「やれやれ、どうしたものかな」
ナザリック地下大墳墓最高支配者の執務室で、豪華な黒檀の机に肘を突きアインズはその骨のみの手を組み合わせながら、今後の方針を思案していた。
守護者統括であるアルベドから『アダマス』の名を聞かされてから、三日ほど経過していた。
「全てはアインズ様の御心のままに」
室内で静かに控えていた一人の美女がアインズのつぶやきに反応し、言葉を発する。
「そうか、アルベド。お前の忠義、嬉しく思う」
「アインズ様、報告を続けてもよろしいでしょうか?」
「うむ、次は『アダマス』について…だったな。」
「はい。こちらにございます、アインズ様」
提出された紙の束を手に持つと、整った美しい文字に目を走らせる。
先日『アダマス』と名乗る者によって救われたキーン村周辺の捜査を担当させているシモベからの報告を、アルベドが清書したものだ。
以前は存在していなかった高レベルのトラップが村周辺に設置されており、罠解除に秀でたシモベを派遣しても、取り除くことはできなかった。
魔法での監視も何者かによって妨害されており、村内部の様子は分からず仕舞ではあるが、今後また別の方法で調査を続けていくという旨が明記されていた。
アインズは無い眉間に皺を寄せながら首をかしげた、予想だにしない報告に不快感を覚えた為だ。
「なんだこれは…」
「申し訳ありません、アインズ様。現在これといった収穫が得られていない状況でして…」
「確かに捜査隊の指揮を任せているのはアルベドだが、私が他の守護者には内密にせよと、方法を限定してしまっている為だろう。」
「そのようなことは、決して…」
「良いのだアルベド。しかし、おかしいな。」
「アインズ様?」
「いや、私が予想していた者達の中で、高レベルのトラップを設置できるプレイヤーはいなかったんだが…」
(それにもし、「高レベルトラップを使用できる元『アダマス』のギルドメンバー」がいるとしたら、あの男しかいないが…彼が『アダマス』の名を名乗るはずがない。名乗れるはずがないんだ。 そう考えると…)
アインズは口元に手を当てながら思い当たる人物の情報を思い返していた。
「これは、面倒なことになっているのかもしれないな。」
「アインズ様に不快な思いをさせる者がいるのならば、即刻排除して参ります。」
アルベドは手に持つ杖を強く握り締めながら、腰から生えている羽根をはためかせて強い意志を言葉にした。
「違うんだ、アルベド。 この情報から、『アダマス』に関係していたプレイヤーが、もしかすると二人以上ナザリックの近郊に存在する可能性がある。」
「プレイヤー、かつてナザリックに侵入し、不逞を働いた輩のことですね?」
「たしかに、そういう連中もいたが、私の予想が正しければ別人だ。」
(そして、その内一人は、ユグドラシル時代にある問題を起こし、アインズ・ウール・ゴウンが四十一人である理由を作った組織の一人であり、『アダマス』崩壊の原因となった人物。そうであるのなら、『アダマス』と名乗る人物はナザリックにとって敵ではなく、むしろ保護するべき対象になる)
「アインズ様、我々シモベはナザリックの…いえ、アインズ様のお役に立てることを常に願っております。子細なことでも構いません、何でも仰っていただければ、これに勝る喜びはありません。」
手を組みながら深く考えこんでいたアインズに、アルベドは優しく、温かな微笑みで自らの忠義を示す。
「アルベド…」
「アインズ様…」
二人の視線が交差し合い、アルベドの胸の高鳴りが最高潮に達したその時、扉が静かに数度ノックされた。
アルベドは表情を作り直したが、額に青筋が浮かび上がっており、明らかな苛立ちが表出していた。 彼女は一礼した後、扉に向かう。
来客を確認したアルベドが「いい雰囲気だったのに!」と扉の向こうの人物に怒鳴る声が聞こえたが、アインズは聞かなかったことにした。
「シャルティアがご面会を求めております。」
「シャルティアが? 構わない、入れろ」
アインズの許可に従い端正な顔立ちで白蝋じみた肌の絶世の美少女が優雅に入ってきた。
彼女こそ第一階層から第三階層の階層守護者「真祖」、シャルティア・ブラッドフォールンだ。
「アインズ様、ご機嫌麗しゅう存じんす」
「お前もな、シャルティア。それで今日は、私の部屋に来た理由は何だ?」
「もちろん、アインズ様のお美しいお姿を目にするためでありんすぇ」
「ありがとうシャルティア。それよりもお前に伝えておかなければならないことがある」
アインズはシャルティアの真紅の瞳を横目で見つめる般若を無視して、本題に入ろうとする。
「シャルティアはこれからナザリックの外での任務にあたるところだな?」
「はい。これより君命に従いまして、セバスと合流しようと思っておりんす。」
「なら丁度良い。 外での行動について注意を払ってもらわなければならない事柄がある。 『アダマス』と名乗る人物についてだ」
アインズが発した名前を聞いたアルベドが見開いた目を支配者に向けている。
「アインズ様!?」
「アルベド、どうしたでありんす?」
突然大きな声を上げる好敵手を心配するシャルティアに支配者は告げる。
「良いのだシャルティア。 それとアルベド、必要な情報を伝えるだけだ。」
「申し訳ございません、アインズ様、守護者統括の地位を与えられた者にあるまじき姿をお見せしていまい…」
「ん、お前の全てを許そう、アルベド。」
アルベドが胸に手を当て、跪いた姿を確認したアインズはシャルティアに向き直る。
白いドレスを身にまとう美女の方向から「二人だけの秘密が…」と何やらぶつぶつ呟く声が聞こえてくることには一切反応せずに。
「シャルティアよ、話を戻そう。お前に伝えるべきは、まさにナザリックにとって脅威となり得る存在の事だ」
「脅威、でありんすか? 至高の御方に創造された我々にとって、恐れるものなど何もないと思いんすが」
「その考え方は危険だ。いついかなる時も警戒し、注意を払わなければならない。 お前たちは…私にとって、それだけ大切な存在であると認識せよ。」
「アインズ様…それほどまでに、わたくし達の身を案じてくださるなんて…」
アインズの言葉にシャルティアは白い頬を紅潮させながら涙ぐんでしまう。それはとなりにいたアルベドも同じだった。
「んんっ、あー…、脱線してしまったが…シャルティア、これから伝える二名の特徴を持つ者に遭遇した場合、即時撤退し私に報告するのだ。」
「は、はい!御身に従います!」
「よろしい。一人は赤と白の全身鎧に身を包んだスケルトン系アンデッド、そしてもう一人は、白い肌に黒いボディスーツを着た、黄金の槍を持つ人間型の女だ」
「人間…がた、でありんすか?」
「そうだ、その槍使いは人間に見えるかもしれないが、もっと上位の存在だ。 そうだな、神と言っても良い。」
「なんと、そのような者が…」
「それ以外にも注意すべき相手はいるが、その者の外見に関する情報は持っていない為に何とも言えないが…ただ、決して油断はするな。」
「はい!アインズ様!」
アインズはシャルティアの素直な返事に深く頷いた。
「シャルティアよ、必ず無事に戻ってこい。それこそ、我が望みだ。」
「はっ!」
凛とした声が響く。
「下がってよろしい、シャルティア。それと退室したならばデミウルゴスをここに呼ぶようにナーベラルかエントマに伝えてくれ。次の策について話をしたいことがあると。」
「畏まりんした、アインズ様。」
シャルティアが姿を消した後、再び部屋はアインズとアルベドの二人だけとなる。
「よろしかったのですか?アインズ様。」
「うむ、そろそろ…皆に伝えるべきだろう。鎧のスケルトンか、槍使いであれば遭遇したところで恐らく危険は無い。」
「それは…どういう意味でしょうか?」
「その二人は、我が友の友…だからだ。」
「な! 至高の御方であらせられるどなたかのご友人! であれば、すぐにでも接触を――」
「待つんだアルベド、その前に厄介な存在がいる。」
「例のトラップ使いでしょうか?」
「そうだ。 その者こそ、まさにナザリックの…いや」
(俺たち…ユグドラシルプレイヤーの『敵』である可能性が高い)
アインズの瞳の奥にある赤い灯火が、「憤怒」という感情で揺れる。
「それにしてもアインズ様、その『アダマス』とかいう者、というか組織でしょうか…随分とお詳しいのですね。」
「ああ、私に限ったことではないが、ある事件があってな。」
「事件、ですか。」
「情報、というものの重要性と価値をアルベドはよく理解しているな?」
「はい。 戦いと呼べるモノにおいて、個々の戦力や技術、物量以上に重きを置ける分野と認識しています。」
「その通り、かの『アダマス』はそれを奪われたのだ。」
「奪われた、つまり何者かによる故意での漏洩」
「拠点の場所や内部構造、トラップの数と配置。組織の戦力、装備、戦闘要員の特徴、ステータス諸々全てをだ。」
「スパイが…いたのですね?」
「間者、というには公開の範囲が余りにも広すぎた。まるで『アダマス』を崩壊させることだけを目的としているような手口だった。」
「アインズ様は、例のトラップ使いが、その間者だとお考えなのですよね?」
「そうだ。」
「おかしくはありませんか? 『アダマス』を殺した者が、『アダマス』を守るなんて…」
「あるんだよ、その理由が…。」
アインズとアルベドの視線が交差したその時、扉が数度ノックされた。
アルベドは既視感に苛まれながら、アインズに一礼してから扉へ向かう。
アインズはアルベドの背中に向けて、重く深い意志を込めた言葉を告げる。
「続きは、デミウルゴスと一緒に聞いてもらうとしよう。 確実に獲物を仕留める為に…」
マーレ「アインズ様の個人的な恨みを買うなんて…」
アウラ「ご愁傷様にも程がある」