インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話はオールキリト視点。

 文字数は約一万一千。

 今日は火曜だろって? 書き上げれたんだからいいんだよ! 佳境なんだから!

 尚、進行はしない模様。理由はサブタイ。

 ではどうぞ。




第百十六章 ~女の愛は蜜の味~

 

 

 アルベリヒ達の魔の手から逃れた後、俺達は迷宮区から離れる事にした。その時に《安全地帯》に散らばっていた《攻略組》の武具を回収し、彼が用意した立派な馬車に積むのも忘れない。

 そうして迷宮区を離れた後、俺はユウキと一度別行動を取った。

 というのも、俺はアルベリヒへの攻撃によりオレンジカーソルになってしまっていた。そのままでは主街区に入れないので、《ⅩⅢ》で空を飛び、外周部での飛行で階層間を自由に行き来出来る点を利用して、七十五層より下のカルマ回復クエストをこなしに行ったのだ。

 カルマ回復クエストの候補地としては《ホロウ・エリア》の【鮮海入江グレスリーフ】も挙げられた。強制転移によって囚われた皆の居場所をユイ姉にログを追って突き止めてもらう事を頼み、その間にクエストに向かえば、効率は良くなる。

 しかし、転移結晶では《ホロウ・エリア》には行けなかった。

 これは恐らく、《アインクラッド》と《ホロウ・エリア》とで世界が違うためだろう。こちらからは転移結晶であちらに行けないのだ。無論、あちらからは転移結晶ではこちらに来れない。あくまでシステムは主街区と管理区にある転移門を介する方法しか認めていないのだと推察している。

 それなら七十五層以下にある圏外転移門を使えばいい話なのだが、その場合馬車や二頭の馬を置き去りにしてしまう。《騎乗》スキルを取っていないユウキでは御者は出来ないし、アルベリヒに弄られたステータスでも取っていなかったから、スキル値が御者をするだけの値に満たない。よって必然的に俺がグリーンになるしかなかった。

 ただ、運が良かったのかレイス型のNMを討伐するクエストを引いた。しかも相手のHPをほんの僅かに削っただけだったから、それをこなしただけでカーソルはグリーンへと戻ったのは、僥倖の至りと言える。移動手段による時短と高い戦闘能力による速攻で、要した時間は三十分程度だったと思う。あまりに早かったから俺自身驚いた。ユウキも目を瞠る程度には驚いていた。

 ――――そうして七十七層主街区に戻った俺達は、馬車ごと《ホロウ・エリア》へと飛んだ。

 七十六層に置いても良かったのだが、圏内コードをスルーする者がいる訳だからシステム的保護を受けている馬車を奪われる可能性を考慮した。あと、ユイ姉達がアイテム補充に困っていたら、積んでいる荷から幾らか譲ろうと考えての事でもある。

 ……少しだけ、自慢したいと思う気持ちも無くはないが。

 

「……ユイ姉達は攻略中か」

 

 宇宙の中心にあると見紛うばかりの【ホロウ・エリア管理区】を見渡しても、人影は無く、つまりは《ホロウ・エリア》のフィールドに居るのだと察した。午後十時を過ぎているからキャンプでもしているのかもしれない。

 出来れば今すぐにでも帰って来て欲しいが、居ない場合も考えてはいたから、焦りは少ない。

 焦りが無いとは言えない。こうしている間にも実験体にされ、感情、記憶の改竄を受けていると考えるだけで、今すぐに特攻したい衝動がある。

 けれど。

 それは、あまりにも無策で、無謀だ。

 ユウキからアルベリヒはGM権限により他者を強制的に麻痺毒状態に出来る事を聞いた。そうして《安全地帯》で無力化されたところでギザギザの短剣を突き立てられ、彼女を除く全員がどこかへ強制転移させられたと。

 ……希望は、なくはない。

 

 ――――それは、アルベリヒへ攻撃した時の、俺とユウキとの差異に理由がある。

 

 自力で改竄を破り、自我を取り戻したユウキは、その借りを返すと言わんばかりの猛反撃を見せた。

 レベルマックス、ステータスマックス、戦闘関連のスキル値マックスによる絶大な補正があり、かつ剣の技量が高かったためか、アルベリヒの配下の男達は瞬時に即死させられていた。敏捷値マックス補正による一瞬の移動で距離を詰め、瞠目している間に首を斬り飛ばす一連の動作を、ユウキは一秒足らずで五回繰り返したのだ。

 この世界がレベルで支配されていて、レベル差は理不尽なまでの能力差を叩き付けると知ってはいたが、カンストステータスになるとあそこまで極端になるとは思わなかった。

 剣の一振りで烈風が生じ。

 一歩の踏み込みは瞬間移動と見紛う程。

 そうして五人が屠られた後、アルベリヒは慌ててGM権限によるものらしい紫色のシステムウィンドウを操作しようとしたが、それより早くユウキが斬り掛かった。

 彼女の激烈な一撃は、しかし不死属性を意味する紫のシステムメッセージによって阻まれる。

 圏内コードによるものと異なるのかアルベリヒにノックバックは発生していなかったが、静かに純粋な怒気を発していた彼女の気迫に呑まれたのか、捨て台詞を吐きながらどこかへと転移していった。

 ――――ユウキの攻撃は、GM権限により付与された不死属性によって阻まれた。

 しかし、俺は違う。俺がオレンジカーソルになったのは、アルベリヒのHPを僅かながら削ったからだ。《ⅩⅢ》の武器召喚特性を利用した不意打ちだったが、アルベリヒが気付いていなかったから不死属性の防御が働かなかったというのは考え難い。

 つまり俺の攻撃は何故かアルベリヒの防御コードを貫通する。

 自分と、隣に座る女性との違いを含めて考え、幾つか候補が上がった。

 一つ目は、アルベリヒが気付かなかったら本当に発動しないタイプである可能性。十中八九無いと思うが。

 二つ目は俺が持つ《ⅩⅢ》による攻撃だったから。ユウキは魔剣エリュシオンによる攻撃だったが、俺のは《ⅩⅢ》に最初からセットされている大鎌によるものだった。《ⅩⅢ》にセットされているものが原因という可能性はまだ否定出来ない。

 ただ、これも可能性は低いだろう。

 《ⅩⅢ》は武器召喚型にして無形という特殊な武装だ。だが、システム的な扱いでは確かに武器の一種であり、他者を害するものである。システム的に分類されているものである以上はエリュシオンと同等と言えるのだ。そも、《ⅩⅢ》にセットした武器の判定が優先されるのだから、そういう意味では完全にエリュシオンと同一の結果を出す。よって違うと思う。

 三つ目は、《狂戦士の腕輪》に付与されている防御無視のバフ。ただこれはあくまで攻撃時に相手の防御力数値をゼロとして計算するものであり、圏内コードや不死属性コードとは無関係だから多分違う。

 そして四つ目は……

 

 ――――俺の、右手にあるコレか……

 

 手綱を握る両手。その内、右手の甲を見詰める。

 今は長らく使っている黒革製の指貫手袋で覆われているから見えないが、以前ユウキとデュエルした時には、そこに金色のサークルで囲まれた十文字の紋様が浮かんだ。

 左手の甲には金色のサークルで囲まれた、逆十字架の紋様がある。

 似ているようで違う右手の紋様。出現してから半月近く経とうとしているが、これまで何らかのアクションに反応したり、役立ったりした事は一度も無く、謎に包まれたままのもの。

 もしこれが、GM権限による不死属性コードを無効化するものだったら。

 

 ――――……多分無いとは、思うんだが……

 

 可能性の一つとして考慮しているだけで、これも違うんじゃないかとは思っている。

 しかし他の皆には無い自分だけの違いというなら右手の甲の紋様が最大と言えた。痛みを伴って出現した紋様の使い道が未だに不明過ぎる。

 出現理由も不明。効果も不明。何に役立つのかも不明。

 ただ、消去法としてある意味一番あり得る可能性ではあった。

 

 なら、次はどうして、コレが自分に現れたのか。

 

 コレを与えたのは【カーディナル・システム】だ。その判断を下したのが黒幕なのか、あるいはシステム本体なのかは不明だが、どちらであっても分からない事だらけである。

 辛うじてシステム本体が与えた場合、俺はアキトに対する抑止力とされたのではないかと推察している。

 アキトとの試験デュエル時に持ち出され、ランによって弾かれ、後に回収された雷のような刀身の短剣。それは《圏内》でありながら問答無用でプレイヤーを転移させていた俺そっくりのプレイヤーが使っていた短剣と、ユウキから聞いたアルベリヒ達が持っていたという短剣、その両方と同一の特徴があるのだ。

 つまりアキトは俺をどこかへ強制転移させようとして持ち出したもの。

 だが、そんなものを普通のプレイヤーが持てる筈は無い。それはGM権限やスーパーアカウントのプレイヤーである《ティターニア》が証明している。

 俺そっくりのプレイヤーは恐らく与えられただけだろうと推察している。つまり権限レベルに関わらず普通のプレイヤーでも扱えるという事。

 

 ――――問題は、どうしてアキトがそんな代物を持っていたのか。

 

 元々のアカウントがALOのものである以上、GMアカウントでは絶対無い。

 だがALOの運営側のスタッフという線は存在している。だとすれば、アキトのアカウントはスーパーアカウントの可能性も否定出来ない。

 アルベリヒは、スーパーアカウントではステータスを弄れないと言っていた。

 だが俺はそれが出来た存在を知っている――――ユイ姉だ。ユイ姉は一部制限されてはいるものの、システムによって与えられたGM権限と、管理区のスタッフNPCとしての役割を組み合わせ、抜け道気味のステータス改竄を行った。その結果装備やユニークスキル補正を除いて俺と同等のステータスを得ている。

 それと同じ事をしたのだとすれば辻褄は合わなくも無い。

 実際俺はスーパーアカウントがどの程度まで権限を行使出来るのかを把握していないから、あくまでこれは予想になる。アキトが本当にスタッフ側のプレイヤーだったかもわからない。

 けれど《ホロウ・エリア》には出入りしていた。これは確実だ。ルクスが己のホロウを無我夢中で倒した際に手に入れた武器名に『ホロウ』という単語が付いていた点から、俺はそれを察している。

 デュエル時に回収したホロウ・エリュシデータ。

 そして七十五層での死闘で見せた二対のエリュシデータとダークリパルサー、《ⅩⅢ》一つ。

 ――――つまりホロウの俺は、アキトに最低三回は殺されている事になる。

 恐らく俺が《ⅩⅢ》を手に入れる前で二回、手に入れた後――恐らくデュエル後――に一回。それで合計三回。

 レベル175の俺を三回も殺したのだとすれば、レベル30台から急激にレベルアップし、最前線で戦える範疇にまで押し上げる事は十分可能だ。

 そう考えれば仮にスーパーアカウントでは本当にステータスを弄れなくても納得出来る理屈が出来上がる。超高レベルプレイヤーをPKして得た経験値でレベルアップし、武器もホロウの俺が使っていたものを流用すれば、すぐに最前線で戦える状態になるのだ。

 そう仮定すれば、残る問題は強制転移の短剣一つ。

 こればかりはスーパーアカウント以上の権限を使ったとしか考えられない。

 

 ――――つまり、アキトとアルベリヒは、手を組んでいる可能性が高い。

 

 『ヒースクリフは茅場晶彦である』と出所不明な情報を持っていたアキトだが、SAOサーバーの維持を担っている《レクト》のVR技術研究部門最高責任者と結託していたら、逆に知っていない方がおかしい。

 それに、あの二人は巻き込まれたと言っていた。

 アルベリヒに関しては本当に事故だろうがアキトに関しては多分違う。結託していたなら、アキトがGM権限相当の短剣を持っていたとしてもおかしくない。そしてスーパーアカウントを用意するという事はつまりSAOに乱入するのも意図的だったと言えなくもない。

 無論、これは俺の予想に過ぎない。アキトがただのコモンプレイヤーであり、アルベリヒと何も関係が無く、ただ巻き込まれただけの憐れなプレイヤーという場合だってある。

 だが、あの短剣を持っていた以上、十中八九何らかの形で関係はあるだろうと見ている。

 何ならこちらへ入る前にGM権限装備をストレージに入れてもらったパターンだってある。その場合ならコモンアカウントだから怪しまれにくくなる。

 

「……はぁ……」

 

 ――――結局のところ、どれだけ考えたところで真実は分からない。

 

 アキトか、それともアルベリヒか、どちらかを拷問に掛ければすぐ自白してくれそうだが、痛覚が無い仮想世界での拷問は些か時間が掛かり過ぎるし確実性に欠ける。

 個人的にあまり拷問はしたくないというのもある。

 必要に迫られれば容赦なくするつもりだ。

 しかしHPが全損しても《ホロウ・エリア》のどこかで死に戻りするから、こちらのプレイヤーは死に対する恐怖心が極端に薄いだろう。死への恐怖、痛みへの恐怖で精神を追い詰め、心の防波堤を決壊させ、逃避のために自白させる拷問は、余計効き目が無い。

 《アミュスフィア》を使用しているとは言え、恐らくアキトもこちらに居る。であれば、それを知ったアルベリヒは死への恐怖が薄いだろう。

 ……まぁ、ゲームクリアと同時にHP全損プレイヤー全員の脳が焼き切れるとか、そんな条件にしているなら、恐怖してくれるとは思うが。

 あの男、如何せん自分の敗北や死を考えていない自信家だから、クリア時のHP全損者の設定をどうしているのか分からない。HPが全損する寸前になれば分かるだろうが……

 ああ、まったく、もどかしい。

 

 

 

「キーリートー」

 

 

 

 ――――ふと、左隣から僅かな苛立ちの籠った呼び声。

 視線を向ければ、ユウキがジトッとした目付きで見下ろしてきていた。

 

「やっと気付いてくれた」

「……一回目じゃないのか」

「五回は呼んだよ。それなのに反応どころか微動だにしないから、ボク、流石に寂しいんだけど」

「……さっきあれだけ撫でて来たじゃないか」

 

 《ティターニア》を撃退し、ユウキが戻って来た実感が湧いた後、情けない事に歓喜の涙を流して抱き着いてしまった。その時に満足そうな顔で頭を撫でられもした。

 しこたましていたから、それで十分なのではと思ったのだけど、ユウキはそうでは無いらしく不満げに唇を尖らせた。

 

「そうじゃなくて、無言で放置されるとって事。キリトったら管理区に来るなりいきなり黙って考え込むんだもの、放置される身にもなってよね」

「む。それは……ごめんなさい……」

 

 どうやら管理区に来てからずっと放置していた事が不満だったらしい。

 それに関しては完璧自分に非があるから素直に謝罪する。

 

「んー……謝ってもらったから、許してあげてもいいかなーって思うんだけど。どうせだからお願いしてもいいかな?」

「……俺に出来る事なら」

 

 何やら悪戯を思いついたような顔で言うから、何をされるんだろうと身構えると、ユウキは苦笑した。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫だって。キリトは何もしなくていいからさ」

「……? 頼み事なのに、何もしなくていいのか?」

「うん」

 

 どういう意味だろう、と首を傾げる。俺が動かなくてもユウキが満たされる頼み事なんてあるだろうかと思考を回す。

 

「じゃ、ちょっと失礼しまーす」

 

 うんうん悩んでいると、それを受諾と受け取ったのか軽い調子で言いつつ、ユウキは俺の両脇に手を差し入れた。そのまま軽々と持ち上げられてしまう。

 そして、ぽすん、と。

 ユウキの膝の上に移動させられた。脇に差し込まれていた手は胸の前まで回され、腕全体で抱き抱えるような恰好になっている。

 

「えへへー……♪」

「……えっと、これがお願い、なのか……?」

「そうだよー」

「あ……そ、う……?」

 

 ……ちょっと予想外だった。てっきりデュエルとか、いきなり超高ステータスになったからその調整に付き合ってとか、ご飯作ってとかその辺だと思っていた。

 まさか抱き抱える事を望んでいたとは思わなかった。

 

「んー……すんすん」

 

 膝の上で固まっていると、頭から首筋に掛けて、ユウキの顔が擦りつけられる感覚と共に風の流れる感触を知覚する。どうも臭いを嗅いでいるらしい。

 正直言ってくすぐったい。

 

「あの、くすぐったいんだけど。というか匂い嗅がないで……」

「えー、だって良い匂いするんだもん。キリトって香水か何か、香り付けのもの使ってたりする?」

「いや、使ってないけど……」

「じゃあコレってキリトの匂いなんだ……すんすん」

「ひぅ……?!」

 

 突然生じた感覚に、思わず声が漏れる。いきなり首筋に鼻先を当てられたからびっくりしたからだ。

 

「ゆ、ゆうきぃ……っ」

 

 それに頓着した様子もなくすんすんと匂いを嗅ぎ続ける感触が、絶え間なく首筋に走り、ぞくぞくとした何かが全身を走る。息を吸う感覚も吐く時の感覚も肌に当たっているから、その度に体が痙攣したように小さく跳ねる。

 何だか、変な気分になってしまいそうだった。

 

「んー……! キリトって前にも思ったけどホントに良い匂い……男の子なのにお肌もちもちだし、最高に抱き心地もいいし」

「ひ、ひとを抱き枕みたいに言うなぁ……!」

「あー、それいいね。じゃあキリトは今からボクの抱き枕ね」

「ぐ、ぐぅ……」

 

 どうやら何を言っても無駄なようで、却ってユウキのその気を煽ってしまう結果になった。しかもカンストステータスで抱き締められているから絶対抜け出せないというおまけ付き。仮に抜け出せても、そのステータスをフル活用して追いかけて来るだろう。

 ヤダソレコワイ。

 そして、圧倒的な筋力値で抱き締められているから、地味に痛い。具体的に言うと背中に当たっているユウキの胸当てが痛い。

 

「ゆ、ユウキ……背中、痛い」

「え? ……あー、胸当てが当たってたんだ。ごめん、気が付かなかった」

「いや、それはいいから、離してもらえると――――」

「はい、外したからぎゅーね」

 

 俺のお願いは、胸当てを外した事で抱擁続行により棄却されてしまった。というかせめて全部言わせてと腕の中で思う。

 

 ――――ぎゅっと抱き締められると、背中に柔らかい感触が触れた。

 

「……」

 

 胸鎧を外した訳だから今ユウキはレオタードと下着という薄着の状態。という事はこの柔らかい感触は、ユウキの胸という事になる。

 服の上からだと気にならなかった――というか胸鎧で隠されているから分からなかった――のだが、ユウキって案外あるんだな、と思考が飛ぶ。リー姉の他、ユイ姉やアスナ、サチ、シノン達に抱き締められた身だが、こうして意識した事は初めてだから普通に恥ずかしい。

 しかも、ユウキは異性として自分を好いてくれている。

 つまりこれは、それを伝える為のスキンシップなのだろうか、と思考した。

 

「んー? キリト、黙り込んだけどどうしたの?」

「……背中に、当たってる」

 

 多分だけど、誤魔化そうとしてもすぐ看破されるから正直に言う事にした。普通に考えてセクハラ紛いの発言だけど、ユウキの方からしてきているから不可抗力であると声を大にして言いたい。少なくとも非難されるほど俺に非は無いと思う。

 それが伝わったのか、ああ、と納得した風の声を上げるユウキ。

 その声音、声質からは、怒りや苛立ち、羞恥といった感情は感じられない。

 

「その事か。これはねー―――」

 

 そこで、もぞもぞとユウキが動き、耳元に吐息が当たり――――

 

 

 

「当ててるんだよ……かずと」

 

 

 

 囁く程度に、そして普段の快活さが感じられない声音が、耳朶を打つ。

 ぞくぞくと、また全身を何かが走った。

 それがユウキにとって心地よいものなのか、ふふ、と艶やかな笑いが小さく上がる。

 

「――――本気なんだよ、ボク。異性としてかずとが好きなの、本気なんだ」

 

 しかし、ふと真剣な声音で語り出す。

 俺も羞恥その他諸々の感情を一旦押し留め、耳元で囁かれる震えた声に意識を向けた。

 

「アルベリヒに……須郷に、感情と記憶を弄られる時は凄く怖かった。かずとの事が憎くなるなんて、嫌だった。操られて、植え付けられた憎しみでキミを傷付けるくらいなら、いっそ自害してやろうとまでしたんだ」

「そこまで……」

 

 機械で行われた改竄を自力で破った事がどれだけ常識外れな事かと思い、驚いたというのに、俺を傷付けたくないから自殺しようとまでするなんて……

 そこまで、そんなにも、ユウキは想ってくれていた。

 ――――それが、物凄く嬉しかった。

 

「……ありがとう、そんなにも想ってくれて……」

 

 だから、気付いた時には感謝の言葉を口にしていた。胸の前に回された手を、俺の両手で包んでもいた。

 耳元で、えへへ、と笑む声がした。

 

「お礼はボクも言いたいよ。キミが居てくれたから、今もボクはボクで居られてる。かずとが居なかったら、この想いが無かったら……ボクは、あの男の操り人形にされてた」

「……じゃあ、お互いありがとう、だな」

「うん」

 

 俺の言葉に、こくりと頷く感触が体に伝わる。

 俺はユウキの想いが、そして改竄から抜け出す行動が、俺の救いとなった。ユウキが改竄されても希望はあるという事を示してくれたから俺の心はまだ死んでいない。皆を助け出せると、まだ希望を持って平静を保てている。

 対するユウキは、俺の存在と俺への想いがあったから、今の自分がある。

 互いが互いを救いとしていた。依存ではなく、頼り切りでもなく、これまでの付き合いが今の俺達を導いてくれた。

 ――――おそらく。

 ユウキが俺への想いを伝えてくれていなかったら、恐らく彼女は、こちらへ戻ってこられなかっただろう。確固たる想いというのは維持し続けるのが難しい。ほんの僅かな迷い、揺らぎがあってもならないのだ。

 それを確固たるものとするには、想いを伝えるのが一番だという事。

 

 ――――それなのに、俺は……

 

 そこで、自分の事を考え、情けないと思う。

 リー姉。ユウキ。シノン。

 今だけでも三人の女性に異性としての想いを伝えられ、返事を待ってもらっている状態にある。答えがハッキリしていない。そも、自分が三人に抱き、向けている感情が親愛なのか、それとも異性愛なのかすら判断出来ていない。

 それなのに、こんな事をしていて良いのかと思う。ユウキとしているこの触れ合いは、リー姉とシノンに対する裏切りではないだろうか。

 心のどこかで、きっと許してくれる、と囁く自分が居る。

 それだけで分かる。甘えているんだ、皆の優しさに。

 それは――――ダメだ。

 

「――――ユウキ、お願い。離して」

「……かずと……?」

 

 確固たる意志で言う。

 こちらの雰囲気が変わったからか、ユウキの困惑した気配が伝わって来た。声質にも滲み出ているくらいだから分かりやすい。

 

「いきなり、どうしたの……?」

「……ユウキの想いも好意も嬉しいけど、リー姉とシノンからも好意を向けられてて、返事は三人とも待ってもらってる。そのクセ俺自身が抱いてるのが親愛なのか異性愛なのか分かってない……こういう事をするのは、正直他の二人に不義理じゃないかって……」

「……そっか」

 

 少し、怖かったけれど、正直に思っている事を伝えた。

 ユウキは沈んだ声音で応じ、腕に込められている力が緩まった。

 

 

 

「――――でも、ヤダ」

 

 

 

「っ?!」

 

 離してくれるんだと思ったのとほぼ同時に返された拒否。瞬間、こちらの全身を拘束する、細いながら強靭な力を発揮する双腕。

 レベルで圧倒的に劣る身で敵う筈もなく、完全に身動きを封じられてしまった。

 

「ユウキ……?!」

「かずとはさ、女心が分かってない」

 

 名前を呼ぶと、ふと、やや苛立ちの籠った声音でそう言われた。

 

「リーファとシノンはボクにとって恋敵なんだ。この場に居るならともかく、居ないのに遠慮する理由はボクには無い」

「でも……!」

「かずともかずとだよ。好意を向けてる女の子との触れ合いの最中に、別の女の子、それも恋敵の事を考えるなんて、酷いよ……ボクは、万感の想いで抱き締めてるのに……」

「……」

 

 責めるように言って来るユウキに何も返せなかった。リー姉とシノンに対して不義理と思う以前に、まずユウキに対して失礼だったのは事実だ。

 それで責められても反論など出来る筈が無い。

 その事で怒っているのか、だんだんと体を抱く腕の力が強くなっていって、圧迫され始める。

 

「もしも……」

 

 その最中、耳元で囁かれる声。

 

 

 

「もしもキミが、それでも心苦しく思うなら――――ボク達にさ、流されちゃえばいいんだよ」

 

 

 

「……え……?」

 

 流されるとは、どういう事か分からなくて、疑問の声が口から洩れた。

 

「自分は抵抗したって主張して良い。ボクを、悪女として扱ってくれても良い。きっとあの二人もそう言うし、同じ事をする……キミは、ボク達の行為に、意思に、翻弄されていれば良い。ボク達全員が同じ事をしてれば、キミは悪くないでしょ……?」

「それは……そんな、事は……」

 

 それは、ユウキ達に責任を擦り付けて、自分の責任は果たさないという……

 

 

 

「――――それは、ダメだ」

 

 

 

 そこまで考え、断固とした拒否が口から出た。

 ぎゅっ、と。体を締め付ける力が強くなるが、それでも拒否を撤回するつもりは無かった。

 

「どうして……」

「ユウキ達は待ってくれてる。ハッキリしない俺が悪いのに、それを棚上げしてユウキ達を悪く言うなんてヤダ。それは逃げだし、裏切りだ。そんな事をするくらいなら――――俺は、俺の命を絶つ」

「――――」

 

 確固たる意志で反論する。

 その行いは、自分に想いを向けてくれている人達への最大の裏切りであり、不義理であると。不義理を働きたくないならと提案された甘美な誘いは、その実長い目で見ればより酷い裏切りであり、不義理なのだ。

 裏切りは、嫌いだ。

 自分の責任を他人に擦り付けるのも嫌いだ。

 そんなのは、おれが大嫌いな人間のする事だ。

 そんな人間になりたくない、堕ちたくない。

 

「――――く、ふ……あ、はは!」

 

 その思いは、果たして通じたのか。

 数拍の間を置いて、唐突に笑声を上げるユウキの反応に、俺は内心戦々恐々としながら言葉を待った。心境としては沙汰を待つ罪人の気持ちだ。

 

「ホント……キミらしいよ、まったく」

 

 判決は、一先ず無罪らしい。

 声に含まれた感情には、喜びと楽しさが確かに含まれていて、暗いと感じる感情が一切なかった。

 

「あーあ、折角独走出来るチャンスと思って慣れない悪女っぷりを演じてたのにさー、それを真っ向から返しちゃうんだからかずとってホントに凄いよ。というかズルい。お陰でまた惚れちゃったじゃん。これ以上惚れさせるなんて、キミはボクを惚れ殺すつもりなの?」

「いや、そんなつもり無いんだけど……」

 

 というか、対外的に見て明らかに俺の方に非があると思うのだが、何でそんなに朗らかに笑っていられるのだろう……?

 未知は恐怖だが、こんな恐怖の仕方があるとは初めて知った。

 女心が分からないと言っていたが、確かにそうだ。ぜんぜんわからない。何でさっきの答えで更に惚れられるのか本気で分からない。

 その困惑を察しているのかいないのか、イマイチ分からないユウキは、ふふっ、と笑声を洩らした。

 

「それでいいんだよ。キミは、何時までもキミらしく在って。ボク達はね、キミのそんな姿に惹かれ、そして女として惚れたんだ。素直で、真面目で、純真で、律儀で……子供とはとても思えない聡明さを見せるキミの全てが、ボク達の心を惹き付けるんだ」

 

 だからね、と。耳元で、今までよりも更に近付き、もう密接している程にユウキが顔を近づけて。

 

「焦らないで。後ろめたく思わないで。キミは、キミらしく在ればいい。ボク達は待ってるから……ゆっくり、自分の想いを見定めて」

 

 そう、囁いた。

 

 
















 ――――悪女ユウキ、イイと思います(恍惚)



 抱き着いたまま流し目で艶然と微笑む様の妄想余裕でした(爆)

 何気にキリトを堕落させようとする提案をサラッと言ってる辺りが渾身の悪女ムーヴですね。ちなみにユウキ視点じゃないので分かり辛い(キリトを吹っ切れさせる演技)と思いますが、ユウキは本気(迫真)で言っております。

 つまり頷いてたら本当に淫蕩に耽ってた()

 リーファは甘やかすし、ユウキはぐずぐずに溶かすし、シノンは依存気味だし、ユイ姉は奉仕精神の塊で、ヴァベルは病んでて。

 とんでもねぇなこのラインナップ(白目) ありとあらゆる属性満載過ぎなんじゃが()

 マトモなのサチとアルゴくらいなんじゃが(爆)

 アルゴは嫉妬心の描写をしたから場合によってはちょっとヤバイかもしれないが。

 その気になれば淫蕩に耽れるルートを、不義理、裏切りだからと突っぱねたキリトの精神は年齢に見合わぬ鋼の魂。あそこまで迫られて断固として断れるのって憧れます。日本人はハッキリとノーと言えないからね。

 傍から見ると三股してるけどね……(実際三股どころではないが)

 まぁ、まだ十歳だし、お先真っ暗だし、多少はね……

 ちなみに仮にユウキの提案を受けていた場合、洩れなくリーファ、シノン、ラン、サチ、ユイ姉、アルゴ、時期によってはストレアやヴァベルが参加して酒池肉林と化してた模様() 今までのキリトの来歴が酷過ぎるからね、役得があってもいいよネ。

 尚、生還出来ないルートの模様(お先真っ暗)

 キリトの心が一度でも折れたら、ヴァベルが見て来た過去世界のルート突入だから……攻略の要だもの。死んでなくても戦わなかったら終わる。

 何そのルナティック(戦犯は私)

 こんな世界に誰がした(戦犯(略)

 では、次話にてお会いしましょう。



 ――――ふとした拍子に悪女ムーヴで男を誘うヒロイン、イイと思います(シツコイ)



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