骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 アダマスによって九死に一生を得た冒険者チーム『漆黒の剣』 
 キーン村へ案内された彼らは、村長と会食をすることになったのだが…


三話 「漆黒と巨星」

 

 キーン村の外観は一見寂れた農村。その中央に建つ白と黒で整えられたシンプルでありながら相当の価値を感じさせる洋館。襲撃の跡が所々に見受けられたが、それでも立派な建物であることは一目瞭然だった。

 ペテルはその館内、食堂にある十人掛けのテーブルの一席に座っている。

 今この場には村長と自分達冒険者チーム『漆黒の剣』との五人だけだ。

 周りを見渡せば魔法の明かりが灯った照明が立派な柱と天井に飾られている。気がつけば仲間たちもこの混沌に脳が追いつかず眼を白黒させていた。

 

 その様子に小さな笑い声を零しながら邸宅の主が冒険者達を導く。

 

 「皆様お疲れでしょう、どうぞ遠慮なさらず召し上がってください。 アダマス様がお連れになられた大事なお客様なのですから。」

 

 ペテルが村長に抱いた第一印象は、“田舎村には似合わない美女”だ。日に焼けたように見える褐色の肌は、もともと色が濃い人種ではないかと思う。薄紫色の長髪は艶やかで農作業に汚れているわけではないし、細く引き締まった身体は寧ろ――

 

 「ペテル様? 私の顔に何かついていますか?」

 「いえ、とても…綺麗な方だな、と。」

 「まぁ、ペテル様はお上手なのですね。」

 

 ヴァーサの言葉に思考を中断されたペテルはまた嫌な予感を覚える。こちらの考えを読まれ、故意に思考を停止させられたような感覚だ。

 

 「おいペテル、そういうのは俺が先に言うところだろ。」

 「あ、ああ…すまない。」

 

 となりに座るルクルットに肘で小突かれながらも一度芽生えた疑惑は薄れることなく、頭の隅にこびり付いてしまった。

 見れば他の仲間は既に食事を始めている。ルクルットは既に半分は食べ終えていた。

 ダインは祈りを済ませた為、ニニャは丁寧にゆっくり食べている為にルクルットよりは食べ進めていないが、一口も食べていないのも、村長に疑念を感じているのも自分だけだった。

 

 この疑念は杞憂だと、心のなかで自身に言い聞かせながらペテルは食事に集中することにした。

 

 「聞けば皆様も危ないところをアダマス様に助けられたとか」

 「――そうなんです! すごかったんですよ!! …と言っても、僕たちもボーンさんが何をやったのかよくわかってないんですけど。」

 

 ヴァーサの言葉にニニャが口の中のものを飲み込んでから、威勢良く話し始める。チームの中でも一番アダマスに憧れているのはニニャじゃないかとペテルは思っていた。

 

 「よくわからない…とは?」

 「急に俺たちの目の前で爆発が起こって、それを見たモンスターの大群がビビって逃げちまったんだよ。 で、その爆発を起こしたのがボーンさんってわけ。」

 「何らかのマジックアイテムを使われたと思うのですが、僕らを助ける為に貴重なアイテムを使ってくださったボーンさんに何か恩返しができれば良いんですけど」

 

 質問に答えたルクルットの後にニニャが胸の前で手を組みながら感動を表現する。

 あれ程の大爆発を起こしたマジックアイテムなのだから、とても高価なものに違いない。 ペテルもニニャと同じ感想を持っている為、アダマスへの恩義は返すべきだと考えていた。

 

 「金銭でお返しすることはできなくとも、我々冒険者だからこそ強者であるボーン氏にお渡しできるもの…であるな。」

 「ええ、先ほど皆で話し合ったんです。ボーンさんはその力に見合った評価を受けるべきだと。」

 

 ダインの言葉にペテルも続く。自分たちが冒険者と名乗った特のアダマスの様子から、冒険者組合を知らないと考えたペテルは、アダマスを冒険者に誘い、実力に見合った冒険者プレートを身につけてもらうことで、そのプレートこそ『漆黒の剣』と『巨星アダマス』との奇跡の出会いを示す一品なのだと。 チームの中で思い出にしたかったのだ。

 

 「そう…ですか。」

 「―村長、ボーンさんはこの村の用心棒をされてるんですよね。あくまで我々は提案として、ボーンさんに冒険者になることを勧めたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 「たしかに、アダマス様は素晴らしいお方、受けるべき評価はあるはずです。それに何か目的をお持ちな様子、いつまでもこの村に留まって頂くわけにもいきませんから。 残念ですが…」

 

 アダマス程の戦士に守られる。これほどの安心は無い事はペテル自身もよくわかっていた。

 彼が自分のチームに入ってくれればとも思うが、それには自分たちがあまりに弱すぎることも理解している。

 しかし、強者が強者として見合った評価を受けていないことに戦士として、男として我慢がならなかったのが大きい。

 ヴァーサが食事の手を止め、顔を伏せる姿にペテルはこれ以上声をかけることができなかった。

 

 

          ●

 

 

 夜の色がゆっくりと引き潮のように陽光で塗り替えられ始めたころ、窓枠と壁の間にある隙間から朝日がアダマスの仮家に差し込む。

 

 『漆黒の剣』と別れた後、この部屋に戻ってからずっと道具の整理をしていた為、時間の経過にいつも以上に鈍感になっていたアダマスはその光でやっと時の流れを認識していた。

 この世界の冒険者とは一体どのような存在なのか、想像通り世界中を旅したり、沢山の出会いや別れ、過去自分がいた世界で冒険活劇なんて呼ばれてしまうようなドラマチックな毎日に身を置く者たちなのだろうか。 冒険者の話は村人の会話の中で希に出てくることがあったので、尋ねたことはあるが、皆一様に渋い顔をして返事に困っていた。

 本当に渋い顔だった。恋人が作った料理に「まずい」と言えない男のような、何とも言えない表情をしていたのだ。 

 

 冒険者とはそれほどまでに危険な職業なのだろう、と身を引き締めはしても興味がなくなることはなかった。

 

 冒険者になろう。 そうアダマスは考えながらも、何もなしに村を出ては野良猫に餌を与えた後で、それ以降何も与えないのと同じだ。餌を与えられた猫は狩りを止め、やがて飢えて死んでしまう事もある。

 であれば、通すべき筋というものがある。と手持ちのアイテムの中で、失っても痛くないものであり、最低限の村の防衛に役立つものを探していた。

 

 

 「ん、これなんか良いんじゃないか」

 

 アダマスが空中に突き出した手首が消えたかと思えば、三秒ほどで再び現れる、その手には首が不自然に浮いている陶器で出来た一〇センチ大の人形のようなものが握られていた。

 

 「見た目だけで手に入れたアイテムで、捨てるのも勿体無いとボックスに入れっぱなしになってたものだし、こいつも道具なんだから使われてなんぼだよな」

 

 アダマスが人形に向かって呟いていると、ドアをノックする音が鳴る。

 

 「アダマス様、おはようございます。 朝早くからすみません、村長と…えっと、なんでしたっけ。」

 「昨日はお世話になりました。『漆黒の剣』です。」

 「ああ!はい、そのしっこくの皆さんがお話があるそうなんですけど、入って良いでしょうか?」

 

 「どうぞ。大丈夫ですよ。」

 

 エマとペテルの声が聞こえてきた。アダマスは村長の声が聞こえないのが気がかりではあるが、『漆黒の剣』には自分も聞きたいことがあると、快く訪室を許す。

 

 アダマスの決して広くはない部屋にエマ、村長、漆黒の剣のメンバーがぞろぞろ入ってくる。

 家主の全高二メートル強というサイズもあり、部屋はかなり窮屈な状態になった。 

 

 「ええと、それじゃあ用件を教えてもらえますか?村長と漆黒の剣、同じ話か別々の話なのかは知りませんが。 ああ、急いでるわけじゃないですよ。枕詞とか苦手で、単刀直入な会話が好きなだけですから。」

 

 この部屋には椅子が一脚も無い為に全員が立ったままの状態であることに、アダマスは小さな罪悪感を抱きながら説明を促すと、ペテルが一歩前へ出る。

 

 「ボーンさんを冒険者にお誘いしたい。これは『漆黒の剣』の総意です。 ボーンさんの強さはそれに見合った評価を受けるべきだと思うんです。 昨日の様子から、冒険者について詳しくはないものと思いますので、登録に関する諸々の手続きは我々にお任せください。」

 

 アダマスは願ってもない申し出に、顔の皮膚があれば確実に破顔してしまっていただろうが、そんな浮ついた気分は視界の端に映ったヴァーサとエマの表情に吹き飛んでしまった。

 ヴァーサは俯きながらも何か耐えるような顔を、エマは先ほどの話を初めて聞いたのだろう、スカートの布地を両手で強く握り締めながら見開かれた瞳がペテルを見つめていた。

 

 「今アダマス様が居なくなったらこの村は――!」

 「エマ、それは関係ないの。アダマス様が決めることよ。」

 

 少女の言葉を大人の女性が停める。母が娘の不躾を制止するように。

 

 そして、ひと時の静寂が部屋の中を支配した――

 

 

 「村長、エマさん、ちょっとこっちに来てもらえますか?」 

 

 アダマスの落ち着いた優しい口調にゆっくりと足を進めるエマとヴァーサ。

 

 「ええと、先ずペテルさん達への返事なんだけど、自分が冒険者になるメリットはかなり大きいと思う。実は、昨日から冒険者になろうとは考えてて…」

 

 「そう、ですか―」

 

 「まあ、聞いて。ただ、筋は通したいんだ。 村長、手を。」

 

 ヴァーサは促されるまま震える掌を差し出すと、アダマスはその手を両手で優しく包んだ。 

 

 「ええ!?」

 「あ、アダマス様!!」

 

 手を握られたヴァーサ以外にもエマ、そしてもう一人の高い声が聞こえた。

 ヴァーサは顔を真っ赤にしながら、視線を自分の手とアダマスの顔を何往復もさせていると、手の平に何かつるつるした物の感触を覚える。

 そして、アダマスの手が離されると、そこには小さな人形が置かれていた。

 

 「これは自分の代わりに村を守ってくれる、味方を召喚するアイテムです。 使い方は、この浮いている首を押し込むだけ。簡単。」

 

 具体的に言うと、召喚というよりもこのアイテム自体が巨大化し。元々の所持者として登録されたプレイヤー、今回は『ラージ・ボーン』の五〇%の力を持ったゴーレムに変化する。というアイテムだ。低レベルのプレイヤーを高レベルプレイヤーが不在時に支援する為のアイテムで、ユグドラシル時代は『超劣化版エインヘリヤル』の異名をもつお荷物アイテムだった。

 

 「このような貴重なアイテムを?」

 「助けた人々を放置するのは、最初から何もしないよりも酷いことだと思うので、これが自分の筋の通し方です。 それに、長く空けるつもりもありません。

 冒険者として登録をしたら、一度戻ってきますから。 今後も、この村を自分の拠点とすることを許してもらえますか?」

 

 「アダマス様!!」

 

 ヴァーサの与えられた人形を胸元で強く握りしめながら大粒の涙を流す。

 アダマスは大人の女性が泣く姿を初めて見た為に、内心かなり動揺しながら、これくらいじゃあんなトラウマ事件での恐怖心は拭えないだろうから、泣いてもしようがないよな。と考えていた。

 

 「あの…なんかすみません。」

 

 ペテルは村長の様子につい謝罪の言葉を零す。

 

 「いえ、自分にも目的があるから。その為に冒険者となることはとても有益だと思う。」

 「目的…ですか。」

 「ペテルさん、村の皆に挨拶をしたいので、出発は少し待ってもらっても良いかい?」

 「もちろんです。 ただ、冒険者になるにあたって、一つ問題が…」

 「問題?」

 

 ペテルはチームメンバーにアイコンタクトを取ると、ルクルットとダインが深く頷いたあと、深呼吸をしてから

 

 「見た目」

 「その鎧であるな」

 「僕はカッコイイと思いますけど」

 「いえ、私もカッコイイと思いますし、なにか強力な魔法が掛かっていることは明らかなんですけど…それをしても」

 

 「肩から爪が生えてたり」

 「兜の横の牙であるな」

 「謎の光を放つ腕甲が神秘的です!」

 「下半身の装甲も、まるで魔獣の足―」

 

 「ありがとう、もうわかったから。十分わかったから!」

 

 アダマスは片手で眉間を押さえ、反対の手をペテルたちに向けながら非難の声を止めさせる。

 

 「しかし、急に装備を変えるなんて」

 「まあ、なんとかならなくもない。」

 「え!」

 「予備の装備ならあるし」

 「それはよかったです。」

 

 「それじゃぁペテルさん、村の皆への挨拶もあるから…昼過ぎに村の入口で集合ということで」

 「今日で良いんですか?」

 「善は急げと言いますから。」

 「ボーンさんの母国の言葉ですか?良いですね、私も実践してみますよ。」

 「まあ、そんなところです。」

 

 

          ●

 

 

 『漆黒の剣』が去っていった部屋の中には、先ほどより重い空気が落とされていた。

 そんな場所にアダマス、エマ、ヴァーサの三人だけになっている。

 

 「本当に…すぐ、戻って来てくれますよね?」

 

 エマは深く、意志の篭った言葉を紡ぐ。

 

 「もちろんですよ、大概の事は渡したアイテムでなんとかなると思いますけど、なるべくここに居た方が良いでしょうから。 何より、キーン村はとても居心地が良い。 先程も言いましたけど、この場所を自分の拠点とさせてもらえたら嬉しいんですよ。」   

 「アダマス様、こちらこそよろしくお願いいたします。 長く村に滞在して頂けることは、我々にとって大変ありがたい事なのです。 もちろん、防衛以外でのことでも。」

 

 アダマスはヴァーサの言葉に対し、照れ隠しで咳払いをしながら、何かを言いたそうにしているエマの方へ視線を向ける。

 

 「アダマス様、冒険者として赴かれる先に私も連れて行ってください!荷物運びでもなんでもします!だから―」

 「駄目です。」

 「どうして!」

 「道中、魔物や悪い人間にも出くわすでしょう。自分が想定し得る最悪の事態になった際、あなたを守れる自信がありません。 それに―」

 「それに?」

「エマさん、あなたには私の…まだ借家ですが、この家の世話をして頂きたいんです。帰ってくる場所に蜘蛛の巣が張っているのは嫌ですから」

 

 「アダマス様…私の身を案じて…。 分かりました!アダマス様『専属の』お世話役として、私がんばります!!」

 

 アダマスはやけに力を込められた『専属の』という言葉に、独占欲に似た感情を受けながら、次に挨拶を交わす相手を考えていた。

 

 

          ●

 

 

 「皆さん、待たせたね。こんな感じでいいかな?」

【挿絵表示】

 

 

 「おおぉ!良いですよ!!とても立派な鎧です!!」

 「初めてあの姿を見た時はセンスをうたが…いや、そもそも人間とも思わなかったんだけど、それは中々だと思うぜ。」

 「素晴らしい。まさに『赤き巨星』であるな。」

 「とってもカッコイイです!ボーンさん! 僕は、前の鎧も好きでしたけど!」

 

 村の入口でアダマスを待っていた『漆黒の剣』はそれぞれに新しい全身鎧姿で現れた戦士を褒め称える。

 

 この鎧はアダマスが見た目だけでコレクションしていた装備の一つ。強度はユグドラシルで八五レベル相当であり、一〇〇レベル同士の戦闘には耐えられないが、一応に複数の魔法の力を秘めている。

 アダマスはもし一〇〇レベル級の相手が現れても自身が持つ世界級アイテムを用いることで装備を切り替える時間稼ぎはできると考えていた。

 

 「さっきの罵倒も堪えたけど、あまりに褒められるのも、照れくさいな。」

「事実ですから。それに、これくらいで音を上げてたらこの先はもっと大変ですよ。エ・ランテルに着いたら沢山の人から言われることになるんですから」

 

 ニニャは強者らしからぬ声に破顔しながら、自分の言葉に喜びと期待の感情を込めていた。

 

 「エ・ランテルまでは、徒歩でおよそ一日と半です。途中モンスターとの遭遇を含めた日数ですが、そろそろ出発しましょうか。」

 

 ペテルが道のりを説明しようとした時、村の中央から大勢の人がこちらに近づいてくる。

 

 「アダマス様ー!!」

 

 アダマスに沢山の自分を呼ぶ声が届く。中でも一等大きかったのはエマの声だった。

 

 「アダマス様のお帰りになる場所は私にお任せください! 気をつけて、いってらっしゃいませ!」

 

 エマが叫んだ後、群衆の中から、薄紫の長髪を風になびかせる美女が此方に向かって数歩足を進める。

 

 「アダマス様の健やかでお早いお帰りを村の者一同、心より願っております。 どうか、ご無事で。」

 

 村長の言葉の後に、住人が皆大きく手を振りながら見送ってくれていた。

 

 

 「愛されてるねー」

 

 村人の様子に何故か瞳を潤ませたルクルットがアダマスを茶化してくる。

 

 「ありがたいことにね。」

 「ボーンさんを知れば、みんな好きになりますよ!」

 「それは言い過ぎだよ。ニニャさん。」

 

 

 アダマスはニニャのおべっかと思われる言葉に、照れ隠しを零しながら見送りをしてくれる人々に手を振る。

 

   ――骨太くんのそういうところが、みんなは大好きなんだよ。――

 

 「自分には、まだわかりませんよ。センリさん…」

 

 ふと、かつての仲間の言葉をアダマスは思い出していた。 未だにその理由もわからず、事実とも受け入れられずにいる言葉を。

 

 

 「ボーンさん?」

 「ああ、いや、なんでも無いよ。 少し、思い出していただけだから。」

 

 ニニャがアダマスの顔を脇から覗き込みながら心配そうな顔を見せる言葉に、アダマスは低く、優しい声で返事をする。

 

 

 「長旅であるが、ボーン殿の準備はそれだけであるか?」

 

 ダインが自身の髭を弄りながら、丸一日以上の旅にしては少なすぎる荷物を見て疑問を投げかける。

 

 「マジックアイテムだよ。」

 「なるほど!ボーン殿であれば、今更どのようなマジックアイテムを持っておられても不思議はないのである。」

 

 投擲武器がほぼ無制限に入るウェストバッグや二世帯住宅を埋め尽くすほどの荷物を詰め込めるアイテムボックス。理屈が分からない以上『マジックアイテム』の一言で済ませる以外に伝える術をアダマスは持ち合わせていなかった。

 

 

 「ボーンさん、そろそろ出発しましょうか。」

 「ん、そうだね。 行こうか。」

 「これ程までに心強い旅の友はいないのである。」

 「本当ですよね!ドラゴンでも一撃で倒せちゃいそうです!」

 「さすがにそこまでじゃねえだろ。 二撃はいるんじゃねえの?」

 「あんまり変わらないじゃないか。」

 

 外の世界へと足を踏み出す前に、村人達に浅く頭を下げたアダマスを見て住人も冒険者も眼を丸くしていた。

 

 

          ●

 

 

 日が沈むには早い時間から、一行は野営の準備を開始した。

 アダマスは与えられた木の棒を持って、野営地の周囲に突き立てて回る。五人の荷物を広げる必要があったので、一辺が一〇メートル程度の範囲だ。

 (正直楽しい。なんだこれ、すごくワクワクする。 種族特性で強過ぎる感情は抑えられても、あとからあとからじわじわくる期待や喜びは、なんというか…快感だな。)

 アダマスは一連のアウトドアをかなり楽しんでいた。現実世界ではかなり久しくなっていた事もあり子供のころの感情が呼び起こされるような「童心に返る」という言葉が一番似合う心情がそこにあった。

 

 四本の棒を十分な深さまで押し込み、絹糸をピンと張り終えると、マーキーテントまで戻った。

 

 「お疲れさん」

 「いやいや、何か久々で…楽しかったよ。」

 その場に居たルクルットがアダマスを見ずに感謝の言葉を述べる。礼儀に欠ける態度だが、別に彼も遊んでいるわけではない。先ほどから道具を使って穴を掘り、竈となるものを作っている。 

 

 「ボーンさんって、ずっと一人だっけ。なら、こういうのはあんまりしないんだろうけど、そこんとこどうなの?」

 「休まず歩く。」

 「かーっ!さっすがボーンさんだわ。」

 

 アダマスはルクルットと視線を合わせない会話をしながら、周囲を何か魔法を唱えつつ歩くニニャを眺めていた。

 なんでも、〈警報(アラーム)〉という警戒用の魔法だそうだ。

 

 アダマスは聞き覚えの無い魔法に興味を唆られていた。物理特化の自分にはユグドラシル時代にもあったものなのか、この世界特有の魔法なのか判別がつかないこともあっての事だ。

 アダマスは種族として得た特殊技術“白の極地”を持つ者のみが行えるイベントをこなすことによって少ないながらも自らの魔法習得数を作りだしていた。

 (特別な儀式を行えば、新しい魔法や特殊技術を習得できる?それとも別の方法が?わからないことが多すぎるし、とりあえず今はキャンプを楽しもう)

 

 アダマスが眺めていることに気づいたニニャが、ゆるんだ顔をしながら駆け足で戻ってくる。

 

 「な、なんでしょうか!ボーンさん!」

 「いやぁ、見たことない魔法を使ってるんで、関心があるんだ。」

 「関心!僕にですか!?」

 

 (何か変な方向に話が進んでいく…これ以上はやめておこう。)

 アダマスはやけにテンションの高いニニャに押され、興味を強引に引っ込める。

 

「ニニャ、お前が何でそんな感じなのか俺にはまだわからないんだ。確かに俺たちはボーンさんに助けられた。でもそれは使ってもらったマジックアイテムによるものであって、ボーンさん本人の実力は誰も知らないんだぜ?」

 作った竈から顔を上げずにルクルットが口を挟む。ニニャは笑顔を掻き消し、真剣な表情を作った。

 

 「失礼ですよ!助けてもらったのは事実じゃないですか!」

 「でもよぉ…」

 

 「どうした?二人共。」

 

 様子の変化に気付いたペテルが此方に向かいながら声をかけてくる。

 

 「ルクルットがボーンさんことを疑るんです!」

 「そうじゃねぇって、俺はただ見たいだけなんだよ!」

 

 「一理ある、であるな。」

 

 遅れて登場したダインが腕を組みながら深く頷いていた。

 

 「ダインまで!」

 「違うんだよ、ニニャ。二人はボーンさんの力を見たいんだ。 実のところ、私もすごく気になってたんだ。もし、オーガがあの場で逃げなかったら、どんなことになっていたのか、見てみたいって。」

 

 「それは…僕もですけど。」

 

 ペテルの正直な感想に言葉を詰まらせるニニャを見ながら、アダマスは軽い口調で話し始める。

 

 「良いよ。どんな感じのか見たい?」

 

 「え!見せてもらえるんですか!?」

 

 

 

          ●

 

 

 開けた草原、そこにアダマスは一人立っていた。 一〇メートル以上後方には三角座りで待機する四人組。さながら紙芝居を待つ子供のような様相であった。

 

 「言わなきゃよかった。」

 

 アダマスは後悔の念を吐露する。

 

 「ボーンさん、ご無理はなさらないでくださいね。」

 「かの王国戦士長に匹敵する力を見せて頂けるのであろう」

 「いやそれはないっしょ」

「ボーンさんなら、それを超えてしまうかもしれませんよ!」

 

 協議の結果、アダマスの実力を示す為の方法は「とりあえず派手なのを一発」ということになった。

 示すのは良いが、元来人見知りなアダマスにとって注目されることが、何よりも苦手だったのだ。

 

 アダマスは大きなため息を一つこぼした後、思案する。

 (派手と言ったら獅子王撃系だけど、あれは対象がないと放てないし。それじゃあ、パーッと光るやつにしようか。彼らのレベルなら、このくらいで「すごいですねー」とか言って面白がってくれるだろう。)

 

 

 「じゃあ、行くよー」

 

 「「「「お願いします!」」」」

 

 

 

 アダマスはペテル達に声をかけてから、前に向き直る。緊張を落ち着かせる為に深呼吸を一つ。自身の右拳を握り締め、力半分に地面へ振り下ろし攻撃系特殊技術を発動させる。

 

 ――〈聖なる極撃(ホーリースマイト)

 

 

 光の柱が落ちてきた。そうとしか思えなかった。

 ゴシュゥ、と音を立てながら一条の光がアダマスの眼前へ降り注ぎ、その光の束は徐々に広がり、やがて消滅した。

 

 

 

 「なんだありゃぁ…」

 

 最初に声を上げたのはルクルットだった。

 目の前の光景が信じられないといった表情だ。瞳孔が開いたままもどらないでいる。

 それもそのはず、アダマスの前方五〇メートルを中心に端が発動させた者の足元まで届くほどの大きく円を描く巨大なクレーターが出来ていた為だ。

 

 

 「ま、こんなもんかな。」

 

 アダマスはこの結果にそこそこの威力だと満足しながら『漆黒の剣』が座っている筈の方へ振り返ると、ルクルットが全力疾走で近づき、土下座位の体勢で滑り込んできた。

 

 「すんませんっしたーッ!!!」

 

 「え?」

 

 

 

          ●

 

 

 

 夕日が世界を朱に染め上げる頃、食事が始まっていた。

 塩気の強そうなスープが各自に取り分けられる。

 (さて、どうしたもんかな)

 アダマスの右手には流星の如く二つの瞳をキラキラさせたペテルが、左手にはやたらと身体をくっつけてくるニニャが居た。

 目の前には出来立てで温かなスープの入ったお椀を持ちながらも、まるで極寒の地に居るかのようにガタガタ震えるルクルット。

 そして皆から一人距離を空けるダイン。アダマスの実力試しまショーの後、それぞれに強烈な反応の変化が表れていた。

 

 「ボーンさん、あれは魔法だったんですか!?」

 「いや…」

 「え!それじゃあ、まさか武技!? すごいなー!」

 

 ペテルがアダマスの放った一撃について興味津々な様子で尋ねてくる。顔が近い。

 

 「やっぱりボーンさんはすごいです。あれ程の武技を使いこなされるなんて。」

 

 ニニャがアダマスの鎧に体をすり寄せながら熱い吐息を零す。

 

 「それより、ルクルットさんは、大丈夫かい?」

「へ、へい! 大丈夫です!! そそそそれよりも、これまで大変失礼な口の利き方で本当にすんませんでしたァ!!!」

 

 アダマスの質問に、手が震えすぎてスープを大量に零しながらルクルットが顔を真っ青にして謝ってくる。

 

「いや、それを言ったら自分なんか初対面の皆さんにずっと偉そうというか、上からの言葉遣いになってしまって…」

 

 「上位の強者故に許されるのでありますな」

 

 ダインは昼までと口調が変わってしまっている。

 

 

 「なんというか、皆さんの戦闘を見て、かつての仲間を思い出してつい…」

 「ボーンさんもチームを?」

 興味深そうなニニャにアダマスは言葉につまる。しかしここで変にごまかす必要はないだろう。

 

 「チーム…というには、あまりに大所帯だったけど」

 かつての仲間たちを思い出し、少しばかり口調が重く暗いものになったのは仕方がない。アンデッドの身になったとはいえ、精神の動きが完全になくなったわけでないし、かつての仲間たちはアダマスにとって最も強い想いを抱かせる存在だ。

 

 「自分が弱かった頃、白き騎士と黒い槍使いに救われたんだ。 騎士と槍使いにはそれぞれのチームがあったんだけど、条件的に自分は槍使いの率いる方に参加したんだ。そうやって、自分を含めた四人で、ある組織を立ち上げて…最終的には一〇〇人にもなる大部隊になったんだ」

 

 「おぉー!」 

 

 火の粉が爆ぜる音と共に、誰かの感心したような声が聞こえた。しかし誰の声かアダマスには興味がなかった。ギルド「アダマス」の前進であった最初の四人を思い出す。

 「素晴らしい仲間だった。槍術士、妖術師、召喚師…。最高の友人達だった。それからも幾多の冒険を繰り返し、その中でもあの日々は忘れられない。」

 夢という言葉を本当の意味で知ったのは、彼らお陰だ。現実世界では目的や目標もなく、自分の人生を誰かに生きてもらおうとしているようだ、とも言われたことがあるくらいに満たされない日々を乾燥してひび割れそうだった心を、潤してくれた仲間たち。

 

 「だった…ですか。」

 

 アダマスの口調にペテルを始め、漆黒の剣の皆が何かを察したようだった。

 

 「あ、すまない。 何か暗い雰囲気にしてしまったね。 ええと、村長から聞いてるかわからないけど、自分は願掛けで食事姿を人に見せないようにしてるんだ。 だから、あっちで食べてくるよ。」

 

 「そう…ですか。まあ、それなら仕方がありませんね。」

 ペテルが残念そうに返事をするが、強引に引き留められはしない。

 立ち上がる際に窺った、皆の顔は暗かった。

 

 「いろんなことがあったけど、楽しかった思い出があるから。今は前を向いているんだ。」

 

 アダマスはなんとか、暗い雰囲気を払おうと前向きな発言を一つ落としてから、靴を動かし始めた。

 

 

          ●

 

 

 何かを失った強者は糸を張ったエリアの隅に座って食事を始めているようだった。

 

 「何か…あったのであろうな」

 ダインが重々しく頷き、ルクルットが続ける。

 「今時珍しいことじゃないけど、あれくらい強い人が大切なものを失うなんて…な」

 「私たちはもっと、気を引き締めなければ、本当に全てを失わないように。」

 「そうですね、ペテル。今度こそ、本当に奪われないように。」

 

 「我々が、かの御仁に良き思い出を与えられるよう振舞うというのも、恩返しにつなげられるかもしれないのである。」

 

 皆がダインの言葉に賛同した。強くて優しい人がこれ以上失わないように、たくさんの良き思い出を得られるように。 自分たちには何ができるのか、考えてみるのもきっと素晴らしいことなのだろう、と。

 

 話が一区切りついたところで、突然ペテルが表情を緩ませながら、小さな吐息をもらし始めていた。 それに釣られてか、他のメンバーも似たような表情になる。

 

 「…なあ、アダマスさんの武技、すごかったな。」

 ルクルットの言葉を待ち望んでいたペテルが即座に乗った。

 

 「ああ、あそこまでとは思ってなかったよ! もしかしたら、助けてもらった時の一撃も、武技だったんじゃないか…?」

 「どんだけだよなぁ、ありゃ」

 「人の限界を越え、まさに英雄の領域ですよ!!」

 

 ニニャは顔を赤くしながら熱弁を続ける。

 

 「あれを見た後からずっと思ってましたけど、もうアダマスさんはアダマンタイトプレートでも足りないんじゃないでしょうか!」

 「それは言い過ぎ…と言いたいけど、あの実力を見せられれば言い返せないな」

 「ニニャとペテルの言う通りである。」

 「盛り上がってるねぇ。ま、俺は最初からあのお方は英雄の領域にいるとわかってたけどな。」

 

 ルクルットの発言に六つの白い目が向けられていた。

 

 

 

 

          ●

 

 

 出発から丸一日たった昼頃、一行は目的地、城塞都市エ・ランテルに到着していた。城塞の名に相応しい幾重もの城壁のにある強固な門、検問所を『漆黒の剣』のお陰ですんなり通ることができたアダマスは、新たな問題に直面していた。 自分を見つめる視線である。

 

 「村を出る前に言いましたよ、アダマスさん。その見事な鎧は絶対に注目されるって。」

 「ん、まあ…そうなんだけどね。これほどとは…」

 

 アダマスはいつの間にか呼称が変わっているニニャの言葉に深い溜息と力ない言葉を返す。

 

 「大丈夫ですよ、アダマスさん。すぐに皆があなたの実力を知り、眼差しのもつ色は奇異から羨望に変わりますから。」

 

 「見られること自体は変わらないのな。 しかし、奇異って…」

 

 気がつけば『漆黒の剣』全員が自分の呼び方を変えていた。故意にフレンドリーな雰囲気を出しているような気もするが、自分からそういうことができないアダマスにとってはかなり有難かたい配慮だった。

 

 「冒険者組合まではすぐですから、今日中に登録を済ませてしまいましょう。 アダマスさんも村に戻るなら早いほうが良いでしょうから。」

 

 「助かるよ、ペテル。」

 

 「それほどでも…え?」

 「あ、いや…」

 

 アダマスがペテル達の優しさに甘えて、呼び捨てにしてみたところ、呼ばれた本人が眼を丸くして若干の後悔を抱く男を見つめていた。

 

 「ちょっと、言ってみただけ…」

 

 「いやいやいや、大歓迎ですよ!アダマスさん!どうぞ、これからもそう呼んでください!」

 

 「ぼ、僕もニニャと!」

 「俺も呼んでください!旦那!!」

 「呼び捨ての方が、一層踏み込んだ関係になれるのである!」

 

 呼び方一つで高揚する『漆黒の剣』と戸惑う巨漢は、遠目で見れば親子のようにも見えたかも知れない。

 

 

 

          ●

 

 

 冒険者組合での登録を済ませ、冒険者としては最下級である銅のプレートを首から下げたアダマスは組合の建物の前で一時の別れの挨拶を交わしていた。

 

 「それではアダマスさん、エ・ランテルに戻って来られたら、また声をかけてください。」

 「僕らは先ほどお伝えした場所か、冒険者組合にいますので。」

 「この都市の中なら、俺が旦那の声を聞き逃すことはないはずですぜ。」

 「ルクルットは調子に乗りすぎである。」

 

 「ありがとう、皆。 村の復興の手伝いもしたいから、ここに戻ってくるのは十日後くらいになると思う。」

 

 アダマスは『漆黒の剣』が親しみを込めて接してくれることに、嬉しさと名残惜しさを感じながら、再開を楽みにしておくことにした。

 

 ペテル達はアダマスに一度深く頭を下げたあと、組合の建物の中へと消えていった。

 「アダマスさんが戻ってくるまでどうする?ペテル。」

 「そうだな、この街周辺に出没するモンスターを狩っていようか」

 「数日かかる依頼が入ったら?」

 「アダマス氏がエ・ランテルに来られるまでに帰ってこられる程度のものであれば、受ければ良いのである。」

 

 

 『漆黒の剣』の相談事を聞き流しながら、アダマスは都市の出口へと歩き出す。 

 途中の広場で目にした人物に一瞬視線を取られるが、すぐに前方へと戻す。

 それは漆黒に輝き、金と紫の紋様が入った絢爛華麗な全身鎧に身を包んだ人物。

 面頬付き兜に開いた細いスリットからでは、中の顔を窺い知ることは出来ない。屈強そうな人物に相応しく、真紅のマントを割って、背中に背負った二本のグレートソードが柄を突き出していた。

 

 そのとなりに女性らしい姿も見えたが、アダマスはそれ以上に、鎧の人物こそ警戒すべき相手だと判断した。

 

 

 何故なら、鎧の外見に見覚えがあった為だった。

 

 

 

 アダマスは気を引き締めながらも平静を装いつつ歩けば、何事もなくその人物とすれ違う。

 何事もなかったと安堵しながらも、動きを止めることなく真っ直ぐに出口を目指した。

 

 

 

 キーン村への道中、何者かに追跡されているような気配を感じるも、直ぐにその気配は消えてしまった。

 

 第三者によって強引に気配の元を絶たれたかの如く――

 





 アダマス「いつもの倍もある文字数な上、挿絵まで入れて…投稿が遅れた言い訳にしてもバランス悪過ぎると思う。」

 ヴァーサ「さすがはアダマス様!素晴らしいメタ発言です!」
 ニニャ「やはりアダマスさんにはアダマンタイトプレートでは足りないんじゃないでしょうか!!」

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