インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
ヴァベルとのお話の前にこっちやっとかないと困るので、申し訳ないが幕間として入れさせて頂きました。ここ数日更新頻度高いからそれで許して下さい(土下座)
視点はホロウキリト。虚黒でホロウキリトです、まんまです。
文字数は約五千。
今話はちょっとルビが多いのでご了承ください。
ではどうぞ。
「……行ったか」
管理区最奥コンソールエリアから転移石を介して上層の管理区に転移した後、
現在時刻は午前四時半。夏の入りも過ぎ、そろそろ暑さが過酷になってくる時期だから、もう少しで浮遊城は
昨日は七十七層の攻略を進めていたようだしアルベリヒの事もあって精神的な疲労も多かったから休息を入れるのは妥当な判断と言える。AIの自分やスレイブはまだしも生身の皆は辛い筈だ。
アルベリヒは一先ずこちらで預かる事になった。《アインクラッド》へ連れ帰るのは問題が懸念されるし、気も休まらないからだとか。対して俺は睡眠をとる必要性が無いからずっと起きていられる。GM権限を貫通出来る事もあり暫くは此処に即席の監獄を作って拷問聴取をしていく方針が固められた。ここなら《高位テストプレイヤー権限》を持たない限り入って来られないし、どこかに逃げてもすぐコンソールで居場所を確認できる。更に皆を捕らえていたという実験体倉庫にもすぐ行けるから何かと利便性が高い。
惜しむらくは、ショップ系の施設が無いので慢性的な物資不足を解消できない事か。最奥のコンソールを使ってこの
――ふと、背後に気配。
現在このエリアに居るのは自分と
【ホロウ・エリア管理区】のスタッフNPCとして復活を遂げた義姉は、コンソールで自身に戦闘可能なNPC属性を付与したり、オリジナルのステータスをコピーしたりした時と同様、浮遊城へ入る為のパスプログラムも組み込んであちらへ行ったから此処には居ない。最初は残ると言ったが、コンソールさえ使えば行ける確信もあったから俺が追い出したのだ。
罪悪感はある。義姉は何も悪くないのに半ば強制的に追い出したのはちょっとどうなのかと自分も思う。だが今は親しい人とは顔を合わせたくなかった。一時は抑え込んだモノが溢れ出そうになる。
PoHは《ホロウ・エリア》に降りたから居ない。あまり時間を空けすぎるとザザ達が面倒な事をしかねないから、戻ると言っていた。PKは続行するつもりのようだが止める理由も無いので特に釘も刺さなかった。
となれば、背後に突然現れたのはそれら以外。
正面には浮遊城と繋がる転移碑があるため、あちらに戻ったメンバーではない。アルベリヒは傍らに転がっているから違う。背後にはコンソールがあるからPoHが一番可能性が高いと言える。
――だが、これは違う。
PoHではない確信があった。冷たくヌルリとした捕食者の如き殺気や視線が無い。背中にぶつかるものは無機質なものだ。
「――久し振りじゃな、ホロウよ」
「……カーディナルか。何か用か」
相変わらずの人を食ったような物言いに溜め息を吐き、振り向く。
――さっきまで無人だった場所に、一つの人影がある。
全体的な印象で言えば『
ともあれ、それがこのSAOサーバーを統括する完全自律システム【カーディナル・システム】が使うアバター。
一体どういう理由でそれを採用したのかは疑問があるが、とにかくSAOの統括者はその容姿を使い、こうして接触してくる。
「なんじゃ、用が無ければ来てはいかんのかの?」
しかも、タチの悪い事にこの統括者、何かと暇さえあればこちらに接触しては狂言回しに近い言葉で振り回してくるから始末に負えない。
当然殺そうとしても殺せない。GM権限による不死属性付与の他に特殊なものも使って防壁を張っているから、アルベリヒのものは貫通した俺も手出しが出来ない。
「俺がアンタを好いていない事は分かっているだろうに、白々しい」
「ぬぅ……哀しいのぅ。儂は人間の言うとおりにしか
むくれ顔で反論してくる幼賢者。
実際その言葉は嘘ではない。何なら自分の存在自体がカーディナルが打っている『手』の一つなのだから。
「それは分かっているが……いや、もういい」
「んむ? 珍しいの、こうも早くに折れるとは」
「どうせ一部始終見てたなら分かってるだろ、今かなり機嫌が悪いんだ。用件が無いなら消えてくれないか」
「む……これは、相当じゃの」
やや眉根を寄せ、難しい顔をしながら言って来る。分かっているならこちらを揶揄わないで欲しい。
「それで、用件は? 何か話があって来たんだろう。言っておくが、条件に付け足した通り追加の依頼は受けないぞ」
――外周部から落ちた後。
オリジナルは《ホロウ・エリア》へ転移し、その瞬間のデータを狙ってアルベリヒは手駒を得るべく《キリト》のコピーAIを積んだプレイヤー《スレイブ》を作成した。
俺はアルベリヒが不当に作り出したプレイヤー《スレイブ》の対になる存在として作られたホロウ。皆は俺をホロウキリトと呼ぶよう頼んだからそう呼ぶが、正確にはホロウスレイブと呼ばれる方が適切だ。敢えてミスリードさせたのは俺の存在をアルベリヒに知られないようにするため。
何故《キリト》の対となるホロウとして作り出さなかったのか。それは既に《ホロウ・エリア》に存在していて、且つPoHが仕掛けたアップデートを止めようとした際に現れる防衛システムとして設定されていたから。既に存在しているものを変える事は出来ないから新たに作り出されたプレイヤーに対し、同時に作成されたホロウ、つまり俺を利用したのだという。
カーディナルが俺を作り出した理由はGM権限を持つアルベリヒの危険性を危惧したから。SAOサーバーの統括者であるカーディナルはHP全損を契機に致死の電磁波を放つプログラムを組んだのが須郷だと知っていたのだ。それに対抗するべく俺を作り出した。
当初はオリジナルのキリトに対処させるべく対抗手段となるものを授けた。第一層でユウキとデュエルをした後、右手に痛みを伴って浮かんだあの紋様だ。カーディナル曰くアレは《カウンターアカウント》と言うらしい。カーディナルが不当と認めたGM権限持ちに対する唯一の対抗手段として新規作成した権限だという。現在はオリジナルと俺の二人にのみ授けられている。俺にも備わったのは、オリジナルの精神状態を鑑みて万が一の時に備えての事だとか。
――SAOに於けるアカウントの序列は五つある。
最高位にはカーディナルアカウントが存在する。名前の通り目の前にいる幼賢者が使うものだ。
次点でゲームマスターアカウント。ここにアルベリヒが該当する。一般的にはこれが最上位にあるらしく、アルベリヒが自身を神と誤認したのも、カーディナルアカウントの存在を知らないせいだとか。カウンターアカウントも序列的にここにあたるのでGM権限の効果を無効化出来る。
三番目にアルベリヒの取り巻きが使っていたスーパーアカウント。
四番目にヒースクリフが使っているハイアカウント。
最後に一般プレイヤーが使うコモンアカウント。《ホロウプレイヤー》のアカウントも序列としてはここに該当するらしい。なのでヒースクリフのホロウは居ないと聞いた。
――ともあれ、カウンターアカウントを授けた俺に、カーディナルは依頼を出した。
『GM権限を持つアルベリヒを捕縛し、無力化せよ』と。カウンターアカウントによるGMアカウントの権限無効化は絶対なので、余程のヘマをしない限りは優位に戦える。アバターのステータスも状態異常は防げないからどうとでもなる。仮に死んでもホロウなので幾らでも立ち向かえる。一番マズいのは《アインクラッド》に逃げられる事だったのだ。
丁度良い事にオリジナルが立ち直ったから、思ったより早く俺の依頼は終わったが。
そして俺はその依頼を受ける際、ある条件と見返りを要求した。条件は『その依頼で終わりにする事』。見返りは――
「……のぅ、ホロウよ」
――幼賢者が声を掛けて来る。
その眼は、表情は――まるで、憐れんでいるかのように見える。
「何故お主はあんな『見返り』を求めたのじゃ。そんなものを求めたところで意味など無かろうに、何故」
「……意味、か」
言われた事を咀嚼し、飲み下す。求めたものが持つ意味を考えた。
……ふと、天を見上げる。満天の星空と錯覚させる暗闇と電子の光が視界に入る。あれらの輝きに意味はあるのだろうかとふと思った。きっと無いだろう。
――それと同じだ。
仮令見上げた天が天蓋だろうと、蒼穹だろうと、閉鎖空間の天井だろうと関係ない。上にあるから空なだけ。屋内だから天井なだけ。見上げる行為にも意味は無い。見たいと思って見上げた訳では無いのだ。ただしたいと思って見上げた。
「――したいと思ったからだ。意味なんて……俺にはもう、何の役にも立たない」
視点を下ろし、幼賢者の眼を見る。
「カーディナル――――お前が俺を
統括者の顔が、きゅっと強張った。
「何もかも喪った。何もかもだ。人も、立場も、居場所も……
《ホロウ・エリア》に居る以上、もう最前線では戦えない。オリジナルのホロウか死んだプレイヤー達と狭い世界で戦い続けるばかりの日々しかない。大切な人達は皆あっちに居る。戦う理由が無かったのだ。
それでも依頼を受けたのは、間接的に大切な皆を守れると同時に、自分も死ねる戦いだったから。
「だけど、もうそれも無い」
もう疲れた。
この世界がクリアされればSAOサーバーデータは完全消去されるとカーディナルから聞いている。
全てを奪った存在を傍から見て生きるなんて真っ平ごめんだ。自分が歩んだかもしれない道を、為し得たかもしれない目的を達成する未来を、傍観するしかないなんて地獄より惨たらしい未来は死んだ方がマシだ。AIである自分が死ぬ確実な方法はサーバーデータの消去。だからクリア出来るようアルベリヒの捕縛に協力した。
――だが。
黙って死ぬなんて、それもごめんだ。潔く引き下がるつもりなんて無い。脳に自分のデータを上書きするのは不可能と分かっている。リアルに帰れないのは百も承知。
だから死なば諸共。
「じゃから
「そうだ」
見返すという目的を最早果たせないなら、道半ばでもいい、せめて一矢報いなければ気が済まない。そのために求めた復讐の機会。
それがホロウの俺が選んだ道。
「……きっと誰もお主の消滅を望んでおらぬ。それでも、その道を選ぶというのか」
「ああ」
「悲しむヤツが出るぞ」
――脳裏に、義姉の顔が浮かぶ。
夜の海岸で見たあの泣き顔。本物が居るというのに、ニセモノにすら愛情を注ごうと接してくれた器の大きい恩人。心から尊敬している義理の姉。
凛々しく剣を振るう姉の顔が、また涙に濡れる姿が目に浮かぶようだ。
それでも、俺は……
「――もう、戻れないんだ」
求めるものはある。暖かな居場所。漸く得た居場所。居ても良いと言われた帰る場所。大切な人達。大切な名前。ずっと大事にしようと決めていた。
だが、最早それは無くなった。もう二度と手に入る事はない。未来永劫手に入れられはしない。諦めるしかない。
この身が人間でなくなった時から、もう戻れなくなったのだ。
――――ごめんなさい、リー姉。
彼女は優しいから、きっと泣くし、哀しむし、責任を感じるだろう。
それでも俺には、優先するものがある。譲れない
そう選択した。
それだけが。それだけが
「……そうか……ならば儂はもう何も言わぬ」
俺の決意が固いと知ったからか、カーディナルは踵を返した。
同時、俺もまた踵を返し、背を向け合う。
「もうお主と会う事もあるまい」
「そうか……せいせい、するよ」
「それは儂のセリフじゃ。小生意気な小僧と顔を合わせなくて良くなるからのぅ……――――じゃが、すまんかったの、キリトよ。利用して」
「……ここまで協力したんだ。あとは上手くやれよ」
「ふふ……ではの」
「……ああ」
その会話が、俺とカーディナルの最後のやり取りとなった。
はい、如何だったでしょうか。
ホロウキリトは、実は『キリトのホロウ』ではなく、『キリトをコピーしたAIスレイブのホロウ』。なので厳密にはホロウスレイブが正しかったり。アルベリヒがスレイブを作り出した同時期に生まれたホロウをカーディナルが改造した、スレイブの完全同位体。なので記憶も精神も何もかも受け継いでる。
キリト、スレイブとホロウキリトが同時に存在している時点でどれかはカーディナルから特別扱いされてる(《ホロウ・エリア》ではオリジナルとホロウは同時に存在出来ないルール)のは明白。で、過去に描写した~暗躍スル影達~でキリトはユイと、スレイブはアルベリヒに、そしてもう一人がカーディナルに接触されてるので、消去法でホロウキリトがそれに該当。そもそも消えるのはホロウなので、ホロウに対策取らせないと意味がない。
ホロウキリトがGM権限麻痺とか無効化出来てたのも、~暗躍スル者達~でカーディナルに依頼された時にカウンターアカウントを渡されたから。
――実はホロウキリト、ちょこちょこぼろを出してるんですよね。
例えばサチ達を突き落とした後、PoHと殺し合ってる時(第百二十一章) この話でPoHがGM権限持ちの事を察し、問い掛けてますが、アルベリヒがGM権限持ちと判明したのはその日の事(しかもほぼ同時刻)で、更に浮遊城での事なのでタイミング的にホロウキリトは知り様がない。なのにPoHに『是』と答えてる時点でカーディナルと繋がってるのは明白。
PoHはその辺の事情を知らないので気付きませんでしたが。そもそも同一人物のホロウ大量発生という時点で疑えますからね。
そしてカーディナルの依頼に対する条件と見返り。
条件:『依頼一つで終わり』は、もう疲れてるからその戦いで最後にして、後は復讐の方に走れるよう防止。
見返り:『心中/復讐』は、キリトが戦う目的だったものを達成するべく求めたもの。それを為す事で『人』として死ぬという事に。
――さて、ホロウキリトが求める復讐の『対象』は一体誰でしょうか。
まぁ、オリジナルかアキトしか居ないのですが。
今後も本作をよろしくお願い致します。
では!