インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 約三週間ぶりですね……国試対策って辛いなぁ……

 ――――密かにユウキを出すためにRe:HFしたり、FBで厳選したりしてたのは秘密だ!

 二次小説の原作関連のゲームはやる気注入の為、つまり小説執筆行為の一環と捉えても過言では無いと思う所存……ッ!(開き直り)

 そんなこんなで執筆した今話はちょっと少なめの約九千字。

 視点はオールストレア。

 ではどうぞ。




第百九章 ~現状把握~

 

 

 マッピングを済ませたキリトとシノンの二人は、迷宮区の入り口を回廊結晶のセーブポイントに指定した後、速やかにアタシ達の許へ戻って来た。道中スレイブの襲撃も無く、あったのはモンスターの奇襲だけだったという。

 モンスターは樹木型や花型など、およそ背景に隠れて一目では判別付き辛い種類が多かったらしい。シノンも見分けるまでにやや時間を要したと言っていた。

 ただ、そこは数多の階層を股に掛けた《攻略組》。

 仮令キリトの後塵を拝していようが、自己強化と攻略に勤しんでいたから、それらの対処もお手の物だった。実際第三層も深い霧に包まれた森の中で樹木オブジェクトに擬態するタイプのモンスターが居たからだ。

 流石に一度に襲撃を仕掛けて来る数が文字通り桁違いになっているから過去の経験をそのまま活かせる訳では無かったようだが、同じように味方の数も桁違い。しかも構成がボスレイドを前提にしたものだからまったく対抗できない訳がなく、アタシ達は順調に最前線フィールドを進行した。

 そして今、アタシ達は迷宮区まで進行し、その中にある《安全地帯》に辿り着いた。

 予定では圏内コードが適用されるこの《安全地帯》を一時的な拠点にし、レイドを複数のパーティーに組み分けして階層攻略を進めるようになっている。

 

「あー、たっく、疲れたぜぇ……」

 

 《安全地帯》に足を踏み入れ、《Inner Area》の表示を見た瞬間、レイドの一人――《聖竜連合》のギルドメンバー――が壁に背を預ける形でドカリと腰を下ろした。それを見てか、同じように床に腰を下ろし、疲労を露わにする者が増えていく。

 いきなり気を抜くのもどうかと思うが、それだけ《圏内》である事に安心感と信頼を抱いていて、且つ最前線のモンスターの勢いに疲れているという証左だ。

 その辺の理解はあるのか、リンドやアスナ達は休息を言い渡すに留めていた。

 休息時間は特に決まっていない。というのも、現在時刻は午後八時で、もう日が暮れている時間帯だからだ。

 とは言え、普段の《攻略組》なら仮令深夜に差し掛かっても進んでいただろうが、この休息はただ疲れを癒すためだけでなく、戦闘により損耗した武具の耐久値回復のためにレインへ依頼し、対応するための時間も兼ねてある。幾ら彼女がマスタースミスであろうとも対応出来るのは一度に一人。それに鍛冶の音はハッキリ言って五月蠅いので、真夜中に攻略が終わった場合、それから砥ぎをするわけにもいかず、必然的に早起きしなければならなくなる。それでは都合が悪いだろうという事で今日はもう休む事になった。

 そんな訳で、アスナ達から休息を言い渡された後、まずは疲労を取ったり腹ごしらえをしたりする者と、早速レインのところに武具を持って行く者とで行動は大きく二分化された。

 ちなみにアタシはそこまで損耗していないので後に行く事にした。

 

「いやー、未到達領域の攻略は疲れるねぇ。これを今まで一人でこなしてたとかキリトは本当に凄いなぁ」

 

 そんな訳で、《鍛冶》や《裁縫》を持っていないアタシはやや手持ち無沙汰なので、保存の利く燻製肉片手にキリトの隣に居座っていた。

 

「スリークォーターを超えた時点からモンスターの勢いがおかしいだけだよ。あんな数を何時も相手にしてたら文字通り圧殺されてる」

「……そう言う割には、リポッピングトラップをわざと踏んで潰してたよねー。しかも毎層毎層、一つ残さずぜーんぶ。アタシ知ってるんだからね?」

 

 勿論知っている理由は、アスナ達から聞いたのもそうだが、MHCPとして観察していたからでもある。姉のユイが見ていたのだからアタシだって見れるのは道理だ。

 

「……一時的なものだから、ノーカウン――――むぎゅぅ」

 

 何やら誤魔化そうとする少年の右頬を突く。少年の反応が面白くて、そのまま指をむにむにと押し込み続ける。

 抵抗は無かった。アタシに抵抗する事を既に諦めているのか、《圏内》だからと警戒していないのか――――あるいは、姉だからと無条件に受け容れているのか。

 まぁ、これくらいはじゃれあいの内だし、別にどんな理由でも良いのだが……

 ――――そう思考しているアタシの耳朶を、ポーン、と軽快な音が打った。

 視線の先にはポータブル調理キットに置かれた手鍋。蓋をされ、加熱されたそれからは、何ともかぐわしい香りが立ち上っている。

 音に応じてキリトは調理キットを停止させ、手鍋の蓋を取る。

 

「わぁ……美味しそう」

 

 蓋の下からは、具沢山の乳白色をしたスープが顔を見せた。ニンジン、キャベツなどの一口サイズに刻まれた各種野菜と、しっかりと煮込まれた肉――牛系モンスターのドロップ品らしい――が、ほかほかと湯気を上げて沈んでいた。

 ワクワクと期待の目で見ていると、彼は苦笑を滲ませながら実体化させた木製の皿によそい、木製のスプーンと一緒に手渡してくれた。

 早速と口にすれば、口の中いっぱいに蕩けた野菜や肉の味が染み渡る。歯で軽く噛むだけでぽろ、と肉は千切れ、舌で口蓋に押し付ければあらゆる野菜が微塵に砕ける。更には整えられたミルクの味が肉汁や野菜の出汁と共に広がる。

 

「んー……! 美味しい! 体の奥からポカポカしてくるよ!」

「ん……そうか」

 

 これはキリトが得意……というか、このSAOで最も調理して来た料理だという。

 お湯に溶かせば味が付く粉と、味を調える調味料に具材を入れ、加熱すれば出来上がるというとても簡単なレシピは、NPCやクエスト報酬で知る事が出来る類ではない完全オリジナルだというが、どの材料も店売品なだけあり作ろうと思えば《料理》スキルを取っていないアタシでも作れる代物。謂わばSAOにおける料理の初心者用のレシピと言える。

 でも目の前にある料理は、仮令アタシが作ってもここまで美味しそうな見た目や匂いには出来ないだろうな、と思える程にレベルが高い。

 それは、キリトが取った生産系や趣味系スキルの中で、《料理》はダントツで取得時期が早かったからだ。

 

 ――――それはきっと、彼の無自覚の欲求の顕れ。

 

 《料理》や《調薬》、《鍛冶》など、基本的に何かを生産する工程の多くがシステム任せなのは、その道を進む人からすれば物足りないものに感じられるが、逆に馴れていない者からすれば有難い一面がある。技術に左右されないという事は、初心者が手を出してもその道で成功しやすい――つまり生活の糧を得やすい――事を意味する。

 そこに目を付けたキリトは、ディアベルやシンカー経由で徐々に所属人数が増えて肥大化していた《アインクラッド解放軍》に後方支援や生産職の道を伝え、戦わないプレイヤーも糧を得られるよう対策を施していた。現実と違って困窮の末に暴力や盗みを働こうとしても、この世界はレベルに支配されている以上戦わない者が戦う者に勝てはしない。それでも秩序や安寧は乱され、崩れる。そこがオレンジになる温床になる以上は対策せねばならないと言って行動していた。

 無論、キリトは何も理屈や可能性だけで、それをしていた訳では無い。人に伝える前に、まず自分で《鍛冶》や《ポーション作成》などを取り、有用性やコストパフォーマンスの検証を行っていた。

 勿論それも攻略の合間だ。完全習得する以前は生産系スキルを攻略に必要な戦闘系スキルと同時に取り、維持していなければならなかったから、余計最前線でのレベリングは必須事項。彼が戦闘系スキルと生産系スキルを多く取り、且つ完全習得しているのも、検証のために急ぎスロットを増やす必要があったからでもあったのだ。うまい具合に攻略事情とスキル事情が合わさっての事だった。

 《鍛冶》は武器や防具の損耗を回復させる。迷宮区に篭もり続ける日々を送る彼にとって、これは攻略面でも役立つ有用なスキルだった。それなのにリズより完全習得が遅かったのは、修復は一日に一、二回くらいで、インゴットからの作成も殆どしないせいである。

 《裁縫》は自身の革防具類の耐久値を戻す為に使い続けていた。ただ蜘蛛や植物系のモンスターが落とす素材が足りない時期もあり、中々育たず、気付けば修復に必要な熟練度に達していない事もあったようだが。

 ――――対して《料理》スキルは戦闘とは関わりが無い。

 一日に三回、朝昼晩でのみ使うであろうスキルだ。店を開いている者は幾度でも使うだろうが、なにぶん調味料の類の合成に必要な熟練度は比較的高い――稲から米などの食材精練に至っては完全習得を求められる――事もあり、SAOではあまり取られていないものの一つ。

 それでもキリトは《料理》スキルを早期の内に取っている。

 しかも、MHCPだからこそ知っているのだが、何気にSAOプレイヤーで最速の《料理》スキル取得者にして、完全習得者である。それだけ《料理》の試行回数が多かったという事。

 その理由が『プレイヤー達のストレス発散』という謂わば秩序の為と知った時は何とも言えない気持ちにさせられた。何も知らず、ただ無邪気に彼の料理を口にしていた記憶が灰色に染まりそうになる。

 ……口にして、美味しいと言った時に見せる笑顔を見ているから、そうならないのだが。

 唯一の救いはそこなのだ。キリトは何かと他者の事を理由に行動していて、それを賞賛されても――例えば《ビーター》としての行動を褒められるなど――あまり喜びは見せないが、しかし《料理》に関してだけは違うのだ。喜びを見せるし、誇らしさも見せる。何なら笑みだって浮かべる。

 だからアタシも、素直に『美味しい』と口に出来ていた。

 システム任せでありながらここまで美味な仕上がりにするには並大抵の努力では済まされない。つまり彼は、技術を付け、それを振るっている。

 リーファは言った。万人が得られ、それを振るえるものが『技術』であると。

 万人が振るえるという事は、才能に左右されない――厳密にはセンスとかで若干左右されるが――事を意味している。義理の姉にすら壊滅的と言わしめた彼は聡い、技術的な部分で人に勝れる事はまずないと悟ってもいた筈だ。それでも技術を磨き、それを誇るという事は、《料理》に関してだけはキリトもありのままの自分を晒せている事に他ならない。

 

 ――――多分キリトは、物作りの方が合ってるんだろうなぁ……

 

 スープを口に含み、嚥下しながら思う。

 キリトは確かに強い。この一年半、最前線をソロで生き抜けた事だけでもそれは覆しようのない事実だ――――しかしそれでも、レベルすら覆す強者がここにはゴロゴロいる。

 例として挙げるなら、ユウキとリーファ。相性で言えば速度特化のアスナ、防御特化のヒースクリフもいい線まで行ける筈。二倍近いレベルを有する彼だが、既に四人――スレイブを入れれば五人――も同格と言える剣士が居る。

 対して、《料理》に関して並び立てる人はあまりいない。熟練度の話ではなく技術的な話だ。システム面の考察や推察力を交えれば、多分彼は縁の下の力持ちのポジションが最適なのだろう。丁度アルゴのような役割が。

 

 ――――ああ……だからキリトって、攻略と情報収集の並行が出来たのか

 

 ふと気付く。

 忙しい最前線攻略や戦闘と並行して、マッピングだけでなくモンスターのデータ収集まで出来たのには、そういう理由があったのかと。

 苦手な分野をしている中で得意分野が出て来れば、そりゃあ出来てもおかしくない。

 

「ホント、多彩だなぁ……」

「何が?」

「キリトの事だよ。戦闘、生産、炊事に情報収集、何でも出来るじゃん。これなら何時おヨメに行っても困らないね」

 

 むにむにと、キリトの頬を匙の柄側で突く。

 

「そこは婿じゃないのか……? あと、やめてくれ、手元が狂う。貴重な素材が無駄になる」

 

 やや眉を顰め、鬱陶しそうに腕で顔を庇うキリト。

 

 その手にはポーションが握られていた。

 

 *

 

「……ポーション? あれ、キリトって今日、そんなにポーション系使ってたっけ?」

 

 アタシの手を払った方の手にはポーションが握られていて、逆の手には薄緑の粉末が入った小皿が載せられている。彼の前に視線向ければ、既に作られたと思しきポーションが2、3本。材料を見れば何十本分も用意されている。

 はて、と匙を口元に当てつつ、今日の戦闘を振り返る。

 迷宮区は結構幅が広いので、モンスターも3~4体は横並びになって迫って来ていた。勿論その後ろに何体も続いていたから横を抜けたところで殺られるのがオチ。

 そこで《攻略組》は《血盟騎士団》と《アインクラッド解放軍》の大盾持ちでローテーションを組んで、まず初撃の突進を止める。隙が出来たところを素早いアスナやユウキ、集団連携が特徴のクライン、ディアベル達の指揮で攪乱。キリトとシノンは風を纏って床から二メートルほどの高さで宙に浮き、剣弾や弓矢、ボウガンなどで援護。これが基本だった。

 まぁ、キリトとシノンの二人は先行していた事もあって、疲労やスレイブの奇襲を警戒して広い視野を持てる後方支援に回っていたのだが、先行時にポーション類は使っていないとシノンから聞いたから、使ったのはスレイブから奇襲を受けた後の一回だけとなる。

 だからそんなに作る必要は無いと思った。

 

「前衛組の分だ。このメンバーでポーションを作れるのは俺だけだからな」

「……」

 

 それは、そうだろう。《ポーション作成》は育てるのが異常に手間なだけでなく、完成品の効能だって実は一定ではないのだ。

 通常の《ポーション》の効果は即時一割、分間三割の回復効果だが、ここから低下したものが出来上がるのが普通。キリトやシリカのように店売りのものと同等、あるいはそれ以上のものが出来上がるのは必要熟練度を大きく――具体的には一〇〇以上――上回ってからが基本。素材を集めるのも大変だし、買い揃えて自作した場合と完成品を購入した場合のコストパフォーマンスは後者の方が良い。

 勿論キリトやシリカレベルのものに辿り着くには、潤沢なお金か、あるいは素材を集めやいツテの多い環境のどちらかが必要。キリトはお金と自前で収集、シリカはツテで鍛えられたクチ。どちらも生粋の商売人でなく利益を多少度外視出来たから続けられたというだけ。

 だから最前線攻略に参戦するプレイヤーが、貴重なスキルスロット一つを《ポーション作成》や《調薬》の為に費やす事はまずない。

 派生エクストラスキルの《調薬》になれば、必要熟練度に達していない場合でも生産が成功すれば出来上がった《ポーション》の効果は店売りと同等、つまりシステムに規定された基本値を下回る事は無くなる。シリカがリズの店で売りに出すようになったのも期待値を裏切らない《調薬》を得たから。

 ――――でも、だからといって。

 

「だからって、キリトがそれをする必要はないんじゃ……素材だって貴重なんだし……」

 

 彼はソロである。

 ソロである彼が取っている生産系スキルは、その全てが彼を中心として回っており、他者はそのサイクルから弾き出されている。

 一人分の素材で済むから生産出来る。

 しかし一人分で済まなくなれば、素材が足りなくなる。

 足りない素材は購入で済ませたとする。

 それでもまた足りなくなる。

 また購入する。

 また不足する。

 ……堂々巡りなのだ。ギルドは素材収集に人員を割けるけれど、キリトの体は一つだけ。表立って彼に協力する者もいない。アタシやアスナ達は裏で手伝えるが、そもそも階層横断に制限が掛かっている現状では手に入らない素材の方が多い。

 それでシリカが嘆いている事をアタシは知っているのだ。今はディアベルが便宜を図り、各層に分散している《アインクラッド解放軍》のメンバーに呼び掛け、ポーション類の製作に必要な素材の収集を行い、メール添付で対応しているらしいが、キリトがそれをしているとは聞いた事が無い。

 というか、ディアベルもまさか《攻略組》への補充の為にするとは思っていなかっただろう。

 今でこそそうでもないが、以前までは命を狙って来た相手なのだ。その相手に《ポーション》を作るなんてまず考え付かない。

 

「ちなみにだけど、幾らで売るの?」

「基本的にシリカと同じ。素材持ち込みの場合は二割引き」

 

 それを聞いてアタシは比喩抜きで安堵の息を吐いた。キリトの事だ、最悪無償提供だって考えられた。

 

「タダであげるつもりじゃなくてよかったぁ……」

「……何で安堵したのか分からないけど、流石にそれはしない。そんな事をすればシリカの収入が無くなる。するとシリカは素材購入で払うためのお金が無くなる。結果立ちいかなくなる。全体のポーションの供給だって滞る。後々の事を考えればタダにするのは悪手なんだ。収支の歪みはどこかで何かしらの形で破綻する。経済はそうやって回ってる」

「ほへぇ……」

 

 真面目な顔で、ポーションを次々と生成しながら語られた内容に、アタシは気の抜けた声を上げた。

 というか、その反応しか出来なかった。

 アタシも一応MHCPの端くれ、AIである以上は【カーディナル・システム】からある程度の情報を与えられている。経済学に関しても知識はインプットされている。理解は追い付いていないけど。

 

「いやぁ……難しい話だねぇ。経済なんてアタシには分かんないや」

 

 だからそう笑うしかなかった。多分だけど、今のアタシの笑みはきっと乾いている。だって知識を理解しようとしてもよく分からないのに、言っては何だがあまり学の無い――筈の――子供は分かっているのだ、乾いた笑みの一つや二つ浮かぼうというもの。

 そんなアタシの反応に、黒尽くめの少年は微笑みを浮かべた。

 

「『経済』って言うから難しく感じる。要は等価交換の原則を崩すなというだけ」

「それどっちにしろ難しいからね?!」

 

 難しい話を『等価交換の原則』に纏めた人なんてそうそういないだろう。小学生や中学生が社会について学ぶ頃にそう言ってもチンプンカンプンなのは間違いない。学校がどういう教え方をしてるのかは知らないけど、きっとそうだ。

 

「……そう、なの……か? …………そうなのか……そうか……」

 

 物の売り買い、物流に『等価交換の原則』を当て嵌めて考えるとかどっちにしろ難しい事には変わりないと思う。何せ物の価値を定め、それに見合うだけのものを払うというのは、言うほど簡単では無いのだ。

 しかし彼にとってはそうではないようで、むむ、と困ったように眉尻を下げる。

 

「…………むぅ……噛み砕いて言うのって、むずかしいな」

「多分それはキリトくらいなものだよ……」

「……何か、バカにされた?」

「馬鹿にはしてないよ」

 

 馬鹿にはしていない。ただ頭が良い点に凄いと思っている反面、却って複雑に考え過ぎる辺りに若干の呆れがあるだけで。

 

「前から思ってたけど、キリトはもっと物事をシンプルに考えた方が良いと思うなー。『誰かの為』っていうんじゃなくて、もっと自分の欲求とか、したい事に忠実になってもいいと思うんだよね。そういうの、ないの?」

「したい事……むぅ…………したい事、か……」

 

 アタシの心からの言葉を言うと、何かが琴線に触れたのか、ポーション生成の為に動かしていた手を止めて何やら考え始めた。

 

 ――――おおっ、ちょっとこれは予想外な好感触……?

 

 この様子は本当に予想外だった。軽く流されるかと思えば、まさか考え込むとは。

 

「何かあるの?」

「……昔、通ってた小学校の夏休みで、夏の合宿があったんだけど」

「……う、うん?」

 

 したい事を訊いたのに、いきなり過去の話になってちょっと反応が遅れてしまった。

 というか周囲に人がいるのに過去を話していいのだろうか。

 

「えっと……キリト、それ、そういう話はこういう所でしていいの?」

「しないと分かってもらえないし……」

「そ、そっか……えっと、それで、夏の合宿があって?」

「事前に話を通していた学生だけ参加出来るんだけど、体育館に寝袋で寝る合宿のイベントに、肝試しとか、怪談があったんだ」

「へー……如何にも夏! っていう感じだねぇ。で、キリトはそれをしたいの?」

「……ちょっとだけ。リー姉から話を聞いただけで、した事無いから」

「そう言うって事は、その合宿には行かなかったんだ?」

「……寝間着に着替えるのがネックだったんだ」

「あー……」

 

 まぁ、あの傷は事前に事情を知っていても息を呑む程だったしなぁ……一般的な生活を送っている子供が見れば嫌煙間違いなしだろう。

 そこで、ふと疑問が浮かぶ。

 

「……んー? あれ? でもさ、確か学校って体育の授業があるでしょ? 【カーディナル・システム】から貰った情報だと体操服に着替えるみたいだけど、それはどうしてたの? 夏の時期だと服の下に着るとか出来ないよね?」

 

 気になったのはそこ。体操服に着替える時はどうしたのだろうとふと思った。

 

「それに水泳の授業とかモロに見える訳だし……それはどうし――――」

 

 

 

「――――詮索のし過ぎは身を滅ぼすよ」

 

 

 

 小さな音が耳朶を打った瞬間、アタシの身は凍てついた。

 ひたり、と肩に手が添えられる。項を挟んで左右の肩を、後ろから――――まるで首を狩る鋏のように。

 ふっ、と吐息が耳を撫で、頬を掠めた。

 

「訊くにしても場所は弁えてくれないと困るなぁ……」

「り……りー、ふぁ……?」

 

 そろそろと、顔だけ振り向ければ、アタシの背後には満面の笑みを浮かべた金髪緑衣の妖精が立っていた。彼女はにこりと微笑んで、アタシの両肩に手を置いている。

 

 ――――ただし、眇められた双眸は一切笑っていない。

 

 逆鱗を踏んだと、瞬時に理解した。

 でも、何故。リーファの家に拾われた時から名前を変え、別の人間として生きていた筈なのだ。だから拾われて以降は特に不都合なく平和に暮らせていたと思っていた。

 そうなのではないかと、思っていたのだ。

 

「なん、で……?」

「少し考えれば、分かる事よ。《織斑一夏》への悪感情は世界規模なのに名前を変えただけで、整形も、髪色も変えないで、平和に暮らせると思う? ……情報化社会と呼ばれた現代で、ニュースを見ない大人なんて居ない。そしてこの子の個人情報は法によって守られていない状況だった……そういう事なのよ」

「……」

 

 アタシとキリトにだけ聞こえる声量の言葉に、キリトは何も言わない。ただ黙々と――――しかし沈痛な面持ちで、作業を再開している。

 それが彼女の言が真実なのだと語っていた。

 

「そんな……じゃあ、キリトは……」

「本人も、うちの一家全員も、その疑惑は肯定してない。そもそもこの子、家族を喪ったショックで記憶喪失っていう触れ込みで転入したし、親戚に当たるうちの家で引き取ったっていう設定だから、その設定上《織斑一夏》とは結び付きようがない。だからまだ疑惑止まり……ほぼ、確信されてるけどね。人間の思い込みは、仮令虚構だとしても、真実にするから。数が多ければ尚更ね」

 

 最悪な事に当たってるからタチが悪い、と吐き捨てるリーファ。

 その眼は、恐らく今まで見て来たであろう人々への嫌悪と侮蔑に満ちている。

 比較的温厚で、敵対者には容赦のない――――ある意味の無関心さを見せる彼女には珍しく思える、負の感情。

 

 

 

 ――――ズキリと、頭が微かに疼いた。

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 名前を変えたからと言って幸せになれるとは限りません、だってキリト(オリムライチカ)の情報は個人情報保護法完全無視レベルで拡散されているのだから。

 ニュースを見ない大人はあまりいない=オリムライチカの顔写真も知ってる……

 まぁ、キリトやリーファ視点の過去で小学校関連のイベントや友人関連の話が一切なかった時点でお察しではある。幾ら義姉&義父母優先でも友人の一人も思い浮かべないのはまずあり得ない、だって触れ合いに飢えてるからネ!(というか割と天然タラシな気のあるキリトが友人の事を露とも考えない時点でネ)

 リーファの人間不信っぷりからもお察しである。毎朝毎晩キリトの鍛練に付き合ってた時点で友人と遊んでいない事は(友人がいないとリーファ視点で暴露しているのもあって)明らか。幾ら義弟を溺愛していても、剣道部絡みの友達付き合いすら無いのは、初期(第零話)の性格から考えるとおかしい(ALOに誘ってくれたレコン(同級生の長田慎一)の事すら友人判定を受けてない)

 というか第零話(イチカを拾った話)の天真爛漫な性格から第一話の性格、そしてSAO参入以降の直葉の激変ぶりからもお察しである。明らかに他者に対して不信感を抱いている描写がチラホラと(同い年のユウキ、シノン、シリカに対してすら丁寧語)

 そもそも第五十一話か第五十二話での小学校編入の話で『教師陣は微妙な顔を……』的な発言をしていた時点で(以下略)

 ……何で今話でコレを入れたかって?



 ――――最後のリーファに対するストレアの反応が答えだ(アクハムゴタラシクシスベシフォーウ)



 では、次話にてお会いしましょう。



 ……ちなみに、キリトとリーファが普段使わない口調(キリト:~けど&~だ抜き リーファ:タメ口)の場合、相手は敵か身内かの二択。

 ……義弟が義弟なら義姉も義姉である()


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