インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
今話の視点はキリト、ユイ姉、束さん。
今話もやっぱり伏線回。束さんの視点も超伏線。
文字数は約一万六千。
ではどうぞ。
「……な……っ」
フードの下から現れた素顔を見て愕然とする。
その顔は、MHCP試作一号として名を連ねる義理の姉が大人の姿となった時の顔と、瓜二つだったから。本人と言われても信じられるくらいまったく同じ。
記憶の中にある顔と較べるとやや細めでキツそうな印象を受けるが、誤差の範囲内でしかない。
――――まさか、新たなMHCPか……?!
一瞬、新しく出て来たMHCPの一人かとも考えた。MHCPは現行のシステムでは正式には認められていないシステムプログラムだから、その存在だとすればカーソルやHPゲージが無い事も納得出来る。
――――いや、でもそれだと、あんな強さと武器に説明がつかない
しかしそう仮定すると、俺と同じ武器やリー姉以上技量を持つ事に対して疑問が浮かぶ。
元々MHCPは人のメンタルカウンセリングを目的にプログラムを組まれている。つまり戦闘を前提にしたものではなく、戦闘経験や技術は全てゼロ。ユイ姉は実際そうだった。
仮にプレイヤーの観察を続け、リー姉の技量を見取り稽古してものにしたとしても、あくまでそれはリー姉と同じ技量というだけ。片手間で圧倒する程の域には達せない筈だ。
レア姉の場合は見取り稽古で、表に出て来てからはコッソリと戦闘経験を積んで、《両手剣》の扱いを会得したのだろう。
ただ、かつてのレア姉、今のユイ姉のように裏でモンスターと戦って経験を積むにしても、システムに認められていない――一度消滅される以前のユイ姉のような――状態だと経験値を得たところでレベルなど上がり様がない。そもそもMHCPのデータのままではステータスなど碌に設定されていないとユイ姉からも聞いている。
一方に納得がいく理由を考えても、もう一方と矛盾してしまう。
何なんだと、馬上で困惑に顔を歪める。
「――――混乱させてしまい、申し訳ありません」
こちらをじっと、静かに見つめていたアンノウンは、開口一番の謝罪と共に頭を下げてきた。
「本当はこうして接触するべきではないのでしょうが……それでも、これまでの全てがリセットされたなら、最初にすべきだと思って。本当なら、初めて会ったあの時にするべきでしたが、リセットされた可能性に気付いたのが最近でしたから……」
「……何を、言って……?」
アンノウンが口にしている内容はそこまで多くないが、理解出来るものが少なすぎた。アンノウンにとって『最初』というものの場合、こうして俺に接触し、何かをする事は義務のようなものらしい事は分かった。
でも正直分かった事はそれだけだ。
『リセット』とは、何を意味しているのか……
その困惑は理解しているのだろう。頭を上げたアンノウンは、馬上のこちらを真っ直ぐ見据えて来た。黒く輝き、けれどどこかくすみが見える瞳が、俺を真っ直ぐ射抜いてくる。
「嘘だと、信じられないと、そう思うかもしれません。けれど、どうか私の話を聞いて下さい」
そう、ただただ真摯に、希う様に――――縋るような眼で、言って来た。
――――覚えのある眼だ、と。
そう思った。
この手で斬ったオレンジ達が命乞いする際に見せた眼であり、死に目に遭っている罪の無い人の眼であり――――地獄で見た、脳裏から離れない眼だ。
きっとこの眼を、かつて俺自身もしていたのだろう。
そう思うと、ぞんざいに返答する事は憚られた。何故かはわからないが、アンノウンは自分に望みを、希望を懸けていると分かってしまった。
……本音を言えば、聞いてあげたいとも思う。
「――――今は、無理だ。さっきも言ったが急いでいる」
だが今は、ユイ姉と《笑う棺桶》の戦いを止めるのが先決だ。そもそもユイ姉を待っていたのも、《攻略組》が囚われている場所を訊くためで、そちらも急がなければ手遅れになる。
話を聞くのは《攻略組》を助け出した後でも遅くないのだ。
「義理の姉と、《攻略組》の事ですか」
「知ってるのか」
「識っていますよ。視てましたから」
「……そうか」
平然と、何でもないように言うアンノウンの物言いに、内心で若干の苛立ちを覚える。視ていたのなら、そこに行って防ぐ事も出来たんじゃないのかと。
しかし俺はその苛立ちを抑え込んだ。事情や立場は全く分からないが、俺達に無条件で力添えをするような間柄ではないのだ。そんな相手にこの苛立ちをぶつけるのは理不尽だ。そもそもその事態を防ぐか解決出来るだけの力を持ち、行動していれば、この状況には陥らなかった。
アルベリヒや《ティターニア》がマナーレスな集団だったとは言え、オレンジやレッドギルドのような行いをしていなかった時期に斬るのは俺自身がしなかった。それを悔やんでいるのは、そうしていれば未然に防げた事があるからであり、結果論でしかない。当時はこれで良いのだと判断していたのだから己の決断を悔やみこそすれ相手に非をぶつけるのは理不尽でしかなかった。
「――――責めないのですか? 私は、彼らが、彼女達が囚われる様を、ただ黙って視ていたのですよ?」
「――――逆に訊くが。責めて欲しいのか」
「それ、は……」
キツい言い方だったかと、表情を歪めて言い淀む反応から思ったが、謝罪はしなかった。
この苛立ちをぶつけるのは理不尽だ。けれど、だからと言って何もかもを許す訳じゃないし、自分も聖人君子じゃないから感情的にもなる。ましてやアンノウンはリー姉以上の強さを持ち、俺を一撃で気絶させる能力を持ち、通常持ち得ないシステム的な権限を持っているのだ。
アンタなら助けられたんじゃないのか、と。
そう思ってしまうのは仕方ないと思う。
「……確かに何も感じていないと言えば嘘になる。普通のプレイヤーやNPCには持ち得ない能力を持っているアンタなら、GM権限を使いだしたアルベリヒにも敵うんじゃないかと、そう思っているのは確かだ」
「私は……私では、GM権限には敵いません……――――いえ、仮令敵うとしても、その後はみんな……」
悔しげに、悲しげに表情を歪め、俯くアンノウン。小声で呟いた部分は聞こえなかったが、表情からして碌な事にならない事が読み取れる。
ともあれ、アンノウンでもGM権限には敵わないらしい。
「ならアンタを責める事は出来ないな。GM権限に敵わないと理解して挑まなかったのは理性的で、合理的だ。勇気と蛮勇を履き違えていない」
「……私は、ただ臆病なだけです」
「……」
バツが悪そうに、視線を逸らして言うアンノウン。
どうも何か後ろめたく思っている事があるらしい。様子から察するに、《月夜の黒猫団》やサチ、ケイタに対する俺のような感じか。
……俺とアンノウンの接点はかなり少なくて、対人関係に至っては全くない筈なのだが。
それでもアンノウンの反応から、恐らく俺に対して後ろめたい何かを抱いているのだろう事は分かる。真剣に沈んでいる様からは虚言の類が感じられないから彼女にとっては真実なのだろう。
きっとその真実に対する思いが、素顔を晒しての対話に至らせた。
どうして今になって素顔を、それも俺が一人の時を狙ったかのように晒し、自らを責めるような物言いをしているのかは分からない。気にならないと言えばそれも嘘になる。何が切っ掛けになったのか。
――――だが、訊くとしても、それは今では無い。
今でなくて良いのだ、それは。
「――――悪いが、今はアンタに割ける時間は無い。話なら後で訊く。話す気があるなら、管理区で待っていてもらいたい」
さっきも言った事と共に、こちらの要求も伝える。言外に皆一緒でなければ話を訊くつもりは無いと伝えていた。同じ説明をするのは面倒だからというのもあるが、又聞きの話だと信じられないような内容の予感がしたからでもある。
それに、アンノウンの事をリー姉やユイ姉達はかなり警戒していた。俺から大丈夫と伝えても心配されるだろう。
自分達の眼で、アンノウンの事を判断して欲しかった。
「待って下さい……! 私がこうして素顔を見せたのは、あなたへの信頼を示すと共に、力を貸すつもりだからなんです」
「……力を……?」
馬の腹を蹴ろうとしたところで語られた内容に気を取られ、改めて視線をアンノウンに向ける。
黒髪の女性は、何か訴えかけるような面持ちをしていた。
「つまり……要するに、自分も一緒に行くと」
「そうです」
「――――なら乗ってくれ」
返答を聞いて、間を置く事無くそう返す。
あまりの即決にか、アンノウンが瞠目した。信じられないとでも言いたげな眼を向けられ、何故驚いたのかを察している俺は、馬首を巡らせながら口を開いた。
「さっきから時間が無いと言ってるだろう。どの道俺程度ではアンタには敵わない、アンタに敵意が無いならそれを信じるしかないんだ。本当に力添えをしてくれるならこれ以上無く心強い味方になるからでもある」
その気になれば、アンノウンは俺を殺せる。抵抗しようにもリー姉とユウキ、ユイ姉の三人がかりで掠らせる事も出来ない相手に勝てる筈が無いし、そもそもここまで接近されていたら躱し様がない。馬上に居るのも機動力を殺している。
なら俺に残された選択肢は信じるだけ。
素性も分からず、何を目的にしているかも分からない謎だらけのアンノウンの言葉を、ただ根拠もなく信じるしか道は無い。
騙され、殺されるならそれまでだ。
本当に力添えしてくれるなら、これ以上無く心強い味方が出来るというメリットがある。
メリットは味方が出来て、デメリットは死ぬという釣り合いの取れていないギャンブルだ。
――――だが。
「これ以上の理屈は必要か? アンタの言葉を信じたと、そうアンタに信じてもらうための理由はまだ不足しているか?」
「いえ……――――いえ、十分です……ありがとう、ございます……!」
双眸を眇め、涙を滲ませ、哀しげに礼を口にする様を見て、信じていいだろうと思わせられた。信じるだけで歓喜に震える相手が騙してくるとは思えない。
……世の中には、女の涙を武器にする輩もいるが。
そんな悪女では無いだろうと、何となく直感で思っていた。
きっとそれは、今までの遭遇で殆どがこちらの利になる事ばかりの行動をしていたから。だから信じてもいいと思えた。
涙を拭うアンノウンの手を引いて後ろに乗ってもらった後、こちらのお腹に手を回すよう指示を出す。身長差のせいでアンノウンの腕が脇をくぐるように胸に回されているが仕方ない。
しっかり掴まった事を把握してから黒馬の腹を蹴り、進行を再開させる。
「そういえば、アンタ、名前は何て言うんだ? 何時までも『アンタ』じゃ流石に困る」
マップを見つつ、黒馬を走らせながら後ろの女性に問い掛ける。
「私の、私の名前は――――ヴァベルと、言います。ペルソナ・ヴァベル……そう、お呼び下さい」
「……そう、か……俺は、キリトだ。よろしく」
――――本来、プレイヤーやNPCの名前に意味を求めるのは無駄な事だが。
不思議と、あまり受け容れたくない名前のように感じた。
「ええ、よろしくお願いします……――――キリト……」
あまり誇らしそうにしていないと感じたのは、俺の錯覚だろうか……?
***
戦って、戦って、戦って。
執拗に追い回してくる男達と戦い続ける中でどうにか遺跡の外――――エリアの入り口側に抜けたところで、男達の追跡が漸く途絶えた。どうやらこの遺跡の内部は《笑う棺桶》の根城、あるいはホームのような状態で、完全に地の利を奪われているらしい。
モンスターを従えている訳では無いが、その配置や内部構造を利用して四方八方から神出鬼没ばりに襲撃してくるものだから、全く気が休まらなかった。外の崖にもグリフォンや蜂型モンスターが居るから気は抜けないが、内部に比べれば遥かにマシだ。
この時ばかりはAIという疲れ知らずの身である事が有難く思える。
「漸く一息付けますね……あなたも、大丈夫ですか?」
「ん……」
すぐ隣で油断なく周囲を警戒している少年は、短く頷いた。
――――あどけなさを含むその様が、やけに義弟の姿と重なる。
というか容姿からして完全に瓜二つだ。このプレイヤーもホロウなのだと言われた方がよっぽどしっくり来る、それくらい容姿は同じ。在り方や雰囲気も近く感じる。
「……まずは、お礼を。助けて頂いてありがとうございます……私の名前は、ユイ。見ての通りNPCですが、少々込み入った事情があるので、その辺は機会があればという事で」
何となくあまりそこを突かない方が良いと直感が告げていたので、無難に自己紹介からする事にした。私は一方的に知っているが、モニタリングという名の監視をしていたと告げて悪印象をわざわざ持たれるつもりは無いので、管理区のスタッフNPCであるところは微妙に誤魔化しておく。
そう自分の事を告げると、黒い魔剣を携える幼い黒騎士が、目を眇めて見上げて来た。
――――その眼には、隠しきれない郷愁の色があり。
一度の瞬きの後、全き闇に隠される。
「――――スレイブ……そう、呼ばれてる」
「……ッ」
哀しげに、噛み締めるような声音で告げられた名前に、思わず顔を顰める。人の名前に対して渋面を見せるなど失礼でしかない――――そんな事は分かっているが、分かっていてそうなってしまうくらい、その名は酷いと思えるものだった。
“奴隷”などと、一体誰が付けたのか。
考えるまでもなかった。
――――嗚呼、本当に醜い。
思考に浮かべるだけで胸中に湧き上がるこの嫌悪。あの男をモニタリングした時に流れて来た思考と感情は、正直とても不愉快なものだった。
……なまじ、純粋な精神のプレイヤーと一緒に居過ぎた弊害でもあるのだろう。
あの少年――――義弟キリトが抱く怒りなどの負の感情は、他の者と違って期間が短く、また純度も薄い。『罪を憎んで人を憎まず』というように、彼が向ける怒りの対象は相手が行った行為であって、目の前にいる相手そのものではないからだろう。
それが美徳である事は間違いない。
――――だが、だからこそ異質なのだ、彼は。
あそこまで虐げられて。
あれ程までに責められて。
その美徳を維持し続けるなどあり得る筈が無い。
――――間違いない、と確信を抱く。
異質に過ぎる在り方は、他者と較べればすぐ気付く。なまじ近しい者であれば尚の事。
「スレイブ――――いえ、あなたは……!」
「――――ん……」
驚愕と、哀しさ、怒り。
それらが綯交ぜになったモノを抱きながら核心を突けば、また哀しげな笑みを浮かべられた。
それこそが答え。
言葉は不要だった。
「何故……今まで、言わなかったのですか……!」
全てを察した私は、責めるように、血を吐くような思いで問いを発した。
私でなくとも、リー姉達と会った事はある筈なのだ。その時に己の素性を晒していれば苦しむような事は無かった。何故自らを押し殺してまであの男に付き従っていたのか、それが分からなかった。
――――仮令、己の存在が虚構のものであっても。
自身が無条件の信用を寄せている義姉に一言も言わなかったなんて、考えられなかった。ホロウのキーのように感情的になってまで取り返そうとする筈なのだから。
その疑問がぐるぐると頭の中で回って、どうあっても苦しい身の上になる義弟の現身の事を考えて涙が滲んだ。両肩を掴んでキツく抱き締める。
「――――ん……」
腕の中にアッサリと収まった少年が、心地良さそうな声を弱々しく発す。
今まで我慢していて、その果てに得られた僅かな幸せで満足しているような、そんな反応。
「ばか……本当に、あなたは、ばかです……!」
「ん……」
その反応が苛立たしくて、同時に哀しくて、涙混じりに罵倒する。それすらも喜びとなっているから始末に負えない。
――――この子は、もうどうしようもないくらい傷付いてしまった。
何かが決定打となった。
自分を支える芯となるものが根幹から折れてしまって、自ら鼓舞する事も、奮起する事も出来ないくらい疲れ果ててしまって、その末に《ティターニア》から離れた。私がまだ把握していない何かを《ティターニア》がして、それがスレイブ――――義弟にとっての禁忌だったのだ。
一人で戦い抜くに足る強固な《芯》。
それを一発で壊す程の禁忌を、《ティターニア》は犯したのだろう。
「苦しかったなら、皆さんに、助けを求めればよかったんですよ……!」
その一発が決定打になったとは言え、《ティターニア》が現れてから今日まで数日の期間があった。その間にも苦しい事は沢山あった筈だ。勿論クラインさんを始め自身を受け容れてくれる人達と顔を合わせた回数も何度かあった筈だ。
その時に叫べば良かったのだ。
――――たすけて、と。
その一言があれば、仮令怪しいギルドのメンバーだとしても、お人好しな彼らは助けに動いた。その過程で黒騎士があの少年であると気付いたに違いない。
今まで黒騎士の素性に誰も気付かなかったのは、先入観があったから。
《ホロウ・エリア》は《ホロウプレイヤー》の存在がシステム的に認められていたからアッサリと受け容れられた。だが《アインクラッド》側では同一存在のプレイヤーが存在する事は原則あり得ない。
それを前提として考えていたから、黒騎士が【黒の剣士】であるという結論に至らなかった。
……その結果が、今だ。
この状態になったのがオリジナルじゃなかったから良かった――――そんな事、口が裂けても言えないし、思う事も許されない。仮令精神や記憶をコピーされたAIだろうと、彼は彼に違いないのだ。別人だとしても過去が同じである以上は黒騎士も義弟には違いない。
気付けなかった事を、仕方なかったと済ませる事は出来ない。
でも、最早手遅れだ。
AIは、人間ほど柔軟な存在ではない。
どれだけ人に似ていようと、人間としか思えない程の知能を見せようと、《AI》というプログラムである以上絶対不変の根幹がある。人間は他者の影響で常に変化し得る存在だが、AIはそうではない。
私にとって絶対不変のものは『人を癒す事』。それを投げ出す事は決して出来ない、どんな選択をしようと誰一人として癒せない場合は何も選べず、葛藤し続け、何れはエラーを蓄積し、自我は崩壊する。人を傷付けるしか無く、誰も癒せないとなれば、自分の存在意義や定義を犯す事になるからだ。過去、正にそうなっていた。
義弟キリトにとっての決して譲れないものを侵される事が起きた以上、遠からず黒騎士の精神は崩壊する。
今は、押し殺していた欲、感情で崩壊を防いでいるだけ。
私がその楔となり得ているのは、今まで黒騎士と顔を合わせた事がなく、しかし黒騎士になる以前の少年とは近しい関係になっているから。
黒騎士となってから面識が出来た者と顔を合わせれば、終わりだ。
恐らく《ティターニア》がした禁忌は、少年にとって近しい人々や守って来た人々を傷付ける行いだ。それに黒騎士も加担せざるを得なかった。逆らう訳にはいかず、しかしそれをするとなれば己の存在定義を犯す。その果てに自我が崩れかけている。
今この少年の精神が幼いのは、成熟した思考を為せるだけの余裕がないから。
その余裕があったら、その余力を思考に回し、自ら破滅へと一直線に進んでしまう。その確信があった。
「もっとわがままになってくれれば、よかったのに……!」
掠れた声での懇願も、手遅れである事を更に自覚させて来るものでしかなくて。
「……ん……!」
これがそうだ、と言わんばかりに擦り付いくるその反応が、尚更こちらの胸の内を苦しいものにしてくる。
――――怨みますよ、《ティターニア》……!
虚構とは言え、愛しい義弟に変わりない少年をここまで傷付けた事は、決して許さない。必ずや後悔させると、私はそう固く誓った。
*
黒騎士の少年を抱き締めて、気付けなかった事を悔やむ事暫くしてから、今日は《アインクラッド》の最前線攻略に出ている筈の義弟キリトが黒馬を巧みに操って駆け付けた。
私とホロウのキーとで速攻で倒したコボルドロードも三分足らずで撃破し、ここまで来たらしい。二人掛かりで五分ほど掛けたボスを相手に一人なのに三分足らずで倒せたのは流石である。
どうやら無事に逃げられたサチさん達からマップデータを貰っていたらしい彼は、それを確認しながら全速力で来ていたので、途中からNPCである私のイネーブルーの近くに《ティターニア》のギルドマークが付いたプレイヤーが居る事に気付いたらしく、顔を見せた直後はかなり殺気立っていた。
とは言え、そのプレイヤーが黒騎士と気付いたら、その殺気は嘘のように掻き消えたのだが。
というかナンさんが黒騎士と一緒に居る事の方がよっぽど驚きだったように見えた。
「――――改めて、挨拶しておこう。キリトだ。こっちの人はペルソナ・ヴァベルと言う」
「……」
お互い知らない者同士だからか、私は黒騎士を、キーはアンノウンをそれぞれ紹介する事になった。勿論私とキーは知っているから残る二人の為の紹介だ。
私としては黒騎士の自我が崩壊するのではと危惧していたのだが、どうにもオリジナルの姿を見てもその兆しが見えない事に内心首を傾げつつ、紹介されたアンノウンを見る。
先ほどからずっと無言を貫いている黒コートの人物ペルソナ・ヴァベルは、彼曰く以前から度々姿を現しては敵対行為を、あるいは助けになる行為を繰り返しているアンノウンその人だが、今回は彼の手助けをするべく姿を現したらしい。しかもそれをしっかり宣言してまでいるという。
なら私と黒騎士にも言ったらどうなのか、そもそも何でまだフードを被っているのかとも思うが、その辺は譲れないのか頑として無言を貫いている。
今の態度はともかく、彼に宣言している時の姿勢や態度は真摯なものだったから、手助けする点に関して信用はしていいと彼は判断しているらしい。それが何時まで有効か分からないので完全に信用するのは難しいが。
一通り自己紹介が終わった後、互いに何があったかの情報交換を行った。
こちらの事はサチさん達から一通り聞いている事もあってすぐ終わったが、問題は《アインクラッド》側の方だった。何と《ティターニア》が《攻略組》の人達をどこかに捕らえ、剰え《高位テストプレイヤー権限》を持つユウキさんの記憶と精神を改竄までしたのだという。
彼女はそれを自力で破ったらしいが、それでもアスナさんやリー姉達が囚われの身になった以上、何時改竄されてもおかしくはない。というか十中八九既に改竄が行われていると予想されるため、私の帰りを待っているところだったという。
最初は【ホロウ・エリア管理区】で待つ筈だったのに此処に来たのは、サチさん達から自身のホロウが裏切った話を訊き、更に《笑う棺桶》と私が戦っている事から心配して来てくれたようだった。
黒騎士の助けがあったから何とかなったとは言え、彼が来なければキーが駆け付けるまで千日手だったと思うから、その行動は純粋に有難かった。
「心配して下さってありがとうございます」
「いや、それはいいけど……スレイブとしてはいいのか? 俺は《ティターニア》やアルベリヒを潰す為に動いてる訳だが」
「別に……もう、どうでもいいから……」
「……そうか」
ぎゅっ、と私のコートの裾を掴み続けている黒騎士は、オリジナルのキーの問いに投げやり気味に応えた。自我崩壊とはいかずともかなり忸怩たる思いはあるらしい。
それを知ってか知らずか、キーもそれ以上追及する事は無かった。
……多分だが、彼は黒騎士の正体に気付いていて、黒騎士の方も気付かれている事を理解している。
容姿がそっくりなのは勿論だが、ナンさんが異様に懐いていた事が核心を抱かせたのだと思う。自身と敵対関係にある者には決して懐かない小竜が自然に懐いていたのを見て主として察したのだ。彼の洞察力だともっと前から気付いていた可能性も捨てきれないが。
しかしお互い分かった上で触れない事にしたようだ。
別人とは言え、それでもほぼ同一存在だからか、言葉にしなくても通じるものがあるらしい。あるいはさっき聞いた話のように幾度か刃を交えた事があるからか。
「――――ユイ姉、俺のホロウとアルベリヒ達が何処にいるかは分かるか?」
忸怩たるものがあるだろう彼は、それを振り切って視線を黒騎士から切り、私に向けて問いを投げて来た。
《ティターニア》の事も聞いて来たのは、恐らく黒騎士が《ホロウ・エリア》に居る事に起因するのだろう。あの男達の拠点がこちらに無ければ彼も此処には居ないと踏んだのだ。
そして、それは正鵠を射た推察だ。
「ええ、丁度このエリアに居ます。ホロウのキーとPoHも……双方の位置があまり離れていない事がやや引っ掛かりますが」
「それは……都合がいいと思うべきか、厄介と思うべきか迷うな……正直両方相手になんてしてられないぞ。間違いなくアルベリヒ達は皆を改竄して、ステータスをマックスにしてるだろうし……」
「かと言ってユウキさんを連れて来ても、GM権限がネックですしね……」
彼女を援軍として呼んでも、GM権限で無力化され、人質になる数が増えるだけに終わるのがありありと予想出来る。最悪洗脳されて敵対するプレイヤーの数が増える事になりかねない。
いや、そもそもGM権限持ちを相手に、戦おうとする事すら正直アレなのだが。
「というかキーはどうやってアルベリヒを倒すつもりなのですか?」
ユウキさんが自力で洗脳から脱出した時の戦いは聞いているので、彼の攻撃が何故か不死属性コードを貫通する事も分かっている。なので一切攻撃が通らないという事は考慮しないで質問した。一度情報を得れば嵌め殺しが出来るくらい対Mob、対人戦のメタ的存在の彼が、まさか無策で向かう訳無いだろうという信頼がある。
「見敵即殺」
その信頼に応えるような答えを間髪入れず返されたが、正直反応に困るものでもあった。
「む、何か言いたげだな」
「いえ、その……もうちょっと、具体的な答えを返されるかなと思いまして」
「攻撃が通るなら殺り様は幾らでもある――――と、本当は言いたいところだけど、実質速攻で決めに掛からないとGM権限で無力化される。せめて部位欠損を起こせるなら両手か首を狙うけど、ステータス差が大き過ぎるせいか出来なかったから、とにかく延々とノックバックさせるしか方法が無い。だから見敵即殺」
どうやら作戦を立てられないからあの答えになったらしい。速攻で決着を着けないと無条件で敗北するとなると確かにその結論しかない。
その確認が取れたところで、時間が無いと彼に急かされた私はMHCPのモニタリング機能とスタッフNPCとしての《ホロウ・エリア》でのプレイヤー位置把握能力を併用し、三人の案内を行う事になった。幸いマップデータもある程度あるから道に迷う事は無い。《笑う棺桶》メンバーの奇襲も彼がいれば喰らう前に見破れる。
だから道案内に専念すれば良い自分は、別の事にも思考を回せる余裕があった。
考える事は、何故彼にはGM権限が通用しないのか。
どれだけ考えても分からない事だから意味は無いがそれでも考えてしまう――――システムに仕える身だからこそ、ある意味彼以上に気掛かりになるのだ。
GM権限。
アルベリヒが己を神と僭称した事は、不遜そのものではあるが、この世界に限って言えばあながち間違いではない。その権限があるだけであらゆる事象を操作出来るのだ。幾つかの操作だけで、この一年半を一人で戦い抜いて来た彼を遥かに凌ぐステータスをユウキさんが与えられたように。
かつて《神》は災厄に喩えられていたという。人の身ではどうしようもない、人知では解明出来ない高次元の存在だと。理不尽の権化と、人は言った。
それは真実だ。
同時に、それは誤りでもある。
確かに、《神》は理不尽である。
しかし《神》に比する力そのものは違う。その力、すなわちGM権限は、あくまで権限。《神》が有すると喩えられる権能とは別物だ。GM権限は人が作り出したものでしかない。ましてやこの世界は人が作り出した仮想世界、電子コードで縛られている以上、仮令理不尽な事象を引き起こすとしても、それを起こすのが《人》である以上限りがある。
何故なら、この世界は【カーディナル・システム】によって厳密に統制されているからだ。
メインとサブ、二つのコアプロセッサにより互いにエラーを訂正し合う機能が正常に働いているとは言えないが、しかし根本的な機能は未だ稼働したままだ。仮令別の世界と混線しようと流入して来たデータすらもこの世界に適合化させるだけの汎用性と応用性があの完全自律システムには備わっている。
――――であるならば。
GM権限の行いが《神》と喩えられるに足る絶対性を誇るのに、それを無視する事があり得るのはおかしい。そうなるなら彼のアカウントもゲームマスターレベルにまで引き上げられなければならない。
しかし私が見ても、彼のアカウントは普通のプレイヤーのもの、すなわちコモンアカウントでしかない。
ヒースクリフさんのようなハイアカウントでも、《ティターニア》の面子のスーパーアカウントでも、アルベリヒのゲームマスターアカウントでもなく、ただの最下級のコモンレベル。
――――その時だけの変化とは思い難いですし……
ましてや本当はGM権限を持っているなんてある訳が無い。仮にそうだとしたら、自分が管理区スタッフとして視た時にすぐ気付く。
未だ、この世界には謎が多く存在しているようだ。
***
「篠ノ之博士、これは、一体……」
「束さんも分からないよ。幾つか可能性としては浮かんでるけどさ」
《SAO事件対策チーム》の主任の菊岡誠二郎と一緒になって一つの画面を睨み据える。
画像に映し出されているのはSAOにログインしているプレイヤー達のログ。プレイヤーを示す光点が、積層円錐型の形状をしている浮遊城とは違う広大なエリアに散らばるマップ、その一角に起きた異変がそうさせた。
まずアカウントIDの横に表記されているプレイヤーのステータス情報から変化が起きていた。
最初に起きたアカウントは最近ALOから乱入した数人のものだったが、SAOアカウントで最初に起きたのは《Yuuki》と表記された女性プレイヤーのものだった。最後に見た時のレベル表記は95だったのが、いきなり999にまで上がっていたのだ。
それまでSAOアカウントで最上位に位置していたレベルは和君こと《Kirito》の175。
それをいきなり突破し、剰え限界まで上がったのだから、このプレイヤーはALOプレイヤーの中でもGM権限を持っているヤツに味方したのだろうと推測していた。それまで彼と一緒に居る時間が比較的長かったが、今まで世界中の人間の姿を見て来た自分からすれば、それは信用する程の事ではなかった。会ってみれば分かるが、データ上では判断出来ないから個人への人物像は抱かないようにしていた。
次に起きた異変が、対策チームに緊張を走らせた。
SAOアカウントの中でも上位に位置し続けていたプレイヤーの殆ど――凡そ百人足らず――のレベルが一様に限界まで上がり始めたのである。
GM権限の持ち主であるプレイヤー《Alberich》の周囲に固まっているし、恐らく迎合したのだろうが、それだと《Yuuki》は彼の傍に居続けている事が引っ掛かる。
《Alberich》、もとい須郷伸之はSAOのデスゲーム化に一枚噛んでいると考えられているし、更に良からぬ事を企み、プレイヤーを巻き込んでいるとしても不思議ではないのだが……
「……束さんは、暫くこのプレイヤー達の脳波のモニタリングをするよ。他の事は任せて良いかな」
「それはまぁ、構わないですけど……嫌な予感でも?」
「凄くね」
言いながら、得意の超高速打鍵で百人近くの《ナーヴギア》のモニタリングを始める。
――――それと並行して、《Kirito》と《Yuuki》二人の脳波ログの確認も密かに行う。
二人のログを確認すれば、明らかに正常とは言えない脳波と脳の活性化現象の確認が取れた。
《Yuuki》の方は側頭葉や大脳基底核部――主に記憶や感情を司る部分――を中心に異常な活性化現象が見られていた。しかもそれ以前のログとは大きく違うパターンだ。統計を取っている訳では無いから詳細は不明だが、人為的に感情を操作されている事は明らかだった。
《Kirito》の方は、かなり特殊な脳波を示していた。
通常、人間の脳波は一種類しか存在しない。個人によって微妙に脳波の波形が異なるし、特徴も違うから、これも過程を追ってデータを集めなければ断定は出来ない。
それでも一目見れば、仮令医療知識を持っていない人でも異常と分かるだろう。
その異常現象は、更に過去に遡って確認すれば幾度となく繰り返し起きていた。
――――一つの脳から、三種類の脳波が発生していた。
脳波とは、脳の活性化現象を総合的に表したもの。つまり怒れば怒りの波形が、喜びを抱けば怒りの波形が消えて喜びの波形が出現する。その原則があるから人間の脳は一種類しか脳波を発さない。
仮令怒り、悲しみ、喜びの感情が綯交ぜになったものを抱いたとしても、それぞれの感情の対象は異なる筈だ。対象とは人物ではなく、事情、経歴などのエピソードすらも当てはまっている。離れた事への怒り、止められなかった事への哀しみ、戻って来てくれた事への喜びのように、一人の人物に対してでも感情を抱く理由が違う。それなら複数の脳細胞が活性化し、まるで音楽の演奏のように、一つの脳波が形成されるのだ。
――――彼の場合を音楽に喩えるなら、一つの楽団が三種類の曲を全く同時に演奏している。
楽団は一つの曲を綺麗に纏めて演奏するからこそ美しい。一つの曲を、一片の曇りもなく奏でるからこそ評価されるのであり、どれだけ洗練された技術であっても、曲調が異なるものを同時に奏でていたのでは真価は発揮しない。
つまり、三種類の脳波を同時に発生させている彼は、本来あり得ない事であり。
本来一人の人間が出せる脳機能のポテンシャルを、常に損なっているという事でもある。
「……ホント、キミは努力の天才だよ」
誰にも聞こえない音量でそう洩らす。
仮想世界は脳の信号をアバターに送る事で動き、戦う世界だ。その世界で動くにはまず脳が正常に働いていなければ話にならない。何かの機能が損なわれていれば、ただそれだけで大きなリスクとハンデを背負う事になる。
その状態でデスゲーム世界の最前を、常に最高レベルで生き抜いていたのだ。
脳波が三種類あったという事は、単純に考えて本来一人が出せるポテンシャルの三分の一程度の能力しか発揮出来ていなかった事になる。人間の脳はそこまで単純じゃなくて、色々な要素が複雑怪奇に、緻密に、芸術とすら思える程の幾何学的な絡み合いで機能を構成しているから、実際は三分の一どころではないだろう。
何かの機能が損なわれるだけで、他者の何倍も苦労するのが人だ。
感情を出せなければコミュニケーションで苦労する。
道具の扱いが分からなければ日常生活で苦労する。
色彩の区別がつかなければ娯楽も何もない。
そんな、『何か』が損なわれた状態で、彼は健常な人々の上に君臨し続けた。真っ当な手段に限定すれば今もそう。知識も経験もない最年少というデメリットすらものともしない努力をし続けたのだ、彼は。
そんな彼を、努力の天才と言わずして何という。
――――決して、バケモノなんかではない。
理解不能な存在ではないのだ、彼は。
天才だって努力する事くらい普通にある。親友とて初見でISを乗りこなせた訳では無い。天才を自負している自分だって試行錯誤の末に発明を成し遂げた。あの男だって、勉強と研究の繰り返しの果てに夢を形にした。
私達の事を、人は天才と呼ぶけれど。それは過程を理解出来ないから言っているだけ。
そういう意味では彼も同じだ。過程を理解されていないから認められていないだけで、努力の一点に於いて彼はどんな人をも上回る。あらゆる要素がハンデになっていても、結果がそれを凌駕する。
ログにあるレベルのように。
一人で戦って尚生きているように。
――――それなのに、他の人と違って脳の殆どの機能が正常に働いていなかったとすれば。
――――ましてや他の二つの脳波によって更に制限されていたとすれば。
彼の、本当の能力は、一体どれほどのものなのか。
「もしかしたら、もっと、ずっと昔から……?」
恐らく彼は入れ替わるタイプでは無く、三つの人格が同時に覚醒し、体の取り合いをする特殊なタイプの多重人格。
多重人格などは基本的に幼い頃から虐待を受けた子供に多く見られるもの。発症する理由は、恐怖体験からの逃避。別の人格に痛みや恐怖を押し付ける逃避が切っ掛けなのだ。故に元の人格は恐怖体験の事を忘れる。その分だけ恐怖の感情は薄れるし、精神も安定する。
一つの肉体に複数の人間がいる前提であれば、同じ脳でも脳波の種類が三つもある事には一応説明がつく。脳科学の研究で二重人格、多重人格を取り扱ったデータにより、人格が入れ替わった時は脳波の特徴もガラリと変わったという報告が実際に存在している。ただしその場合、観測される脳波は一つだけ。
三つ同時。それに見る限り、脳波の波形も若干違うだけで、殆ど同じ。違う部分は感情部分の活性化状況だけ。
多分、彼の特殊性は『感情』にある。
記憶や精神が同じで感情だけ違うというのは今まであらゆる論文を呼んできた私でも初めてのパターン。だから確信は無いが、それでも見当は付けられた。
通常、多重人格は『一つの肉体に複数の人間がいる』という喩えのように、人間性や人格が大きく変わっているものである。記憶に関しても共有しているパターンから個別に持っているパターンまで種々様々。
つまり記憶、精神が完全に同じ場合はまずない。少なくとも精神は絶対だ。
これらから考えられる事。
それは――――彼の多重人格は、基の人格を感情で分離させたものである事。
恐怖による逃避では無く、別の感情――――怒りや憎しみの負の感情と、何かと何かで分かたれたものという事。
恐らく現実を受け容れようとして、でもあまりにも複雑過ぎる感情が鬩ぎ合った末に自我が分離してしまった。
現実を受け容れようとした点から、三つの人格が同時覚醒する時もある。
でも一つだった時と違って、三つの人格が抱く感情がバラバラで、しようとする事も違い、思考も違うから、脳が混乱してしまい、全力を発揮出来ない。
そう考えれば辻褄が合う。彼の能力が他者に比べて遥かに低く、更に成長速度も非常に遅い理由が。学習する為の脳が制限を喰らって機能低下を起こしていれば習熟が遅くなる事も道理だ。
気になるのは、それが何時起こったのか。
……彼が《出来損ない》と虐げられた時期から考えると、最悪物心ついた時からなのかもしれない。
「和君……キミは、どうするの……?」
間違いなく、負の感情は存在するだろう。改名する前後を含めて憎しみ関連の顔を見た事は無いけれど、絶対胸の内に鬱屈としたものを溜め込んでいる筈。
それを責める事も、非難する事も出来ない。する資格がない。
その対象は、きっと、自分を虐げた人達全員であり。
自分を助けなかった人々全員であり。
つまりは、この世の全てである。
新しい自分の幸せを優先するのか、それとも憎悪に従って復讐を優先するのかは、分からない。
――――でも、どんな選択でも、束さんは和君の味方だ。
応援すると、決めたから。
どんな感情であっても、それを抱いたのであれば、否定だけはしないと決めているから。
でも。
それでも、やっぱり思う。
あの子供は――――ただ平穏に暮らす姿が、一番似合っているのだと。
幼いながら家事に専念する姿の方が、剣を手に特訓に勤しむ姿より似合っていると思うから。
その為に、今日も篠ノ之束は真面目に働く。
遥か先の未来を、より良いものにする為に。
はい、如何だったでしょうか。
個人的には束さんの天災性をしっかり描写出来ているかが不安です。白の視点にある内容を、科学的根拠を以てここまで描写するのは骨が折れました(白目)
あとキリトの強化フラグ。主人公の強化フラグって批判を受ける事が多いですし、程度も難しいので、正直不安です(泣)
ただ現状のデフォルトが実は弱体化形態というのは斬新かなと思ってます(自画自賛)
一応『元の人格から分離』というのは白視点で語ってますしね。《オリムライチカ》を基準にすれば、今の分離状態が弱体化形態なのは自明の理。
キリトとユイ視点の事は秘密。
(次話以降を)待て、しかして希望せよ!(クハハハハッ!)
なんか今にもヴァベルになれそうなユイちゃんですが、スルーで。想い人をAI(同族)になったのはともかく、それでひどい仕打ちをして、ボロボロにしたのが相手だからね、仕方ないネ。
ちなみにアルベリヒのスペル《Alberich》は原典ゲームを参考にしてるので間違っては無いです。スペルチェック先生からは訂正喰らいますけど()
――――脳波の波形も若干違うだけで、殆ど同じ。違う部分は感情部分の活性化状況だけ。
つまり王も白も獣も根本的には同一という事。
白の面倒見が良いのも《オリムライチカ》が元から面倒見良かったから。セルフ保護者……本能を司る以上は中立だからね、仕方ないネ(尚、初期に司っていた本能は……)
では、次話にてお会いしましょう。