インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 前話はキリトのお留守番、ユウキの《ホロウ・エリア》訪問で終わりました。

 ――――今話は七十七層攻略開始です。

 なので、前話の翌日なのだ(無慈悲)

 ダイジェストで何があったかお送りする事にした私を詰ってくれても構わない。でも、アレだ、いい加減階層攻略進めないと、SAO終わらないから……(震え)

 お前実習/休載宣言はどうしたと言ってはいけない(戒め)

 ゲームが無いから小説に逃げるしかないんだ……ストレスががががが(血反吐)

 そんな訳で書き上げた今話は約一万七千。

 視点はアスナ、キリト、ユウキ、第三者視点。

 ではどうぞ。




第百七章 ~深まる闇~

 

 

「諸君。分かっていると思うが、我々は既に後が無い状態だ」

 

 一日の休息日を挟んで、《攻略組》は第七十七層の攻略を開始する。

 これまでは仲の良い面子で組んだパーティー単位、ギルド単位で各々が自己強化を主眼に置いたマッピングをしていたが、七十六層からはそれが変わり、レイド単位での攻略となっている。

 その変化は、七十七層の攻略をするにあたり、更に大きなものとなった。

 七十七層の転移門広場。そこにある、《圏外》へ続く門の前には、ボス攻略の主力メンバーが全員集っている。

 文字通り、全員。全戦力がここに集結しているのである。

 七十六層では二~三パーティー単位での攻略だったが、今回からはボス戦さながらの七パーティー構成。人数こそ最大数には少し足りないが、その構成は正しく血戦を前提とした強固な布陣。

 メンバーは七十六層フロアボス戦に参加した面子に加え、生存が絶望的だったキリト君が復帰したのだ。各々の心情はともあれ士気は決して低くない。

 それも当然だ。何せ私達には後が無い。

 全戦力をフィールド、迷宮区攻略へと一度に投入する決断は、まごう事無く背水の陣に他ならない。これよりただの一人の死者すら看過出来ない現状だからこその布陣だ。

 

「現状各層間の移動が叶わない以上、七十六層以上で戦えるレベルマージンを持っていないプレイヤーの強化は望めない。つまりこれ以上の増員が叶う事は最早絶望的と言っても過言では無い状況にある」

 

 いかな攻略ギルドと言っても、その構成員全てがボス攻略に出られる訳では無い。中には戦闘が苦手だからと早々に武器を手放して生産職になったり、最前線は恐ろしいからと素材集めでサポートする側に回った者も少なくない。むしろそっちの方が多いと言える。元々最前線で戦ってくれる奴は増えにくいのだ。

 システムのバグが目立つようになった現状で、如何に犠牲を減らすか。それがこれまで以上に肝要となる。

 

「故に、既に伝達しているように、今後の攻略はレイドとして動く事になる。ボス戦と同じく各々互いにフォローし合う事を念頭に置いてくれ」

 

 モンスターが群れるようになったからこちらも人数を揃えていた訳だが、二パーティー程で何時まで切り抜けられるかは分からない。ダメとなったその時に死んでしまっては他の面々も犠牲にしてしまう。

 それを危惧した円卓の幹部は、ボスレイドをそのまま最前線攻略の組とする事にした。

 レイド単位のプレイヤーが動けば、纏まるのにも些か時間が掛かる。また人数が少ないからこその機動力も損なわれる。そのせいで結果的に攻略速度が落ちては目も当てられない。

 その問題の解決策が、日帰りの攻略では無く、かつてキリト君が敢行していたように迷宮区に数日間籠ってしまえば良いのではないか、という案だった。一人では危険でも、何十人ものプレイヤーが一緒に行動すれば多少は危険度も下がる。

 幸いこちらにはリアルが茅場晶彦の団長が居る。その知識は既に正誤が怪しくなってきているが、少なくとも地形に関しては知識通りらしいから、《安全地帯》の有無については信用出来る。休息はそこで取ればいい。

 

「それと、今回の攻略遠征に同行してくれる事になった者を紹介する。赤毛の少女がレイン君、マスタースミスでもある二刀の剣士だ」

「えぇっと、こんにちは。今回の攻略遠征に同行する鍛冶師兼二刀使いのレインです。皆さんの武具のメンテナンスはわたしが請け負うので、危なくなる前に声を掛けてね」

「その隣に居る金髪の少女がフィリア君、トラップ関連の対処とレイン君の付き添いとして同行する短剣使いだ」

「よろしく。宝箱を見つけた場合、トラップが無いかの確認とあった時の解除をするから、まずわたしに声を掛けて。これでも最前線近くのダンジョンをソロで潜ってたから腕には自信がある」

「彼女らは最前線攻略こそ初だが、我々が赴かなかった未踏のダンジョンの踏破を幾度も成し遂げている。腕は信用していい。私とキリト君が保証する」

「……」

 

 武具の損耗に関しては、レインさんに付いて来てもらう事で解決した。《ホロウ・エリア》をフィリアさんと二人で凌ぎ、キリト君と合流した後も付き添って強化されたというから、力量としては十分過ぎる。最悪キリト君が鍛冶師をする事も考えていたが、事情を知った彼女は快諾してくれた。

 攻略組御用達の店を経営するリズは今も熟練度上げの真っ最中なので、此処には居ない。何日も店を休む訳にはいかないからでもある。

 彼女達はランちゃんをリーダーとするパーティーに入った。あそこの面子はランちゃん、ユウキ、サチさん、ストレアさん、レインさん、フィリアさんとなる。タンクが少ないが、アタッカー、タンク、クラウドコントローラー、デバファーが揃っているからバランスは一番取れていると言える。

 以前はエギルさん、リーファちゃん、シノのんの三人がいたが、エギルさんはクラインさん達のパーティーに入っている。

 残りの二人は前衛後衛の連携が二人の中で出来上がっており、加えてキリト君が神経質なくらい気に掛けているため、パーティーとしては二人で完結していた。キリト君のようなソロでないだけまだマシかもしれない。これまでの攻略方針だと問題しか無いが、これからはボス攻略レイドで動くのだ。パーティーを組んでいるかよりも連携の方が重要である。

 まぁ、シノのんの武装が《ⅩⅢ》だと全員が知っているから、二人パーティーでも問題無いと判断しているのだが。それに七十七層に来たばかりの時に見せた、ハーピー達の眉間を射抜き続けた射手としての腕を考えれば、近距離最強のリーファちゃんと遠距離最強の彼女とでバランスが良いというのもある。

 ちなみに攻撃の威力はキリト君が上でも、射撃の腕はシノのんの方が上らしい。

 

「では諸君、そろそろ行こう。気を引き締めるように」

 

 そう言って、団長は踵を返し、先陣を切る様に門へと歩いていった。

 

 *

 

 七十七層のフィールドは、蛇の如く連なった大地が天空に浮いた浮遊大陸の様相を呈していた。勿論大地の端から落下すれば高所落下は免れないだろう。

 そこを往く四十人規模のプレイヤー。

 時折襲って来る鳥人の群れを交代制で各パーティーが相手し、経験値とドロップアイテムを得ながら進む事およそ一時間程が経った頃、私達の目の前には浮遊し輝く結晶体があった。

 それはこれまでの攻略の中でも幾度となく眼にしてきた、フィールドオブジェクトとして設置された転移石。

 

「ヒースクリフ、この先は?」

 

 それを見ながら、団長の隣に並んだ黒尽くめの少年が問う。製作者から予め情報を得ておくのは危険を知るためが故だろう。

 

「確か、霧の深い森だった筈だ」

「森? ……もしかして眼下に広がる白い雲は、濃霧、なのか」

「流石に記憶が薄れてきているから断言は難しいが、そうだった筈だ」

「霧の森……第三層を思い出すな」

 

 ふ、と頬を緩ませながら言ったキリト君は、そのまま無造作に転移石へと歩を進めた。

 

「えっと、キリト、何するつもり?」

「この先が本当に霧の森か確認してくるだけだ。すぐに戻る」

 

 ユウキの問いに答えた彼は、言うが早いか転移石に触れ――転移門と違い、《アインクラッド》の転移石は行き先が固定なので文言を呟く必要が無い――蒼い光に包まれて消えた。

 いきなりの行動に何とも言えない沈黙が漂うが、それを押し殺して彼の帰りを待つ事にした。

 

 ***

 

 蒼い光に満たされた視界が張れて移ったのは、濃霧漂う森の光景。ヒースクリフの記憶は正しかった事になる。

 しかし……

 

「この霧の深さは、少しマズいんじゃないか……?」

 

 視界は不明瞭で、十メートル先を見渡すのも難しい。最大七人のパーティーならまだしも四十人ほどの集団がこの霧の中で戦うとなると、フレンドリィファイアが起きてもおかしくない。人数が多いと却って対応が遅れるのは明白だ。

 かと言って下手にレイドを分散させると、今度はレイドにした最大の要因であるMobの群れに圧殺される危険性が大きくなる。

 普段であれば自分がソロで潜るのだが……

 

 ――――今は一人で攻略している訳では無いから、一度この意見を戻って伝え、審議に掛けるべきだな……

 

 爪弾きにされる事もあったし、諸事情でソロをしてきた身の上だが、それでも協調性が皆無という訳では無いと自負している。一人で勝手に判断するよりはマシだろう。すぐに戻ると言った手前、勝手にマッピングをするのも心証は悪い。

 というかあまり時間を掛けていると、心配してこちらへ来る恐れがある。そうなってしまっては本末転倒だ。

 そう結論を下し、転移石へと向き直り。

 

 唐突に、背後に違和感。

 

 激しい警鐘が脳裏に響く。

 振り向きざま、右手に持つエリュシデータを右に薙ぐ。

 ギャリィッ、と硬質な音とそれなりの手応えを知覚しながら、その場から飛び退き、距離を開けて仕切り直す。

 

「お前は……」

 

 距離を置いて襲撃者へ視線を向けて、息を呑む。

 昨日刃を交えたばかりのスレイブというプレイヤー。

 

 ――――昨日、俺がエギルに頼まれ、店番をしていた時の事。

 

 その間にユウキが《ホロウ・エリア》へ赴き、スレイブや《ティターニア》の件をユイ姉に話してくれた。

 それから一部のGM権限、《ホロウ・エリア》に集積されたログデータの解析をしてくれたところ、情報の少なさから予想出来ていたようにアルベリヒ達はつい最近SAOに乱入して来ていた。アカウントの作成日時とIDがリー姉のものとほぼ同様だったようなのだ。

 ただし、スレイブだけは違うという。

 スレイブのアカウントIDはSAOプレイヤーのもの。

 作成日時はつい最近の事――――具体的には俺が外周部から落ちた日。状態としては《メディキュボイド》を使用した日に巻き込まれたシノンに近いらしい。

 一週間足らずで、この一年半の殆どを最前線での戦闘に費やした俺に匹敵する能力を持つ。それはまず物理的に不可能な事。ログを辿っても戦闘をした形跡はほぼ皆無だったようなので尚更おかしな話になる。

 ユイ姉はこのおかしな現象に関して、GM権限が絡んでいるのではと睨んでいるという。アルベリヒ達の誰かがGM権限を持っているなら《ハラスメント防止コード》などが働かなかった事、アルベリヒ達の実力に見合わない装備やレベルにも説明が付くからだ。

 これを知った《攻略組》は、その話の詳細は広めず、しかし《ハラスメント防止コード》が働かなかった事については広めながら《ティターニア》を捜索。

 しかし、見つからなかった。周囲から不審がられた時点で雲隠れをしたのだろう。

 行方を晦ましたままなのは不安だが、だからといって《ティターニア》だけにかまけている訳にもいかず、予定通り今日は攻略を進める事になる。

 

 スレイブが襲って来たのはその矢先の事。

 

 出発する前に《アークソフィア》と《トリベリア》を探しても見つからないからまさかと思ってはいたが、予想通り最前線にいるとは。

 やや強引にでも単独で様子見に来て良かったと心底思う。

 そう思考しながら、眼前の相手を見据える。

 スレイブは腰の剣帯から長剣を吊るしていた(・・・・・・・・・・・・・・・)。鞘に納められていて分からないが、抜けば闇色の刀身が生きているかのように明滅しているだろう。

 ――――長剣を吊るしている、という事は、斬り掛かられた時に使った武器は別物である事を意味する。

 スレイブが手にしていたのは、一本の短剣。それもその形状には見覚えがある。クリスダガーと呼ばれる刀身がトゲトゲにうねった代物。かつて実の兄とデュエルをした折に持ち出されたものと同タイプの短剣。

 しかし短剣の意匠に覚えは無い。形状は同じだが意匠の豪華さは異なる。あちらが質素と言えるものなら、スレイブが手に持つ短剣は絢爛華美と言えよう――――あまりに華美過ぎて、却って不気味ですらあるが。

 これまで見て来た武器が全てとは思わないし、どうも《ティターニア》のメンバーの装備は今まで見て来た代物以上のレア度らしいから、その一つなのだろう。

 問題は、何を目的で奇襲して来たのか。

 

「何が目的だ」

「……」

 

 剣を構え警戒しながら問いを投げるが、当然ながら相手は無言を貫く。

 他に仲間は居ないのか、幸いな事に一人。凌ぐのは難しい事では無い。

 

 ――――あの短剣に妙な効果が無ければの話だが。

 

 一目見ても相当なレア度と分かる黒剣を使わず、わざわざその短剣を使う。それだけの価値や意味が短剣にはあると言っているも同然。警戒するに越した事はない。

 ――――そう考えていたが、スレイブはあろう事か、素早い動きでストレージに短剣を格納した。

 これには流石に目を瞠る。何か意味があり、優位な点があるのだろう短剣をわざと手放すとは。一体何を考えているのだ。腰に吊るしていた魔剣を鞘から抜き、正眼に構えた黒騎士を前に、疑問を浮かべる。

 

 瞬間、距離をゼロに詰められる。

 

「――――ッ!」

「――――ッ?!」

 

 間近で交わされる、鋭い呼気。

 眼前で交錯する二つの黒い刃。

 飛び散る火花。

 響く剣音。

 その全てが刹那の瞬間に生じたもの。十メートルはあった距離を一瞬で詰められ、鍔迫り合いへと縺れ込む。

 だが、均衡もまた、一瞬で崩れた。

 

 ――――押し切られたのだ。

 

「ぐ、ぅ……ッ?!」

 

 手首に掛かる圧力が重過ぎた。堪らず後方へ吹っ飛ぶ。圧力に逆らう事をやめて自ら地を蹴った事もあり、今の鍔迫りで削られた体力は僅かだ。

 そして、こちらの体力を削ったのだから、スレイブのカーソルはオレンジになっている。

 

 ――――どうすれば退けられる……?!

 

 今の一合で彼我の能力差は歴然とした。昨日より遥かにスレイブのステータスが高い。筋力値は勿論、敏捷値も。そうなると当然残り体力だって多いだろう。装備だってこちらより上だ。

 装備面での強化だけなら、まだ分かる。闘技場《個人戦》を制覇する前と後でかなり強化されたように、装備によるステータス補正はレア度が高くなるにつれて幅が大きくなるからだ。【狂戦士の腕輪】は攻撃力補正なので、筋力値などは上がらないのだが。

 しかしそれだけでは説明がつかないステータスの上がりよう。見ただけでは昨日と装いに変化は無いから、装備補正の線は無いと見て良いだろう。

 ハッキリ言って、ある意味フロアボスよりえげつない敵と言える。

 

「――――フ」

 

 そこまで考え、苦笑する。

 よく思い出せ、織斑一夏/桐ヶ谷和人(キリト)、フロアボスよりもよっぽど強力な敵とは以前相対しているだろう。

 昨日の戦いとは訳が違った。加えてこちらの命を取りに来ているも同然の容赦の無さ。今まで刃を交えたプレイヤーの中でも最高のステータスを誇り、殺しに躊躇が無いその様は、闘技場/《ホロウ・エリア》で対面したホロウ(ボス)を想起させる。なまじプレイヤーとしての思考がある故に、ボスより厄介に過ぎる。

 ただ、それでも――――

 

 

 

 ――――リー姉より強くはないだろうッ!!!

 

 

 

 翡翠の長刀を振るう義理の姉は、力押しで押し切ろうとはしなかった。こちらの力を往なし、隙を作り、そこを突くように剣戟や蹴撃で吹っ飛ばすのが常。

 ステータスに物を言わせた力技では断じてない。

 スレイブの過去は知らない。今までどう戦って来たか、どういう戦い方をするかも、自分は直に知りはしない。

 だがそれでも、リー姉と直に剣を交えてはいないのは確実。何故なら、実戦形式での鍛練を、リー姉は自分としかしていないから。

 傍から剣を見た者は沢山いる。

 だが、その剣をこの身に叩き込まれたのは、己だけ。

 

 ――――思い出せ。

 

 脳裏で、声が響く。

 

 ――――己にとって、『最強』に位置する剣を思い出せ。

 

 オリムライチカにとって、『最強(憧憬)』とは《織斑千冬》である。

 キリガヤカズトにとって、『最強(尊敬)』とは《桐ヶ谷直葉》である。

 自分の来歴から、最強と思うのは織斑千冬だ。

 しかし直に強さを知り、剣を知り、この身で覚え得たのは、桐ヶ谷直葉の方。剣の基礎を語り、剣道の在り方を語り、剣術の振るい方を教え、学ばせてくれた尊敬する全ての師。

 

 間違いを指摘し、正してくれた恩人。

 

 明確に生まれた、『強さ』の目標。

 

 そして、自分を愛してくれる大切な人。

 

「負けて、たまるか……!」

 

 生きる事を願われた。

 生きる事を願った。

 その願いを叶える為なら――――生きる為なら、どんな手だって(・・・・・・)使ってやる。卑怯な手も、邪道も、正道だって。

 命が懸かった戦いに甘い事は言ってられないのだから。

 

 *

 

 全てが終わり、始まった日。

 俺は義理の姉から授かった剣を捨てていた。

 この世界の戦闘で生きるにあたって最も必要なのはシステムを理解する事、すなわちソードスキルの扱いとタイミングを見極める事。

 しかしそのためには、リアルで習っていた剣は邪魔だった。

 当時は《両手剣》や《刀》のスキルは無かったため、必然的に片手で武器を持ち、振るう必要があった。

 加えて襲い来る敵はMobが基本。対人を前提とした技術を流用する器用さを持たない以上、一度全てを捨て、一から基礎を作り上げなければならなかった。

 ベータテストを経験していたから何とかなったものの、そうでなかった場合を考えるとゾッとする。

 まぁ、ベータテスターでなければ間違いなくSAOプレイヤーにはなっていないが。

 ともあれシステムによる力押しを基礎とした自分が、技術を基礎とした義理の姉に勝てないのは道理だ。教わっていた剣を使っていれば多少拮抗したかもしれないが今更言っても詮無き事。

 

 ――――しかし今、それが必要となっている。

 

 絶対必要、という訳では無い。《ⅩⅢ》を上手く使えば危地を脱する事も不可能では無いと思う。スレイブには無い攻撃手段故にそれだけ強力な手札だ。

 だがしかし、ステータスで劣っている以上、距離を開ける必要はある。

 そしてスレイブは刹那の瞬間に間合いを詰める歩法を持つ。自分も使えるが、昨日と違って速力は劣る。だから近接戦で致命傷を受けない為の『技』が必要だ。

 

 ――――リー姉が鍛錬に付き合ってくれていて、助かった。

 

 ギャリィッ、と幾度目か分からない剣戟の音を聞きながら、胸中で独語する。

 一度捨てた、義姉の剣。それを感覚で覚えてはいるが、しかし完璧では無かった。

 それをSAOに巻き込まれた義姉による鍛練が後押しした。

 義姉に較べればまだまだだが、しかしそれに近い真似事くらいなら出来なくも無い。元々SAOに来る前は使っていた剣なのだから。

 真似事は十八番だ。

 

「お、ォおッ!」

 

 両手で握る、エリュシデータから持ち替えた大刀を振り下ろす。スレイブは残像を残す速さで距離を取った。

 その黒騎士の背後を取るように、刹那の瞬間に歩を刻む。

 

「「ッ……!」」

 

 裂帛の呼気が重なる。

 背後から斬り掛かった自分の大刀と、振り返りざまに薙がれた黒剣とが衝突する――――が、黒剣は大刀の刀身を滑り、振り抜かれた。息を呑む音が耳朶を打つ。

 これは【ホロウ・エリア管理区】で斬り結んだ時、幾度となく喰らった往なしの技の模倣。

 理合を知った上での技術では無いので大本に較べて質は極めて低い。だが力押しが基本の手合いには有効な一手になり得る。少なくとも初見で対応は不可能だ。

 その隙を逃さず、手首を返して大刀を右斬り上げに振り上げる。ザンッ、と鋭い斬撃音と共に確かに斬った感触が手に伝わる。

 目を向ければ、相手の体力は残り7割まで減っていた。

 対する自分の体力は残り8割を維持している。

 あちらも《戦闘時自動回復》スキルを取っているのか時間経過でじわじわとゲージが回復している。分かっていた事だが長丁場になる事は必至だ

 とは言え、ヒースクリフ達を待たせているし、あまり長々と戦う訳にもいかない。此処に味方が一人居るだけで俺が圧倒的に不利になる。

 

「は、ぁぁああああッ!!!」

 

 腹の底から声を出し、大刀を連続で振るう。同じように魔剣が振るわれ、刃が衝突を繰り返す。大刀を弾き飛ばされそうになるが全力で力を往なして応酬を続ける。

 十数回の交錯の後、一歩強く踏み込んで大刀を大上段から振り下ろす。

 スレイブは魔剣を正眼に構え、受けに回っていた。

 鍔迫り合いのように刃が重なる。

 

 同時に刀身から烈風が吹き荒れるイメージを練り上げ――――

 

「――――風よッ!!!」

 

 文言を契機に、脳裏に強くイメージした通りに大刀から風が吹き荒れる。

 接していた黒剣が弾かれ、思わぬ衝撃にスレイブが大きく体勢を崩した。足も若干浮いている。

 好機と判断し、正眼に大刀を構える。蒼白いオーラが立ち上ると同時に大上段へと再び掲げ、脳裏に光り輝く斬撃をイメージしながら全力で振り下ろす。蒼白い靄は、眩い光と共に構えた時間以上の巨大な三日月となって飛んだ。

 飛ばした斬撃の向こうでは、魔剣から赤黒い靄を立ち上らせたスレイブの姿が見える。

 

「魔剣――――解放」

 

 反射的に横へと跳び退いた。脳裏にガンガン響いた警鐘に従い、全力で、風の力をフルに使って――――間一髪、ブーツの爪先を掠るだけに終わる。

 背後を見やれば、赤黒い波濤が視界を埋め尽くしていた。

 

「……ッ」

 

 もし《ⅩⅢ》の能力の幅が広がっていなかったらと思うとゾッとする。コンマ一秒反応が遅れていても、今より僅かに速力が低くても、自分はあの黒い波濤に呑まれて死んでいたに違いなかった。

 同時に戦慄する。あの短い溜めで最後に撃ち合った時の斬撃以上の攻撃範囲があった。

 同様の技である《ソニックスラッシュ》はシステム頼り故に、溜め時間は変えられない。

 そこが彼我の差か。こちらは《ⅩⅢ》という使い手の強固なイメージによって幅を利かせられるから、そこまで大きな差という訳ではないのが救いだ。

 

 ――――あの剣、どうなっているんだか。

 

 生きているかのように闇を胎動させる黒剣は、そう思わせるだけの異質さがある。

 短剣に特異な能力があると考え、黒剣に持ち替えた事を疑問に思っていたが、これは考えを改めるべきだろう。

 黒剣は決して弱くない。アレもまた、特異な性能を有する武器だ、弱い筈が無かった。

 そも、昨日の時点で分かっていた事ではある。認識の甘さは自分の責任だ。

 だが、特異さで言えば、こっちの《ⅩⅢ》だって負けていない。

 

「ハッ……――――負けてたまるか」

 

 さっき口にした言葉を、もう一度吐く。相手が持つ剣から闇が噴き出すのと同期して、こちらも光を噴出させる。

 

「「――――ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」

 

 吼えながら、同時に斬撃を飛ばした。

 視界が眩い極光に染まり、そして――――

 

 ***

 

 その現象は唐突だった。

 先行した少年の帰りを待つ事数分経った時、遥か彼方に天を衝くが如き塔が出現した。迷宮区塔は別方向に見えるというのにだ。

 驚愕を抱いていると、轟音と烈風が総身を叩いた。紫紺の髪と衣服が風に煽られる。

 彼方に見える塔。それは蒼と金に彩られたものと、紅と黒に染められたものとが並び立っていた。世界が光と闇に二分される。

 

「な、ん……あ、アレは、一体……?!」

 

 動揺と共に疑問を口にしたのは誰だったか。自分かもしれないし、他の誰かかもしれない。それすら分からないくらい自分は平常心を失っていた。自分だけでは無い、誰もがだ。

 一人で先に進んだ少年の事が心配だったところに襲い掛かった事態だ。慌て、困惑するのは無理も無かった。最前線攻略組故に平常心を心掛けていても、流石に光と闇の塔が出現する非常識的な事態には意味が無い。

 

 ――――それでも、どこか冷静な自分が居た。

 

「アレ……まさか、キリトの……」

 

 蒼白い方は、もしかしたら《狂月剣》のソードスキルか、あるいは《ⅩⅢ》で具現化した光の斬撃か。あんな塔が立つ技ではなかった筈だが、彼には《ⅩⅢ》がある、《狂月剣》のスキルを参考に作り出した彼自身の技の可能性はあった。

 どちらにせよ、片方がキリトなのはまず間違いない。この世界であんなファンタジー色の強い事が出来る者なんてそう居ない。

 そして彼の相手は、同じような事が出来る存在。

 だとしたら、考えられるのは《ティターニア》所属の黒騎士スレイブのみ。あの塔も、赤黒い斬撃と相殺するべく放たれ、真っ向から衝突した為に発生したのだとすれば、納得いくというもの。むしろキリトとスレイブ以外であんな事が出来る者は、それこそ《ⅩⅢ》を持つシノンくらいなものだろう。その彼女はキリトと敵対する理由が無いし、そもそもこちらに居るからあり得ない。

 

「リーファ君ッ?!」

「ちょっ、シノのん、危ないよ?!」

 

 その思考を中断させたのは、かなり慌てていると分かるディアベルとアスナの声。意識をそちらへ向ければ、呼ばれた二人が転移石へ駆け出している姿が視界に入った

 こちらに背を向けているから表情は分からない。だが彼女達もあの光と闇の塔の原因にキリトが関わっていると悟り、焦りを抱いたに違いない。

 その気持ちは痛いくらい理解出来る。自分も今すぐにでも駆け付けたい衝動に駆られているから。

 同時、それは悪手だ、と叫ぶ自分もいた。あのキリトが数分掛けて退けられない相手、しかもあんな大規模に影響を与える攻撃手段を持つ存在が相手なのだ。下手に加勢しても足手まといになる可能性が大である。

 仮令リーファの剣腕が図抜けていても。

 仮令シノンの弓の腕が並外れていても。

 『災害』には敵わないだろう。

 

 ――――脳裏に、不安に揺らぐ少年の姿が浮かぶ。

 

「……はぁ……」

 

 惚れた弱味と言うべきか。あの二人の安寧は、キリトにとっても重要な事として扱われている。万が一があっては漸く立て直した精神の均衡も崩れるに違いない。

 彼女達は恋敵だ。居なくなれば、それはそれで都合は良いだろう。

 だがその未来は、誰もが幸せなハッピーエンドでは無い。間違いなく少年の心は傷付く。自分も心から幸せを謳歌する事は無い。そもそもあの二人が居なくなる事を自分自身望んでいない。

 だから溜息を吐いて、二人を追う。背後から姉の声が聞こえるも手を軽く振りながら走り続ける。

 これは後で説教確定だな、と心の中で苦笑した。

 ――――しかし、結果的に転移する事は無かった。

 何故なら自分達が転移石に辿り着く前に件の少年が転移で戻って来たからである。彼は転移してくるや否や大刀を突き立て、膝を突いた。

 

「悪い……遅く、なった……」

 

 肩を上下させながら、彼は謝罪する。何があったか訊きたいものの固い雰囲気がそれを許さず、出迎えたボク達は困惑の表情で立ち尽くした。

 それでも危険があるなら訊かなければならない。

 

「キリト、何があったの?」

 

 最も早くに立ち直ったのは自分だったのか、最初に問い掛けていた。

 

「スレイブに、襲われた……」

 

 返答は短かった。それだけこの短時間で疲弊しているという証左だ。

 昨日の戦いは互角だったように見えたし、あの後も疲弊しているようには見えなかったというのに……

 

「応戦したが、さっきの攻撃で視界が塞がったのに乗じて逃げられた」

「さっきのアレ、やっぱりスレイブとのだったんだ……」

 

 予想通り、キリトと戦っていたのはスレイブだったようだ。

 昨日見たから何となく察せるが、恐らくさっきの光と闇の塔はそれぞれが放った飛ぶ斬撃の衝突によるもの。昨日より規模が大きくなっている気はしたが、思い返せばスレイブは街中で使う事を躊躇っていたし、アルベリヒも『全力では無い』と言っていたから、アレが本当の全力の攻撃なのだろう。

 流石にあの能力はバランスブレイカーにも程があるのではないかと思う。プレイヤーが使うにしても、ボスが使うにしてもだ。

 

「キリト、戦った相手はスレイブだけなのか?」

 

 《攻略組》の面々が動揺する中、クラインが問いを投げる。

 確かにそこは気になるところだ。昨日探した限り、スレイブは勿論アルベリヒ一派は街の中から姿を消していた。そのスレイブが最前線にいたという事はアルベリヒ達もいると考えた方が自然だ。自分は見ていないが、アスナ達の話によれば最前線で通用し得る実力を持つのはスレイブだけらしいから。

 まぁ、自分達だけ安全圏に居る可能性も十分存在するが。

 

「ああ、スレイブだけだ」

 

 その問いに、彼は頷く。

 

「知っての通り俺は《索敵》を常に発動してる。それに完全習得もしてる。これを掻い潜るのはほぼ不可能に近い」

 

 難しい顔で腕を組みながらの言葉に、『いやいやいや』と心の中で首を振る。勿論横にだ。アスナや姉ちゃんも微妙に呆れ顔をしている。

 そんな彼に最初に発言したのは紅の侍だった。

 

「いやぁ……お前ェに限って言えば、スキル値は正直あんま関係無ェだろ。姿が見えない相手をカンで見つけるなんてザラだかンなぁ……」

 

 苦笑しながらのクラインの言葉に、アルゴのハイディングをスキル値が未熟な頃から見破っていた事をよく知る面子が、苦笑を浮かべた。

 また、それは知らなくても身に覚えはある《聖竜連合》や《アインクラッド解放軍》所属のプレイヤー達は苦い顔をしていた。システムに統制された仮想世界での法則に真っ向から喧嘩を売るような所業に散々手を焼かされたからだろう。

 

「必要だったから覚えただけだよ……ともかく、周囲にもアルベリヒ達と思しき反応は無かった。多分別の場所に居るんだろう」

「スレイブが逃げた方向は分からねぇのか?」

「視界を塞がれた時に逃げられたからな……ただ、スレイブは俺を攻撃した事でオレンジになった、転移は多分使ってないと思う」

 

 『多分』と付くのは、アルベリヒ達がGM権限を持っている可能性を考慮しての事か。システムのバグだからGM権限が有効かは分からない。だが有効な可能性がある以上、断言は控えるべきと考えたのだろう。

 そうなるとスレイブの逃走先は必然的に絞られてくる。

 

「となると……考えられるのは森の中か、迷宮区かだな」

 

 ヒースクリフさんが蛇の如く連なった浮遊大地の遠くに見える塔を見ながら言った。

 その根元付近の白雲は一箇所大きな穴が開いており、森が見えるようになっている。あまりにも巨大だったから分かり辛かったが、どうやらあの辺で戦っていたらしい。

 それを認識し、ふと思う。こちらへ帰って来るまでの時間が短過ぎやしないだろうか。

 まぁ、途轍もない速度で移動出来る彼をもってすれば、これくらいは不可能ではないのだろうが……

 

「キリト君。君はどう見る?」

 

 関係無い事を考えていた自分の意識を、ヒースクリフさんの声が引き戻した。

 

「俺もそのどちらかだと思う。森の中に他のエリアへ続く転移石が無ければいいが……どちらにせよ、こっちが打てる手は現状ほぼ無い。間の悪い事に視界が不明瞭なエリアのせいで迎撃も一苦労だからな……」

「近付かれたら分かるんじゃないのか?」

 

 彼の言葉に反論を口にしたのは、《聖竜連合》のメンバーの一人。馬鹿にしている訳では無く、純粋に疑問に思っての問いのようだった。

 キリトは横に首を振り、前提が違うんだ、と答える。

 

「俺もだが、あっちも遠距離から攻撃する手段を持ってる、攻撃範囲もかなり広い。気付いた時には終わったも同然と思った方が良い。移動速度がコンマ数秒でも遅ければ俺もやられていた」

「キリトの速さで……? そんなの、一体どうすれば……」

「一応案はあるが……どうするかの判断は任せるよ」

 

 ボクの問いに、彼はそう前置きしてから自身が考える『案』を語った。

 端的に言えば、少数精鋭を以て迷宮区の入り口まで辿り着いた後、回廊結晶で位置登録を行い、それを使ってレイドで移動するというもの。レイドがこの場で待機する場合は行き帰りを考慮した編成で、主街区に戻るなら転移結晶で即座に帰還するというもの。

 どちらにせよ、ファーストアタックとセカンドアタックで、合計二個の回廊結晶を使う事になる案だ。

 ちなみに二個目で用いるのはボス戦前の消耗を避けるためにボス部屋前へ直行する際だ。

 回廊結晶はキリトが提供するという。物凄くレアな代物だが、これまで迷宮区をいち早く駆け抜け、宝箱を総取りしてきた事もあって幾つか予備として持っていたらしい。

 ……若干便利屋だな、と思ったボクは多分悪くないと思う。というか七十五層のボス戦からずっと二十二層のホームに戻っていないのだし、持っている方がおかしい気もする。普通ボス戦だったら少しでも回復アイテムを持つために置いて来ないだろうか。ましてや回廊結晶なんて個人で使うにはレア過ぎて気後れする代物だし、戦闘には直接役立たないのだから。

 そう考えると七十五層ボス戦以降で入手したと考えた方が良い気もする。可能性があるとすれば《ホロウ・エリア》だが、あちらで手に入るのかと疑問は残る。《アインクラッド》のデータを前提に構成されている以上無いとは言えないが。

 どちらにせよ、今重要なのはこれからどうするかなので、今言及する事は出来ない。そうする必要も無いだろう。

 

「ふむ……一考に値するが、誰が行くのだ?」

「スレイブと戦う事を前提にするなら俺は行くべきだ。ステータスでは劣るが、《ⅩⅢ》での対応力があれば、まだ拮抗出来る……と思う。多分」

「お前ェにしちゃ珍しく自信無さげだな」

「昨日の今日だからな。次会う時に更に強化されてたらと思うと流石に断言しかねる……」

 

 複雑そうな面持ちでクラインの言葉に応じた後、彼は息を一つ吐き、頭を振った。

 

「それはともかく。同行メンバーは、出来ればシノン一人が望ましい」

「え、私?」

 

 いきなり名指しで呼ばれたからか、猫のようにくりりとした目を瞠らせる弓使いのシノン。何故指名されたのか分からないからこその驚きだろう。

 何故彼女が選ばれたのかを何となく察したが、シノンが《攻略組》に入って間もない点が引っ掛かっているのか分かっていない者もそれなりにいた。

 彼は語る。シノンを選んだのは《ⅩⅢ》を所有し、自分を上回る弓の精度を誇っているからだと。

 彼がスレイブを退けられたのは、《ⅩⅢ》の力があったからこそだと語る。千変万化の武具《ⅩⅢ》がなければマトモな勝負にすらならないと。だからこそ、それを持っているシノンは逆説的に抗し得る。

 また、《弓術》スキルを持ち、尚且つ正確無比な射手でもある彼女は、前衛として斬り結ぶキリトの援護をするには最適だ。リンド達は知らないが、彼女はリーファと違って剣も弓も彼の指南を受けているから呼吸も合わせやすいだろう。

 不安な点を挙げるとすれば、彼女自身の経験の浅さだが……そこはキリトの経験豊富さが補えると信じよう。

 

「……そ、そこまで高く評価してくれてるとは、思わなかったわ」

「あれだけ正確無比な射撃を見たら誰もが思うだろう……」

 

 頬を朱に染め、恥じらうシノンに、キリトは疲れた表情で応じる。

 剣でないとは言え、経験を積んだ自身をアッサリと上回れた事を認めるのは内心複雑なのだと思う。ボクは剣一筋だが、彼は多くの武器を扱う者だ、弓一つ抜かれるにしても長い経験を積んだ訳でないのならそう思うのも仕方あるまい。

 それでも敵味方貴賤の別なく平等に評価する姿勢はとても好ましい。

 自分の強さを磨くには、まず彼我の強さについて正確に評価できなければ始まらない。それをよく理解している事が分かる姿勢だ。

 

「――――で、皆としてはどうなんだ?」

 

 他にも細々とした内容を語った後、キリトはそう問いかけて来た。

 ボク達はある程度の間隔を開けて輪となり、まずキリトの案を前提にどうするかを話し合った。

 そして――――

 

  ***

 

 何処とも知れぬ異質な空間。不均一な形状、素材が分からぬ滑らかな石材により構築された部屋。

 浮遊城の中でも極めて異質と言える空間は白亜の塔にも存在したが、しかしその部屋の一角には、世界観にそぐわぬモノが存在していた。黒い石机から立ち上る光の板には縦横無尽に文字が乱舞している。

 その前に立つ一人の男。

 金色の髪を撫でつけ、豪奢な白金の甲冑を纏う男の名はアルベリヒ。ギルド《ティターニア》の首魁である。

 

「マスター……本気で、実行に移されるおつもりですか」

 

 男よりやや後方に立ち、忠言を口にする者はスレイブ。アルベリヒに拾われて以降、《ティターニア》の手となり足となるべく剣を取った幼き剣士。

 スレイブは目元を隠すように黒き仮面を着けている。黒の衣装の上から重厚な甲冑、手甲、脛当てを纏い、闇を胎動する剣を持つ姿は、魔剣士の名に相応しいだろう。事実として彼の実力は並外れており、【紅の騎士】を圧倒してもいる。【黒の剣士】とは互角だが、能力値に限定すれば超えてすらいた。

 しかし、外見こそ魔剣士という禍々しい呼称が相応しいにしても、人間性は別。

 装いが黒一色なのは、スレイブ自身が好む色だからでもあるが、性能が良い装備の色が偶然合致という一面もある。姿を隠蔽するにあたり黒一色は闇夜では補正が働くため実利の面でも良かった。使える装備の殆どが黒色だったから色が揃っただけなのだ。

 使える装備、とは言え、スレイブは使えないモノを邪険にする性格では無い。モノは使いようなのだ。

 だからスレイブは基本的にどんなアイテムだろうと使い道を見付けるし、物を無駄にはしない主義である。

 ――――選ぶ余裕が無かったからそうならざるを得なかった。

 当然それは人付き合いにも及んでいた。赤の他人にも最低限は気を遣う礼儀を心得ている。害意を向けられれば相応の対応をするが、何も無ければ自分も何もしないスタンスを貫いている。

 

 そんなスレイブが唯一『例外』と認める存在。

 

 それが『マスター』。

 『マスター』の意向は己の意志より優先される事項であり、守るべきものと意識づけられている。そこに疑問、違和感の余地は無い。

 自身にとってそれが当たり前だったから。

 当たり前である事を疑問に思う者など存在しない。それを意識する事すら、恐らく無いだろう。

 唯一、他人と接触しない限り。他人と接触した時、すなわち『別の常識』に触れて初めて疑問を抱く、それが人間というもの。そういう意味では、スレイブはある意味極めて人間的な在り方をしていた。

 『マスター』の意向を優先しているスレイブは、かと言って己の意志まで放棄したわけでは無い。『マスター』に従う事は当然と捉えていても、『マスター』の意図には疑問を覚える意思が残っていた。思考を放棄する事を自ら許さなかったのだ。

 それは、遠くに思える近い『想い出』による楔だった。

 

「何だスレイブ、僕の言う事が聞けないのか?」

 

 魔剣士の問いに、やや眉を顰めて問い返す金髪の男アルベリヒ。

 男にとって魔剣士は手駒の一つ。戦力として使える優秀な手駒という認識だが、所詮はその程度、自分にとって都合のいい傀儡の一人に過ぎない存在。

 端的に言って、アルベリヒはスレイブを見下し、差別していた。自分の言う事に絶対服従と言っていたからこそ疑問を向けられる事自体不愉快だった。駒は人形、人形は言いなりの存在故に。

 己の主の感情を受け、スレイブは身を硬直させた。

 

「いえ……ただ、疑問に思っただけです。この世界から生還する事を目的としているのに、その《作戦》は真逆の事を目指しているとしか思えず……可能なら、《作戦》の真意を教えて頂きたい」

「お前が知る必要は無い。お前は自分に課せられた『役割』を果たすんだ、それだけでいい。他の事を気に掛けるくらいなら『役割』を果たす事にだけ集中しろ」

「……はい」

 

 男のにべもない冷たい返答を受け、魔剣士はほんの僅かに肩を落とし、寂寥を滲ませた返事をした。そのまま縦横無尽に光の文字が乱舞する空中に映し出された板を見る主から踵を返し、部屋から退室する。

 『奴隷』の名を持つ剣士は、右手に闇の魔剣を携え、道を進む。

 この世界に生きる者が見ればダンジョンと思う空間に、しかし一体たりともシステムが動かす敵影の姿は無い。それもその筈、己の主が他者には無い力を使って構築した空間故に、NPCやMob等は一切出現しないのだ。プレイヤーであれば内外の行き来は可能だが、入り口は隠されている為にまず見つけられない。

 それ以前に、仮に見つけたとしても止められない。

 

「……何故……」

 

 スレイブには訳が分からなかった。

 己を従える主が何を考えているかは勿論、何故あのような《作戦》を立て、実行に移す必要があるのかも。この世界に囚われた主にとっても他者との協力は不可欠の筈。だからこそ最前線で戦う集団への参加試験を受けたと思っていた。

 記憶にある『マスター』は、とても思慮深く、情愛に溢れた人物だった。己を拾い、名を与え、育ててくれた恩人の一人だ。

 そんな人物だからこそ、スレイブも言う事を聞いている。

 だがそれは、あくまで『マスター』の人間性が善良なもので、頼まれ事も悪辣なものでなかったから。

 今から行おうとしている事は、決して善良な事では無い。必要悪故の悪事であれば多少は堪えられる。

 

 だがしかし、どれだけ思案してもメリットが無い(・・・・・・・)

 

 確かに『マスター』には何かしらのメリットがあるのだろう。己には分からない事や視点から、利益や得する事があるのかもしれない。

 しかし、何かを得るには何かを支払う必要があるように、物事には必ずデメリット/対価が付き物だ。その対価が、スレイブに疑念を抱かせた。以前の『マスター』であれば決して許さない筈の行動を取ろうとしているから、スレイブは疑問を投げかけた。

 結果、にべもなく返される。更には己の意思を否定するも同然の返答だ。

 『マスターと仲間』を守る事を固く誓っているスレイブにとっても、その決意が揺らぎかねない事態。それは心を弱らせ、剣を鈍らせる事に繋がっていた。

 スレイブは己の為に剣を振るうのではない。近しい者、護るべき者達を想って剣を振るう、偽善的/独善的な性質の持ち主だ。悪く言えば主体性が無いが、良く言えば他人思いな気質。必要悪であればまだしも、必要でないのに他者を傷付ける事は良しと出来ない性格だった。

 

「ほんとうに、なぜ……っ?」

 

 悩みはしない。スレイブにとって優先されるべきは『己の価値観』では無く『マスターの命令』故に、悩む余地が無い。必要とされているから応じるのだ。

 

「こんな事を、なぜ……っ?!」

 

 しかし、惑いはする。苦しみはする。それが偽善であると分かっていても、考えられる意図が必要悪でないから。

 

 何故、あんなにも『マスター』の人格が変わっているのか。

 

 何故、命懸けで守って来た秩序/人々を、自らの手で壊さなければならないのか。

 

「何がリーファ(・・・・)をあそこまで変えたんだよ……?!」

 

 

 

 ――――己の認識の齟齬に、スレイブは気付かない。

 

 

 

 己の■■愛(信頼)の対象がすり替えられている事に、少年は未だ、気が付かない。

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 察されている方が多かったでしょうが、スレイブはキリトのコピー() ホロウキリトが実在してるからね、コピーAIが他に居てもおかしくないよネ。

 キリトの異常性は『姉に対する無条件の信用』。これはストレアが抱き、リーファが危惧しているもの。

 既に察されているスレイブも、自ら消滅の未来を受け容れたホロウキリトも、根っこは同じ。

 そして須郷伸之は、原作で記憶と精神の改竄を研究していた。

 つまりアルベリヒ/須郷伸之に対し、スレイブが付き従っていた訳は……後は、分かりますね?



 ----リー姉が初期から言っていた『人形』という意味はこういう事さ!!!



 では、次話でお会いしましょう。



 ちなみにスレイブ、実はギリギリでリーファ(本物)に会っていない。

 見事にリーファが居ない時期にばかり騒動が起きてます。

 キリト(本物)とリーファ(本物)に、リーファ(偽物)と一緒に対面したらどうなるでしょうねー(黒笑)


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