インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 SAO編終了当時に投稿し、今は消しているアンケートを反映したお話。

 ダイシー・カフェで、仲間達の前でやるって、言ったよね。


 前話の《天》《地》が、SAOゲームのエンディング前の顛末だとすれば、今話は原典ゲームに於いて、ヒロインのサブイベ全部済ませる事で連れていける最終戦・エンディングを迎えた後に見られる個別ルートエンド(長い)

 『孤高の剣士ルート(トゥルーエンド)』なので、つまり桐ヶ谷和人(キリト)エンディングです。


 個別エンドがあるって、キリトはヒロインだった……?(錯乱)


視点:楯無実況9割、??1割

字数:二万八千(詰め込んじゃった……)

 ではどうぞ。




~孤高の剣士・人~

 

 

 二〇二五年五月九日、土曜日。午後八時。

 《キリト、SAOクリアありがとうパーティー》が始まってから凡そ二時間が経過した。

 “ありがとう”という感謝形である事から、それが内部に居た人達の意志である事は明白だ。

 しかし更識楯無()は、《SAO事件》の対応に走った事こそあれ、当事者として関わった事は殆ど無い。桐ヶ谷和人少年との間接的な関わり程度が関の山だ。家族が囚われていた訳でなく、友人知人もまた同じ。

 ――居辛いなぁ、と。

 なんとはなしに思考を浮かべ、霧散した。

 かと言って、それで何か行動が出来る訳でもない。

 僅かな警戒心こそ向けられるが、明確な拒絶は無い。だから話に行こうと思えば行けはする。

 

 だが――涙を流し、笑う彼らの間に割り込む事は、私は勿論、簪も、本音も、出来なかった。

 

 私達がボス戦放映を含め見てきた姿のほぼ全てが、眼光鋭い凛々しい貌だった。例外として生還後、直葉や紺野姉妹と再会を果たした時の(泣き)()があるが、それも今ほどあどけなかったようには思えない。あの時居合わせなかった簪、本音からすれば今日のこれは初めて見る類のものだろう。

 男性の参加者全員から熱い祝福を受け、女性参加者から親密な――抱擁など異性間ではやや親密過ぎるきらいのある――祝福を受け、屈託なく悦ぶ少年の姿を見て、出来る筈がなかった。

 だから白髪金瞳の少年を揉みくちゃにして騒ぐ話の輪に入る事も叶わず、《ダイシー・カフェ》店内の隅の方で、黄金色の飲み物(ファンタズゴマリア)をなみなみ注がれたグラスをちびちび傾け、テーブルに所狭しと並べられた料理の数々に舌鼓を打ち続けていた。

 《クラウド・ブレイン事変》で世間を騒がせた七色女史も同じらしく、母親らしい大人と一緒に隅の方に寄り、自分達と同じように飲み物と料理を楽しんでいた。違うと言えば、そこに女史の姉らしい茶髪の少女(枳殻虹架)が駆け寄り、話の輪に巻き込んでいる点だろうか。

 それに引き換え、SAO関係者が肉親に一人もいない私達は――勿論喜ぶべき事であるが――パーティーの空気から、ポツンと取り残されていた。

 必然、会話の輪も身内の三人に限られるのだが……

 

「……」

「……えーっと……」

「……あ~……」

 

 むすっとした顔で口を閉じ、無言を貫く妹。

 どう話し掛けたものか思いあぐね、結局何も言えない自分。

 姉妹間にある長年の確執を知っているが故に下手に触れられず、視線を彷徨わせる従者の本音。

 そんなヘンな構図が出来上がっていた。店内の一角だけ空気が澱んでいるように錯覚しそうになるほど、場の雰囲気は重苦しい。時折向けられる訝しむ視線がこれほど痛いと思った事は無かった。

 ――これまでも、姉妹が並んだ事はある。

 《更識》は対暗部用暗部としての側面を持つが、それはあくまで《裏の顔》であり、《表の顔》としては大企業の大株主だったり、あるいは中堅企業の運営元だったりと、政財界に様々な側面で食い込んでいる。IS業界には国家代表、代表候補として食い込んでいるようにだ。

 だから姉と妹の二人が同じ会食に呼ばれ、同じ家だから隣に並ぶ事は多々あった。

 その時は他の家や政治家が集まっていたからか、彼女も自分もある程度態度を取り繕っていたのだが――今は、別に政財界の重鎮が居る訳でもないプライベート枠。そのせいか、簪には険悪な姉妹仲を隠す気は無いらしい。

 あるいは――そうする余裕が無いくらい、何かに集中しているのか。

 一言も喋らない妹の視線は先程から一点に向けられている。視線を追えば、その先には白髪金瞳の少年が居た。

 そのとき、少年の眼が店内の掛け時計に向けられる。

 

 次いで、こちらに向いた。

 

「和人、どうかした?」

 

 それまで彼を取り巻く“仲間”に向けられていた関心が離れたのを鋭敏に感じ取ったか、黒髪の木綿季が首を傾げながら問い掛けた。彼女以外も微妙な雰囲気の変化を感じ取ったか、思い思いに語らっていた回顧の話を切り上げ、視線が少年ひとりに集中する。

 

「ん……いや、そろそろ真面目な話をしておかないと、終わる時間が遅くなるかなぁって」

「……あ、もう八時だ。はやいねー」

 

 一同が時計を見て、時間の過ぎ去りに気付いて驚く。

 然もありなん(そうだな)と少年は笑った。

 

「まずこのパーティーを開いてくれてありがとう。色々大変だったけど、これだけで頑張った甲斐があったと思えた。あの日――デスゲームを終わらせたあの日にした決断は、間違いなんかじゃなかったと思えるくらい……ほんとうに……うれしい……」

 

 その笑みに、僅かに涙を(にじ)ませながらの言葉に、店内は静まり返った。侵すべきではない――そんな、神聖なものを奉るような静謐さが(かも)されている。

 

「それに、俺は()()たいと思う。俺が何の為にALOに居たのか。何の為に、戦って、この姿になったのか」

 

 そこで、少年の両手が持ち上がった。右目に巻かれた無骨な眼帯に右手が触れ、左手は背中に垂れる色の抜けた髪を()く。

 

「そして……これから何をするかも、出来る限り話そうと思う」

 

 手が机上に戻される。十本の指が組まれ、彼の視線はそこに定められた。

 その小さな体に弱々しさは無い。だが機械的に思う無機質な印象も無い。誠実に在ろうと、人を愛する少年がそこに居た。

 ――テーブルに就く少年に、畏敬の念が向けられる。

 その光景は、追加された放映で世間に広まった七十六層以上の攻略模様を思わせる。表向きは《血盟騎士団》の団長ヒースクリフが人々を率いるも、実際の拠点での会議進行は彼であり、攻略の最重要人物も彼という、あの状態だ。そして、虚構の魔王(ホロウ・ヒースクリフ)を倒した事で真の意味で浮遊城全てを制覇し、民を喪いつつある浮遊城の頂きで、紅玉の玉座に収まった覇王の姿とも重なった。

 

「時系列に沿って、順を追って話そう。事の始まりは……」

 

 そう、厳かに口火が切られ。

 

 直後、机上で組まれた手に落とされていた視線が、顔ごと勢いよく上げられた。視線の先には夜の帳に落ちた外を透かす、古めかしいガラス窓。

 ――そこに、二つの人影があった。

 片方は緑髪の女性。あどけなさの残る顔と、包容力溢れる体を併せ持った、男性の一種の願望そのものと言える容姿の人物。

 片方は黒髪の女性。背中の中ほどまで伸びた髪を紐で結わえて後ろに流し、黒のリクルートスーツに身を包み、業務用カバンを抱えた人物。

 その二人がガラス窓越しに、こちらを見詰めていた。

 否――――こちら、というには語弊がある。彼女らの視線は一点に向けられている。

 

 ――一人と二人の視線が交わった。

 

 ガラス越しに視線を交えた女性二人は、どちらも驚きで眼を瞠っていたが、その度合いは黒髪の女性の方が大きかった。緑髪の方は驚きという表現で収まるが、黒髪の方は愕然と言うレベルに達する瞠目ぶりだ。

 カラン、と入店のベルが鳴った。

 【本日貸切】という木札を掛けていた通り、関係者以外は入店お断りを言外に出していた筈だが、暗くてか、あるいは愕然に囚われ意識に入らなかったのか、黒髪の女性が躊躇いなく入って来た。その後を緑髪の女性が、木札を気にしてかドアをちらちら見ながらも後を付いて入る。

 

「ん? 申し訳ないが、今日は閉店まで貸し切りになって――」

「――一夏(かずと)、か?」

「…………」

 

 そして、店主の言葉を遮るように――本人は認識していないかもしれないが――黒髪の女性、《織斑千冬(ブリュンヒルデ)》が彼の名を呼んだ。

 そのイントネーションは、直葉達が呼ぶそれと異なっていた。彼女らが彼の名を呼ぶときは三音とも平坦であるのに対し、実姉の呼び方は《か》と《と》は同じ高さだが、間の《ず》だけ下がっている。その抑揚は、彼女が《いちか》と呼ぶ時と同じものだ。

 その呼び声(抑揚)でか、少年の表情が硬く凍った。

 誠実さと畏怖の印象を抱かせる空気は剣呑さを全面に押し出し始めた。

 それだけにとどまらず外気に晒された左の眼に変化が訪れる。左眼の白い部分が、耳側から鼻側に向かって汚染されていくように黒くなっていく。黒に触れた瞳の色が、鮮烈な金から澱んだ深紅へと変わっていく。

 黒が、眼の白を埋め尽くす――その寸前、彼の瞼が下ろされた。素早く一度の呼吸が行われる。

 一秒経って、再び眼が外気に晒される。

 ――白目金瞳に戻っていた。

 いまの一瞬の変容を、果たしてどれだけの人が視認したのか。殆どの人は闖入者たる世界最強の女性を前に警戒心を露わにし、私達に対するものよりも強い部外者に対する排斥感を向けていたから、彼の顔を見た人は居ない筈だ。

 それは“彼”を理解しているからこそ、見る必要もないと判断しての事だったのかもしれない。

 

「織斑、千冬……」

 

 複雑に絡み合った感情を言葉に滲ませながら、肩口まで髪を伸ばした制服姿の剣姫(すぐは)が一歩前に出た。その眼には強い嫌忌と敵愾心の色が宿っている。

 一瞬その眼がこちらに向き、彼女を呼んだか視線で問われるも、首を横に振るとすぐ離れた。

 ぴん、と場に緊張の糸が張られ――

 

「――なぜ、アンタが此処に居る?」

 

 その糸を、少年(虚無)の声が限界まで張り詰めさせた。

 空気が悲鳴を上げているような錯覚を覚える程の重圧。短い問いに凝集された――あるいは、凝集した感情の欠片が、それを直接向けられていない自分すらも(おのの)かせる。

 ――彼は復讐に走る事を否定こそすれ、その憎しみそのものは容認している。

 いまはただ、自身にとって何にも勝る大切なもの――“彼らの未来”の為に、抑えているだけ。二の次にしているだけ。

 憎しみが消えた訳ではない。

 それを、私はよく知っている。

 廃棄孔との戦い、ホロウとの戦い、そして直近の獣との死闘も常にリアルタイムで見てきたから、知っていた。

 負の姿(無銘第二形態)となった彼と刃を交えたから――彼の憎しみが、どれほど深く濃いものかも、知っていた。

 ――けれど、その《既知》には理解が無く、共感もない。

 私には誰かを心の底から怨み、呪い、殺したい衝動に駆られた事がないからだ。殺さなければ自分が殺されるという窮地に陥った事もない。

 いや、実際無い方がいいのだ。少なくとも花の十代で経験している事は異常に等しい。

 対暗部用暗部の当主として活動する中でも、自分が実働部隊に回った場合、大抵危険な部分は他の隊員や支援部隊が済ませていたから、死に直結する危険は限りなく少なかった。日本代表候補筆頭が裏の仕事をしていて、死んだのが表沙汰になったら国家的にマズいからサポートも多かったという事情こそあれ、一般市民に較べれば圧倒的に危険な道を進んでいる自分ですらその程度。

 安易に他者と較べられる事ではないし、多かろうと少なかろうと誇れるものでもない。

 だが――だからこそ、本当の意味では理解できない事もある。

 少なくとも、《命懸け》という一点に於ける経験や理解は、暗部当主の自分より、デスゲームの最前線に身を置いていた彼ら彼女らの方が遥かに上。

 それを証明するように、彼が発する剣呑な殺気を間近で受けている面子で怯えた顔をした人は、七色女史や神代凛子といったデスゲームに居なかった面子ばかりだった。

 そして、殺気を真っ向から叩き付けられた女性は、表情を歪め、痛ましげに少年を見詰める。

 

「……何か言ったらどうだ。その顔を見るに、まさか俺が来ると知って来た訳じゃないだろう」

 

 何も答えない女性に苛立ったか、とげとげしさを増した言葉が加えられる。これから正に“みんな”の想いに感謝を込め、報いるべく秘匿していた事を語ろうとした時の乱入だ。過去のイロイロもあって、腹に据えかねているのかもしれない。

 女性は、そこでやっと口を開いた。

 ああ、と掠れ気味の小さな声だった。

 

「私と、山田君……こっちの彼女は、仕事が終わったから飲みに行く場所を探していたんだ。此処に来たのは彼女の案内によるものだ」

「えっと……貸し切りって、知らなくて。木札を見て、帰ろうとしたんですけど……」

 

 すみません、と眉を垂れさせながら頭を下げ、謝罪する緑髪の女性――IS学園教師《山田麻耶》。

 

「なるほど……帰ろうとした時にガラス越しに俺を見たから、思わず入って来た、と」

 

 彼女に向けられていた少年の視線が、織斑千冬へと戻される。

 

「貸し切りとあるのに、それも忘れてか」

「お前の姿を見て居ても立っても居られなかった」

「ふぅん……」

 

 苦みしばった顔で言う女性。

 少年は、興味薄げな反応を返した。

 

「それにしても変わり果てたこの姿でよく俺だと一目で気付けたな」

「中継を見た。ホロウと呼ばれたお前の姿を見ていたから、気付けたんだ」

「ああ……そういえば、あのときのホロウといまの俺の違いは、眼の色()()か。なら気付くのも当然だ」

 

 くくっ、と()いを堪えるように言い――

 

「――とは言え、絶対的に理解が足りていないようだが」

 

 瞬間、少年の貌が無機質になった。再び凍ったその()()に、千冬は頬を引き攣らせ、全身をいちど震わせる。

 

「それは、どういう意味だ……?」

「そのままの意味だ。その口ぶりからするに、最低でも俺とホロウの死闘は見ていたんだろう。なのに躊躇いなく、居ても立っても居られず、俺の目の前に現れるその根底。どうやら俺は安く見られているらしい」

 

 自嘲するように少年は嗤う。

 ――未だ、まともに取り合われない己の価値を嗤う。

 彼女が現実を直視ていないから、嗤う。自身をまっすぐ見られていない事を嘲笑う。それが、己の敵だと言うように。

 丸テーブルの一席に()す彼は、一転して穏やかな笑みを浮かべて女性を見た。

 ――その笑みに、彼女は嫌な予感でも覚えたか。

 一歩、足を退いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なに?」

 

 しかし、その嫌な予感――おそらく直接的な拒絶の言葉――が外れたか、千冬は困惑を露わに問い返した。彼が言う“千冬の無理解”を肯定する理由が分からないからだろう。

 周囲に居る人達も、何故――と問いたげな顔を向けた。

 彼の表情は、穏やかだ。

 不自然な程に。

 不気味な程に。

 ――彼は、自身に対する彼女の無理解を許容していた。

 然もありなん。言外に、そう言っていた。

 

「だって俺とアンタの間で言葉を交わした事は殆ど無いからな。事務的なもの、確認作業の類こそあれ――――アンタは、俺の意志を聞いた事が無いじゃないか。そんな薄っぺらい関係で『理解しろ』なんて口が裂けても言えないよ。どこまでいっても他人は他人、自分の気持ちは言葉にして伝えないと絶対に伝わらない」

「――――」

 

 その、軽い口調で語られた言葉は、重く圧し掛かった。

 織斑千冬だけではない。

 ――『簪のため』と、拒絶の言葉で突き放した事を後悔する私にもだ。

 

「それに、俺が全てを憎んでると言っても、この状態を見るとそれが本当かと思うだろう? 俺が赤の他人なら『本当に世界を怨み続けてるのか』と疑って掛かる。だからホロウの……ひいては、“俺”という人間が抱くものを信じないのも、無理はない」

 

 固まった私達の事を敢えて気付かないフリして、彼は言葉を続ける。

 ――ホントに、彼は世界を怨み、壊したいと思う程の衝動に駆られているのか、という世間の疑問。

 死闘の一幕は真実のものと理解されたが、いまの彼がホロウほどの衝動に駆られているのかは疑問という声を、しっかり理解しているその言葉は、客観的に己を見た評価だ。

 怨み続けている人間が言うからこそ、却って闇が深かった。

 自分が如何にどれほど怨んでいるか――という感情を、論理的思考を以て解明する事がどれほど難解なもので、且つ破綻しているか彼は分かっていないだろう。

 本来、内心を吐露する事で憎悪を晒した場合、その人物に抱いていた恐怖心や狂気といったものは薄れやすい。往々にして理解し、納得するからだ。言語化はすなわち人の理解を得るプロセス。言葉として発信した時点で、謎めいた理念と動機はつまびらかに解明され、人の理解を得る事で、普遍的なものへと落とし込められる。

 それを、真っ向から覆すからこその“破綻”。

 彼の憎しみが、世界規模という留まるところを知らないから。

 そもそもの発端が、人に元々備わった底無しの悪性によるものだから。

 底無しにして天井知らず。対象が個人でなく世界――あるいは社会とそれを作るヒトという種――そのものである以上、一度走り始めれば、世界が滅亡するまで止まらない終わりの無さ。何れも言語化出来るが、同時に論理的にすればするほど普遍的になり得ない故に破綻する。

 “女尊男卑風潮”と“織斑一夏迫害”の二つは、常道に照らせばあり得てはならないものだった。

 性差別。人権迫害。そのどちらも、世界の歴史がタブーであると明かしている。それにも関わらずISが世に出た直後の世界はそれに走った。

 ――認識する。

 世界規模の悪性が凝縮した人間こそが“織斑一夏”。

 その果ての無い破滅願望を抱きながら、未来への希望を胸に抱く人間が、“桐ヶ谷和人”。

 しかし、いまの“彼”はその両方である事を。立場上は“桐ヶ谷和人”で通しているが――全てを喪えば、立ち返る故に、“織斑一夏”としての在り方も続いていると、認識する。

 でなければ。

 もし、彼が心底から“織斑一夏”である事を拒絶し、否定していれば。

 

 表面上とは言え、憎悪の対象筆頭を前にして、こうも穏やかに言葉を発せられるだろうか?

 

 ――こわい。

 その静けさが。(ホロウ)と死闘で見た二人の在り方と全力の叫びを知っているからこその乖離が、ひどく恐ろしい。

 AIの少年は憎しみを叫び、ネットワークを汚染するまでだったのに。

 何も知らなければ、ただ穏やかで聡明なだけの少年にしか見えないところが――私は、恐ろしかった。

 底が見えず、在り様もハッキリと分からないからこその恐怖。理解不能。共感不能。不鮮明の窮み。だからこそ――彼の“なにか”が、酷く恐ろしかった。

 

「それで、どうする? 俺の裁量で話せる事であれば訊かれた事には答えよう」

 

 (にく)(しみ)を湛え、少年は小首を傾げた。

 

「……裁量、とはどういう意味だ」

 

 顔を強張らせ、実弟の言葉を黙って聞いていた千冬は、辛うじてという風にそう絞り出した。間違いなく最も聞きたい事ではないが、心の準備が出来ていなかったのだろう。

 それを見透かしたか、少年は薄く微笑んだ。

 ――人が見れば、微笑ましく思っているような、と取るだろうその表情。

 私には、その穏やかな顔の裏に、確かな失望の色があるように見えた。

 

「結論から言えば、《契約》だ。ホロウとの戦闘中、俺が四日も連続ログインしていながら、政府直轄の学校を休学出来ていた事に対する答えは聞いただろう? それだよ」

「つまり一夏(かずと)は、政府と契約を結んでいると?」

「そういう事になる。その事について話そうとしたところでアンタがやってきたから、ここに居る面子の内、《契約》を部分的でも知っているのはSAO組で茅場晶彦、それ以外だとそっちの更識楯無だけだ」

「……ほう」

 

 じろりと、世界最強の眼光が向けられた。

 

「――もし、楯無を悪者のように考えているなら、それは早とちりが過ぎるぞ」

 

 その睨みを、彼の言葉が遮断してくれた。

 呆れるような顔で少年が女性を見詰める。女性は、不可解と言いたげな顔をしていた。

 

「早とちり、だと?」

「そうだ。確かに《更識》には政府との強い繋がりがある。だが、だからと言って、《出来損ない》と契約を結ぶメリットがあるのか。もっと言えば――俺を預かって、《更識》が被るデメリット以上のメリットが存在するのか……結論から言えば、俺を預かる事で生じる《更識》にとっての損得の天秤は『得』に傾いた。更に言えば、政府直轄の生還者学校を正式に休学した上でゲームをしていた訳だから、政府との間でも同じように天秤が傾けられた。なら俺と関係を作っておく事で得るメリットの方が、デメリットやリスクより上だと判断された事になる」

 

 それが《契約》をするまでの過程だ、と少年は纏めた。

 

「なら《更識》と政府は何故俺と関係を作る事にメリットを見出したか、分かるか?」

 

 教師の如く諭すような口調で少年が水を向ける。問われた女性は、やや悩む素振りを見せるが、すぐに口を開いた。

 

「デスゲームクリアの立役者、だからか?」

「――それだけではあまりに弱いな」

 

 裏事情を知らない人間であれば往々にして帰結するだろうその答えを、少年は否定を以てばっさりと切って捨てた。論外と言わんばかりの笑みで頭を振る。

 

「VRMMO関連で言えば『一つのゲーム内でだけ強い俺』より『VR技術創始者』の方が重要度は上だ。VRMMO自体、須郷伸之の研究や《アミュスフィア》の安全性の疑問視で世間的に微妙だった。社会的立場で言っても、クリア当時の俺の評判はまだまだ低かった。仮想世界の調査員として起用するとしても、女権を敵にしかねない爆弾を抱えるデメリットを前に、政府高官が保身に回らない理由があるだろうか」

「む……」

 

 かつて、《織斑千冬》に二連覇させるために――ひいては日本優勝の栄誉のお零れにあずかろうとする女権派役人により実弟の誘拐を知らされなかった千冬は、反論が浮かばないのか、言葉に詰まった様子で閉口した。

 その様子に、少年は然もありなんと頷く。

 

「そう、普通ならそこで止まる。でも――――そうは、ならなかった。契約を結ばせる手が俺にあったからだ」

 

 その手こそ、織斑千冬の知らない彼の過去。彼の半生であり、いま政府が求めている存在としての価値。決して繰り返してはならない世界の()()

 《裏》を知っているからこそ分かる、(おぞ)ましさの極み。

 (ホロウ)が展開した心象世界。彼が経験した地獄の一つにあった、研究所とやらも悍ましいものであったが、個で見れば彼にコアを埋め込む実験も同等だ。人の命を――いや、あんなコトを実行に移す人間は、人を人と思っていないに違いなかった。

 

「順を追って最初……ホントの最初から話そう。この場には、俺の過去を知らない人もいるから」

 

 ――余人に洩らした場合、命の保障はしかねるがな。

 そう前置きして、彼は過去を語り始めた。第二回《モンド・グロッソ》で攫われ、実兄が逃げる際に見捨てられ、そのまま再現映像にあった研究所に連れていかれ、ヴァサゴ・カザルスに戦闘技能を叩き込まれながら他人を殺して生き延びた。

 その果てに、《人体改造》と称してISコアを埋め込まれ――暴走。

 実兄に見捨てられた時点で感情が吹っ切れ、廃棄孔の人格を作っていた彼の精神は、メンタルを安定化させようと働いたコアの意志を負の想念で押し流し、殺し潰し、乗っ取り、瞬時に負の第二形態で暴走し、研究所を破壊。ヴァサゴは生き延びていたが、それ以外はほぼ殺し尽くした。

 その時点で《実の家族》も《世界》も怨んでいたが――廃棄孔は、危険と判断された事で核となる人格から零れ落ちた悪性である。

 怨みを抱く人格が零れ落ちたモノなら、悪性を零す人格は善性のそれ。

 “オリムライチカ”生来の気質が、それでもと家族を求め、日本へと向かわせた。

 山を、荒野を、砂漠を、海を越え、不法入国に等しい状態で戻ってきた彼だったが、限界を迎えて力尽き、そこを《桐ヶ谷家》に拾われたという。

 そんな経緯だったのかと、朧気だった彼の過去が明らかになり、その突飛な経緯に呆れとも関心ともつかぬ心境になった。少なくとも彼を拾った一家が反一夏一派でなく、IS至上主義者でも、女尊男卑派でもない、真っ当に心優しい家族であった事は、最大級の幸福であり、奇跡だったに違いない。

 それは、その辺りを語る時の少年の()()で、よく分かった。

 

「――そして、拾われてからちょうど一年後、俺はデスゲームに囚われた」

 

 話は、世間を騒がせたVRMMO初のRPGタイトルが、デスゲームに変貌した時へと行き着いた。かなり短縮された内容だったので語り始めてから数分も経っていないが、何故だか長時間聞いている錯覚を覚える。

 ――愕然を超えた心境だろう彼の実姉は、いったいどんな気持ちなのか。

 表情からは、やはり愕然以上のものを読み取れない。

 それでも、自身の想定を遥かに超えていると、そう思っている事はよく分かった。ISコア関係の事は親友の天災からも聞かされていなかったらしい。

 

「中で何がどう起きていたかは省くが……俺は、確かにデスゲームを終わらせたが、それでも戦いはまだ終わっていない。何故なら俺やシノンが使っていた召喚武器は、俺の体に埋め込まれたISに搭載された武装だからだ」

「なに――?!」

 

 瞬間、くわっと、千冬の眼が大きく見開かれた。

 まさか、嘘だろう、という思考が見える瞳。それに映るように、彼の手に光が集まり、形となった。ガシャリと硬質な音を立てて机上に置かれたそれは、紫のラインを走らせる二丁一対のエネルギーボウガン。

 あの世界で、彼らが使っていた遠距離武器のひとつ。

 すぐに光に消えたがそれでも確かな証明になった。あの世界がデスゲームになった事には、自身にISコアを埋め込んだ非道な人間が関与していると。デスゲーム化に関与、つまり須郷と繋がっている事を前提としているのは、茅場晶彦が召喚武器の存在を知らなかったが故の推察だった。

 

「あの再現映像にあったように、SAOサーバーには《モンド・グロッソ》でのアンタのIS操縦データや《白騎士》のデータも組み込まれていた。それが出来るのはアラスカ条約で禁じられている《ヴァルキリー・トレース・システム》くらいだが、それを使うとなれば、必然的に裏に繋がっている人間でなければならない……この情報はつい先日まで、俺自身と、俺と契約を結んだ相手しか知り得なかった情報だ。勿論須郷に近い位置にいた人物はマークしたが、怪しい連中の足跡はいずれも途中で立ち消えていた」

 

 彼はその足跡を辿ったのが《更識》であると言わなかった。世間一般的には日本代表の次期候補筆頭であり、由緒ある家系として幾つもの企業を運営している事で知られている。元々彼女は《更識》がそういう家系であると知っていたから、わざわざ明言する必要性も無い。

 あまり知られていい事でない以上、敢えて伏せたのだろう。

 

「そして、その《黒幕》との繋がりがあるのは、俺のコアと過去だけだ。国を跨げるフットワークの軽さ、デスゲームの陰謀に加担できるほどどこかに深く食い込める能力、そして俺にしたような非人道的行為の危険性を鑑みて、政府は俺と契約する事を良しとした。俺が求めるものを叶える代わりに、俺は政府が求める条件に従う事になったんだ」

「――それが、今回の騒動に……」

「いや、《クラウド・ブレイン事変》とこの契約に、直接的な関わりは無い」

 

 千冬の予想を、彼は覆い被せるように否定した。

 その否定は真実だ。細部を暈されてはいたが、彼がいま語った《契約》は、以前自分達と菊岡誠二郎がセッティングした“無かった事になった会談”で成立したものである。元帥を筆頭とした政府・企業側が『女尊男卑風潮の撤廃』と『日本の経済的是正までの猶予』――すなわち第四回《モンド・グロッソ》優勝――を求め、そのために彼が邁進する代わりに、政府は彼が指定した“大切なみんな”の人権・日常を護るという《契約》だ。

 あのとき、IS学園から(しょう)(へい)されたのは山田麻耶であり、織斑千冬ではない。つまり元帥達はブリュンヒルデにその《契約》を知られては困ると伏せている。

 だから彼女はこの事情を知らない。

 彼も、それは分かっていたのだろう。心が折れては拙いし、反感だけで第三回《モンド・グロッソ》の出場を急遽棄権したりなどすれば、日本は経済的に冗談抜きで終わってしまう。

 そもそも彼女にこの話を一切聞かせなければいい話と思えるが、それでは、彼女が政府に理屈無き反感を抱く。

 あの再現映像で和人と政府の間に彼女の知り得ない関係が築かれている事が明らかになっている。その関係を明確にされない限り、彼女は()()()()()()政府の仕打ちから不信を募らせる。現時点でさえかなり嫌悪を抱いているようだからダメ押しになってしまいかねない。

 ――国が命じた事に、彼女は否とは返せない立場だ。

 しかし風潮と女権の二つ、国の趨勢を懸けた国家代表という立場――現時点では日本の唯一の命綱――が、政府高官も強く出られない理由になっている。前二つは政治生命どころか物理的に死にかねないほど危険だ。かつて新国立競技場をIS競技場に立て替える事を風潮と女権の巣窟であった国際IS委員会が日本政府に命じたように、ISの欠陥により生じた異常な社会現象は、決して軽視できるものではない。自由の尊重を謳う政府が、個人の自由を奪ったとスクープされれば、たちまち女権は息を吹き返すに違いない。

 だから元帥達は早急に根強く残るそれらを排除したがっている。

 故にこの対応が最適解。

 ある程度は話す。しかし、致命的な情報だけは上手く暈して、フィーリングで伝える。更に言えば彼女は彼の言葉を比較的信じる。早とちりするきらいがあるらしい千冬にはこれ以上無く効くに違いない。

 

「話が前後するが……俺が政府と契約を結べたのは、それを結ぶ場を設ける事を報酬として、俺の労働力を代価にした契約を別途で結んだからだ。それが総務省の《仮想課》と通称される部署に務める役人との契約だ」

 

 SAOの事があったとは言え、それでも医療、教育や娯楽方面での活躍を期待され、見逃されたVR技術、VRMMOについて調査するべく立ち上げられたかつての対策チームの縮小版と言える部署が、通称《仮想課》。

 正式名称は《総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室》。

 省内での名称は《通信ネットワーク内仮想空間管理課》であり、これが略され通称となっている。

 菊岡誠二郎が表向き所属するのがここだ。つまりあの男は、現在絶妙な均衡状態にあるVRワールドを監視する国側のエージェント、あるいはスケープゴートという訳である。実際は陸自の鷹崎元帥と繋がりがあった事から分かるように陸上自衛隊所属の二等陸佐なのだが、VRワールドを軍事転用出来ないかといった類の思惑を以て放たれた尖兵として、総務省の役人に扮している。

 裏側の所属はともあれ、表向きの地位を考慮すれば、少年の言い分に矛盾はおろか違和感すら無い。

 いや――それは、むしろ当然なのだ。

 あの男に彼が求めたのは、総務省役人としての地位と関係だ。少年が持つ現実的な手札がVRワールドでの戦闘力しか無かったからそう求めた。なにせ男には対策チームのリーダーとして活動し、コンタクトを取った経歴がある。誰も疑わない。

 そして彼の過去に関係する事は《更識》に求められている。彼を預かったのも、実際はISを扱える事を知った裏の組織から護る為だ。

 だから彼の説明が乖離する事などあり得ない。

 

「その役人との《契約》の延長線として、七色・アルシャービン博士の台頭と思惑の調査を依頼された。《クラウド・ブレイン事変》で四日連続フルダイブ出来たのも、調査報告の報酬として、休学申請とリアルの環境調整を得られたからだ」

 

 ――いまの言い方には、僅かながら()(びゅう)が存在している。

 彼は四月頭に契約を受け、論文を読み解いた時点で、彼女の研究を凡そ察していた。つまり『本人から計画の真偽を問えたから求めた』のではなく、『休学申請&環境調整』を最初から報酬として求め、その後に調査結果を報告し、報酬を得たという流れになる。

 だがそれは事が前後しているだけの問題。言うなれば、彼の聡明さを克明にするか否かの話。

 そこに執着を見せない彼が深く掘り下げる筈も無く、話は進んだ。

 

「俺も最初から今回の事態を想定していた訳じゃない。事態が収束した後は七色が攻略した分だけリセットするよう備え、後は傍観に徹してるつもりだった。レイン……七色の姉・虹架から、役人と同じ内容の依頼を受けるまではな……――――それが、全てなんだ」

 

 ふと、淡々とした声音に、万感の想いが込められた。少年の表情は懐かしむようで、嬉しむようで――どこか、哀しんでいるような、複雑なものだ。

 それでも金色の瞳に宿る光はとても強い。

 目指すべきものをしっかり見定めている眼だった。

 

「最初は傍観に徹しているつもりだった。だがな……俺が求めるのは、究極的には幸せな日々なんだ。俺自身のじゃなくて、俺が大切に思うみんなの、この場に集う仲間達の、幸せだ」

 

 ――視線が、女性から外れる。

 意識は遠く。焦点は、虚空へと結ばれた。

 彼が夢想する幸福な未来を、視ているのだろう。

 

「俺にとって、七色・アルシャービンは重要じゃなかった。でも虹架(レイン)は違う。俺の愛剣の継承を行ってくれて、後半期に於いては鍛冶師として攻略組を支えてくれたれっきとした仲間だ。当然、俺が幸せになって欲しいと思う範疇にあった」

「……だから、お前は……そうなるほどに、自分を犠牲に……」

「――犠牲じゃない。投資だ」

 

 千冬の非難めいた独白に、少年による断固とした語調の反論が上がった。

 怒りは無い。しかし、夢想を視る笑みはなく、代わりに真剣な表情が浮かんでいた。

 

「自分を犠牲にする考えで痛い目を見た事が以前あってな。それを戒めとして、自分の死を前提にした行動はしないよう心掛けてるんだ」

 

 一瞬、少年の眼が直葉に向けられた。

 義理の姉は、僅かに微笑みを浮かべる。木綿季達も心なしか剣呑な雰囲気が鳴りを潜めた気がした。

 

「だが、お前はあの事件の後、意識不明の重体になったと聞いているぞ?!」

 

 ――その空気を引き裂くように、叫びが上がる。

 怒号のようで、泣きわめく声のようにも取れるそれは、千冬があげたものだ。信じられないと眉を顰めて少年に言葉を投げる。

 あの行動を、自分の死を前提にしたものでないなら、何というと――彼の思考が理解できないからこその拒絶反応が、現れていた。

 

「デスゲームのラスボスを倒した後の決断もそうだ! アレこそ、自己犠牲ではないのか?!」

「――いいや、投資だ。仮に自己犠牲だとすれば、それはきっと俺が死んで、他の皆を確実に生還させる選択だ。昔の俺なら……世界を、ヒトを憎み、希望なんて持っているようで持っていなかった俺なら、迷わず取っただろう選択だよ」

 

 少年は、笑った。

 女性の感情的な言葉にものともせず。

 ただ、力なく笑った。

 

「より良い幸福を得る可能性を俺は追い求めてる。それは未来への希望に他ならない。だから投資だ。自己犠牲は……諦め、なんだ」

 

 ――そのかおは、どうしようもなく弱ったものだった。

 笑っている筈なのに、泣いている。

 怒っている筈なのに、悲しんでいる。

 希望を抱いている筈なのに、同時に絶望している。

 そんな、矛盾を孕み、葛藤を続けるこどものかおだ。

 

「おれは、ひとが嫌いだ」

 

 そのかおで、彼は努めて平坦な声で続ける。

 隠し切れていない感情が、声音に滲んでいた。

 

「おれは、ひとも、社会も、世界も嫌いだ。何も信じられない。何も、望まない。どうせ裏切られるから」

 

 肉親がそうだった、とこどもが言った。

 友達や学校がそうだった、とこどもが言った。

 世界的に、そうだったと。こどもが言った。

 それは人が持つ悪性の発露。彼が憎み、嫌悪し、破滅させたい理由の根幹。希望を奪われ尽くしたから残った悪性そのもの。故に、人類種の悪。

 希望などないと諦めたから、未来に絶望し、自己犠牲に走った。諦めを正当化出来るからだろう。

 ()()()は自己犠牲で為せる善すら失ったから残った自身の感情に従った。

 ――絶望、絶望と、人は軽く言うけれど。

 本当の“ぜつぼう”というのは、きっと彼らのような在り方を言うのだろう。

 

「――けれど、いっしょに居たいと思える“人”が出来た」

 

 そこで、少年がふわりと笑んだ。

 花開くような明るい笑み。目尻に雫を滲ませながら、少年は傍らの義姉の手を取った。小さな手が、一回り大きな手を握る。

 二人の手が、互いを握った。

 

「そんな“人”が、たくさん出来た。信じていい“人”がいっぱい増えた」

 

 少年の傍に、何人もの人が立った。

 【絶剣】と呼ばれた少女が、少年の背後から抱き付いた。

 【舞姫】と呼ばれた少女が、双子の妹ごと後ろから抱き締めた。

 【鼠】と呼ばれた少女が、少年の左手を取り、優しく握った。

 【蒼猫】と呼ばれた少女が、少年の頭を撫でた。

 ――挙げていけば、キリがない。

 少年を取り巻く人達からは強い意志を感じられた。少年を信じ、護り、愛そうとする様々な想いが渦巻いている。そのいずれも、根底には彼を大切に思う気持ちがある。

 

「俺はその()()を見続けたい。もう、喪いたくない……俺が戦う理由はそれだけだ」

一夏(かずと)……」

 

 花のような笑みに、一抹の悲しみを織り交ぜる少年を、千冬は苦々しげに見つめた。彼女特有のイントネーションの呼び方が出るが、彼の様子に変化はない。

 金の瞳は、金色のままだった。

 

「……だが、それを続けていれば、遠からず死ぬのではないか」

 

 少しの無言を挟んで、千冬がそう言った。

 

「お前が戦う理由は理解したが、それで死んでしまっては本末転倒だろう」

「そうだな……でも、俺は非才の身、投資できる代価なんて、死にもの狂いで努力して付けた力しか無いんだ。喪う事を良しとするくらいなら、俺は自分の身を削ってでも剣を取る」

「……むー」

 

 女性への反論に対し、不満気な声が上がった。それは少年の背中から抱き付く少女(木綿季)を筆頭としたもの。木綿季は少年の左頬を軽く摘み、引っ張った。

 

「気持ちは嬉しいんだけど、ボク達、それは容認したくないなぁって……」

()ぬよりマ()だ」

「や、それはそうなんだけどさ……あーもう、和人って、なんでこう極端なのかなぁ……」

 

 一切ブレる事なくキッパリ言ってのけた少年の勢いに、不満たらたらな少女達の方がたじろいでいた。言ってる事は非常にマトモなのだがその手段がかなりアレなのは彼らしいと言っていいのかどうか。

 ――そんな、微笑ましく見える一幕を挟んだが。

 千冬の表情は、厳しいままだった。

 苦しげな顔で、彼――厳密には、彼の周囲にいる人間を睨む女性を見て、少年は深く息を吐いた。その拍子に、ぺもっ、と頬を摘んでいた少女の指が離れる。白磁の肌に羞恥でない赤みが加えられていた。

 

「いちおう、事の経緯は話した。その上で不満げなのはどうしてだ? いったい何が気に入らない……ああ、違うな。これじゃ回りくどい」

 

 頬の赤みを他所に口を開いた少年は、言葉の途中で頭を振った。両手は傍に寄り添う少女達で埋まっているので使えない。

 両手に華以上の状況が千冬の不満気な理由だと思うのは気のせいだろうか。

 そんな私の思考を知る由も無く、少年は頭を振って思考をリセットした。

 

 

 

「――アンタは、俺に何を求めてるんだ?」

 

 

 

 そして、単刀直入にそう問うた。核心を突くようなそれは、変に言葉を重ねるよりもいっそ明瞭なものだ。()(ねん)、答えも分かりやすいものになる。

 

「アンタが思い浮かべる理想とこの状況の差異に苛立っているんだろう? アンタは何を求めているんだ」

「――戻ってきてほしい」

「――――……」

 

 分かりやすい答えが返されて。

 少年は、笑いもせず、しかし怒りもしなかった。無感情とも違う表情が女性に向けられる。

 

「私が姉失格である事は痛いくらい理解している。だが……それでも、思ってしまうんだ。また家族になれたらと」

「……なるほど、“また家族になれたら”か」

「ああ」

 

 それが、およそ叶わない願いと知っていて、尚彼女は諦め切れない様子で頷いた。

 悲嘆の笑みを見て、少年が数瞬遠くを見た。

 

「――――」

 

 義理の姉は、視線だけで人を殺せそうなほど殺気立っていた。肩に母親の手を置かれ、義弟に手を引っ張られているから押さえているだけで、どちらかが無ければ今にも殴り掛かりそうなほど剣呑な顔だ。

 なにかが彼女の逆鱗に踏み抜いたらしい。

 

「――ふざけないで」

 

 その度合いは、激しかったようで。

 母と義弟の制止を以てしても彼女を止めるには至らなかった。殴り掛かりこそしなかったが、言葉が出たのだ。

 千冬の意識が、直葉へと集約する。

 

「ふざけてなどいない。ふざけられるものか」

「なら、尚の事タチ悪いわよ。この子の病室の前で言った筈でしょう、『自分の名前の大きさを、もっと理解しておくべきだった』って……加えて、廃棄孔との戦いを見て、ホロウとの死闘を見て……それなのに、まだその思いを持っているなんて。見下げ果てたわ、織斑千冬」

 

 直葉の眼が、心底からの軽蔑に染まった。嫌悪と敵愾心に加え、軽蔑が加わった眼と言葉に、千冬の表情にも怒りが加わる。

 

「……私自身、とても立派とは言えないと自覚している。だがこの願い自体は持っていてもおかしくないだろう」

「――そうね。その願い自体は、間違ってない。でもね……あなたは、それを持つべきじゃない。少なくとも今はその資格なんて無い」

「なに?」

「あなたはきっと『自分は貶めなかったから』とか、この子の過去を知ったからと思って、その願いを持つ事を正当化しているんでしょうけどね。そもそもの話、あなたがISを、《白騎士》なんてものを使わなければ良い話だったでしょう」

 

 ――そのとき、空気が一瞬で重くなった。

 直葉がそう《白騎士》と言った事で、千冬が威圧を放ったからだ。女権の影響もありスルーされている『《白騎士》の搭乗者が何者か』という疑問だが、世間的には限りなく黒に近いグレーとして彼女の名が挙げられている。

 間違っていれば犯罪者と一緒にされた事になるので、怒るのはまあ間違いでは無い。

 しかし合っていれば、意味合いは異なる。

 現状どちらかは判別不可だが――

 

「……どういう意味だ?」

「シラを切る気? あの再現映像で流れた《白騎士》と《ブリュンヒルデ》の戦闘スタイルは、遠距離攻撃手段の有無、片刃と両刃の差こそあれ、大きな違いは無かった。太刀筋に至ってはまったく同じ。アレがデータとして再現されたものであれば、必然的に答えなんて一つに絞られるでしょう」

「……」

「沈黙は肯定と取るわよ」

 

 直葉の推論に、千冬はなにも返さない。

 その沈黙は言外に肯定しているも同然だ。しかし言質が取れない以上、有効打とはなり辛い。

 

「……仮に私が《白騎士》だとして、それと私の願いに何の関係がある」

「あなたは自分の行動が原因で、この子を貶め、傷付けたという事よ。怪我をしてる事に気付きもしないくらい意識を向けていなかったならその気があったかどうかなんて些細な事。分かる? あなたは、自分で貶めて見捨てたも同然なこの子を、また同じ状況に戻そうとしているのよ」

「――今度は、そんな失態は犯さん。もう誰にも一夏(いちか)を傷付けさせない」

 

 毅然と、胸を張って言う千冬。

 

「じゃあ、獅子身中の虫(オリムラアキト)にはなんて説教をしたの?」

 

 そんな彼女に、直葉が痛烈な指摘を放った。

 

「あの男はあたしと同じように巻き込まれた側だけど、その行動は悪辣なものだった。犯罪者のオレンジ達を洗脳して、纏め上げて、ボス攻略に臨む集団の第二レイドの人達を何十人も殺していた。ましてや、和人と殺し合いすらしたのよ」

「直葉はその時キバオウに捕まってたから見てないけど、代わりにボク達は見てる」

「アンタの弟サンが第二レイドを壊滅させてるシーンはオレっちがバッチリ見てるヨ」

「……その節は、迷惑を掛けた。私からも説教はしているから反省している筈だ」

「――どーだかね。アイツ、どー考えても反省なんてしないタチよ。それこそSAOで一度死んでいようとね」

 

 弟の悪行を指摘された千冬は、苦渋の顔で頭を下げ、謝罪した。どうやら説教はしているようだが、リズベットと呼ばれていたそばかすの少女を筆頭に、誰もそれを信じていなかった。説教したかどうかではなく、それが真実功を奏しているかについて信じていない。

 あの秋十という少年の性根がそう簡単に変わる訳が無い――と、全員確信を抱いているのだ。

 それに、千冬は顔を歪めた。

 

「織斑秋十とは直に会って、その性格を知ってるから、説教されたくらいで反省なんてしてないとあたし達は思ってる。そんなヤツがいる家に、ましてや内外敵だらけの環境に、この子を戻す? もし本当に反省していればそんな事、浮かべこそすれ口になんてしない筈よ」

 

 それを無視し、直葉が更に言葉を重ねていく。

 それは正論であり、真実だった。再現映像含めての放映で英雄視されている少年だが、彼の常軌を逸した鬼神めいた戦いぶりと、プレイヤーを躊躇なく斬る様を危険視し、何が何でも貶めようとするアンチは決して少なくない。“織斑一夏だから”ではなく、注目を浴びている事で起きる自然なものとして。

 ましてや女権ともなれば、反一夏派筆頭だ。

 もし織斑姓に戻り、彼女らが神格化している千冬の弟として戻れば、ここぞとばかりに精神的に追い詰めようとするだろう。

 それを危惧しているから、直葉をはじめ、彼を大切に思う面々は剣呑な空気を晒している。

 

 ――そこで、ぱん、と乾いた拍手が一度響いた。

 

 それをしたのは、話の渦中になっている少年だった。言い合いになりそうだった空気が霧散し、自身に視線が集まるのを見てから、少年は女性を見つめた。

 

「一先ず、俺の意見を言っておく。()()()()()()戻ってもいいとは思う」

「本当か?!」

「は……な、き、(キリ)の字?!」

「うっそ……」

 

 少年の発言に喜色を表す千冬。反対に絶句の仲間達。バンダナを巻いた青年が愕然と呻き、山田先生が口元に手を当てて呆気に取られていた。

 山田先生にすら無理筋と思われている辺り、千冬は結構ヤバい意識はあるのだろうか。

 

「俺が求めるのは“みんなの幸福な未来”だ。その為に取れる手段は何であろうと取る。それが、織斑に戻る事で成るのであれば、()()()()()

「だ……だからってよぉ! お前ぇ、ンな……」

「クラインさん、待って……和人。何を考えてるの?」

 

 激情に駆られて言い募ろうとする青年や他の面々を、義姉が抑え込み、意図を問うた。少年は意味ありげに笑みを返し、再度視線を喜色を表す女性に戻す。

 

「俺の目的の為には、俺自身の風評の払拭、中傷の防止の他に、“みんな”の基本的人権の保守、日々の生活の保守など、やらないといけない事が沢山ある。それを補ってくれるなら戻っても良い」

「ああ、必ずやり遂げる!」

「――どうやって?」

 

 自信――あるいは、自戒を込めた女性の頷き。

 それに、少年が言葉の刃を容赦なく叩き付けた。

 

「どうやってって……」

「俺の風評は女権によるもの、中小は風潮によるもの、“みんな”の人権・生活の保守も同じ。それら全部をIS学園の一教師、国家代表IS操縦者に過ぎないアンタに出来るのか。国家代表と言えど階級は特務少佐、しかも軍事面だけであって、人権・生活を主とする政治面には関与できない立場だ。それなのにどうやってやり遂げる」

「そ、それは……」

 

 喜色満面だった女性の顔が、徐々に曇り、苦しげなものになっていく。

 名声の大きさで何でも出来るように思えるだろうが、《ブリュンヒルデ》とは名誉・称号でしかなく、その呼び名に何らかの権力が宿る事はない。一教師であればIS学園で受け持ったクラスにしか影響はない。国家代表となると相当なものだが、それでも軍事と名声を集める為の雑誌プロデュース程度。後者は彼女が毛嫌いしている事もあり、ほぼノータッチ。

 つまり彼女がダイレクトに影響を与えられるのは学園と軍事、それも最高階級では無いという状態だ。

 政治に一切関われない以上、彼女に出来る事は決して多くない。

 社会的地位の観点からその結論が導き出される訳だが、それは彼の方がより酷いと言えよう。なにせまだ学生の身。しかも、投票権すらまだ持っていない。一般的にISを男性は動かせないとされている以上、まだそれを明かしていない彼は政治経済に乗り出す術を客観的に持っていない事になる。勿論明かせば世界を揺るがし、政財の中心点になるだろうが、それも全て良い事ばかりとは決して言えない。

 だが――彼には、世間の風評が味方している。

 本来であれば国と憲法に守られるべき人権をこれまで侵害されていた。その負債を支払われるかのように、過去の経歴を手札にして多方面との契約関係を結び、依頼を達成する事で、社会的地位に囚われない“桐ヶ谷和人個人の価値”を高くしてきた。

 将来的な見込み含めると、織斑千冬(現役の国家代表)桐ヶ谷和人(未来の国家代表)の個人の価値はほぼ互角である。

 

「――もともと【解放の英雄】などとどれだけ持て囃されようと、アンタの功績と俺の功績は種類が違う」

 

 第四回《モンド・グロッソ》で優勝する事を期待され、その見込みがおそらく同じようにISを動かせるだろう実兄より高いと見込まれ、元帥をはじめ政府と契約を結んだ少年が、腕を組んで言う。

 その言葉は、鋭利な刃となって女性を叩く。

 ――もし自分が受けていたらと考えると、ゾッとした。

 隣に立つ()の横顔を盗み見る。彼女は、愕然とした顔で、けれどどこか魅入られているような表情で少年にじっと視線を注いでいた。

 

「テストの点数で競う科目が体育と算数のような噛み合わなさじゃあ、『織斑千冬の負け筋』と『桐ヶ谷和人の勝ち筋』は全面的に否定される。比較には“優れた者”と“劣る者”の両者が存在していて、俺は後者の存在だ。そしてアンタは前者の存在……本来であれば、得意不得意の差を理由にそこまで拘られないんだが、俺とアンタに限っては違う」

 

 簪と()()()()()()()()()()の千冬を、和人はじっと見つめた。

 ――これが、お前の罪だ、と。

 そう言うかのような眼だった。

 

「アンタは、強過ぎた。輝き過ぎた。あまりに輝かしいからこそアンタに魅入られた人は多く、理性が(ほど)かれ、常道から逸れた。普遍的な価値は無価値にされ、常軌を逸したものが“織斑の普通”になった」

 

 普遍的な価値。過去を洗っていけば分かる事だが、この少年は幼い頃から無能だった訳ではない。学校の成績も決して低くなかった。むしろ年齢を考えれば高い程で、加えて幼少の頃から家事全般をこなす能力を持っていたとなれば、ある面では大人を超えてすらいた。

 だが、彼に求められた“織斑の普通”は、年相応では不足だった。

 姉があまりに輝かしいばかりに、周囲の人間は勝手に弟達に期待した。ある程度成長していた兄は上手くそれを乗り切ったが、当時五歳という少年には無理な話だった。学校に通ってすらいない子どもに因数分解の計算を求める事がどれほどオカシイ事か、彼を(なじ)り貶める人々は考えていなかったのだ。

 故に、普遍的価値は無価値に堕とされた。

 

「分かるか、織斑千冬。直姉がアンタに言った『名前の大きさ』というのは、アンタの自覚に対するものじゃなくて、アンタに魅入られ、アンタを崇める女尊男卑派や信奉者達の異常性について指摘したものだったんだ」

 

 ――堕とされた人間が、輝かしい人間を見上げる。

 淡々とした声で、怨嗟に等しい声が紡がれる。

 金色の瞳に、(ぞう)()の淀みが混ざっていた。

 

「俺がアンタの下から離れたのは、アンタの意志によるものじゃない。であれば、アンタがどれだけ自分の意識改善を試みようと、なんら状況は変わり得ないんだ……だから俺は自分で色々と変えようと躍起になっている。その規模がとんでもないから命懸けにもなる」

 

 《ブリュンヒルデ》という存在に魅入られた人間達が見せる人の悪性は、環境を作り上げ、彼を貶めた。

 直葉が彼女に求めた事は、その環境に目を向け、改善する働きだったようだ。

 しかし現状を見れば分かるように、彼女が大きくその問題で動いた事は無い。雑誌や新聞の取材を基本的に避けている彼女がメディアで話題になるのは、《モンド・グロッソ》の事やIS操縦者の演習について取り上げられた場合の彼女に関する推測ばかり。表に出る事がほぼ無い以上、彼女の意志は反映されない。

 だから“織斑千冬像”が独り歩きして、実際との乖離があるのだと、彼は言う。

 言外に、自分が命を懸けなければならないのは、アンタのせいなんだぞと言っていた。

 それも真実だろう。だって最初から基本的人権が守られていれば、彼は見捨てられる事なんて無かったし、命懸けで自身の地位復権に動いていない。自分が一緒に居る事で危害を被りかねないなどと心配する必要も無かった。

 

「――そもそもな、俺にアンタの元に戻る気は毛頭ない」

「え……だ、だが、さっきは条件次第ではって……」

 

 か細く、悲嘆の声で女性が問い掛ければ――少年は、眼を眇め、見返した。

 

「気付かないのか? 家族として戻るのに条件だとか、メリットデメリット、リスクに関して話している時点で、破綻しているだろう。家族として在るのに必要なのはただ一つ……見返りなんて求めない無償の愛情だと、俺は思うよ」

 

 言いながら、彼の両手は義姉と義母の服の袖を緩く掴んでいた。

 それが答えだと、言わんばかりに女性に見せ付ける。血の繋がり、能力の有無、素性なんて関係なく――むしろ、世間での彼の事を知った上で引き取り、愛情を注いだ一家の二人の存在が、全面的に千冬を否定していた。

 

「わ……私は……間違って、いたのか……?」

「……アンタが秋十と俺の為に朝から晩まで必死に走り回って、頑張ってお金を稼いで、学費食費その他諸々を賄ってくれてた事は知ってる。その点は、純粋に感謝してるよ」

 

 千冬に愛情が無かった、という訳ではないだろう。

 本当に無かったなら、彼女が国家代表として早々に身を立て、生計を立てようとは考えない。働く力と地位を持たない弟二人を見捨て、親と同じように蒸発し、気儘に自身の生を謳歌していた筈だ。

 ただ、彼女の考えと、世間の考えが乖離していて。

 ――その乖離が、決定的に彼らを別つ原因になってしまった。

 それ故に、直葉は『名前の大きさ』についての自覚を促していたのだろう。

 だから彼は、彼女の行動を肯定した。無理解故の行動は善意だけだったから。その善意を、彼は肯定した。

 

「だが、それとこれとは別問題。“織斑一夏”は養ってくれた事を感謝し、他人の身勝手な主義主張に踊らされたアンタに同情しつつ、同時に護ってくれなかった事を怨む」

 

 その上で、彼は彼女を否定する。

 感謝はしている。だが怨む、と。

 

「“()()()()”としての俺はそういう在り方だ。人の無理解から零れ落ち、怨み、怒り、憎しみ続ける『俺』の悪性の廃棄孔――アンタになにかを抱くのは、廃棄された悪性(その在り方)だけ。アンタが求める“織斑一夏”が返せるのは、救いを求めず、誰も赦さない怨みだけだ」

 

 にこりとも笑わず、少年は怨みと復讐心を叩き付けていく。幾度目とも知れぬ怨嗟の声。既に千冬の表情はボロボロで、いまにも(くずお)れそうなほどに弱っていた。

 ――このままだと、心が折れかねない。

 いや、もう折れているかもしれず、手遅れな感もあるが、止めるべきだと思った。

 彼の憎しみは元帥も認めるところだ。しかしそれは、然るべき時に、然るべき過程を踏んでの事であって、あまりにも想定外なこの事態で彼女の心を折られると、今後に響きかねない。

 だから、彼を止める為に口を開いた。

 

 

 

「それでも、構わない」

 

 

 

 ――しかし、何かを言うよりも前に、千冬が言葉を発し、閉口してしまった。

 彼女がなにを言ったか理解出来なかった。言った事は認識できた。だが――――脳が、その意味の理解を拒絶する。

 千冬の顔を見る。世界最強の女性は、その異名の片鱗も薄い表情だ。とてもではないが屈強な精神で受け容れた、というのは考えられない。

 それは怨讐を語る少年も同じだったようで、僅かな瞠目を挟んだ後、怪訝な眼を向けた。

 

「……いま、何て言った」

「構わないと言ったんだ。一夏(かずと)には、私を()()権利がある。私はそれを受ける義務がある。存分に怨んでくれ……私は、お前から逃げる気は無い」

「……………………………」

 

 いまにも泣き崩れそうな表情を厳めしく歪めながら、彼女は言った。

 少年が眉を顰める。その眼には、失望ではないなにかが宿っていて――

 

「……この弟にして、この姉ありか」

 

 ――純粋に喜べない苦笑と共に、彼は言った。

 一瞬後、表情を改めた少年が、瞋恚(けつい)に満ちた面持ちで女性を見上げる。

 

「――『逃げる気は無い』というその言葉、二言は無いな」

「ああ」

「そうか」

 

 確認に対し、女性が頷いた。

 

「なら俺と《契約》を結んでもらう。元よりアンタに逃げ場はないが――それを、いまこの時から認識し、自覚してもらおうか。早々に知れる事を慈悲と取るか、復讐と取るかは自由だ。俺が背負うものは、そっくりそのまま織斑千冬の罪。精々自分の原罪を思い知り生きながら地獄を味わうがいい」

「ちょ――ちょっと待って、和人君?!」

 

 そこで、ようやく私の思考は回転を再開し、口を挟む事に成功した。

 

「それ、伝えちゃいけない事じゃないかしら?!」

 

 彼が言わんとする事は凡そ見当がついていた。“無かった事になった会談”――当時、山田先生が招かれ、織斑千冬には秘匿された将来的な話に違いない。

 彼が背負っているものは国の未来であり、女尊男卑や女権で苦しむ人々の未来そのもの。

 デスゲームで背負った人命より遥かに多く、未来を含めて長く重いものだ。

 それを背負わせていると知れば、織斑千冬は確実に気に病み、苦しむ事になる。国家代表を退かれたら困るから第三回《モンド・グロッソ》が終わるまでは秘匿するとなっていたのに、現時点でそこまで話してしまっては元の木阿弥だ。

 下手すれば、彼の立場も危うくなりかねない。それを理解している筈なのに、何故――

 その疑問を浮かべていると、当の少年が皮肉げな笑みを浮かべた。

 

「そうだな。確かに、伝えないよう言われていた事だ。だが本人がここまで言っているんだ。事実を知って、怖気づくようであれば、所詮その程度の覚悟だったという話。それは織斑千冬の矜持が許さない」

「で、でも、万が一があるでしょう!」

「――いいや、その可能性はもう無くなった」

「は……?」

 

 呆気に取られ、二の句を告げなかった。何故事実を知っても彼女が折れない確信を得られたのか分からない。以前は折れかねないと彼も賛同していたというのに、なにをキッカケにその意見を翻したというのか。

 しかし――私の疑問とは、裏腹に。

 織斑千冬は、じっと少年の言葉を待っていた。

 彼の眼が、私から外される。

 

「契約名は、《宣戦布告》とでもしておこうか」

 

 皮肉げで、不敵な笑みで、少年はそう言った。

 おそらく――千冬が居る間は、言うつもりの無かった事。彼が大切に思う人達にだけ明かそうとしていた事。それを、怨みの対象人物にも語った。

 政府が彼に求めた事、彼が政府に求めた事の利害一致。

 “無かった事になった会談”での話し合い。

 第三回《モンド・グロッソ》を織斑千冬が優勝するのを前提に組まれている日本復興の壮大な計画。

 女尊男卑風潮と女権の完全撤廃を目指し、男性操縦者として身を立てる事が決められた彼と政府間の《契約》が、ひとつひとつ、丁寧に語られた。

 

「――ここまでが日本政府の一部の高官・企業幹部と交わした《契約》。俺がアンタに求める《契約》はその先だ」

「先、とは……」

「アンタの実力なら当然第三回《モンド・グロッソ》も優勝するだろう。そして第四回《モンド・グロッソ》にアンタが出る場合、殿堂入りした事でシード枠の可能性が高い。あるいは優勝者とのエキシビションマッチになるかもだが……俺が第四回大会で優勝した場合、アンタの全力で、俺と戦って欲しい」

「――――」

 

 予想外、と言いたげに千冬は瞠目した。それは、そんな事でいいのか、という意味での驚き。

 

「それだけでいいのか、と思ったな? 何度も言った筈だ。“桐ヶ谷和人(おれ)”が剣を取り戦うのは“みんなの幸福な未来”という()()を見続ける為であり、一事が万事それだけに帰結する。俺が生きるには社会的復権《出来損ない》という風評を覆す必要があり、その為に俺はアンタと同じ土俵に上がり、挑戦権を得ようとしているんだ。そしてアンタは俺に応える義務がある……だろう?」

 

 なにか問題はあるか、と言わんばかりの顔で小首を傾げ、問いを投げる少年に、千冬は困惑を露わにした。

 

「あ、ああ。それはそうだが……てっきり私を殺すものかと……」

「――後先考えず、何もかも殺し、壊し尽し、諸共死ぬ事を望んだ破滅願望は、あくまで“()()()()”としての俺のもの。今の俺は“桐ヶ谷和人”だ。“みんな”に生きるよう願われ、希望の未来を得る可能性がある以上、諦観する道理はない。その暇すら惜しむべきだからな」

 

 未来への投資は希望であり、ただの自己犠牲は諦観である。

 少し前に語った事を、彼は言葉を変えて繰り返し告げた。その在り方こそ――二つの名を持つ自身の在り方だと宣言するかのように。

 

「それで、返答は。契約を結ぶのか、結ばないのか、どちらを選ぶんだ」

 

 どちらにせよ自分がIS学園に行く事は決定事項だが、と彼が続けた後、千冬は口を開いた。表情は決して明るくないが――先程に比べ、強い意志に満ちているように見える。

 

「契約する」

「――そうか。それはよかった」

 

 強い意志による賛成に、彼は僅かながら嬉しげな笑みを浮かべた――ように、視えた。

 

「なら三連覇を果たせよ。じゃないと、この国は経済的に滅ぶ。アンタが護ろうとする秋十も、俺も、無辜の人民すべてが不幸になる」

「ああ、分かっている」

「――頂点で待ってろ。必ず、喰らい付くから」

「既に喰らい付いていると思うが……ああ、楽しみに待っている」

 

 不敵な笑みが、交わされた。

 その交錯に殺意は無い。迸る戦意だけがそこにあった。頂点に在る人間と、それに挑む挑戦者の構図。それは少年が挑む構図にも見えるし、女性が敬意を抱く構図にも思える。

 

一夏(かずと)

「ん?」

「こんな私と……話を、してくれて……ありがとう」

「――――」

 

 悲嘆ではない雫を目尻に溜めて、頭を下げて彼女は礼を言った。

 少年は瞠目で言葉を喪う。どういう意味で固まったのかは、分からない。

 言いたい事、話すべき事を終えたと判断したか、彼女は少年を囲む人達――特に彼の義母――に頭を下げた後、山田先生を促し、店を出るべく踵を返した。

 

「“こんな私”と、あまり卑下しない方がいいぞ」

 

 ――その背中に、少年が言葉を投げる。

 責めるようでありながら、声音は優しい。微かに震えてすらいた。表情は見えない。俯き、白い前髪が顔を隠しているからだ。

 

「過ぎた卑下と謙遜は、自分を慕ってくれる人への裏切りであり、侮辱らしいから」

 

 それはきっと、彼も経験した事なのだろう。

 ――この弟にして、この姉ありか。

 先刻の呟きが脳裏に蘇る。おそらく――いまの彼女の在り方は、彼の過去に近い部分があって、言った事。罪悪感のあまり自身を卑下する言動が近かったから、忠告出来たのか。

 

「……肝に銘じておこう」

 

 震える優しい声を、彼女は問い返す事なく受け容れた。

 ――それが、実の姉弟が交わした最後の言葉だった。

 

   ***

 

 思わぬ再会だったが、代えがたい邂逅だったと思う。

 私の考えが甘いものだったと痛感出来た事は勿論、直接彼と対峙し、言葉を交わせた事がなによりもそう思わせた。

 第二回《モンド・グロッソ》より以前、それより以後の両方を含め、和人は己の経歴を語った。自分が過去どう虐げられていたか、誘拐された先で何をされたか、拾われてから何をしてもらったか、SAOで何があったかを事細かに。外部がモニタリング出来るようになるまでの全て。現実へ復帰した後で決まった事も含め。

 皆の安全の為に桐ヶ谷家を出て、政府お抱えの対暗部用暗部更識家に厄介になる事。

 今から一年後、男性のIS操縦者として世間の表舞台に立ち、IS学園に入学する事。三年時に開催されるであろう第四回《モンド・グロッソ》に出場し、優勝し――――その末に、私と決闘をするつもりだと。そこで勝利を勝ち取る事で己を見下す風潮や評価を覆し、結果的にモラルハードルを上げ、大切な人達と暮らす事が出来るようになる。

 その為に私に宣戦布告をした。

 ――逃げるな。

 そう、彼は言っていた。俺が背負うものは全てお前が逃げ出し背負わなかった罪そのもの、だから逃げるな――と。

 第三回《モンド・グロッソ》を数か月後に控えている私は、それを機に引退するつもりだった。

 しかし彼は私が代表、ないしシード枠に出場する現役で在り続けている事を望んでいる。

 各国の国家代表は1枠存在する。

 しかし《モンド・グロッソ》に出場するのは国家代表だけではない。部門にもよるが、自分が出る総合部門に於いては各企業所属の操縦士が出場する事もある。

 和人は世界唯一の男性操縦者として注目を浴びるだろう。しかし何も後ろ盾が無い状態ではモルモット行きが関の山。そこで束が後ろ盾になり、企業か何かに所属させ、支援する事でモルモット行きを阻止。そして《モンド・グロッソ》へ出場させ――――私と、全力の勝負をする。私的な立ち合いでは反論される余地がある。だから国の威信を賭けた手加減の許されない場を選んだ、全力を出し合って勝利をもぎ取る為に。

 それこそが己の風評を覆す唯一の一手だと彼は語った。

 その全てを集約したのが先の宣戦布告。

 私に事情を全て説明したのは、自分の事を理解してもらうため、目的を知ってもらうため、IS学園で世話になる事を事前に知ってもらうため――――そして、現役で在り続けてもらうため。

 自分が《モンド・グロッソ》に出場するまで第一線を引くなと言っている。

 

 ――強い眼だった。

 

 体こそ絶対的に脆く、細い。

 病的なまでの痩せ方をした少年の眼は、しかし強い光を帯びていた。

 ――彼が言っていた道は、私の栄誉が途絶えるものだ。

 現役を退けば女権や風潮でタブー扱いされていた《白騎士》関連の話題も来るだろう。あまり触れられたくないからメディアを避けてきたが、将来的に直面する問題である事は事実。

 おそらく私は投獄、その後に終身刑か極刑か。

 なにしろISというものを世に解き放つ片棒を担いだ女だ。親友が世界的指名手配犯扱いされているのも、ISの台頭で多くの無辜の人々が不幸に陥り、世界を混沌に陥れた罪があるからだと思う。であれば同じ扱いを受けるのは自明の理だ。

 それから逃げる事は出来ない。私が逃げれば、秋十と一夏(かずと)がどんな目に遭うか分かったものではない。

 しかし――逃げる訳にはいかない現実ではあった。

 復讐、ではあるのだろう。私を追い落とす事に喜悦を感じる事もあるかもしれない。

 だが何よりも、彼は己と他者の幸せを求めている。選んだ手段がまだマトモな部類なのがその証拠。もっと暗躍するとか事情を隠したりとか出来ただろうに己の全てを曝け出してまで求めて来た。

 それに応じるなら、成否を問わず相応の覚悟を持つべきだろう。

 

 ――そして、私は覚悟を固めた。

 

 彼の求めに、私は応える事にした。

 返答を聞いた途端、真剣な面持ちの少年が僅かに喜色を露わにしたように思えたが、見間違いでなかったとしても、私にとっては誇れる事ではない。

 こんな事で喜ばせるなんて、それ自体が罪に等しい。

 ――正直、実感はまだ無い。

 けれど事実として彼の過去に迫害があり、私はそれに気付けなかった。その罪は重く取り返しがつかないほど罪深い。未だ幼くというのに、自らの未来の為に、国の未来を背負う道を選ばせてしまった。

 その状況すら利用して、どん底に落とされた弟は自らの力と意思で這い上がり、生きようと足掻いている。

 仮令自分が踏み台になる運命だとしても、踏み台にされたところで死にはしないのだ。生死の境を歩んできた彼の助けになるなら私はその手助けをするべきだと思う。

 ――醜い女だ、私は。

 今まで碌に見ずに『弟』と言っていた存在。彼をどん底に落としたのは間接的には私自身。しかしそこから這い上がる為の踏み台にされようとしているのに、そんな形でも助けになれる事が嬉しくなっている。

 歪な感情だ。蹴落とされる未来を約束しようとしている事が、頼られているように感じてしまっている。

 けれど、仕方ないとも思う。これまで家族を顧みず手にした大会二連覇の栄誉、《ブリュンヒルデ》という名誉、立場、あらゆるものの代償なのだ。自分一人で頑張った気になって、周囲を疎かにしていたから何もかも喪おうとしている。

 

 ――それでもいい。

 

 一夏(かずと)は辛いだろうに己の過去を赤裸々に語り、本来なら秘匿する筈だったという宣戦布告の経緯を告げた。そこまで己を曝け出す事がどれほど覚悟を要するのかは想像の埒外だ。

 しかしそれが生きる希望と覚悟を持った《桐ヶ谷和人(今の彼)》なのだろう。

 ヒトを憎み、社会を怨み、全てを殺し尽くす事を望む破滅願望を抑え込んだ彼なのだ。

 

 ――私は、本当の強者を見たかもしれない。

 

 自身の終わりの始まりであろう三年後、刃を交える未来を思い浮かべ――

 少しだけ、全力で戦う未来を楽しみに思った。

 

 






桐ヶ谷和人(未来の世界最強)
 恩讐の彼方に向けて走り始めた主人公。
 情けと怨み両方を抱きながら努めて冷静に対話を試みた。いっそ直葉達の方が敵愾心高いように思えるが、その実研ぎ澄ませているだけである。

 本当は元帥達との会談について話す気は無かった(事実最初はボカしている)が、千冬の覚悟を聞いて考えを改めた。
 ――逃げる気は無い。
 その答えの根底に、相手に対する狂おしい程の罪悪感と贖罪の気持ちがある故に、和人はそれを信じた。
 かつて、自身を憎悪し、空に身を投げた青年に対する思いと同じだったが故に。
 『この弟にして、この姉あり』とは、つまりそういう事。近しい経緯を辿って同じ結論に辿り着いた思考・精神性がそう思わせた。このとき憎悪の叫びを上げなかったのは、浴びせられた苦しさを知っているからかもしれない。



織斑千冬(現在の世界最強)
 贖罪の機会を得た実の姉。
 《かずと》の呼び方のイントネーションが、《いちか》の《ち》だけ下げる抑揚であった事から、過去直葉に言ったように桐ヶ谷の子である事を認めつつも、内心まったく諦めていない事が窺える。
 アニメで確認すると《かずと》は平坦、《いちか》は《ち》だけ下げるイントネーションである事が多い事から、意識の差別化に適用している。
 とは言えものの道理は弁えたので、無理矢理引き戻すような事はしないし、泣き叫びもしない。
 願いを口にしたもののそれが叶わぬものであると理解はしている。それを抱いてはならないと言われて頭に来ただけで、叶わないものと言われた事については同意していた。

 将来的に、破滅が約束されたが、それを受け容れた。
 その在り方は、かつての実弟を思わせる。
 それ故に約束された破滅の未来について想定より数ヵ月早く明かされた。心の準備が出来る上に、その経緯を最も求める人間から語られた事は、和人なりの彼女への慈悲であり復讐――すなわち《恩讐》。
 強い憎しみを抱いていながら、慈悲をも掛けるその在り方に――千冬はいま、魅入られた。



更識楯無(世界最強第二候補)
 イロイロととばっちりを受けた人その1。
 和人が政府と契約を結ぶにあたり、《更識》の裏の顔を存分に使いサポートした。
 ――ちなみに菊岡誠二郎が二等陸佐である事実を知っている読者からだと混乱しやすいが、表向きだと菊岡は《仮想課》の役人としてサポートに回っており、元帥をはじめ自衛隊関連に働き掛けたのは国家代表候補IS操縦者として特務中尉の地位にある楯無となっている。
 しかし二等陸佐である事実を知る和人、菊岡、茅場、束、《更識》は、裏で元帥に話を持って行った事を知っている。
 直葉辺りは自衛隊関係者であると推察しているが、事実として元帥関連は把握していない状態である。

 一歳違いの妹・簪との関係に悩んでいる――ところに、目の前で『実の姉弟による訣別に近い対話』が繰り広げられた事で、精神的ストレス過大気味でショートしかけた。
 多分一番効いているのは『名前の大きさ』についての話。彼女が簪を遠ざけたのも《更識》や《楯無》という家、名前の大きさと裏の危険性によるもののため。
 次点で『自分の気持ちは言葉にして伝えないと絶対に伝わらない』。

 ――実はこの対話を見せる為だけに付き添わせた裏話(護衛役もある)

 ちなみに、和人が明かした《契約》の内、楯無個人のものだけ未だ秘匿されている(イコール《クラウド・ブレイン事変》とまったく関わりが無かったため)



・更識簪
 イロイロととばっちりを受けた人その2。
 一歳違いの姉・楯無に思い込みを抱いて辛く当たっているところに、それを真っ向から否定する言葉が、自分と重ねていた少年から飛び出てグラグラ来ている。
 多分一番効いているのは『いっしょに居たいと思える”人”が出来た』という言葉。簪は本音など自主的に寄り添ってくれる人に甘えている状態で、自ら踏み込んでいないので、自分の意思で作った関係が居ないため。また原作にて一人で専用機を組もうとしている点から『なんでも一人で出来なければならない』とSAO前半期のキリト状態に陥っているのも拍車を掛ける。
 次点で『名前の大きさ』か。

 ――都合のいいヒーローを求め、重ねていたように。
 簪は承認欲求が強い子であり、姉から遠ざけられた/遠ざけた反動で、人の愛情に飢えている。しかも原作では両親が登場していない事から、肉親である姉に絶対的な信頼を置いていたと考えられ、それを裏切られたため強く当たり続けている。
 反感・怒りは、期待の裏返しである。
 つまり楯無は、対応を間違ったのだ。
 二人が一番効いた=後ろめたく思っている事関連の話題が違うのも、二人の認識の差異によるすれ違いを表している。楯無は責任・立場があるのでやや仕方ない部分もあるが、簪からすれば『昨日まで優しかったお姉ちゃん』が『更識当主』として振る舞うようになった認識である。
 共感を得られるとコロッと堕ちやすい側面を持つ。
 《更識楯無の妹》という名前より、自分自身を見てくれる人をこそ重視するきらいがあるのは、そういう理由・背景による(ものと作者は考える)

 ――実はこの対話を見せる為だけに付き添わせた裏話(護衛役もある)







 以上、今話をもちまして、ALO編《ラグナロク・パストラル》は終了です。

 パストラルは《牧歌的理想郷》という意味があるので、本作に於けるこれは、原典セブンの理想郷のようでいて、その実和人の理想郷だった訳ですね。

 ありきたりな平穏な日々は、一昔前の牧歌的なそれです。

 《クラウド・ブレイン》計画が発端で和人の過去が世間の知るところになり、将来的に千冬と決闘する保険を掛けられたので、良い事尽くめでしょう。

 神を自称するセブンを倒して名声を得て、神格化されているブリュンヒルデに破滅の未来から逃げないよう楔を打って自分の未来の安泰に保険を掛けるなんて、正に《ラグナロク・パストラル》。

 ヒトは他者を犠牲にして生きるケダモノだからね、仕方ないネ(外道)


 ――今後についてですが。


 ゲーム原典の流れに沿うと、七色が博士として失脚したものの、能力は健在な訳ですし、茅場も居るので、《ホロウ・リアリゼーション》が次の舞台になるかもです。キリトが精神的の病みかねないですねクォレは……()

 ちなみに個人的にホロリアのメインヒロインはオリキャラのプレミア、ティアだけど、原作キャラの中ではシノンだと思ってます(アサダサンアサダサンアサダサン!!!) あのイベントは泣けたわ……

 その前に、暫くは閑話でも入れていきたいですね。

 ゲームでストーリーを見返し、プロット練り直したいからでもある。ちょっとキャラの内面が成長し過ぎというか、成長するキッカケ与え過ぎたんだよなぁ!

 でもSAO時代に浮かべてネタこそ撒いていながら回収してなかった部分を描写・補完出来たので、やって良かったと思ってます。仄めかしておきながら触れてなかった《直姉の剣を捨てた初日の夜の出来事》とか、《ベンダー・カーペット》のくだりとか、PoHと《笑う棺桶》ぶっ潰す展開とか、キリトが受けた三つの試練とか。

 まぁ、三種の試練の内、三つ目だけ未だ公開されていないんですが(キャラには)

 【岩塊原野ニーベルハイム】が実装されたラグナロク・クエストのルート分岐クエストの日って、ヨツンヘイムで巨人たちが動いてたって、キリトが言ってましたし(時系列の伏線!)

 次回から《キャリバー》行きたいなぁ!(高望み)

 では、次話にてお会いしましょう。




・ここ最近一番の衝撃

 巌窟王/エドモン・ダンテスとユージオの声優が一緒って知ってビックリした。


アドミー「さぁ、私に身も心も委ねなさい。そうすれば私はあなたに永遠の愛を約束しましょう」
ユ「慈悲などいらぬ!」
アドミー「?!」


ユ「さぁ、征こうキリト、お前と僕は最早一心同体だ。あらゆる()()を断たれたアンダーワールドに於いて、しかして希望し、生還を真に望む者は、導かれねばならないのだよ! お前を導けるのは、僕だけだ!!!」
キリト「誰だおまえ……いや、ホント誰だお前……?!」
アリス「おまえの相棒は……その、変わっていますね……」


ユ「これが僕の使命だ! ――我が往くのは恩讐の彼方! 虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・アンダーワールド)!」
カーディ「なんじゃ?! 氷で無力化するお主がなんで黒い炎出しとるんじゃ?!」


 ――別の意味で相棒感溢れてて笑った。
 このユージオ君は逆境の中でキリトを超えて、正妻戦争を他所にキリトを掻っ攫っていく彼氏ヅラキャラしそうですね……死んでも死ななそう() 

改稿した和人対千冬の対話は、更識関係を含めてどうでした?(今後キャラ対話時の参考にします) ※字数、心情描写、対人関係の総評をお願いします

  • とてもよかった
  • よかった
  • どちらとも言えない、今後に期待
  • あまり良いとは言えない
  • まったくよくない

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