インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、お久しぶりです、黒ヶ谷です。
現在は第一期長期実習が終了し、第二期へ向けたインターバル中。合間を見てコツコツ書き溜めた話が数話。
少し前にF/GOとの話をちょろっと書いて投稿したので、こちらもしておこうかなと思って投稿に。予約投稿です。生存報告代わりにネ!
尚、数話後にはまた休止(強制)になる模様(泣)
今話の時系列的には、《ホロウ・エリア》ではホロウキリトと遭遇、和解(?)があり、《アインクラッド》ではアルベリヒ達の試験後に七十六層迷宮区探索が終わった辺り。
視点は前半ユウキ、後半シノン。
文字数は約一万三千。
おかしいなぁ……主人公(キリト)より主人公してるぞ、この二人(白目) 特にユウキ。
ではどうぞ。
《ホロウ・エリア》にて、もう一人のキリトと出会った翌日。
予定では引き続き《ホロウ・エリア》の探索になっていたが、未だ生存しているプレイヤーのホロウという予想外の存在と遭遇した事を契機に、一度メンバーを入れ替える事になった。一日でメンバーが変わるくらいなら数日一緒のメンバーに変えた方が効率が良いとキリト達が言ったからだ。
真意としては、まず間違いなくリーファと顔を合わせるのが気まずいとか、現実を直視するようで辛いとか、そんなところだと思う。ホロウのキリトにとっては、オリジナルのキリトと触れ合う場面など劇毒でしか無いだろう。
その真意があったから、という訳では決してないが、それに一同は半ば流されるままに賛同した。最前線を離れて数日が経つ現在、どこまで攻略が進んでいるかは気になっていたからだ。
ひょっとしたら既にボス部屋まで発見しているのでは、とも思っていた。無論それが希望でしかない事は百も承知である。
――――よもや、本当に既にボス部屋まで辿り着いているとは思いもしなかったが。
「わぁ、この子がもう一人のキリト? 二人揃うと双子みたいでかわいいねー!」
「「ふむぐ……?!」」
そう言って二人並んで立っていた黒尽くめのキリト達を抱き締めるのは、薄紫のバトルドレスに身を包む女性ストレア。
彼女は優秀な両手剣使いとしてダメージディーラーを期待されている人物である。クラディールが居なくなった以上、ボス戦に出られる程に実力ある両手剣の使い手は居ないから、その分期待されている。
そんな人物が、数日内にボス攻略へ赴くというのに《ホロウ・エリア》へ来ているのは、ホロウキリトに興味を持ったから――――では無い。
第七十五層ボス戦の折、彼女は唐突に原因不明の頭痛に苛まれて行動不能に陥った。後で本人に問い質したところ、稀に頭痛をいきなり覚えるが、原因も切っ掛けも一切不明な厄介なものと答えが返って来た。
つまるところ、彼女が《ホロウ・エリア》へ来たのは、ボスレイドのメンバーから外されたからである。《攻略組》としては幾ら優秀な使い手だとしても、時期も切っ掛けも分からない不発爆弾という不安要素を抱えてボスレイドに挑む訳にはいかない、そんな余裕など一切ない。七十五層ボス戦だってキリトが居なければ死者を2名で抑えられたとも思えない戦いだった。彼が帰れない現状で博打を打つ必要は無い。居ても打つつもりは無いが。
仲間外れにしたようで少々心苦しくはあるが、しかし合理性と安全性を前に情を優先する訳にもいかず。
ボクは彼女を《ホロウ・エリア》へと連れて来ていた。
「……それにしても、見せつけてるのかな、ストレアは……」
こちらが理性で押し付け我慢しているというのに、彼女は目の前で彼を抱き締めている。見ていてとても妬いてしまう光景だ。しかも女性としてとても成熟した肢体を惜しげもなく晒す服装。
自分との差を明確に意識してしまう。
これが意図的だとすれば自分は戦争だって辞さない。
……まぁ、ストレアの性格や振る舞いを考えると、天然だとは思うが。
「ボクだって、成長すればあれくらい……」
女性の胸元と自分の胸鎧の内側とを比較しながら俯く。
口にしておいて何だが、アスナやシノン、フィリアくらいが丁度良いサイズだろうと思い直す。流石に子供の頭ほどの大きさは現実的に無理だ。
大丈夫。少なくとも自分はシリカよりはある。彼女を1、アスナ達を7、ストレアやリーファは10とするなら、自分は5くらいはある。姉は自分と同じくらい。顔つきは結構違うが、体格面などは双子なのかと思わないでもなかった。
――――どこかから『わたしを引き合いに出すのは酷いですよ?!』と声が聞こえた気もするが、此処にシリカは居ない故に間違いなく気のせいなのでスルー安定である。
取り敢えず、今度ポーションの素材を多めに納品しておく事にする。気が向いたからであって他意は無い。無いったら無い。
「あー……えっと、ボク、色々と忙しいから、これで失礼させてもらうね」
「「むぐぐー?!」」
やや心苦しくはあるが、二人のキリトを放置して帰る事にする。くぐもった少年達の叫びが聞こえるもそれも流す。
忙しい事に関して嘘は吐いてない。事実、これからボス攻略に行く事になっているのだ。まだ時間に余裕はあるが、準備や打ち合わせなどは綿密に行う必要があるので、出来る限り早く帰らなければならない。
だから特段重要ではないストレアのスキンシップから解放する為に時間を使う訳にはいかないのだ。間近であのスタイルを見たくないなんてこれっぽっちも思っていない。
理論武装完了。
「行ってらっしゃーい!」
あっけらかんと笑いながら手を振るストレアと、彼女の左腕一本に纏めて抱き締められている少年二人、その後ろで苦笑しているユイちゃんとルクス二人と義姉の肩に留まる小竜に力無く手を振って、ボクは《アークソフィア》へととんぼ返りした。
*
《アークソフィア》の転移門に戻った己の耳朶を幾重にも重なった喧噪が打つ。顔を巡らせば、転移門がある広場には数十もの武装したプレイヤーが所属ごとに集い、真剣な面持ちで話し合う光景が視界に入る。
数はざっと40に達するか否か。
レイドの上限人数が7人×7パーティーの49人なので、フルレイドには10人程足りない。
この人数でもボスを倒せなくはない――――が、流石に難しいと言わざるを得ないだろう。
そもそもボス戦で簡単と思う事などありはしない。普段より楽、という戦いはあれど、その全てが激戦に次ぐ激戦、死に至りかねない死闘ばかり。これに慣れる時などありはしないだろうし、慣れた方が異常だ。
これがただのゲームであれば、もう少し気楽に戦いに赴けるのに。そう幾度思った事か。
「あ、ユウキ、早かったね」
小さく溜息を吐いていると、背後から親友に声を掛けられる。振り向けば白と赤の騎士装姿のアスナが、両手斧使いのゴドフリーさん達ギルドメンバーを率いて立っていた。
こう見るとアスナってカリスマがあるんだなぁと再確認させられる。
「ただいま、アスナ。打ち合わせってどの辺まで進んだの?」
「ユウキがあっちに行ってからそんなに経ってないからね、まだ全体のはしてないよ」
ユウキが帰ってからすれば二度手間じゃないしね、とアスナは付け加えた。
なるほど、つまりこれから最後の打ち合わせをするのかと把握し、姉が居る場所へと足早に進む。
――――本来であれば《ホロウ・エリア》への行き来を、同じ《攻略組》と言えどもあまり見られる訳にはいかないが、これにも理由がある。
以前議題に挙がった《ホロウ・エリア》でのパワーレベリング。この対象に第一層からのレイドメンバーを含むべく、《ホロウ・エリア》について話したのだ。
これが出来たのは、ヒースクリフさんのリアルを知っていたから。つまり《ホロウ・エリア》について話せる人物が居て、尚且つその秘密を守れると確信しているから話したのである。誰だってSAOでトップレベルに信頼されている人が実は茅場晶彦だなんて言われても信じないだろう。仮に洩らされても信用する者が居ないと判断したからこそ、レイドメンバーには語られた。
ヒースクリフさんのリアルについては厳重な箝口令を敷かれており、知っているのは七十五層ボス戦に居たメンバーとアルゴ、シンカーなどくらい。それ以外には洩れていない。そこを信用したという訳である。現状自分が居ないと一緒に行けないので、仮に漏れたとしても証明のしようが無いから強気に出た部分もある。
ともあれ、それのお陰でボクが転移門を使っている事に対しての混乱は起きていなかった。
もう一人のキリト、という存在に関しては、流石に驚愕を露わにしていたが。
そんなレイドの一部、自分が所属するパーティーは姉をリーダーとし、自分、サチ、エギル、リーファ、シノンの6人パーティー。スピードアタッカー3名に、タンク1名、クラウドコントローラーが2名なのでバランスが取れているとは言えるだろう。特に遠距離攻撃手段を持つシノンが居るのは心強いの一言である。
前回のボス戦では一度もスキル連携に入らなかったが、その直接的な原因であったストレアはメンバーから外れているし、この構成なら余程の相手でない限り汚名返上は可能だろう。
敵がゴーレムやミノタウロスを始めとした筋力極振りなパラメータのボスでない限りは、だが。低層の頃であればまだしもこの辺の階層ともなれば衝撃波が飛ぶなどで見た目以上の攻撃範囲なんてザラなので、防御面に難があるスピードアタッカーはパワータイプのボスモンスターに対して苦戦しやすい。それを支える為のタンクが一人しかいないのも不安を助長している。
まぁ、他のパーティーも似たような状況なので、《血盟騎士団》がタンク隊を受け持つ事が多い訳なのだが。
――――でも今回、それが通用するかどうか……
レイドの戦力分布とこれまでの経験を踏まえ、胸中で独語する。
パーティーによって多少の偏りが生じているのはギルドの特色に影響を受けていると言える。厳密に言えばトップの影響か。
ヒースクリフさんは《神聖剣》を使う前からタンクとして優秀だった。《血盟騎士団》にタンクが多いのは、あの姿に憧憬を覚えて入団した人が多い故である。アタッカーもタンクを兼務出来る辺り筋金入りと言えよう。
《聖竜連合》はリンドの攻撃的な性格――――と言うよりは、アンチビーター運動によってアタッカーが多くなっている。元々過激派揃いだからとも言える。
《アインクラッド解放軍》のバランスの良さは、ディアベルの慎重さとキバオウの大胆さが合わさった結果だ。一点特化という訳では無いが、二人の思考・思想が融合したからこそあらゆる局面に対応出来るビルド構成になっている。
――――しかし、ボス戦に於いて最重要なのはタンクだ。
ボスは巨体の持ち主故に、素の攻撃範囲が基本的に広い。腕を薙ぐだけで10人近くは軽く吹っ飛ばされる程には。
そしてボス特有のスキルは、見た目よりも攻撃範囲が更に広い。所謂衝撃波というやつだ。ドラゴン系ともなれば扇状に広がるブレス攻撃なども脅威である。
これらは一撃の威力が高いので、防御してダメージを減らさなければならない。しかしスピードアタッカーなどは防御面に難があるし、下手に武器で防ごうものなら耐久値全損で攻撃手段を喪う事になる。
そこで活躍するのがタンクだ。彼らは防御力値と耐久値が極めて高いタワーシールドを標準装備としているから、横に並んで壁になれば、殆どの攻撃をしっかり防いでくれる。削りダメージも他のプレイヤーよりは少ないから防御回数も多い。
ボスと渡り合うにはダメージを与えるだけでなく、攻撃から身を護る術もしっかり備えておかなければならないのだ。
その役目を担っているのが基本的には《血盟騎士団》のメンバーなのであるが、7パーティー居るのに対し、《血盟騎士団》のタンク隊は1パーティーしか居ない。もう1組はアタッカーだ。
これまでのボス戦は、攻撃の過半を《血盟騎士団》のタンク隊が防ぎ、体力が半分ほどになったら《アインクラッド解放軍》や《聖竜連合》の臨時タンク隊と後退。回復した後はまた交代、という流れだった。
しかし、《血盟騎士団》以外のタンク隊は、あくまで臨時のもの。装備している盾もタワーシールドでは無く、円盾ラウンドシールドや騎士盾カイトシールドのような、攻撃の邪魔になりにくい形状を優先した軽量なものばかり。そんなものでボスの攻撃を何度も防げる筈がない。
これが成り立っていたのは、最前線で壁になり続けるヘヴィタンクヒースクリフさんの堅牢さと、一度も下がらずボスの攻撃を躱しながら隙を突くスピードアタッカーとライトタンクを同時に兼務していたキリトの猛攻があったから。ボスが広範囲や重攻撃スキルを使おうとすれば即座にキャンセルするべく動く二人が居たからこそ、これまでタンク勢は崩壊しなかった。
第三クォーターのボス《オリジン・リーパー》の初撃をヒースクリフさんが防いだように。
即死した事に動揺した者達をキリトが咄嗟に庇い助け、ボスを《剣技連繋》で押し留めたように。
《アインクラッド》の剣と盾が揃っていたからこそ、このレイドはただの一度も敗北を経験しなかったのだ。
それが今は盾しか居ない。確かに防御は重要だ、最硬と言えるタンクが居るのは心強い。
しかし、そう安心するにはキリトの存在が大き過ぎた。多くの事を彼が一人で行い、リカバリーもしていたからこそ、彼が抜けた穴が大き過ぎるのである。
勿論彼が周囲の事を考え行動してくれていた事だ、それを責めるつもりなど無いし、そんな事をする資格は誰にも無い。
ただ、そう――――不安なのだ。
皆を信じていない訳では決して無い。一年半の間、攻略やボス戦で戦場を共にした仲間だ、皆の実力や性格はよく分かっている。彼らの力は信頼出来る。
でも、この場にはあの少年が居ない。姉以外に自分が真に心を許せる剣士が居ない。
それだけで胸の裡に影が差す。
「――――はっ」
そんな己を鼻で嗤う。背中を任せてもらえる/隣に立って共に戦える/彼を支えられるよう強くなると決意したクセに、と。
今の自分の顔は、きっと嘲りに歪んでいるに違いない。己に対する嘲りに。
彼が居なくても戦えるのでなければ、支えられる筈も無かろうに。
――――この不安を、キミはずっと背負っていたんだね……
自分には今、共にボスと戦う仲間がいる。
でも彼は殆どの戦いを一人でこなして来た。マッピングも、ボスの偵察も。今自分が抱えている何倍、何十倍もの不安をずっと抱えていたに違いない。
その不安をおくびにも出さず戦い続けて来た彼の精神には、感服する他ない。
環境や境遇の違いから彼と自分の反応が異なる事は理解している。自分が彼と同じ事が出来ないのだって、彼では無いから当然だ。彼が出来たなら自分も出来るなどと驕りを抱いてもいない。
それでも、彼の凄さは分かる。
尊敬する人の凄さが分かる。敵わないなぁ、とすら思う。
でも、だからって諦めて良い理由には、決してならない。
彼に出来た事があるように、ボクだからこそ出来る事がきっとある。
彼と違って自分はコモンスキルしか習得していないし、武器も他の面々と同ランクのもの故に突出した特徴も無い。
でもそれは、かつてのキリトだって同じだった。装備やスキルによるものではない、確固たる信念と覚悟こそが彼の根幹なのだ。
スキルや装備に特徴が無いから、なんて言い訳に過ぎない。
出来ないのは環境や境遇に違いがあるから、なんて逃げに過ぎない。
誰だって条件は同じだった。否、幼い彼は皆より不利ですらあった。それでも元ベータテスターで情報があったとしても、それを的確に使いこなし、取捨選択し、生き永らえて来たのは彼の努力に他ならない。それを否定し、右往左往していた己を肯定するのは怠慢であり、傲慢だ。
故にボクは、自身の全てを研鑽する事を己に課す。
――――待っていて。
――――時間は掛かる、間違いなく膨大な時間が。
――――でも、絶対に、辿り着いてみせるから。
――――キミに誇れる、キミにこそ誇れる、ボクなりの『窮極』への道筋を見付けてくるから。
――――貴方を安心させられる/支えるに足る者に、なってみせるから。
それは、新たな誓い。
想いを寄せる相手を助けたい、支えになりたいと思う己が立てた、新たな宣誓。胸に抱く思慕の情と尊崇の念とが混在するそれは、これからの己を新生させるに足る覚悟。
共に歩む事こそが対等な関係だ。
追い付くこと、同等の力を得る事は決してゴールでは無い、むしろそこに至った時こそが漸くのスタートライン。追い抜く勢いで歩まなければ置いて行かれるだけ。
そんな関係は、決して対等なものではない。
彼の将来をしっかり見据え、想うのであれば、自分もまた全てを捧げる覚悟を以て研鑽に励む義務がある。そうでなければ、彼の全てを背負う事など出来ない故に。
――――その第一歩が、この戦い。
不安は、ある。どれだけ経験を積んだとしても決して無くなる事は無いだろう。
だが、それでいい。この不安こそ、感じる恐怖こそ己が超克すべき壁だ。壁を意識しなくなってしまえば、覚悟は腐敗する一方である。明確な目標/敵/壁があるからこそ人間は己を磨くのだ。
超えられない筈が無い。超えられる可能性を前提にこの世界は構築されている。可能性があるのなら、それを掴み取れない方が悪い。
己の誓いを守るなら掴み取る事など出来て当然。
諦める訳には決していかない。大切な者を真に想うならば、諦める事など出来はしない。
「――――ではこれより、ボス攻略の最後の打ち合わせを行います」
覚悟を新たにし、誓いを新たに立てながら、アスナ主導により始まった打ち合わせに意識を傾けた。
***
――――《ザ・ガストレイゲイズ》。
それが第七十六層迷宮区の最奥に居るフロアボスの名前。
宙に浮く巨大な丸い肉塊に大きな一つ目。肉塊のそこかしこに不揃いな牙が並ぶ小さな口があり、枝のように飛び出た触手の先にも口がある。そんなグロテスクな見た目のモンスターがボスだった。
アルゴを始め、多くの情報屋が走り回って手に入れた情報によれば、ボスの弱点属性は刺突。弱点部位はよく目立つ目玉。
他に注意すべき点は、HPが減れば《邪眼》と呼ばれるスキルを使って来るという事。目玉を潰せば防げるが、放たれてしまえば数多のバッドステータスを被る事になるという。毒や出血ならまだいいが、麻痺が掛かれば最悪だ。
そのため、弓使いである私は彼我の距離を維持しつつ、弓に番えた矢を目玉に向けて放ち続けていた。
「喰らいなさい……ッ!」
弓を立てたまま、膝を折って腰を据えて番えた矢を引く。力強く引いた時間が一秒に達した時、弓矢が緑の光を放ち、自動的に体が動かされる。
空気の断層を貫く音と共に放たれた本数は六。
その全てがボスの目玉に突き刺さる。着弾までにラグがあるため狙っていた中心の瞳に中ったのは六本中三本だが、結果は上々。《ヘイル・バレット》はボスにすら通用する毒のデバフを付与する特性があり、クリティカルポイントに入ればまず確実に効果を発揮する。
数秒に一度のダメージではあるが、出血と違いこちらは割合のダメージ故に総ダメージ量は少なくない。ともすれば前衛のアタッカー勢に勝るか。
『■■■■■■■■■ッ!!!』
当然そんな事になればヘイトは溜まり、ターゲットは移る。ふよふよと宙に浮くボスは言語化不能な咆哮と共にこちらへ近付いてくる。
それを阻止するべく、前衛の剣士達が動いた。
「お……ォォォォおおおおおおおッ!!!」
ボスの前に躍り出たのは【紅の騎士】。裂帛の怒号と共に、騎士は左腕に持つ十字の盾を振るった。《神聖剣》の恩恵により攻撃判定を付与された盾は、重厚な打撃音と共に、ガストレイゲイズを怯ませる。
攻撃は続く。パッシブスキルの恩恵を受けているが、ソードスキルを代表とするアクティブスキルでは無い故に硬直は無く、騎士の攻撃は連撃へと昇華する。
放たれるは剣と盾とで行う連続攻撃。数は十、色は紅、階位は最上。《神聖剣》が有する最上位剣技《アカシック・アーマゲドン》が異形を襲う。重い打撃音と風切りを伴う斬撃音とが木霊する。
重攻撃に分類された打撃攻撃故に、異形は動けず、されるがまま。
「ユウキさんッ!」
「行くよ、リーファッ!」
その隙を突く、二つの影。
一つは翠。《刀》に等しく、しかしカテゴリとしては《片手剣》に分類される翡翠の長刀を、翠の剣士は両手で構える。半身を引き、刃筋を天に立てて敵を見据えていた。
もう一つは紫紺。然る剣士より託された漆黒の剣を手に、半身を引き、突き出す構えを取って異形を睨む。
「「――――ッ!」」
刹那の間の後、両者は視線を躱す事無く、しかし示し合わせたように駆けた。瞬く間に騎士の左右を抜け、宙に在る存在へと刃を振るう。
閃く翠は合計八閃。《片手剣》の柄を両手で握っていながら、彼女はこの世界の象徴とも言える世界の剣技を放っていた。彼女のスキルと武器が《片手剣》であると知っている面々は目を剥いて踊る妖精に注意を向ける。
だがしかし、もう一つの存在もまた異質。
紫紺の剣士は引いた剣に紫紺の極光を纏わせ、瞬間五発の刺突を放つ。その剣尖は右斜め上から左斜め下へと等間隔に突き込まれ――――五発目の剣を引いた直後、すぐさま真上へ剣を持ち上げ、今度は右斜め下へ向けて五発の刺突を放った。
交差する、肉塊を穿つ十の穴。
既に既存の最上位剣技に匹敵する連撃数だが――――
「――――ァァァァァァああああああああああああああああッ!!!」
その交差する一点に、気迫の籠った声と共に十一発目の刺突が突き込まれる。
直後、紫の閃光と爆裂が起こる。それに紛れて異形の絶叫が響く。当然だ、十一発の刺突全てが目玉を穿ったのだから。
翠の剣士/リーファが放った八連撃は、【黒の剣士】キリトが編み出し授けたオリジナル・ソードスキル《八刀一閃》。命名は彼女がしたようだが、しかし瞬間的に八撃もの斬撃を放つ速さは、確かに彼の能力を垣間見せていた。《片手剣》でありながら《刀》と同様の運用が出来、威力も速度も折り紙付きであるその技は、両手で剣を振るってこそ真価を発揮する妖精に最適である。
紫紺の剣士/ユウキが放った十一連撃は、彼女自身が以前から編み出していた独自剣技を、オリジナル・ソードスキルとして世界に認めさせた代物。名を《マザーズ・ロザリオ》。真の意味で独自に編み出されたそれは、彼女の図抜けた才覚の象徴と言える。既存の片手剣スキルのどれよりも多い連撃数、そして精緻に美しい剣閃こそが物語る。
――――第七十六層ボス戦開始より、一時間が経過した。
【黒の剣士】が居ない初のボス戦は始終攻略レイドの流れにある。
彼が居たボス戦を知らない身からすればどう違うか分からないが、それでも『流れ』くらいは分かる。何度か危ない場面があったものの、ヒースクリフが横からカバーに入り、それを周囲のアタッカーやタンクが援護する流れは、少なくともこのボス《ザ・ガストレイゲイズ》には有効だった。
まずこのボスの攻撃手段は、基本的に全てが近距離のものばかり。巨体故に攻撃範囲はそれなりにあるが、盾持ちが並んで亀になってしまえば十分防げる範囲内だった。
また攻撃方向は眼球が見える正面のみ。左右にも若干攻撃が届く事もあるが、しかし背面には絶対攻撃が届かない。つまり囲んでしまうか、ターゲットされたプレイヤーが正面に陣取り、残りが背面に回れば一方的に攻撃出来てしまう構図になる。
無論そんな事をすればターゲットは背面のプレイヤーへと移るだろう。
だがしかし、遠距離攻撃手段を持つ私が居た事が功を奏し、尚良い方向に戦況は傾いていた。ターゲットされて私を正面に捉えても、距離を詰めるまでに時間がある。その間に私は幾らでも攻撃が可能だ。毒の状態異常を与えれば尚良い。
そして私がターゲットを取っている間、他の面々は背後から攻撃が可能。しかも毒ダメージが背面攻撃組のダメージ量を上回っているため、延々と同じ事が繰り返される。
流石に足止めしてくれる人が居ないと厳しくはあるが、こちらも移動しながら攻撃し続けていれば、嵌める事が出来る。一度他の人にターゲットが移れば、距離を開けてから再度弱点を攻撃し続ける。
このループを一時間ほど続けた事で、既にボスの体力は底を尽きかけていた。5本あったゲージも残すところ1本である。色は既に赤色だ。
対するレイド側の被害は軽微と言える。流石に前衛のプレイヤーは無傷とは言えないが、距離を開けて攻撃している私は無傷だし、HPが半分を割った者が一人も居ない程に余裕を保っていた。
『――――■■■■■■■■■■■ッ!!!』
その余裕を引き裂くように放たれる咆哮。同時にボスの周囲に赤黒い旋風が渦巻き、近くにいた騎士達を押しのけ、後退させた。
ボスの眼には、怪しい光が瞬いている。
情報にあった《邪眼》を放とうとしているのだろう。
「「させないッ!」」
それを見て声を上げたのは、自分と、槍使いの女性サチ。
私は直立で、弓を縦に構えて矢を番え、強く引いた。すると矢から紅い光が放たれる。手を離せば紅の帯を引いて真っ直ぐ飛翔。そのまま怪しく光るボスの瞳を穿った。
矢が刺さると同時、ほぼ寸分違わぬ場所を紅の槍が更に穿つ。
自分が放った《ウィークネスショット》とサチが放った《ゲイ・ボルグ》を受け、咆哮とは違う言語化不能の絶叫が三度上がる。最後のHPゲージを残り3割ほどまで一気に減らした。
体力を一気に削られた事により、《一時的行動不能》/スタンになり、瞳に瞬いていた光は雲散霧消する。
「はあああああああああああああああああッ!!!」
間を置かず、紅の剣尖が異形を穿つ。
黒の剣に深紅を宿し、宙を奔るように突貫したのは【絶剣】ユウキ。逆光による影の影響で黒尽くめに見える彼女は、迸る戦意と敵へと全てぶつけていた。
その一撃は正確に弱点を穿つ。
ググッ、とゲージが減り、そして空になる。ビタリと異形の動きが止まり――――がしゃあぁんっ、と蒼い欠片へと爆散した。
直後、眼前に表示されるリザルト。一拍遅れる形で空中に現れる金の文字。
私にとって初の、皆にとって最後まで【黒の剣士】無しとなる初のボス戦が、幕を閉じた。
*
踊り場から踊り場まで四十九段存在する階段を上り切り、白亜の扉を潜ったボス攻略レイドの視界に入ったのは、天空に浮いて連なる大地。下を覗けば真白い雲海が広がっている。
この浮遊城の構造を考えれば下には、七十六層の天蓋とも言える大地が広がっている筈だ。
それが無いという事は、つまり自分達が立つ浮遊大地はそれなりの高さにあるという事か。あるいは天蓋に覆われて見えない筈の空を映し出しているように、雲海もまた映し出された虚像なのか。
少なくとも足を踏み外せば一巻の終わりである事には違いなく、誰も大地の端に寄り付かない。
それを考えて設定されているのか、浮遊大地のそこかしこには緑の羽毛を持つ鳥人間《ハーピー》が飛んでいた。
『キェェエエエエエエエエッ!!!』
ボスを倒し、転移門を開通させるまでのおよそ三十分間は、階段がある白亜の扉から主街区までの道でのエンカウント率やリポップ率は極めて低いらしいが、既にポップしているモンスターまでは適用外らしい。視界にレイドの姿が入った途端、一体のハーピーが甲高い鳴き声を上げた。
『キェェェエエエエエッ!』
『キァァァァアアアアアアッ!』
それに引かれるように、周囲でまだこちらを感知していなかった個体も気付き、飛んでくる。その数は九。
「戦闘態勢ッ! 羽ばたきで発生する旋風に厳重注意して下さい、吹き飛ばされたらまず助かりません!」
青銀の細剣を抜いたアスナが指示を出し、注意を喚起する。推察してはいたがやはりハーピーの攻撃の中には羽ばたき攻撃による吹き飛ばしがあるようだった。
奇声と共に飛んでくる怪鳥目掛け、弓を番え、秒間二本前後の速度で矢を射る。風を斬る音と共に飛翔する矢は、先頭を飛ぶ怪鳥に中った。両翼、喉笛、胸、顔面と穿ち、砕け散る。五本の矢で死んだ計算だ。
――――まだまだ、ね。
たった五本。
しかし、されど五本。この程度で満足してはいけない。
攻撃力値を考えれば、弱点を穿てば二本で倒せた計算の筈。顔面と喉笛だけを狙っていれば、残り三本で二体目を倒し、三体目も倒せていただろう。キリトの剣と同等に近い弓なのだ、それくらい出来るポテンシャルはある。
射る速度は諦めている。彼の弓は弦を引けばいいだけなのに対し、こちらは矢筒から引き抜かなければならない、その動作の分だけ遅延を生じるのは必然の理だ。
だから私が求めるのは精密さだ。正確に弱点を射抜く事こそが最大のダメージを引き出す要因であり、弓使いとしての私が持てる強み。射手とは少ない手数で最大の戦果を挙げる事が前提の役割だ。彼に手数で劣るなら、彼を超える精密さを以て差を縮めるのみ。
張り合っている訳では無い。ただ、目標としているだけ。
そして目標とは超えるべきもの。落ち着いて満足する訳にはいかない。
その冷たい思考で、けれど熱い覚悟と共に戦況を俯瞰する。
――――まだ、距離はある。
――――先頭の敵との距離は五十。正面に三体、左に二体、右に三体。
――――接敵する順番は正面、右、左、か。
瞬時に距離を、位置を、数を、接敵する順を把握し、矢を射る優先順位と加減を決める。弓を構えながら、矢筒より矢を抜き、番え――――限界まで引いた時には照準も終えている。同時に指を離し、射た。
一秒の後、矢は先頭を飛ぶハーピーの眉間を射抜いていた。どうやらクリティカルだったらしい、一撃で死んだ。
――――眉間を狙えば一撃、ね。
確かにそこはどんな生物でも即死する弱点だ。ゴーレムや悪魔型だとそうではないだろうし、スライムに弱点など存在するか分からないが、基本共通しているだろう。
なら眉間を狙えば、より敵を倒す速度は上がる。
――――やってやろうじゃないの。
眉間だけを狙い、射抜く。
そんな事、到底出来る筈が無い。そこまで経験を積んでいない私が狙うなんて出来る筈が無い。
だが、強くなるならやるしかない。出来ないからやらないんじゃない、出来るようになるためにするのだ。そうやって経験を積まなければ何時までも出来ないままだから。
これを繰り返して、自らの心を強くしていけば、きっと別の事にも同じ様に出来ると思うから。
その意図を含めながら、瞬時に矢を取り出し、番え、引き終わると同時に照準通りに矢を放つ。直後には、狙った眉間をまた射抜いていた。
周囲からどよめきと、感嘆の声が上がる。
「シノのん、すごい……」
アスナの賞賛が耳朶を打った。
ぴく、と矢尻を挟む指が震えるが、込み上げる感情を一度押し殺す。冷徹な気持ちと思考のまま照準を再度合わせる。
今の一瞬で五は距離を詰められていたが、構わず離す。
すぐさま次の矢を取り出し、番える。その時に四体目のハーピーの眉間を貫いた――――が、中る事が分かっていたかのように、その個体の隣のハーピーに照準を合わせていた。合わせると同時に矢を放ち、また眉間を射抜く。
それをまだ幾度か繰り返し、距離をゼロへ詰められる前にハーピーの群れを全滅させた。
「す……凄いです、シノンさん。百発百中じゃないですか……」
愕然でか、戦慄でか、沈黙が満ちる集団で最初に言葉を発したのはリーファだった。剣士として最高峰に位置する彼女にとっても私の射撃は驚嘆に値するらしく、瞠目していた。
「シノのん、弓道部か何かに入ってたの? それともアーチェリーとかしてた?」
「してないわよ……集中したら、出来るようになったの」
「わぁ、シノのん、射手としての才能があるんだね。すごいなぁ」
「……ありがと」
――――……皮肉なものね。
アスナの賞賛に応じながら、胸中で己を皮肉る。
どうやら私には、少なくとも射手としての素質があるらしい。
何故か分かった、矢から指を離す前には敵に中る事が。眉間を狙い始めてから中る事が分かるようになっていた。集中すれば、という前置きは付くが、この感覚は射手としてこれ以上は無いものだろう。
自分にとって《射撃》なんて忌まわしいものなのに。弓だからいいが、自分にとってこれほど皮肉な事は無い。
恐らくキリトとの鍛練や自主訓練、自分と仲間の命が懸かったボス戦を経験した事で、その才能が開花したのだろう。
嬉しくは、ある。足手まといでなくなるという事だから。
しかし己の過去を考えれば、非常に複雑だ。手放しでは喜べない。まるで人を殺す才能があると言われているように感じてしまう。被害妄想だとは、分かっているが。
――――もしかして、キリトもそうなのだろうか。
ふと、思う。
思い返されるのは、自分とリーファが囚われていて、キリトが助けに来てくれた時の事。
唐突な出来事だったから当時は驚いて理解していなかったが、思い出せば私達に群がろうとしていた男達の頭上から、十五本の矢が降り注いでいた。
かなりの距離があった筈だが、一本につき一人、頭部を正確に穿っていた。
並みの射撃技術では無いし、余程の自信と経験が無い限り、私達を誤って攻撃する事を恐れてその選択は取らない筈。それなのにしたという事は、彼の射撃能力も相当なものである事が分かる。
だとすれば、この感覚は経験者や実力者にとって当然のものなのかもしれない。
《殺しの才能》などでは無く、《経験の賜物》なのかもしれない。
そう考えれば、少しだけ、気持ちが楽になった――――そんな気がした。
はい、如何だったでしょうか。
ユウキってキリトより主人公(以下略)
ユウキ、リーファはOSSを惜しみなく放つように。原作SAOと《片翼の堕天使》の技というだけで《二刀流》より強く思えるのは私だけ?
取り敢えず小学生(キリト)と中学生(ユウキ)に既存スキルを上回るスキルを作られた事実に茅場は泣いていい(愉悦)
加えてシノンは毒デバフ付きの《弓術》スキルでとんでもないアタッカー&デバファーに。ここは《インフィニティ・モーメント》や《ホロウ・フラグメント》を参考にしました。実際彼女がいたから超高難度クエストを突破出来た事は多い。何気にデフォルトで毒デバフ付与を使えるのはシノンだけですからね……(しかもボスにも効く上に使用頻度も高い)
シノンの弓兵としての能力は、キリトが連射性能重視で、差別化を図るため、原作がスナイパーである事も考慮して一発一発を重視するスナイパー型に。その極致が『射る時には中っている事が分かる』という……書いた後に気が付いた。
紅い弓兵の設定を考えたきのこは偉大(確信)
……先達が偉大だと、どう足掻いてもオマージュとかパクリって思われるのが現実よ……
では、次話にてお会いしましょう。
それはともかく……やはり投稿期間が開くと文体の雰囲気が変わりますね。それなのに書きたくても書けないこのもどかしさよ……ウゴゴゴ"(-""-)"