インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 就職してから疲れる日々、執筆意欲はあっても体力的に……という日々が続いております。休みは定期的にあるんですがね、こう、ダルさのせいでね()

 そんな訳でややグダってる気がしなくもない今話の文字数は約一万。

 視点は???、ヴァベル、キリトです。

 ではどうぞ。




第七章 ~権謀術数(経験の差)

第七章

 

 

「はぁっ、はぁっ――」

 

 口から洩れる荒い吐息。

 後ろから聞こえて来る声から逃げる為に走るせいで仮想の肉体が呼吸を再現していた。仮想世界で基本的に不要とされる呼吸を行うのはアバターを動かす者が焦燥を抱いている証左。

 後ろから聞こえる声の主は、己の信奉者。

 捕まったところで別に変な事をされる訳では無い。むしろ、世間一般的に見ても互いにWin-Winな事をするから、逃げる必要も本来ないのだが――

 

「もうっ! 今日一日くらい自由にしてくれたっていいじゃないの!」

 

 ファンの要望に応えるのも【歌姫】セブン(アイドル)の責務と分かっていても、自由な時間くらい欲しいのが本音である。

 多忙を極める日々を送る身からすれば一分一秒が惜しい。研究内容的に合致しているから仮想世界へのログイン率が高いのであって、本来であればゲームをプレイする事すら許されない。

 ハッキリ言って、研究の為と言っても外部からの心象は良くない。パクられる事を警戒して研究のテーマ、詳細な手段、内容を公開していないからであり、そうなるのも予期していたので落胆はまったくないが、だからと言って研究一筋になれるかと言われれば、それは違う。天才科学者――そう言われていても、実際は他と変わらない人間だ。娯楽がなければストレスで押し潰されてしまう。息の詰まる日々を送っているからこそ自由に過ごせる時間は貴重だ。

 特に、仕事関係を抜きに心からALOに魅了された一プレイヤーとして、複数のエリアだけでなく新たにアイテム、スキル、システムなどが追加される大規模アップデートには非常に興味があった。

 神々が住まう伝説の浮島大陸(スヴァルト・アールヴヘイム)の観光を今日一日――と言っても日本時間で日を跨いでしまっているが――しようと思っていた矢先に、ファンに囲まれてしまい、計画は頓挫。無下にする訳にもいかず応じる事になった。

 そのままやり過ごせられれば良かったのだが――オタク文化に満ち溢れた日本のファンは、こちらの想定を大いに上回る。既出の曲で良いからミニライブを開催してくれと言って来たのだ。加えて《三刃騎士団》もグルになって設備の準備を密かに進め、ミニライブ開催を言外に求めて来る始末。

 それらを前に、自分が取った行動は『逃げ』だった。

 本来、多くのファンに恵まれている身である以上、彼らの要望に応える事こそが『真のアイドル』というものだろう。目的達成のためとは言え曲がりなりにもアイドルをしているのだ、そこは自分も理解している。

 だが――紛い物に近いとは言え、アイドルとして振る舞う立場に矜持が無い訳では無い。

 応援され、応えるようにライブをするのも良い。けれど何の前準備も練習も無くぶっつけ本番でライブをするというのは恐ろしいものだ。急場凌ぎに近いそれでは間違いなくアクシデントが発生するだろう。

 そして、まず間違いなくファンが求める《最高》ではない。

 前準備、練習、リハーサル――それら全てをこなした上で行われる《ライブ(本番)》こそが、彼らと自分双方が満足できる《最高》だと思う。

 『今夜は自由に観光したい』と思う私情と『アイドル』としての矜持が私に『逃げ』の一手を打たせたのだ。

 まぁ、誰にも言っていないから、彼らからすれば裏切られたか、ただ普通に逃げられたように見えただろう。

 

『セブンちゃーん! 何処に行ったんだー?!』

『出て来て歌声を聴かせてー!』

「悪い人達じゃないのは、分かるんだけど……」

 

 遠くから響いて来る声に何とも言えない苦笑を浮かべる。言って聞いてくれるなら普通に主張したけれど、クラスタを自称し始めた彼らを前に論理が通用するとは思えない。

 本気で嫌がれば引いてくれるとは思うが……

 

「ま、簡単に捕まらない妖精くらいのスタンスが、アイドルは一番よね♪」

 

 アイドルとは高嶺の花だ。容易に手が届かない星だからこそ、人を魅了し、惹き付ける。簡単にホイホイと人の前に現れて、求めるものを与えているようでは何れその魅力を喪う。

 私生活を知られたアイドルが一気に人気を喪う事があるのは、アイドル(偶像)への理想が喪われるせい。

 理想(偶像)理想(偶像)のままにしておく事がアイドルとして長く生きるコツである。その点、天才科学者として名の知れている自分は、人々が求めるリアルの面を既に開示している訳で、人気の下がり様が無い。

 気を付けるべきは己の振る舞いただ一つ。そこにだけ注意しておけば、ちょっとしたやんちゃで人気が無くなりはしない。子供の年齢も相俟ってお茶目くらいで済ませてくれるだろう。

 

『ウオー! セブンちゃーん!』

「――しつこいわねぇ。新大陸の初ライブを見たいからって、みんな羽目を外し過ぎよ」

 

 厄介なのは普段クラスタ(ファン)を抑えてくれる側の《三刃騎士団》までもが自身を追い回している事だ。矢鱈とレベルやスキル値が高い彼らの索敵から逃れるなんて、ほぼ戦闘エリアに出ないでアイドル業に専念している自分には無理な話で、見つかるのも時間の問題。

 彼らが寝なければならない時間ギリギリまで逃げて、ライブを諦めてもらうしかないだろう。

 やや諦観気味に方針を決めつつ走り――

 

「きゃっ?」

「く……っ」

 

 どんっ、と誰かにぶつかって足が止まる。衝撃で後ろによろめくも、ぶつかった相手が手を引っ張り、腰を支えてくれたお蔭でこけずに済んだ。

 

「……大丈夫か」

 

 支えてくれた(ぶつかった)相手はスプリガンだった。声質が酷く中性的なせいで性別は分からない。

 上下黒のコートとズボンに身を包み、背中に黒い片手剣を吊っている軽装の子供。驚くべき事に、リアルの容姿を反映した影響で極めて小柄な――それこそ、ランダム生成ではまず出来上がらないレベルの――アバターである自分より、もう一回り小さな背丈をしていた。

 自分の方が大きいのによろめいたのは、相手の方がステータスが高いのか、武道でも習って体幹がしっかりしているのか。

 まさか当たり屋、なんて事は無いと思う。そう思いたい。

 

「あのー……?」

「はっ?! えっと、ぶつかってごめんね、慌ててたせいで前を見てなかったわ」

「そう」

 

 訝しげに見られた事に気付き、慌てて謝罪する。ずっと黙っていた事をどう解釈したかは分からないが、こっちが反応してから、スプリガンの子供は手を離した。

 

「あんた【歌姫】だよな。護衛も無しに、なんで裏路地を慌てて走ってたんだ」

「その護衛からも逃げてるからよ」

「……」

 

 素直に答えると、子供はどこか呆れたような眼を向けて来た。

 

『――こっちは俺が調べる、お前たちは向こうを調べろ』

『はい、スメラギさん!』

 

 そうこうしている内に、そう遠くないところから《三刃騎士団》の副リーダーの声が聞こえて来た。一番の側近であるスメラギだ。

 

「げっ、もうこっちまで来てるの?!」

 

 長い付き合いになるから自分がどこをどう逃げるのか大体把握している彼の勘は一際鋭い。遠からず見つかって捕まる未来が幻視出来る。

 

「うー……っ! ね、ねぇっ、あなた、私を匿ってくれない?!」

「は?」

 

 ――しかし、それはあくまで、自分一人の行動に限られる。

 少なくとも誰かを頼って難を逃れた事は無い。騙せる可能性は低いが、一縷の望みとして掛けてみて損は無いだろう。

 そう思って頼み込めば子供は唖然とする。唖然、という割にはほんの僅かに目を瞠った程度だが。

 しかしそれも今は些末事。早急に隠れなければならない自分は、T字路の角にあった樽へと駆け寄る。

 

「私はこの樽に隠れるから、あなたは適当にこっちに来た人を別のとこに誘導して! いい? ぜったいに私の事を喋っちゃダメだからね!」

 

 小声で叫ぶという自分でも器用な事をした後、ぴょんと飛んで樽の中に納まる。

 高さ一メートル三十センチという些か用途が不明な大樽に一息で跳んで入れるのも仮想世界ならではだな、となんとはなしに考え――

 

『おい、そこの貴様』

 

 ――スメラギ(保護者)が来た。

 樽の外側では百八十センチ程もある背丈の青年と百三十センチ以下の子供が相対しているのだろう。スメラギは威圧感があるので傍から見ていじめているように見えるだろうが、あれで彼は素であり悪気はない。

 

『貴様、銀髪の少女を見なかったか。ここを通った筈なんだが』

 

 ……長い付き合いである自分でも、少々口が悪いのではないかと思わなくもない。見た目は仮想世界でどうとでもなるからともかく、流石に初対面の相手に『貴様』と呼びかけるのはどうかと思う。

 

『歌姫ならあっちの道に走っていくのを見た』

『そうか』

 

 ――よかった、あの子、お願いを聞いてくれたみたいね。

 自分を見た時の反応的にファンの子ではなく、アンチか、それともやっかみを向けている人かもしれないと思っていた。だからさっきのお願いも素知らぬ顔で破るかもと危惧していたのだが、嬉しい事にしっかり言う事を聞いてくれたようだ。

 あとは樽の中に息を潜め、高身長のスメラギが通っても気付かないようにしておけばいい。

 

『――ところで貴様、どこかで見た顔だな』

 

 ――いや、立ち去らないの?!

 内心で愕然とする。無駄を嫌う傾向にある彼には珍しい行動で、流石に想定外だったあたしは危うく息を漏らしそうになった。

 同時に、彼が引っ掛かりを覚えた子供に興味を覚える。無駄を嫌う以上、必然的に強者の顔と名前ばかり憶え、それ以外を記憶しない彼が引っ掛かりを覚えたのだ、あの子供も相応の強さを持っている事になる。

 

『名前は何という?』

『キリト』

 

 端的に、淡々とした声で聞こえた名前に、驚愕する。

 キリト。世間では出来損ないと言われ、今は桐ヶ谷和人と名を改めている少年。最終的に抑えられたものの多くの死者が出たデスゲームのラスボスを独りで倒し、囚われた九千人余りのプレイヤーを生還させた比喩抜きの英雄。現代に生きる著名人の中で突出した経歴を持つ人物。

 あの子供がそうだったのか、とさっき見た少年の顔を想起する。

 言われてみれば身体的特徴、装備など、SAOのボス戦放映で見た【黒の剣士】と瓜二つ。さっき気付けなかったのはそれだけ焦っていた証左だろう。不覚である。

 

『キリト……そうか、貴様があの【解放の英雄】か』

 

 【解放の英雄】。

 文字通り、デスゲームから人々を解放した者を意味しており、開幕一分で自身以外全滅させたイレギュラーなラスボスを単独撃破して見せた事から名付けられた。

 その呼び名にはイレギュラーボスの異常さに畏怖と恐怖を抱き、アレを初見で打倒した少年への畏敬の念も込められていると聞く。

 

『……何か』

 

 それを知らないのか、それともスメラギの言動にか、彼は些か不服げな声を返した。

 

『いや……ではな』

 

 二人の会話は、それで終着となった。

 土を踏む靴音が十分遠ざかったのを見計らい、樽から顔を出す。周囲の道を見るが高身長のウンディーネの姿は無い。上手く撒けたようだ。

 

「……これで良かったのか」

「ええ、バッチシよ! ありがと!」

 

 お礼を言った後、樽から出て、背を預ける。ほんのちょっとの間だったのに張っていた気が緩んでいくのを感じる。

 

「……逃げなくて良いのか。あの様子だと見つけるまで同じとこをもう一度探す気がするけど」

「まーねー、スメラギ君ったらそのへん結構偏屈だし、生真面目だからすると思うわ。でも今は一息入れたい気分なの」

 

 一度は難を逃れたとは言え、またここに戻って来る可能性もある訳だから長居する訳にはいかない。それでも少しの時間稼ぎくらいは出来たからゆっくりしたかった。

 

「それにちょっとお話したくなっちゃった。だから、これからお茶でもどうかしら、【解放の英雄】さん?」

 

 黒尽くめの少年(【解放の英雄】)に向かってにしっ、と笑った。

 

 *

 

「へぇ、路地の奥にこういうトコがあったのねー」

 

 お茶に誘った後、特に断りはしなかった彼は一軒の家に案内してくれた。プレイヤーホームではなく、喫茶店でも、宿屋でもないそれは、宿屋に部屋を借りるよりも安上がりで済むNPCの民家。多少金を取られるし、契約から二十四時間で強制チェックアウトされる形式なせいでアイテムボックスの類も無いが、仮のログアウト場として利用するなら打って付けだ。

 こういうのがあると聞き知ってはいたが、実際この目で見るのは初めてなので、かなり新鮮に映る。ギルドハウスや宿屋とも違う素朴な造りだからか。

 

「……それで、どんな話をしたいんだ」

 

 備え付けのテーブルに、これまた備え付けのティーセットを置き、淹れたばかりのお茶を注いでくれる少年が話を促してきた。

 

「まぁまぁ、ゆっくりしましょうよ。せっかちは女の子に嫌われちゃうわよ。それにこのあと特に予定が無いからキリト君はお誘いを受けてくれたんでしょ?」

「……ああ」

「だったら尚更ゆっくりするべきだと思うわ。時間は有限、でも今この時この一瞬は今だけのもの、時間に追われる日々が一番ナンセンス。今は私とあなたのこの()()をゆったりと過ごす事が有意義な時間の使い方だと思うわ」

「一分一秒が惜しい筈の天才科学者とは思えない発言だな」

 

 苦笑しつつ、しかし笑っていない眼で見て来る少年。

 相当警戒心が強いらしいと思考しながら、肩を竦める。

 

「確かに時間が惜しい事は認めるわ。やりたい事、やるべき事、これからの事を考えたら時間なんて無いに等しいし……でも、人間はロボットじゃない。ずっとは働いてられないのよ。それは体だけじゃなくて心も同じ。だから人は娯楽を、潤いを求める――――つまり、今この時間は、あたしにとって潤いを得る時間なの」

 

 そう締め括ると、彼はふ、と片頬を釣り上げた。

 

「なるほど、意訳するとオフの間くらい自由にしたいと」

「そうそう、その通り……って、あれ? 私、今はオフの時間って言ったっけ?」

「アイドル活動でログインする時は事前に告知してたのに今日はそれが無かったから、来たとしてもオフと考えてた」

 

 確かに、アイドル活動を万全なものにするべく、ライブやログインでのファンサービス時間もしっかり告知していた。それらを把握した上でALOにログインしている人なら今日は事前告知が無かったからオフと考える人がいてもおかしくないが、直前にあった大型アップデートの関係で告知無しのサプライズと考える方が圧倒的な筈。

 自分は時間や定例破りをあまりしたくない方なので、予定外の事は控える傾向にある。それを知っている人なら見抜けただろう。しかしそこまで把握するとなれば、相当入念に調べるファンくらいなもの……

 

「ふーん……そこまで把握出来てるキリト君って、もしかして私のすっごいファンだったりする?」

「アイドル活動の度にMMOトゥモローで大々的に取り上げられてたら、情報集めの最中に嫌でも目に入る。それを何度も繰り返してたから傾向を掴めた」

「嫌でもって……キリト君、私のこと嫌いなの?」

「会って幾許もない相手に好き嫌いは決められない――――が、興味はある」

「興味?」

 

 ――正直、そう言われたのは初めてだった。

 今まで近くにいた人達は、みんな自分の才能、頭脳、功績を評価してやって来た。それもある意味興味ではあるのだろうが、彼のとはまた違うと思う。

 そもそもこうもあけすけに『興味がある』と言われた事が初めてだから、比較は出来ないかもしれない。

 

「ふぅん、セブンちゃんに興味があるんだ。どんな事? スリーサイズ? 私生活? 好きな食べ物? それとも、好みの異性?」

 

 

 

「七色・アルシャービン博士が多忙な研究生活をしながら何故ALOでアイドル業を行っているかだ」

 

 

 

「――へぇ」

 

 にやりと口角がつり上がる。

 天才科学者として名を馳せた自分はALOにてアイドルとして有名になった。それを当初は疑問視されていたが、アイドルとしての人気が爆発してからはそれも無くなり、今となっては科学者という立場の方がおまけ扱いされる事もある。

 きっと一般人は予想していないだろう。『科学者(七色)』と『アイドル(セブン)』は一つの目的の為に動いており、アイドル業はあくまでその手段でしかないのだと。

 アイドル(セブン)として在っても、私の本質は科学者(七色)であり、全ては研究の為である事を、彼らは予想していない。

 

「さっきの会話で確信したよ。時間を有意義に使う事を重要視している以上、あんたのアイドル業は、研究者としての仕事とも関係している。アイドルなんて疲れる事、潤いを求めるにしては随分と釣り合わないからな」

 

 ――だが、そこに来てこの少年は、勘付いた。

 

「同時に、あんた、俺にも何かしら研究に於ける利用価値を見出してるだろ。そうでなければ俺を誘う必要はない。立ち話はしても、仮想世界とは言え密室に入る事を良しとはしない筈だ」

 

 ほんの僅かな違和感。大衆はアイドルという隠れ蓑によって惑わされたが、この少年は惑わされず、ただ核心を見定めていたようだ。

 なるほど、だから警戒心が強かったのか。そう察する。何を考えているのか、何の為に動いているのか不明な相手に対し、警戒心を抱くのは極めて普通の反応。ただ違和感を抱ける感性と思考回路が並外れている事を除けば、だが。

 

「――凄いわ、キリト君! ()()()()あなたは他の人とは一味も二味も違った!」

 

 パチパチ。拍手の音が空しく響く。

 相対する少年は自分で淹れたお茶のカップに手を付けず、当初よりも険しさの増した剣呑な目つきでこちらを見据えて来る。その鋭い視線と警戒心が普段ないもので驚嘆と感心を大きなものにする。

 端的に言って、私は興奮を覚えていた。

 

「……やっぱり?」

「そう、やっぱり! SAOの放映初期から思っていたけどあなたは他の人と全然違う! 何も知らない外部の人でそこまで気付けたのはあなただけよ!」

 

 大きく身を乗り出し捲し立てる。こちらの剣幕に気圧され気味なのか彼に上体を引かれたが、そんな些細な事は気にせず、私は彼の手を取った。

 

「ねぇ、キリト君! ――私と、このスヴァルトエリアを攻略しましょう!」

 

 興奮のまま、勢いに任せて勧誘する。スメラギをはじめ多くの人が反対するかもしれないし、計画に支障を来す可能性もあるが、何気に【解放の英雄】として徐々に人気を得ている少年だ。自分と行動していればそれもより一層激しくなるに違いない。

 

 

 

「断る」

 

 

 

 ――その思考を、彼の拒否が寸断した。

 

「え……なん、で?」

 

 イレギュラーボスを倒し、【解放の英雄】と呼ばれる彼は、一度を除いてSAOのフロアボス全てとの戦いに参加し、勝利を掴んでいるという。それだけ最前線攻略にのめり込んでいたのだからすぐに乗ってくれるものと思っていた。

 その予想を外して来たから、思考が止まる。

 よって素朴な疑問が口からついて出た。

 

「第一に、まず俺は最前線攻略に興味が無い。知り合いはするらしいが俺は辞退した」

「え、ええっ?!」

 

 スヴァルトルールによってステータスや装備が疑似的に初期化されているとは言え、攻略を進めていけば装備の性能は戻るし、熟練度の上がり方だって早いのだ。そこに技術面でも最強の彼なら他のプレイヤーよりいち早く強くなれると確信している。

 なのに辞退するなんて意味が分からない。

 

「なんで?! キリト君、物凄く強いんだから大抵の敵なんて楽勝でしょ?!」

 

 詰問するように問うと、彼は顔を反らし、部屋の窓から外を眺めた。

 

「――この世界がデスゲームでない事はわかってる。ただ、それでも……疑似的であっても、仲間が目の前で死ぬのを見るのは、もうイヤなんだ……」

「ぁ……」

 

 絞り出すように、辛そうに吐き出された言葉に、何も言えなくなる。

 最終的に助かったとは言え、それは偏に()()()()()()()()()()()()。加えてラスボスを倒してクリアしたところで、全損者も生還出来るかは不明だった。

 そんな中、ラストバトルで自身以外の仲間全てを喪ったのだ。流石にその光景はトラウマにもなる。

 仮令疑似的な死であるALOであろうと――いや、疑似的でも()()からこそ、彼のトラウマはその度に抉られる。

 ALOに居るのは、あくまで現実では逢えない家族や仲間に会う為で、この世界を遊ぶためでは無いという事か。

 

「第二に、もう攻略みたいに時間に追われるのは勘弁だ。二年以上命懸けで頑張ったんだ。暫くはゆっくり過ごしたい」

「……そう」

 

 その言葉も本心だろう。

 ネットで散見される【鼠】という人物の情報によれば、【黒の剣士】ことキリトは週六日の最前線攻略、残り一日はボス戦と、完全に休日などない攻略日程を長らく続けていたという。極まれに休む日もあったが、その半分は意識不明で倒れた状態、もう半分が裏で事件解決に奔走という、およそ休日とは言えない有り様。

 

「第三に、俺はまだ死にたくない」

「……どういう意味?」

「あんたは自分の立場をもっと理解した方がいい。俺とあんたとじゃ、釣り合わないだろ。《三刃騎士団》に入りたがってるプレイヤーは山ほど居るのに、【歌姫】直々に誘われたとなれば、俺へのヘイトが酷い事になる。あのクラスタの中に政府高官が居たらと考えるだけでぞっとするよ」

「……私が何を言っても、キリト君の立場は悪くなるって事?」

「むしろ庇う発言が【歌姫】から出る度に尚更ヘイトを溜めると思う」

「……そうかもしれないわね」

 

 彼の指摘を思考し、納得する。立場や環境が違うけど自分に置き換えて考えると何となく分かった気がした。これはどうやっても彼の説得は無理だと諦めも付く。

 

「なら仕方ないわね。でも、フレンドくらいにはならない? あなたを拘束はしないと約束するわ」

「まぁ、それくらいなら……」

 

 渋々、といった風にウィンドウを操作し、送ったフレンド登録申請が受理される。

 

「……愚痴ならいつでも受け付けるよ」

「あら、それは嬉しいわね。じゃあお願いしちゃおうかな」

 

 にし、と笑って彼を見る。

 

 キリト君は、感情を読み取れない笑みを湛え、私を見詰めていた――

 

 ***

 

 ばいばい、と手を振る少女が光に消えたのを確認して、闇から出る。

 

「――少々意外でした。まさか、監視対象(彼女)との歓談を許容するとは」

 

 闇のゲートから出て、開口一番に疑問を口にする。彼に対して迂遠な問いかけは無駄だと分かってからは常にこうしていた。

 椅子に座ったままの彼は、冷え切った紅茶のカップを手に少女が消えた場所を見詰めている。

 

「意外だったか」

「ええ。あなたなら良くて監視、最悪警告して距離を置くと予想していました。何を目的に歓談を?」

「……」

 

 最初は接触を控え、監視に重点を置くと言っていた。だから路地で【歌姫】が接近した事を急いで伝えたのだが……あろうことか、彼は偶然を装って接触し、フレンドになるまで事を運んでしまった。当初とは違う行動にこちらは困惑するばかり。

 そんなこちらの問いに、彼はすぐには応じず、冷たい紅茶を口に含んだ。

 遠くから通りの喧騒が聞こえて来る。

 

「――確信を、得たかった」

 

 何分か経って、本当にゆっくりと紅茶を飲んでいた彼は、カップが空になったのを契機にそう言った。

 

「確信……それは、得られましたか」

「大半は。あの興奮ぶりから見るに、俺に利用価値を見出していたのは嘘じゃないし、研究者とアイドルの双方が研究に関わっている見方も間違っていない。あとは研究へのアプローチなんだが……」

 

 そこで止めて、()を見て来た。じっと黒い水晶が見詰めて来る。

 

「……あの、じっと見られると、恥ずかしいのですが」

 

 衣装を一新したとかであればともかく、特に変化が無いのに見つめられると流石に困る。装いはSAOの頃から変わっていないのだ。今更特筆して見るべきものは無い。

 

「ん、ごめん。でもアプローチも、研究テーマも分かったかもしれない」

「え……それは、本当ですかっ」

「あくまで『かもしれない』だよ。まったく同じ発想と理論なんてまずあり得ないから」

 

 やや食い気味に問うと、苦笑されてしまい、私は少し顔が熱くなった。

 

 ***

 

「――ひとまずクライアント()には報告しておくか……」

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 最早主人公の台詞が一行だけという有様……何れどこぞの凄腕スナイパーの如く一話登場してるのに無言とか、『俺の背後に(ry』とか言う日が来るかもしれませんね()

 以前プロットをゲームPVを変えるみたいな発言をしましたが、結局こうなった。尚、変更部分は後半の『腹の探り合い(茶会)』追加、そしてセブンとの最初期でのフレンド登録。

 ――正直な話、ゲームでも『キリト&セブン(きみら)フレンド登録して待ち合わせでもしたら?』と思うイベントが多いんですよね!

 本作でもする予定なので、これはもう二人っきりになる為にはここでフレンドにさせとかないと! と。

 スメラギ(ロリコン)さんが後で知ったら激怒ものですよクォレハ……(愉悦)

 ちなみに本作キリトがセブンとぶつかったのはヴァベル視点であるように意図的。確信を得る為に話す機会を設けようとする目的としても、セブンは見事に掌でコロコロされていたという……この場合はキリトがおかしいので、セブンはあまり悪くないです。

 監視対象を刺激しないよう近付き、親しくなる事でよりディープ(意味違)な情報を得られるという、スパイも真っ青な任務遂行方法。関係なさそうな会話からもしっかり核心を突いて来るので【鼠】と話す時以上の注意が必要という難易度の高さ。



 ちなみにセブンやスメラギとの会話中。キリトは全部受け身だったりする。問われたから返すだけ。自分の情報は徹底的に開示しないスタイル(しても一般的に考えて分かる程度だけ)



 原作も本作もキリトを敵に回したらアカンというヤツですな!

 次に本作で登場から二話目にして視点になるという優遇ぶりの【歌姫】。原典ゲームでちょくちょく見られる小悪魔のようでいて純粋さ溢れる口調を出せていたら嬉しいなぁ!

 尚、彼女視点でキリトの素振り、思考推察が少ないのは、わざとです(爆)

 本作に於いて会話相手の思考トレースが露骨に少ないのには大抵意味がある。今話の場合は『キリトが相手(セブン)に思考を読まれないようにしている』というもの。そのせいでセブンはキリトの決断を『一般論を基に』導き出しています。

 次にスメラギさん。

 彼は初めてゲームで見た時から『初対面で貴様よび……?』と思っていました。ユージーンみたく敵対関係ならいざ知らず、人探しでものを尋ねる相手にそれは現代日本人としてどうよ、と。

 この男こそ正にイk(ry

 最後にヴァベルさん。

 闇ノ中(ハイエスト・レベル)カラズットズットイツマデモドコマデモドコカラデモ見守ッテル頼リニナルオ義姉チャンダヨ。イザトイウ時ニ切ラレル最大戦力デス。

 尚、諸々の理由でキリトは出すつもりが全くない模様。ヴァベルとユイ姉達の再会の日は遠い()

 今話はちょっと狂化が足りなかったかな?(中毒者)

 では、次話にてお会いしましょう。




 ――私と、このスヴァルトエリアを攻略しましょう!
 原文:ボクと、スヴァルトエリアを攻略して欲しいんだ!(LSユウキ)

ユウキ:原典のボクが受け入れられたのにセブンは素気無く断られた原因としては、圧倒的なヒロイン力の差に違いないよね!(ぶいっ)


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