる。彼は、その【打鉄】の足を掴み、ぶら下がった。

 そう思ったのも束の間、彼は鉄棒の逆上がりの要領でぐるりと回転し、脚部装甲に乗り上がった。

 

『なっ?! は、離れろ、落ちろぉ!』

 

 乗られた方は惑乱して両腕の装甲を振り回す。しかし彼は、まるで猿のように()()()()()と装甲を軸に背面へと回り、容赦なくスラスターを斬り裂いた。

 浮力を喪い、勢いで錐揉み回転しながら落下する、中継カメラを持っていない【打鉄】。

 それに巻き込まれる前に、和人は宙に身を乗り出した。

 その高度は――およそ、五十メートル。和人が飛び乗った時はもっと低かったが、スラスラーを斬るまでに上昇していた事で、かなりの高さになっていた。

 

『はっ、その高さから落ちれば死ぬだけよッ! ざまぁないわね!!!』

 

 リーダーの女権が嗤う。両手に握るカノンを下げているのは、その必要が無いから、という先を予見してのものだろう。

 

 

 ――うわぁ、グロ展開かコレ?!

 

 ――ぜってぇカメラ止めさせる気無いな!

 

 ――世界的にはコレが良いんだろうけど、後味悪過ぎンだろぉ!

 

 ――そして伝説へ……

 

 

 コメント欄も、あの高さでは無理だな、という結論で一致しているようで、これから起きるだろう展開への危惧が殆どを占めていた。

 テレビ局の方も、そのまま落ちろ、と《ゲスト》の女権が声を張り上げる。

 

『――えっ、この反応は……』

 

 そこで、ふと【打鉄】の操縦者が、そう声を発した。

 

 

 

 次の瞬間、高度五十メートルから自然落下する少年を、横合いから飛んできた青色の何かが掻っ攫っていった。

 

 

 

『ふーっ……間一髪ねぇ、和人君! いやホント! 本気で焦っちゃったわよ!』

 

 それはISだった。青を基調とした先鋭的な形状の装甲を纏い、胸部装甲に青のクリスタルをはめ込んだ機体を操る、蒼髪赤眼の少女。

 片腕で少年を抱き抱えながら、開いている右手で額の汗を拭ってそう言う青色の機体の操縦者は、以前《ダイシー・カフェ》に護衛として来ていた、現在和人が身を寄せている更識家の当主だという少女だった。たしか現在の日本代表候補の筆頭操縦者だと聞いた覚えがある。

 楯無、という名前が少年から呟かれ、さっき電話していた相手かと悟った。

 楯無の表情に悲壮なそれは無い。つまり、彼女は妹を助けられたという事だろう。

 

『さ、更識楯無……?! こっちに来たってコトは、まさかもう出涸らしの妹は……』

『――私の妹を、そんな風に言わないでもらえるかしら?』

 

 狼狽えながら、リーダー格の女性が言葉を発した直後、簪という子を貶す発言に怒りが湧いたらしい楯無は、少年に向けていた温厚な表情を冷徹なものへと変えた。右手に取り出された水色の三叉槍を振るい、空中に水を呼び出したと思えば、それを鋭い刃にして四方八方から緑色の機体を叩いて行く。

 最後、激流となった水で地面に叩き付けられた事で、エネルギーが枯渇したのか操縦者が生身で放り出された。

 

『……楯無』

『ダメよ、和人君。気持ちは分からないでもないけどここは自制しなきゃ』

『……』

『睨んだってダーメ』

 

 黒目赤瞳でじっと楯無を見る和人だが、彼女はそれを笑いながら受け流した。コメント欄で胆力やべぇと称賛する声が相次ぐ。

 

『さて、残るはあなた一人よ?』

『ひ……っ、わ、ぁぁああああ?!』

 

 そのやり取りを唐突に切り上げた楯無が、カメラを持っている女権――最後まで残った【打鉄】に、ぎらりと紅の瞳を向けた。

 向けられた女権は、楯無の腕に収まったままの和人の黒目赤瞳に睨まれた恐怖があったからか、反転し、飛び去ろうとする。

 

『――申し訳ありませんが、ここは通行止めですよ』

『え?!』

 

 その眼前に、銀色の少女が飛び込んできた。

 腰まで届く銀髪をなびかせる少女。背丈は和人より確実に高く、おそらく珪子(シリカ)や木綿季くらい。

 その四肢を覆うのは楯無のように先鋭化された装甲で、色は暴力的な光沢をもつ漆黒だ。顔は黒のバイザーに覆われていて目元が見えない。そして右手に握られているのは黒色の両刃剣。

 どことなく、ネットで探せば見つかる《白騎士》を彷彿とさせる機体だった。色を反転させれば正にこうなるというほどよく似ている。

 

『あ、あんたは……』

『申し遅れました。私は国際IS委員会直属操縦者、クロエ・クロニクル。国際IS委員会より逮捕状、その他状況の鎮静化の為に派遣されました。無論、あなた達が桐ヶ谷家に送ったという下手人も、私が処理しています』

『……うそ』

『信じるかどうかはご随意に。ともあれ、あなた達をISの無断使用、及び一般市民への傷害、また殺人未遂の現行犯で捕縛します。抵抗は構いませんが、こちらも手荒に行くのでご了承を』

 

 その言葉の後、カメラを積載している【打鉄】の操縦者は逃げようと空に向かい――瞬時に先回りされた《黒騎士》の両刃剣で叩き落とされた。

 中継は、そこで終わった。

 

「……一先ず、全員無事ってコトかねぇ?」

 

 イマイチ全容を把握し切れていない身としては不完全燃焼感のある終わり方だ。これがいわゆる『蚊帳の外』ってやつかぁと、なんだかんだと和人を中心とした騒動に巻き込まれ、その実情を把握出来ていた頃とのギャップを感じた。

 ともあれ無事な事を確認する為に、俺は直葉に電話を入れ、繋がらなかったのでメッセージを送っておいた。

 

『な、なんでよ、なんで私が捕まる訳?! 私は悪くないわ! あんな危険なモノを振り回してる織斑一夏の方がよっぽど危険なのにどうして私が――――』

 

 テレビ局の女権も画面外へフェードアウト。

 それが、これからの世の中を暗示しているように思えた。

 

 






・携帯型シールドバリア発生装置
 改め、携帯型《零落白夜》再現装置
 見た目は完全にライトセーバー。
 GGO編フォトンソードの色を青くしたら完璧。
 実質対IS武装。生身で扱う上に貯留されてるエネルギーの消耗は原典通り早いので、出しっぱなしは良くない。
 扱うエネルギーが《シールドエネルギー》な時点で、それを攻撃の為に転換すれば何でも《零落白夜》になるという暴論。原作【白式】二次形態の盾やクローも似たようなもんだし同じ同じ(適当)

 ――実際『超強力エネルギー』ってなると《シールドエネルギー》が一番だった。
 これがISの代わりに使われた。
 所謂電池型なのでその気になれば誰でも使えるが、ISを前に弾幕を躱したり二メートル以上の跳躍したりと逸般人の身体能力が必須な時点で使い手を選ぶ。
 バリア限定にすれば対犯罪者用グッズとして人気を博すかもしれない。


・更識簪
 楯無と■■の事でもやもやしてる妹。
 姉への憧憬を抱き、自身と比較し、ヒーローに自己投影する事で自尊心を保ち続けていた少女。そのヒーローに姉が重なって見えたせいでもやもや。
 苦悩し、努力し、最後は勝つ正義の味方。それがヒーロー。
 ――じゃあ、姉も苦悩し、努力しているの?
 ”何もかも卒なくこなす終始完璧な姉”という簪の中の”姉のイメージ像”に亀裂が入った。


・アンドリュー・ギルバート・ミルズ
 SAO生還者御用達《ダイシー・カフェ》の店主。
 不定休でたまたま休みだったので中継とテレビ同時視聴という贅沢をやっている。普段頑張って働いてるからネ。
 なんだかんだこれまで和人の周囲に居て、異変や事件には関わって、経緯や全容を把握していたので、今回完全に蚊帳の外な感覚を味わっている。ちょっと新鮮だがやっぱり不安なので把握したいと思っている(最初期攻略組並み感)
 和人や直葉達の事が心配な辺り、真っ当に保護者ポジを保守している。
 ちなみに女権への煽り倒しには便乗した模様。


・桐ヶ谷和人
 義理の姉が関わると沸点ひくひくなシスコン義弟。
 ”大切な人達”の範疇の誰かが不当に傷付けられれば毎回怒る。一応護衛を信用していないので傷付けられる事も覚悟していたが、それはそれ、これはこれ。怒る時はメッチャ怒る。
 怒り過ぎて目の色が完全に獣化していたが自覚は無い。
 キレて身体能力ぶっちしているが、つい数日前まで一週間入院する程の重体で、つまり身体能力が落ちまくっている事を忘れてはならない(戒め) 要するに、無理しているんだ() 怒りでリミッター解除は主人公の必須技能です(尚代償)
 激情に駆られ過ぎて高度五十メートルからフリーフォールを敢行。
 その気になれば五点倒地着地法なり分かり辛いよう風使ったりで対応出来たかもだが、冷静じゃないので割と怪しい。


・更識楯無
 ギッリギリで和人を救出した日本代表候補主席。
 それはまるで主人公のよう(ヒロインを助ける的な意味で)

 つまり楯無がヒーローで和人がヒロインだったんだよ(暴論)

 世界に中継されている前で和人と親しくし、更に妹愛を見せ付ける言動を取った時点で、最早これまでの邪険行動は水の泡。敵対暗部がこれでもかと狙うだろうが、それよりも楯無は■■として家族愛を優先した模様。
 最愛の妹を貶されたら一瞬で沸点突破する辺り、原作準拠と言っていいのかシスコン度マシマシと言うべきか迷うところ。


・クロエ・クロニクル
『ここは、通行止めだ』キリッ
 原作七巻キリトの名台詞を黒尽くめのISで言ってのけた()()()()()()()の一人。詳細不明な精神干渉計IS『黒鍵』は生体同期型、つまりクロエの体にあるもので、暫定《黒騎士》はまた別のもの。
 体に埋め込まれてるとかバレたらヤバヤバなのでネ。
 直葉達を安全な場所に送ってからやって来た和人セコム。タイミング的に楯無と被った辺り、若干時間が掛かった模様。
 遠回しに『直葉達は守った』と言っている辺り、和人の状態をよく分かっている。


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