インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話は前半(ほぼ全部)ユイ、後半キリカ。

 文字数は一万三千。

 ではどうぞ。




第九章 ~電子の妖精~

 

 

 平日。

 学生や社会人など、多くの人が己の仕事をこなしに動く中でも妖精郷は動き続けている。早朝と言える時間までは多く見かけたプレイヤーも始業時間を越えてからはめっきりと見えなくなった。もちろん休みの人もいるだろうからログインしているプレイヤーも居なくはない。

 それに反し、AIである自分達は現実での仕事なんて無いので、情報整理のために休眠する時以外は常にALOにログインしていた。

 現在は皆が居ない間に少しでも自己強化に励もうと、ピクシー姿の義弟を胸元に入れ、ストレアと目的地にしている洞窟ダンジョンへと向かっているところである。

 

「平日でも時間を気にせずにログインしてられるのはアタシ達だけが持つ絶対的なアドバンテージだよねー♪」

 

 浮島草原の空を軽やかに飛びながら、妹である大剣使いストレアが言う。仲間が殆ど居ない現状すらも彼女にかかれば楽しんでしまえるらしい。

 確かにスヴァルトエリア攻略で多くのプレイヤーが血気盛んになっている今、彼らがログイン出来ない時間帯でも情報収集やダンジョン探索が出来るのはとても大きい優位点である。加えて人数が少なければ経験値やアイテムの取り分が増える。ナビゲーションピクシーとして皆をサポートする立場ではあるが、今は一プレイヤーでもある訳で、そういう意味でもこれは喜んでいいのかもしれない。

 

「無職だとか、ニートだとか、そういう噂が立ちそうな気もしますがね」

「平気だって、気にしなきゃ。大体アタシ達がAIだってネットでも話題になってるんだから今更気にしても遅い気がするんだよね」

 

 アルベリヒこと須郷伸之捕縛時の映像で義弟の姿はオリジナル、スレイブ(キリカ)、そして今は亡きホロウの三つあった。須郷の実験、研究内容を明かすにあたって人間の脳をスキャニングし、複製したAI――すなわちホロウの事を語らなければならず、必然的に彼らの事は世間に知られる事となった。

 加えて感情のモニタリングに関してはSAO製作に携わった須郷自身が《MHCP》の存在を明かし、茅場晶彦が認めたため、自分とストレアがAIである事も知られている。

 ――一時期政府の方からAIデータの接収もあり得たそうだが、その辺は自分達三人を引き取ってくれた茅場晶彦と篠ノ之束の両名が尽力してくれたため、事なきを得たという。

 その詳細を聞かされていないのは恐ろしいが、あまり気にしない事にしている。

 ……その気になればハッキングやネットへ逃亡する事も余裕だから、という理由もあった。

 

「そもそもアタシ達みたいなAIを雇用する人なんてまず居ないと思うんだよね。業務効率は向上するにしても、それだとお金を貰って食べて行かないといけない人達の就職口を奪う訳で、何年も前からずっと論議されて解決してない問題にぶつかっちゃうもん。『どこかに就職しろー』って言う人はまずAI関係での雇用問題を勉強するべきだと思うんだよね」

「……ストレアがそこまでハッキリ言うのは珍しいですね。何かあったんですか」

「ちょっとねー。頼まれたからヘルプでレイドに参加したのに、そこのリーダーパーティーの人達に『仕事が無いのはいいな、俺達なんて時間をどうにか工面して一、二時間がやっとなのにAIは幾らでも遊べるんだから』ってイヤミを言われてさー。すごく失礼だと思わない?」

「それは……かなり、アレですね」

 

 多分仕事の関係でまとまったプレイ時間を取れない事への鬱憤で八つ当たり気味に言ったのだろう。だがそれは陰口に留めておくべきだ、本人に言ったところで解決はしない。そもそも人権を認められていない自分達がどうにか出来る話でもないのだ。

 その人はかなり余裕が無い生活を送ってるんだろうな、と分析を終える。

 

「――二人とも、そろそろ目的地に着く」

 

 首元から義弟の声が聞こえた。黒のシャツと長ズボンという前開きの外套を脱いだだけのような恰好の()()()は、斜め下に見える洞窟を指差していた。

 地面と平行に飛行していた私達は、洞窟へと向けて滑空する。

 しっかり《索敵》スキルを発動するがプレイヤー反応は無い。その代わりにモンスターの反応は多数あり、滑空する中で気付かれる。

 草原を歩く緑の鱗肌を持つ亜人型剣士Mob《リザード・ソードマン》。

 空を飛ぶ緑色のトカゲ型Mob《グレムリン》。

 転移門付近はコボルドやウルフなど獣型が多かったが、少し離れるとMobの生息域も変化したようで爬虫類が多くなった。全域に渡って満遍なく振り分けられる事が多いから一つの()()()で種類がガラリと変わるというのは珍しい方だ。

 

「ストレアは地上のリザードマンを。私は空中の方を処理します」

「りょーかい! キリカを落としちゃダメだよ!」

「言われずとも」

 

 腰に吊るす両手剣を抜きつつ、左手でびしっと敬礼を返したストレアは、そのまま翅で空気を叩き滑空した。最早流星の如き勢いで斬り掛かっている。無論、斬られた亜人は一撃死だ。

 その真っ直ぐな行動に苦笑を浮かべつつ、近付く敵影へと意識を移す。

 

「キリカ、しっかり捕まっていて下さい」

「ん」

 

 胸元に入れた小妖精からの返事を聞いて、自分もスプリガン特有の薄ら黒い翅を震わせ、加速。ゆっくりと滞空していた緑トカゲの一匹に肉薄し、両手に持つ剣で交差に斬り裂く。

 ――一拍遅れて、ばしゃあっ、とトカゲの体が光に爆散する。

 速度威力も足された事で二撃で倒す事に成功したのだ。視界端を下から上に獲得経験値とユルド、ドロップアイテムが流れる。

 

「ユイ姉、来る」

 

 視界端のリザルトを流し見しつつ空中で制動を掛けていると、胸元から注意喚起の声。

 

『クアーッ!』

『クルルァッ!』

 

 義弟の注意から一拍遅れ、仲間が倒れた事に興奮した緑トカゲが二匹突進してきた。

 

「――ふっ」

 

 十メートル以上の距離がある内から叫びつつ突進されれば対処のしようは幾らでもある。事前に注意を促された事もあり、余裕で対応できた。

 ――空中に直剣が二本現れ、真っ向から串刺しにする。

 追加で上下から挟み込むように剣が現れ、更にトカゲの体を貫く。一本では多少のダメージで済んでも複数本になれば――それも急所に入れば――ひとたまりも無い。最初のエリアの雑魚Mobであるトカゲは直剣四本で息絶えた。攻撃スキルや速度、急所狙い補正が殆ど無いにしても四撃で倒れるならかなり弱い。

 

 ――やはり、《ⅩⅢ》を使うのは反則ですね。

 

 元MHCP兼ホロウ・エリア管理区スタッフNPC、そして戦闘型NPCとして動いていた自分は、厳密にはプレイヤーではなかった。故にSAOデータを移植したと言えど装備品を引き継げる道理はない。

 しかし自分達AI組を保護したのはSAOの生みの親である茅場晶彦だ。プレイヤーデータはコンバート対応で済ませたが、自分一人だけであれば手を掛けてデータを移植する事も不可能では無かったらしく、NPCデータをそのままプレイヤーデータに変換してコンバートしてくれた。大本のMHCPやスタッフNPCというサポート特化のステータスはナビゲーションピクシーとして、戦闘型NPCというプレイヤー寄りのステータスはALOに於けるプレイヤーステータスに変換されたのだ。故に所持品もそっくりそのまま移してもらえた。

 流石に回復アイテム、あとは単位表記を変えただけの所持金は没収されたが、武具に関しては殆ど手つかず。

 なのでかつて義弟に譲られた《ⅩⅢ》はおろか、登録した武器もそのままである。性能こそALOでの古代級武器に一歩譲るとは言えそれでも《ⅩⅢ》の性質を考えれば反則的。

 シノンも《ⅩⅢ》を引き継ぎ使用しているが、《アミュスフィア》にハードが変わった事で想起時の脳波を詳細に読み取れなくなった――恐らく頭部全体を覆っていない――せいで自然属性攻撃が出来なくなったので、現環境に於いてプレイヤーとAIでの差は一切無い。なので瞬間的な判断能力、反応速度に長けるAIが《ⅩⅢ》を使用する方が十全に特性を活かせている事になる。

 

「いやー、相変わらずユイのそれは反則だよね!」

「……否定はしません」

 

 一通りモンスターを倒した後、合流したストレアは開口一番そう言って来た。

 事実なので素直にそれを受け止める。レイドボス戦では躊躇いなく使ってダメージ量とヘイトを稼ぎ獲得経験値量を多く取るので嫌われるけど、PK相手にはともかく、デュエルでは使わないよう制限しているだけでもまだマシな対応だと思って欲しい。

 

「そんな事より探索です。序盤エリアとは言えダンジョンですから気を付けていきましょう」

「んー、でもキリカのナビがあるしなー」

「ピクシーのナビ能力も限度はある。過信されても困る」

 

 ストレアの慢心にも取れる発言に胸元から抗議の声が上がった。

 自分達は出自が特殊なだけあって裏技を使ってダンジョンマップを読み込んだり、先程キリカがしたような敵Mobの攻撃予測など、GM権限の一部で情報を閲覧可能出来るとは言え、例えばプレイヤー反応の検索はピクシーレベルなので《索敵》スキルを取っていないも同然の状態でしか無い。つまりハイディングしているMob、プレイヤー反応は分からない。

 マップがあるとは言え、ダンジョン内のエンカウントまで網羅出来る訳では無い。敵が強すぎればいくらナビがあっても当然負ける。

 他のプレイヤーより優位性が多いと言えど油断は禁物なのだ。

 

「そうですよ。姉として、キリカに不甲斐無い所は見せられません」

「む! 姉として、かぁ……よーし、ならお義姉ちゃん達の強いところを見せちゃおう!」

「……人の事は言えませんが、我が妹ながら単純ですね」

 

 わざとかそうでないのかは分からないが、もし前者だとすれば乗せやす過ぎて今後がちょっと不安になって来る。これで思慮深い所があるから大丈夫だとは思うが……

 

「別にわざわざ見せてもらわなくても十分見てるんだけど……」

「だとしても、もっともーっと見てもらわないと! 最近全然活躍出来てない気がするし!」

「まぁ……最近相手してきた強敵のトドメは大抵リー姉、ユウキさん、クラインさんですからねぇ……」

 

 ストレアは両手剣使いとは言え、ノームが秘める屈強な肉体を駆使したタンク役としての立ち回りを多く求められる。《ⅩⅢ》を持つシノン、魔槍を持つサチも、遊撃の役割に徹してトドメは譲るように動いているし、SAOに於ける階層LAを七十六層を除いて取得したキリトも消極的。種族的に攻撃特化のクラインやスタイルが攻撃特化のリーファ、ユウキがトドメを持って行くのは、ある意味必然と言えた。偶に打撃弱点でリズベット、刺突弱点でラン、アスナ、サチが持って行く程度か。

 別に役に立っていないわけではない。むしろ時にピクシーとして攻撃予測のナビを、時に一プレイヤーとして戦っていたから、皆と同じくらい貢献している方だと思う。

 ただ義弟に対して良いカッコが出来ていないだけ。

 それだけで義姉としては不満なのである。

 

「要は自己満足なだけですし、キリカも特別なにか見ようと思わなくていいですよ」

「いつも通り褒めてくれれば割と満足かな!」

「見せようとするのにいつも通りでいいのか……」

 

 胸元からやや困惑気味の声。見て欲しいと言っているのにいつも通りと、そう要求される事に理解が及びにくいらしい。

 

「その()()()()()が一番いいんですよ。何事も自然体が一番です」

「……それは……そうなの、か……?」

 

 何気なく発せられる称賛と労い。それらが私達にとって何よりのご褒美である事が分かっていないのだから、仕方ないのかもしれない。

 知られるのは恥ずかしいから詳しくは説明しなかった。

 

 *

 

 周囲の警戒を終えてから洞窟に入ると、自然に生まれた洞穴の中とは思えない人工的な石造物が姿を現す。中に入る者を(ふるい)に掛けるように扉はがっちりと閉まっていた。ご丁寧な事に大きな南京錠を掛けられている。

 ダンジョンの入り口の扉は、鍵が掛かっているものと掛かっていないものの二種類存在する。

 現在鍵の類は持っていない。南京錠が付いていてもグラフィックの使い回し――もとい見せかけの時もあるため、運が良ければそのまま開く事もままある。

 今回もその類で開きますようにと願いつつ扉に手を掛け……

 

「んー……開かないねぇ」

「……ですね」

 

 ぐっ、ぐっ、と力を入れて開けようとしてもびくともしなかった。左右は勿論、押し、引き、果てには上に上げる事も試したが、どれも効果が無い。

 キリカに確認すれば、やはり鍵が必要らしい。

 

「という事は此処に入るにはどこかで鍵を入手する必要がある訳ですか……」

「パッと見た感じでもヒントらしいものは無いねー」

「調べたところ、コレ、スキルの類で開くものじゃない」

「という事は対応タイプですか……」

 

 鍵と一口に言ってもやはりこちらも二種類ある。一つは《罠解除》スキルと併用する事で対応するランクの錠を開けられる《開錠の鍵》、もう一つはクエスト進行などで手に入るそれぞれの錠に対応した鍵だ。前者は宝箱やダンジョンの宝物庫に使用され、後者はボス部屋などで使用されている。

 そしてこの入り口の鍵は後者のタイプ。どうやら浮島草原、ないし空都ラインのどこか、あるいはクエスト報酬で調達しなければならないらしい。

 ――ハッキリ言って面倒な事この上ない。

 

「ちぇー、ここまで来たのに無駄足かー」

「対応の鍵を見つけなければ入れない事が分かっただけでも良しとしましょう」

「そうなんだけど、こう、やる気の落としどころがねー。消化不良気味だよ」

 

 唇を尖らせて不平を口にする妹。その気持ちは分からないでもなかった。

 

「――ん、誰かと思えばユイ姉達か」

 

 そこで、洞窟の入り口の方から聞き慣れた少年の声がした。目を向ければキリカのオリジナルであるキリトが居るではないか。ALO製の黒いシャツとズボン、そこそこの性能のロングコートを纏い、黒い片手剣を手にしている様は見慣れたそれだ。

 キリカのナビ、自分達の《索敵》スキルに反応が無かったという事は、デスペナを敢えて受けに入っている彼も《隠蔽》スキルをそれなりに上げているらしい。

 

「キーですか。珍しいですね、通信制とは言え平日の午前中にログインなんて今まで無かったのに。いったいどういう心境の変化ですか?」

「もしかして、口ではああ言っておきながらスヴァルトエリアの攻略に興味津々だったり?」

 

 姉妹揃って問えば、彼はなんてことはないとばかりに肩を竦めた。

 

「ログイン率の低い時間の方がダンジョン探索は捗る。攻略に興味は無いけど、何もエリア探索はしないと言ったつもりは無いよ」

 

 ……まぁ、嘘は言っていない。《三刃騎士団》への注意喚起を促しはしており、『エリア散策をしない』とは確かに一言も口にしていなかったという。

 

「対人戦を求めているあなたがエリア探索ですか?」

「装備の性能が戻るタイミングがネックなんだよ。エリアボス討伐時は全プレイヤー一括で解放されるけど、討伐までの最高解放段階はレイド参加者くらいだ。参加しないプレイヤーは、どうしても攻略に関わるダンジョン踏破という個人の進行度依存になる」

 

 そう言われ、納得する。

 装備の性能は一つのエリアを踏破する毎に解放される――それは実はかなり大雑把な表現で、厳密には彼が言ったように、エリアボス討伐に関わるダンジョンの踏破率で細かく解放されていく仕様になっている。エリアボス討伐時に全プレイヤーの装備性能ランクが一括で解放されるだけ。

 例えば浮島草原の場合、ボス討伐時の解放ランクは4まで。誰かがボスを討伐すれば一気に4まで解放されるが、討伐以前ではダンジョン踏破率によって1~3のランクが混ざり合っている状態になる。

 要するにダンジョンを多く踏破しない限り装備の性能で差が生じてしまう。ALOは種族熟練度よりも装備の性能で勝敗が左右されやすい側面を持つため、闘技場やPKなどで対人戦をするにあたり、やはり性能差を彼も重視している。古代級など突き詰めてはいないものの、そこそこの性能の装備を持っている事からそれは明らか。そして元の装備の性能が高い程、制限されている状態でも強力さはそのまま。そこそこの性能に留まっているからこそ、彼は己の制限を一つでも多く解放し、多くのプレイヤーとの戦いに備えようと言うのだろう。

 それが結果的に攻略している事になるとしても、彼自身はどうでも良い。攻略を目的に据えているか、性能解放を目的に据えているかの違いだけ。

 そう言いたいらしい。

 

「なるほどねー。でもそれなら本土の方に留まってても良いんじゃない?」

「ALOの強者に位置してる面子はほぼ確実にこっちに来てると思うけど。俺は強いプレイヤーと戦う目的もあってALOに来てるんだ、なのに本土に行ってたら本末転倒だよ」

「ふむふむ、つまり雑魚に興味は無いっ! っていう感じなんだ?」

「いや、雑魚って……プレイヤー相手にそこまで言うつもりは無いぞ……」

 

 あけすけな物言いにさしものあきれ顔になったキリトは、それから溜息を一度した後、それで、と話を変えて来た。

 

「二人とキリカは探索しないのか?」

「したいのは山々なんですが、鍵が……」

「……ああ、そういう事か……」

 

 鍵が掛かっていて開かない事を悟ったらしく、納得顔で頷いた。

 

「……ふむ」

 

 分厚い南京錠を眺めていた彼は意味深に頷いた後、ポケットから何かを取り出して扉に近付き、何かを鍵穴に突っ込んだ。そしてくるりと回転させる。

 すると、じゃこん、と重い音を立てて南京錠が左右に開いた。

 

「え……」

「……オリジナル、鍵、持ってたのか」

「目ぼしいクエストをクリアしてたら報酬に混じってた。転移門付近から虱潰しに確認していたんだが……」

 

 はぁ、と疲労を露わにする義弟。どうも酒場で受けられるクエストをクリアする事で此処を探索できるようになる仕組みだったらしい。

 疲労しているのはこの洞窟が転移門からそれなりに離れていて、結構な数を回ったからだろう。

 ともあれ酒場のクエスト、対応タイプの鍵という点からするに、多分このダンジョンはエリア攻略の足掛かりになる場所だ。それだけ難易度も相応のものになると考えて良い。序盤も序盤だからいきなり強力な敵が出て来るとは考え難いが……

 

「さて、俺はこのまま探索しようと思うけど、三人はどうするんだ? 一緒に来るならそれでも構わないが」

「おれはユイ姉達に任せる」

「行きます」

「行く!」

「わかった。じゃあ四人で行こうか」

 

 そう言ってパーティー申請を飛ばしてくる。

 ALOを彼がプレイし始めて一月ほど経つが、彼からの加入申請を見たのはこれが初めてとなる。昨日のアプデ直後のクエスト攻略でパーティーを組んでいたと聞いた時、自分も組みたいなと思っていたが、まさか早々に実現する事になろうとは思いもしなかった。

 SAOからずっと見て来た者としては視界端のパーティーメンバー一覧に《Kirito》の字があるだけで感無量である。

 感慨深く思いながらパーティーを組んだあと、自分とストレアを前衛、キリトを後衛に据えた陣形で探索を開始した。

 

「次の部屋、中に三体Mobがいる。反応はリザード・ソードマン」

「じゃあ一人一殺でいく?」

「了解です」

「わかった」

 

 探索を開始して最初の広間に差し掛かったところで、人目に付かないダンジョン内に入ったことで胸元から飛び出し、小妖精の姿で宙を飛ぶキリカに注意を促される。

 明確なリーダーは居ないが前衛に居る影響かストレアが提案し、流れるようにそれを受け容れた。今までならキリト、あるいはキリカがリーダーを務めていたが、ALOに来てから二人とも消極的なので誰かがせざるを得ないのである。疲れたんだろうな、と思って最近は問い掛ける事もしていない。

 

「ではキー、バフをお願いします」

「ん」

 

 戦闘開始のタイミングをキリカのお蔭で知れる私達は、他の人達と違い、入り口でバフを掛ける事が殆ど無い。効果時間を出来るだけ長く取りたい人にとってピクシーの索敵能力は垂涎ものかもしれないと思う要因である。

 ――ちなみに、彼が後衛なのは自分達より回復・支援系の魔法スキルの熟練度が高かったからである。

 種族専用の魔法もあるがそれの習得に際して大抵は一定条件を満たした上で該当する魔法スキルの熟練度を高めておく必要がある。スヴァルトルールにより一時的に熟練度を下げられている状態ではほぼ誰もが同じ戦力。そこで差を付けるのはALO本土でどれだけ種族熟練度やスキル値を鍛え、強力な装備を持っていたかに尽きる。そして前衛後衛の区別を付けるのは、種族に左右されるパラメータの他に、回復・支援魔法スキルを育てていたか。

 回復・支援系統の魔法は水妖精族ウンディーネが得意とし、クエスト報酬の限定魔法習得や該当スキルの成長が速いとされるが、なにも他種族が習得出来ない訳では無い。成長速度こそ一歩、二歩譲るが、習得自体は可能なのだ。

 そんな中で影妖精族スプリガンは回復魔法を不得意としている。幻影魔法、トレジャーハントを最も得意としているこの種族は、索敵、斥候タイプであり、MMORPGでいうところの《クラウドコントローラー》の役回りに該当する。最適な役回りでは無く、回復魔法関連のパッシブスキル習得もほぼ無い事からスプリガンで大人数を回復させる魔法を使う人はほぼいない。使っても効率が悪いから誰も育てないせいだ。極論自己回復さえ出来るようになればあとは放っておかれる。

 しかしキリトは種族熟練度こそ自爆デスペナの影響でニュービーと遜色ないが、スキル値に関しては闇魔法熟練度800で習得する自爆魔法を会得している事からもかなり高い。普段ソロプレイで攻撃、回復、支援の全てを一人で行っている事を考慮すれば、他のスキルも軒並み高い値で固まっていても不思議では無かった。

 つまりスヴァルトエリアでの熟練度上昇速度も相応に速い訳で。

 少なくとも現時点で最低三人に纏めてバフを掛けられる程度には支援魔法そのものの熟練度も高いようだった。

 視界左上の(HP)(MP)ゲージの横に攻撃力上昇、防御力上昇、移動速度上昇、HPリジェネ、MPリジェネ、MP消費量ダウン――その他諸々のバフが掛かっているのを見ながらそう思考する。アイコンの数だけ見れば優に十個ほどのバフを掛けられていた。幾つか現状不要そうなバフ――火焔耐性、氷結耐性など――もあったが、簡単なダンジョンでは余りがちなMPを熟練度上げに回した結果だろう。

 不測の事態に備え余計なバフ掛けは嫌う人もいるが、自分達は今更に思っているので何も言わなかった。

 ――そして広間に入る。

 キリカの言葉通り、剣と盾を装備したトカゲ亜人が散らばる形で広間にいた。

 

「先手必勝! そりゃッ!」

 

 身の丈大の両手剣《ドラグヴァンディル》を上段に構え、ストレアは()()()()()()()()()()斬り掛かる。

 彼女の声、スキル発動の音と光に反応し、亜人も動くが、一体は反応し切れずそのまま斬られた。

 しかしまだ倒れていない。やはりフィールドMobよりやや強い。

 

「――隙あり」

 

 ヘイトがストレアに向き、こちらから視線を切った亜人の一体を背中から斬り付ける。グゲッ、と叫びが上がるも無視し、初撃と交差するように左の剣で斬り付け、トカゲの背中に斜め十字の切り傷を作った。

 敵のHPゲージが残り六割まで減った。

 

『グガァッ!』

 

 そこで叫びと共にリザードマンが振り向き、右手に持っていた直剣を振るってきた。横薙ぎの攻撃を伏せる事で躱す。

 お返しに抜刀術のように構えた右の剣に橙色の光を灯し、()()()()で隙を突く。スキル補正の影響か今の一撃で四割削った。

 

「ふ……ッ!」

 

 残り二割。

 そう判断した時には、左の剣で斬り掛かっていた。ソードスキルを放った後、本来ならスキルのランクと強さに応じた硬直時間を僅かなりとも課されるが、私はそれを無視して行動しているのだ。

 《剣技連携(スキルコネクト)》――愛する義弟が名付け、SAO時代でボスに対し猛威を振るった絶技。終了から技後硬直を課されるまでのコンマ1秒以下のラグの間に他のスキルの構えを取り、発動させる事で硬直付与をキャンセルし、間断なくソードスキルを発動し続けるという、普通考え付いてもまず試そうとも思わない無茶理論の結集。

 SAO時代に於いて、《二刀流》を会得していないプレイヤーは片手武器を両手に装備すると《イレギュラー装備状態》と判定され、ソードスキルを放つどころか武器スキルの恩恵をも得られなくなるデメリットが付き物だった。それを承知の上で二刀を振るっていたのは彼くらいなもの。

 つまりシステム的に片手武器を交互に使った《剣技連携》は《二刀流》を習得していた彼だけのものだった。武器と体術のソードスキルであれば交互に出来たというが、ボス相手に《体術》は悪手に等しい。

 ――しかしこのALOのシステムに於いては、極めれば誰にでも《剣技連携》は使用可能だ。

 元々ALOにソードスキルは無かった。須郷伸之の悪逆非道な行いが露呈し、ALOを運営していた《レクト・プログレス》が解散した際、茅場晶彦名義で篠ノ之束が立ち上げたベンチャー企業《ユーミル》が運営権を買い取り、新生させた際、SAOのシステムをそのまま盛り込んだ影響でソードスキルが引き継がれた。

 SAOは極力魔法的要素を排し、強力な攻撃をソードスキルに絞っていたのに対し、ALOは魔法がそれにあたった。しかし、接近戦に於ける強力な技は無いせいで、どうしても遠距離攻撃が可能な魔法に圧倒されがち。空中戦闘(エアレイド)などとそれらしい名称を付けられているスタイルも以前のALOだと詠唱の時間稼ぎという扱い。戦いの趨勢を決するのは魔法、前衛は肉壁という、やや差別的な言い方すら罷り通る事もあった。

 ソードスキルはそれを抜本的に改革した。魔法が主役だったALOは今、前衛と後衛、そのどちらもが主役になり得るゲームへと生まれ変わった。

 デスゲームになってしまったが、しかしSAOに於けるソードスキルの評価は事件後も軒並み高かったという。それは分かりやすい必殺技である事、また見た目や音が派手であり、通常攻撃よりもダメージを見込める事など、実益と趣味の双方を兼ね備えていたから。ボス戦放映時も視覚的に楽しめるものとして、ALOでも受け入れは速かった。特に魔法属性耐性の高いボスを相手にした事がある古参組はソードスキル導入を強く支持していた。

 

 その経緯があって導入されたソードスキルだが、システムの根幹はALOであり、その仕様は変更されていない。

 

 ソードスキルが無かった時代のALOは、スキル発動の為に装備を合わせなければならない制約が無く、従ってイレギュラー装備状態なんてものも存在しないシステムだった。それは今も変更されていないのだ。

 ソードスキル導入にあたって《二刀流》や《神聖剣》など十数種類あったユニークスキルは削除され――とは言えALOに元からあった《弓術》にシノンのそれは統合されるなど例外はあったが――コモンスキルだけとなり、両手に武器を装備しても、イレギュラー装備状態の判定はALOのシステムにより無いし、従って左右交互に技を放つ《剣技連携》も問題なく放てる。

 そして、AIは人間のプレイヤーよりも遥かに反応速度に勝る。

 

 ――個人特有のものは『特性』と言う。

 

 かつて、敬愛する我が義姉が言った言葉だ。

 そして彼が築いたものは『技術』。理屈を知り、論理を理解し、それを実行出来るなら――

 

 同じ条件下なら、私が出来ない道理はない――!

 

「せ、ぁあッ!」

 

 青の光芒を引く右の剣が振るわれる。袈裟掛けに一つ斬閃を刻み、勢いそのままに背後に回った後、振り返りながら()()に斬り上げる。

 《片手剣》二連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》。

 現状自分が使える最高威力の剣技を喰らい、リザードマンの五体は四散した。

 

 ***

 

 

 随分変わったものだ。

 義姉――大人の姿になったユイの姿を見ながら、ふとそう思った。

 何の因果かおよそ人を構成する人格、記憶、精神などを複製され、AIとして自我を得た自分は、新たな仮想世界に於いては《ナビゲーションピクシー》という人が経験し得ないモノになっている。俺と彼女の今の状態は、およそSAOとは逆になっていた。

 一人の人間(プレイヤー)として活動していた頃に懐かしさすら覚える。

 

 ――……いや、ちがうか。

 

 ふ、と嘆息。

 正確に言うなら()()()()()()()()()だろう。アルベリヒを(リー)(ファ)と誤認していた頃の初期は己を人間と思い込んでいた、あの頃だ。

 オリジナルと対面し己が偽物である事を察した時から、あらゆる事象での受け取り方が変わった。唯一無二の人間(オリムライチカ)ではなく、電子プログラムの知能(スレイブ)と認めたあの瞬間から、生き方を変えざるを得なかった。

 生き方が変わったから受け取り方も変わった。

 しかし、ホロウのように己を優先していたら、自分は此処には居なかった。

 自分とは異なる選択を敢えて選び、オリジナルと相対した果てに散ったもう一人のAI。彼は自身が偽物である事を理解し、受け容れながらも、偽物として生きる事を拒絶した。

 それはつまり、オリムライチカとしてのアイデンティティを損なわず、保ち続けていた事を意味している。

 自分にはそれが出来なかった。出来なかったから、一度は自我が崩壊した。命令と自己の狭間で揺れ動き、どちらも取れず崩壊し、また人形にさせられた。最終的に心から誓った過去で振り切ったが、自分の本質は《人形》だ。どう取り繕ったところで人工知能は究極的には人形(プログラム)に過ぎない。トップダウン型の義姉のように多くの経験を積んだ知能を持っていても、自分のように人間を基にした知能構造を有していても、本質的には変わらない。

 ――今だってそう。

 自己主張せず、流れに身を任せて今を過ごしている。みんなと過ごす時間を心地いいとは思う。でも、楽しいとは思えなかった。ただ一人で居るよりは空しくないから一緒に居るだけ。

 SAOで戦っていたのは皆を生還させる為でもあるし、家族を安心させる為でもあり、贖罪でもあった。しかし恐ろしいデスゲームは既に終わりを迎え、それらは達成されている。かつてのようにただ必死に戦う必要が無くなった。自己を今一度見返し、先を考える余裕が生まれた。

 

 でも、何をすればいいのか。

 

 仮想世界は現実では無い。どれほどリアルに似せようと、この世界は全てプログラムによって形作られた模造に過ぎず、ここでの事象が現実に直接影響を及ぼす事などほとんど無い。あるのは人の経験、思想、感情、世論といった間接的なもの。(うた)(かた)の夢だ。

 つまり《オリムライチカ》の生き方を遂行できない。

 どれだけ求めても、もう得られず、歩めない、自分がAIに変えられた時から外れてしまった生き方。現実に肉体を持たず、オリジナルが存在している以上、おれはもう二度と《オリムライチカ》としては生きられない。今後永遠に偽物として生きるしかない。

 一度はそれを受け容れた。偽物として生きる事になっても、みんなの為になるならと受け容れられた。

 

 ――嗚呼、でもおれは、本当の意味では理解出来ていなかった。

 

 ()()()()()()()()から痛感した。日頃の何でもない生活をみんなが話す度に胸中に去来する感情。それが寂しさであり、空しさであり――本来経験する筈だったそれを受けていない現状への苦しさであると気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 デスゲームに居た頃は、クリアに必死になれたから目を背けていられた。だから必死になれるものが無くなって慢性的な苦痛を覚えている。

 妖精として誰かの頭や肩に乗ってサポートに徹する事も、本当は――

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 取り敢えずユイ姉(設定的に大きめ)の胸元に劇場版ユイの如く収まってるキリカは嫉妬されても文句は言えない。

 尚、本人の精神状態はかなり悪い模様() 目の前にオリジナルが居る上にアイデンティティと言える人生全ておじゃんになったからね、仕方ないネ(外道と言われても残当な作者)

 割かし戦闘回。主にユイ姉の性能と、SAOとALOのシステム面の比較。

 ALOに於けるユイ姉は、SAOキリトみたく《剣技連携》使える、《ⅩⅢ》の武器召喚仕えると、現状単騎最強格。しかも義姉の言葉でキリトの技術は全部理論上は自分も使える精神なので諦めが悪く、成長に貪欲という状態。

 ――これを真っ向から破れる状態にキリトを持って行く描写をしないといけないとか、自分で自分の首が締まる……ッ!

 しかしそれが愉しい(手遅れ並感)

 どっちかと言うとこの状態のユイ姉や、実力で上を行く設定のリー姉を超える状態の『世界最強』を描写しないといけない方がより首が締まってる気がしなくも無い()

 ALOのシステム面は大体原作&原典ゲーム準拠です。

 ソードスキルのMP消費は《ロスト・ソング》と《千年の黄昏》で違いますが、本作は後者(使用しない)を採用しています。

 《魔法》が古ノルド語なのは原作だと明言されてませんが、調べると本当だと分かる事。詠唱の古ノルド語を翻訳したサイトもあるので興味があれば見てみて下さいね。

 尚、難しいので私は古ノルド語詠唱は出しません(諦観)

 次に《剣技連携(スキルコネクト)》について。

 ALOだとイレギュラー装備状態にならないのは原作八巻《キャリバー編》で明かされているお話。ALOに元々ソードスキルが無かった頃のシステムのままスキルが実装されたので、極論両手に武器を持ってもスキルは使える。片手に杖を持って剣と魔法どっちも行けるスタイルを両立させようとしたからかな、ゲームだと細剣+盾、細剣+杖とか可能なので(深読み)

 ピクシーのナビ、索敵能力より、プレイヤーの《索敵》の方が上という描写も、実は原作とゲームどっちもにあります。前者はヨツンヘイムに行くきっかけになった擬態Mob、後者はレインのハイディングに気付かなかった事です。

 ――原典と矛盾なく、ストーリーやキャラ描写も違和感なく出来るよう鋭意努力中です。

 これがダメ、これはこうでは、というのはドシドシご意見下さい。嬉しいです。

 今後も本作をよろしくお願い致します。

 では!

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