インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 やー、活動報告に挙げたようにPCがご機嫌ナナメ(白目)ってたんですが、奇跡的に復活してくれました! その代わり執筆ようにカスタマイズィングしてたWordの設定がおじゃんです() ちくせぅ。

 ……何はともあれ最新話!

 サブタイトルからして不穏なのは気にしなーい気にしなーい(微笑)

 視点はヴァベル、サチ、スレイブ、クライン。申し訳ないが外部はもうちょっと待って下さい(土下座)

 文字数は約一万八千。

 ではどうぞ。




第百三十六章 ~重なる約束(のろい)

 

 

 微かな息遣いが聴こえる。

 微睡みの中を揺蕩う子のものだ。疲れ切ったその身を癒すべく備え付けの寝具に身を横たえ、今は穏やかな眠りの中にある。せめてと眠る前に掛けた魔法(徐波)が功を奏しているらしい。

 

「こうして見ると、本当に幼い……」

 

 とても世界の命運を握っているとは思えない。それほどにあどけなく、可愛らしい寝顔だ。勿論世界を牽引する主導者達とて子供時代がある訳で、彼が特別な訳では無い。未来を知っている身だから浮かぶ所感でしかなく、ある子供を指して『将来世界を動かす』と言ったところで信じる者は皆無に等しい。その時点で大人にも認められる偉業が無ければ、の話だが。

 ――少年にとって、今はまだ力を磨く時。

 これから次々と目まぐるしい時世の移り変わりに翻弄されるだろう。その時までに経験を積む必要がある。

 

 そして、あらゆる後顧の憂いを絶っておかなければならない。

 

 例えばそれは因縁。心にしこりを残したままではいざという時に力を発揮出来ず果ててしまう。心の整理を付け、あらゆる鎖を断ち切らなければ、彼の本領は発揮できない。

 ここぞという時に計算を越えた力を発揮する可能性を持つ予測不能の塊――それが《ヒト》だ。

 彼は言った、皆との繋がりが自分の力だと。それはプラス()だけではない。因縁――憎しみや怨みといったマイナス()の側面も同様の事を言える。人々との暖かな繋がりが彼の力を引き出し、逆に不当な中傷や怨みが彼の力を削ぎ落とすのだ。

 だから彼は向き合わなければならない、過去の因縁と。

 そしてヴァベル()は関われない。この身はこの時代のものではなく、遥か未来のものであり、異物でしかない。同時に【絶剣】達も同じ。キリトとケイタ、そしてサチ――《月夜の黒猫団》の問題故に、当時現場に居なかった部外者が口を挟める事はない。出来る事と言えばお膳立てくらい。

 

『――みんな、お願いがあるの。ケイタは……一旦、このままにして欲しいんだ』

 

 ――シノンの精神を救いに彼が向かっている間の事だ。

 後から来たユウキ達により囚われていたプレイヤーが助けられていく中、サチはそう申し出た。

 

『それは、何で?』

『私達《月夜の黒猫団》の問題は私達でケリを着けないと。キリトは、ずっとその事で心を痛めてるから……せめてキリトも一緒じゃないと、私達は前に進めないの』

『……そっか。分かったよ』

『……ありがとう』

 

 囚われの身となり、ケイタの脳が映し出されるホログラフィを見ながらユウキの問いに答える彼女の表情は、伺い知れなかった。その内心もどうなのか分からない。感情データとして採取出来たものもハッキリした答えにはなり得なかった。

 彼女が抱いていたもの。それは怒りであり、悲しみ。言うなれば『やるせなさ』だろうか。

 漸く再会出来た少女の内心に喜びはない。恩人に逆怨みを抱いている男だからそれも当然かもしれない。

 ――この因縁がどういう結末になるかは自分にも分からない。

 これまでの世界でオリジナルキリトは《ホロウ・エリア》から戻って以降、そちらへは行かなかった。ともすれば死人が放り込まれる世界とも知らなかった場合もある。故に二人は出会わない、そんな世界も当然あった。

 二人が出会ったとしても決して融和の道には至らない。男は少年を憎み殺意を向け、少年はそれを認めた上で殺意を返していたからだ。憎しみと哀しみの末に辿り着く結果は何時も『死』のみ。死ぬまで殺し合った『世界』も存在する程に相容れないものとなっていた。

 

「本当は……貴方に、会わせたくなどない。あんな男を、貴方には……」

 

 憎しみをぶつけ、殺意をばら撒く男の醜悪さはこの眼で見ている。この世界の男を既に私は知っている。仲間を喪い絶望したストレスの捌け口に彼を使っている事を知っている。

 《ビーター》の異名は、その為にある。

 ――だが、そこで思考停止するような人間を私は嫌悪する。

 何万年経とうとも本質は変わらない人類が嫌いだ。

 個人を見ず、肩書きや結果だけで人を判断し、価値を決める者が嫌いだ。

 裏切りを平然と行う者が嫌いだ。

 平凡な日常を、あって当然と思う者が嫌いだ。

 人を人と思わない者が嫌いだ。

 誰かを崇め奉るような者が嫌いだ。

 

 およそありとあらゆる人類(ニンゲン)が嫌いだ。

 

 好ましい人間など一握り。それ以外には嫌悪ばかり。期待などするものか、信用などするものか、誰かが貶められる事に疑問を抱かない人間など信じるに値しない。

 ……だが、遺憾ではあるが、認めなければならない。今までと同じでは悪影響になってしまうと。

 ヴァベル()は所詮異物。未来を知り運命を変えようとする魔女。彼を救う為に他の幸福を犠牲にする事を良しとした巨悪――そう認め、その上で行動したからには、全てには全力を尽くすべきだし、認めなければならない事も受け入れるべきだ。

 私の思想は、彼の道にとって害悪にしかならない。

 これは私の物語ではない。私が見ているものは彼が織りなす彼を中心とした戦いの一幕に過ぎない。一人一人に生がある。彼らは決して舞台上で踊らされるマリオネットでは無い、意志がある『人間』なのだ。彼らを蔑ろにしてどうして誰かを救えようか。

 ――傍らに眠る幼子を見る。

 陽光が部屋を照らす中、少しでも微睡みを得ようと掛布団に猫のように丸まる幼き少年。彼は変わった。憎しみを肯定し、それでいて幸せを求める道を選び取った。心が壊れる要因になった絶望をも呑み込んで。

 その決断は、決して容易く下せるものではない。

 絶望とは希望が絶たれた事をいう。心の支えとなるものを喪い先行きを見出せなくなった感情が絶望だ。光を喪い、闇だけが広がる中で得るものはたったそれだけ。そこから逃れる為に心を分け、幸せを得ようとした彼は選択し――今一度、その絶望に向き合い、今度は呑み込んだ。闇に負けない強さを彼の心が持ったから出来た事。

 ――ならば、私も成長しなければ。

 まずは嫌いな人類の事を受け容れよう。もちろんすぐには難しいけれど……彼がしてきたように、少しずつ、少しずつ信じる事から始めようと思う。最初から拒絶していたのでは自分が嫌う思考停止だから。

 

「僅かな微睡みですが……よい夢を、かずと」

 

 額に一つ口付けを落とし、起こさないようそっと立ち上がる。

 傍にあった温かみを探しているのか身動ぎした彼は、やがて諦めたように布団の中に頭を埋め、動きを止める。それを穏やかな気持ちで見届けた後、その場を後にするべくゲートを開き、移動する。

 全ては愛しい義弟のため。

 私だからこそ出来る事を、為すために。

 

 ***

 

 ――午後三時。

 電光石火の如き速さで逆襲を果たし疲弊し切っていた《攻略組》は休息を取り、再び《ホロウ・エリア》に集い直した。GM権限を悪用し、悪魔の技術を研究していた須郷伸之(アルベリヒ)の処遇を決定するために、普段は幹部組だけだがこの時ばかりはその戦いに関わったメンバー全員が顔を揃えた。加えて《攻略組》と関わりのあるリズベット武具店一同や情報屋の面々も顔を揃えたのは圧巻だろう。

 ――話し合いの結果、アルベリヒは一時的に監獄エリアへの投獄が決定した。

 この判断は、《ホロウ・エリア》を立ち去る前にキリトが施したアップデートにより、システム的なバグがほぼ修正された事に起因する。転移門のアクティベート状況や各プレイヤーのスキル値なども正常に戻った。残念ながらバグにより低下した――というより強化前の素のパラメータに戻った――武器に関しては再強化が必須となったが、低下したスキル値の再育成の方が問題になっていたので、そこまで不満の声は上がっていない。

 ともあれ修正アップデートの実施により《アインクラッド》は上下層間の転移が再び可能となったため、監獄への投獄が選択肢に挙がった。

 システム的にプレイヤーが保護されるSAOに於いて犯罪者を扱う方法はかなり限られる。

 オレンジプレイヤーは《圏内》に踏み込む事が出来ず、踏み入った場合は恐ろしく強い衛兵NPCが迫り、捕まった途端、第一層《黒鉄宮》の地下にある監獄エリアへと問答無用で飛ばされる。他にはハラスメント警告で飛ばされる事もある。現在監獄からプレイヤーを出す事が出来るのはそこを管理している《アインクラッド解放軍》の首脳陣のみで、首脳陣はキバオウ勢と違いキリトとコネクションがある面子ばかりなのでオレンジを不当に逃がす事もほぼ無いと言って良い。そもそも脱走すれば間違いなくキリトに殺されるので、進んで出たがる者もあまり居ない。

 キリトはリアルバレしているので、現実に戻ってから復讐しようと画策している者は多数いるだろうが、アルベリヒに関しては問題になり得ない。

 アルベリヒが投獄されるのは監獄エリアの最奥に存在する堅牢な防備と檻で隔てられた牢屋で、内と外で音は完全に遮断され聞こえないからだ。外からの声は勿論、内側の悲鳴も一切遮断される。オレンジプレイヤーと一緒に居なければならない危険性はあるが、アルベリヒの場合《ⅩⅢ》に登録されている鞭で縛り上げられているから、千切る事も解く事も絶対できない。むしろ尋問するにあたって他に訊かれるのはマズい話があるからそこでないと不都合だとか。

 そう決まった後、《アインクラッド解放軍》のメンバーが未だ感覚を切断されている男を担ぎ、《アインクラッド》へと向かう。

 それを契機に一先ず今日はもうやる事が無い面々は立ち去っていく。情報屋もいきなりバグが修正された経緯について――本人の頼みによりキリトの事は伏せて――広めるべく行動を開始。スレイブの事も脅されていたとかで適当にそれらしい理由をでっちあげるらしい。

 

「さて……それじゃ、行こっか、キリト」

「……ああ」

 

 コンソールを動かす権限を自分は持っていないから、一緒に行く事が決まっている少年に声を掛ける。顔はさっきまでの話し合いとは種類の違う緊張した表情を浮かべていた。

 怖いんだろうな、と何となく察する。

 キリトは自分に悪意や敵意を集中させる辛い決断をした割に、知り合いからの敵意には酷く敏感で恐怖を抱く。どうかその恐怖を無くさないで、と思うと同時、それを抱かせている人が自分の身内だから、心苦しくも思う。元を正せば自分達の心の弱さが、無力さが原因だというのに。

 ケイタの場合は逆怨みだから、理不尽だって怒ってもおかしくないのに。

 分かれていた人格が統合されても、キリトはやっぱり、優しい子だ。

 

「二人共……少し、待ってもらえるかい?」

 

 ――コンソールを彼が操作する寸前、ヒースクリフから声が掛かる。

 揃って真鍮色の瞳を見返すと、男性はばつが悪そうな表情を浮かべ、咳払いをした。

 

「その、だな……君達は件の彼との話し合いに向かうのだろう? どうか、それに我々も行かせてはもらえないだろうか」

「え……?」

 

 唐突な申し出に困惑する。こればかりは二人でしないといけないから、皆には来ないで欲しいと予めて伝えていたのに、これでは話が違う。

 

「でも、私、二人だけで行かせてって……」

「サチ君の頼みは聞いていたよ。《月夜の黒猫団》の件に関して、我々は部外者だ。だから本来立ち入るべきではないと理解しているし、サチ君の頼みについても理解はしている」

 

 けれどね、と。男性は困ったような苦笑を浮かべた。

 

「キリト君をあわやのところまで追い詰めるほど憎んでいる彼が素直に二人の話を聞くと私は思えない。互いに正しいと思う主張があり主観がある。感情的な話になればなるほど衝突は激しくなる。裁判がそうであるように、いがみ合う者同士の対話で落としどころを作るには、俯瞰的視点を持てる第三者が必要だろう」

 

 その言葉を、否定は出来なかった。

 被害者と加害者の言い争いに落としどころを作るのが裁判。その判決を言い渡すのは事件に関わっていない検察官や裁判官、弁護士などであり、当事者たちは互いの主張をぶつけ合う事に終始する。その妥当性や真偽を図る事は第三者でなければ不可能な事だ。

 だからその申し出は有難く思う。

 ……そう、思わなければならないのだ、本来なら。

 

「これは《月夜の黒猫団》が弱かったから招いてしまった事です。力だけじゃなくて、心も弱かったから、ケイタは《ビーター(キリト)》という分かりやすい対象に不満をぶつけて、逃げるようになった」

「でも……それならサチは、どうするつもりなの?」

「それは……」

 

 《攻略組》に入ってから、キリトと同じくらいお世話になった少女(ユウキ)の問いに、私はすぐには答えを返せなかった。

 ……思えば私は、けじめをつける事にばかり注意が向いて、具体的な方法は全然考えていない事に気付く。

 愕然とした私を見て、やや申し訳なさそうにアスナが口を開いた。

 

「それに、経緯はどうあれその人は飛び降りて《ホロウ・エリア》の住人になってるから、最悪リアルに帰れない事で自棄になる可能性もある。もしそうなったら二人はどうするの?」

「その時は……俺、が……」

 

 私は囚われていないから、皆やと違ってレベルはそのまま。対してケイタは囚われているから間違いなくレベルカンスト。その気になられたら私は為す術もなく殺されてしまう。

 だから対抗出来るのはキリトだけ。

 それで声を上げた彼に、アスナは哀しげに顔を歪め、頭を振った。

 

「だめ。キリト君は、それだけはしちゃだめ。そうなったら皆生きて還れたとしても絶対に禍根が残っちゃう。その人の怨みが本物になっちゃうよ……」

「サチも、キリトも、ずっと苦しんでたからさ……そうならない手伝いくらいはさせて欲しいんだ」

「これは我々の総意だ……どうか、受け入れてはくれないだろうか」

 

 横に並び、真剣な表情で見詰めて来る人達。リズベットやアルゴ達も残っているのは少年との付き合いがある故か。皆、クリスマス時期の彼の死にそうな顔を、私の切羽詰まった様子を見ていたから、凄く心配してくれているらしい。

 傍らの少年を見る。張り詰めた顔の彼は一瞬こちらを見た後、ある方向へと視線を向けた。

 

「――ホロウとスレイブはどうする」

 

 その先には彼の精神と記憶を受け継いだAIの二人がいた。確かに彼らも同じキリト、因縁の記憶もある訳だから聞いておく必要がある。

 

「俺は遠慮する。話し合いが終わったら呼んでくれ」

「おれもだ。多分おれ達が行ったら混乱して話どころじゃない」

 

 二人は揃って辞退した。何かしら思うところはあるらしいが、一緒に来るつもりはまったくないらしい。ホロウは冷たい表情で、スレイブはやや固い表情なので、抱いている感情は違うようだが。

 その二人を皆は無理に誘いはしなかった。

 

「それじゃあ……お願いします」

 

 ……争いになったら何もかも終わりなのだから、ここは頼らせてもらおう。

 そう決めて、私は頭を下げた。

 

 ***

 

 数十人のプレイヤーが青い光に消えていくのをぼうっと眺める。

 ケイタとの因縁については思うところばかりだが、それは未来があるオリジナルがするべきで、おれは関わるべきではないと思って辞退した。実際一緒に行ったら余計ややこしい事になる。

 ……ケイタの怨みが怖いのもあった。

 

「――スレイブ」

 

 最期に言われた呪い(言葉)を思い出していると、管理区に残ったホロウから声を掛けられた。

 ……装いは以前の自分そのままな彼を見ていると、何だか鏡を見せられているようで微妙な心地になる。幸いオリジナル含めて全員装備が若干異なっているからそれで差が生まれているけども。

 

「お前、これからどうするんだ?」

 

 エリアの端で腕を組んでいるホロウはそんな事を問うてきた。まるで明日の予定を聞くかのような軽いノリだが、声音も顔も至って真剣。思惑はどうあれ何かしら意図を持って問うているらしい。

 『これから』とは、多分クリアの後も含めた話だろう。

 すなわち、ユイ姉のようにAIとして生きるか、SAOクリアと共に消滅するか。

 

「生きるよ、おれは。みんなと一緒に」

 

 既にそう決めていた。このまま消滅する事も考えたが、まだリー姉を含め義理の家族に恩を返せてないし、皆にも世話になりっぱなしだ。加えてユイ姉はAIだから人間と違ってずっと生き続ける。ユイ姉を一人にしない為にもおれはみんなと生きる事を決めていた。

 その答えに、ホロウは目を眇める。

 

「――正気か?」

「ああ」

「……今まで戦って来た目的も、立場も、名前も、居場所も全部奪われ……それでもお前はその近くで生きるつもりなのか」

「……ああ」

 

 ホロウの言わんとする事は分かる。確かにその絶望感に打ちひしがれた。もう今までのような関係ではあれない事も、皆と同じ時を歩めない事も。

 

「その事で悩みはしたさ。でも、結局この答えに行き着いた。みんなと一緒に居たいんだ」

「俺達はAI(偽物)で、あいつらはオリジナル(人間)なのにか。俺達は誰かの手によってでしか死ぬ事が出来ない。俺達AIが人らしく死ねるのは、デスゲームの間だけだ。自分の選択で、自分の手で、自分の生を終わらせられるのは……」

「そうだな……でもそれはユイ姉も同じだ。そしてみんなが死んだら、ユイ姉は一人になる……だから()はこの選択をする」

 

 固い決意と共に言えば、ホロウは皺が出来るくらい眉根を寄せて、表情を痛ましいものにする。

 

「……オリジナルの為に生きる姉の為に、お前は生きるのか……」

「ああ」

 

 迷いなく首肯を返す。

 ホロウは瞑目し、そうか、と応じる。何時の間にか穏やかな微苦笑が浮かんでいた。

 

「……同じ《オリムライチカ()》なのに、三人揃ってこうまで違うなんて……不思議だな」

「そうだな……分かたれた瞬間は同じ筈なのに、オリジナルを含め《キリガヤカズト(おれ)》達は随分違う結論に行き着いた」

 

 感慨深く呟き合う。オリジナル、ホロウ、そしてスレイブ。この三人が始まりは同じなのにこうまで違ったのはきっと歩んだ道の差によるもの。

 ……そして、ホロウがどうしようとしているかも、同じ自分だからこそ分かってしまった。

 それを止めるつもりは無い。歩んだ道が違うだけで、おれも同じ境遇にあれば同じ選択をしていただろうから。命を賭した選択であるならそれを止める事は決して出来ない。自分の事だから余計に分かる。

 ホロウは……人として、この世界で果てるつもりなのだ。オリジナルが取らないだろう選択を以て。

 ――会話はそこで終わった。

 その覚悟と決断に敬意を抱きながら、()は立ち去るホロウの後ろ姿を見送った。

 

 ***

 

 人の脳を象ったホログラムが()()ある部屋の中は異様な空気に包まれていた。ホログラムの一つに少年と槍を背負った少女が並び立ち、そこからやや遠めの場所に男女様々な面子が並ぶ。

 紫の少女が声を掛け、コンソールを操作。

 二人の目の前にあったホログラムはその瞬間消失し、代わりに一人の男性プレイヤーが出現した。この人物が件のプレイヤー《ケイタ》らしい。

 目立ち鼻に至って特徴は無い。敷いていくなら長身痩躯である事か。短く切られた茶髪と長身の体躯からは屋内系のスポーツ部に所属していたように思えるが、サチの話では高校のパソコン研究部の集まりらしいから、完全なインドア系。あれで眼鏡を掛けていればインテリに見えなくもない感じである。

 

「ケイタ……ケイタ、起きて」

 

 横たわる青年の肩を揺らし、呼びかけるサチ。キリトはそのやや後ろに立って神妙な面持ちを浮かべていた。

 

「みんな、気を抜かないでよ。ああ見えてすっごい勝手な人だから」

 

 コンソール前にいたユウキが戻って来るや否や、二人に聴こえない音量でそう忠告して来た。その眼は鋭く、表情も厳めしい、相当あの青年を毛嫌いしているらしい。キリトと前から親しい面々は複雑な面持ちばかりしているから自分達も同じなのだが。

 ――少しして、漸く青年の意識が浮上した。

 

「――あ、あれ……サチ……?」

「うん……久し振り、ケイタ」

「え……ああ、うん……久し振り……」

 

 寝起きで寝惚けているのか、どこか夢見心地な様子でやり取りを交わす青年。傍から見る身としては何時キリトに気付いて豹変するか分からないからヒヤヒヤさせられる。

 

「えっと、何でサチが……?」

「その前に。ケイタはどこまで覚えてる?」

「どこまでって……えっと、ずっと樹海の中を歩き回ってて、そしたらなんか変な男に短剣で刺されて…………それ以上は、覚えてない」

「そっか。うん、ありがとう」

「じゃあ僕から質問いいかな。何でサチがここ、に……」

 

 穏やかにやり取りしていた青年が、くわっと目を見開いて、サチの後ろ――緊張している少年に視線を固定した。

 

「な……《ビーター》?! 何でお前が此処に……って、まさか、お前あの変なヤツとグルだったのか?!」

「――違うよ」

 

 ビーターの悪評が先行した青年の推測を、サチは強い語調で否定した。しっかり頭を振って、強い目で青年を見据える。

 

「むしろ逆、キリトが助けてくれたんだよ」

「え……どういう、事だよ……?」

「まずケイタがどんな人に、どんな理由で囚われたかなんだけど――――」

 

 そうしてサチは、二人して立ち上がってから今日ここで何があったかを語っていく。

 流石に事情を全く知らない中で先入観を排する事は難しいと思い、彼女は予め青年に何を話していいかを聞いて、決めていた。その結果キリトがGM権限による不死属性貫通の特性を持っている事とヒースクリフのリアルについては伏せる事になっている。反感を抱いている人間の功績を出しても余計意固地になって認めないだけだ、とキリトが頼み込んだから、最終的に捕らえたのはキリトである事も伏せられている。

 それでも須郷の恐ろしい実験についてはほぼそのままに伝えられ、如何に自身が危険な状況にあったかを理解したケイタは顔を真っ青にした。

 

「攻略組も捕まってたのか……しかもそんなヤツが、SAOに……でも、それなら攻略組は誰に助けられたんだ?」

「キリトだよ」

「……え」

「七十七層迷宮区の《安全地帯》でキャンプする事になった時に物資が足りなくなったからキリトが補充の為に街に帰ってたの。その間にタイミング悪く……ううん、逆に良かったのかな? とにかく私達は囚われたけど、キリトだけ助かって。その後で助けに来てくれたんだ」

「……お前、どうやってGM権限を持ってるヤツに勝ったんだよ」

「ステータスは高かったけどHPは減らせたから、それで……」

 

 不死属性貫通を伝える訳にもいかずお茶を濁すキリト。実際他の連中に話してる内容でもアルベリヒ達のHPを減らせたからとは言ってあるし、矛盾した事は言ってない。サチの話で《攻略組》に入ろうと試験を受けに来た事があるのは話されているから、HPが減る事も前提として出ている。

 ただケイタはそれを素直に認めたくないのか、厳めしい顔で少年を見下ろしていた。

 

「……今度はお前だけ助かったのか」

 

 ――突然、怨嗟の声が発せられる。

 何人かが臨戦態勢に入った。

 

「ケイタ……何で、そんな風に言うの?」

 

 辛そうに表情を歪めながら、サチが問い掛ける。ケイタは怒りの眼差しでキリトを見たままだ。

 睨まれる少年は、沈痛の面持ちを浮かべていた。

 

「あの時の事と今回の事は一切無関係だよ。それに今回はキリトだけ助かったお陰で犯人も捕まえられたんだよ?」

「だとしても、コイツは苦しまなかったんだ。それどころか、二度も逃亡を許さなかったら、被害はこんなに大きくならなかった筈だ」

 

 須郷が逃げられる話のところで、キリトの人格については話されていない。本人は別にいいと言ってはいたが、流石にどうかという事になり、シノンの事についても個人を特定して弁解するような事は避けたいところなので、その辺はうやむやにされている。

 そこが引っ掛かったようで、ケイタは怒りのボルテージを段々上げていく。

 ホントに嫌いなんだなぁと、どこか他人事のように思う。

 ……何時でも抜刀出来るよう柄に手を添えているが、心は冷静だ。ただ気に喰わないとは思う。

 

「それは、まぁ、そうかもだけど……相手はGM権限持ちだし、それにキリトにも事情があったんだよ」

「でも実際そいつを捕まえれてるじゃないか! 事情っていうのも、その犯人の危険度と比較してどうするべきか分かる筈だろ!」

 

 それは、キリトの事を知らないからこその罵倒。

 確かにそれは一理ある。個人の事情よりも全体の事情を優先すべき事は沢山あるし、社会に出ればそればっかりだ。アルベリヒの危険度を考えればそいつを優先すべきなのも的を射ている。

 ――だが、繰り返すが、それはキリトを知らないから出来る罵倒だ。

 須郷を逃した原因が『アバターが消失する事』なら、まずシノンの記憶を具象化した空間へダイブした事が一番の筈だ、その後にキリトの内在闘争が起きたのだから。そしてその後、あいつは己そのものを懸けた死闘の中にあった。ともすれば俺達全員皆殺しにしてもおかしくない《廃棄孔》との戦いを制する為に。自己を変革させる為に。

 それは確かに一個人の事情だ。

 だが、こうも思う――――一人の命と全体の命、果たしてどちらが優先されるべきなのかと。

 大多数の人間は後者を選ぶだろう。何故なら、他人事だから。もし自分が切り捨てられる側(前者)()ったなら、大多数は我が身可愛さに自分を優先する。俺だってそうだ。

 キリトは違う。これまでキリトは後者を選択して来た。自分が切り捨てられる側に()ってでも全体を優先して来た。その表れが《ビーター》。その極致がリーファとシノンを救う時の行動。義姉に否定された自己犠牲の思想。

 そして、キリトの内在闘争は、究極的には全体を優先して来たがためのツケそのもの。

 切り捨てられたから他の誰も彼をも巻き込んでやるという負の信念。あれは俺達が背負うべき罪で在り、忘れてはならない十字架だ。

 だからキリトの戦いを、俺達は見届けた。

 須郷の脱走に気付かなかった事もある。だが仮令それを知って、一体どれだけあの場から離れただろうか……あのリンドすらも見入ったならば、きっと誰もあの場を離れなかった。そうしなければならない戦いだったのだ、あれは。

 ケイタはそれを知らない。俺達が意図的に秘匿したから知る術もない。

 

 ――だが。

 

「――いい加減にしてっ!」

 

 心の底から少年を案じている者にとって、あらぬ中傷は聞き逃せるものではない。ましてそれが一人の命を左右する程の事であれば。

 

「さっきからずっとキリトの事を悪し様に言って! どうしてっ……どうしてケイタは、キリトの事を認められないの!」

 

 サチは、激昂していた。怒りを表す事すら殆どない彼女が表情を変えてまで怒鳴る様を見た事が無く、俺達は瞠目するばかり。ケイタも見た事が無いのか目を白黒させている。

 

「だ、だって《ビーター》は、ダッカー達を見殺しに……」

「私は生きてる、護ってくれた! キリトが必死に護ってくれたから!」

「や、だから見殺しに――」

「――ダッカー達が死んだのは、私達が弱かったからだよ……ケイタ」

「――――」

「キリトが悪いんじゃない。二十七層の迷宮区にキリトとケイタ抜きで行って、トラップに嵌っちゃったせい。モンスターが湧き出るトラップを生き残る実力が無かったせい……キリトが来なかったら、私も死んでたんだよ……?」

 

 怒りから、一転悲愴な表情を浮かべ、涙すら浮かべて語るサチ。あの時の恐怖を思い出しているのか自分の体を抱き締めるように両腕を交差させ、肩を小刻みに震わせている。

 

「怖かった……あの時、ほんとに怖かった。死にたくないって思って。でも、あのトラップで湧いたモンスターは、全部私達より上のレベルばかりで……生きる希望が無かった」

 

 震える声で当時の状況を語るサチ。キリトから聞いていた筈だが、サチ本人から聞くのは初めてなようでケイタも息を呑んで話に聞き入っている。

 

「でも迷宮区に入る前にメッセージを飛ばしておいたお陰で、ボス討伐が終わって疲れてるだろうに、キリトはすぐ走って来てくれて、トラップで閉じられる部屋に寸でのところで間に合った。でも三人はみんな結晶無効化空間と囲まれた状況で混乱して、てんでばらばらに動いちゃって……キリトが着いたのと三人が死んだほぼ同時だったんだよ。私はたまたま入り口の近くにいただけ。何かが違ったら、生きてたのは他の三人の誰かだったかもしれない」

 

 サチの独白を、ケイタは黙って聞いている。表情はやや険しい。何を感じ思っているのかは表情からでは読み取れない。

 

「ねぇ、ケイタ。私達、キリトからたくさん、色んな事を教えてもらったよね。攻略の事。探索の事。索敵、戦闘、逃走、マッピング、トラップの種類と解除とか、武器の扱いとか、連携の仕方とか、階層ごとのMobの対応とか……数え切れないくらい、たくさんの事」

 

 小さく指折りしながら、サチが数えていく。

 彼女が言った事は、攻略本だけでは伝えきれない経験を込みの事だろう。だとすれば値千金そのもの。望んだって手に入らないものばかりだ。経験や情報はこのSAOにおいて生死を別つ生命線。それを他人に分け与えるなんて余程の関係でもない限り絶対しない。

 それをキリトは、会ったばかりのプレイヤー達に与えたのだ。しかも聞く限りでは無償でだ。

 もしガチのMMOプレイヤーなら疑り深くなって信じられないが、彼らはむしろ逆だったらしい。親切に教えてくれるからとキリトにあれこれ教えてもらって――そして、全滅した。リーダーは逆怨みで呪いまで捨て置く始末。

 その有難みを本当に理解しているのは、サチ以外に何人いるのだろうか。

 

「キリトはちゃんと教えてくれてた。行き先が決まったなら、絶対情報屋が出してる攻略本に目を通せって。モンスターの事、トラップの事、階層ごとの特色と注意点の予習……情報が一番生死を分けるんだって、初めて会った時の事を例えにしながら。あの時だってキリトが偶然通りがかってなかったら誰かは死んでたように、私達には経験が不足してるから、情報だけは欠いちゃいけないって」

「……ああ」

「あの日も私達、それを怠ってた。二十七層の迷宮区の情報を見ずに行ったんだよ。マップデータは貰えても攻略本と違ってトラップの場所なんて書いてない。だから私達は引っ掛かった。そして……私だけ、助かった」

「……ああ」

「だから……ねぇ、ケイタ。キリトは、凄く頑張ってくれてた、朝と夜の稽古に間に合わせようと当時の攻略ですごく無茶して行き来してた。一回一回は短い時間だったけど、それでもいっぱい教えてくれるくらい色々と考えてくれて……それでもケイタは、キリトの事が憎いの?」

 

 懇願するように問う少女に、青年が視線を逸らし、強く歯を食い縛った。

 

「だって、仕方ないだろ……っ! 頑張って貯めたお金でギルドホームを買って、これからっていう時に、ずっと一緒だったあいつらが死んだなんて聞かされて……! 《ビーター》の強さなら助けられたんじゃって思ったら憎く思えたんだ!」

「だからって……だからってケイタは、キリトに復讐する為だけに自殺なんてしたの?!」

「そうだよっ!!!」

 

 感情的になってきたのか二人とも至近距離で怒鳴り合い始める。

 途中で出て来た自殺の理由について初めて聞くリンド達が目を剥くが、二人は当然それに気付かず口論を続ける。

 今のところケイタが暴れそうな雰囲気は無いが、ステータスの差を考えると素手でも即死が考えられるからかなり怖い。近くにいるキリトも警戒しているようで表情は強張っているがしっかり腰を落としている。

 

「僕なんかじゃ全然敵わないから、それくらいでしか復讐出来なかったんだよ!」

「なら私は生き残ったのにどうでもよかったの?! 部活仲間で一緒にゲームで遊んで、一緒にSAOを買って、ログインして、ギルドも一緒に作って! ダッカー達が死んだのは凄く哀しいけど、でも私が生き残ってた! なのにケイタにまで死なれて……凄く、凄く寂しかった! 分かる?! たった一人、こんな世界に取り残される気分がケイタには分かる?! キリトが居なかったら、支えてくれる皆が居なかったら、とっくに私も自殺してたよ!」

「どうせみんな死ぬんだから変わらないだろ! だったら僕は、《ビーター》への復讐に自分の命を使う! あの三人だって目の前で助けられる《ビーター》を前に死んで、怨み骨髄な筈だ!」

「なにそれ!」

 

 喧々諤々。

 見た事ないくらいサチもヒートアップしており、折を見て止めようと機会を窺っていたキリトがどうするべきかオロオロと困っていた。元々この対峙には若干引け腰だったし年齢的に然もありなん。

 流石に止めないとマズい事になりそうなので、一歩踏み出し――

 

 

 

「ケイタ、お前ってマジで馬鹿じゃね?」

 

 

 

 

 ――どこからか、聞きなれない男の声が聴こえて来た。

 視線を巡らせれば、ふと部屋の隅で黒い闇が立ち上るのを目視する――ヴァベルだ。ここに居ないから何処で何をしてるのかと思えば、何をしてるんだ。

 ――というかてっきり胸のふくらみから女性かと思っていたのだが、もしかして女性なのだろうか。いやでも声質が男性なだけの可能性も……

 そんな思考をしている間に、闇のゲートから三人の男と黒尽くめの人物が出て来る。どうやらヴァベル以外に人がいたようで、三人のうちの誰かが声の主らしい。

 見た事あるか、と周囲と目配せするが、誰も無いようだった。

 

「嘘……ダッカーに、ササマル、テツオ?!」

「え、お前らどこから出て……?」

「……一体何を……?」

 

 サチの言葉から、誰が誰か分からないが《月夜の黒猫団》の残り三人という事は分かった。

 以前聞いた通りなら、ニット帽を被ってダガーを装備してる背の低めの男がダッカー、長槍を装備しているモンゴル風な帽子をかぶった男がササマル、片手棍と盾を装備した細目で長身の男がテツオだろう。三人も死んだなら《ホロウ・エリア》に来ていてもおかしくない。

 だがヴァベルが何のつもりでかが分からない。キリトかサチ辺りが何か頼んだのかとも思ったが、少年の様子からどうもそうではないようだし。

 混沌の坩堝と化した中、三人の男は苦笑と怒りと混ぜたような表情で三人に近付いていく。

 先に口を開いたのは、やや軽薄な印象を与えるダガー使い。

 

「ケイタ、お前さ、マジで馬鹿だろ」

「な、おまえ、また人の事を馬鹿って!」

「いや、だって……なぁ?」

 

 呆れた表情で後ろを振り返るダッカー。残る二人もダッカーと同じ事を考えているようで、うんうんと強く首肯する。呆れた表情で。

 次に口を開いたのは長槍使い。

 

「ケイタとサチの話は一通り……あー、あの、なんだ、あの黒コートさん? ……が案内してくれたすっげぇ変なトコから見させてもらったけどさ。完全にケイタの方がおかしいわ」

「そもそも俺達、キリトの事怨んでないしな」

 

 片手棍使いが続いた。

 三人の男達の言葉にケイタは唖然として固まっている。

 その顔を見て、短剣使いが笑った。

 

「サチも言ってたけど、俺達はキリトに感謝こそしても怨んでなんていねぇよ。お前は居なかったから分からないだけでマジで絶望モンだったんだぜ? むしろあの状況でサチだけでも助け出せた事が奇跡なレベルだったんだからな?」

「元はと言えば宝箱に一目散に駆け出して、罠の確認も碌にしないで開けたダッカーのせいだもんな、俺らが死んだの。サチは止めてたし」

「なっ……いや、罠に関しては事実だけどよ、宝箱に関してはキリトとサチ以外同罪だろ!」

 

 さらっと罪を擦り付けられたダガー使いの男が、擦り付けた長槍使いの男の脇腹をどつく。三人はからからと明るい笑みを浮かべていた。

 そこに、どこも卑屈な感情は無い。

 あの三人は本気でキリトに感謝していて、それを当然と思っているのだ。

 

「まぁ、ともあれケイタ、俺達はキリトに感謝してるくらいなんだ。俺達の不注意が原因で死なせたんじゃ死んでも死にきれないからさ」

「だからお前、俺達をダシに自分の復讐の動機を正当化するなよ。しょーじきそれ受けるのは漫画だけで、実際やられるとムナクソ悪いからな? 勝手に怨まれてる事にされるなんて堪ったもんじゃない。死んだ後はこういう世界があったんだし、せめてツラ合わせて確認してからにしてくれ」

「死ぬ間際、せめて三人は……! ってすごく思った。そしたらこれなんだから呆れちまったよ。ケイタ、お前この中で一番アニキなんだから、情けない背中見せちゃダメだろ。キリトは凄く強いけどめっちゃ年下なんだぞ、情けなくないのか?」

「テツオ、ダッカー、ササマル……」

 

 次々と復讐の理由を否定されていくケイタは呆然と三人の名前を口にする。

 

「……三人は、怨んでなかったのか……?」

 

 同じく、呆然と男達を見上げるキリトが呟く。

 そういえば相当思い病んでいたからケイタに怨まれた事を気にするあまり、三人の事もそう思ってしまっていた。そうでなくとも死なせてしまった事をずっと悔いていたくらいだ。こうして顔を合わせた時、相当悪い事になる可能性を考えただろう。

 その不安に対し、三人はキリトに苦笑を向けた。

 そしてダッカーが、少年の頭を小突く。

 

「ばーか。勝手に怨まれた事にしてんじゃねーよ、キリト。俺らが一度でも『怨めしや』って言ったか?」

「言っては、ないけど……護れなかったし……」

「気にし過ぎだって。そりゃ俺らの事を忘れろとまでは言わねぇけどさ、もう少し前向いて、しゃんとしろって。男だろ? ……や、見た目は、まんま女の子だけどさ」

「ダッカー、カッコつけるなら最後までしろよ。それキリトが気にしてる事だぞ」

「ササマルうるせー。お前も前々から言ってただろうが、さりげなく然も自分は関係ありませんってスタンスを取ってんじゃねぇ!」

 

 頭を撫でる二人の唐突に始まったやり取りに、キリトはもう唖然として見上げている。正直俺達もテンションの上がり下がりの勢いについて行けてない。

 さっきまでの会話を見てたなら、せめてシリアスな空気は続行するべきだと思うのだが……

 ――ふと、思い出す。

 以前ケイタと殺し合った後に聞き出せた話で、ケイタはキリトが求めているものを理解していたから利用していたのだという。キリトは『人の温かみ』を渇望していて、それを利用したと。

 ……この三人を見ていたら、何となくわかった気がした。

 真面目な空気にはまったく合わないだろうが、あの三人の空気はとても暖かく、明るく、《攻略組》には無い独特の色がある。真面目で厳正で張り詰めた空気ばっかりの《アインクラッド》の中であそこまでアットホームな空気を保っていられるのはある意味才能の一種と言える。

 あれはキリトでなくとも惹かれるものがある。

 

「はは……とにかく、俺達の事はもう気にしなくて良いよ。これから何時か死んだとしても、それは俺達の自業自得ってもう割り切ってるんだ」

 

 喧嘩のようなじゃれあいで離れた二人を呆然と見つめるキリトを、残った片手棍使いテツオが微笑みながら撫でた。

 

「でも、ケイタは……」

「はは、あの馬鹿は俺達に任せてくれ。あいつ一番年上なクセして昔から融通利かないんだよ」

「な、テツオ、お前なぁ!」

「あーはいはい、分かったからあっち行くよリーダー。嫌味でも愚痴でも恨み節でも幾らでも付き合うから」

 

 ステータス的にはケイタの方が勝っている筈だが、それでも仲間には抵抗出来ないのか、テツオに押されてどんどんと部屋の外へと押し出されていく。すぐ近くに敵がポップしない部屋があるし、そこで話をするのだろう。

 やはりキリトは呆然と彼らを見送るばかり。

 

「えっと……私も、皆のとこに行ってくるね。まだ言い足りない事があるから」

 

 やや困惑気味に、ぎこちなく微笑みながらサチは言って、四人の後を追った。

 

「……これ、ボク達居る必要あったかな」

「……まぁ、丸く収まりそうだし、いいんじゃね?」

 

 俺はそう答えるのが精一杯だった。

 

 *

 

 ――《月夜の黒猫団》の五人が別室で話し込んでいる間。

 キリトは全力で泣いた(ギャン泣きした)

 いつも我慢して泣くか、恐慌を来して泣くかだったから、感情の赴くまま泣くのを見るのは初である。いっそ清々しい程の泣きっぷりに逆に困惑する程だ。

 一年も張り詰めていた糸が切れたせいだろう。怨まれていると思い込み、ずっと自分の欲や感情を知らないところで抑制していて、さっきタガが外れたから決壊してしまったのだ。もう二度と会えないと思った男達と再会し、怨まれるどころか感謝され、親しい距離感で接されれば、そりゃあ泣く。俺でも泣く。泣かない訳が無い。

 そうして三十分が経過し、キリトが漸く泣き止んでほぼすぐくらいに《月夜の黒猫団》が戻って来た。先頭を歩くケイタは物凄く仏頂面。反面サチ達四人は清々しいくらい笑顔だ。逆にこわい。

 キリトの前でケイタが止まる。男の左右と後ろを男達が囲み、両者の間に審判の如くサチが立った。

 ……彼女の笑みから途轍もない威圧を感じるのは気のせいでは無いと思う。

 

「び……キリト」

「……ん」

「僕は……まだ、今までの事は謝らない」

「なっ、ケイタ、話が違うよ?! 謝るんでしょ?!」

 

 堂々と言ってのけた途端、サチが怒鳴った。威圧の笑みが瞬間的に怒りのそれになる。それでもケイタは怯む事なくキリトをずっと見ていた。

 

「テツオ達とサチから聞いて、キリトは悪くないって言われて……それでも思うんだ。たらればの話で引っ張るのは情けないって分かってる。でもあの時、もう少しだけでも早く辿り着いていたら、三人は死ななかったんじゃないかって」

「だから、それは……!」

「――待った、サチ」

 

 今にも怒りを爆発させそうなサチを、キリトが止めた。

 

「キリト……?」

「全部聞こう。それからでも遅くない」

「え……う、うぅ…………わかった……」

「……キリトが悪くないのは分かった。でも、このゲームをクリア出来るとは、今でも思えない。最後には皆死ぬって心のどこかで思ってる自分が居るんだ。今は生きてる《攻略組》も、もしかしたらどうしようもないボスにぶつかって全滅するかもしれない。サチはキリトの事を信じ切ってるみたいだけど、悪いけど僕はまだ信じ切れてない」

「そう簡単に信じてくれるとは俺も思ってない」

「そうかい……漫画だったら、ここで勝負して実力を信じるとか言うんだろうけど、僕はそこまで強くないから。だからキリト――――このクソッ垂れなゲーム(デスゲーム)を、終わらせてくれ」

 

 ――ケイタは、頭を下げてそう言った。

 謝罪は無く、厚顔無恥に等しい行動、更に恥の上塗りに等しい言葉に、一同が息を呑んだ。流れから謝るのかと思ってたらまさかのお願いである。信じられないと男を見る。

 

「生還したら、全力で謝る。怨んだ事も、自殺した事も、憎んだ事も、復讐心で殺そうとした事も、迷惑かけた事も。もし死んでも……ゲームクリアしたなら、完敗だ」

「……それくらいしないと。この世界から抜け出さないと、復讐心も怨みも無くせないか」

「ああ。元はと言えばデスゲームにしたヤツへの怨みが強かった、それが三人の死を引き金に爆発して……一番近くにいた対象(ビーター)にぶつけてしまったんだ。《ビーター》を名乗る理由をサチから聞いてさっき分かった」

「そうか……差し詰めケイタは、《ビーター》を名乗る俺の失敗例だな。近くに復讐の対象を作りやすくしたから却って自殺を図らせてしまった」

 

 そう自嘲するキリトを、ケイタは頭を振って否定する。

 

「いや、僕の心が弱かったせいだ。散々サチ達に言われたよ。だから僕が悪い」

「そうそう、これに関してはケイタが全部悪いよ」

「……追い撃ちしないでくれるかな、サチ」

「何か言った?」

「いえなにも」

「よろしい」

 

 うむうむと満足げに頷くサチ。将来彼女の旦那になる男の尻に敷かれる未来が見える。

 ――そのやり取りを、キリトは楽しそうに見ていた。

 もしかしたら彼には、在りし日の《月夜の黒猫団》のやり取りが見えていたのかもしれない。

 

「ふふ……ともあれ、この世界をクリアしたらいいんだな。なら《攻略組》の目標だから渡りに船だ。絶対クリアするから首を洗って待ってろ!」

「……今は謝らない事を怒らないのか?」

「殺し合う関係から和解に持ってこられたんだ。ダッカー達も怨んでないって言ってくれたし……これ以上欲しがったら、罰が当たりそうだよ」

 

 にこりと笑うキリトが言う。泣き腫らしたせいでやや赤く充血した目と真っ赤な顔で言う少年は本当に嬉しそうで、謝罪されなかった事なんて微塵も気にしていないようにしか見えない。

 ケイタは口元を震わせ……

 

 ――武士の情けだ、ちくしょうめ。

 

 その後の光景は目を逸らしたから見ていない。記憶しているのは鼻を啜る音と優しい少年の声だけ。

 ……甘過ぎンのもどうかと思うぜ、キリの字よ。

 そう心の中で呟いた俺はきっと悪くないと思った。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 いや、ね……消化不良とか、終わり方に賛否両論あると思いますが、これが限界かなって。お忘れでしょうがSAOプレイヤーって『ある条件』を満たしたら問答無用で全員干渉されてますんで(ケイタが出た頃の束視点参照)

 だからこう、和解するのは良いにしても、アッサリと憎しみ無くすのは矛盾起きるといいますか。

 ――リアルに戻った時のイベントフラグ建てを考えたらこうなったと言いますか!(正直)


 ちなみにボツったルート

・ダッカー達が出て来るまでは一緒。そこから憎しみを振り払えずケイタが暴走し、キリトに復讐するべく鍛え上げた力を振るおうとしたところで、ぶちギレたクラインが乱入。
・リーダーとして仲間の死で他者を怨む事には理解を示しつつ、復讐の為に鍛えた力で自分から仲間を傷付ける事には怒りを示し、ケイタを一喝すると共に全力グーパン。
・以降は本編と同じ流れ(ただしSAO内で謝罪はする)

 ……という感じでした。

 ――正直どっちにするべきかー! って悩んだ末の選択なので、改善の余地ありまくりというね()

 ヴァベルさんはキリトの成長を見て、自分も好き嫌い言ってられねぇ(迫真)と思いっきりお膳立てに動いた。一言も言葉を交わしてないけど闇のゲート潜らせる程度には受け容れようとしている様子。終始無言で語っているのでダッカー達は性別が分かってません(笑)

 サチ視点は、いきなり若い場面にすると、散々《月夜の黒猫団》でケリを~って言ってたのに何で部外者連れて来てるん? ってなるので、その為に。

 スレイブ視点はオリジナル含めて三人の選んだ道がまるっきり違うという描写。オリジナルとスレイブは近いけど、ホロウとは完全に分かれてますね。

 ケイタとサチの対峙は、バトルのも考えたけどサチって血の気はあんまり多くないよなぁって考慮してこうなった。こう……色々と、溜めてそうじゃない? 特にケイタには見捨てられ、自殺で独りぼっちになり、キリトがすっごく引き摺ってるのを延々と見て来たわけだし。ダッカー達にもだけど、ケイタに一番苛立ってるだろうな……って考えてたらこうなった。

 サチさんと結婚する男性はきっと尻に敷かれる事になるでしょう(爆)

 ダッカー達の性格は割と原作基準。分かり辛いけど地味~に口調やセリフ回しもアニメに近付けてます。ほっとんど出番無かったせいであんまり参考にならなかったせいでダッカーが凄くしゃべってます。

 コンセプトは『軽いノリ』と『《攻略組》には無い雰囲気』。つまりはアットホーム。

 これまでの《月夜の黒猫団》の描写やキリトが力を貸す時に求めたものとして書かれてるものですね。それを意識したら……まぁ、空気読まねぇ連中になっちまったなって。でもこれが彼らの持ち味なんで(尚そのせいで死んだ模様)

 ともあれ、ケイタは勝手に一人で怨んでたって訳です。

 ――で、色々あってキリトが悪くないのは分かったけど、振り上げた拳の収めどころが分からないから、意地を張った。

 つい数分前まで殺意を向けてて、最近殺し合ったばかりの相手だからね、意地を張っても仕方ないよね、男の子だもんね(相手は小学生である)

 まぁ、これでSAOクリア時に全損者が死のうが生きようが、どっちにせよキリトの精神は漸く救われるという事で、一つ。

 何もかも円満にいきなりなるよりは、ギスギスした関係から少しずつ修復されていく方がリアルかなって。

 では、次話にてお会いしましょう。



 ――――サブタイトルの約束(呪い)は、リズベットと同じ約束をした事です。

 六十章、六十一章で重荷に感じていたそれが、キリトを雁字搦めにしていく……


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