インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今日は水曜日だろうって? ええ、ええ、そうです、定期(予定)投稿の月木ではありません。

 ――――でも、今日はリアルで11月7日でしょう?

 つまり本作キリトの誕生日!!! 時間を午後六時にしたのは第零話で拾われた時間がそれくらいだったから。

 つまりデスゲーム開始時間丁度が誕生日という事ですね()

 そんなこんなで投稿する今話は、誕生日と全く関係ない。 

 でも平和です。

 平和(シリアスが無いとは言ってない)です。

 視点は前半3/4ヒースクリフ、後半1/4アルゴ。

 文字数は約一万三千。

 ではどうぞ。




第百十章 ~万全の備え~

 

 

「ヒースクリフ、ちょっと話がしたいんだけどいいかな」

 

 七十七層迷宮区の《安全地帯》にてキャンプをする事になった後、戦闘でポーション類を消費した前衛組に生成したものを売ったキリト君がその足で問うてくる。

 明日の確認、今日の連携の反省点についてリーダー同士で話し合っていたが、視線で問うとディアベル君達も彼なら問題ないと首を縦に振る。

 

「ああ、構わないよ。何かね?」

「ポーション類の素材が切れた。補充しに一旦戻りたい」

「む……」

 

 話された内容はすぐに頷けるものではなかった。

 彼が筋力値にものを言わせ、大量のポーション素材を収集し、ストレージに入れていた事は聞き知っている。

 売却するならポーションとして完成させた方が良いが、重量で言えば素材状態の方が軽い。一個作るのに使う素材全てでもポーションのおよそ七割の重量といったところ。だから彼は素材のまま入れていた。

 だが彼のストレージだって無限では無い。我々と比すれば遥かに容量が大きいのは間違いないが、それとて限りはあるのだ。

 加えて高レベルになればなるほど装備重量は嵩む。

 正直、筋力値極振りプレイヤーでも無い限り、レベルアップとボーナスポイントで上昇する筋力値より、要求される筋力値=装備重量の方が上だ。武具だけで重量現界に達する事はまず無いと言えどストレージに入れられるアイテムの量はその分だけ制限される。私とアスナ君とで持てるアイテムの量に差が生まれるように。

 勿論その辺も考慮し、パワーに頼るへヴィアタッカーやタンクのプレイヤーの武具は重く、スピードアタッカーの武具は軽量に設定しているが、元の筋力値が低い以上どうしても差が生まれる。

 彼はそれを考慮し、《ポーション作成》スキルにより、素材さえあれば補充はある程度可能である事を、今回の攻略レイドの面々には伝えている。派生エクストラスキルの《調薬》について明かさなかったのは、自身への負担を増大させる要因になり得るのと、ステータスブーストポーションの存在を少しでも秘匿する為だろう。

 そういう事情もあり、ポーションの補充を一手に担ってくれた彼だが、その素材が切れたという事は今回の遠征攻略での補充はもう利かない事を意味する。フィールドでは視界の不明瞭さ、迷宮区内部では数の多さに加えてレベルが高くなったために戦闘が長引き、結果被弾が増え、ポーションを使う回数も増えていた。流石に補給無しとなると、明日には遠征を終了にする必要がある。

 しかし流石に一泊二日でボス部屋を見つけ出せるとは思えない。彼とて全力疾走して三日掛かるのに――マッピング率を考慮しなければ一泊二日は可能だろうが――進軍速度が遅いレイドでは、モンスターの勢いもこれまでの十倍近い事も相俟ってほぼ不可能。

 つまり二泊三日にするには、彼が一度主街区へと戻り、素材を集めて戻ってこなければならない訳だが――――この遠征攻略はそもそも、前提としてボスの偵察戦も含めているため四泊五日を最長として考えられている。元のペースで行けば三日間はマッピング、四日目はボスの偵察戦、四、五日目は情報収集となっていた為だ。

 つまり彼がストレージの限界まで素材を収めていたとしても一日ペースで素材が切れる以上、夜毎、主街区と迷宮区を行き来しなければならない事になる。

 

「……キリト君。その、言っては何だが。素材をストレージに収めるにしても、君一人で毎晩戻る必要はないのではないかね?」

 

 暗に一人で帰ろうとするな、と私は釘を刺す。彼が単独で戻るつもりなのは付き添いが居ない時点で半ば予想がついている。先ほどまでストレアとリーファ君のところで話をしていたようだが、彼女らが――特に義理の姉が――一緒に居ない事は、つまりそういう事なのだと。

 それに対し、彼はやはり、ああ、と首肯をしてみせた。

 

「では……」

「それについて相談があるんだ」

「……何かね?」

 

 考え無しでは動かない彼の事だからやはり予想はついていたか、と思った直後、対応について話題が出る事には少し意外性を感じた。

 今までの彼なら自分一人で戻るのが一番効率が良い、などと言っていた。

 まぁ、相談内容について分からない以上、まだ安堵する訳にもいかないのだが……

 

「キリト君、その相談って何?」

「以前から案として浮かんではいたんだけど……“馬車”を使うのはどうだろう」

「「「「「馬車?」」」」」

 

 彼の提案に、我々は異口同音に呟いた。

 ――――馬車

 この世界に騎乗可能で、且つ友好的な動物はかなり限られるが、知られているものであれば各主街区に存在している厩舎からレンタル可能な馬だろう。他にも牛、ロバなども居るが、彼らは大量のアイテムを一度に運搬可能にするための、所謂筋力値の低いプレイヤーへの救済手段的なもの。値段も馬よりは安い。

 馬車――正確には荷車――を引くとなると、それを引く動物はレンタルでは無く購入しなければならなくなる。プレイヤーと違って空腹値などが動物らしく設定されている彼らは、現実とは違い空腹回復値を設定されている食べ物のランクによって少量の食事で済むとは言え、やはり維持費はそれなりだ。そもそもの購入原価からしてかなり高い。

 更に引く荷車の積載限界量が増大すればするほど、購入に際して掛かる動物の値段も高くなる。一部は多頭引きにすれば荷車の値段は抑えられるが、その分維持費は最低でも倍である。

 ちなみに重量の大きい荷車を引ける強力な馬と、小さめの荷車を引く手頃な馬とで掛かる維持費は、実は一緒だったりする。最初の購入額が違うだけだ――――無論、文字通りの桁違いなのであるが。

 

「馬車って……あの、馬車の事だよね?」

「ユウキが馬が引く荷車の事を言っているならそうだな」

「……馬車って、この世界にあるの?」

「そこからか……いや、まぁ、普通は知らないか……」

 

 そう言って、レンタル可能な騎乗動物と違い、馬車に関しては恒久的に使用可能である事も含め、彼は馬車のシステムについて初めて知るユウキ君やディアベル君達に語っていく。

 巨大な組織を形成している《アインクラッド解放軍》であれば納品クエストなどで折半してレンタルしているかもと考えていたが、どうやらディアベル君の様子を見るに知らなかったようだ。諸経費などの算出のために報告書を作成する事を義務化している彼が知らないとなれば下の者も知らないのだろう。あるいは知っているが、提案していないだけか。

 

 確かに、キリト君の言う“馬車”に関しては、この状況だと有用と言える。

 

 馬力という単位があるように、馬を初めとした四足動物の筋力は途轍もなく、騎乗動物一頭分だけで、レベル一〇〇かつ筋力値極振りプレイヤー七人分のアイテム重量を運搬可能だ。それも一番安いものすらそれで、最高ランクともなればその倍は出来る。

 荷車はタルなどのアイテムを詰める為の物を使えば、騎乗動物に袋を掛けて運搬させるよりも遥かに手頃に出し入れ出来るし、移動中に荷車の中でアイテム生成をする事だって可能だ。危険ではあるが、生産職プレイヤーを中に入れ、遠征攻略中のアイテム補充を担ってもらうというのもアリと言えばアリ。

 ――――だが。

 

「待つんだキリト君。幾つか問題があるぞ。まず荷車を購入するなら、購入者は《騎乗》スキルを完全習得している必要がある」

「それについては俺が満たしてる」

「……そう言えばリズとシリカちゃんが言ってたよ、『あたし達を助けに来た時、最初は黒い馬に乗ってた』って。スキルを取ってるのは知ってたけどまさか完全習得してるなんて……」

「昔は納品系クエストで重宝したんだ。レベルが低かった頃は筋力値振りな上に剣が重かったから……リズ達の時は、馬の蹄の音で遠くからでも動きを止められるかと思って使ったんだ」

 

 私も《圏内事件》の際に攫われた彼女達や襲われたシュミット君達から聞いたが、どうやら万が一彼女達が害される事を考え、敢えて馬の馬蹄音で存在を知らせ、動きを止めるようにしていたらしい。普通に走った方が今は速いのに何故と疑問に感じていたから、漸くこれで納得した。

 ともあれ、まず前提条件に関してはクリアされている事は分かった。

 まぁ、そもそも完全習得していなければ、荷車と動物を購入出来る情報は得られない訳だし、このデスゲームで金が掛かる事以外で特にメリットが無い《騎乗》スキルを鍛える酔狂なプレイヤーもほぼ絶無と言っていい。可能性があるとすれば彼自身だろうなと、何となく察していたから特に驚きは無い。アスナ君達はやや驚いていたが、呆れの方が大きく見える。

 まぁ、純粋に攻略していれば、必要ないからなぁ、そのスキル……

 

「ふむ……では次だが、動物と荷車の額は並大抵ではないぞ。安いものでも合計三百万、より多くのもの、より重いものを運ぶ為にランクを引き上げれば、最高額では一億のものもある」

 

 安い方の額を言った時は、それくらいかなぁという表情で聞いていたアスナ君達も、最高額を聞いた時には驚愕で目を剥いていた。

 しかもこれは動物と荷車それぞれ一億掛かるので、合計では二億掛かるという事になる。

 現在ユウキ君が貸与されている漆黒の魔剣エリュシオンは、リズベット君の独断で五〇〇〇万コルもの巨額に設定されていた。それは恐らく万が一でもPKプレイヤーなどの危険人物の手に渡らないようにするためだろうが、それでも五〇〇〇万は高く感じる。

 質実剛健を意識し、命に関わる武具に関しては金に糸目を付けない私も、現在の所持金は約二五〇〇万。それの優に四倍だ。

 プレイヤー四人が集まって漸く片方購入出来る程の額のものを、そうおいそれと購入出来る筈が無い。そもそも元々この騎乗動物や荷車のシステムも大ギルドによる折半支払いを前提にしているからである。

 

「君は下調べはしているのかね?」

「じゃないと提案しない。さっきも言ったけど、以前から案としては考えていたんだ」

「ふむ……どれくらい前に?」

「ん、と……第五層くらいから」

「「「「「早っ?!」」」」」

 

 そんな前から考えていたのかと、こればかりは流石に私も驚いた。

 そこで、一応は研究者の端くれ故かムクムクと好奇心が湧き上がって来る。すなわち、何故そんなにも前から案として浮かべていたのか、だ。

 彼が対応する案として浮かべていたという事は、すなわちそれほど前から今のような状況があった事になる。それを言わなかったという事は水面下で起こっていた事と言えるのだろう。それを知らないからこそ、私は問いたくなった。

 論点がズレる事は分かっていたが疑問を呈する事くらいは許して欲しい。

 

「何故そんなにも前から?」

「キッカケはキャンペーンクエストだな。アレのクエストで訪れたダークエルフの砦で見たんだ、中にポーションや武具を箱やタルに入れて運搬してる馬車を。ストレージに入れる事で手が塞がらないとは言え、それでも持てる量に限界があるなら馬車は使えるんじゃないかと思って一時期調べてた」

 

 まぁ、リスクとリターンが見合わなかったから、今までしなかったんだが、と彼は続ける。

 

「リスクとリターンが見合わないって、どういう事だい?」

 

 その結びに、小首を傾げて疑問を呈するディアベル君。

 

「俺が聞いた感じだと、とても使えるものだと思うんだが」

「……あー……それは多分、俺とディアベルの立場の違いが原因だな。俺はソロだけど、ディアベルはSAO最大の所属人数を誇る《アインクラッド解放軍》のリーダーだ、そもそもの視点が違う」

「どういう意味かな」

 

 再度疑問を投げる青年に、少年は丁寧に語った。

 自分はソロで、且つ攻略の事を第一に考えているプレイヤーである。なら視点も自然と攻略を主軸としたものになりやすい。

 反面ディアベルは組織のリーダーで、攻略組に属していると言えど、後方支援の役割を担っている部分が大きい特色上、その思考は支援方面の事になりやすい。彼が魅力を感じたのは、恐らく一度に運べるその積載限界量の事だという。

 購入する動物と荷車のメリットは、恒久的に使用出来る事と、一度に運搬可能な限界量がレンタル版より多くなる事だろう。

 ではデメリットはと言うと、動物や荷車を護るのに人数が必要になる事。

 一パーティーだと敵の対処が遅れる可能性も無くはないので、せめて二パーティーが理想。片方が戦闘し、もう片方が警戒する。挟み撃ちされる可能性がある以上はそれが最低限と言える。

 以前までの攻略組は、経験値配分諸々の事を含めて一パーティー毎に思い思いに攻略を進めていた。彼に負けじとマッピングに勤しむ者、自己強化に励む者、素材収集による武具強化に励む者など、その姿は様々だが、概してパーティー人数は五人前後とフルではない。少なくも無いが多くも無いそれは、得られるリソースを少しでも多くするため。それが適度と言えるのが五人だったのだ。要するに、安全マージンを取ったプレイヤーからすると、普段の攻略でフルメンバーは人数過剰と言えたのである。

 更に一度の探索で消費する回復アイテムは、まだリカバリーが可能な範囲でしかなく、パーティー全員のアイテムが尽きる事はそうそう起きなかった。

 ソロのキリト君は需要と供給を完全に自己完結で賄えていたので、そもそも荷車を必要としなかった。

 ――――しかし、七十五層ボス攻略を契機としたバグによる変化が、状況を変える

 普段の攻略ですら最低二パーティーでなければ数と勢いで圧殺される危険性があり、今ではレイドとして組んでいる。それで居てモンスターの平均レベルは《攻略組》のそれをやや上回っており、レベル差による被ダメージ倍率補正で防御の上からでもそれなりに削られる。おまけに数が多いからその頻度も高い。

 結果、これまでとは違い、ポーションの使用量が劇的に増大した。それも彼では供給が追い付かない程に。

 そもそも一人で一日分の供給を賄える時点で色々おかしいのだが、彼の事だから今更と言える。

 

「荷車の護衛に回る手間は必要だけど、アイテムの供給や武具の損耗回復はその気になれば荷車の中で出来るし、購入する動物によっては戦闘に参加出来るタイプもあるから、このレイドにとってリターンはかなりのものだと思う」

「……なるほど。以前までだとリスクが大きくリターンは小さかったけど、今は敵の数も味方の数も増えてるから、リスクは小さく、リターンが大きくなったのか……」

 

 一通りの説明を受けた事でディアベル君は納得したらしい。

 

「でも、結局お金はどうするの? 流石に二億コルってキリトも出せないんじゃ……?」

 

 そこで、ストレアが論点を戻した。

 購入する事で得られるリターンと背負うリスクについては理解したが、それでも実際に購入出来なければ話にならない。彼女が口にしている額は最高ランクの額であって、それより低ランクを選べばまだマシだが、一日で使う量を考えるとかなりの頭数を必要とするのは間違いない。

 数を賄うだけなら最低ランクを二頭用意すればいいだけの話。

 高ランクの額が高くなるのは、満腹値の減少速度、積載量と比した運搬速度、戦闘に参加出来るか否か、出来るなら何が出来るかの他、種々様々なパラメータが細かく設定されているもの値が高数値にあるものが多いからだ。特に戦闘に参加可能か否かで値段は跳ね上がっていると言える。

 馬は運搬量が平均、運搬速度が高く、満腹値減少がやや速い。

 牛は運搬量が最大、運搬速度は遅く、満腹値減少が遅く。

 ロバは平均型だ。遅くも速くも無い中庸タイプである。

 レンタルだと最低ランク三種が基本だが、《騎乗》スキルが高いと選べる種類は増えていく設定だ。なので購入が可能になる時点で全種類が出ている。

 上位種になると、馬はユニコーンに、牛は竜種に格上げされている。特徴はどちらも下位種を引き継いでいる。種族特有の特性も有しているため戦闘にも参加可能で、得意な事も同じユニコーンや竜種の種族内でも異なっていて、竜種は吐けるブレスが違うなどだ。ユニコーンの場合はやや特殊。

 ――――彼はどれを買うつもりで提案してきているのだろうか

 ただの運搬用であれば一〇〇〇万は掛からないが、最前線の激戦を考慮すると戦闘力が無い馬や牛を買うとは考え難い、多少の自衛や抵抗が出来るよう最低でも戦闘能力がある上位種にする筈。なら額は合計五〇〇〇万前後となる。そこから強力になるにつれて億に到達する。

 

「いや、二億も掛からない。そも、荷車そのものは俺が作るからな」

 

 その言葉に、私は何となく察しが付いた。SAOの事については恐らく誰よりも熟知しているからこそ気付けた。

 

「作るって……どうやって?」

「スキルに決まってる。厳密には《鍛冶》と《木工》スキルの合わせ技。職人に頼むと確かに楽だけど、それだと防御装甲とかは作成時にオプションで頼まないとだから素材の他に追加料金を取られるんだ。戦闘やあぜ道にも耐えられるようにすると実際は単価一億五〇〇〇万以上。それなら素材を自分で購入した後、自作した方が遥かに安上がりなんだ」

 

 下調べしてる時に一緒に調べたからな、とどれくらいになるかの見積もりが細かく記載された羊皮紙をこちらに手渡してくる。元々複数に話す為に用意していたのか、何時の間にか周りに集まっていた者達全員にも同じものが配られる。

 その様子を見て、何だかプレゼンや会議みたいだな、と思った。

 それを進めている司会者が圧倒的に最年少なのが唯一最大の違和感である。

 

「その羊皮紙には《アークソフィア》の厩舎で今朝確認した動物と荷車それぞれの単価表を記載してる。オプションは固定の割合加算で、追加する毎に一割ずつ額が増していく。ちなみに鞍なんかもオプション追加だ。で、今から渡す紙には、一面で二種類、一枚で四種類の詳細データを記載してる」

 

 何やら会議でも使えそうな本格的な資料を更に追加で配られた。十数枚をヒモで纏められているそれには、彼が言うように裏表で合計四種類の動物、ないし荷車のデータが書かれている。荷車には製作に必要な素材と個数も列記されていた。

 その素材データの部分でバツ印が名前の前に書かれているのは、注釈によると七十六層以上では現在確認できないものらしい。つまり自然に集めていては集まらないという事。

 尚、満腹値を回復させる餌に関するデータも巻末のように最後の羊皮紙に纏められていた。コスパの良さ、値段などの計算式も表記されていて、非常に見やすい。

 ……これを小学生の、しかもプレゼンなど一切学んでいないであろう彼が作ったのだとすれば、驚愕しかない。恐らくアルゴ君や会社員だったらしいクライン君辺りが教えたのだとは思うが。

 

「へぇ……前に使ったらしい黒い馬って、スピードは最大のものなんだ」

「その代わり満腹値減少は速い。限界まで減少するまでに走れる距離は同じでも、移動速度を速め、到着時刻を繰り上げたから速いだけだ。実際他のもそう変わらないよ。減少した満腹値は移動した距離に比例する。純粋に移動速度を変えただけなのは購入する餌の効率とかを考えると非常に助かる。餌も回復量が異なるだけで、購入出来るものに関しては特にバフも無かったからな」

「……キリト、君、それも検証したの?」

「ああ、これは随分前にしたよ。提案する時にはどれだけ有用か、リスクがあるか、お金が動く以上は収支決算のデータが必要だ。キバオウ辺りが絶対『コスパを考えろ』って難癖付けて来たと思うし。攻略の為ならどんな苦労も厭わないよ、俺は」

 

 ユウキ君が呆れたように言うが、彼の言葉で表情が苦笑に代わった。あぁ、と漏れた声から、その未来を容易に想像できた事を如実に理解できる。

 確かに彼ならそういう面倒な、あるいは金が掛かる検証作業をキリト君に放り投げていただろう。それだけが理由ではないだろうが、予期していた事もあって実際に検証したようだ。

 実際こうしてデータとして示されるとこちらも受け入れやすくはある。というか、もうほぼ受け入れる流れが出来てしまっている。

 未だ《アーガス》が存在していたなら、彼には技術部だけでなく、営業部にも欲しい人材としてスカウトを諦めなかっただろう。そして入社した後、取り合いという名の派閥争いが起きるのだ。かくいう私は面倒事を厭い、それに時間を掛けるならと血道を捧げていた《アインクラッド》創世をしていたが、彼を引き入れられるとなればきっと参加したに違いない。プログラミングは出来なくとも、ここまでVR適性が高いプレイヤーは他に居ない。テストダイバーですらだ。ともすると社長権限という強権発動すら辞さなかったかもしれない。

 ……まぁ、彼の能力はこのデスゲームで必然的に鍛え上げられたものなので、作成当時はスカウトしなかっただろうが。

 というか知らない人に会うよりも作成の方に注力していた気がする。

 

「……貴方、その検証だけで一体幾ら費やしたの……?」

「んー……三〇〇万くらい、かな? さっきも言ったけど、納品クエストで使ってた頃に合わせて検証してただけだから、別に特別な時間を取って確かめた訳じゃないし、余計にお金を消費した訳でもない」

 

 それに、と彼はシノン君に笑みを向けた。

 

「俺は最前線をソロで進んでたんだ。つまり戦闘や宝箱から得られるリソースは全て独り占め出来ていた、余った素材でポーションを作って売れば、素材で売るより合計金額は上。そしてポーションを自作出来て、《鍛冶》と《裁縫》スキルを持っている以上、街に戻る必要が無く、必然的に補給も自力で賄える。つまり俺がコルを消費するのは食事くらいなものだったんだ。そりゃあ溜まりに溜まるよ」

 

 ボスのLAも、七十六層を除いて全部取って来たからな、と続けた。

 そこでユウキ君が小さく肩を震わせた。七十六層フロアボス《ザ・ガストレイゲイズ》にトドメを刺したのは彼女だったからだろう。このSAOで初めてキリト君以外でフロアボスのLAを取ったプレイヤーなのだ。

 まぁ、他の皆はLAの事より、彼女が放った《片手剣》スキルには無い十一連撃ソードスキルの方に意識が向いていたため、あまり大事にはなっていないが。むしろ彼女なら取れても不思議では無いという流れすらある。キリト君と実力は互角――あるいは彼女がやや上――である事を考えればおかしくはない。

 

「使わなかったら文字通り宝の持ち腐れになるんだ。必要な事に使えるならむしろ本望だよ」

 

 にぱっと、信用し切っていない者が居る空間であるにも関わらず、彼は屈託のない笑みを浮かべて言った。

 それに我々は呆気に取られる。

 以前からキリト君に敵意や殺意を向け、中には彼を殺そうと動いていた者もこのレイドには居る。《ビーター》として振る舞う真実について把握していないもの、信じ切っている者、彼を《絶対悪》と見定めて止まない者だっていて、今は多少風当りは優しくなったものの受け容れ切れていない者がいるのは彼とて把握している筈だ。

 それなのに、今まで警戒して誰にも見せなかった表情を見せるようになった。

 きっとそれは、彼らが彼の命を狙う行動を、一時的にとては言え止めているからだ。彼が見せた七十六層でのバグへの対応により、彼らが多少なりとも過激な行動を控えるよう考え直したからだ。

 

 ――――彼は『子供』だ

 

 嫌悪を向けられれば嫌悪を向け、敵意を向けられれば敵意を向ける。

 友好的な態度で接すれば近寄り、心を開かれることで心を開く。

 『子供』という性質。それが今、人が多く居る中で僅かにでも顔を覗かせている。

 それは小さくはあるが、しかし途轍もなく重要な第一歩。

 敵意を向けられていたから友好的な関係を取らないなどとは言わない、罪を憎んで人を憎まずの、大人の思考を持った、子供としての性質の発露。

 人の役に立とうとしている姿勢と合わさり、その様は、正しい子供の在り方だった。

 

 ***

 

 人気の無い、薄暗い隘路。

 

 街の一角。夜の帳に包まれ、道の先が闇に隠された大通りから外れた小路に、自分は居た。ある人物を待っているのだ。

 その相手は、【黒の剣士】キリト。

 本来なら数日間、迷宮区内でキャンプをする為に戻って来ない筈なのだが、諸々の事情があって一旦補給に帰る事になったのだ。転移結晶で《アークソフィア》に転移した後、メッセージで連絡を入れて来た。

 今現在、自分は《隠蔽》スキルによりハイディングして、夜道の闇と同化している。そうでなければ人攫いと勘違いされそうな恰好だからだ。

 何故なら、自分は今、『あるもの』を肩に担いでいる。ストレージに入れる事が出来ないレアアイテムだ。それなりに大きいそれは筒状に包められている。傍から見れば絨毯や俵巻きのそれだが、こうも薄暗いと人攫いの恰好に見えなくも無かった。

 こんな小路で待ち合わせをしたのは、それを危惧しての事では無いのだが。

 

 ――――これも、予想通りだったのカ……

 

 思うのは、このレアアイテムを手に入れるのを依頼してきた時の事。

 このレアアイテムは《ベンダー・カーペット》と言い、所謂絨毯な訳だが、レアアイテムと呼ばれる所以はその効果にある。基本的に手から離して床に置いたものは、所有者登録が無ければ五分後、あるなら一時間後に耐久値減少が始まるのだが、この絨毯の上に置いたもの限定で耐久値減少が起きないのである。

 なのでコレは、所謂露天商人に人気の品物として知られているのだが、見つかった時期は第一層や二層の時点からなので、レアはレアでも今現在の価値としてはあまり高くない。最初の頃から露店をしていた者はその大多数が自分の店舗を有しているからだ。

 だから多くの者がコレを必要としなくなるが、ストレージに収納できないという点がネック。ホームのストレージにすら入らない以上場所を取るからだ。

 かと言って商人同士で売れる筈も無く、剣士職に売れる道理も無く、誰もがコレを持ち腐れしていた。

 NPCに売るのもありではあるが、二束三文でしか売れない。長いこと世話になったそれをそうして終わらせるのは忍びない、何か嫌だという理由で、未だに持っている商人・生産職プレイヤーは一定数存在する。

 とは言え、第七十六層以上に来たプレイヤーは下に戻れないので、結果的に価値は高騰していると言えよう。何しろ商人や生産職プレイヤーはまた昔のように露店で商売をしなけれならないのだから。むしろリズのようにすぐ店舗を構えられた事の方が異例である。

 自分も、露店をする事を前提でリズベットの後を追って来たシリカから譲ってもらった事で調達した。彼女にはやや渋られはしたものの、彼の頼みだと言って事情を話せば、快く譲ってくれたのだ。

 そしてコレをわざわざ用意する事を頼んできたという事は、コレを使わなければならない事態を予期していた事になる。今回メッセージで伝えて来たのも《ベンダー・カーペット》の引き取りについて。

 一応どのように使うかは聞いているが……

 

 ――――まさか“馬車”の荷台に敷くとはネェ……

 

 騎乗動物のレンタルには彼と納品系クエストを進めていく中で幾度となく世話になったが、馬車などに関しては初めてだ。クエストの演出で馬車に乗ったり乗らされたりした事はあるが。

 そんな中、そのクエストの馬車に乗った時、アイテムの耐久値減少が起こる事に少年は気付いた。

 だから近々馬車を必要とする状況を考慮して自分に《ベンダー・カーペット》を用意させた。七十六層以上で入手するとなると、重要なのは交渉術とコネ。彼はそれを頼ってくれたのだ。

 

「ムフフー……! 頼ってもらえるなんて、オネーサン嬉しいゾ……!」

 

 ハイディングが解けない程度の声量で喜びを口にする。

 傍から見れば、つまるところただのパシリな訳だが、これは自分くらいにしか出来ない重要な仕事だった。その気になれば彼自身が手に入れる事も可能だっただろうが、それでは事を荒立てる事になるから本望では無い。彼の望む形で穏便に入手するなら自分の力が不可欠だったという事だ。

 その事を理解し、その苦労を分かった上で頼ってくれた事は、とても嬉しい。

 一昔前までは、どれだけ言っても受け容れてくれなかった分、余計に嬉しい。

 

 ――――だから、妬いちゃうなぁ、ホント……

 

 だが、胸中に沸く感情は、贅沢な事に歓喜だけでは無い。嫉妬の感情もある。

 あの少年の知り合いの中で、最も付き合いが長いのは自分なのだ。彼を拾った義理の姉ですら超えてしまっている自分は、ある意味彼の事を一番よく知っている。

 頑張ってる姿も、弱ってる姿も、気丈に振る舞ってる姿も、泣きそうになってる姿も、安堵している姿も、気を抜いて寝ている姿だって自分は見ている。それだけ信用を勝ち得たのだ。

 それを、横からアッサリと奪い取っていく、義理の姉。

 戦闘を含め、彼に並び立つ剣腕を持つ少女達。

 妬ましい。実に妬ましい。自分がどれだけ苦労して、人見知りの強かった時分からここまで距離を詰めたのか当然知らない彼女達は、自分以上の部分にまで踏み込んでいる。どれだけ訴えても直らなかった自己犠牲の行動が鳴りを潜めている。

 喜びはある。自分を大切にしてくれるようになったのは、素直に嬉しい。

 

 ――――でも、欲を言えば、それは()がしたかった。

 

 あの少年の表も裏も知っているのは自分くらいだったのだ。沢山相談された(してくれた)。ほんの少しずつだが心を開いてくれていた。

 それでも、彼の言動を留める事は出来なくて。

 出来たのは、この世界に来て少しだけの、義理の姉。

 一体何が違うのだろうと、思考が回る。

 勿論彼の思想に限界が来ている時、更に押し込むように叩き潰したのが最大の原因だろう。彼のリアルの事を知り、事情を知り、心情を知っている彼女だからこそ、アレは為せたのだと理解している。

 

 だけど、感情では納得出来ていない。

 

 怒りを露わに叱った事がある。

 

 涙を浮かべて止めた事がある。

 

 心配だと訴えかけた事がある。

 

 死なないでと願った事がある。

 

 想いの深さで勝ち負けなんて競うつもりは毛頭ない――――どれだけ想いを伝えたかこそが、重要だから。

 

 どれだけ行動に移せたかが、大切だから。

 

「……ちょっと、重いカナ……」

 

 心配で、大切だから、目を離さなかった(離せなかった)。少しでも気を抜けばすぐに遠くへ逝ってしまうと分かっていたから。

 誰かが楔にならなければならなかった。

 《ビーター》という役割のような曖昧なものではない、承認欲求を確実に満たす、『必要としている』と面と向かって言う役目が。疑問を挟む余地も無く、必要とされているという答えにしかならない声掛けが。

 《ビーター》は肩書きだ。役割だ。彼が死ねば、次は別の誰かが《ビーター》として祭り上げられる。

 

 でも――――キリトという子供は一人だけ(あの子の代わりなど誰も居ない)

 

 全を意識する余り、個の意識が薄弱としていた。それを抑え、留め、引き戻す楔が必要だった。

 ユラユラと、荒波に揺られていく船を泊めておく錨の役割が。

 自惚れでなく、自分がその役割を担っていたと思う。そう言えるだけの事を裏でしていたのだ。クリスマスを祝う為に、彼の為だけに集めた料理の数々で密かに祝った日のように。

 それを、人は『重い』と評するかもしれないけれど。

 自分が思い付く限りの、あの少年にとって『幸せ』と言えるものがそれなのだから、仕方ないだろう。甘受すべき『当り前』すら知らなかったのだから。

 今もまだまだ、常識には疎い子供だ。

 けれど誰よりも厳しい茨の道を進む強い子だ。

 あの不屈の如く奮起する姿を見るだけで、頑張らなくちゃ、と思う。

 同時に、支えたい、とも思う。あの強く小さな背中を支える存在になりたいと。

 生憎と、戦闘力では彼女達の足元にも及ばないけれど――――裏方の仕事なら、彼と並び立てるのは自分だけだと断言出来る。

 伊達に一年半の間、《アインクラッド》随一の情報屋をしていないのだ。

 

 ――――ふと、光が過ぎる。

 

 上下の階層を過ぎるように浮遊城の外側に再現された月が昇った事で入ってきている光だ。

 それに顔を向け、目を眇め……

 

「嗚呼……綺麗な月ダ(・・・・・)

 

 少年の顔(輝き)を見て、口にする。

 それを理解されるとは思っていない。でも、胸に秘める想いを、言外で伝える。それだけが、今の自分に出来る精一杯の告白だから。

 守られる対象になるのではなく、支える者になるからこそ、今はまだ伝えない。そう決めていた。

 

「――――お待たせ、アルゴ」

 

「――――大丈夫ダ。今、来たところだから(二人きりだから)ナ」

 

 確かな劣等感と、多大な自負と想いを胸に、【鼠】のアルゴは微笑みと共に黒い幼子を出迎えた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 ヒースクリフ視点で出て来た《荷車》――馬だったら馬車、牛なら牛車、竜なら竜車――の話は、異世界ファンタジーもので馬車使うのって定番だよなーって思って、でもSAOで馬車使ってるの見ないなって思って、じゃあ出そうって。異世界系小説読んでてね、イイナコレって……なので動物購入に関してはオリジナルです。レンタルは原作準拠。

 勿論ALOでは引退します(空飛ぶからね) 空車とか無いんや(ワイバーンテイム可能なケットシーの独壇場だからネ)

 ストレージ容量の限界? 馬車で解決!

 馬車の護衛? 原作と違って攻略はレイド前提なので解決!

 ポーション類生成? キリトが何とかしてくれる。

 耐久性? キリトが何とか(以下略)

 お金? キリトが(略)

 これだけ見るとチートオリ主並みの事をしてるな……イカン、異世界物(転移転生憑依トリップ)に引っ張られ過ぎたか……? お金やスキルに関してはそれなりのバックボーンだと思うのだが。



 ――――だからと言って本作キー坊が既にオリ主で、設定からしてチートと言ってはダメだゾ?(威圧)



 ―――― 三<●>▲<●>三



 話を変えよう(あからさま)

 もうね、今話(後半)書いててね、アルゴをとっととデレさせたいって凄く思った。没ったヤツはキリトとアルゴが挨拶を交わした後、アルゴが抱き締めてたからね(《ベンダー・カーペット》の存在忘れてたから没)

 尚、抱き締めてたらどっかの電姉が殺気飛ばしてた模様()

 『その未来は違います』って剪定しに来てた可能性……()

 自分の中で、アルゴはツンデレ(50%/50%)のイメージ。仕事が関わるとツンだけど、仕事以外だと(内心)デレデレっていう。SAOのゲーム(特にHR)やってると思うんだ、アルゴお前実はめっさ堕ちてるやろって。何なん可愛すぎだろ(特にHR)

 ああ、だからアルゴって、二次創作だとヤンデレ枠に嵌るんだな……

 絵師さんマジGJ(パド並み感)

 絵師大事、コレホント(迫真)

 それに引き換えIS(8巻以降)は……(飛び火)

 シノンはクーツンデレデレ(クーデレ+ツンデレ)。つまりデレの要素が多いという(割合はアルゴと同じだが) さっすが本家のクーデレにしてツンデレキャラやでぇ……(個人的主観)

 デレが深いからこそヤンデレ枠人気キャラなんですかね(すっとぼけ)

 沢城さんの声のシノンが最高(恍惚)

 SAOゲームをHFからやり直し始めた最近、キャラ愛の深まりが留まるところを知らない勢いでどんどん深まってる。

 最近のパートナーはアルゴです(めっちゃ影響受けてる) 次点でシノンです(同上)

 Re:HFだと連携提案とかで専用のアニメ絵が出るから嬉しいんや……Vita時代だと無かったから……つまり連携奥義なんて発動しなかったんだよ(怨)

 早く100階層攻略してユウキを出したいです(泣) Vitaから引き継いでも、クリア状況はリセットされるから、ユウキが居ないんや……Lv245だったのに……

 まぁ、最初から居るとLv250(Max)からLv199に落とされたキリトの方が圧倒されるんですが。全ヒロインの中で、平均ステータス最高だからね、彼女。オマケに《マザーズ・ロザリオ》(必中)使えるとか最強ですわ……そしてRe:HFでアニメ絵が付いたから無敵ですわ……

 長々と失礼。

 では、次話にてお会いしましょう。



 本作が原典ゲームみたいにほのぼのしてたら、きっとユウキ(Lv245)にキリト(Lv175)は喰われてるなって妄想余裕でした()



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