インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話の視点はオールユウキ。

 文字数は約一万一千。

 今話はとてもシリアスです。というか、原作《スリーピング・ナイツ》のメンバーでの会話とか、シリアスにならざるを得ないです。


 ちなみにサブタイ。本来は《眠れる騎士団》の方がいいと思うんですが、本作に於いてシウネー達がギルドを組んでいるかは未描写なので、別の訳し方にしております。ご了承下さい(未描写=実際は組んでるかも?な状態)

 ではどうぞ。




第十二章 ~眠りし騎士達(スリーピング・ナイツ)

 

 

 【魔導士】シウネーに案内された宿は、空都ラインにある宿【()()()()()()】ではなく、央都イグドラシルにある宿の一つだった。大通りからやや脇に逸れて進んだ先にあった小ぢんまりとしたそこにシウネーが入り、自分達も後に続く。

 

「あ、シウネーおかえり!」

 

 宿に入ってすぐに聞こえたシウネーを出迎える女性の声。見れば食事処も兼ねているらしい一階のテーブルの一つに、四人のプレイヤーが座り、こちらを見ていた。

 顔ぶれはサラマンダー、ノーム、レプラコーンの男性とスプリガンの女性。先ほどの声はスプリガンのものらしい。快活な性格が見えるように朗らかに笑って木製ジョッキを掲げていた。

 

「どうだった……って、聞くまでもないね。話は取り付けられたんだ?」

「いえ、これからお話をするところです。それから協力について考えてもらおうかと」

「ふぅん、そっか」

 

 軽く流れを把握したらしいスプリガンは、ぐびっと発泡酒(ノンアルコール)を呷ってから、こちらを見て来た。

 

「取り敢えず自己紹介しとこうかね。アタシはノリってんだ、見ての通りスプリガンだよ。よろしく」

「あ、どうも、ランです」

「ユウキです」

「はいはい、よろしく。あ、二人も何か飲む? 飲み物くらいはおごるよ?」

「ええっ、それはちょっと悪いような……」

「遠慮しないでいいって」

 

 ただ話をするだけなのに奢らせるのは気が引け辞退しようとするが、ノリは言動の端々から感じ取れるように矍鑠(かくしゃく)とした性格のようで、席に案内されてすぐにずずいとメニューを持たせられる。

 仕方ないので姉と適当に飲み物を注文し、ジョッキを持つ。

 

「んじゃま、駆け付け一杯という事で乾杯!」

「か、かんぱい……?」

「えーと……」

 

 かんらかんらと笑って音頭を取るノリ。そのテンションに素面では付いていけず、姉と共に乗り遅れてしまう。幸いなのは彼女以外の面子も乗ろうとしていないところだろうか。

 

「あのなぁ、ノリ、お前酔わない酒しか無いVRで酔ってんじゃねーよ。二人も困ってるだろ」

 

 そこで声を上げたのはサラマンダーの少年だった。自分と同い年くらいの背格好の彼は、呆れを隠さないでノリに対し辛辣に言う。それにウンウンと頷く大柄なノームとキチッとした痩躯のレプラコーン。

 仲良しだな、と素直に思った。

 

「なにさ、アタシは別に酔ってないよ。ただこうした方が親しみやすいかなと思ってただけさ」

「いやお前それ酔っ払いの面倒な絡み方そのものだろ。()()初対面なんだから真面目にした方がいいって、ぜったい」

「そ、そうですよ。ノリさんのそのテンションは、付き合いの長いワタシ達でも、そ、その、付いて行きにくいんですから」

「なにさー! 親しくない女性プレイヤーを前にするとドモりまくるタルケンよか断然マシだと思うぞアタシは! 今でもアタシにドモってんのにこの二人に対してマトモに話せんのか!」

「でもタルケンって、シウネーには普通に話せるよね……」

 

 がるる、と噛み付かんばかりに吠えるノリに、大柄なノームがぽつりと漏らした。タルケンというのが薄緑色で痩躯のレプラコーンの名前らしい。

 

「シウネーは話しやすいですから」

「だよなー。分かる分かる」

「……つまりなにか、アタシは話しにくいってか!」

「い、いや、そう言ってる訳では……?!」

「さっきの言い方だとそうなるだろ! あとせめてアタシと目を合わせて言え、それ説得力皆無だから!」

 

 ぎゃーぎゃー、と騒ぎ出す四人。流れに置いて行かれた形にぽかんと呆気に取られるボクと姉。まさかお呼ばれしていながら放置される事になるとは。

 

「――こほん」

 

 そこで、自分達の対面に座る形で席に座ったシウネーが咳払いした。左右に二人ずつ座って言い争いをしていた四人がぴたりと固まり、ゆっくりと席に座る。若干顔が引き攣っているように見えるのは気のせいだと思いたい。

 流石は【魔導士】と呼ばれ、キリトにあそこまで喰らい付ける実力を持つ人だ。

 

「お見苦しい所を申し訳ありません」

「ああ、いえ、お構いなく……とても仲が良くて羨ましいと思うくらいですし」

「ふふ、そう言って頂けると有難いです」

 

 口元に手を当てお淑やかに笑うシウネー。その左右に座り小さく震える四人。この構図、どうやら力関係はシウネーが一番上にあるらしい。姉さん女房的なアレだろう。

 普段どれだけ言い争ってるのだろうか、この四人。

 

「さて……先ほどノリがしていましたが改めて自己紹介を。私はシウネー、ウンディーネとして中衛から後衛での支援を中心にしています。またこのパーティーのリーダーです」

「さっきも言ったけど、アタシはノリ! 得物は両手棍で前衛やってる、よろしく!」

 

 軽く会釈しながらシウネーが、その右隣で片手を上げフランクな態度でノリが再度自己紹介してくれる。

 

「僕はサラマンダーのジュン、武器は両手剣で中衛のアタッカーしてる。よろしく、ランさんにユウキさん」

 

 次に名乗ってくれたのは()()()()()に座るサラマンダーの少年だった。やんちゃそうな見た目と言動だったが、意外にも一人称は自分と同じらしい。

 握手を求められたので、取り敢えず応じておいた。

 

「わ、ワタシは、タルケンです。長槍、中衛をし、しています……」

「えーと、自分はテッチって言います。片手棍と大盾で前衛タンクやってます」

 

 続けてシウネーの左側に座る薄緑色のレプラコーン、姉の右側に座る薄茶色の大柄ノームが名乗っていく。

 タルケンはさっきの会話で知ったが、本当にドモっている。女性と接するのが苦手と言ってもシウネーにはマトモに話すそうだし、ノリが言っていたようにただ自分達に馴れていないだけ――要するにコミュ障というやつなのだろう。

 ノームの方はテッチと言うようだ。温和というか、マイペースさがあるというか、どこか気が抜ける雰囲気がある。ビルドの方は想像通りだった。

 

「じゃあボクももう一回。スプリガンのユウキ、片手剣の前衛アタッカーしてるよ。魔法はあまり使わないかな……よろしく」

「ウンディーネのランと言います。普段は後方から魔法攻撃や回復支援をしていて、前衛をする時は細剣で戦います。役割としては遊撃や中衛に近いんですかね……よろしくお願いします」

 

 二人揃って、自分の得物や役割について加えて再度自己紹介を行う。多分知られていると思うけどこれも礼儀だ。

 みんなでよろしくと言い合い、飲み物の器をぶつけ合う挨拶をした後、シウネーがさて、と話を切り出した。

 

「最初に言いましたが、お二人には協力をお願いしたいのです。その内容は――私達と、スヴァルトエリアを攻略して欲しいのです」

 

 分かりやすくするためか、シウネーは単刀直入に用件を伝えて来た。これを知った上でこれから話す事情というものを聴いて欲しいのだろう。

 

「シウネーさん達と……それは現在私達が組んでいる仲間から離れて、という意味ですか?」

「攻略全てという訳ではなく、厳密に言えば、お二人に協力して頂きたいのはあるボス戦なんです」

 

 これを見て下さい、とシウネーがメニューを繰り、ネット掲示板――《MMOトゥモロー》の記事を見せて来た。ALOの大規模アップデートについて纏められたその記事の一部分を指し示しているため、そこに焦点を当てる。

 

「『最初の島ヴォークリンデのエリアボスを倒したレイドの各パーティーリーダー、一パーティーで討伐した場合はメンバー全員のプレイヤーネームを本サイトに掲載する企画』……これを狙ってるの?」

「はい」

 

 こくりと頷くシウネー。他の四人もこちらの反応を窺うような、真剣な雰囲気を感じ取れる。並々ならぬ熱意を抱いているらしい。

 思わず姉と顔を見合わせてしまう。

 

「……まさかと思うけど。ヴォークリンデのエリアボスを、この七人だけで倒そうと?」

 

 自分達がリーファ達と親しい事は既に把握している筈。その上で彼女らとはこのボス戦だけ離れ、自分達に協力して欲しいと頼んでくるのだから、一パーティーでの討伐を目標に据えていると考えた方が自然だ。

 ただ、ちょっと信じたくなくて、確認してしまう。

 投げ掛けた問いに五人は揃って首肯した。

 

「そう、かぁ……そっかー、七人で、かぁ…………ウーン!」

 

 姉は頤に手を当てて考え込み、自分は額に手を当てて呻きを上げる。

 

「え、そんな考え込む程の事なのか? 役割さえしっかりしとけばイケると思うんだけど」

 

 引き受けるか以前に、まず達成可能かどうかを吟味していると、左隣から疑問を投げ掛けられる。心底不思議そうな声音の彼は何故自分達が思い悩んでいるか分かっていない様子だ。

 甘い、甘すぎると言わざるを得ない。

 ひょっとするとボス戦の経験も無いのでとすら思う。

 

「んー……確認だけど、ジュン達ってボス戦に参加した事は?」

「無いな」

「じゃあ今まで他にVRMMOやってた?」

「やってた」

「ALOみたいにボス戦があったゲームは?」

「……少ないけどあったな」

「ですが私達はあまりレイドボスは参加してません。クエストボスくらいならあるんですが……私達はALOに来てから日が浅いので、こちらではまだクエストボスも経験していません」

「あー……そっか、レイドボスのは無いんだ」

 

 経験が無いなら分からないだろうな、と苦笑を浮かべる。

 シウネーの装備もほぼ全て中級者のもの。キリトとほぼ同格であり、自分達みたいに高難度ダンジョンやレイドボスに参加出来るレベルではない。何となく思っていた予想は的中していた。

 

「ハッキリ言っておくと。クエストボスの数倍強い――そんなもんじゃ利かないから、レイドボスは」

 

 苦笑から、真剣な声音で言う。どれだけ困難なのかを伝え現実を知ってもらう為に容赦はしない。

 ただ言葉だけでは分かりにくいのか、ノリやジュンといったやや直情的な面子の顔に不満そうな色が浮かぶ。シウネー達はまだ大人しいが、それでもそこまでなのか、と訝しげだ。

 

「SAOのボス戦放映は見た事ある?」

 

 この問いに、五人ともが頷いた。

 

「あのボス戦を基準に考えるのはやめた方がいいよ」

「何故です?」

「アレ、二人を除いて全員がレベルカンストだったもん」

 

 二人とはアスナとリーファの事である。彼女らを除く四十七名全員のレベルがカンスト値にあった事は一般に流布されていない事だ。

 その事実を聞いて、しかし理解が及んでいないらしい五人。

 

「考えてみて下さい。レベルカンストの四十七人とマトモに戦える二人、更に二つとないユニークスキルホルダーが数人。これらが全力で戦ってSAOのレイドボス戦は一時間近く掛かっていたんですよ」

「SAOも当初からデスゲームにする予定だった訳じゃないし、ボスの攻撃も相応に激しかった。その割に蘇生手段に乏しかったからボス戦だと死ねば終わりみたいな感じだったけど……ALOだとさ、世界樹の雫とか蘇生魔法とか、とにかく戦闘中にHP全損しても復帰手段が幾つかあるでしょ? だからその分、ALOのボスは全体的に攻撃がヤバいんだ。全体回復魔法とか攻撃魔法とか遠距離でも活きる戦闘手段が多いせいかボスも遠距離攻撃多いしさ」

 

 そこまで言えば流石に分かったようで、彼女らは顔を顰めた。

 レイドボスとは文字通り、大人数を前提としたボス――フルレイドで挑んでも壊滅する恐れがある程に危険性の高いボスなのだ。

 SAOの時より蘇生手段もあり回復手段も多く遠距離での戦闘手段も多いALOのレイドボスが余計強くなっているのはむしろ必然である。だからSAOでのボス戦を前提とされたら困る。あの世界のボスは基本的に遠距離攻撃手段を持っていないし、持っていても一つか二つ――ALOのボスみたく、魔法を含めて七つ八つと持っている個体は存在しなかった。

 しかもボスの攻撃を製作者故に知っているヒースクリフ、《二刀流》を与えられるだけある反応速度を以て的確に捌くキリトの二大巨頭が居たお蔭で、自分達は危うげなく戦闘が出来ていた。

 

 逆に言えば、そこまでお膳立てされ、危険度も限りなく低い状態ですら、レイドボス戦は一時間以上掛かっていた訳で……

 

 自分達も相応に強い方だと自負しているが、かと言ってこの人数でフロアボス相当のエリアボスを打倒出来るほど自惚れてない。そんな事が出来るのは全盛期のキリトくらいなものだ。

 あの製作者ヒースクリフですらジリ貧で敗れると豪語するボスの強化個体を相手取れなんて無茶が過ぎる。

 

「だから……その、言い辛いんだけどさ」

「たった七人でレイドボスを討伐するのは現実的とは言い難いです」

 

 姉妹揃って、言外に諦めろとトドメを指す。

 言っておくべき事は言った。というか、何れ知るのだし、何も知らない彼女らに予め説明しておく事も協力を求められた側の義務だ。何故そう言うのかを知ってもらっておかないと自分達にも彼女達にも益が無い。

 

「――それでも、私達はやらなければならないのです」

 

 ――その思惑を、真っ向からシウネーは否定してきた。

 真っ直ぐと、こちらを見据えて来る。水色の瞳に冗談や理解していない浅薄な色は無い。本気で挑もうと覚悟を決めた眼だ。

 命を賭してまで挑むと決めた眼だ。

 

 ――幼い愛し子の眼と重なった。

 

「伊達や酔狂で挑む……という感じじゃ、なさそうだね」

 

 死すら見据え、命を天秤に掛けて戦っていた少年を見て来た。だから余計に彼女の――否、彼女らの覚悟が理解出来てしまう。

 シウネーだけではない。ノリ、ジュン、テッチ、タルケン――この五人全員が本気の眼をしている。

 もうさっきまでの賑やかな空気は無い。彼女らの顔は戦士のそれだ。

 ……デスゲームを終えてからそれほど時も経たない内にその(覚悟)を目の当たりにするとは思わなかった。

 先に用件を言い、かなり無茶な難題で頼って来た時点から察していたが、相当重い事情があるらしい。

 

「ええ……この企画にこのメンバーで挑みたいと言った理由は、名前を遺したいからなんです。それも、全員の名前を――私達は此処に生きていた。そう証明できる証を」

『――――』

 

 静寂の空気の中で放たれた目的に、思わず呼吸を忘れた。

 ――その、その覚悟は……

 だとすれば、彼女らはもしかして――

 息を呑んだ自分達に、真剣な面持ちのシウネーは仄かに微笑んだ。何か察した事を彼女は悟ったのだ。

 

「――実は私達、このゲーム外のある医療用コミュニティで会って、すぐに意気投合して友達になったんです……私達が会って、もう三年に近くなりますか」

 

 遠い目をして語り始めるシウネーに、他の四人も過去を懐かしんでいるのか、少々穏やかな笑みを浮かべた。

 ――脳裏を、何かが掠めた。

 何かが引っ掛かる感覚を覚えるも、それが何か分からないまま話は進んでいく。隣の姉も似た感覚を覚えたのかやや眉根を寄せていた。

 

「最高の仲間たちです。皆で色々な世界に行って、沢山の冒険をしました…………ですが、皆と一緒にいられるのも、多分この夏が最後……ですから、最後に一つ、皆で一緒にいた事を絶対に忘れない思い出を作ろうと決めたんです。そこで私達はいちばん美しく、楽しく、心踊る世界で力をあわせて何か一つ成し遂げようと話し合って――――そして見つけたのが、この世界でした」

 

 そこで一旦止め、注文していた飲み物を一口含んでから、シウネーは再び話し始めた。

 

「妖精郷アルヴヘイム、浮島大陸スヴァルト・アールヴヘイム……この世界はとても美しく、そして素晴らしいところです。美しい街や森、世界樹…………そして、この浮遊大陸を皆で連れ立って飛んだ思い出は、全員永遠に忘れる事はないでしょう…………望む事はあと一つ。それが――――自分達が生きた足跡を、遺す事」

「自分達が、生きた……」

「足跡、ですか……」

 

 感慨深く、感情豊かに語るシウネーの言葉に、脳裏の疼きが強くなる。まるで逃してはならないと警告されているかのような感覚に焦りは募り、思考は加速する。それでも分からないからもどかしい。

 

「だから私達は一パーティーでヴォークリンデのエリアボスを倒す必要があるんです。しかし……この世界に来て、右も左も分からないまま挑むのは現実的では無く、かと言ってタイムリミットも迫っているから悠長にはしていられない……ですから、皆で相談して決めたのです。パーティー人数はあと二人空きがありますから、僭越な話ですが、パーティー最強の私と同じ、ないしそれ以上の人を見つけたら、その人に協力を願おうって」

「――あの、それだとキリト君は……? 彼はシウネーさんを倒してましたが……」

 

 選ばれた理由を聞いて浮かんだ疑問を姉が投げ掛けた。実際彼女の言う通りで、自分達はALOに於ける実力をシウネー自身に見せていない訳で、それなのに何故選ばれたのかが気になった。

 彼女は、徐に目を伏せた。

 

「実は、彼とはスヴァルト実装当日に戦い、敗れた折りに頼み込んだのです。ですが、『自分が一緒だと迷惑が掛かるから』と辞退され……代わりに推薦されたのが、お二人だったのです。前衛と後衛の息の合う二人組だからと」

 

 話を聞いて、ああ、と納得する。そう言えば【魔導士】が一度負けたと聞いていたが、アレはキリトだったらしい。その時に頼み込んでいて断られたなら辻褄も合う。

 

「んー……そう言われるのは嬉しいんだけど、ボクってスピードタイプだから大型が多いレイドボスには向いてないんだよね……一撃が軽いというか……」

「私だって前衛と後衛で中途半端よ……」

 

 姉妹揃ってキリトの評価に対し、照れつつも自分達の欠点を口にする。

 実際自分達を雇うくらいならパラメータがハッキリとしているヘヴィアタッカーのストレアやエギル、後方支援が強いシノン、純粋に強いリーファに頼んだ方がいい。キリトとキリカが協力すれば敵無しと言えるだろう。

 しかし何時もの面子で魔法をマトモに育てている人も、殆どは前衛を兼任しているせいでバランス型になり、有効打を与えにくくなっているのが難しいところ。ましてや自分達は軽戦士だ、ボスの攻撃を一つでも喰らえば一撃死が普通である。ALOでのダメージはSAOでの数倍と考えた方がいい。

 

「あと、実はもう一つあるのです」

 

 うじうじと欠点を考えていると、シウネーがその思考を寸断してきた。どうやらまだ選んだ理由があるらしい。

 

「お二人に……ずっと、会いたかったからなんです」

「私達に……です、か?」

「えっと……え、何で……?」

 

 二つ目の理由。その意図するところを察せず、揃って疑問を呈してしまう。【絶剣】と【舞姫】はそれなりに有名だが、ALOだとファンクラブが出来る程じゃないし、彼女らがそんなミーハーな方に走っているとも思い難く、本当に分からなかった。

 

「――だーッ! まだ二人は気付かないのか!」

 

 そう、いきなりジュンが大声を上げた。唐突だったからびくぅっ、と肩が跳ねる。

 

「まだ気付かないのかって……え、なに、どういう意味?」

「いやさぁ、そりゃ顔も恰好も違うし、二年以上前に一回会ったっきりだから仕方ないとこもあるけどさ、名前に憶えはないのか?! つーかシウネーに関しては思い出してもいいと思うぞ! 二年前に二人が一番話してた相手だろ!」

「えっ?!」

「うそ?!」

 

 ジュンの言葉に揃って驚き、シウネーを見る。ややぎこちなく微笑む様はさっきから見ているもの――

 

 

 

 ふと、とある情景が思い浮かんだ。

 

 

 

 病院を模した無味乾燥な建物の中で、申し訳程度に置かれたインテリアや本。

 その中に居た数人のフルダイブ者。法衣のような恰好をした女性。外を走り回ってそうで不釣り合いな少年と少女。本を片手に会話を窺っていた眼鏡の少年。おおらかに笑いながらやり取りをしてくれた青年。SAOベータテストに当たっていて色々教えてくれた女性。怪異や怪談物の本を教えてくれた女性。

 彼ら彼女らとはSAOが届く前日の一日だけ、メディキュボイドを使ってダイブした際に知り合って、それっきりだった。

 その仮想世界の名前は――

 

「バーチャル・ホスピス……」

「《セリーン・ガーデン》……」

 

 ボクに続いて、姉が思い当たった仮想世界の名前を言う。

 

「そう、そうだよ! そこで会ったジュンだ!」

「……うそ」

「ホントだよ、マジだよ! じゃなきゃ初めて会った世界の名前なんて分かる筈無いだろ! ――まったくさ、何時気付いてくれるかってワクワクしてたのに、ぜんぜん思い出す気配無いから焦ったんだぞマジで!」

 

 肩を掴んできて、涙ぐみながら笑って言うジュンに気圧され、何も言えない。まさかあの世界で会ったみんなに会えるなんてまったく想定していなかった。

 考えてみれば、あり得る話ではあったのだ。《セリーン・ガーデン》に用いていたアバターデータはそのままSAOに使っていた。放映されたボス戦を見ていたなら、必然的に自分達にも気付く。ALOでも暴れていたし、それを知って此処に来てもおかしくない。

 

「何だよジュン、アンタ、アタシの事言えないじゃないか! アンタも似たようなテンションだよ!」

「うっせぇ! ノリとは場の状況が違うだろ! 僕はちゃんとてぃーぴーおーを弁えてんだよ、てぃーぴーおーを!」

「んだとー?!」

「お、お二人とも、落ち着いて。漸く気付いてもらえたのに、これじゃ二人が混乱したままになってしまいますよ」

「う、それもそうだな……」

「ごめんよ……」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出そうとしたところてタルケンが止めて、二人は大人しくなった。混乱している間の出来事だから何だか流れが速く感じられる。

 

「ね、ねぇ……一つ、聞きたいんだけどさ……」

 

 ばく、ばくと早鐘のように打つ鼓動。さっきの話と彼らのリアルについて把握した事で繋がった一本の線。出来上がった――出来てしまった、予想。

 当たらないで、と願いながら問い掛ける。

 

「メリダさんと、クロービスさんは……?」

 

 此処に居ない、SAOベータテストを病気で見送った人と、怪異物について教えてくれた人について問う。彼女らが居ない事が酷く不気味だった。

 

「……お二人は、もう……」

 

 ――答えは、残酷だった。

 聞けばSAOクリア直後くらいにどちらも息を引き取ったらしい。彼女らは、デスゲームに巻き込まれた自分達の事を案じ続けていて、無事に生還した事を自分達の主治医倉橋先生から聞いて安堵し――その翌日に、息を引き取ったという。

 はらりと、雫が零れた。

 SAOに於いて、身近な人の死は一度も無かった。他者の死を哀しく思った事はキリトが死んだ誤報の時くらいだろうか。それくらい死生まれた時から身近に感じていた死が、何時の間にか遠のいていた。

 しかし今、現実を直視させられた。

 自分達は骨髄移植で助かった。

 でも――自分達と仲良くなった彼女らは、長い闘病の末に亡くなってしまったのだ。たった一日の付き合いとは言えそれは哀しかった。気付けば涙が零れていたくらい喪失感が酷かった。

 

「……実は、ここにいる五人の内、二人は既に余命宣告されているほど重体なんです。もう二ヵ月の命、と。他のメンバーももう長くないとは言われていて……だから今回のこれを逃す訳にはいかないんです」

「それが……それが、みんなが無茶だとしてもエリアボスに挑む理由なんだね」

「はい。これが……私達の全てです」

 

 深く頷き、シウネー達は揃ってボク達を見据えて来た。その顔にも眼にも切実な願いが込められている。

 

「もちろん、断って下さってもいいです。それで二人との関係が壊れる訳では無いですから」

「僕達が事情を話す事を決めたのも、負い目を感じるかもしれない二人に頼む事を決めたのも、全部こっちに責任があるからな。それで責めるのはお門違いだよ」

『ッ……!』

 

 ジュンが言った負い目、という部分でびくりと体を震わせる。

 先天的にHIVウィルスに感染していて、AIDSを発症し、死を身近に感じていた自分達は、奇跡的に適合する骨髄が見つかり、今後も生きられるようになった。それは自分達からすれば幸福だ。でも未だ闘病を続けている彼ら彼女らからすれば見捨てられたとか、裏切られたとか、そう思ってもおかしくない話なのだ。

 お互い、辛い事がある事は知っている。

 だがそれでも――そういうのが、ヒトなのだ。

 ヒトの醜さをたくさん見て来たから警戒してしまって――でも、この人達は、そうではなくて。

 

「自分達だけ助かったとか、アタシ達はそう思って欲しくない。二人だってホントに苦しんでたんだ。アタシ達は二人が生きれる事を素直に喜んだし、妬ましくは思ってないよ。次は自分だ、とは思ってるけどさ!」

 

 にかっ、と笑って言うノリ。

 何故だか、視界がより滲み出す。とても気を遣ってくれて、それでいて本当に祝福してくれている事が分かる。分かるから、余計胸が苦しい。

 

「そ、そうです。ワタシ達はお二人に、負い目を負わせて手伝ってもらうつもりはなくて……ホントに、祝福したくて、でもそれだと自分達の事も明かさないといけなくて……凄く悩んで、でも祝いたくて、明かす事に、したんです」

「勝手な話だけど。自分達のこと、少しでも憶えていて欲しかったんだ。それに、二人の事情を知ってる数少ない人として、二人を祝福したかったんだ……本当だよ」

 

 タルケンとテッチが言う。

 少しでも多くの人に憶えていて欲しい――その気持ちは、あの世界に囚われた時の自分と同じ。原初の自分の原動力そのもの。

 何もかも知っている。

 生への渇望。

 死への絶望。

 そして――生きる、意味。

 どれも、かつて自分が抱いていたもの。今は失くしたもの。それを彼らは今抱いていて、死を見据えた上で生に足掻いている。

 その覚悟をボクは知っている。

 それは少年と同じものだ。

 それは自分と同じものだった。

 

「――分かりました」

「――分かったよ」

 

 返答は、同時だった。

 横目で姉と視線を交わらせる。一瞥の後、再度正面を向いて五人を見据える。

 ――既に、覚悟は決まっていた。

 

「協力します。仮令無茶な事であろうと、必ず達成させましょう」

「ボクも手伝う。皆の覚悟と想いは、あの世界のボクと同じだった。皆の想いを無碍にしたくない」

 

 同情なんかじゃない。そんな安い衝動なんかじゃ決してない。

 自分と重ねているところはある。かつて自分がそうだった、そしてその覚悟を自ら肯定したのだから、他人のそれも肯定して然るべきだ――彼女らに対し侮辱に等しい考えはあった。

 でも、それ以上に。

 ボクは皆の願いを()()()()と思った。皆の足跡を残し、少しでも多くの人の記憶に残ってもらって、自分達の記憶にも刻みたいと思った。

 

ボク()はみんなとの想い出を作りたい』

 

 姉と、声が揃った。

 性格、言動、趣味嗜好はほぼ逆な事が多いけど、『死』への観念はほぼ近しい。死を身近に感じていた頃の動きこそ違った。それでも、根底にある願いは同じだったのだ。

 生まれつき死が身近にあり、生を望み、足掻いていた。

 そんな自分達が彼女達をどうして拒絶出来ようか。必死に足掻き、手を伸ばそうとしている皆を、どうして手伝わない選択が取れようか。

 

()()()()()に誓って、出し得る全力の協力を約束()()()

 

 求めるは窮極(ぜったい)

 くべるは覚悟(想い)

 熱い心は瞋恚に燃える。

 

 

 

 ――今日ここに、決して引けない戦いが始まった。

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 原作のイメージを意識し、展開をオマージュしつつ、しかし事情(難病)について知っているユウキ達だからこそしょっぱなから暴露。

 未来を生きられる木綿季達に対し、難病により命が危うい事を明かすのはかなり無神経だし、その負い目に付け込んで……という解釈も出来なくはないですが、それを防ぐために終盤で弁解()させています。

 彼らは難病を背負いながらも頑張って生きて、骨髄移植で生きられる可能性が出来た幼い姉妹がデスゲームに巻き込まれ、でも必死に頑張って生き残って、無事生還した事も含めて祝福したかったんです。端から見て紺野姉妹も和人(一夏)に負けず劣らず重い人生ですから。

 なので暴露する展開で責めるなら作者を責めなさい。彼らは悪くない(涙)

 いやホント、シウ姉さん達って見返せば見返す程良い人な空気が……そら原作ユウキも純粋で居られますわ。ユウキに元気づけられたって原作シウネー言ってたけど、これ普通に逆もあり得たんじゃね?

 これは話として書いた人が分かる感覚かもしれないですね。

 今話に於ける五人の人物像の内、シウネーさんだけは原作で視点描写もあるお蔭で個人的に準拠率高いと思ってます。つまり原作でコレなのです。アカンわ(涙)


 ――話を戻して。


 シウネー達と会っていた的な描写は、実はSAO編ユウキ視点のどこかで、チラッとそれらしい人達の描写はしておりました……まぁ、筆者もどこに書いたか忘れてるんですが、書いた事だけは覚えてるんですよ(説得力皆無)

 シウネー達が名前を遺したい理由は原典準拠。倒す対象は原作が新生アインクラッド第二十七層ボス、原典ゲームが高難易度クエストボスでしたが、今回は攻略に絡ませるべくフロアボスに。

 ゲームしてると思うんですけど、レイドボスって原典ゲームみたくあんな少人数で倒せるものじゃないんですよね。まず秒間ダメージ(DPS)は人数が多ければ多い程人数倍で増えていく訳で、どう足掻いてもキリト一人じゃ理論的に短時間討伐は不可。それを可能としたのが《ⅩⅢ》の焦土ダメージ(毎秒1%ダメ)とユニークスキル。

 しかしALOは回復と魔法がある訳で、SAOのレイドボスよりよっぽど致死率高いんですよね。だって本作のSAO、元々デスゲームじゃない予定だったのに蘇生手段が年一クエの《還魂の聖晶石》だけですし。

 原典ロスト・ソングのボスも、その気になれば一人で倒せるし。

 ――それじゃあ大人数の必要なくね、というか大人数で挑むユウキ達が雑魚っぽくね、という変な拘りが出てこんな設定になった。

 実際MMOのレイドボスって数十人数十分で漸く一体みたいな感じ。

 尚、描写では一話くらいで終わる模様()

 では、次話にてお会いしましょう。


 ちなみに、漫画版マザーズ・ロザリオだと、ジュンは一人称が『オレ』、原作小説やアニメでは『僕』(どうでもいい豆知識)


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