インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話でシリカ編終了です。戦闘シーンなんてほぼ無く、会話ばかりが目立ちます。私の力量不足です。

 ちなみに、オールシリカ視点で回想が入っております。


 ではどうぞ。



第七章 ~ともだち~

 

 

 いつの間にか眠ってしまった翌日、ベッドで起きると、すぐ近くでキリト君が寝ていた。彼は寝台にもたれて床に座って、真っ黒な剣を抱いたまま寝ていた。この部屋は元からあたし名義でお金を払って借りていたけど、多分あたしが寝ているベッドで寝るのを遠慮して床で寝たのだと思う。他の部屋はあたしがここを取ったのを最後に埋まっていたようだし、拠点としている宿に帰るのが面倒だったのかもしれない。

 起き上がろうとすると、ふと、腕の中に柔らかい感触が有るのに気が付いた。

 顔を下に向けると、フェザーリドラが赤い瞳でこちらを見ていた。

 

「ピナ……っ?!」

「きゅ?! きゅるる!」

 

 びっくりしたように体を身じろぎした後、否定するように首を振った。

 それで思い出した。ピナはあたしをモンスターの一撃から庇って死んじゃったんだったと…………もう諦めた方が、良いのかな…………

 そんな風に思いながらごめんねとナンに謝って、あたしはベッドから降りた。すぐそこで寝ているキリト君の前に中腰で顔を覗き込む。

 九歳の身長を再現しているから、彼はかなり小柄なあたしよりも小さい。黒いコートと上下黒のシャツとズボン、鋲付きブーツに指貫手袋…………何で寝ている間もずっとこの装備なのか気になる。

 すぅすぅと穏やかな寝息を立てている彼は年相応の寝顔で、長い黒髪がとても男の子には見えない。容姿だけ見たらきっと女の子…………

 

(そういえばキリト君、起きてる間は割と目つき悪かったっけ……)

 

 昨日話している間の彼は、無意識だろうけどかなり怖い目つきだった。表情も苦しげで、けれど彼がそれに気付いた様子は無かったように思える。それほど無自覚になるまでに酷い扱いを受けてきたのだと分かって、昨日彼に謝罪した。

 彼に関する悪い噂や評判は、実は下層・中層でもかなり回っている。いや、それを流す為の情報屋があるのだから、むしろ上層より遥かに彼に対する悪感情はあるだろう。『織斑の恥キリト、誅すべし』などと大々的に銘打たれた新聞が、アインクラッドの中でもかなりの発行部数を誇っていると、一昨日のパーティーでも聞いた。かなり詳しく書かれているらしく、それを発行しているのはアルゴさんだった。

 情報屋、鼠のアルゴ。アインクラッドの中でも随一の情報屋で、手がけている新聞はアインクラッド情報誌から攻略本、果てには各層の特徴など様々だ。そして攻略組の殆どに繋がりがあり、それは【黒の剣士】ビーター・キリトも例外ではないとまでされている。

 あたしはピナを死なせた日、偶々素材を集めに降りていたらしいアルゴさんによって助けてもらった。彼女は最前線を親しくて信頼できる攻略組プレイヤーと一緒に進む事も多々有るらしいから、戦闘職専門ではないけどかなり強いらしい。

 泣いているあたしの事情を聞いて、『君の自意識過剰も悪いけど、その女も悪いネ』と言って、蘇生アイテムの話が無いか聞いて回ろうかと言ってくれた。今日は遅いから明日にと言って、あたしが泊まっている風見鶏亭に彼女を案内し、取っている部屋で誰を呼ぶのか訊いた。それが正しく悪評が凄まじくある【黒の剣士】だと聞いて、少しだけ顔を顰めてしまった。大丈夫なのか、と。

 それをアルゴさんに見咎められた。それまでニャハハと朗らかに笑っていたアルゴさんは、唐突に冷たい表情になったのだ。

 

「キー坊の事を知らないなら仕方ないけど、あの子を罵ったラ……オネーサン、本気で、怒るからネ……?」

 

 ぞっとする声音で言われ、あたしはこくこくと頷いた。けれど、疑問もあった。彼を悪く言っている最たる人物なのに、どういう事か分からなかった。

 そう聞くと、彼女は哀しげな表情をして、外に浮かぶ仮想の蒼い月を見た。

 

「あの新聞、知ってたノ」

「下層・中層ではコアな読者が多いですから。買ったことは無いですけど」

「そっか、そりゃ良かったヨ…………アレはね、オネーサンが……鼠のアルゴが書いてるわけじゃないんだヨ。キー坊本人から受け取った下書きを、オネーサン名義で売り出してるだけなんダ」

「え? じゃあアレって、本人がわざと悪く書いてるんですか?!」

「そうなんダ……売りに出すこと自体、オネーサンも当然反対したサ。そもそもキー坊がビーターと名乗っている事も、ビギナーとベータテスターの確執によってクリアが遠のくのを防ぐ為に、織斑の出来損ないという悪印象を利用して名乗ったんダ。キー坊は人を守るために全てを犠牲にした、けれど、還ってきたのは憎悪と悪罵の数々だっタ…………それでもキー坊は、自分を犠牲にし続けるんダ」

 

 今もそうなんダ、と哀しげに俯き、フードで顔を隠す。

 

「今も、アインクラッドにいる全てのプレイヤーは、例外なくキー坊によって救われてル。有形では攻略。キー坊は攻略組最強のソロプレイヤーとして、攻略組最強ギルド《血盟騎士団》以上の速度でマッピングをして、オネーサンに情報を渡して被害を食い止めようとしてル。無形では、自身をストレスの捌け口にすることで、茅場晶彦やSAOに対する悪感情の爆発を防いでル。さっき話した情報誌も、それを煽って爆発を防ぐ為の一つの手段に過ぎないんダ。キー坊をPKしようとして団結した集団の話は聞いたことあル?」

「は、はい…………」

「それも、キー坊が煽ってやった事なんダ。PK対象を自分に絞る事で、他のプレイヤーへの被害も少なくし、加えて自暴自棄になって自殺しようとするプレイヤーを食い止めル…………実際、あの子は何度も殺されかかったらしいヨ。麻痺毒を喰らったり、毒を喰らったりネ。全部圧倒的なステータスと勝負勘で切り抜けたらしいけど、でも、それもそろそろ限界らしいんダ」

 

 それはそうだろうと思った。そもそもそんなに自分を犠牲に出来ることも、それらに耐えて戦い続ける事も普通は出来ない。必ず途中で壊れてしまう。

 アルゴさんはあたしの言葉を聞いて、うン、と頷いた。

 

「キー坊は言ってたヨ……『レッドプレイヤーがギルドを立ててしまった以上、もうこれ以上自分の悪感情で食い止めるのは無理かもしれない。下手すれば、自分が煽っていた感情を利用されて、レッドギルドに入るプレイヤーが多くなるかもしれない』ってサ」

 

 レッドプレイヤーとは、殺人を率先してやろうとするプレイヤー。ギルドはその集まりで、大晦日に大々的な情報屋に結成が告知されたらしい。レッドギルドの名前は《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》、首領はPoHという、中華包丁のようなダガーを持つ黒いポンチョの男らしい。何故か惹き付けられるような喋り方の男だと、告知する際に狙われたギルド唯一の生き残りが証言したのだとか。

 

「あの告知を知ったキー坊は、怨まれるのを覚悟でオレンジプレイヤーとギルドを次々に潰していっタ。勿論殺してない、回廊結晶っていうアイテムで監獄送りにしていったんダ。攻略の合間を縫って、少しでもレッドギルドに入りそうな連中を合法的に潰していったんだヨ」

「そ、それを、何でその子が……」

「『俺なら、もしもの時に全ての責を負えるから』……………………言外に、処刑されても困らないって言っタ」

「そ、んな…………?! たった、十歳の子供が……?!」

「そウ…………そして、多くのプレイヤーは、顔も知らない人々のために自分を犠牲にし続ける子供を、自分達よりも圧倒的に幼い子供を平気で貶め、悪罵を投げ、殺そうとするんダ!」

 

 ダンッ! とテーブルをアルゴさんは叩いた。机上のコップが倒れて床に落ち、割れてポリゴンとなって消える。

 

「ふざけるナ! 何であの子ばかりが辛い目に遭ウ?! 何であの子ばかり背負わなくちゃならなイ! 何でレッドギルドの存在が、あの子よりも小さいことと取られるんダ! それだけの事を、あの子はした訳じゃないのニ! あの子は何も悪くないのに、何で人殺しを愉しむ奴らよりも悪く言われるんダ!」

 

 ズダンッ! と二度目の轟音。破壊不能オブジェクトである机は、しかし確かに震えて罅が入っていた。

 

「…………キー坊はね、一時期狂ったように剣を振った事があるんダ。つい一ヶ月前にネ…………自分を責めてたんダ」

「…………? 何でですか? 今の話を聞く限り、その子が悪いとは思えませんけど…………」

 

 悄然と俯き、アルゴさんははぁ……と深い溜息を吐いた。

 

「キー坊は、確か去年の六月から七月中頃に掛けて、とある中層ギルドに協力してたことがあったんダ。協力を依頼されて力添えしていたそのギルドが、ある時一人の女の子を除いて全滅しタ。リーダーはギルドホームを買いに、キー坊はボス攻略に行っている間に、その女の子以外の三人の男性プレイヤーが家具を買うための資金集めに出たんだヨ。二十七層だっタ」

「二十七って…………あそこはアインクラッド一のトラップ地帯でしたっけ」

 

 特に結晶無効化空間化トラップと、モンスターポッピングトラップが多くて、時には同時に引っ掛かるから気をつけろと攻略本にあった。

 

「うン。あそこで攻略組が大きな被害を出すのを予見したキー坊は、率先してあらゆるトラップを解除し、攻略組が無事に通れるようにしたんダ。勿論攻略本にも載せたけど、でもあまりにキー坊が手早くやり過ぎたせいで、他のプレイヤーの意識には残らなかっタ…………キー坊は確かに、彼らに忠告をし続けタ。でも、彼はまだ九歳の子供だったし、無意識無自覚で織斑の出来損ないって見下されやすい立場だったせいか、その男子達は忠告をあまり気にしていなかったんダ。女の子がどれだけ注意を喚起しても、トラップらしい隠し部屋と宝箱を見ても、特に気にしなかっタ…………キー坊は女の子からメールを貰っていた事にボス戦直後に気付いて、その足ですぐに二十七層迷宮区へと向かっタ」

 

 そこでアルゴさんは言葉を止めた。ごくり、と唾を飲む音が部屋に立った。

 机を静かに見つめながら、アルゴさんは口を開いた。

 

「キー坊が辿り着いた時は、丁度宝箱を開けようとした時だっタ。開けるなという言葉は届かず、男は開けタ。キー坊はギリギリで閉じる扉よりも早く部屋に入って、四人を助ける為にボス戦で武器も体力も回復アイテムも消耗したまま戦っテ…………男三人は不測の事態にパニックになってキー坊から離れてしまった事で死んダ。女の子はキー坊の傍で戦ってたから助かっタ。キー坊はその女の子と共にギルドホームで待つリーダーの所へ行って事情を説明したらしイ…………リーダーは、こう言っタ」

 

 

 

『織斑の出来損ないのビーターが、僕達と関わる資格なんて無かったんだ』

 

 

 

 その言葉を聞いて、なんて勝手な事を! と思った。そのギルドに協力を依頼されたから力を貸した、つまりギルドリーダー側が関わったのに、そんな勝手な言葉を言うなんておかしいと。

 そして、その言葉を受けたキリトという子の心は、今の自分よりもどれだけ荒れたのか想像が付かなかった。

 

「リーダーはそれからキー坊の目の前で、第一層の外周部テラスから身投げ、自殺…………その後、付いて行くと言って聞かなかった女の子を攻略ギルドに所属させて、外的要因を利用して自分との距離を置かせて、攻略を続けていっタ…………あの子を理解しているプレイヤーは、それを聞いた少女の話を更に聞いて、危ういと思っタ。何かきっかけが一つあったら、この子は簡単に壊れてしまう、ってネ…………見事にその予想は当たっタ。十二月に入ってから、キー坊は攻略に出なくなっタ。オネーサンも酷く慌てたよ、一切連絡が取れなくなったんだからネ」

「十二月って言えば、クリスマスイベントで大騒ぎでしたね……蘇生アイテムの……」

「そウ。キー坊は正に、そのクリスマスイベントの為だけに、命すらも捨てる勢いでレベリングをしてたんダ。たった一つの、あるかもわからない蘇生アイテムの為だけニ。一人でボスを倒す為ニ…………結果、キー坊は手に入れタ。でも望んだものじゃなかっタ……過去に死んだ人は、生き返らせられなかったんダ。あの時のキー坊の目は……何も映してなかっタ。ただただ虚無が広がっているだけだっタ…………四十九層はその日、キー坊一人によってボスが倒され、五十層へ続く転移門が開放されタ…………」

 

 恐らく、そのまま向かったのだろう……そうか、クリスマスの日、いきなり転移門が開通したファンファーレと光が転移門広場に出たのは、それが…………

 それなら、その子は今、どうしているのだ。自棄なままになって死んだ、いや、でもさっき呼ぶって言ってたし…………

 あたしがそれを尋ねると、アルゴさんは幾分か痛々しいけど、確かに微笑した。

 

「キー坊は全滅したギルドの唯一の生き残りの女の子と、そのクリスマスを過ごして元に戻っタ……いや、今までの中でも結構落ち着いたかナ……死に急ごうとはしなくなったしネ…………彼らを死なせたことは決して忘れず、罪を背負って生きていくって言ってたヨ」

 

 それは……たった十歳の子にしては、重すぎる決断だと思う。とても子供に背負えるものではない…………

 アルゴさんはそこで、何故か微笑した。

 

「キー坊はもう、病的なまでの自己犠牲心の塊だヨ……だったら、オネーサン達は限界まで支え抜くって決めたんダ。だって、大人が、年上が子供を支え、護るのは当然の事だからネ」

「支える、ですか?」

「キー坊は、知っての通り敵が多いからネ。味方がいるって言っていれば、あの子の心が折れることはきっと無いかラ…………痛みを知ってる子は、得てして強いものだからネ」

 

 ニカッと笑ったアルゴさんは、キリトというプレイヤーにメールを送った。送ってから数分も経たない内に了承が返ってきた。

 そして昨日、目の前で寝ている彼と話して、アルゴさんの叫びの声を理解した。

 

 

 

『俺はさ、こんな異常なデスゲームで沢山人が死んでても、それでもこの世界が好きなんだ…………この世界なら、俺は俺でいられる。現実世界で否定され続けた織斑一夏であれて、そして織斑一夏として死ねる。だって皆、この世界では現実とは違う面を自分で持って、過ごしてるんだから』

 

 

 

『この剣で、この世界を生き抜いて、この世界を終わらせて、織斑一夏としての生に終止符を打って、現実世界へと帰りたいんだ』

 

 

 

『俺の、友達の一人になってくれないかな。織斑一夏としてのキリトの、そして……織斑一夏じゃなくなった未来のキリトの、友達に』

 

 

 

 どの言葉も重かった。そして、話している間、気付いていなかったようだけど彼は泣いていた。一度も拭う事が無かった涙は、ずっと頬を伝っていて、でも彼は拭わなかった。気付いていなかったのだ、自分が泣いている事に。鈍いにも程があるのではないかなと思った。

 なるほど、これは支えようと思えるくらいに、健気で純粋な子だ。本心では苦しいと叫んでいるのに、それを押し隠して自分でも気付かなくなってしまっている。支えがなければ、いずれは潰れてしまうなと思った。

 目の前ですやすやと穏やかに眠るキリト君の寝顔は、何時まで見ても飽きず、不思議な感慨と、暖かい気持ちが湧いてくる可愛い寝顔だった。

 ナンがあたしから離れて彼が組んでいる腕の間に挟まり、きゅう、と可愛い声を漏らした。すりすりと胸に体を擦り付けていると、キリト君が少し身じろぎして、うにゅぅ…………と声を上げる。

 

(か、可愛いぃぃぃぃぃ!!!)

 

 彼が寝てさえいなければ、きっと抱きついていただろうなと思う。

 

「おーいキー坊、そろそろ起きなヨー」

 

 ばたん、と扉を開けたアルゴさんと、あたしの目が合った。ぱちくりと瞬きして、次にキリト君に向いて、またあたしを見た。

 ふ、とアルゴさんは微苦笑する。

 

「シーちゃんもキー坊の寝顔にヤラれた口だナ。凄くだらしなく顔が緩んでるゾ」

「え゛」

 

 嘘でしょとぺたぺたと顔を触っていると、アルゴさんがキリト君の肩を揺すり始めた。

 

「おーいキー坊。もうそろそろ出ないと時間的にヤバいんじゃないのカ?」

 

 ゆさゆさと肩を揺すっていると、穏やかだったキリト君の顔が歪んだ。茫洋として焦点が合っていない黒目は、次第にはっきりとしてあたしとアルゴさんを捉えた。はっきりと意識が覚醒したようだ。

 

「…………にゅぁ?」

 

 訂正。まだはっきりしてなかった。

 くすっとアルゴさんが笑った。

 

「キー坊、いい加減に起きテ。じゃないとピナちゃんの蘇生に間に合わないヨ」

「…………あ」

 

 はっきりと声を出したキリト君。急いで起き上がった。

 

「ふ、二人ともごめん。寝こけてた」

「あ、ううん、それは良いんだけど…………アルゴさん、間に合わないって事は、蘇生できるんですか?」

「うン。四十七層の思い出の丘っていうとこに、プネウマの花っていうアイテムが手に入るんダ。それが使い魔専用の蘇生アイテムで、キー坊は知ってたけど確認のためにオネーサンを情報収集させたんダ」

「四十七、ですか…………」

「ちなみに、マスターも行かないと咲かないヨ」

「あたしじゃ、厳しいですね…………」

 

 今のあたしのレベルは42。四十七層ならマージンの十を足して57前後は欲しいところだけど、明日の夕刻が刻限だから時間が無い。

 そこで、キリト君がウィンドウを操作して、あたしの目の前にトレードウィンドウを出した。【イーボン・ダガー】、【シルバースレッド・アーマー】、【シルバースレッド・ベルト】、【フェアリーブーツ】…………他にも幾つかあり、全て非売品アイテムらしかった。

 

「これでシリカさんのレベルを五~十くらいは底上げできる。俺も一緒に行くし、多分なんとかなるよ」

「今回はオネーサンも行かせてもらうヨ。プネウマの花に関する情報はまだ確定的じゃないからね、シーちゃんとナンちゃんも護る必要があるから渡りに船なんダ」

「…………えっと、純粋に疑問なんですけど、確か使い魔ってマスターとなるプレイヤーと同等のパラメータで、HPが半分でしたよね? なら、キリト君の使い魔のナンちゃんは相当強いんじゃ?」

 

 昨日からそうなのだけど、ナンちゃんは寝る時以外は鉤爪を装備していた。

 キリト君はソロで行動することが多くて街にあまり帰らないので、自力で装備の耐久値を回復させるために《鍛冶》スキルも取っているらしいのだけど、ビーストテイマーがそれを取ると使い魔用の武器も作成できるようになるらしい。それで作ったから、使い魔になれる小型モンスターに往々にしてある総合的な弱さを補っているのだ。

 

「まぁ、ナンも幾つかオリジナルの技使えるし……」

「強いっちゃ強いよネ。確か前、フロアボスのLA取ってたよネ」

「どんだけ強いんですか?!」

「いや、だってステータスは俺と同等だし…………」

 

 ああ、なんだかその言葉で納得したかも。年一のフラグボスをソロで倒すんだもんね…………

 

「まぁとにかく、オネーサンも行くって事デ。情報収集も兼ねてというのも本当だしサ」

 

 ニカッと笑うアルゴさんの言葉を断り切れず、三人で行く事が決まった。

 キリト君から非売品アイテムを貰って(返すと言ったけど、女子専用だからと断られた)暫く二人監修の下で短剣の扱いの練習をした。なんとか五連撃は難無く出せるようになったのだけど…………キリト君、強すぎるよ……何で片手剣使いなのに短剣も強いの……

 思い出の丘の道を歩きながら、内心でキリト君の異常性について頭を埋めていた。短剣の扱いには一角のものだという自負があったけど、まさか彼に負けるとは思わなかった。いや、正確には一瞬で負けるとは、か。もうちょっと粘れると思ってたのに…………

 

「キリト君って、本当反則的な強さだよね。ビーターの異名のチーターの部分、すっごく否定しがたい……」

「まぁ、武器スキルは取ってるのは全部コンプリートしたしなぁ…………先月のレベリングの時に」

 

 とはいえ、アレは異常だと思った。短剣の特訓でクルクル短剣回して攻撃、逆手と順手、持ち手を左右で変えながら変幻自在のスタイルをとるのだから。どんな技術だどんな。

 

「キー坊って、そういえばどれくらいの武器スキルをコンプリートしたんダ?」

「片手剣、短剣、細剣、片手斧、両手斧、曲刀、刀、片手棍、両手棍、長槍かな」

「ほぼ全部じゃないカ?!」

「武器限定じゃなかったらもっとある」

「……というか、何でそんなに取ってるの? そんなに使わないよね普通」

「黙秘権を行使する」

 

 ふふん、といった様子で黙秘権を行使され、アルゴさん共々ぐっと押し黙る。そもそもこの世界でスキル構成や熟練度を他人に聞くのはタブーなのだ、パーティーの安全の為に《索敵》スキルを取っているかどうか程度ならともかく、基本は聞く方がマナー違反である。

 途中で足を植物モンスターの蔓で巻かれ、吊るされたりもしたけどキリト君とアルゴさんの連携で、数瞬で倒してしまっていた。

 ちなみにこの時スカートの中を見たかと聞いたのだけど、キリト君に「シリカさんは上に吊るされてたんだから、下を狙った俺が見る事が出来る訳が無い」と真顔で返された。あたしを吊るしていた蔓を斬ったのはアルゴさんだったらしい。キリト君は陽動と本体を叩く役割のどっちも引きうけ、アルゴさんが先にあたしを助ければ陽動として、キリト君の方が速ければ彼が倒す連携だったようだ。

 最奥の祭壇に辿り着いてプネウマの花を手に入れ、周囲の敵は本来あたしよりも格上だからピナは死んでしまうと指摘されて街で蘇生する事になった。三人で街へと戻っていると、街のほぼ直前の橋の上でキリト君が止まった。そのまま歩こうとしたあたしの肩に、アルゴさんが強く手を置く。

 

「えっと、どうしたんですか?」

「…………キー坊」

「うん……」

 

 チャキ、と黒い剣――――エリュシデータという剣の柄に手を掛け、左手の指の間四つにそれぞれ五本ずつ黒いピックを挟んだ(どこに持って、そして何処から出したのだろう……)キリト君は、左腕を大きく横に振ってピックを放射状に飛ばした。

 直後、複数のダメージエフェクトと共にオレンジカラーカーソルの男が九人現れた。

 

「「「「「なッ……?!」」」」」

「何でバレたって顔してるけどさ、俺はビーターだ。スキル無しでも違和感で気付くんだ」

「ちなみにこの話、本当だからネ。オネーサンも何回もハイドで近づいてるのに絶対に気付かれるんだ。しかもハイディングしてる対象が知り合いかどうかまで気付くっていうオマケ付きなんだよネ…………」

 

 アハハ……と力なく乾いた笑みを浮かべるアルゴさんに、驚愕していた男達がキリト君に呆れと驚愕の目を向けた。

 

「……二人とも。俺、何か呆れられてる?」

「う、うん……」

「まぁ、普通そうなるよネェ…………キー坊、化け物並みに強いし鋭いし博識だしネ」

「…………泣いて良いかな?」

 

 グスッ、と可愛く涙目になっているキリト君にちょっとどきっとしていると、唐突に彼がエリュシデータを抜き払った。キン、という金属質な音共に何かが弾かれ、地面に落ちた。既に目つきは元に戻っている。

 地面に落ちたそれは、十センチも無いくらいのナイフだった。

 

「これハ……」

「毒ナイフ…………最悪な予想ビンゴか」

 

 再び左手に残っているピックを振るって投げ、それらは途中で何も無い空間で阻まれた。オレンジの男達はこの展開に付いていけていない。

 

「OH……マジで気付いてんのか。こりゃ確かにスーパーマンみてぇだなオイ」

 

 韻律に富んだ弾性の声と共に、黒いポンチョ姿の男が虚空から現れた。右手には中華包丁のようなダガー、革ベルトを数本足に巻きつけ、ボロボロの黒いポンチョを纏う長身の男。

 

「まさか…………レッドギルドのPoH……?!」

「YESと返すぜ、お嬢ちゃん…………んで、そっちのガキが……………………」

「………………………………………き、さま……」

 

 掠れた声が響いた。

 

「その声……貴様は…………あの時の……!!!」

「WowーWowーWow…………二年ぶりだなァ、織斑一夏……元気そうじゃねぇか」

「何でここにいる……ヴァサゴ・カザルス!!!」

 

 ぎりっと歯軋りし、憎しみの篭った瞳と憎悪の表情でPoHと名乗った、ヴァサゴ・カザルスという男を睨んでいた。

 

「キリト君、誰……? 知り合いなの?」

「…………こいつは、第二回モンド・グロッソの日……俺を誘拐した張本人だ!!!」

「「「「「ッ?!」」」」」

 

 キリト君の言葉に、流石のオレンジプレイヤーも驚愕の声を漏らして距離を取った。道の真ん中が空き、キリト君とPoHが対面する。

 面白い、というようにポンチョから除く目をギラリと光らせ、口を歪ませた。

 

「こりゃ嬉しいねぇ……まさかあの少しの出来事を憶えててくれるとは……しかも名前まで。名乗った憶えは無ぇが?」

「忘れるものか…………俺に戦闘術の基本を叩き込んだのはあんただ……それに、聞こえていたからな。あんたの名前が呼ばれる、たった一回のあの時の事を……」

「Wow…………予想外にも程が有るぜ。まさかたった一回で憶えられてるたぁな……」

「忘れるか……忘れるものか……」

 

 ギシッと黒剣の革の柄が軋みを上げた。それにPoHもダガーを構える。

 

「結構物騒になったなぁお前ぇ。どうだ、俺のとこに来ねぇか」

「…………一昔、何かが違っていたら……もしかしたら殺戮者になってたかもな。けど、今の俺には、こんな俺でも支えて仲間といってくれる人がいる。家族と言ってくれた人がいる。裏切るわけにはいかないよ。それに、俺は俺自身の復讐で殺すっていう誓いは、もう捨てたんだ」

「Why?」

「今の俺が在るのは、歪んで見ればアンタみたいな人がいたお陰だからだ。織斑一夏の存在から脱せたのは、曲がりなりにもアンタみたいな存在がいてくれたからだ」

「それで感謝ってか? …………歪んでんぞお前ぇ」

 

 ククッと笑うPoHだったが、キリト君もまた同じように笑った。

 

「そうだな…………とっくに俺は、歪んでるんだろうな。けどなPoH……いや、ヴァサゴ・カザルス…………ここにいる俺に、それでも味方してくれている人がいる。ならどれだけ歪んでいようが、俺は俺で在り続ける。それを全ての存在から否定されない限り、ずっと」

「……………………逞しくなりやがって」

「お陰様でね…………それで? 俺の予想ドンピシャだった訳だけど……――――まさか、《笑う棺桶》首領一人で攻略組八十人を纏めて相手するつもり?」

 

 その問いにPoHは動きを止めた。

 

「…………冗談きついぜ?」

「俺の予想ドンピシャだったっていう言葉、聞いてただろ?」

「…………Suck」

 

 小さくそれだけ呟き、PoHは転移結晶でさっさと逃げてしまった。圏内にオレンジは入れないのだけど……恐らく、転移できる圏内じゃない所に転移したのだろう。

 

「キリト君、捕まえなくて良かったの?」

「PoHを相手して無事に済むはずが無いし……それに、オレンジギルド《タイタンズハント》を逃したくなかったんだ。幸いにもリーダーは動いてないみたいだし…………――――そろそろ出てきたらどうなのかな、ロザリアさん」

「えっ……?!」

 

 その言葉で、すー……っと茂みから青い顔で姿を現した、革鎧に十文字槍、赤い髪に化粧っぽいのをしたロザリアさんを見て驚いた。

 

「な、なんでPoHなんかが来てるのさ……!」

「さぁね。それで、何でアンタは此処に来てるのかな」

「…………まぁ、ガキなりにしてはやるじゃない。攻略組、そしてアインクラッドきってのビーターを騙るなんて、そうそう出来はしないわよ」

 

 この子は本人です! と言おうとしたけど、それはアルゴさんの手と、キリト君の返す言葉で遮られた。

 

「俺のことなんてどうでも良いよ。それで、俺はアンタに質問したんだけど?」

「……シリカちゃん、どうやら無事にプネウマの花を手に入れられたようね、おめでとう」

「は、はぁ…………?」

「――――それじゃ、その花を渡してもらいましょうか」

 

 にこやかに告げた後、目を眇めながら毒々しい笑みを浮かべて言ってきた。あたしはそれに絶句し、ナンはきゅるぅ……! とアルゴさんのフードの中(被っている状態のフードの中)から顔を出して威嚇する。

 

「…………何? もう蘇生しちゃってるの?」

「ナン、俺の使い魔のフェザーリドラで……アインクラッドで二人目のリドラテイマーだ」

「はぁ? 何言ってんのよ。二人目はビーターでしょう」

「俺の事だな。【黒の剣士】ビーター・キリト、リアルは織斑一夏…………それで、覚悟は良いのかな?」

「な、何のかしら……たかが子供のアンタに、何が出来るっていうの……?」

 

 顔を青くして震えながら気丈にも強気な言葉を発するロザリアに、キリト君は満面の笑みを向けた。

 

「確かに俺はたかが子供だよ……けどさ、さっきの八十人っていうのは嘘だけど――――」

 

 その時、ちゃき……という音が複数した。

 

「攻略組が潜んでるのは本当なんだ」

 

 紫色の髪にカチューシャをした片手剣の少女、似た容姿で細剣を持った少女、白と赤を基調にした服装で栗色の髪の細剣使いの女の人、蒼い服に蒼い槍を持った黒髪の女の人、茶髪をツンツンに逆立ててバンダナを巻いて刀を持った和の甲冑をした男の人と似た意匠の五人が、街の入り口側の道に立っていた。茂みから出てきたのだ。

 

「キリト君……PoHを逃がしても良かったの?」

「犠牲者が増えるから、本当は嫌だけど…………今はこっちの方が先決だから。さぁてオレンジギルド……今日が年貢の納め時だ」

 

 暴れるグリーンのロザリア含めた合計十一人(もう一人グリーンの男が隠れていて、アルゴさんが捕まえていた)を回廊結晶で監獄へと送った後、あたしはキリト君とアルゴさんから他の皆で事情を説明されていた。勿論ピナも既に蘇生している。

 

「――――つまり、ロザリアさんが率いたオレンジギルドを監獄に送って欲しいっていう依頼をアルゴさんが受けて、ロザリアさんを探していた途中であたしと遭遇。話を聞いてロザリアさん本人と分かって、キリト君と合流した、と」

「うン。付け加えて言えば、PoHの乱入はキー坊が予測したんだヨ。アーちゃんやユーちゃん達攻略組も、キー坊の頼みで呼んだんダ」

「さっき話を聞いてただろうけど…………アイツは、俺の体を弄繰り回した研究所に連れてって、更に俺に戦闘術を教え込んだ張本人なんだ。だからアイツが考えてる事は、俺にも大体わかる。技には必ず、その人物の癖が、つまり性格が出るから」

「じゃあ、PoHの行動も…………」

「理解しちゃえるんだよ…………ついでに言うと、大体の手口も」

 

 がくっと頭を埋めるキリト君。ちなみに現在の場所は風見鶏亭だ。

 《血盟騎士団》副団長のアスナさんが、キリト君の頭を撫でながら首を傾げた。

 

「それで、キリト君はどうするの……? PoHを……」

「…………アイツは俺と同じだ。アイツは…………俺が、命を賭けてでも……殺す……アイツを殺せるのは、俺だけだろうから」

「…………一人で背負うんじゃねぇぞ。必ず俺らにも声を掛けやがれ。良いな?」

「うん。ありがと、クライン」

 

 ふっと微笑んで彼は言い、そしてそれで解散となった。キリト君も転移門で最前線へと戻る事になる。

 あたしは、キリト君に言いたい事があって、少しの間二人になれるよう呼び止めた。彼はそれに応じてくれて、キリト君とあたしだけになった。ピナとナンは揃って戯れて離れていた。

 

「それで、話って?」

「キリト君に、お願いがあるの。名前、さん付けをやめて欲しいんだ」

 

 実は結構気になっていたりする。あたしはさん付けされる事になれていないのだ。

 

「…………? それだけ?」

「あとは…………有耶無耶になってたけど……友達、なって良いかな……?」

 

 その途端に目を見開き――――キリト君は、明るく華やいだ笑顔を浮かべて、頷いたのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 本作のキリトも一般プレイヤーと比較すればかなりチート臭くなっております、何せ殆どの武器スキルコンプリート状態ですからね。原作SAOで武器スキルって一体どれくらいあるのか分かりませんが、一応思い付く限り挙げています。

 何故そこまでしたのかは何れ分かります。既にヒントは出ていますがね。

 では、次話にてお会いしましょう。


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