インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話はアンケート圧勝の楯無さん視点でお送り致します。独占回です、やったネたっちゃん!

 尚、途中から出番は……(無慈悲)

 文字数は約一万九千。

 数多の男性IS操縦者の学園入学SSを読んで思って来た事を今話はぶちまけています。お気に入り減少も覚悟の上。

 今話は以下のクエスチョンを念頭に置いて読んで下さい。それも『メンドくせぇ!』な方は後書きで纏めるので流し読みフィーリングでおけ(クエスチョンの意味とは)



Q1:ISが世を席巻した原作に於いて、現代にもあるのにスルーされている問題とは何か。日本を例に、三つ以上挙げなさい。



Q2:原作や二次創作では連覇されたら困ると一夏は誘拐される事が多いです。では《モンド・グロッソ》で連覇を果たすと、どんなメリットがあるか。社会的観点を含んで答えなさい。



Q3:一夏やオリ主を学園に入学させた場合、本人の安全保障以外でどんなメリットがあるか、社会的観点を含んで答えなさい。



Q4:ヴァベルが語った未来で『星の戦い』が起きる年と、第三回、第四回《モンド・グロッソ》の開催年が何時か、『~年』と明確にして答えなさい。



 ではどうぞ。




幕間之物語 ~現実世界ノ黒ノ剣士(キリト)

 

 

 GW初日の真昼間。予定を開けていた私は、従者の虚、妹の簪、本音、そして和人の五人で東京都のとある一角を訪れていた。

 

「う、わ……」

「近くで見るとおっきーね~!」

 

 簪と本音が振り仰いで感嘆の声を漏らした。それまで重い沈黙に満たされていた空気は、眼前に聳え立つ建物を前に、霧消する。

 

「和人君は初めて来るのよね? ここが日本が誇る最大のIS訓練場、新国立競技場改め――日本IS競技場よ!」

 

 日本IS競技場。

 元は国立霞ヶ丘陸上競技場だった施設を、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催決定を契機に2016年から着工し、2019年12月に竣工し、完成した巨大なドーム型の新国立競技場を、更に増改築して出来上がったもの。

 新国立競技場に立て替える際の建設費は約1490億円にも相当しており、全面建て替えによって再建築されたそれは東京都の新宿区と渋谷区にまたがっている程に巨大。収容人数は最大8万人ほど。

 その競技場は当初文部科学省所管の独立行政法人と日本スポーツ振興センター(JSC)が運営主体となっていたが、オリンピックという日本政府の巨大な税収機会を終えた後は、国際IS委員会によって()い取られてしまう。

 もちろん反発はあった。収容人数8万となれば、国際大会の会場としてサッカーなどが誘致出来る条件を満たしている為だ。国立競技場は国内でその条件を初めて満たした場所のためJCSも反対は大きいものだったという。

 しかしそれはISという()()によって抑え付けられ、黙らされる事となる。

 その結果、現在は日本IS競技場――すなわち、IS操縦者の訓練場として稼働している。

 

「横350メートル、奥行き500メートルの巨大なドーム型競技場。これほど大きなフィールドは外国でもお目にかかれないわ」

 

 日本IS競技場への増設工事は2020年の冬頃から始まり、終わったのは2023年(去年)の七月。『新国立競技場』という名称だった時は横71メートル、奥行き107メートルほどだったが、それでは狭いとIS委員会が言って、()()()()()()()()実に五倍もの大きさになった。これに掛かった額は兆に上ると言われている。オリンピックで稼いだ分を使って余りある負債である。

 ちなみに第三回《モンド・グロッソ》の会場予定地にも選ばれている。理由は現在二連覇を果たしている日本代表のブリュンヒルデが三連覇を果たす地として、ISの生まれた地でもある日本が相応しいとして、委員会の人間が強引に取り決めたからだ。これに日本の委員は乗り気だが、面白くないのは日本以外の委員と出場予定者である。言外に『あなた達の負けは決まっているのだ』と言われたも同然だから面白くないと思うのは当然だろう。

 実は織斑千冬が未だにブリュンヒルデとして日本代表にいるのも、開催国かつ主催国として日本が負けると財源や負債的な意味で破滅しかねないからであり、つまり彼女が敗れたら日本は終わり。彼女にとって勝利は正に栄光そのものだが、敗北すれば最悪売国奴として悪罵を投げられるという、ある意味背水の陣に等しい状況になっている。

 無論そんな事態に追い込んだ国際IS委員会は、ほぼ日本人で構成されている事が災いし、委員の多くが政府によって――権力は政府の方が上である――首を挿げ替えられ、嘘か真か現在ではマトモな人を首魁に、真っ当な運営体制になっている。

 

「ブリュンヒルデ、IS誕生の国という威信も含め、ある意味ファンにとってはメッカ(聖地)に等しいかもしれないわ。操縦者にとっても、憧れの舞台っていう扱いだしね」

「……つまり、次の《モンド・グロッソ》の開催地は此処(日本)か……」

「ご明察♪」

 

 感情を読めない少年の言葉に、ばっと待機状態の扇子を広げ、笑って見せる。扇部分には『大正解』の三文字。虚や実妹達の冷たい(熱い)視線も今はスルー。

 

「さて、今は中に急ぎましょ」

 

 先に歩きながらそう促す。遅れて、四人分の足音が耳朶を叩いて来た。

 何故ここに来たのか。元々GWをはじめ学校などが長期休暇に入る時間に、国家に帰属する代表候補生達はこのIS競技場に集められ、勉学や実技訓練をみっちり叩き込まれる合宿期間に入るからだ。

 今日は、その研修の前日。

 更識邸からそう離れていない場所に現地入りしたのは、候補生である自分達ではなく、『更識』で預かっている白髪金瞳の小柄な少年が関わっている。

 

 ――代表候補生でもなく、ましてやISを動かせる事を知られていない今、何故彼が関わっているのか。

 

 それを正確に知る為には、まず彼がISを操作出来る事実を誰が知っているかから整理しなければならない。

 まず彼の義姉《桐ヶ谷直葉》と、義母《桐ヶ谷翠》。彼の肉体のメンテナンスを請け負っている《篠ノ之束》と《クロエ・クロニクル》。また、SAOで共に戦った《紺野木綿季》や《壺井遼太郎》をはじめ、比較的彼と共に居る時間の長いプレイヤー勢たち。これらが彼の個人的な関係者である。

 次に彼と協力関係にある者。これは自分や虚をはじめとした『裏』の中枢メンバー。本音は『裏』側であり、意図的に外している簪は本来知れる立場にないが、今回は当主命令で彼のサポートを命じているため特例で把握している。

 政府側で言えば、第一に《菊岡誠二郎》と彼に従うSPたちが当て嵌まる。

 ――当然、彼らだけでは無い。

 そも、入院している間の体の世話は、病院の看護師や介護士が行うし、身体検査は医者や臨床検査技師が行う。

 他にも、菊岡の立場に関わる者達も知っている。

 《SAO事件対策チーム》は、事件勃発時に囚われたプレイヤーを病院へ手早く搬送させた訳だが、その搬送を救急隊員が全て行っていた訳では無い。更識の調べでは、実に七割強が自衛隊の隊員で占められていた事が分かっている。対策チームのリーダーに菊岡が就いていたからか、あるいは自衛隊が動くために菊岡が据えられたのかは不明だが、確かな事は、対策チームが得た《SAO事件》のあらゆる情報は自衛隊の上層部に筒抜けであるという事。

 詳細不明の一大プロジェクトに携わってもいるらしいあの男は陸上自衛隊の二等()陸佐()という階級にあり、仮令菊岡誠二郎に口止めしたとしても、ゲームクリアから覚醒まで彼が居たところは自衛隊も利用する病院。

 さらに、録画映像の中には、彼が裸体を晒し、埋め込まれたコアと酷い古傷を暴かれるシーンも多々含まれている。表現的な意味も含めて世間に公表されなかった映像も、須郷伸之の犯行やデスゲームの内情を知れる唯一の手掛かりであるため、政府によって押収されている。押収、という事は検閲が為されたと言ってもいい。

 元々公表されたボス戦の映像のせいで《キリト》というプレイヤーのリアル――《桐ヶ谷和人》には多くの関心を集めていた。元が《織斑一夏》であった事も世間を狂騒へと誘っている。なぜ生きているのか、どうして世界初のVRMMOをしているのか、それが気になり詮索した人間は数知れない。当然病院関係者も同じ人間、例に漏れず彼の身辺を探り、それをネットのスレッドに書き込む者がいた。とは言え匿名性のあるネットの情報を鵜呑みにしない流れとボス戦の放映以降は彼の身辺警護が厳重になったせいか、胸のコアについてはデマ扱いされており、少なくとも一般市民の間ではあまり本気にされていない。白髪金瞳についても半々といったところか。

 

 つまるところ、陸自の最高階級に就く元帥をはじめ、政府の上層に食い込む政治家の殆どの耳に、彼がISを動かせる事実が入っている。

 

 当然対策チームを主導し彼との太いバイパスを作った菊岡とチームに入り浸っていた唯一のIS操縦者である自分に問い合わせは殺到した。彼はISを動かせるのか、()()()、と。

 ――それは、希望を確かなものにしたいという問い()掛け()だった。

 幸いなのは、この世の中でも政府上層に生き残る敏腕が多かった事か。

 女尊男卑風潮が一時期一世を風靡した影響で、なんの罪も無い善良な議員や職員が排他される事があり、政府の内情は決していいものではない。今でもその風潮を盾に好き勝手する者は絶えていない。まるでゴキブリの如くしぶとく生き残り続けている。それはやはり政府役員とて例外では無い。

 本当の意味で役員がまるごと無能に挿げ代わり、政府として機能しなくならないよう、裏側でそういった輩の始末を任されるのが『更識』。数年前に亡くなった我が父(先代)の辣腕によって風潮に毒された役員達は粗方片付いているのがせめてもの救いか。

 無論全てが良識ある問い合わせでは無かったが、そういった連中は大抵ウチを含めたどこかしらから圧力を掛けられ、身動きを取れなくされている。風潮が過ぎたとは言え、未だそれが根強く残っているのも、元を正せばISの女性にしか乗れないという欠点が改善されていないからだ。あの風潮によって苦汁を舐め続けた者達にとってすれば少年は希望そのものに等しい。

 故に、彼を保護する必要があった。

 更識は政府に依頼され、誰にも傷付けられないよう厳重な保護を請け負った。

 菊岡は彼とのバイパスをより強固なものにするべく、『仮想世界の調査』を足掛かりに依頼主と傭兵の関係を築き、ある程度の自由が保障される事を報酬として見せる事で、繋ぎ止めた。

 

 彼の義姉達に話した事は、篠ノ之束をはじめ彼と懇意にしている者達の事情に絞った内容だった。

 

 彼女らの想いと献身は尊いものである。人情があり、温かみがあり、何より尊ぶべきものだと私も思う。

 だがそれで世界は回らない。

 忘れてはならない。世界は残酷であり、相応の価値を見せなければ生きていく事も厳しい世の中になっている。ただの一般市民であれば彼は平凡な日々を享受出来ていた。ISなんて無ければ、彼の日常は平和に違いなかった。

 しかしこれが現実だ。

 ISがある。女性にしか扱えない代物が世界の中心となり、廻り、廻り、廻り続ける。

 実姉がいる。世界最強に輝いた彼女の威光が、彼の影を、より深い闇へと変える。

 光ある所に闇がある。現実は厳しく、故に仮想世界という闇を生み出した。光が眩しく、彼の本心は昏いものへと変わっていった。彼は闇へと堕ちた。

 

 それでも、彼が生きている今が現実だ。

 

 ()()()()()、憎しみに囚われた彼は、しかしいま再び表舞台に舞い戻る。

 かつて不要と見切られた少年は、疑いようもなく必要とされていた。仮令必要とされている理由が『ISを扱える男性』という彼でなくともいいものであっても、彼はそれに追い縋る。

 

 ――競技場の中に入り、地下に進み、廊下を歩き、歩き、歩いた果てに、重厚な木製の扉が視界に入る。

 

 プレートには『大集会場』と達筆な筆文字。その中に今、《桐ヶ谷和人》という少年に何らかの価値を見出した、政財界のトップ達が集っている。

 扉が見えた所で、一度背後を振り返る。簪たちもまた同じように振り返る。

 注目される幼い子供。されど、表情は子供ではなく、真剣みを帯びた大人の顔。あるいは、戦場に立つ剣士の顔。

 ――彼は菊岡から仮想世界の調査依頼を受けており、その前報酬として『ある事』を要求した。

 彼の来歴について質問するにあたり、私も同じ前報酬を求められた。

 その前報酬とは、男性操縦者として身を立てられる地盤を固めるべく政財界のトップ達との会合をセッティングして欲しい、というもの。菊岡の権限だけでは難しいが、『裏』に通ずる更識がそこに発言を加えれば、表舞台だけでは考えられない事情というものを察せられ、会合の実現性は高まる。それを見越し、()()()の動きを予想した上で、敢えて菊岡と私達の提案に乗っていた。それが実現すれば、自身が生きられる地盤は整い、仲間達も安全になる。そうすれば仮想世界の調査や謎の組織に対する戦力を政府は得られる。

 そう理解している彼は、男である自分がISを扱える事に希望を見出す人が居る事を利用し、自身の立場と地位、周囲の安全を盤石のものとするため、この場に日本を動かす人々を集めるよう働き掛けた。元々更識家に保護されたのも家族や仲間から距離を置いて被害を少なくするためであり、更識とのバイパスを強く持つ事で、政財界の面々と話し合う機会を早く持ちたかったからだと。

 私達はそれに応えるべく動いた。面倒な連中に悟られないよう密かに動き、この場を用意するまでに要した時間は実に三ヵ月。徹底的に身辺調査を行ったから時間が掛かり過ぎてしまった。彼には申し訳ないと思う。

 だが、これで契約は成立。

 彼は既に依頼に動いている。本来であれば依頼に動く前に渡すものが前報酬だが、しかし彼は『時間が掛かるだろう』と、こちらを信用してくれた。実現するかは不明。だが、そのために動いているから、それで許容してくれた。

 彼の価値は、これから決められる。私達の手助けはもう出来ない。

 彼自身がそれを証明するのだ。

 

「いよいよよ。和人君、覚悟はいいかしら」

 

 金の瞳を見詰め、問い掛ける。

 小さく、けれど強く頷かれた。

 

「ふふ、愚問だったようね」

 

 怯みも恐れもしない様に笑みが浮かんでくる。

 根性のある子は、キラいじゃなかった。

 前に向き直った私は重厚な扉の前に立ち、ノックする。すると扉は内側から開いた。

 入ってすぐのところに席が一つ。それを囲うようにコの字型に並べられた折り畳み式の机の列。優に三十は超えるスーツ姿の大人たちの圧が凄まじい。

 予定時刻の三十分速く着たのだが、まさか全員揃っているとは思いもしなかった。

 仕事柄慣れてはいるが、それでも気圧されてしまう。

 

「――待っていたよ、更識中尉、更識少尉」

 

 開くと同時、しゃがれた男の声が耳朶を叩いた。温厚さを感じさせる声音。

 しかしながら、私の心胆は、今の一瞬で心底から冷え切った。

 声を掛けて来たのは、正面の中央に座る左目に黒い眼帯を付けた老人だった。後ろに撫でつけられた白髪、蓄えられた白い髭、皺の深い相貌は、男性が確かに老人である事を証明している。それと同じように、その鋭い黒の瞳は男の経験と歩んできた道のりを証明している。十五の若輩の身ではどうにも出来ない巌の如き精神の男だ。

 

「はっ、お待たせして申し訳ありません、鷹崎(たかざき)元帥閣下。更識楯無中尉、ただいま任務を遂行致しました」

「同じく、更識簪少尉、任務を遂行致しました」

 

 両足を揃え、手を額に斜めに翳し、最高位の礼を取る。候補生である簪も同じ礼を取った。

 対して虚、本音は普通にお辞儀の礼をする。和人は反応が分かれた礼に混乱――する事もなく、彼もまた、ゆっくり頭を下げた。

 もしも自分と同じ礼を取っていたら大変な事になっていた可能性もあり――男性が幼い子供相手にそうするとは思っていないが――内心で安堵する。

 この男性は、陸上自衛隊に於いて最高階級を持つ鷹崎(たかざき)宗司(そうじ)元帥。御年90になるという超高齢ながら、未だに元帥として組織を纏めている生ける伝説。七十数年前の第二次世界大戦の最前線に居ながら生き残り、戦後の日本の軍部――後の自衛隊――を再編した男。

 IS操縦者は建前上はスポーツ選手だが、有事の際は自衛隊と共に救助活動に勤しんだり、場合によっては戦力として国家防衛にあたるため、自衛隊隊員と同じ訓練を受ける事もある。だから代表候補生――特に専用機持ち――は実質自衛隊員。更識の事を抜きに、元帥は上官そのものなのだ。

 尚、IS操縦者に於ける階級は、地位と専用機の有無で上下する。

 国家代表は少佐。大隊――独立した活動を行える最小の戦術単位であり戦力の骨幹を為す――を率いる。あらゆる戦術の骨子となるため責任重大だ。

 専用機持ちの候補生、および国家直属の企業所属操縦者は中尉。中隊長として戦場に於ける戦術指揮を直接執り、具体的な攻撃や撤退、回避などを指示する。

 専用機無しの候補生、および国家直属でない企業所属操縦者は少尉。中隊付き、あるいは小隊長として十~五十人を率いる立場に就く。

 国の顔、とまで言われる代表ですら、少佐の階級まで。自衛隊に正式入隊したのではなく条件付きの特務での階級なので進級も無し。如何に強力な兵器を扱えるとしても、階級としては士官の中から下。

 普段から隙を見せないよう飄々とした態度を取る自分でも、流石にそんな事は出来ない。

 

「早速で悪いが、そちらの白髪の子が例の子でいいのかね?」

「はっ。この者が桐ヶ谷和人であります」

「ほぅ……そうか、そうか」

 

 すぅ、と眇められる眼。鷹崎元帥だけではない。この場に居る海自、空自の元帥や大将は勿論、各省の最高責任者やそれに準ずる者達、大企業のCEO達もまた、不躾な視線で白髪金瞳の少年を値定めしていた。

 それを察し、自分と簪は同時に後ろへ下がり、相対的に彼を前に出す。

 無言で前に出された彼は、しかし困惑する事なく黙って視線を浴び続けている。ちょっと胆力強すぎるのではと内心で思うも、表情に出す事無く、後ろ手に手を組み、不動の態勢で指示を待つ。

 ――ここで失態でもしたら私なんて即刻首が飛びかねない……!

 冗談抜きに首が飛ぶ。物理的には飛ばないが、いっそそうしてくれた方がマシな仕打ちになるだろう。ここで首になるという事は専用機持ちの代表候補生の立場も、更識の現当主という立場も喪い、名前すらも喪う事を意味しているからだ。

 

「……うむ。桐ヶ谷君、席に着き給え」

「はい」

 

 自衛隊所属でもない彼は、それでも厳かに返事し、ゆっくりと席に就いた。座る際に一言断っておくのも忘れていない。

 流石にマナーについては知らないだろうと予め教えておいてよかった。彼にとっても、自分の首にとっても。預かっている身である以上は監督責任というものがあるのだ。

 

「さて。話をする前に、最低限の自己紹介をしておこう。私は陸上自衛隊元帥、鷹崎宗司。今回の話し合いに於いて全体の進行役を務める事になっている。よろしく頼む」

「桐ヶ谷和人です。よろしくお願いします」

「……うむ、うむ」

 

 応じた自己紹介に、元帥は僅かながら相好を崩した。

 規律を重んじる元帥は礼儀正しい相手に好感を持つ。仮令厳格なルールを知らないせいで、その業界だと失礼に値する事でも、必死に合わせようとする姿勢は認める。そんな御仁である。仕事でミスをしても正直に申し出て謝罪すれば、とても軽い処罰で済ませる程に甘い一面がある。反面、誤魔化そうとしたり、出せる全力を出さずに温い結果を出せば烈火の如く怒るが。

 まずは第一関門を突破したといったところか。元々温厚な気質の彼の事だから大丈夫とは思っていたが、心配ではあった。

 

「諸君、些か早いが始めよう」

 

 ――宣言は、唐突に始まった。

 数々の思索に満ちた部屋が静謐へと変貌する。決して大きくない声は、しかしそれほどの影響を与えていた。ごくりと唾を飲み下す。

 

「周知した通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どんな些末な情報も漏らしてはならない。桐ヶ谷和人という少年と会った事も、知られてはならない」

 

 両肘を突き、手を組む元帥は、ゆっくりとその手を机上に置いた。

 

「この場に集った者は日本の未来を想っての発言を心掛けよ。そして刻み込め。国とは、人が居て成るものである」

 

 ずん、と。言葉が胸に重く響き渡る。

 歳を重ねただけの()()を感じた気がした。

 

「――これより、会議を執り行う」

 

 元帥は、そう厳かに開始を宣言した。

 

 ――ここまでの全てが、彼の筋書き(想定)通り。

 

 彼が得たSAOの情報。須郷の情報。須郷の協力者であろう黒幕の情報。それらは全て、彼がその身に宿すISのコアを埋め込んだ者達との繋がりを持っている。点でばらまかれたそれらは、彼の来歴と合わさる事で、一本の線となる。

 それは、彼を知らない者達には分からない事。

 彼を知っているからこそ、《ⅩⅢ》と彼のISの武装が同一で、つまりSAOのデスゲーム化に彼を人体改造を施した者との間に繋がりがあると分かる。

 前回の《モンド・グロッソ》はロシアで行われた。彼はロシアで攫われ、そう離れていないだろう地の研究所で人体実験を受け、コアを宿すと同時に暴走し、解放され、日本へと逃げ延びた。厄介な事に、SAOに居た殺人快楽者達のまとめ役《PoH》とやらはロシアに居た事がありながらも、アメリカからログインしており、つまり組織的な犯行あるいは世界を容易に渡り歩く隠れ蓑を持っていると想定できる。

 一国家からすれば、ISコアを秘匿所持している怖れの高い組織など恐怖もの。少しでも情報を得られるなら何が何でも欲しいだろう。

 ましてやそれが、男性操縦者などという前代未聞(希望)の存在であれば。

 

 彼は、自身が持つ情報と秘匿された来歴、そして男ながらISを扱える絶対的アドバンテージの価値を理解した上で、大勝負に出ようとしていた。

 

 自分の価値を以て真っ向から社会的進出を起こし、現状の立場をひっくり返す。一般人からの扱いが変わる必要は無い。平穏に過ごせる環境を得られればそれでいいからだ。

 彼は敵を屠るのではない。

 彼は人を護るために戦っている。彼の武力は手札の一つ。彼の経歴すらも情報に。そうして社会を味方に付けようとしていた。

 菊岡の公務員としての立場、自分の暗部として裏社会に、代表候補生として自衛隊に食い込む立場を逆手に取って情報をチラつかせて立場的に乗らざるを得なくし、世間的に注目されている状況をも利用して同席する権利をもぎ取った行動を、きっと義姉も予想していないに違いない。話を聞いた時は自分も耳を疑った。出来ないと思っていた。

 だが、こうして実現している。上層部が何を欲しているかを正確に把握し、情報をチラつかせたから。

 ――彼の言葉を、どれだけの人が信じるだろうか。

 この場に集っている人間の殆どは半信半疑よりも疑寄りで来ている筈だ。行かないよりは行った方がいいだろう、程度の考えで。

 そんな人達を翻意させなければ思惑は失敗に終わる。

 私は不動の姿勢で待機しながら、少年の健闘を祈った。

 

 *

 

「会議をする大前提として、君がISを扱えるというのは事実かね」

「はい。心臓直上に生体コアとして埋め込まれています。シールドエネルギーや絶対防御、ハイパーセンサー、拡張領域(パススロット)なども全て使用可能です」

「ふむ……では実演してもらえるかな。ISは何も無いところから武器を出す。それをしてくれるだけでいい。条約の事は気にするな、この場の全てが無かった事になるのだから」

「はい」

「……剣、槍、盾……数々の武具を瞬時に展開、後に仕舞うのは、正しくISのそれだな。なるほど……うむ……」

 

 ふと、鷹崎元帥が間を取った。少しして口を開かれる。

 

「……最後に確認するが、本当に男性操縦者として身を立てるつもりかね。我々は勿論、多くの男性や少なくない女性が期待を寄せる事になる、無論失敗すればこれまでよりも苦しい状況になるだろう。それだけではない。君がISを動かせる理由が遺伝子的なものなのであれば、織斑秋十という少年も動かせるだろう。極論になるが我々は男性操縦者であれば誰でも構わない。君より彼の方が操縦者として上になったなら、我々は君への援助を打ち切る事になる。そうなった時、自身がどうなるか分かっているのだね?」

「覚悟の上です」

「…………そうか……」

 

 間髪を入れず即答の後、数拍の無言が生まれる。元帥の声音は沈み、どこか沈痛な表情にも見える。

 元帥にとってすれば、どんな立場であろうと彼はまだ『子供』であり、親の庇護下にあるべき存在に等しい。そんな少年に酷な事を言わなければならない。元帥でなくとも顔を歪める状況だ。

 ――仮令暗部の家と言えど護れる範囲には限度がある。

 真正面から抵抗できないのは上官や上層部からの命令。仮令保護を言い渡されていたとしても、人体実験に使うからと引き渡しを命じられれば、彼を引き渡すしかない。

 彼がISを扱える、という話が上がった時、幾つもの研究所は彼の身柄引き渡しを求めた。そういったところはISの欠陥を改善するべく研究を命じられた研究所ばかり。十年経とうとする現在に至るまで成果を上げられず、焦った末に、そのような行動に出たという。男性操縦者の遺伝子やデータを求め、ISの研究に活かすために、モルモットとして彼を欲したのだ。

 それに待ったを掛けたのが政府の上層部。

 元帥を始め、頭のキレる人達はすぐにモルモットとして扱う事を否とした。たった一人()()()()()()。実姉が最初のIS操縦者である事が関係し遺伝子的に使えるのであれば実兄の秋十も扱える。それが確認されたなら、より優れた方を男性操縦者として表に出し、劣っている方をモルモットに回す方が、互いの利害が一致する。それからでも遅くはないだろうと圧力を掛けながら思い留まらせた。

 ――世間の評判を考慮すれば、一考するまでもなく彼はモルモットにされていた。

 それを留まらせた要因は三つ。

 一つ目は彼が女尊男卑最大の被害者である点。被害者がこの状況を打開するべく立ち上がったなら、それは大きな注目を浴びる事となる。無論彼への悪評は足枷になる。しかしそれを覆す結果を叩き出したなら、世論は容易くひっくり返る。何しろ政財界の後ろ盾があるのだ、滅多な事を言えるものではない。匿名性のあるネットは情報拡散には利点が多いが、逆に世論をひっくり返すには向いていない。

 二つ目は彼がSAOの覇者である事。無能、出来損ないと言われた者とは思えない戦いぶりを映像で見せ付けられ、鵜呑みにしてはならないと判断を保留にした。この事実は、彼への求心力に悪影響を及ぼす評判に対抗し得る強力なカードとなる。この事実が無ければ、彼よりも実兄を呼ばれていた可能性が高い。

 三つ目は対策チームに篠ノ之束博士が居た事。厳密に言えば、博士は桐ヶ谷直葉と和人の義姉弟をメインに途中から協力し始めたらしく、日夜天災の動向を掴めず頭を悩ませている政府としては、彼女を一ヵ所に留められるファクターとなり得る少年は捨てるに惜しい存在となっている。

 この話し合いが実現した最大の理由は三つ目にあるかもしれない。織斑千冬は束博士にやや不干渉気味で、彼女から博士にコンタクトを取る事はほぼ無い。また本人の気の強さや圧迫感が相俟って立場があってもおいそれと接する事が出来ない。本人も弟を喪った原因は――とは言え女尊男卑に染まった人間の勝手な行動だが――政府にあると捉えており、毛嫌いしている。

 その点、和人は元帥達の同性、更に本人も利害が一致――彼は生きる地盤固めのために政府側を利用し、政府側は現政策改革や男女不平等の改善のために彼を利用――している間は協力的。記録にあるように彼も世界に憎悪を抱いているが、それを敢えて飲み下し、復讐を手段にするという決断を下した。公私を分けた面と彼の在り方は、扱いやすさという意味でブリュンヒルデ以上である。

 とは言え、それもこれも菊岡と自分がどの情報を政府に渡し、どの情報を渡さないかを密に持った話し合いで取捨選択したからこそ。もし自分達が全て語っていれば、彼は此処に立つ必要性を見出されていなかった。道具として扱われ、用済みになったら放り捨てられていただろう。

 その思索を、元帥達が考えなかった筈がない。最小のリスクとコストで最大の結果を出すのが政治の基本。権限を使えば私達の口を割らせる事は幾らでも可能だった。

 それをしなかったのは、彼の生の声と在り方を知る為であり、つまり、元帥閣下は彼を『人』として見ているという事で――――

 

「……ふぅ」

 

 場の沈黙は、元帥の方が小さく息を吐いて、唐突に終わる。

 

「では情報交換に移ろう。まずは君からだ。君が提示していた情報に整合性が取れているか、こちらが君の要求を叶えるに値するかを判別してから、その上で君との交渉の成否を決める。最初に君がISを扱えるようになった経緯から話してくれ。その後も随時質問していく」

「はい」

 

 そして今、彼はおよそ彼以外には分からないであろう情報の数々を開示している。

 彼がISを扱えるようになったのは、前回の《モンド・グロッソ》で誘拐され、兄に見捨てられ、いずこかの研究所にて非人道的な人体実験を受けた末にコアを埋め込まれたから。

 そのコアに登録されている武装が事前に知っていなければプログラミング出来ないSAOに入っていた事から、違法にコアを所有していた非人道的な組織の構成員が須郷伸之に協力していて、今なお行方を晦ましている。VRMMOに関しては不明だが、IS業界に関しては今後も何らかの形で謎の組織は干渉してくるだろう。

 彼はそう語る。

 

「待ちたまえ。つまりあの《SAO事件》は、君が居たから起きたという事なのかね?」

 

 途中、黙って話を聞いていたとある企業のトップが割って入り、心無い質問を投げる事もあった。

 

「いえ、自分が入った影響で増えたであろう武装やボスは存在しましたが、《SAO事件》そのものは須郷伸之の計画的な犯行が中心になっています。自分が居なくてもデスゲームそのものは須郷の手で実現していたでしょう。そもそも自分がコアを埋め込まれたのはデスゲーム開始の一年ほど前。《ナーヴギア》の販売はそれより二年以上も前で、SAO制作はその頃から始まっていたようです。最初からその組織の手の者が《アーガス》の制作陣営――それも、須郷とコンタクトと取れて、尚且つ利用価値を見出され、信用を持たれる上位に食い込んでいた事からも、自分の存在に関係無くデスゲームに関わっていたと考えられます」

 

 それにも彼は狼狽える事なく応じてみせた。問いを投げた男性も、ただ敵意から発した訳では無いらしく、ありがとう、と一言礼を言って口を閉じ、黙考し始める。

 それを尻目に、彼は話を再開する。内容は、かつてロシアで自分を攫い、研究所にて戦闘訓練を積ませた男が、デスゲームにアメリカからログインしていた、というものだった。世界的な組織なのか、あるいは裏専門の傭兵組織に所属しているのかは不明だが、命懸けの任務にはなにぶん金が掛かるので、相応の財力を持った組織である事が窺える。しかも秘密裏にISを所持していると考えられるのだ。武力的にも、情報的にも国家に匹敵する。

 息を呑む音が幾つもした。

 それに終わらず、まだ開示される情報の数々。泰然としていた鷹崎元帥も厳しい面持ちで話に耳を傾けている。

 

「――これが、自分の出せる限りの情報です」

 

 そして、彼はそう締め括った。

 集会場は、沈黙に包まれていた。誰もが険しい面持ちで何かを考え込んでいる。最も高齢の鷹崎元帥すらも眉根を寄せていた。

 

「うむ……話は分かった、情報提供感謝する」

「……自分としましては、大した地位も権力もない子供の話を真剣に聞いて下さったこと自体に感謝しています」

「信じられないかね?」

「……正直、ちょっと……」

 

 ふい、と彼の視線が逸れる。ばつが悪そうにしながらそれでも言う辺り、本心を見透かされて隠し事をしようとしても無駄だと悟っているのか。

 鋭い光を湛えた元帥は、少年の言い分を聞き、僅かに目尻を垂れさせた。

 こうして二人だけ見ると祖父と孫のように見えなくも無い。場所と表情と緊迫感と服装がまったくそう思わせないのがちょっと惜しいくらいだ。

 

「まぁ、そう思うのも仕方ない。君からすればこの会合は天変地異のようなものだろう。君の()()()()を考えればな」

「……と、いう事は……」

 

 敢えて強調された接続詞に、少年が反応する。さっきまでと違いやや不安気味の声。

 元帥はふっと微笑を浮かべ、黙殺。

 

「――さて。この会合は日本の未来をより良いものにするためにあり、その鍵として、男性にしてISを扱える桐ヶ谷和人を召喚した。彼の話を聞き、また来歴を知った限り、私は彼を用立てても問題無いと考えている。皆の見解は如何か。異論、疑問がある者は挙手を」

 

 そう、会場に呼びかける。

 大勢の立場ある人間――それも普段は政敵や競争相手――の前でそんな豪胆な事が出来る人間はそう居ない。だいたい生ける伝説の人が認めているのだ、彼に較べれば若輩に値する者が異を唱えられようか。そもそも事前調査の段階で、ここに呼ぶ人は鷹崎元帥に逆らえない人に厳選している。

 半ば出来レースに近い状態と言えよう。無論、期待するだけの価値があると鷹崎元帥に認めさせたからでもある。名声や評判よりも実態を知って判断する気質が功を奏したと言える。

 ――この後、反対意見は特になく、今後の展望を中心とした内容に話題は変わる。

 万が一にも死なれたら困るので篠ノ之博士を経由しての定期的なバイタルデータの提出、男性もISを動かせるように国お抱えの研究機関への定期的な顔出し、試験機ISの搭乗とコアデータの提出などなど、紙面に纏める前段階の議題が次々と消化されていく。ほぼ流れ作業に等しいそれは、事前準備がしっかりしている訳で、それだけ彼らが真剣なのだと感じさせる一幕だ。

 そうして暫く話が続いて、ある問題が浮上した。

 

 すなわち、彼の所属をどうするか。

 

 IS学園に堂々と入学する事は確定事項である。国の法律と影響をマトモに受けない治外法権地帯である学園だが、国籍と代表候補生という所属は例外に属していた。

 彼は生まれも育ちも生粋の日本人。しかし国籍とは『現在籍を入れている国』という後天的な変化を許容するものであり、男性操縦者という世界で一人――あるいは二人――の貴重な人材であるため、それだけでバッシングを受けかねない。ましてや国お抱えの所属になってしまえば、幾らブリュンヒルデの二連覇で立場を維持している日本と言えど、アメリカや中国、フランスといった大国からの抗議は止まず、大変な事になるだろう。国交断絶などになれば輸出入に大部分を賄っている日本は干上がってしまう。ブリュンヒルデが居ると言っても無敵では無い。

 

「むぅ……だが、どこにも属さないのもマズい」

 

 かと言って、何も後ろ盾を付けない無所属のままという訳にもいかない。彼が求める要求を反故にしかねないからだ。

 彼の要求は『自分と今の家族が平穏に過ごせる環境と地盤固め』。

 後ろ盾が無いだけでそれは満たせなくなり、契約は不成立となる。交渉後に脅かされたならまだしも、交渉段階で『用意できない』となれば『男性操縦者として協力しない』に繋がるので、政府側も何らかの案を出さなければならなかった。

 ――彼の要求と政府の希望を同時に満たせる解決策が、ふと浮かぶ。

 無言のまま挙手をする。ちら、と元帥の視線が彼を越えてきた。

 

「更識中尉、どうしたのかね?」

「はっ、議題に対する案が浮かびましたので、発言の許可を頂きたく」

「許可しよう。是非聞かせてくれ」

「ありがとうございます。本官の案は、篠ノ之束博士の後ろ盾を表沙汰にする事です」

「ほう」

 

 眉を上げ、興味深げな表情になる元帥。興味を持ってもらえたようだ。

 他の高官達も興味を引かれた顔で次の発言を待っている。

 

「ふむ……あの天災を、表沙汰に、か。そういえば桐ヶ谷君はコアを埋め込まれた肉体のメディカルチェックを彼女に受けていたのだったか」

「はっ。およそ三年ほど前からの定期的なメディカルチェック、ISに纏わる勉学、一般教養の補填を施されており、本官が見た限り博士と桐ヶ谷氏の関係は良好。天災の畏怖が世界に知れ渡っている今、国家に帰属しない最大の後ろ盾として機能し、他国への威嚇になると思われます。そして桐ヶ谷氏の生まれは日本であり、血縁者にはあのブリュンヒルデ。よって日本に帰属しないながらもある程度こちらからサポートをする事は十分可能と考えます」

「なるほど。一考の余地は十分ありそうだ……更識中尉、ありがとう」

「はっ」

 

 礼を言われ、敬礼で応じる。

 実際、あの博士なら彼から頼まれれば快く応じるだろう。指名手配犯として居場所や関係性が割れてしまうが、世界的に天()と恐れられている彼女を、逆鱗と分かっていながら踏み抜く莫迦は多くない。少ない莫迦は一度見せしめとして晒し、抑止力として働かせる。

 

「――そういう訳だ。頼めるだろうか?」

「おっけー」

 

 そうして、元帥はやや離れた席に座る人物を見て言った。

 そこには黒いシャツとスーツのズボンに袖を通し、育った肢体を覆うように白衣を羽織る女性が座っている。軽い声で了承したのは彼女だ。

 やや垂れた目尻で少年を見る彼女は、話に出ている篠ノ之束博士。

 机の前には【()()()()()()()()()()()()兼《ユーミル》創業者《篠ノ之束》】とある。

 マジか、と思わず目を剥く。(よう)と知れなかった指導者がまさか博士とは。そしてあの天災が真っ当な運営体制を取れているなんて何の天災の前触れだろうか。

 

「……博士? え、は?! 何で居るんだ?!」

 

 毅然としていても流石に全体までは見ていなかったらしい少年も、初めて知ったようで驚きの声を上げる。どうやら彼にも隠していた事らしい。あるいは更識邸でのウサ耳エプロンドレスの姿を見慣れているせいでスーツ白衣姿の彼女に気付かなかっただけか。

 

「そうだよ、束さんだよ。実はIS委員会の最高責任者に取って代わってたんだよねぇ。お蔭で束さんはマトモに多忙の身だよ!」

 

 そう言ってぶいっ、とピースサインを見せる女性。初めて知る事に少年は目を白黒させる。

 

「指名手配されてる筈なのに……?」

 

 ちら、とこちらにもの問いたげな眼を向けられるが、私だって今初めて知った事だ。ぶんぶんと首を振ると困惑の顔が天災へと戻される。

 したり顔で天災は頷いた。

 

「実はねー、《SAO事件》中に対策チームに入り浸ってたら、そこの元帥サマが直接訪問して来てさ? ISの方針を宇宙開発に向けたいって言われたんだよ」

「まぁ、元々の開発理念はそれだから、おかしくないよな……」

「そうそう、今が異常なの。で、そうなったらスポーツだとか兵器目的で扱ってる委員会って、ぶっちゃけ邪魔でしょ? 持っていないどころかマトモに動かせないヤツが居ても邪魔なだけだから挿げ替えてもらったんだー」

「……そのドサクサに紛れて博士が頭目になったのか。つまり鷹崎元帥含め、他に何人かは把握済み……?」

 

 突撃して来たのは知っていたが、まさかそんな事に発展しているとは。

 窺うように少年が三十人余りの大人を見る。動揺の渦中にある人を除けば、冷静なのは十数人。いずれも自衛隊員や省の役人など政府にがっつり所属している人間ばかり。大企業のトップ組は一切知らないでいる。どうやら菊岡が手引きして、そう誘導したようだ。

 それを理解した彼は、視線を元帥へと戻した。

 

「……通りで話が上手く出来てると思いました。博士の方がメインで、自分はあくまで保険という事ですか」

「博士と君のどちらがより成功させられるか、そう天秤に掛ければ、傾くのは博士の方だろう? デスゲームを終わらせた功績は確かに凄まじい。だが、現実はただ戦えばいいだけではない。彼女には君には無い技術力と発明力がある」

「……」

 

 元帥の忌憚ない評価に、ぐっと彼は押し黙る。

 博士には、既にISという発明品を世に送り出した実績がある。しかし彼には、世界を傾けるような功績は無く、デスゲームも最早過去の事。現在進行形で影響を及ぼしているISに深く関わっているのは彼女の方。そうなれば、客観的にどちらをより重視するかは明らかな話だった。

 

「――しかし、だ。実のところ、彼女だけでは目的完遂にはならないのだよ」

 

 そこで、元帥は首を横に振る。

 

「……そろそろ、我々がここに集った理由についても語っておこう」

 

 ――当然の事だが、現状『ただの子供』に過ぎない彼だけのために、彼らは集った訳では無い。

 彼に利用価値がある。そう考えたのは、『何らかの計画』が前提としてある場合に限る。彼らを此処に呼び出すために私と菊岡はそれを刺激したに過ぎない。

 忘れてはならない。桐ヶ谷和人という少年は、国からすれば構成員の一つであり、駒である。無論、元帥達も、私達も。

 駒という民があるからこそ、国は成るのだ。

 

「勘違いされないよう言っておくが、我々はISを排他したい訳ではない。根強く残る女尊男卑の風潮、ISを至高とするあまり()の文化を蔑ろにする態度、それらを打開する為に我々は此処に集ったのだ……実のところ、ISの登場で破産した企業も多い。2020年の東京オリンピックは無事に開催されたが、それでも例年より規模は縮小されていた。《モンド・グロッソ》の方に予算を多く振り分ける関係で、以降も開催されるオリンピックは徐々に規模が縮小されていく状況にある。つまりISを至高と考える者達が収益源の幅を狭めていったのだ」

 

 そうなった先がどんなものか分かるかね、と険しい面持ちで問う元帥。

 あれは言葉こそ問い掛けているが、ほぼ独白のようなものだ。事実として元帥の眼は少年ではないどこか遠くを視ている。

 

「IS委員会、IS学園、この競技場の大改築、更にはIS一機の建造費も馬鹿にならず、ただでさえ国民の血税を浪費し国債が嵩む中、数少ない大収入の機会を狭めていくとなれば、日本の経済はいよいよ破綻する。各企業は外国に移転し、産業は空洞化。金は外へと流れ、国内価値は下がり、バブル崩壊当時を上回る極度のデフレへと落ち込むだろう。そこまでいかなくとも、生まれた赤子が男児だったからというだけで殺す事件、離婚率の上昇に反比例した結婚率と出生率の低下という社会問題により、国内総生産は徐々にだが低下しているのが現状だ」

 

 こう聞くと、日本終わってるな、と本当に思う。経済の低迷はバブル崩壊以降ずっと叫ばれる問題だが、ここ数年で一気に浮上した結婚率と出生率の低下、離婚率上昇、男性殺害事件件数の増加は異常だ。

 

「対して、日本以外の諸国は企業の本社が移転する関係で、金が良く回り、景気は上向きになるだろう。そうなればどうなるか……分かるかね?」

「……軍備に力を入れ始める……?」

「その通りだ」

 

 強く頷く元帥。

 どの時代、国に於いても、外国を警戒して軍備に力を入れるのは同じ事。国の運営で最も金が掛かるのは軍備だと言われる程だ。

 SAOで命のやり取りをしていた彼も、それは分かったらしい。戦う中で最も大切なのは定期的な新調とメンテナンスを要する武具だと経験的に知っているからか。

 

「日本は非戦争を掲げている。しかし韓国、ロシアをはじめ近隣諸国は、場合によっては戦争も辞さず、現にそれに引きずられる形で日本も『大会出典用の型落ち品』という建前で最新鋭機を軍備として配備している。他の国もそう。国の予算の多くは他国に対する威嚇と防備のためと、ISに使われている。負債が嵩んでいるというのにだ」

 

 嘆かわしいと言わんばかりに溜息が吐かれる。

 昔からの愛国心溢れる元帥は、今のお国を心から憂いている様子だった。

 

「このままでは先に言った予想通り日本は崩壊する。今はブリュンヒルデが連続優勝しているからどうにかなっているだけだ。8月に控えている第三回で優勝して殿堂入りになったら、第四回以降はシード枠だが、本人は引退するつもりだ。つまりリミットはあと三年。日本を存続させるなら、第三回と第四回《モンド・グロッソ》の優勝で命を繋ぎ、その間に博士が宇宙航行用か男女兼用のISを発明するしかない」

 

 宇宙航行用が出来れば、何千億単位の宇宙航空研究費が軽くなる。それどころかIS部門と宇宙航空研究部門が合算されるので予算を分ける必要が無くなる。NASAを出し抜けば補助金も大きなものになるだろう。

 男女兼用が出れば、スポーツ用だとしてもISブームは息を吹き返し、オリンピックさながらの興業収入を得られる。

 しかもどちらの開発も特許は『日本国籍』にして日本が設営した『国際IS委員会』の最高責任者のもの。特許の数割が懐に入る傍ら、残りは所属国――すなわち日本に入り、国を潤わせる。コアの開発が日本のみとなればそれこそ経済回復も夢では無い。

 ――無論、全ては捕らぬ狸の皮算用。

 しかし、そうするしかないほど、この国は疲弊していた。希望的観測を実現させる為に国は形振り構っていられなくなったのだ。

 それは、つまり――

 

「言外に、第四回《モンド・グロッソ》に出ろと……」

「……その通りだ」

 

 彼の予想を、元帥は肯定した。

 元帥が彼を認めたのは、第四回モンド・グロッソでの優勝(壮大な時間稼ぎ)に期待出来る新星だったから。将来に期待するという不確かなものではない。デスゲームを生き抜く確かな実績があったから、彼は神童を押しのけて召喚されていた。

 

「もしも君がただぽっと出の平凡な少年であれば任せるつもり無かった。ここに呼ぶ事も無かっただろう。しかし君にはデスゲームを戦い抜いた経験と技術がある。戦場を知らない小娘達と違い、命をくべるが如く必死になって得た勝利がある……君と化け物共が戦う姿(映像)を見て、君はまだまだ成長出来ると確信しているのだ、私は」

 

 だから、頼む、と。そう言った元帥は立ち上がり――――深く深く、礼をした。

 ぎょっと目を剥き、息を呑む集団。その中で、恐らく鷹崎元帥と同じ考えを持っているのだろう男達――その多くが自衛隊員――もまた、席を立ち、礼をした。

 

 

 

「この国を救うために、君の全てを懸けて頂けまいか」

 

 

 

 心底から絞り出したのだろう声。震えているそれは、今まで抑え込まれていた叫びにも聞こえた。

 少年の肩が、ぴくりと跳ねた。

 

「今まで国が君にしてきた事は把握している。周囲の人間の行い、言動も。それらに対する贖いも無く、失敗すればより酷い状況になる事を分かっている上で、厚かましいとは思うが……どうか……っ!」

「――――」

 

 腰から綺麗に曲げられたお辞儀に、彼は言葉を発さない。発せないのか。背中越しでは、元帥をどんな顔で見ているかは分からない。

 緊迫な空気が会場を満たす。

 

「……あの、顔を上げて下さい。元帥達の目的も分かりましたから」

「では!」

 

 がばりと、元帥が顔を上げる。その眼には期待の色。拒まないでくれと、そう切に願う、愛国心溢れる老人が居る。

 少年は、ふぅ、と意気を吐いた。硬く上げられていた肩が少し下がる。

 

「自分は……元々、誰かを助ける為に剣を取りました。でも今は、自分で出来る事が凄く少ないって分かって、『誰か』というのを『大切な人達』に限定しています。みんなで、幸せに生きたいから。そのために男性操縦者として身を立てるケツイを固めていたんです。自分の悪評を払拭出来る一番の方法が、姉も活躍したISであり、《モンド・グロッソ》だったから。生きるために我武者羅になって、形振り構ってられなくて、ここに来ています。みんなで生きられる最善の道だから」

 

 そこで、途切れる。

 彼の表情は分からない。けれどこれまでの過去を肯定されたも同然の言葉に、きっと、今の彼は――

 

 

 

「だから、自分は自分(みんな)のために、今再び剣を取ります。それが自分の大切な人達のためにもなりますから」

 

 

 

 歓喜の涙を浮かべ、笑っているに違いなかった。

 

 

 

 今日()()に、【黒の剣士】再臨が決定した。

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 では前書きのクエスチョンに対する答え合わせ(今話のまとめ)です。


Q1:ISが世を席巻した原作に於いて、現代にもあるのにスルーされている問題とは何か。日本を例に、三つ以上挙げなさい。

A1:産業の空洞化によるデフレ(現実問題)

A2:結婚率や出産率の低下といった女尊男卑問題(現実にもあるけどISにより顕著に)

A3:IS学園や委員会設置、IS開発費といった新部門による()()増加問題(同上)



Q2:原作や二次創作では連覇されたら困ると一夏は誘拐される事が多いです。では《モンド・グロッソ》で連覇を果たすと、どんなメリットがあるか。社会的観点を含んで答えなさい。

A:優勝者の所属国に莫大な収入が発生する(オリジナル)
※現実のオリンピックで、優勝した者の所属国の懐が潤う事実は未確認です。開催国は観光客や来場者の影響で潤い経済効果を生じます。



Q3:一夏やオリ主を学園に入学させた場合、本人の安全保障以外でどんなメリットがあるか。社会的観点を含んで答えなさい。ただし『経歴は平凡、一般市民である事』とする。

A:何故男性でもISを扱えるかのデータ採取として()()利用可能。



Q4:ヴァベルが語った未来で『星の戦い』が起きる年と、第三回、第四回《モンド・グロッソ》の開催年が何時か、『~年』と明確にして答えなさい。

A:ヴァベル『2023年7月から数えて四年後の2027年に星の戦いが起きる』
      『二年間のデスゲーム後、IS学園に入学して三年目の2027年に起きる』
  第二回《モンド・グロッソ》『2021年8月』
  第三回《モンド・グロッソ》『2024年8月』
  第四回《モンド・グロッソ》『2027年?月』



 ――つまりキリトが動いた『みんなと幸せに生きる為の地盤固め』って、三年後の星の戦いを想定しての事なんだよなぁ……()

 尚、真面目に今も考えて地盤固めに動いているので、見抜ける人はヴァベルから事情聞いた人のみである。そんな未来あるって知らなかったら分からないのも無理ないネ。

 どちらにせよ『大切なみんな』の為になるので、キリトからすれば自分の予定で国が救われようと構わないスタンス。利用するならしろ、代わりにこっちも利用するから、という感じ。丁寧な対応にするだけでとても謙虚に感じますネ!

 では、次話にてお会いしましょう。



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