インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話はリーファ、キリト、ストレア(初!)の順で視点が変わります。

 文字数は約一万五千。

 ではどうぞ。




第百三章 ~絡み合う思惑~

 

 

 人の記憶を持ち、精神を同一にしたもう一人のキリト。ホロウキリト。

 当然ながら、記憶と精神を受け継いだAIのキリトの存在に、誰もが驚愕した。この世界を創った人物である茅場晶彦/ヒースクリフさんですら絶句していた。彼の話によれば、《ナーヴギア》が幾ら高性能だろうと人間の精神と記憶を完璧に読み取り、コピーするなど到底不可能らしい。

 ――――ネックなのは、『到底』と付くところ。

 限りなくゼロに近いが、しかしあり得ない訳でもないらしいのだ。絶対不可能と実証された訳では無いからこそのその結論は、『悪魔の証明』と言える。無いものを証明するなど出来ないようにあり得ないと証明する事もまた出来ない。

 無論ヒースクリフさんもその方面を専門にしている訳でも無いから憶測になる部分もあるようで、確実にそうだとは言えないらしい。その手の職に就いている者であればあるいはとも考えられた。

 現実として《キリト》という一人の人間の全てをコピーした存在がホロウとして存在するのだから。

 《ソードアート・オンライン》をデスゲームへと変えた黒幕に対する謎がまた一つ増えた事になる。

 しかし、それが今問題になっている訳でも無いし、言い方は悪いが《アインクラッド》側に何か益を齎す訳でも無い。害を齎す訳でも無いので、心情的に気になるだけで取り立てて問題視する事も無かった。勿論、個人的にはまた別の話になるが。

 それよりも問題視されたのは、《ホロウ・エリア》を探索している間に現れたという《攻略組》参入を希望したギルドの存在。丁度一昨日の朝にその試験を行ったところ、一人を除いて全員が初心者同然の結果だったという。ソードスキルのファンブルともなればこの世界に来たばかりの頃のあたしやシノンさんレベルだ。

 しかも唯一合格ラインに達しているプレイヤーは、目元をバイザーで覆い、脛当てなどの重装備という違いこそあれ、ほぼキリトと瓜二つ。姿かたちや声質まで。使っていた武器は両手剣だったようだが。

 それ以前に情報屋の人達ですら聞いた事はおろか見た事も無い人達という時点で怪しさ満点だった。

 

「《ティターニア》、ね……一応話に聞いてはいたが、聞けば聞くほど怪しい連中だな」

 

 久し振りにまともな寝床に入り、安眠を得たキリトが、テーブル席でエギルさん特製コーヒー風の飲み物を淹れたカップを傾けつつ、一連の話を聞いた末の所感を口にする。

 昨夜は疲れているだろうと皆が気を遣い、あまり話をしなかったので、翌日の朝に話を聞く事になっていた。

 ちなみに現在時刻は午前7時30分。とても健康的な早寝早起き生活である。お義姉ちゃんは満足です。

 

「装備は物凄いレア度だと思うんだけどナー。多分だけど、アレレベルの装備はキー坊も持ってないと思ウ」

 

 あ、勿論《ⅩⅢ》程のぶっ壊れじゃないけどネ、とアスナさん手製のサンドイッチを手に取りながら言うアルゴさん。はむ、と噛み付き、咀嚼する顔はふにゃりと弛んでいる。

 アスナさんが作っている理由は、バグにより低減した《料理》スキルを鍛え直す為でもあるのだとか。下がってしまったのが相当ショックだったらしい。

 

「あむあむ……《ⅩⅢ》はどっちかと言うと、装備の性能じゃなくて、正真正銘使い手によって真価が左右される方だシ。ま、そうでなくてもあの連中にキー坊が負ける筈も無いヨ」

「そうとも限らないと思うが。唯一合格ラインに達していたスレイブは強いんだろう?」

 

 言いながら、ヒースクリフさんを見るキリト。

 

「俺はヒースクリフと戦った事無いけど、それでも両手剣だけで《神聖剣》の防御を抜いて押し勝つのは至難の業だ」

「不可能、とは言わないのだね」

「俺は《神聖剣》のパッシブスキルを知ってるからな。防がれる寸前、盾の中央に当たらないよう攻撃の軌道を変えれば、それだけで削りダメージを入れられる。あとは自然回復で相殺されない程度の速度を保つように連撃を入れれば競り勝てる。ヒースクリフは確かに強いけど、スキルや装備、システムに頼ってる戦い方だからリー姉やユウキに較べてまだ攻略しやすい方なんだよ」

 

 それでも防御力が桁違いに高くて苦戦はするけど、と真剣な顔で言うキリト。

 攻略しやすい、と言われた男性はやや不満そうな表情を浮かべていたが、彼が口にした戦法で実際に負けている以上は何も言えず、押し黙った。

 

「……ところで、そのギルドは今何をしてるんだ? この街には居るのか?」

 

 話が途切れたためか、話題を変えるようにキリトが話を振る。

 それに応じたのはディアベルさんだった。

 

「いや、彼らなら七十七層の主街区《トリベリア》に泊まってるよ。こっちに戻って来たという話は聞かないからまず確実だ。圏外に出ているという話も聞いている」

「外に出られたのか……そうか、合格ラインに達する為にも戦闘はしないといけないからな。レベルと装備が足りてるなら検問も通過出来るし、おかしくはないか」

 

 ディアベルさんの答えにやや間を置いてからキリトは理解を示す。

 検問とは、この階層で立ち往生する未来を予期し、無暗にプレイヤーが外に出て死者が続出しないよう《圏内》と《圏外》の境に配置された人員の事を指す。ステータスや装備の性能を見せる必要はなく、検問に立つプレイヤー達には外に出ても良いギルドやプレイヤー名のリストと照合し、リストに載っていれば通行を許すというシステムだ。

 今のところどうにか洩れは無く、必然的に死者の続出も防げている。

 攻略メンバーにも二パーティー前後での集団行動が基本となってから死者は一人も出ていない。

 

「ともあれ《ティターニア》の事については分かった。攻略階層に居る以上鉢合わせはするだろうし、俺も警戒しておく――――次に、最前線攻略はどこまで進んでいる?」

 

 コーヒーを口に含んだ彼は、次に恐らくあらゆる意味で最も関心があるであろう事について問いを発した。

 真鍮色の瞳と髪を持つ男性が、うむ、とテーブルの上で手を組みながら一つ頷く。

 

「フィールドの一部だけだ。明日から本格的な攻略となる」

「昨日ボス攻略だったという話だし、そうなるか……しかしバグの影響での弱体化や混乱を含めて考えると、七十六層はかなりの速度だったな。しかも死者無しだろう? アルゴリズムの変化その他諸々がある中でよく進めたな」

「我々とて何時までも君に無理をさせる程弱くは無いつもりだ。単独の戦力は確かに劣るだろう。しかしギルドとして集団を組織立てている以上数の力では勝る、今回はそれで進めただけだよ」

 

 それも全力の君の前には形無しかもしれないが、と苦笑を滲ませながらヒースクリフは言う。恐らく《ⅩⅢ》による登録武器召喚攻撃の事を指しているのだろう。アレは数を揃えれば揃える程に被害甚大となる攻撃だ。

 キリトが一対一、一対多のどちらにも特化しているのは、その特性によるところが大きい。無論、本人の経験も大いに関係している。

 

「……ア、そーいえばキー坊に言っておく事があるんダ」

 

 そうアルゴさんが言って、キリトを見る。

 

「ボスの情報集めなんだけどな、これからキー坊はオレッちの手伝いはしなくて良いゾ」

 

 サラリと告げられる宣言に、今後の予定を考えていたであろうキリトがピシリと固まった。眉根を寄せた後、彼はアルゴさんを咎めるような眼で見る。

 何となく、拗ねたような顔に見えて、胸の奥がざわついた。

 思えばこの中で最も付き合いが長いのは、あたしでは無く、ベータテスト時代からの付き合いであるアルゴさんなのだ。ある意味であたしよりも親しいのでキリトも素を見せているのだろう。そう思うとモヤモヤしてくる。

 

「……何で」

「や、だって徒労に終わるかもしれない情報収集より、キー坊と他の面々の連携強化をした方が生存率は確実だシ。他の情報屋の連中と協力体制取ってるから数は足りてるんダ」

「む……」

 

 苦笑を浮かべ、しかし真剣な眼をしながら返された答えに、キリトは唸る。

 

「それに軽く聞いたけど、あっちに居る間に色々と戦い方が増えたんダロ? それを旦那達が把握して、慣れる為にも、やっぱ一緒に戦っておかないといけないと思うんダ。勿論、キー坊も今の皆がどんな戦い方をしてるか把握しておく必要があル」

「……それは、確かに」

 

 ボス戦でのキリトの役割は遊撃。基本的にはダメージディーラーとして動くが、他の人達のリカバリーに入ったり、ヘイトを集めて回復行動の援護をしたり、あるいは神懸かりなパリィ技術を以て疑似タンクを担ったりなど、幅広く動いているという。

 それをするためには仲間の役割、戦力、スタイル、立ち回りなどあらゆる方面を理解していなければならない。

 それを前提にしているキリトは、たった6日と言えど最前線を離れていたのは痛手と言えた。しかもバグによる弱体化や敵のアルゴリズムの変化など、環境の変化が激しかったのだ、今までと同じと思っていると危険な状況に陥るのは確実と言えた。

 アルゴさんの言い分は正論なのだ。

 

「……でもボスの情報を手に入れるには戦力が必要な事が多い、戦闘特化とは言えない情報屋の面々だと限界がある筈だ」

 

 しかしキリトはまだ受け容れていなかった。戦力が必要、というあたりが引っ掛かっているらしい。

 確かアルゴさんは敏捷値極振りのせいで戦闘には向かないプレイヤーだと聞いた。それを踏まえると、確かに最前線で戦闘が必要な場面に遭遇する可能性を考えれば不安は大きいだろう。

 その懸念に、アルゴさんは笑みを浮かべた。

 

「心配してくれてありがとうナ。でも、これでも曲がりなりにもソロでやってきたんだ、キー坊無しでもそれなりにやれるんだゾ? 助けが必要だと思ったら、その時は声を掛けるヨ」

「む、むむ…………むぅ……まぁ、それなら……」

 

 笑みと共に言われ、キリトは不承不承に引き下がった。拗ねたように唇を尖らせている。

 分かっていた事だが、あの子にとって、アルゴさんはかなり特別な存在らしい。事情を聞いたからその気持ちは分かるが内心複雑である。姉の立場が……

 

 ――――それにしても、上手く丸め込んだなぁ、アルゴさん……

 

 下降しかけの気分を切り替えるべく、別の事に思考を回す。

 アルゴさんが口にしていた理由は確かにその通りだが、実のところ、それは本音を隠すための隠れ蓑でもあった。攻略に出るのは確定しているキリトを無理させないようにするべく、また同じ様に手が離せない状況になった時のために、アルゴさんは情報面の連携を強化するつもりでいるのだ。

 以前から危惧していたが、キリトが居なくなってから露呈した《攻略組》の弱点。それを補うべく、各方面が既に動いている。その一つがボスの攻略情報集めから、キリトを一時的に外すという事だった。

 彼が言ったように戦力を要する時は多いし、実際情報屋の面々だけでは限界がある。そういう時には攻略メンバーに助力を要請する事になっている。彼を休ませるつもりで逆に手間取っては本末転倒、彼を本当の意味で休ませるなら滞りなく事を運ぶ必要がある。可能な限り彼の力は借りない方針だが、万が一の時には借りる事にもなっていた。

 彼がこの真意に気付いてしまえばゴネたかもしれないが、心を許しているアルゴさんに諭された事が効いたようだ。

 

 ――――いやホントに妬ましいなぁこの人?!

 

 思わずぐぬぬ、と唸る。

 縁の下の力持ちポジションの彼女は、それ相応の苦労をして、努力しているのだろう。その末に彼女はキリトの信頼と信用を勝ち取ったのだ。賞賛こそすれ妬むなど筋違い。

 だがやはり、羨ましいと思ってしまう。

 ……ダメだ、思考がループした。

 

「……情報収集に関しては、了解した」

 

 一人思考の渦に囚われているところに聞こえた義弟の言葉に、意識を傾ける。思考は一度切り上げた。

 

「攻略ペースに関してはどうする? 情報屋が連携を取るなら、転移門のある街が少なくなった事もあるし、迷宮区のマッピングとボスの情報収集は並行出来る事になるけど」

 

 彼が疑問に挙げたのは、これからの攻略ペースについて。

 これまでの攻略は、三日間をマッピングに、二日間をボスの情報収集や偵察戦に、六日目をボス攻略にという日程だった。七日目は一日休みが基本だったという。

 キリトとアルゴさんがボスの情報収集に動くのは実質四日目と五日目だった。これは最前線のマッピング情報をキリトが集める傍ら、アルゴさんはコモンクエスト情報を集め、流布し、マッピングが終わってからボスの情報収集をメインにしていたからだという。

 そうなっていたのは、アルゴさん以外の情報屋が積極的に動かなかったから。つまるところ人手不足だったからだ。

 しかし今は最前線に来た情報屋達が固まっている。そこでキリトに頼らないで情報を集めるためにアルゴさんが働き掛け、情報屋同士のコネクションというものが出来ている。このコネクションのお陰で《ティターニア》の不審な点に気付けたとか。

 そのお陰で今は必ずしもキリトの助力が必要な訳では無い。何せ人海戦術が出来るようになったのだから。

 複数の事を並行して行える事になったのであれば、攻略ペースは出来る限り維持ないし繰り上げたい。そうキリトは考えているのだと思う。

 ホロウのキリトも言っていたが、約一週間に一層のペースでは、彼らが予想していたという肉体の限界までにクリア出来ないから。生きる事に対し前向きになった彼からすればそれは絶対避けたいに違いない。

 だからこその問いだろう、とあたしは推察した。

 

「――――基本的にはこれまでのペースとなる」

 

 現在の《攻略組》を統括している男性は、落ち着いた様子で言葉を発していく。

 

「だが、七十六層攻略の話を聞いて分かってもらえたと思うが、キリト君を抜きにしても攻略速度はかなりのものとなっていた。そこに君が加われば、恐らくマッピングそのものは早ければ二日で終わる。ボスの情報集めを他の面々で並行してするとなれば……五日に一層、何れは四日に一層とペースは短くなっていくだろう」

 

 何故なら、と騎士は続けた。

 

「この浮遊城は積層円錐型の構造をしている。必然的に上に進めば進む程、一フロアは狭くなっていくのだ。つまり攻略すべき範囲も狭まるという事になる。移動距離も短くなる」

「進めば進むほど、一層の攻略に要する時間は短くなっていくのか……」

「あくまで理論上はだがね。私が持つ知識や情報がどれほど通用するかは最早未知数と言って良い」

「いや、まぁ、提供されたところで困るのが本音なんだが」

 

 殆どアルゴと攻略情報を集めてたから弊害も無いし、むしろ渡された情報を基にしてたのに変更されてた事を考えるとリスクが高い、とキリト。

 何とも言えない笑みをヒースクリフさんは浮かべた。

 膨大な量の情報を、この世界を知る男性が根回しして広めるよりも先に己の脚で集めていた事に、苦笑を禁じ得ないのか。あるいはその執念に驚嘆と共に呆れを抱いているのか。あたしとしてはそのどちらもな気がした。

 

「んー……えっと、結局のところ、俺の攻略ペースはこれまでと同じという感じで良いのかな」

「そうだねー……あ、迷宮区に篭もっちゃダメだからね?」

「……わかった」

 

 アスナさんが思い出したように釘を刺す。

 キリトは途端に憮然とした。どうやら篭もる気満々だったようだ。

 ちなみに、これに加えてソロ攻略を禁止され、装備の関係でパーティーを組まずとも複数人と一緒に行動するようにとも言われ、尚の事キリトは憮然とした表情になっていた。一人にさせると無茶したり厄介事に首を突っ込むから監視も目的としている事には気付いたらしい。

 ただ、仲間と一緒に攻略すれば休める時に休めるし、負担も軽減するから、反対はしていない。ただ監視される事に憮然としたようだった。

 

 *

 

「――――さて、最後に一つ、私から議題に挙げたい事がある」

 

 キリトの攻略ペースや《攻略組》の方針について行儀が悪いながらも朝食を摂りつつ、予め伝えられていた事を全て話し終えた時、ヒースクリフさんがそう言った。

 まだ何かあるのか、と円卓に座す一同が弛緩しかけた緊張を再度張り詰めさせ、男性を見る。

 男性は、その真鍮色の瞳を一人のプレイヤーへと向けていた。

 

「……俺に関する事でまだ何かあるのか」

 

 視線を向けられていたのは、やや憮然としたままのキリトだった。

 はて、何かまだあっただろうか、とユウキさん達と目配せをし合う。しかし誰もが疑問と困惑を露わにしている事から、どうやらヒースクリフさんはまだ誰にも話していない議題らしい。あるいはそれだけ大事では無い事なのか。

 賢者に見紛うローブ姿の男性に、疑問の視線をぶつける。

 

「あると言えばある。と言うのも、この円卓に着いているメンバーの統括を――――キリト君、君に任せたいと考えている」

「……何?」

 

 唐突な事に、さしものキリトも訝しげに男性を見やる。

 あたし達もその意図を測りかねて同じような視線を向けた。一部はやや敵愾心に近い感情も含んでいる。

 

「ヒースクリフの旦那。オレッちは賛成しかねるナ」

 

 一番に声を上げたのは茶色のフーデッドローブに身を包んだ情報屋のアルゴさんだった。彼女は険しい面持ちで男性を睨んでいた。

 

「キー坊は確かに聡明ダ。七十六層に着いて直後の指示、今後を考えての判断は的確だった、それを踏まえれば確かに適任だとは思ウ。人を纏める立場にキー坊は立てる能力があル」

 

 言いながら、誇らしげに、しかしどこか悔しげ/哀しげな笑みを浮かべ、キリトを彼女は見る。その表情一つ、瞳に籠められた感情だけでも複雑な想いが渦巻いている事が分かった。

 やや不安げな面持ちの少年と見合っていたアルゴさんは、でも、と言いながら視線を男性へ向けた。

 

「それを認めているのは此処に居る面子だけダ。何も知らない連中からすれば相応しくないと見られるヨ……旦那だって分かってるダロ。オレッち達が、それを一番よく分かってるダロ。一番間近で見て来たんだゾ――――それを分かった上で言ってるのカッ?!」

 

 静かに言い募っていたアルゴさんは、急激に感情を爆発させ、怒号を上げた。ズダンッ、と木製の円卓に拳を振り下ろして。

 立ち上がり、対面に座る男性を睨み据える女性は、しかもダ! と語尾を強めて言葉を続ける。

 

「その選択がこれまで以上の重荷を背負わせる事になるって分かってるのカッ?! 漸く、漸くなんだゾ! 《ビーター》というしがらみと責務から、【黒の剣士】という期待から解放されて、自分に素直になったのハ!」

 

 ――――逆戻りさせるつもりカッ!

 

 再度、円卓に拳を打ち付けながら怒鳴る女性。

 その怒号と言葉には、一人の少年を想う愛情と、これまで止められなかった事に対する慙愧の念に満ちていた。今度こそは重荷を背負わせてたまるかと、その確固たる決意を感じる。

 

「やろうと思えば不可能じゃないんだ、統括は旦那がすれば良い! わざわざキー坊にさせる必要は無い! 何と言われようが私は断固として反対する!」

 

 フーッ、フーッ、と荒く息を吐くアルゴさんは、言いたい事は言い終えた為か椅子へ座り直した。それでも険しい表情は変わらない。

 あたしも、いきなりの事に驚いて思考を止めてしまったが、アルゴさんの言い分を聞いて同じ結論に至った。多分だが心無しキツイ眼差しになっているだろう。見ればユウキさんやサチさん、クラインさん達も険しい面持ちでヒースクリフさんを見ている。

 

「ヒースクリフ、一つ訊いていいか」

 

 部屋に満ちる嫌な沈黙と睨み合いを止めたのは、話の渦中になっているキリトだった。まさか、と嫌な予想が浮かび、慌てて視線を向ける。

 

「具体的に、どう考えて先の発言に至ったんだ?」

「……それを話す前に、まず誤解を解いておこう」

「誤解ィ?」

 

 ヒースクリフさんの言葉に、アルゴさんが苛立ちを露骨にしながら反応した。

 

「まず最初に言っておくと、あくまで私が考えている円卓の統括は、イコール《攻略組》のリーダーになるという訳では無い」

「――――ああ、なるほど。そういう事か」

 

 男性の言葉に、どういう事かと首を捻った時、キリトが納得の声を上げた。これだけで分かったのかと驚いて一同が目を向ける。その中には、ヒースクリフさんも含まれていた。

 

「キリト君、これだけで何を言いたいか分かったのかね……?」

「ヒースクリフは論理的にして合理主義者だからな、反対されるような意見をわざわざ口にしないだろう? そう考えれば自ずと答えは絞られてくる。多分ヒースクリフが言いたかったのは、表向きの統括は現状維持だが、実際円卓で議長をしたり各方面の指示・方針を示す役に俺を就かせてはどうか、じゃないか?」

「……」

 

 少年の推測に、男性は瞠目と共に絶句する。その反応から本当に当たりらしい。

 

「それくらいなら別に構わない、情報収集をしなくなる事を考えればむしろ助かる。要は今までと同じ様に影で踊れば良い訳だ――――が、俺は良いとしても、な」

 

 苦笑を浮かべ、あたし達に視線を巡らせるキリト。どうやら反対意見を抱えるあたし達をどうにかしないと、と言外に言っているらしい。

 あたし達は再度視線を交わし合う。やや予想外な展開に誰もが困惑の表情だ。

 今度は困惑故の沈黙がその場を満たす。

 

「――――こういう時は多数決でも取ってみればいいんじゃないかな。その方が結論を出すには早いだろう」

 

 暫くして、見かねたようにキリトが言った。

 

「まず、賛成の人は挙手」

 

 そのままキリトが言った。直後に手が上がったのは、キリトとヒースクリフさんの二人。

 

「じゃあ反対の人は挙手」

 

 その言葉に、ズザッ、と残りの全員が挙手をした。表情を見ればやや迷っている風ではある。

 ともあれ、結果は反対意見が多数。

 

「そういう訳だ。ヒースクリフ、諦めろ」

「……そうだな」

 

 微苦笑を浮かべ、肩を竦めながら言うキリトに、ヒースクリフさんは短く応じた。残念そうであると同時に、どこか予期していたとでも言わんばかりの表情だ。

 それを最後の議題として、今日の朝議は終了となった。

 

 ***

 

 朝議を終えて部屋に戻った俺は、新品同様にふかふかのベッドに身を投げ出した。使い魔のナンは枕の傍に降り立ち、とぐろを巻いて休む体勢に入っている。

 昨日がボス攻略だったから、今日の攻略は休みとなっている。

 今までであれば俺がそれに合わせる事は無かったが、ソロ攻略を禁止され、複数パーティーで動く事が基本方針とされた今、その協調を乱すわけにはいかないため、自分も休む事にした。それに《アークソフィア》や七十七層主街区《トリベリア》を見て回るにも丁度良い。

 ……まぁ、俺の立場上、あまり人目の付く場所を大手を振って歩く事は出来ないのだが。

 

「それに、そんな気分じゃないし……」

 

 脳裏に浮かぶのはもう一人の自分自身、すなわちホロウの俺。

 記憶、経験、心情、信念のありとあらゆる部分が全く同一の、外周部から落下した時点で分かたれたもう一人の自分。この世界をクリアした時には消滅する事をも受け容れ、俺に全てを託した存在。

 もしも今こうして《アークソフィア》に居る俺がホロウだったなら。

 どれだけ考えても、どれ程の懊悩を呑み込んでオリジナルの殺害を辞めたかは想像もつかない。だが確実に苦悩したに違いない。俺がその立場であれば迷うし苦悩もする。

 その上で託されたのだから、一分一秒たりとも無駄には出来ない。と言うよりは、したくない。それが俺の本音。

 

「でも、だからと言って勝手に動くのはな……」

 

 しかしながら、所詮それは俺の独り善がりに過ぎない。円卓を統括する議長にどうかとヒースクリフが言ってきた時のアルゴの怒り様と皆の反応を見れば、俺の事をとても心配してくれているのは分かるというもの。

 それを無視して勝手に行動するのは、それは身勝手だし、傲慢だ。

 出来る限り皆に心配掛けないようにして、同時にホロウの俺の意思に沿って、俺の求める未来に繋がるように動かなければ万々歳とは言えないだろう。

 兎にも角にも今の俺がするべき事はしっかりと休み、英気を養う事。それがみんなの求めている事だ。ひいては明日の攻略の準備と言える。

 これくらいはホロウの俺も許してくれるだろう……許してくれたら、良いな。そう願う。

 

 ――――それにしても、ヒースクリフも人が悪い。

 

 ホロウの俺の事について一旦思考を終えた俺は、次に先ほどのやり取りに頭を回す。

 ヒースクリフが口にした最後の議題。俺を円卓での統括者にするという話は、実のところ予めメッセージで話は出ていた。そして反対されるであろう事も。

 むしろあの話は反対される事を前提としていたからこれで良かった。

 俺とヒースクリフは、ある事に危惧を抱いていた。

 元々《ビーター》として爪弾き者にされていた俺は、しかし情報の提供者である事から半ば必然的に攻略組の手綱を握るような立場にあった。各ギルドの特色がああなったのは偶然だ。だがボス戦に於けるセオリーや役割分担の数割には俺の判断が混じっていたりする。無論、攻略会議での情報提供や作戦の立案に関しても、俺はちょくちょく発言していた。

 ソロであり、同時に《ビーター》故に肩身は狭いが、それでも一人で戦いボスの情報を集めて来た実績があったから発言権はそれなりにあった。その影響力は中々のものと自負している。

 それに加え、俺は各ギルドのギルドリーダーや幹部達と裏では親交がある。皆は公正公平な判断を下せる大人であるが、他の人達から見れば、《ビーター》に甘いと見られかねない言動も無くは無い。

 俺は人から嫌われる立場にある。あまり口出しし過ぎれば『生意気だ』と報復を受ける事だってあった。それと同じで、あまり円卓での会議で口を出し過ぎれば、《攻略組》の活動や方針に罅が入る恐れがあった。

 あの場にいるのは俺に肯定的な感情を持つ者ばかりではない。

 リンドの態度は軟化したが、しかしリンドの側近とも言える男は未だに敵愾心を向けて来ている。そこから変に話が広がり、攻略に遅延や滞りを来す事は誰にとっても不利益だ。

 それが分からない筈が無いのだが、それでもするのが人間というもの。警戒はして叱るべきである。

 ――――要するに、ヒースクリフがあんな事を言い出したのは、ハッキリと『議長は《ビーター》では無い』と明言する為。

 それをしておけば、あの敵愾心を向けて来る男が議長は【紅の騎士】であると勝手に流し、広めてくれる。そうなれば俺から少しは目が離れ――――裏でのやり取りを気取られる可能性は低くなる。

 まぁ、複数パーティーでの行動を前提としていたり、攻略範囲の狭小化を考えれば、俺と皆が持つ情報量の差が大きくなるなんて起こり得ないのだが。

 この裏の意図をアルゴやアスナ、ユウキ、リー姉達にすら悟らせなかったヒースクリフの腹芸は流石だと思う。

 

 ――――俺から話を振ると絶対バレるからなぁ……

 

 思わず遠い眼になる。途中から俺が主導になってたし、ひょっとするとバレてるかもしれない。

 まぁ、やる事そのものは今までと変わらない訳だし、リー姉達ならバレても別に構わないのだが……

 そう考えていると、コンコン、とドアがノックされる。

 

『おーい、キリト居るー?』

 

 扉の向こうから聞こえて来た声はストレアのものだった。

 

「居るぞー」

『入って良い?』

「良いぞー」

 

 上体を起こしつつ間延びした返事を返す。おじゃましまーす、と挨拶をしながら扉を開けてストレアが部屋に入って来た。

 

「何か用事でもあるのか?」

「む? キリトと会いに来る時は用事がないといけないの?」

「や、別にそういう訳じゃないが」

 

 二十二層で所有していたホームで暮らしていた間、ストレアが俺の部屋を訪ねて来る時は決まって何か用事がある時だった。と言っても回数としては片手で足りる程でしか無く、こうして部屋を訪ねて来るのはかなり珍しい部類に入る。

 まぁ、俺がリー姉やシノンと一緒にリビングに居る事が多くて、そこで顔を合わせていたから必然的に部屋を訪ねて来る回数が少なくなっているのだが。

 

「ね、キリト、今って暇? というか、今日暇?」

「……何故『今日』と言い直したかは置いておく。今のところ誰かに呼ばれてはないし、攻略に行くのは禁止されたから、暇だな。予定も無いし」

 

 リズとシリカの方には一応昨日の内に顔を出してはいるし、多分忙しいと思うから今日は行かないつもりでいる。

 

「ほうほう……じゃあさ、アタシと一緒に回らない? 実は《アークソフィア》でイイお店を見つけちゃったんだよね! 誰かと一緒に行きたくてさー!」

「……ユウキやアスナ達でも良いんじゃないか? 今日は攻略に行ってない筈だし」

 

 確かその筈、と朝議が終わった後の皆のやり取りを思い返す。

 クライン達は《トリベリア》の観光に向かったし、ユウキ達もそれに付いて行った。ヒースクリフは伝達関連の仕事があるからディアベル、リンドと宿に残っているが、アスナやラン達は談笑しながら宿を出た覚えがある。

 そこまで思い出し、ああ、誘える人が俺しか居ないのか、と察する。暇な人は皆出て行っていた。

 

「俺しか誘う人が居ない訳か」

「ピンポーン!」

「……ん? あれ? そういえばリー姉とシノンは?」

 

 確かあの二人は一旦階段を上がっていった筈だが。

 

「あー、リーファ達も誘おうとしたんだけど、もう部屋に居なくてね。多分もう出てるんじゃないかな」

「ふぅん……」

 

 一度部屋に戻ったという事は、何か用事があったのだろうか。あまり時間が経っていないのに居ないという事は物を取りに戻っただけで、またすぐに出たのかもしれない。女性はファッションに気を遣うというし、この機会に服飾品の買い出しにでも行っているのだろう。

 ……街のどこかで鍛練に勤しんでいる、という可能性もあるけど。

 だとしたら俺に声を掛けないというのはまた珍しいとも思う。一応俺はリー姉の剣の弟子であると同時にSAOに於ける戦闘指南役なのだ。シノンを鍛えるのであれば、システムが関わる以上俺にも声を掛ける筈なのだが。

 まぁ、俺に声を掛けなかった時点で何か考えがあるのだろう。

 それに普通に買い物をしている可能性はある。だとすればとても平和的で良い。何だかんだで二人を保護してから今までマトモに街で楽しんでもらっていないから救われる気分になる。

 以前のレベルだと強姦されないか心配になるが、今は二人共トップクラスのステータスだから心配こそすれ危惧は無い。二人の実力ならまず大丈夫だろう。

 

「まぁ、リー姉達の事は良いか……分かった、一緒に街を回ろうか。あまり詳しくないから色々と教えてもらえるかな」

「ふっふっふ、お任せあれー! じゃあ早く行こ!」

 

 計画通り、と言わんばかりの口調ながら屈託のない笑みで言うストレアは、俺の手をむんずと掴み取るや否や、爆走紛いの勢いで走り出す。

 

「わ、わわっ、走るなストレア! せめて手を離して!」

「あっはは! ほらほら、早くー!」

 

 身長差があるのに全力で走られるものだから、俺はこけないよう全力で足を動かし、追い縋っていった。

 

 ***

 

 キリトを連れ回すこと約一時間。アタシ達は現在、《アークソフィア》の商店街を練り歩いていた。

 

「――――でね、ここの喫茶店の《ミックスサンドセット》が、もう格別に美味しくてねー! 今度ここに食べに来ようよ!」

「それ、俺に再現させるためじゃないよな」

「あ、バレた?」

「《ブルーブルーベリータルト》の例があったんだから分からいでか……」

 

 アタシが引っ張って宿を出て人目に付いた事もあって、キリトは《メタモルポーション》という姿を変えるアイテムを使う事無く素の姿のまま街を歩いている。そのせいでか若干テンションが低い気もした。

 ただまぁ、これは仕方ない事なんだよねぇ、とアタシは気付かないフリをしている。

 キリトが危惧している事も分からなくは無いのだ。だって街中で一対多のデュエルを殺害前提で吹っ掛けられていたのだし、長らく誅殺隊に命を狙われていた身だ、警戒しない方がむしろおかしいと言える。

 でもキリトは気付いていない。

 デュエルを吹っ掛けられていた頃は、まだキリトの悪名は浮遊城全体に轟いていた。

 でも今は、実のところそこまででは無い。闘技場での激闘ぶりから完全に実力で戦っている事は多くの人の共通見解になっている、だって初見な上に情報と違うのに対応出来ていたのだから。加えて他の攻略メンバーは殆ど戦力外みたいなものだったし。

 それから《アインクラッド解放軍》のサブリーダーシンカーの救出。これはあまり表立った話にはなっていないが、シンカーの事を案じていた人達から徐々に広まっているから、《アインクラッド解放軍》に所属しているメンバーは大半が知っていると言って良い。SAO最大規模のギルドで広まっているという事は、SAOプレイヤーの半数以上には知られていると言っても過言では無い。

 続けて《圏内事件》の解決。オレンジを皆殺しにした事は流石に広まっていないが、でもアスナ達ですら見逃していたトリックにシステム的な観点と論理で気付き、解決に動いていたのは事実。その話からキリトは頭がいい、情報をしっかり活用出来るという今まで曖昧だった評価が確かなものとなった。

 それに七十五層での【白の剣士】アキトとの死闘。第二レイドを壊滅させた実の兄と対峙し、ヒースクリフが茅場晶彦であっても黒幕では無い論を声高に挙げ、敵対者を全員退けた。

 そこから七十六層でのバグに対する適切な対応。大の大人ですら判断を仰ぐ程の冷静さと聡明ぶりはアタシ達の記憶に強く焼き付いている。

 これらが徐々に、しかし確実に広まった。最初は半信半疑だったが、でも語り部は《攻略組》だ、信じられない事では無い。

 悪感情は消えていない。きっと完全に消える日は無いだろう、キリト自身がそうなるよう仕向けていたし、そうなっても仕方ない事をしてしまっているから。

 でも向けられる感情の中には、良いものも混ざって来ている。悪感情は薄れている。

 その上でキリトという人間の素を人々に見せれば、もしかしたら理解者が生まれるかもしれない。《ビーター》として悪を振る舞っていない、【黒の剣士】として善を演じていない素の顔を見れば、考えが変わる人がいるかもしれない。

 

 それは、あの円卓の場にいる殆どの人の総意。

 

 キリトがアルゴ名義で発刊させていたという《ビーター》を悪し様に扱き下ろす新聞は、今は発刊されていない。文面を作る本人が居なかったから、という理由にかこつけて。

 そして発刊するまでもなく、人伝で真実が伝わっていたから。

 人を悪し様に言う評判は瞬く間に広まるが、今回は【白の剣士】の悪評が広まっていた。それに伴い、《攻略組》を護る形となった【黒の剣士】は、評価されるようになる。各ギルドのリーダーや情報屋【鼠】のアルゴが証言しているから内容は確かと認められている。

 

 ――――そう言っても、多分キリトは信じないだろうからね……

 

 あまり長く接している訳では無いが、でも何となく分かる。キリトはとても人を怖がっている子供なのだと。

 シノンは記憶喪失で右も左も分からない状態だったし、ユイやリーファも例外に等しいが、アタシは違う。アタシは一人の人間として個を確立している。個を確立している以上はキリトの敵にもなり得る存在と認められる。

 だからキリトは、まだアタシをそこまで信用していない。戦力として信頼はされている。でも人間性の方では信用されていないのだ。だってアタシとキリトの接点はあまり無くて、押しかけで居候していただけ。アタシの事を全然教えていないから信じてもらえる筈も無かった。

 そういう訳だから、キリトは接点なんてまるで皆無な人達の事を信じないし、期待も掛けない。するだけ無駄と思っている。

 それは実際正しいだろう。期待するだけ損な場合だってある。否、キリトの場合は多分すればするだけ損をする。意図せずして起こした行動に人は惹かれるのだ。

 

 ――――だからこそ、もっと素を見せるよう動かないとね。

 

 アタシがキリトを連れ出したのもそれが目的。アタシに振り回される形で見せるキリトの素を、周囲の人間に見せつけるのだ。

 何も飾られていない子供らしい反応こそがキリトの真実。キリトの根底。

 悪辣な《ビーター》では無く、正義感溢れる【黒の剣士】でも無い、ただ普通の子供。それが本当の姿なんだと周囲に叩き付ける。

 そうしておかないと、必ずキリトを責め立て、追い詰める人が現れる。良心の呵責も感じないで、身勝手に『戦え』って言う人が沢山現れる。その声をキリトは絶対無視出来ず、剣を取り、戦って、追い詰められていくだろう。

 それはリーファの頑張りが水泡に帰す結果。それは誰も望まない、勿論アタシも望まない。頑張り屋な人には、それ相応のご褒美が必要だ。

 リーファみたいに腕っぷしは強くないし、ユイみたいにシステム面からサポートなんて出来ないから、アタシが出来る事なんて高が知れている。

 でも出来る事はある筈だ。その一つがコレなのだ。

 アタシはこの街で、多くの人と顔見知りだ。色々と騒ぎがあって仲裁に入った時を境に顔見知りになって、愚痴を聞いて、悩みを聞いて、彼らのストレスを発散してきた。

 そんなアタシが、嫌われのキリトと一緒にいる。それもキリトの付き添いという形では無く、彼を振り回すようにして。これでは誰も『従わせている』なんて言えないだろう。だってあたしが次に行くところを決めて、言葉を畳みかけているんだから。

 これはアタシが出来る、アタシなりのキリトに渡すご褒美。アタシが得た人々の信用と信頼を利用して、キリトの信用と信頼を得ようとする行為。

 人々が知れば、魔女と罵るだろう。騙したなと悪罵を投げて来るだろう。

 

「ストレア? どうか、したか?」

 

 キョトンと、あどけない顔で見上げて来る小さな子供。

 

「――――んーん、何でもない。さ、次はあっちだよ! あっちにはね――――」

 

 笑顔を浮かべて首を振り、少年の手を引いて歩き出す。

 周囲から不躾な視線を向けられるが全て無視。見たければ好きなだけ見るといい。でも反応は返してあげない。今は頑張り屋さんのご褒美の時間なのだ、見知らぬ人にかかずらっている暇なんて一秒たりとも存在しない。

 それでアタシが悪く思われても良い。一番頑張っている子にご褒美をあげる為なのだから、アタシが悪く見られても構わない。

 

 

 

 どーせこの世界が無くなったら諸共消える運命なんだから――――

 

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 サブタイトルにある通り、キリト&ヒースクリフとそれ以外の面子、更にストレアの思惑が絡み合ったお話でした。

 これ、キリトが《ホロウ・エリア》から帰って来た翌日の事なんだぜ……? リアルタイムで見聞きしていた訳でもないのにヒースクリフと密談してて、アルゴ達を掌ころころする様はとても小学5年生とは思えないね(白目)

 ただちょっと解説くさくなった点は心残り。でもしておかないと、違和感あるし……うぅむ。難しい。

 ちなみに一週一層の攻略ペースは、実は原作でも地味にそれっぽい描写があったりする。そもそもプログレッシブの第二層攻略、三層攻略も一週間以内ですし。だから実は本作オリジナルのペースという訳でもなかったり。

 そしてストレア視点。

 ――――どーせこの世界が無くなったら諸共消える運命なんだから――――

 ここだけ抜き取るとストレアが黒幕側にも見えてしまう。『消える』存在がストレアかプレイヤーかで意味がまるっきり変わってきますね!(愉悦)

 キリトの近くに何故か居続けて、ボス攻略戦で頭痛が起きて、頭痛持ちである事を話してなくて、経歴不詳目的不明な状態を維持しているストレアが何の為に《攻略組》に入ったのか。

 そもそもそんなストレアを何故マイホームにキリトは居候させていたのか。

 ――――いい加減ハッキリさせないとね……!(白目)

 ……別に、出番が少ないキャラだから書いた、という訳では、無いです、ヨ?(目逸らし) ウン、ホント、作者ウソ吐イテナイ。

 実際は違和感なく話を進められるだけの情報が揃ったから書きました。逆に言うと、これまでの間に書いていると、不自然だったから書けなかった。

 そんな訳で、次話も引き続きストレアメイン。

 アスナ・リーファ・シノン・リズベット・シリカ・アルゴ・サチ、ラン、ヒースクリフ達男性陣は《MORE DEBAN村》に暫く合宿です。

 では、次話にてお会いしましょう。

 ちなみにキリトと過ごした時間はリーファ/直葉が一年、アルゴがベータテスト含めて二年近くなので、ぶっちぎりでアルゴが一番長かったりする。姉心的に複雑ですね!(嗤)


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