骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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転移した世界でどの程度自分の持つ技術や装備が通用するか実験するべく村の外へ趣いたアダマスは、謎の四人組を発見する。

彼ら『漆黒の剣』はトブの大森林から”何らか”の理由で逃げてきた大鬼の大群と遭遇し、絶体絶命の危機に陥っていた。



二話 「命を奪う理由」

 

 アダマスは右手に握りやすい石を持ち、道具に対し複数の強化系特殊技術(バフスキル)を発動させる。

 

 ――〈低位威力強化(ライトストレングス)〉〈範囲攻撃属性付与(ラウンドエンチャント)〉〈中位効果範囲強化(タワーレイブ)〉〈硬度強化(ヒュージアダマント)〉〈打撃属性強化(ブロウストレングス)

 

「こんなところか… この世界に来てから何度か実験はしたものの、実際に攻撃として使うのは初めてだし、こちらの想定に多少の誤差があるとして…」 

 

 ユグドラシルのアイテムはもちろん、この世界にもともとある道具や自然物への強化が可能であることは実験済みだ。

 次に自身への特殊技術〈投擲Ⅴ〉を発動させることで、威力と命中精度を底上げしつつ狙いを定める。 冒険者風の人間四人組前方三〇メートル地点に命中したとして、攻撃範囲は着弾点から半径二〇メートル、大鬼(オーガ)達への牽制と時間稼ぎが十分にできるのを理想として。 アダマスは小石を握る右手を後ろに、半身の姿勢となる。投球フォーム等無しにただ目標をまっすぐ見据えながら―――

 

 「大鬼(オーガ)達、君らに恨みは無いが、より話が通じそうな方を選ばせてもらう。」

 

 小さな懺悔を零しながら、大きく振りかぶり――大鬼達の先頭集団へ必滅の一撃を投擲。 

《ゴォゥ!》と空気を突き破りながらアダマスの手から真っ直ぐに目標へ向かって射出された兵器は大鬼(オーガ)にも、冒険者チームの誰にも気付かれることなく着弾し――

 

 ――ゴバッ!!

 

 まるで巨石が天空から落下してきたかのような衝撃に大地は爆裂し、押しつぶされた大鬼(オーガ)たち―三〇体はいただろうか―は残骸すら残っていなかった。

 爆心地の周りに居た誰もが状況を理解できないでいる事を他所にアダマスは投げ終えた姿勢のまま、想定通りの結果に満足気な笑み―骸骨なので表情に変化はないが―を浮かべていた。

 

 「ふむ…投擲物に威力や範囲強化系バフは効く、と。着弾も巻き込んだ多さもユグドラシルの時と同じ感覚でできるなんて、どういう理屈だ。」

 

 この世界特有の性質(ルール)を完全に把握する為にはまだまだ時間が必要と思われるが、現在のところ魔法、特殊技術、アイテムの効果はユグドラシル時代との若干の差異を含めても特に問題なく発揮されている。

 誰が何の目的を持ってこんな性質にしたのかは知らないが、おそらく自然にこうなったわけじゃないよな。とアダマスはこの世界の在り方に一時思いを馳せる。

 

 「―今はそれどころじゃないな、さて、大鬼(オーガ)達はこれからどうするか。まだ人間を襲うようであれば、直接叩かないといけないけど…」

 

 「オオオオオォォォッ!!」

 

 大鬼(オーガ)は余りの被害と目の前の人間を関連付けたのか一度鋼を鳴らすが如く雄叫びを上げ、冒険者チームとは別の方向に散り散りに逃げていく。

 アダマスは理想通りに事が運び、必要以上の殺戮をせずに済んだことに安堵のため息を漏らす。

 

 「逃がしちゃうけど、戦意のない相手にこれ以上の追撃は『アダマス』のやることじゃないよな。 それに、あの様子じゃ自分がやったってバレてなさそうだし、上々だな。」

 

 

 

 冒険者チーム『漆黒の剣』の面々は一名を除いて突然の事態に脳の処理が追いつかず呆然としていた中、ようやくリーダーのペテルが口を開ける。

 

 「何が起こったんだ?」

 

 「よくわからねぇけど。助かったみたいだぜ。 あれのお陰で」

 

 ルクルットが遠く丘の上にいる怪物を指差しながら仲間に告げた。警戒心は未だ残したまま。

 

 「本当であるか?」

 「お礼を言わないと。」

 

 「「「え!?」」」

 

 魔法詠唱者ニニャの一言に他の仲間は眼を丸くして、信じられないという表情を向ける。

 そんな男たちをよそ目にニニャはアダマスへ向かって走り出した。

 

 

 四人組の様子が落ち着いたら、自分から向かおうとしていたアダマスは逆に向かってきた人間に対し、戸惑ってしまう。

 

 「え! こっちくんの!? どどどどどうしよう! ああ、挨拶はさっきしたし…」

 

 

 

 「待て!ニニャ!食われるぞ!!」

 

 戸惑う怪物に駆け寄る術師、それを必死の恐怖と葛藤しながら追いかける男三人。

 

 

 「助けて頂いて、ありがとうございます!」

 

 「え、あ、どういたしまして。」

 

 身構えるアダマスに深く頭を下げて感謝を伝える。

 

 

 「待ってくれ、ニニャ!まだ味方と決まったわけじゃない!」

 「大鬼(オーガ)と敵対してるだけかもしれないぜ?」

 「ルクルットの言うとおりである」

 

 「事実に目を向けるべきです。 この方のお陰で私たちは助かったんですよ?」

 

 ニニャは口々に謎の怪物への不信感を表す仲間達を熱の篭った眼差しで見つめながら、手のひらをアダマスに向けながら熱弁をする。

 

 「じゃあ何であれ以上攻撃しなかったんだよ?」

 「それは…」

 

 ルクルットの言葉に唇を絞りながら答えを探すニニャ。

 

 

 「ありがとうニニャさん。 ええと、あなたは…」

 

 会話から魔法詠唱者の名前を知ったアダマスは自分を庇ってくれているニニャに感謝の言葉を伝えた後、弓士に向き直る。

 

 「名前を聞くなら先に―」

 「さっき言ってましたよ。アダマン…なんとかって。」

 「アダマス・ラージ・ボーン。」

 

 「ああ、ルクルットだ。」

「ルクルットさんの不審感、ごもっとも。ただ、追撃しなかった理由を言わせてもらうと。戦意のない、逃げる相手だから」

 「相手は大鬼(オーガ)だぞ!?」

 「何であれ、自分に戦う理由は無かった。 なら、君たちに攻撃して良いのか?」

 「!?」

 「理由があれば殺して良いってわけでもないけど、生きる糧とする為、道具を作る為に狩ることや、道や町を作る為に排除することもあるだろう。けど、そんな理由もなく命を奪うべきじゃない。 だから、君たちが大鬼(オーガ)を殺す事に口を出す気はないけど、自分は殺さない。 それだけだ。」

 

 アダマスと自分の価値観の違いに眉をしかめるルクルットに対し、髭を生やした男性が納得したような表情で話し始める。

 

 「この方の言う通りであるな。 考え方、価値観の違うボーン殿に大鬼(オーガ)を倒してもらいたければ、理由…例えば、報酬等を提示する必要がある。ということであるな。」

 「おいおい、あんな力に対してどれだけ金を積めば良いんだよ」

 「本当だな」

 

 『漆黒の剣』のメンバーはアダマスが『敵ではない』と理解し、安心から自然と笑いがこぼれ始めていた。

 

 

          ●

 

 

 「申し遅れました。 私は冒険者チーム『漆黒の剣』のリーダーのペテル・モークです。 先程は本当にありがとうございました。おかげで命拾いしましたよ。」

 

 革鎧を纏った金髪の男性が深く頭を下げる。

 

 

 「んじゃ俺も改めて、野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブ。 ありがとうな。」

 

 全体的に細身で手足が長く、その身体は無駄なものをかなり削ったような印象を受ける男が片手をヒラヒラ軽く振って見せながら自己紹介をした。

 

 「ルクルットはもっと敬意を込めるべきである。 自分は森祭祀(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。 ボーン殿は命の恩人、感謝の極みである。」

 

 口周りの不精ながら立派な髭と、がっしりした体型の男が重々しく感謝の言葉を口にする。

 

 

 「ああ、最後になっちゃいましたけど。ニニャです。」

 「…ザ・スペルキャス――」

 「やめてください!!」

 

 この中では最年少だろう。大人というには若々しすぎる笑顔を浮かべながら名乗るニニャ。その自己紹介にペテルが小声で何かを付けたそうとするのは強引に止められた。

 

 

 「はは、仲が良いんだね。」

 「背中を、命を預けられる。最高の仲間です。」

 「うちのチームは異性がいないしな。いると揉めたりするって聞くぜ」

 「…ですね」

 

 アダマスはニニャが微妙な笑いを浮かべるのを見て、違和感を覚える。正直、ニニャの事を男か女か、判別が付いていなかったのだ。ルクルットの全員男性発言を聞いても疑問を晴らすことはなかった。

 

 アダマスが口元に手を当てながら四人それぞれの装備を眺めていると、ルクルットが急に力が抜けたように地面に座りこんだ。

 

 「だ、大丈夫か!?」

 「き、緊張がとけて、腰が抜けちまった」

 「僕も」

 「俺も」

 「自分は平気である」

 

 「「「そこは座ろうよ」」」

 

 「よろしければ、近くの村で休んで行かれますか?」

 

 九死に一生を得たのだから、心身ともに疲労困憊になるのは当然だろう。自分はただ世話になっているだけの存在ではあるが、多少恩人ということで融通は利かせられるはずだと思い、一行をキーン村へ誘うアダマス。

 恐らく自分の事を人間だと思っているのだろう。一言もそんなことは言っていないが、無駄に嘘をつくこともないだろうと、心の中でそう呟いた。

 

 

          ●

 

 

 時折休憩を挟みながら『漆黒の剣』と共にキーン村へと向かい進み続け、村が見える頃には日は沈みかかっていた。

 外出中、村に変化は無かったようだ。入口に青筋を立てた村長、ヴァーサ・ミルナが仁王立ちをしていること以外。

 

 「お!か!え!り! なさいませ!」

 

 彼我の距離が数メートルに差し掛かったところで、白い歯を見せながら満面の笑みで出迎えてくれたヴァーサを見た、ルクルットはアダマスに耳打ちをする。

 

 「なぁ、ボーンさん。ありゃ奥さんかい? 正直オーガよりおっかねえ」

 「違うけど…おっかない事には同意する。」

 

 

 「話はエマから聞いています、ですがボーン様、私に挨拶もなく出かけられては…」

 「ごめんなさい!!」

 

 「奥さんというより、おかあさんって感じだな」

 

 腕を組み、決して大きくは無い声で淡々と話すヴァーサに対しアダマスは恐妻家のように何度も頭を下げながら謝罪する。その様子にペテルは思ったことが漏れてしまっていた。

 

  

 

 「上位モンスターと見紛う強者が綺麗な女性に頭を下げる図」

 「シュールであるな。」

 

 ニニャとダインは苦笑しながら顛末を傍観していた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 「こちらが皆さんのお部屋です。 一人一人に個室を用意できれば良かったんですけど…」

 

 エマの案内で村長邸の客間へ案内されていたペテルは廊下を歩く中、周りを眺めながら驚きを隠せずにいた。

 町と言える規模の場所でも宿屋が無いことが珍しくない昨今、まるで貴族の別荘のような館に住む村長の家の中には、大の大人四人が寝食をしても問題のない広さと内装の客室が存在する。 館の外が小さな村然とはしている分、混乱を覚えずにはいられない。 まるで『本来あるはずのないものが混ざった結果』のような違和感だ。

 

 「小さな村に、こんな館があるなんて」

 「たしかキーン村ですよね。村長が変わられてから急に豊かになってきてると聞いた事があります。」

 「それにしちゃ人が少ない気がしねえか?」

 「襲撃を受けた形跡があったのである。」

 

 「あー、襲撃の件は触れないでくれると助かる。」

 

 [襲撃]という言葉を聞いたエマの急に雰囲気が変わり、それを見たアダマスは気まずそうに人差し指を口元につけて、沈黙を示した。

 ペテルは何があったのか察し、一度口に手を当ててから、ゆっくりとその手を膝に下ろす。

 

 「そうですね。 触れられたくないこと。ありますよね。」

 

 ニニャの言葉の後、部屋の中に沈黙が落ちる。

 

 「…エマさん。彼らの夕食の準備、まだですよね?」

 

 3分程経ったろうか、大鬼の大群を一撃で撃退した強者はとても深い深呼吸をしてから、口を開く。その口調には若干緊張が見られたような気がしたが、そんなことはないはずだ。あれ程の人物が、部屋の微妙な空気に固くなるはずがない。そう思うペテルだった。

 

 

 「そ、そうですね! それではアダマス様、失礼します。」

 

 暗い表情から、アダマスの声で明るさを取り戻した少女は客間の扉の前へ進んでから一度客人に頭を下げ、退室して行った。

 

 

 「それじゃあペテルさん、自分も、もう一度村長に話をしてくる。 勝手な事言えないけど、ゆっくり寛いでもらえるとありがたい。」

 

 「ありがとうございます。ボーンさん、それじゃ明日、また御挨拶に伺います。」

 

 「どういたしまして。 それじゃ、また。」

 

 アダマスは上位者として相応しい態度で、装備が家具に当たらないように気を付けながら部屋を後にした。

 客間に残されたのは『漆黒の剣』四人となった。

 

 

 

 ルクルットが無言で手招きをしチームを部屋の中心に集めた後、顎に指を添えながらニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

 「なあ、どう思う?」

 「どうって?」

 「エマ殿とヴァーサ殿…二人とボーン殿との関係…であるな?」

 「邪推は好きじゃないけど、二人ともファーストネームで呼んでたね。」

「そういえば… でも、それだけで決めつけるのも」

 「あれだけ強いんだ、女ならほっとかねーだろ」

 「強い男に女は惹かれるものである」

 「たしかに、あの力は男としても、憧れるね。」

 

 「まぁ、そうですね。 正直、今でもドキドキしてます。」

 

 「「「・・・」」」

 

 「え、いいいいい、いやいやいや!!ち、違いますよ!?そんなんじゃ!」

 

 「なんも言ってねーし。」

 

 「「「ッハッハッハッハッハ!!」」」

 

 

 





 シルバープレートの冒険者チーム『漆黒の剣』
 彼らはこの奇跡の出会いについて、夜通し語り合い、一つの結論に辿り着く。

 あの人は然るべきプレートを持つべきだ と。

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