インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
打鍵してたら、シノン救出劇の話と一緒だとクオリティ下げかねない蛇足的な話が出来ちゃったので、例によって例の如く断章として投稿。文字数少ないからこその投稿曜日以外での投稿だ!
おいおい、とうとう主人公視点が蛇足と作者に言われるようになっちまったよ。大丈夫かコレ()
まぁ、キリト視点は説明口調だからね、説明調キャラは古今東西視点にすると雰囲気ぶち壊すから是非もないよネ!(不要とは言ってない)
主人公とは(哲学)
文字数は約六千
視点はオールキリト。幕間でよもやキリトをメインに出す事になるとは思いもしなかった……
ちなみに後書きはありません(不穏)
ではどうぞ。
――――
コンソールで幾つかの操作を経て、改めて眠る弓使いの仲間のアバターを消滅させる。
消える時のエフェクトは転移時のものだったから、消滅というよりは隔離と言うべきだろうか。もし死亡時のエフェクトだとしたら幾度も見て来たプレイヤー達が逝く瞬間を幻視していただろう。
アバターが消えるのを見送った後、またコンソールパネルを打鍵し、研究文書に記載されていた『具象化』を行う。緻密且つ複雑極まるグラフが幾つもホログラフィに展開される。その内容に眼を通し、経過を追っていけば、無事シノンが見ている夢の『具象化』は成功したようだった。
前提としてコレが出来なければ自然に起きるまで待つしかなかったから少し安心する。
本来であれば、仮令悪夢を視ていようとこんな方法を取る必要は無いし、取るべきではない。プライバシーを著しく侵害する行いだからだ。アルベリヒが行おうとしていた事が外道と言えるのはここに端を発している。つまり目的が違えどその技術を用いている俺も、アスナが言ったように人助けの為に使っているからまだマシではあるが、客観的に見れば外道に値する訳だ。
特にシノンのように、現在に至るまでの何かが過去にあった人物について勝手に調べるのは最大級のタブーに当たるだろう。
それでも須郷が今後行う予定として挙げていた研究を利用してまで早急にシノンを助けようとしているのは、ただならぬ事情を抱えているという確信を持っているからこそ。
人が見る悪夢にも、幾つかの種類がある。
端的に言うなら、過去の経験に基づくものか否か。
俺の場合で挙げるなら、過去見捨てられた恐怖経験に基づき、夢の中の直姉が俺を見捨てるという内容。これは過去の経験に基づいている。『見捨てられた』という恐怖体験が夢の根幹を為しているのだ。ホラー映画を見た夜にオバケ関連の夢を視るのも『ホラーへの恐怖』が基になっていると言える。
経験に基づかないものだと、殺される夢などだろう。一般的な生き方をしていれば殺されかけるような経験はまずしない。殺された経験がある者はそれこそ絶無。極論だが、これが経験に基づかない夢である。
トラウマの夢は言うまでもなく前者。
少しの切っ掛けで途轍もない恐怖心を抱き、恐怖体験を今現在起きているかのように感じるフラッシュバックが起きる苦しみは、相当なものだ。今のシノンはそれを幾度となく繰り返している。普通の悪夢は何かしらの抜け道はあるが、トラウマレベルの恐怖経験に基づく悪夢は出口が無い。恐怖が恐怖を呼ぶ無限地獄と言っても過言ではないだろう。恐怖する物事への恐怖がフラッシュバックを引き起こし、今起きているかのように恐怖体験を想起し、また恐怖を抱き、フラッシュバックを……の繰り返しなのだ。一度切っ掛けがあればそれに陥るのだから電磁パルスを解除したところで意味がない。
故に心が無事なまま自然に目覚める可能性は限りなく低い。よしんば目覚めても、心にある『恐怖』という傷を大きく抉られているから、マトモな精神状態でないのは明らか。普段の冷静な様子からはちょっと考えられない程の錯乱ぶりを見せるのは確実。
だからその連鎖を断ち切る必要がある。それも夢の中で、悪夢を。
人の夢、すなわち精神に入り込み、干渉するなど出来る筈無いが、須郷が企てた研究はそれを可能とするものだった。今正に必要としている『技術』があるのだから使わない手は無い。シノンの今後を左右する契機だから躊躇している暇も惜しかった。
アスナはその判断を支持してくれた。やや潔癖というか、まっすぐな正義感を持つアスナは反対すると思ったけど、あそこまで言ってくれたのは予想外だったから素直に嬉しかった。
リーファは肩越しにこちらを見る眼は穏やかだったから反対はしていないが、諸手を上げての賛成でもない。シノンを今のまま自然に起きるまで待った場合とを天秤にかけ、こちらの手段を取らないとマズい事は察しているから何も言わないのだろう。かつてフラッシュバックで苦しむ姿を見せた事があるからこの手の理解もかなりのものなのだ。
――――
コンソールから展開された何枚ものホロパネルを視る。あの研究文書は未だ未実験だから理論上のものでしかなかった訳だが、幸いな事にどれも理論と自分の予想通りに展開されている。
問題はシノンの悪夢を断ち切る為の行動だ。
拳銃がポイントだとは分かるが、一体どういう経緯でトラウマになったのか。よくよく思い出せばシノンがSAOに来る前の事を俺は知らない。《メディキュボイド》を使っている話は皆から聞いたが、何故使っていたのかは誰も聞いていないのだ。強くなることへの執着がかなり強かったから過去に何かあったと察して気を遣っていたのがここに来て仇となった。後悔はしていないが、聞いておけばよかったと思わなくもない。
「まぁ、今更か……」
コンソールを操作しながら呟く。横にいるアスナに首を傾げられるが、何でもないと言って作業に戻る。
――――ふと、ホロパネルに目を通しているとある単語が目に入る。
――――
ゾワ、と感覚が研ぎ澄まされた。体が動く感覚が生じたが、アバターに反映される前に無理矢理抑え込む事で、不自然な形で動きを止める事は無かった。幸いにも設定を終えるべくエンターキーを押した時だったから違和感はない筈だ。
「これで指示を出せば、シノンの夢の具象化空間に転移する」
「そっか……一体何を抱えてるんだろう、シノのん……」
体が硬直した事は気付かれていなかった。視線をホロパネルからシノンに移していたから見えていなかったのだろう。
「行けば分かる」
「……うぅ、勝手に過去を見るようで気が引けるよ」
「後で一緒にいっぱい怒られればいい」
『怒る』というのはかなりのエネルギーを要する。それも他人に対して怒りを抱くとなれば、それは自身が抱く恐怖を一時的にでも払拭出来ているという事。つまりはシノンを無事救出し、メンタル面で安定している状態に出来る事を前提に俺は言ったのだ。言外に失敗しないよう頑張ればいいんだ、と。
アスナもそれは同意のようで、ほにゃ、と幸せそうな笑みを浮かべた。今からシノンに怒られる未来を想像しているらしい。
「そうだね……悪い事しちゃった後は、いっぱい怒られないとね」
「その為にもしっかり助け出さないといけない。どんな過去があったのかは俺も欠片も把握してないから、気を張って行こう。多分チャンスは一度だからな」
「もー、緊張するからそういうこわい事言わないでよぉ……」
むぅ、と唇を尖らせながらの不平に、少し苦笑する。《圏外》に居る間にここまで気を抜くアスナはひょっとすると初めて見るかもしれない。
「ホントの事だからな……さて、いい加減行こうか」
「二人共伏せてッ!」
何時までもシノンを苦しませる訳にもいかないからと思って話を切り上げ、転移するべくコンソールに向き直ったところで、リーファが叫ぶ。
何故、と思って振り返る。
――――二つの事象が立て続けに起きた。
乾いた破裂音と、金属がぶつかり火花を散らす音が部屋に響く。前者は銃撃、後者は放たれた弾丸を剣で弾いた音だ。
「ホロウッ?!」
「まだ居たのか!」
発砲音がした方を見れば、入り口に陣取る複数の人影が目に入った。どれも《攻略組》の顔ぶれだ。でも彼らは今囚われの身だからホロウとすぐ分かる。拳銃を持っている事からもそれは明らかだ。
てっきり《ティターニア》との戦いで全部殺し尽くしたと思っていたのだが、どうやらそうでは無いらしい。
この《生命実験体格納庫》という名前のエリアは、《ティターニア》と戦った部屋から一直線に来れるところでは無く、途中で幾つかの分岐があった。恐らくその分岐路からこちらに来たホロウ達なのだ。ユイ姉達が殺された訳では無く、そちらに行かなかっただけ。
要は間が悪かっただけだ。
「伏せろっ!」
背を向けていた俺達を守るべく射線上に立ちはだかり、放たれる正確無比な銃弾を全て斬り払っている義姉へ返すようにそう指示しながら、氷を表面に張り付けた氷の大盾フリーズプライドを彼女の前に展開する。
盾に直撃するとHPを削られ激痛が再現されるが、氷の障壁を貼り付けて防御すればどちらも防げる事が刃竜との初遭遇時に判明しているからこそのチョイスだ。一手間掛けなければならないが、その手間も自由に盾を展開出来るアドバンテージを考えれば無いに等しい。
展開した盾で銃弾を防げたと分かった後、深紅の魔槍ゲイ・ボルグを右手に取り出し、逆手に握り込む。魔槍を担ぐのと並行して、穂先には紅蓮の炎を灯すイメージを練る。アクアリウムを弓に番えて放つ時と同じ要領のイメージは、勿論大爆発による一掃を狙っての事。レベル差のせいで一撃は無理だろうが流れを変えるなら十分だろう。
そうして槍の穂先から炎の螺旋が迸り――――
――――
今まで殺して来た人でも、魔槍繋がりでケイタを思い出した訳でもない。
その顔は、俺だった。病的な白さの肌と、髪、服装。眼球は黒く、瞳は金色。覗く舌は青い色。その色合いは別人格の“シロ”そのもの。
でも違う。
造形が瓜二つの白い俺は“シロ”では無い。
だって“シロ”はそんな顔をしない。今まで見て来た嘲りの嗤いの中には、確かに俺に向ける思いやりがあった。剣を向けて来る理由もそうだった。だから“シロ”の笑う顔は不敵のそれ。
でも、幻視した顔は、純粋な嘲り。
喜悦と愉悦だけを混ぜ合わせた純粋な嘲りの顔だった。
吐き気がした――――でも、代わりに蟠っていた脳髄の痛みがスッと消えて、思考とイメージがクリアになる。穂先から渦巻く炎の勢いが一瞬で三倍以上も大きくなった。
その炎は俺も、近くに居るアスナすらも焼く。皮膚が焼ける激痛が襲う。柄を握る手も、深紅から明るい朱色へと赤熱した槍に焼かれている。
「ちょ、キリト君、強いよ?! 私もキリト君もダメージ受けてるから?!」
「ぐ……っ!」
抑えようとするが、むしろ却って勢いが増す一方。こちらの制御を外れたそれは俺の方が驚いているくらいだ。
仕方ないから真上に飛び上がり、投擲。深紅の軌跡を描きながら一直線に滑空した魔槍はホロウ達の中心に着弾すると共に想像を絶する大爆発が起きる。あまりに強いせいで爆風に煽られ壁に叩き付けられ、同じく煽られた氷の大盾が上からぶつかってきた。風で跳ぶ事はおろか防ぐイメージすら間に合わなかったのだからどれだけ強かったかは推して知るべし。
叩き付けられたせいで全身を激痛が走るが、それでも床に激突して追加されるのは嫌なので、意地で風のイメージを練って空を飛ぶ。幸い二人は伏せていたからか吹き飛ばされていないようだった。
がらんがらんと盾が床に落ちてけたたましい音を立てる。
入り口付近を見ればホロウ達が持っていた拳銃や装備していた武器が落ちていて、人影は全くない。目の前にはPKによって得た経験値とコル、ランダムで手に入ったストレージ内のアイテムが明記される。どうやら今の一撃で即死したらしい。
ゆっくり風で舞い降りながら眉根を寄せる。
《ⅩⅢ》のイメージによる属性威力は、その属性を司る武器攻撃力に依存している。炎は戦輪、風は長槍というように。アクアリウムの水塵爆発やさっきの爆発は見た目こそ単発だが、幾重にも重なったドームを意識してイメージをしていたから、厳密には多段攻撃になる。これなら一回の攻撃分で複数回になるから時短になって生存率も上がると思って編み出した攻撃方法だ。誤爆した時が大惨事だから味方が居る場合はまず使えないのは数少ない欠点である。
ただ、《ⅩⅢ》の武器攻撃力が九十層レベルの武器と思われる王剣クラレントと同等でも、流石にカンストステータスのホロウ達を一撃で倒すのは不可能。幾ら多段ヒットだとしてもだ。
攻撃力値はシステムに依存しているものだから不変。
であれば、恐らく俺が練ったイメージに変化があった。『これでは倒せない』という偏見や固定観念にも似た考えを打ち破る何かが変化を齎し、あの爆発の攻撃回数を飛躍的に増加させたのだろう。
それは本来あり得ない。
《ⅩⅢ》の属性攻撃は、装備者のイメージに左右される。極端に言えば、装備者が『絶対できる』と確信を抱いて想像したものは発生する死、『出来ない』と思っている事は絶対に起き得ない。
それに照らし合わせれば、今の攻撃は異常だ。
俺が想像していた攻撃と予想していた結果を裏切った。《ⅩⅢ》を扱う以上明確に過程と結果を想像するようになった今、それが起こるのは原則あり得ない。防がれた、耐えきられたなら相手側に要因があるから分かるが、これはおかしい。
――――再び、ワラう白の顔を視る。
その顔は、まるで
ゾクリと背筋に怖気が走った。
属性攻撃のイメージを大きく上書きし、俺の予想を超えた力を発揮したのは、俺の中にいる何かだ。でもそれは“シロ”では無い。だとすれば自分が知らない何かがまだ巣食っている事になる。
恐ろしいのは、自分はおろか、近くに居たアスナをも巻き込む程の想像を、謎の白が引き起こした事だ。
“シロ”であれば、まだ体を引き渡してもいいとは思っている。生きる事を諦めた時に体を奪う宣言をしているあいつは、これまで幾度か表に出て来た時、結果的にとは言えみんなを守るように戦ってくれた。地下迷宮での事も含め信用出来る存在だ。
でも、さっきのは違う。
アレは間違いなく表に出たらダメなヤツだ。その確信がある。
――――ワラう白の顔を視る。
同時に、さっきまでの比では無い強さの頭痛が起きる。全身を襲う痛みに混ざってるから総体としては然程変わらないが、一定間隔で頭蓋を強く叩かれるような痛みは正直辛い。辛いが、あまり表には出さないようにする。休むのはもう一仕事終えてからだ。
体の痛みや頭痛は慣れたもの。
でも、心の痛みは決して慣れず、何時までも苦しくて、辛いもの。それをシノンは受けてるのだ。それから解放してからなら気にする事が無くなるから一番いい。
だから必死に表情を取り繕う、全身を苛む痛みが引いていくにつれて顕著に訴える頭痛を気付かれないように。
今休んだら、何かが終わる。
そんな予感があった。
――――かえして?